『羽瀬川小鷹』視点。
この世界が終焉に包まれたのは、何か理由があったからなのか。
ごく普通に暮らす人々、そしてそれらを脅かそうとする……闇世界の住人。
俺は、そんな奴らと戦うために力を手に入れた。かつて聖鷹と呼ばれた……光の住人(ミカエル・ライン)のこの俺が。
闇の王、レイシスとの契約の末に手に入れた。右手に宿る闇の瘴気(オルフェウス)。
この力……手に入れたからには滅ぼさなければならない。
――魔王と呼ばれし少女……夜空に浮かぶ三月爪(ナイトメア・ザ・スリークロウズ)を……。
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「したら小鳩、一緒に部活行くか」
「ククク。ついに我が眷属が復活した。この私があの住人どもを支配する時が来たのだ」
放課後。
俺が部活に復帰してから二日~三日したある日。
俺は用事を終わらせ、妹と一緒に隣人部の部室へ行くことに。
俺が部活をサボっていた間、小鳩も俺に合わせて部活に来ることはなかった。
基本的に俺にべったりなこの妹は、自身で行動することはあまりない。
本当は俺が部活に行かなくても、お前だけでも行ってほしかったんだけどな。
俺は小鳩と一緒に部室のある談話室4へ。
また扉を開ければ、あいつらが自分勝手に何かをやっている変わらない風景が目に映るのだろう。
そう思いながら、部室の扉を開ける。
「ちぃーす。遅れてすまなかっ……」
そう出会いがしらの挨拶。
それからいつも通りの光景に呆れる俺、へと繋がるはずが。
扉を開けた瞬間、俺は思わず口を止めた。
なぜなら、それはいつも通りの光景ではなかったからだ。
そこに映ったのは、どうにも奇妙な光景だった。
部長である夜空は、黒くてゴツイドレスに黒い羽を着飾ったものを着ており、うちの妹の真似か左目に金色のカラーコンタクトをつけてポーズを取っていた。
そして部員である理科は、水着に白衣という際どい格好に、中二臭いゴーグルをつけてこちらもポーズ。
同じく部員の幸村は、パーカー姿に眼帯とこれまた中二スタイル。ポッケに手を突っ込んで立っていた。
その三人の集団を見て、隣の妹は眼を輝かせていた。
なんというか……演劇部? やばい、部室を間違えたか……。
「こ……こだ……か?」
「……なにを、やってるんだ?」
「うっ……うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
俺がやってきたのを認識して、かぁーっと顔を真っ赤にして弱弱しく俺の名前を口にした。
そして思いっきり恥ずかしがって、奥の方へと逃げて行った。
イマイチ状況が理解できない、俺は理科に話を聞くことに。
「いったいなにをしてるんだ?」
「いえね。なんでも夜空先輩が突如、友達を作るには演技力が必要などと最低なことを口にしまして。そこから色々話を広げていくうちに……」
理科の説明によると、こういう経緯があったらしい。
友達を作ることに必要なのは演技力、そう夜空が言った後。
理科がその意味を少し捻じ曲げて、友達通しで無茶ぶりが行われた時、ノリよくそれに対応できる演技力を持っておくことは大切という話しになり。
時より友達通しでバカ騒ぎをすると楽しいという話題に発展し、今日はみんなでバカ騒ぎをしてみようということになった。
そして今世間じゃコスプレが流行っているという話題に繋がると、みんなの中二病体験という黒歴史を掘り返す羽目になり。
その黒歴史で盛り上がることは友達作りに繋がると理科の言葉を真に受けた夜空が、やけになって中二病キャラを演じた。
それに乗っかり二人もゴーグルやら指抜きグローブやら眼帯やらをつけて遊んでいた。そこに俺がやってきた。ちなみに今ここ。
「活動名をつけるのでしたら、さしずめ"中二病ごっこ"といったところでしょうかねぇ」
「なるほど。さっきからうちの妹が目を輝かせているのはそれを感じ取ったからか」
その理科の説明を受け、今日の活動を理解した所で。
奥でふさがっていた夜空がなんか吹っ切れたように、キリっとした顔でこちらへやってくる。
「ふはーーっはっはっはっは!! この闇の城に力なき凡人が入ってきたものだなぁ~」
そうキャラを作っている夜空だが、顔が赤いのは気のせいかな?
「あ……あぁ。すまなかったな夜空、たいした力も所持していなくて」
「夜空? 誰だそれは……。私はこの世界にて魔王の力を継承した継承者(サタンコード)。夜空に浮かぶ三月爪(ナイトメア・ザ・スリークロウズ)だ!!」
そう真名? を名乗る夜空。何がTHEだかっこつけやがって。
と、隣にいたレイシスさんが、中二病の血を抑えきれなくなったのか夜空に近づき。
「クックック。魔王だと? この偉大なる闇の王である私の前で名乗る物だなナイトメア!!」
「ほほう? 貴様のその赤の瞳は、先ほどから我が金色の月眼(ゴールド・エクスプリス・アイズ)がざわめくと思ったら貴様の闇の瘴気が原因か……」
「お前らやたらノリノリだな……」
小鳩のレイシスに会わせるように恥じらいのかけらもない夜空のキャラ。
今日ばかりはこの隣人部は、闇の瘴気に満ち溢れているらしい。あ、俺も移ったかもしれね。
「せっかくですし羽瀬川先輩もどうです? このマッドサイエンティストであるシグマ・ペリエスティグメノンがあなたを改造して差し上げますが?」
「お前もすっかり中二病に感染してるな。幸村もか?」
「このひだりにやどりしへるふれあのじゃがん、いまはがんたいでふういんしているしょぞん。おちからをふるえずからだがうずく」
「とりあえず中二病感染してるのはわかったが、その表記じゃ何言ってるかわからないぞ幸村」
理科と幸村も中二病に感染中の模様。
ということはこの場で魂を変換(アジャスト)していないのは俺だけか。あ、そろそろ俺も末期だな。
しかしこれが活動なら、俺も加わらなければならないな。部員として。
中二病ごっこか。たまには小鳩の趣味に興じてみるのも悪くはなかろう。あ、もう口調が……。
こうして理科から借りた闇の鎧みたいな衣装を着て、右手にとげとげした籠手をつけ、黒いマントを羽織り俺も中二病デビュー。
顔には三本線の傷跡をペイントして出来上がると、みんなに爆笑されたのは忘れよう。
その後、今日は全員中二病になってバカ騒ぎしようという提案で、それぞれ完全アドリブで劇をすることに。
なので、ここから先は学園コメディらしからぬ戦闘描写とか入るので、読んでいる小説を間違えないようにしようぜ。
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――この世界が終焉に包まれたのは、何か理由があったからなのか。
ごく普通に暮らす人々、そしてそれらを脅かそうとする……闇世界の住人。
「クックック。目覚めよ聖鷹(せいよう)!!」
耳に響く、少女の声だ。
可愛らしい少女の声、心地よく耳に入る、けどどこか邪悪な囁き。
俺は眼を覚ました。この世界に堕天るように。
俺はかつて、光の住人――ミカエル・ラインの一人だった。
光に包まれこの世に生を授かり、光に満ちながらこの世界に生きる聖人だ。
力をつけた時から人は俺を、悪を睨み闇を射抜く鷹のようだと俺にいい、ついた異名は聖鷹。
俺はその異名に誇りを持っていた。この名と力で一国の王女を守れるのだ。これほど嬉しきことはないと思っていた。
だが、ある日俺たち光の住人は、闇世界の住人に敗れ去った。
絶対的守護であった光の壁(イージス)が崩れ去り、この世界は終焉に包まれた。
俺は憎んだ。人を憎むな悪を憎めと教わったが、その教わりに歯向かい、世界そのものを憎んだ。
その結果、生き残りの光の住人からも追放され……地上へと堕天ちた。
それから長き眠りにつき、眼を覚ましたそこには……俺たちを死の絶望に陥れた闇の少女が立っていた。
「ククク。起きたか元光の住人よ……」
「ここは……現世(どこ)だ?」
眼を覚ましすぐに俺は当たりを見渡す。
個々が地上か。にしては……かつて栄えていた輝かしき光はどこにもない。
全てが闇に飲まれたか。情けない。地上人は逆らうこともできずに闇に囚われたということか。
「貴様は……誰だ?」
「クックック。私は偉大なる闇の王、レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌なのだ」
俺が尋ねると、少女はレイシスと名乗る。
その片方にある紅の魔眼――スレイブ・レッド。
あの混沌大戦で、その眼にはよく手を焼かされたな。今でも心に呪縛(スティグマ)として刻まれている。
俺は命乞いもせず。レイシスに己の身体を差し出しこう言い放つ。
「……殺せ。闇の住人である貴様に助けられるなど一生の恥だ。処刑でも何でもするがいい」
「ククク。死に急ぐな聖鷹。貴様にはやるべきことがあるのだ」
「やるべき……こと?」
俺はレイシスに問う。
この堕天した俺に今更やるべきことだと? ははっ……ばかばかしい。
もう光の住人にも見捨てられた。俺に指名などあるものか。
「じゃじゃ~ん。眼を覚ましたね聖鷹」
俺が自身に絶望をしていると、奥からなんとも露出度の高い科学者が出てきた。
眼にはゴーグルをかけている。こいつも闇の住人か。
「僕はシグマ・ペリエスティグメノンといってね、堕天した君を闇に回帰させたのさ……」
科学者はシグマと名乗った。
闇の世界の科学者、俺を闇に回帰させた……だと?
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。君はすでにレイシス様の下僕さ。自分勝手は許されないのさ」
そう俺に語るシグマ。
闇の住人の下僕だと? ふざけるな、何を勝手に……。
俺は逆らおうともがくが、身体が動かない。まるで身体を制御(コカトリス)されているようだ。
くそ、かつては聖鷹と呼ばれた俺の末路が……こんな小娘の下僕とは、死ぬ以上の屈辱だ。
「ククク聖鷹よ。何も私は貴様に世界を壊せと言っているのではない」
「なにを……世界を壊しておいて勝手なことを」
そうのたまうレイシスに、俺は皮肉で返した。
「聖鷹よ……貴様世界を救いたいと思わないか?」
「……何を……言っているんだ?」
「このレイシス、これまで貴様らの敵としての立場だったが、自分なりに世界の在り方について考えてきたつもりだ」
そう、俺の予想外の話をし始めたレイシス。
この話に耳を貸すべきか。くそう、俺たちを滅ぼした闇の住人の話など!
だが……世界を救える? もし、それが本当だったら。
「だがこうして支配が終わった矢先、私は魔王……夜空に浮かぶ三月爪(ナイトメア・ザ・スリークロウズ)に裏切られ力を失った。奴は最初から世界を我がものにしようと模索していたのだ」
その、レイシスが語ったナイトメアを……俺は良く知っていた。
それは……俺が愛した王女を……殺した張本人だ。
「ナイトメア……奴はどこだ!? 答えろぉぉぉぉぉ!!」
俺は心から叫びをあげた。
自身に残っている全ての力を、叫びに乗せる勢いだ。
そんな俺の信念に、憎しみに反応したか、レイシスは続きを語り始めた。
「やつはあの塔の天辺……夜空城(ナイトメア・キャッスル)にいる。私は奴を倒し……もう一度世界を再生したいのだ!」
「レイシス、貴様はいったい……」
「……全てが終わったら、話そう」
「……わかった。力を貸そう」
俺は一時的に、レイシスと共闘することにした。
俺はレイシスの残った力、闇の瘴気――オルフェウスを右手に宿した。
この力と俺の残った光の力を融合させれば、一時的に世界最強の力、混沌(カオス)を体現できるだろう。
だが使えるのは一度だけだ。この力は……ナイトメアを倒すための力だ。
俺はすぐさま夜空城へと向かった。
途中向かってきたナイトメアの使いを、俺は蹴散らしながら進む。
この力……敵の力とはいえ強大だ。
身体の奥から広がる暗黒波動――ダークネス・フィールドが半永続的に俺の能力(フォース)に干渉してくる。
混沌を使うまでもなく、あっという間にナイトメアの元へ行ける。
「ダークネス……ストォォォォォォォォォム!!」
次第に、俺は手に入れた闇の力に溺れつつあった。
手から放たれる闇の嵐が、虫けらどもを蹴散らす。その光景、圧巻。
俺は自惚れしていた。他者から与えられた力だと理解していながら、それを自分の力だと過信していた。
そして気がつけば、夜空城まで辿りついていた。
「うっ! 右腕がうずく……」
力を使いすぎたか、右手から言葉にならない痛みを感じる。
静まれと、俺は右腕に念じながらもがく。
駄目だ。俺は正気を保とうとするが、意識を失って倒れた。
……。
………。
…………。
――どれくらい時間が経っただろうか。
こんな敵の真っ只中で寝てしまうとは、自殺願望でもあるってのか、冗談じゃねぇ。
俺はゆっくりと目を覚ました。するとそこには……。
「……」
少年……か。
左目に眼帯をつけた、中性的な美貌を持つ美少年。
灰色のパーカーを着た。どこかさびしげな雰囲気を持つ少年だった。
「めざめましたか……」
「あ、あぁ……」
夜空城の入口前の外れで、小さく火を焚いて俺の疲れた身体を温めてくれている。
どうやら、こいつが俺を介抱してくれていたらしい。疲れは完全に取れてはいないが、精神的には安定している。
右手も……痛みはない。
「お前は……?」
「わたくしは……ユキムラと申します」
少年はユキムラと名乗った。
見た感じ……人間か。この終焉を迎えた世界でも……生き残りがいるとは。
ふっ……まだ世界は破滅(クリア)していないということか……。
この少年は希望(ホープ)か、それとも絶望(ディスペア)か……。
「どうして……こんなところに……?」
「わたくしも……ないとめあをとうばつするにんむをおおせつかっているみで」
そう、強い口調で……表記がひらがなだからそう言い張るには説得力が欠けるが、強い口調で言うユキムラ。
互いに利害が一致している身か、だが……この幼い少年に戦わせるのは、かつて戦士であった俺からすれば、心が痛む(ペイン)。
「そうか。この先は俺に任せてもらおう。ナイトメアは俺が滅ぼす」
「……わたくしも、どうこうさせてもらえませんか」
「だめだ、危険すぎる。お前にもしものことがあったら……」
「ここであったのもなにかのごえん。わたくしは……あなたさまにおつかえします。くちはてるときは……いっしょです」
そう、俺の闇に染まった右手(オルフェウス)に手を繋ぐユキムラ。
この少年。心には熱い魂(ソウル)を宿しているのか。
こうなっては……俺に止める術はないな。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! 羽瀬川先輩と幸村君のツーショット超萌えるぜヒャーーーーーーーーーーーハハハハハハハハハハ!!」
なんか近くでこの世界観をぶっ潰すようなマッドサイエンティストの叫びが聞こえた気がしたが、この世には関係ない。ので受け流す(シャットアウト)。
その後も、ユキムラと共闘しながら夜空城の最上階を目指す俺。
時にはユキムラと励まし合い、心を通わせながら。その度に隣でシグマの「先輩と幸村君で今日は何冊か書ける気がする。今日、私アソコぐちょ濡れになる気がする!」とか聞こえながら。
等々俺達は、ナイトメアの元へと辿りついた。
「ふはーーーーっはっはっはっはっは!! 数百年ぶりの客かと思えば……貴様か、聖鷹!!」
「ナイトメアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
この再会まで百年と数ヶ月。等々待ちわびた時は来た。
王女を殺し、俺を憎しみに捕えた。貴様を滅ぼす日をどれだけ待ちわびたことか。
心が疼く……魂が震える。貴様を滅ぼせと……ミカエルの導きが脳内で響き渡るぜ!!
「それで、私に復讐をしに来たわけか?」
「言わずもがなだ。俺はてめぇを……マジぶっ殺す!」
俺は怒りを言葉に変え、そしてナイトメアへと向かっていく。
オルフェウスから作り出される闇の剣――ダーインスレイブを全力でナイトメアに振るう。
それをナイトメアはあざ笑うかのように避け、そしてその右足で俺の顔面を蹴りとばす。
俺はそれによってふっ飛ばされ、ナイトメアの微笑にひざまずく。
まだ終わらねぇ。俺は闇の呪文を唱え、ナイトメアに攻撃する。
「ダークネス……ストォォォォォォォォォム!!」
この最大級の闇の嵐だ! 貴様でさえ避けることは叶わない!!
俺が放った嵐は徐々に場を奪い去り、災害となってナイトメアを襲う。
その圧倒的闇を眼にして、ナイトメアは揺らぐことのない笑みを保つ。
「なっ!?」
そして、小さく何かを呟く。
するとナイトメアの左の金色の瞳が輝き、俺の闇とは比べ物にならないほどの闇を周り発した。
「貴様ごとき闇に飲まれた光のコゲカスなど……私の足元にも及ばない!!」
そう凄むナイトメア。
そして、己を包む闇を、俺に向かって発射する。
「全てを飲み込め、そして闇へと変貌しろ!! アシュタロス・ドライブ!!」
その闇が、俺の闇と共に夜空城の最上階全てを飲みこみ滅ぼした。
まさに全てを滅ぼす暗黒(ダークネス)。俺はなすすべもない。
そして地上へと投げ出された俺とユキムラ。
ユキムラも今ので致命傷を負ったか、だが……あいつ以上に俺のダメージがはるかに勝る。
口から吐き出される容赦ない血(ブラッド)。そして蝕む痛み(ペイン)。
それをあざ笑うかのように、ナイトメアが目の前に降臨する。
「どうだ聖鷹。絶望(ディスペア)を味わった感想(インプレッション)は……」
「お……俺はまだやれるぞ!!」
死に際、なおも強がる俺。
ここで素直に死ねるか。俺には……様々な願いが込められている。
闇に堕ちた俺に、もう生きる価値はないかもしれない。だが、世界を救う指名、それが俺の中に残っている。
「粋がるやよし。だが……終わりだ聖鷹。ダークレーザー」
無情にも、ナイトメアは死に際の俺に闇を放つ。
終わり……なのか。ここで死ぬわけには……いかないのに。
ブション!!
その闇の光線が、何かを貫く音が俺の耳に入りこんだ。
俺の心臓か、いや……違った。
ユキムラだ。ユキムラが俺を庇い、ナイトメアの闇の前に崩れ去った。
「ユキムラ!!」
俺はすぐさまユキムラにかけよる。
俺は何度もユキムラの名を呼んだ。だが、彼の身体から流れる赤い血(ブラッド)は止まらない。
「待っていろ。すぐに医者を!!」
「いいの……です。わたくしは……ないとめあをたおすために、あなたについてきたのですから」
「ユキムラ……お前は……」
「わたくしのしょじしていた左の金色の月眼(ごーるど・えくすぷりす・あいず)、あれをないとめあからうばいかえすのがわたくしのしめいでした」
そう、ユキムラの眼帯。その内にあったのは、今はナイトメアの左目になっている金色の月眼(ゴールド・エクスプリス・アイズ)。
あの元々の所有者が、ユキムラだったのだ。冗談じゃねぇ……。
あの眼は世界の理さえ支配できる宝だ。なぜ、この少年が。
「わたくしはもともと、ひかりとやみのちょうりつをはかるためにうみだされたじんこうたい……」
「そ……そうだったのか」
「わたくしはあるひたくされた……。ひかりのおうじょに」
「お……王女だと!!」
「みずからがあいするせいようのため、かならずやよいくにをつくると。やくそく……していた」
「ユキムラ……。お前は……王女の形見だったのかっ……」
俺は絶句した。
俺の愛した王女は、あらゆる人種に自らの愛を伝え、世界を守ろうとしていたのだ。
俺が守ろうとしたものは……揺らぐこと無き正しきものだった。
「あの眼はやがて……あなたにわたるものだった。おうじょからせいようにたくされるべきだった……」
「ユキムラ……しっかりしろ!!」
「わたくしはそれをまもれ……なかった。だからせめて……あなたの……いのち……を……」
そう、力弱く言葉を吐き、そして眠るように……ユキムラは息を引き取った。
世界の良い方向に導くために生みだされ、その末路がこれだと……。
「ふぁーーーん!! 美少年である幸村君が己の命をかけてまで羽瀬川先輩を……先輩の純潔をってばかっ! 守った……守ったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あんた……ここはすこし黙ってた方がええと思うんじゃが……」
隣でこの切羽詰まった空気をぶち壊す理科、それをなだめる小鳩。ありがとう小鳩。
話を戻そう。小鷹ではなく聖鷹になりきって……。
冗談じゃねぇ……。冗談じゃねぇぞ!!
お前こそが、平和な世界で生きるべき存在だったんだ!! それを……全部奪いやがって……。
「てめぇだけは……てめぇだけはマジぶっ殺す!!」
「ひぃっ!」
俺はナイトメアを睨みつけた。
それに対して結構マジでびびるナイトメア。え? 今の俺に対して素でびびったとかじゃないよね? ちょっと反応がリアルだったけど……。
そんな俺に対して、ナイトメアはまたも金色の月眼を輝かせて、己を闇で強化した。
「御託はたくさんなんだよ!! とっとと死ね聖鷹!!」
「やられてたまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺も自らの右手の力を解放する。
ぶつかり合う闇と闇。邪悪な闇と信念の闇。
ナイトメアが右手を振るうと空間が歪む。俺がそれを突き破りナイトメアに一撃加えた。
衝撃が更に世界に痛みを与える。だが、それでも俺たちの戦いが終わることはない。
闇の斬撃、闇の防御壁。圧倒的なナイトメアの闇に対し、俺はそれを上回ることはしなかった。
ただ、一点を貫く。己の力を集約させ、一点突破を狙う手段を講じる。
するとその一撃一撃がナイトメアの拡散する闇を打ち砕き、致命的一撃が思いのほか通った。
「バカな……そんなバカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その雄たけびが、俺を高揚させる。
その叫びは俺に勝利を約束させてくれるだけだぜナイトメア!!
俺は、自らの右手であるオルフェウスのリミッターを解除する。
「解放せよ、我が闇の力!! 聖鷹の眼によってお前の闇を認識する。暗黒次元に干渉!! 魔力方陣に接続!!」
俺は呪文を言うと、俺の中にいる闇が囁いてくる。
――我が名を、口にせよ――。
「その名は……オルフェウス!!」
そして、全ての闇を右手に集約させる。
その一撃が、邪悪な闇を打ち砕く!!
「聖鷹ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「必殺……ジ・エンド・オブ・ダークネス!!」
俺の最終奥義が、ナイトメアの肉体を撃ち抜いた。
そこから漏れ出す、俺の内に眠っていた優しき光の束(シャイニング・レイン)。
俺に力を貸してくれた闇の役目は終わった。安らかに眠れ……オルフェウス。
そして……俺も世界の行く末を見届けたら……愛した王女の元へ帰れる。
待たせて悪かった。今行くぜ王女……そしてユキムラ。
ナイトメアがいなくなった後、レイシスと残った光の住人は同盟を結び、世界を再生していった。
光と闇。だがそれは敵味方ではない。正義と悪ではない。どちらもそれぞれの正義を心に宿していた。
俺は天へと回帰し、それを感じることができた。そう……心にな。
俺に与えられた力は……この結果を導くために……あったのかもな。
――心が……温かいぜ。
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「終わり」
俺が余韻に浸っているところに、夜空のなんとも投げやりなその言葉を聞いて俺は我に返った。
今だから思う。俺は……なにをやっていたんだろう。
なんか最初はまだ意識があったが、なんかもうナイトメア戦になったところで羽瀬川小鷹であることを忘れていたような気分にさえ陥っていた。
自分の妹をバカにするわけじゃないが、危うく小鳩みたいになる所だった。
「あんちゃんも……中々の中二病ばい」
「言わないでくれはずかしいから……」
妹の同類を見つけたような笑顔に対して、俺は半分涙目に返した。
「さてと、とっとと着替えるか~」
先ほどまでナイトメアを演じていた夜空は、すっかり飽きたと言った感じで奥の部屋で着替えをし始めた。
「羽瀬川先輩。中々にノリがよかったですよぉ」
そう、笑顔で俺に接してくる理科。
てか、その露出が多い格好なんとかしてくれ。眼のやり場に困る。
「そう……だな。ちょっと楽しかった」
「うふふ。理科も、正直楽しかったです」
そう、にこっと笑う理科。
その笑顔は前で図書室で見せた怖い物でも、普段から偽るような物でもない。
本当に、本心からの笑顔だった。俺は、そう感じた。
「そっか。なんつうかお前……この部活愛してるんだな」
「そ……そんなことはないです」
「どうだか。夜空の話題を聞いてそれを広げられるだけ……お前意外とあいつのこと好きだろ?」
「ななな! そんなわけないですよ!! あんな最低女……」
そう、恥ずかしがって答える理科。
どうだかな。内心は夜空の事を尊敬しているようにも見えるぜ、俺には。
そして、本気で友達を欲しがっているようにも。
「お前……いいやつだな」
「うぐぐ……。はせ……小鷹先輩こそ」
「おっ。ようやく名前呼びになってくれたか。俺も曖昧だったがこれからは名前で呼ばせてもらうぜ。理科」
「うふふ。そうですか。……なんかちょっと、あなたを狙う理由が……遊びではなくなりそうですね」
最後になにやら小さくつぶやいて、理科は笑顔で向こうへ着替えに行った。
幸村はその格好が気にいったらしく(まぁ全員の中では一番人目につかない格好だからな)そのまま家に帰るらしい。
俺も、こんなゴツイ鎧とマント脱いで、今日帰るか。
……その時、俺に悲劇が起こった。
「…………」
「ん? 小鷹どうした?」
「先輩どうされました?」
俺の様子がおかしいのを気付いたようで、二人が俺の方を見詰めた。
そう、鎧とマントを取った辺りはよかった。
だが……。
「籠手(オルフェウス)が……外れない」
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翌日。
「羽瀬川。お前その右手どうした?」
「しくしくしく……」
翌日の朝のホームルーム。
結局昨日の夜も外れなく、俺は籠手(オルフェウス)をつけたまま登校してきた。
先生にそう尋ねられ、そして暇があれば生徒達から不審な目で見られ、夜空には眼が合う度に笑われ。
その日は、心に痛み(ペイン)を負いながら授業を受けたのさ……。