こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

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璧外遠征編エピローグ。ちょっと短いです。


六話

璧外遠征帰還から1日が経過した。

 

「――――以上で報告は終わりだ」

 

 新兵はともかく班長以上の階級になると報告書作成などのデスクワークがあり、簡単に休暇は得られない。それはリヴァイも同様でエルヴィンの私室でモヒカン巨人討伐戦についての報告を済ませていた。索敵班の中のグンタ班にまぎれて様子を窺っていたことの全てを口頭で伝える。

 

「ふむ、犠牲は討伐班のヴィヴィアン・キャンセラーのみか。単純な戦果でいえば文句のつけようがないが」

 

 渋面を作り、エルヴィンは言う。あの奇行種相手に犠牲者一名で済んだのだから戦果としては十分なものだが、それは単に書類上の話に過ぎない。

討伐班ヴィヴィアン・キャンセラー殉職。実際に様子を見ていたリヴァイにしてみれば彼女の死は十分避けられたものだと考えている。そういった意味で言えば彼女の死は全くの無駄と言える。勿論その責の全てがナディアにあると責めるつもりは毛頭ないが、問題はナディア自身がどう考えているかだ。

 

「ペトラが言うには、表面上は普通に振る舞っているという話だがな」

 

 内面までは分からない、そういう話である。

 

リヴァイにとってナディア・ハーヴェイの評価は『不可解』の一言に尽きる。

弱いようで強く、強いようで弱く。全く兵士に見えないようで、ナディアは確かに兵士だった。

単純な兵士としての力量は―――巨人を殺す能力という点では―――落第点。なにしろ8メートル級巨人以上のサイズになると倒せないのだ。

そのくせ索敵においては調査兵団トップクラス。頭の緩い男の兵士はナディアのことを天使だの女神だの言っているが、リヴァイは本能的にナディアがそんな単純な人間ではないと感じとっていた。

ナディアの本質がどういうものなのか、そこまでは分からないが、彼女の心に獣がいることをリヴァイは確信していた。自分でスカウトしておいてなんだが、リヴァイはナディアの事を信用してはいなかった。いつも貼り付けている笑顔の仮面が本質を隠すためのペルソナのように思えたからだ。

とは言うものの嫌っているというわけでもなく、寧ろナディアとの会話を楽しんでいた節もあるし、背中を預けるに足る戦友であるとも思っていた。そういったことを全部ひっくるめての『不可解』という評価だ。

 

「大事の前の小事と言うつもりはないが、必要な犠牲だったと割り切るしかないだろう。そのあたりは彼女も理解しているはずだ。残念ながら調査兵団に所属する以上避けられない事でもある」

 

 エルヴィンの言葉は残酷なようだが事実だった。そしてそんな言葉が言えるが故にエルヴィンは団長になることができたのだろう。変革者は犠牲を恐れてはならない。犠牲を恐れては何物をも為すことはできないのだ。調査兵団に所属する兵士がエルヴィンを信頼する理由もそこにある。少なくともエルヴィンの下で戦えばただの無駄死ではなく、意義のある死に昇華される。

 

「・・・エルヴィン、一つ聞きたい」

 

「なんだ?」

 

 書類に目を通しつつ、エルヴィンは返答する。

 

「何故ナディアを討伐班に抜擢した?確かに奴の班は巨大樹の森では無類の強さを誇るかもしれないが、右翼側から接敵するよりも最前列にいたグンタの方が速い。そもそもあの作戦で40人は多すぎた。半分に減らしてもあの作戦は機能していたはずだ。それにお前は言ったな、『今後の布石』と」

 

 ピタリ、とエルヴィンの書類を捲る手が止まる。僅かに考える素振りを見せ、引出しから一枚の書類を取り出した。

 

「読んでみろ」

 

「・・・索敵猟兵科の設立、それに伴い分隊長ナディア・ハーヴェイを索敵猟兵兵士長に任命、か。以前酒の席で話していた与太話がまさか現実になるとはな。つまりナディアを使ったのはデモンストレーションのためか」

 

 ナディアは分隊長ではあるが、戦闘能力は同じ分隊長であるハンジやミケと比べると格段に落ちる。それは索敵特化型なので当たり前だが、一部の兵はナディアの実力を疑問視するような言動もあったという。必要以上の人数を使ったのもナディアの実力をより多くの人数に見せることを目的をしたものだった。

 

「しかし、まさか奴が兵士長になるとはな」

 

「あくまでまだ構想の段階だ。ピクシス指令は索敵猟兵科の設立に好意的だったが、資金を出すのはピクシス指令ではないし、出来たとしても試験期間が設けられることは間違いないだろう」

 

 内地勤務を志望するナディアが聞いたら発狂しそうなことを言い交わし、再び書類を引出しに入れる。

 

「これは極秘情報だ。内密に頼む」

 

「ああ、分かっている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォール・ローゼ南区、街を離れ森が広がる地区にナディアはいた。

調査兵団の制服ではなく私服、肩に掛けたバッグにはアジドの片腕が血痕が付着したままのブレードと一緒に麻布に包まれて入っている。

アジドには家族がいない。もしかしたら血縁関係にある親族がいるのかもしれないが、記録上一人暮らしだったアジドには遺体の引き取り先がなかった。

本来ならば集合墓地に入るところをナディアが名乗りを上げ、腕だけの遺体を取得した。せめて埋葬だけは自分の手でしたかった。

実のところ、目的地という目的地は特にない。

この辺りに足を運んだのはあの男はサボる時は決まって木の上に隠れていたから、森の近くに埋葬しよう、という単純な考えだ。

ふと、大きな木が目に入った。周りの木より一回りほど大きいその木の幹は太く、一際存在感を放っていた。幹と同じく太い枝は人が一人寝ころがれそうなほど太い。ここに決めた。

バッグからスコップを取出し根本の近くを掘る。予想以上に土は柔らかく、案外簡単に掘り進めることができた。数十分後、腕が埋まるだけの楕円形の穴が完成した。麻布にくるまった腕を丁寧に穴の中に置き、その上から優しく土をかぶせる。最後に軽くならし、血まみれのブレードを墓標代わりに突き立てた。

 

「こんなもの、かな」

 

 墓標代わりにブレードが突き立てられた簡素な墓だ。けれど巨人の胃に収まっていく兵士の事を考えると墓があるだけ幸運なのかもしれない。

手を合わせ祈る。目を瞑り視界が黒で覆われた中思う。人の死は悲しいが乗り越えられない壁ではない、と。人の死を背負うなど、そんなことができるのは物語の主人公か、リヴァイのように圧倒的な実力を持った者にのみ許された特権のようなものだ。少なくとも自分には該当しないし、できたとしてもその重圧に押しつぶされてしまうだけだろう。

兵士として戦ってきて多くの者が死んだ。親しい友人もその中にはいた。一番最初に死んだ親しい友人は誰だっただろうか、と思い返すが浮かんでこない。つまり、その程度の存在だったのだ。

たかが数年程度で忘れてしまう程度の悲しみは悲しみのうちに入るのだろうか。

それは悲しみではない、とナディアは思う。それはきっとただの過ぎ去った過去の1ページに過ぎない。

アジドは死んだことに対する感情は、感傷であって悲しみではない。数年経てば忘れてしまうことだ。

そう、思うことにする。

 

祈りを止める。ブレードを一瞥すると来た道を辿り帰路に就く。もう振り返りはしない。あの場所にはもうどうにもならない過去しか残っていないのだから。麦わら帽子越しに太陽の視線を感じる。空を仰ぐと鬱陶しいほどの青空が広がっていた。 

 

 

 




とりあえず一区切り。これから日常編に入ります。人は死にません、多分。
こんな話が読みたいという希望がありましたら是非感想で書いてください。

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