こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

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下品なネタ注意。


七話

 真面目であったり責任感の強い人間は鬱病を始めとする精神疾患にかかりやすいといわれている。

責任の二文字から放たれるプレッシャーであったり、真面目であるが故に周りに当たり散らすこともなく、自分の内にストレスが蓄積されていく。

人生に限らずバランスというものは大事で、適度なガス抜きをインターバルに挟まなければならない。

膨らまし続けた風船は遠くないうちに爆発するだけだ。が、それを知りつつもガス抜きができない者もいるというのは事実だ。調査兵団に所属するグンタ・シュルツもその中の一人である。

 

「・・・体、きついな・・・」

 

 ぼそりと呟く声に覇気はない。壁外遠征終了から二日後経ち、グンタはようやく報告書の山から解放されたのだ。

ずば抜けてタフな調査兵団といえども二徹は辛すぎる。モヒカン巨人討伐作戦において索敵班班長を務めた彼は通常の報告と並行して通常報告書を書き上げていたのだ。単純計算で分量は二倍。

しかもグンタの部下は意味がよく分からない変態紳士であったり、男にも関わらず同性のグンタにネットリとした視線を向ける変態であったり、突如として頭を搔き毟って発狂する変態であったり、単純な戦闘力という点でいえば頼りになるが、それ以外ではてんで役に立たない変態達なのだ。

というか部下にそんな変態しかいないという状況が既に泣けてくる。

新人達の哀れむような視線が今でも忘れられない。

 

同じ姿勢でずっと椅子に座っていたせいか、体を捻ると骨がごきごきと音を立てる。

哀愁漂う背中は世間の厳しさに苛まれる単身赴任中のサラリーマンのようだった。多分大体間違っていない評価だろう。

ともあれ、久しぶりに掴んだ休暇である。今日はゆっくり寝ようと心に決める。

街が動き出し始める朝日の中、太陽の眩しさに目を細めながらそう考えるが、残念ながら彼に安息の日々が来ることはなかった。

あるいは、彼はそういった不幸の星の下に生まれたのかもしれない。

彼にとっては悲劇だが見る分には喜劇。

のろのろとした足どりで隊舎の自室に向かう。一刻も早く惰眠を貪るために。しかし、

 

 

「そ、そんな馬鹿な・・・これは間違いだ、何かの間違いだ!こんなことはあってはならない!ありえない!」

 

世界はいつだって残酷だ。手を伸ばしても幸福には手が届かないのに不幸は唐突に訪れる。世界は残酷で不平等で大抵救いようがない。グンタにとってもそれは変わりない。

 

「抜け毛が増えているだと――――!?」

 

 隊舎の自室で鏡を見ながらわなわなと震える。

グンタ・シュルツ、二十代にして毛根の危機である。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっくしょう、なんで俺だけがこんな目に・・・!」

 

 朝っぱらから酒をかっくらう駄目人間の姿が酒場の片隅にあった。あまりのショックに眠気など吹き飛んだグンタはどうにもならない感情を胸に抱きながらの自棄酒だった。

 

「俺は悪くねえ、悪いのは全部は班員達なんだ・・・」

 

 随分酒が入っているのか、空のエールジョッキを枕にブツブツ言葉を漏らし続ける。近くに座っていたオッサンがあまりの気味の悪さに席を移動した。

 

「利権構造の社会が俺をこんなに駄目にしたんだ・・・。弱者が強者に蹂躙されるなんて巨人と変わりねえ。大体王政なんて腐敗の温床じゃねえか。一般市民が見ていないのに清廉潔白な政治なんてやってるわけねえだろ。糞醜い金の亡者のために俺は戦ってるわけじゃねえんだぞ、豚風情がぁ・・・粛清してくれようか」

 

 髪の悩みから随分と物騒な事を言い出した。憲兵団がこの場にいたら国家反逆罪で逮捕してもおかしくはない。そのうち『僕は新世界の神になる』ぐらいは言ってのけそうだ。

普段真面目だからこそタガが外れた反動は大きなものになる。

酒場のマスターの不愉快そうな視線を軽くスルーし、今度は赤ワインを煽る。朝っぱらくだをまいて危険思想を垂れ流すいかにも危険そうな男に近づきたくないのか、店内の数少ない客は傍観を決め込む。

たった一人の例外を除いては。

 

「なんじゃお前さん、朝っぱらから荒れとるのぉ」

 

 ワイン瓶片手にグンタに話しかける勇者。

ツルッぱげの初老の男だ。ビンごとワインを煽り、グンタの隣の席にどっかりと腰を下ろす。

 

「・・・なんですか、俺は誰かと酒飲む気分じゃないんですよ、どっかいって下さい」

 

「ふむ、毛根の悩みかの?」

 

「!?」

 

 驚愕する。自分の悩みを一発であてられたのだ。しかも一言も話したことのない相手が。グンタは初老の男を見つめる。頭の中に一人だけヒット情報が出るがその可能性を否定する。まさか、あの人がこんな場末の酒場に来るはずがない。

 

「な、なんで分かったんですか?」

 

「まあ儂も一度は通った道だからのう。それにこう見えても儂はとある組織で結構な役職に就いておってな、人の顔を見るのは得意なんじゃよ」

 

 一度は通った道。なるほど確かに男の頭は髪一つない、綺麗につるつるだ。

 

「ならば、何故あなたはそれほどまでに悠然と構えていられるのですか?我らにとって髪は命なのですよ!?」

 

「・・・成程、少しばかり価値観の相違があるようじゃな」

 

 かつては儂もそうだった、とかつて過去を思い返すような顔。グンタが今直面している事はとうの昔に男が乗り越えた道だという。己が経験したことだからこそ、悩める若人を導きたい、と。

 

「のう、悩める若人よ。儂に君を傷つける意図はない。だが結果として君の心が傷を負ってしまうかもしれん。それを承知で問おう。―――――ハゲとは悪なのか?」

 

「そ、それは・・・」

 

「悪ではない、そうじゃろう?ハゲは決して排斥されるものではない。儂の頭もこの通りツルッぱげじゃ。だが、この頭を恥に思ったことはただの一度もない。何故だかわかるかの?」

 

 男の問いかけのグンタは首を横に振る。男は自分の息子に語るように切り出す。

 

「これは儂が努力した証なのじゃよ。先駆者とは排斥される運命にあってのぉ・・・儂も度々謂れのない中傷を受けた。だがそれでも儂は進み続けた。前進し続けたのじゃよ。・・・いいかね若人よ、儂の髪の毛が後退したのではない、私が前進しただけだったのじゃ。髪の毛がないのは儂にとって先駆者であったことの誇りなのじゃよ」

 

 強い意志だ。きっと自分の歩んだ道に後悔など欠片もないのだろう。そんな風に自信を持って生きられたら髪の悩みなどあってないようなものだろう。けれど、グンタにはその道を行く勇気がなかった。

 

「勘違いしてほしくはないのじゃがな、儂は何も君にもハゲであることを強要しようとは思わんよ。ただ、自分の頭がどうなったとしても受け入れるだけの心の強さが必要なのじゃよ」

 

悩みはいまだ晴れない。含蓄の深い知識人の言葉だったが、そんな言葉だけで救われるほどグンタは浅い人間ではなかった。けれど確かに、気持ち気分は楽になっていた。口に運ぶワインは先ほどより美味しく感じた。

 

「・・・人生って残酷ですねぇ・・・」

 

「まあ、の。大抵の人間にとっては残酷極まりない」

 

「でも戦わなくちゃいけないんですよね・・・」

 

「ああ、欲しいものがあるなら自分の手で掴まなければならん。労せず手に入る幸福などに価値はない」

 

酒をあおり、しんみりとした雰囲気に包まれる。そんな二人の中、割って入る一人の猛者がいた。

 

「――――すまない、先ほどの話、私にも聞かせてもらえないか?」

 

 二人が振り返ると、そこにはワイングラスを片手に持ったハゲ頭の男性が一人立っていた。

104期生教官、キースだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――なるほど、お主も苦労しておるのう・・・」

 

「ああ、若人を導くという重要な役割を担っていることは理解できるが、何分ストレスがな。気が付くと綺麗なハゲ頭ができあがっていた」

 

「わかりますよキースさん。親の心子知らずといいますか、やきもきする気持ちは普段から俺も味わっています」

 

 

グンタ、初老の男、キースを加えた毛根死滅トリオは既に宴会状態だった。前後不覚の状況に陥っている三人にもはや正常な判断などできはしない。実は結構ありえない組み合わせの三人が集結しているのだが、べろんべろんに酔っぱらっており、そのことに気付く者は誰もいない。愚痴を肴に普段の鬱憤を晴らすかのように酒を飲む。

 

「確かに教官ともなるとストレスもたまるからのう、儂もその気持ちはよくわかる。今ここで愚痴はすべてぶちまけてしまったほうがよいぞ」

 

「そうですよキースさん、愚痴なら俺達が聞きますから」

 

「・・・そう、か。では一つ、愚痴というか相談になってしまうが、よろしいか?」

 

「ええ、勿論」

 

「応、なにかの縁じゃ。付き合おう」

 

 そしてキースは語り始める。

 

「私の教え子のブ・・・いや、少女の話なのだがな。天真爛漫というか天然極まりないというか、とにかく私の度肝を抜くようなことばかりしでかすのだ」

 

 具体的には調理場から蒸かした芋をパクって教官の前で堂々と食ったりである。よくよく考えてみるととんでもないことをしでかしている。

 

「それだけならまだいいのだが、一つどうしても無視できない事案が発生してな・・・」

 

「と、いうと?」

 

「放屁だ」

 

・・・・・・・・・・・・・・。

 

「え?」

 

「は?」

 

 一瞬、時が止まったのち、世界が再び動き出しかのような、そんな錯覚を味わった。言葉の一瞬後、後ろの席でシチューを食っていた客が予想外過ぎるその言葉に反応し、盛大に咽た。

 

「だから、放屁だ」

 

「一応確認しますけど放屁というと、屁のことですか?」

 

「ああ、食堂のドア越しまでモノを地面に叩きつけるような轟音が響くわたる豪快な屁だ」

 

「いやそれはもう屁とかいうレベルじゃないじゃろ・・・」

 

 それが本当なら腸が異常なほど発達してしまった何か別次元の生き物だ。もしくは大砲。

 

「ともかく、屁をしたのは事実のようだ。本人も否定していないようだしな。・・・慎みを覚えろと言っても聞かぬし、教導云々ではなく、一般的な女性としてなっていない行為だろう。どうにかしたいのだが」

 

 なんとも酷い無茶振りである。数分ほど沈黙が流れる。

 

「ふむ、お前さんは放屁を品のない行為ととらえておるが、ここは短所ではなく、長所としてとらえてみてはどうじゃろうか」

 

「長所?」

 

「うむ、長所と短所は表裏一体であることが多いのじゃよ。放屁も観点を変えれば長所になりえるかもしれん」

 

 臆病な性格は逆に言えば慎重に物事を進めることができる、とも言える。とらえようによっては何事も長所になりえるのだ。実のところ、男の苦し紛れの言葉だったが、この言葉が後に件の少女の運命を大きく変えることになる。

 

「なるほど、一理ありますね。小柄な体躯は戦闘では不利ですが、立体機動には有利ですし。ですが放屁の長所とはなんなのでしょうか」

 

 そんなものはない。当たり前のことだが、酔っぱらって頭が適度にイカれた三人にそこまで考える思考力は残されていない。

 

「・・・そういえば、他の訓練生が言っていたな、『サシャなら放屁で空を飛べるかも』と」

 

 よくよく考えると、というか普通に考えてもそんなことはありえない。訓練生の誰かが冗談交じりに言った言葉だろう。だが今この場にいるのは三人の酔っぱらい。しかもただの酔っぱらいではない。一人は調査兵団のエリート、一人は駐屯兵団の司令、一人は104期生教官。なにかをしでかすには十分すぎるだけの面子だった。

 

「なんと!?その者は放屁で空が飛べると!?」

 

「放屁で空を飛ぶなんてことリヴァイ兵長にだってできませんよ。つまり彼女はリヴァイ兵長よりも希少な才能を持っているということに・・・」

 

 都合の良い部分にだけ反応する、それが酔っぱらいクオリティ。そして生来の変人と揶揄された男がそんな面白そうなことに反応しないわけがなかった。

 

「つまり、放屁で空を飛べる彼女は立体機動装置は不要だと?」

 

「いやちょっと待ってください。その話が本当ならば彼女の屁をガス代わりに利用することも可能かもしれません」

 

「つまり彼女一人で補給部隊を兼ねることができると!おお!これはすごいの!ハンジに実験させて確かめねば!」

 

 それはどう考えても実現が不可能であることを除けば、中々に夢の広がる話だった。二人よりも比較的酔いの浅いキースは場の異常な盛り上がりに戸惑い、落ち着くように声をかけるが残念なことにこの男・・・ドット・ピクシスのフットワークは軽すぎた。

 

「すまん!やることができた!代金はここに置いておくぞ!」

 

 言うなり、ポケットから銅貨を数枚取り出し机に放り投げ、初老とは思えないスピードで走り去ってしまった。残されたのは状況がよくわかっていないグンタとぽかんと口をあけているキース。走りさっていく男の後ろ姿を見て、初めてその姿がドット・ピクシスだと気付いた。遅すぎである。

 

私が無能なばかりに・・・・・!!ただいたずらにブラウス訓練生を社会的に死なせ・・・・!!

放屁の正体を・・・!!突き止めることができませんでした!!

 

後悔後先に立たず、覆水盆に返らず。気付いた時には全てが遅い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、訓練兵団に調査兵団が数人現れた。調査兵団を率いていたのはハンジ・ゾエ。新しい実験用モルモットを発見したかのような、表現が憚れるほどの笑顔だったという。

彼女達がなんの目的で訓練兵団を訪れたのか、そして訓練兵団で何をしたのか。それは今回の被害者である彼女の名誉のため、あえて記載しない。

 

ただ一つ、104期生サシャ・ブラウスは芋女の称号を捨て、放屁女として正式に再誕したことをここに記述しておく。

 




サシャ・ブラウス
歴代でも類を見ない逸材との評価は妥当(放屁)

書きたかったネタを投下。次は感想であったリクエストの話を書きたいと思います。
何か読んでみたい話等ありましたら、感想にてお願いします。

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