「ちくしょう、あの妖精ジジイ。首根っこ引っこ抜いてやればよかった」
けばけばしい真っ赤なドレスを着たユダは指環で飾り立てた手をあげて、ばさばさと裾をあおいだ。
店内で食事をしていた客たちが奇怪なものでも目撃したような表情をしているが、目が合うや否やすばやく視線をそらした。
文明を崩壊させた終末戦争からまだ数年しか経過していなかった。大戦の傷跡が至る所に残り、復興も緒についたばかりなのだ。客もくたびれた様子で質素な食事にありついている。それだけに場違いなまでに派手な格好をしたユダは完全に浮きまくっていた。
レイらしい男が最近出入りしているという情報を聞きつけて、こうして張り込んでいるのだが、いまだ姿を現さない。ユダの忍耐力もそろそろ底を尽きかけていた。
「お嬢ちゃん。おれたちと仲良くやらないか」
気がつくと、むさ苦しいモヒカン男たちに取り囲まれていた。
「しっぽり可愛がってやるからよ」
ユダは眉をつり上げ、椅子にふんぞり返ったまま、モヒカン野郎を睨めつけた。
「消えろ。お前らに用はない」
モヒカンどもはおもしろい冗談でも耳にしたかのように下品な笑い声をあげた。
「そんな口の利き方をしちゃいけねえな、お嬢ちゃん」
「そうだぜ。口を使うんなら、もっとましな使い方をおれたちが教えてやろうか」
ひょいと抱え上げられ、テーブルのうえに押さえつけられてしまった。両手をつかまれ万歳の格好をさせられる。四人の男たちがユダを見下ろしていた。
こいつはまずいことになったな、とユダは思った。初っぱなから貞操の危機が到来じゃないか。
助けを求めようにも、店の中にいる客や店員たちは面倒なことには関わりたくないとばかりに知らん顔をしている。組み伏せられたユダは、こいつらに犯られても男に戻れるだろうかなどと考えていた。
そのとき、ユダにのし掛かっていた男が襟首を掴まれ、床に投げ飛ばされた。反撃しようとしたモヒカン野郎が逆に殴り飛ばされる。喧嘩は第三の登場人物の一方的な勝利に終わった。モヒカンたちは覚えてろと捨て台詞を吐きながら逃げ去っていった。
「大丈夫か」
頭頂部の毛を逆立て髪を長くのばした青年が振り返った。
ユダは目を丸くした。
「レイ?!」
レイは意外そうな顔をしてユダを見た。
「きみは誰だ。どうして、おれの名前を知っている」
こいつは驚いた。捜している相手が目の前にいるじゃないか。なんて都合のいい展開なんだ。
「おれ……じゃなくて、私はユウレッタ。ユダの双子の妹よ」
「双子? あいつ、一人っ子だったはずじゃ」
「あっと、ええと、生まれるとすぐに里子に出されたんだよ。双子は不吉だとかなんとかいう理由で」
「いまどき、そんな迷信深い家があるのか」
レイは納得がいったような、いかないような微妙な表情をしている。
「たしかに顔はあいつにそっくりだな。ほくろの位置まで同じだ。それで、ユダの双子の妹というきみがどうしてこんなところにいるんだ」
「兄さんを捜しているの。家族はみんな死んじゃって。私にはもう頼れるのはユダ兄さんしかいないの」
自分でも驚くくらい、すらすらと嘘が出てくる。
「兄さんに会いたい。こんなところに独りぼっちで、私どうしたらいいのか分からない」
涙がポロポロとこぼれてくる。レイは困惑を隠しきれない様子だった。
「弱ったな。おれは行方知れずになった妹を捜しているんだ。きみに関わっている余裕はないんだよ」
「うわ~ん、こんなところに置き去りされたら、またさっきみたいなゴロツキどもに襲われて奴隷として売り飛ばされちゃうわ。えーん、えーん、えーん」
床にしゃがみ込んだユダは天を仰いで大泣きしはじめた。他の客たちが何だ何だと集まってくる。レイは焦りまくった。
「分かったよ。きみがユダと会えるまで付き合ってやる。かならず兄さんに会わせてやるよ」
「ありがとう!」
レイに抱きつき、ユダはにやりと笑った。
悪いな、レイ。嘘泣きは子供の頃から得意だったんだよ。
さて、どうやってレイを誘惑したものだろう。
こんなに若くて美しい女が目の前にいるのに、レイはまったくその気にならないようだ。ダガールは少し水を向けただけで、すぐにおれを抱きたそうなそぶりを見せたのに。この温度差はなんなのだろう。
日が暮れてしまったので二人は廃屋に身を寄せていた。だだっ広い荒野の真ん中で火なんか焚いたら夜盗に、ここですよと知らせるようなものだ。
レイは木の枝を使って地面に地図を描いている。ここからどうやってUD城まで行くか、話し合いをしているのだ。
「だめだ」
ユダは木の枝を引ったくり、即座にレイの提案を却下した。
「この付近一帯は拳王軍と聖帝軍が領有権争いをしているんだ。双方の軍が哨戒の網を張り巡らしているから見つかったらスパイ容疑をかけられて牢獄にぶち込まれちまうぞ」
「ずいぶん詳しいんだな」
当たり前だ。あの脳筋ゴリラとピラミッド建設にうつつを抜かすアホンダラに挟まれて、この俺様がどれほど苦労してると思ってやがる。
「とにかくここを通るのは危険だ。迂回したほうがいい。こっちの街道沿いに進もう」
レイはしばらく考え込んでいたが結局、同意した。
「そうだな。少し遠回りになるが、しかたない」
ふん、バカめ。街道のある辺りはもう、おれの勢力圏内なんだよ。せいぜい頑張って、おれの城まで案内してもらおうじゃないか。
「ところでお前、妹を捜しているといったな。なんで生き別れになったんだ。何かあったのか」
「おれの妹は胸に七つの傷を持つ男に連れ去られたんだ!」
レイは憤怒もあらわに地面を撃った。日頃は感情をあまり表に出さないやつだけにその変貌ぶりにユダは驚いた。
「思えば妹は不幸続きだった」
訊かれてもいないことをレイは語りはじめた。
「最初の男は売れないミュージシャンだった。次は売れない小説家。三番目は売れない陶芸家だった。アイリはそいつらにさんざん貢いだ挙げ句に借金だけ背負わされて捨てられたんだ」
「波瀾万丈な人生だな」
「それからの妹の男遍歴は奇人変人の見本市みたいだった。自称・金星人のUFO研究家とか、子供が15人もいるバツ3男とか、ツチノコ探しに生涯を捧げているというジジイもいたっけな」
「なんだ、そりゃ。お前の妹、男を見る目がなさすぎだろう」
「でも、その妹もついに幸せを掴む日がやってきたんだ。相手はおれの幼なじみだ。アイリはいまひとつ乗り気じゃなかったみたいだが、そんなことはどうでもよかった」
「どうでもよくないだろう。それでどうしたんだ」
「結婚式の最中に、鉄仮面をかぶり、胸に七つの傷のある男がバイクで乗り込んできたんだ。前々からアイリに言い寄っていたやつだ。そいつは両手を大きく広げると、こう言ったんだ。おれと新天地を目指そうって。そしてアイリを後部シートに乗せると、意気揚々と引き上げていったんだ」
「それって駆け落ちっていうんじゃ」
「見ろ、これがそのときアイリが落としていったケープだ。純白だったケープがいまではこんなに血で汚れてしまって」
レイが取り出したウェディング・ヴェールには赤い染みがついていた。しかし、よく見るとそれは血ではなく、口紅を使って文字を書いたものだった。ユダはその文字をレイに指し示した。
「なあ、やっぱりお前の妹はその男と逃げたんだよ。だってほら、ここに捜さないでくださいって」
「うああああ、可哀想なアイリ! 兄ちゃんがかならず助け出してやるからな」
「人の話を聞けよ!」
だめだ、これは。思えばこいつは昔からそうだった。ありとあらゆる想いが空回りする残念なヤツだった。こいつの妹は今頃、胸に七つの傷がある男と幸せな家庭を築いているにちがいないが、おれの知ったことか。