こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

6 / 11
五話

 私は何も聞いていない。私は何も知らない。死亡フラグ?なにそれ食えんの?ごめんわたし肉より魚派だから。

 

「あーお二方。もう作戦中ですので集中して下さいね。私達が今回の作戦の肝なのですから」

 

 私がそう声をかけるまで、ワルターとアニエスは私の存在など忘れ二人の世界にどっぷり浸かっていたようだ。ビビッて二人共々下に落ちそうになった。いっそそのまま落ちてしまえばよかったものを。

 

「ハ、ハーヴェイ分隊長!?今のもしかして聞いて・・・!?」

 

「聞いてませんよ。聞いてませんから真面目にやってくださいお願いします」

 

「す、すいません!あ、でもその前に報告したいことが」

 

 おい馬鹿やめろ私を巻き込むな。

 

「ア、アニエス?今は作戦中ですから、ね?」

 

「この作戦が成功したら、私、ワルターと結婚します。調査兵団も辞めます。開拓地でワルターと一緒につつましいけれど幸せな家庭を築いていきます。それが、私の夢ですから」

 

 アニエスはそう言いながら自分の腹をゆっくり撫でる。愛おしさを感じさせる手付き。既に女性ではなく、母の顔をしていた。

 

「アニエス、まさか・・・」

 

「うん、最近体も怠いし、胸も張ってきたから間違いないと思う」

 

「―――――!そ、そうか。僕がついに父親に・・・・」

 

「ふふふ、気が早いんだから。・・・私達はハーヴェイ分隊長に命を救われ、ここまでやってきました。本当に感謝しています」

 

「ソ、ソウデスカ・・・」

 

 次々と量産されていく死亡フラグ。私はただそれを黙って見ていることしかできなかった。こいつらはどうしてこんなにナチュラルに死亡フラグを建てられるのだろうかと僅かに感心していしまっている自分がいる。

三矢の教えに従って考えてみればこいつらの死亡フラグをへし折るのはもはや不可能なのではないだろうか。二桁に届きそうな死亡フラグなど私には到底折れそうにない。

不安を残したまま作戦は決行される。いやな予感は未だ途切れない。

 

「そうだ。これを持っててくれないか?」

 

「・・・これはブレードの欠片?」

 

「ああ、一度命を救ってくれたお守りだよ。ちょっと無骨かもしれないけど」

 

「ううん、すごく嬉しい。ありがとう」

 

 こいつらはどれだけ死亡フラグをおったてれば気が済むのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 15人からなる陽動部隊、それを5人3つのグループで分けた各陽動班は接敵機動を行っていた。距離は巨大樹の森入口、目標場所より数キロほど離れた場所だ。陽動部隊をまとめるのは第一班班長であるネス。バンダナと口髭が特徴の男だ。

 

「ネス班長!モヒカン巨人です!距離はおよそ800!」

 

 ネスの部下であり副班長を務めるシスがそう声を上げる。

 

「よし!うまい具合に近づいてくれていたな!」

 

 簡易報告によると、今回の討伐対象であるモヒカン巨人の足は馬の最高時速でも中々振り切れないほどの速度らしい。森と距離が近ければその分逃げ切れる可能性も高まる。

作戦決行の合図である黒の信煙弾を上空に放つ。信煙弾を見た第二、第三の陽動班がすぐさま駆けつけた。

 

「それでどうしますか?いまいち巨人の反応が薄いですが」

 

「まだ体力が戻りきっていないのか、それとも奇行種故の奇抜な行動の表れなのか、それは分からんが巨人であることに変わりはないだろう」

 

 確かに奇行種であろうと巨人であるという事実は変わりない。その本質とは「人を喰らう」という一点だけだ。陽動そのものは理論的に言えば可能である。

 

「やはりギリギリまで近づいて引き付けますか?危険度は高くなりますが・・・」

 

「・・・いや、俺に一つ策がある」

 

 巨人を見据えたまま、ネスがそう言う。さすが新人の教育を任されているだけはある。頼もしいその姿に場の緊張感が若干和らぐ。ネスは自分の愛馬であるシャレットに括り付けられた携帯用バッグから何やら薄っぺらいものを取り出す。数を数え、それを一人二枚ずつ手渡した。

 

「よし、全員一人二枚ずつ行き渡ったな」

 

「・・・ネス班長。一体これは?」

 

 不可解なものを見るようにシスは自分の班長を見つめる。プラスチックのような軽い材質、顔にちょうどフィットするように凹凸がつけられ、目の部分だけが見えるようにくり抜かれている。表面には無駄に精緻な女性の顔が描かれている。目の部分がないが、その造形が美しいことが見て取れる。

 

「ナディア分隊長のお面だ」

 

 その場に冷たい空気が流れた。

 

「・・・あの、これのどこが策だと?」

 

 シスの言葉にネスは『おいおい馬鹿だな、そんなことも分からないのか?』というように溜息は吐いて肩をすくめた。その仕草にシスはイラっときた。

 

「いいか、まずはこのお面を被る、お前らもやってみろ」

 

 それはいい。お面の用途など被る以外にない。だがそれになんの意味があるというのか。

 

「被りましたが・・・」

 

 その場にいる全員15名がお面を被る。同じ顔が勢ぞろいする様はシュールを通りこして気持ち悪いだけだ。というか本当に気持ち悪い。

 

「残りの一枚を自分の馬に被せろ」

 

 意味が分からない。人間用のお面が馬にフィットするはずもなく、お面の下の方から馬の鼻が飛び出している。もはや新種の化け物。

 

 

「か、被せましたが、このお面に何の意図が?」

 

 シスの言葉が震えている。切れる一歩手前である。上官でなかったらもう殴り倒している。

 

「いいか、巨人は男型だ。・・・男である以上ナディア分隊長を追わずにはいられないだろう?」

 

「アンタ馬鹿じゃねえの!?」

 

 シスがとうとうぶち切れた。敬語すら使っていないことから怒り心頭具合が伝わってくる。

 

「ほら見ろよ!皆引いてるじゃねーか!どうしてくれんだこの空気!」

 

 セスはそう怒鳴り他の班員達に呼びかけるが――――

 

「ナディアさんのお面・・・つまり俺は今ナディアさんと一心同体になっている・・・?」

 

「ハァハァ・・・ナディアたんprpr」

 

「うろたえるな貴様ら、平常心を忘れるな。・・・うっ・・・ふう。」

 

「――――――お前らに期待した俺が馬鹿だったよ!!」

 

 残念ながら、シス以外の班員は作戦どうこうの以前に目先の欲望に囚われているだけだった。頭を抱え唸る。なんかもうあのモヒカン巨人に特攻でもして現実逃避したかった。当然巨人がそんなものに反応するはずもなく、

 

「ネス班長!巨人に動きあり!こちらにまっすぐ向かってきます!距離およそ700!」

 

「嘘だろ!?」

 

 何故か反応した。シスが見ると本当に巨人がこちらに向かってきていた。本当に意味が分からない。え、なに?本当にこのお面に反応してんの?などとセスが困惑しているうちにネスが班員達に指示を飛ばす。

 

「よしお前ら!二列縦隊隊列をとれ!これより誘導作戦を実行する!」

 

「「「応!!」」」

 

 ネスの呼びかけに陽動班の面々は力強く返答する。戦士の雄叫びの如く響く咆哮、戦場の雰囲気は顔面のお面がすべてぶち壊していた。ナディアの顔が30並び、それをモヒカン巨人が追随する。色々な意味でこの世の光景とは思えなかった。シスを除く総勢14名の変態の陽動劇が幕を開ける。その場の空気は致命的に狂っていた。

 

「よーしお前ら!今日の作戦が成功したらナディア分隊長のスペシャル抱き枕カバーを進呈してやる!」

 

「なんでそんなもの持ってるんだよ!?」

 

 

 空気は狂っているが、それでも戦いの幕は上がる。強ければ生き残れない、残酷な戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナディア・ハーヴェイは他と隔絶するような才能を持って生まれたわけではない。むしろ凡才といってもいいだろう。小柄な体躯は長所にも短所にもなりうるし、立体機動では調査兵団の中でもトップクラスだが、速度を上げるために筋肉をつけるというよりも余分な肉をそぎ落とすという選択をしたため、腕力は下の下。8メートル級以上の巨人になると単独では逃げに徹するしかないというなんとも極端なスペック。

だが、それを自分でも自覚しているが故にナディアは強くはないが強かなのかもしれない。

巨人のうなじをそぎ落とすことだけが戦いではない。むしろ、そこに至る過程こそがナディアは重要ととらえていた。討伐補佐77体という圧倒的な数字がそれを表している。

今回巨人のうなじを切り飛ばすのはオルオ。他の討伐班4名は徹底的にサポートに回る。

 

陽動班が黒の信煙弾が打ち上げた。それを確認した討伐班メンバーの顔が引き締まる。戦いの狼煙が上がり、彼らは戦士の顔になった。

 

「それでは手筈通りに。オルオ、タイミングはあなたに任せます」

 

「ああ」

 

 陽動班がこちらに近づいてくるのが目視できる。陽動班の姿は精神安定上できるだけ視界に入れないようにした。心が静まっていく。研ぎ澄まされた集中力は頭の中をクリアにしていく。

ナディアにとって真っ白な空間に放り込まれるようなこの感覚だけが実戦の中で唯一の楽しみだった。

 

「――――――それでは狩りを始めましょうか」

 

 そう言い微笑を携えていく。戦いの場においてのソレは子供の無邪気な残酷さと酷似していた。邪気も悪気もなく、蟻の手足をもぎ取って楽しそうに笑う子供、そんな姿とナディアの姿が重なった。

班員や友人関係にあったものが殺され、その弔い合戦をする時のみ見せるいつもより深い笑みは他の班員の背に言いようのない悪寒を感じさせた。ずるり、と刃を鞘から引き抜く。鈍い光沢を放つブレードはナディアの鋭い犬歯を映している。

 

巨人と戦闘する際のステップとしてはまずは足の腱を削ぐなりして動きを止め、その後にうなじを切り飛ばすという手法が一般的だ。今回もその手順は変わらない。平野部とは違い、立体機動が最大限に生かせる環境だ。一撃離脱を繰り返すことも容易い。

先陣を駆るのはナディア。調査兵団で最も隠密機動に優れているという評価は伊達ではない。

巨人が入口を通り過ぎ、木の陰に隠れるように潜伏していたナディアは巨人の背後から距離を詰め、そのまま右足の腱を切り飛ばす。だが頭を吹き飛ばしてもすぐに再生する巨人の再生力は並大抵のものではない。足の腱程度の傷は数秒で再生する。  

しかし実戦においてその数秒こそが命取りだ。僅かに態勢を崩した一瞬の隙、その隙を狙って残り三人が三方向から巨人に襲い掛かる。ここで巨人が前のめりに倒れてくれればそのままうなじを狙えたのだが、斜め方向に倒れた巨人は巨木に頭を叩き付けるだけに終わった。巨人は直ぐに態勢を立て直すが、既に三人が肉薄している。

 

ワルターとアニエスはそれぞれ左右の腱を切り飛ばす。ナディアと同じ様に後方から急襲するヴィヴィアンは右腕の付け根を深く切り裂き、そのままもう片方のブレードを右目に突き立てた。三人が巨人を切りつけている間にナディアは最寄の巨木にワイヤに射出。小さな弧を描き、左腕の付け根を切り飛ばし、そのまま左目と早くも再生しかけていた右目にブレードを叩き付ける。構造上最も柔らかい眼球はナディアのブレードを容易く受け入れる。

 

「ア、アアアアアアアアァァァアアァァァァ!!!」

 

 巨人の叫び声が耳に障る。水晶体を貫通し、硝子体に達したブレードを傷を深くするように腕を捻りながら抉り出す。透明なゼリー状の硝子体が眼球から溢れ出した。ナディアがブレードを眼球に叩き付けている間にヴィヴィアンは巨人の顎の下に移動し顎の下からブレードを上に向かって叩き付ける。上顎骨と下顎骨を縫い付けるように放たれた一撃に巨人は苦悶の声を漏らすが、ナディアに声帯を削ぎ落とされ、その声も途中で消えた。この間にかかった時間はナディアが腱を切り飛ばしてから僅か10秒足らず。連続して腱を断ち切られ、巨人はまともな抵抗もできていなかった。

 

ナディア達の戦い方は特におかしい戦い方をしているわけではない。足の腱を断ち、腕の腱を断ち、眼球を潰す。いずれも巨人と戦う上では基本的な戦術だ。だがそれは異常ともいえる速度だった。まるで巨大な獲物に蟻が群がるような戦闘光景。圧倒的ともいえる機動力を用いた超短期決戦、それがナディア班の特徴だった。とはいえこれは巨大樹の森、もしくは市街地だけで使用できる戦術だ。戦術の核となるナディアが巨人に接近することを嫌がるという事もある。だがそれでも弱者が強者を食い潰さんとするこの光景は圧倒的過ぎた。

 

巨人のうなじにワイヤが射出される。ほぼ無抵抗な巨人にオルオの止めの一撃が襲いかかる。身体を回転させ遠心力をプラスした一撃。一撃でブレードが歪むほど力の籠った一撃は巨人のうなじを綺麗に切り飛ばした。

 

「やったか!?」

 

「なんだ、大したことなかったわね」

 

「・・・二人とも、油断しないように」

 

 ワルターとアニエスの発言をナディアが諌める。 死んだ巨人の肉体は気化するように朽ちて消滅していく。モヒカンを入れると15メートル級巨人だけあって蒸気の量は多い。白い煙幕じみた気体が辺りに充満し、

 

―――――――――巨人の剛腕がワルターとアニエスに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身を襲う激痛で目を覚ました。目を覚ましたといっても未だ意識は混濁としている。初めて馬に乗って酔ったときのように身体がぐるぐると揺さぶられているような奇妙な感覚が気持ち悪い。身体は起こせない。まるで全身が鉛のようになってしまったかのようにひたすら重い。かろうじて動かせるのは首くらいか。

 

「キャンセラー!大丈夫か!?」

 

「そんなヴィヴィアン・・・私達を庇って・・・」

 

「オルオ!索敵班に衛生兵がいたはずです!今すぐ連れてきなさい!」

 

「おう!」

 

 そんな会話が遠くなりつつある耳が捉える。ああそうだ、ワルターとアニエスを庇ったんだった、と他人事のように思い出す。ほとんど反射的だった。考えるよりも身体が先に動いた。あの巨人の最後の一撃だったようでもう巨人の姿は見えない。よかった、と安心した。ふと視界の端に上司であるナディアが映った。いつものような微笑はなく、顔の筋肉が硬直したかのような無表情。親しい者を亡くす時の貌だった。

そんな貌をさせて申し訳ないという思いがある反面、それを嬉しいと感じている自分もいた。

ああ、私は彼女にとっての特別になれたのだ、と。長身故に苛められた経験もあって良い人生とは言えなかったけれど、自分の最期を悼んでくれる人がいるということがただ嬉しい。

ゆっくりと意識が遠のいていく。耳元で語りかけてくる言葉も何を言っているか判断がつかない。

最期に。最期に一つだけ言葉を残すとしたらどういう言葉がいいだろうか。

そうやって思いついた言葉は酷く凡庸だったけれど、自分の気持ちを率直に表しているものだと思う。

 

「あ・・・り・・・が、とう・・・」

 

 喉の奥から発せられた声は信じられないほど弱弱しく途切れ途切れだったけれど、きっと伝わったと思う。

手が不意に暖かいものに包まれた。自分の手より遥かに小さい手。

ノイズまみれの聴覚に確かにその声は聞こえた。

こちらこそありがとう、という柔らかい声が。

 




ワイヤを使った戦術を考えてましたが、オリジナル設定が多くなりそうなのでやめました。


次回のエピローグで壁外遠征編は終了します。
いい加減104期生とも絡ませたいですね。

ネタが今不足しているのでこういう話が読みたい、という要望やこういった展開はどうか、という意見ありましたら感想で書いてくれるとありがたいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。