こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

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この一話で壁外遠征編を終らせようとしましたが、予想外に分量が多くなってしまいました。


四話

 初列六・伝達、およびその援護班が半壊状態にあり、撤退補助と援護を命じられた私率いる初列四・伝達は一部の兵を残し、初列六・伝達の位置へと後退していた。私達が駆け付けた時には遅く、そこは一面血の海だった。

地面に深く突き刺さったブレードは墓標のようだ。血の匂いを嗅ぎつけてきたのか、巨人の食べ残した残りものにカラスが群がっていた。そのカラスを追い払い、周囲を確認してからカラスが先ほどまで啄んでいたものを拾い上げる。

それは腕だ。

巨人によって噛み切られ、カラスの啄みによって骨がむき出しになったソレ。それでもブレードを握りしめていたアジド・ダハカの腕。その腕を丁寧に麻袋へと入れる。回収できそうなものはそれしかなかった。ついでにアジドのブレードも血を拭い腰に差す。一応これも形見の品になるのだろうか。

 

「ポプキンス、回収できそうなものはありましたか?」

 

「い、いえ。これで、全部です」

 

 さすがに新兵にこの光景は辛かったのか、新兵達はそろいもそろって顔を青ざめさせている。けれどこんな光景に慣れてしまわなければ調査兵団でやっていくことはできない。

 

「20名中15名が死亡、戦果は巨人2体ですか。・・・オルオ、エルドの容態はどうですか?」

 

「一応応急措置は済まして衛生班に回しておいたぜ。生き残るかどうかはアイツの体力次第だな」

 

「生き残った巨人は?」

 

「方角は北西。距離は大体2キロってとこだな。体力の限界が近いのか動きは鈍いが、体力が回復したらまたカチ合うことになるかもな。進路上では巨人の近くを通ることになりそうだが」

 

 なるほど、理解した。要点だけをまとめた簡潔な報告は今の荒みきった心にはありがたい。

 

「ペトラ、ここの部隊の穴埋めはできていますか?」

 

「はい、中央指揮から人員が補充されますので、初列六の人員に関しては問題ありません」

 

「・・・そうですか、とりあえず私達も戻りましょう。長居していては行軍にズレが生じてしまいますし、中央指揮からの伝令もあるはずです」

 

「だな。おい新兵達!適正位置に戻るぞ!」

 

「「「はい!!」」」

 

 オルオの言葉に返事をする新兵達。この現場から解放されることを喜んでいるのか、わずかな喜色が見える。それが何故か無性に腹立たしかった。

 

 

 

 

 

 

 

次列中央・指揮。

長距離索敵陣形の核となる場所に調査兵団団長エルヴィン・スミスはいた。右翼に3体の巨人の攻撃を受けたという口頭伝令を受けてからも彼の顔に焦りはない。その泰然自若とした様子が兵達に安心感と信頼を与えている。

 

「――――来たか」

 

 ポツリ、と呟くと同時荒々しい馬の足音が聞こえてきた。10名弱の少数精鋭部隊、それを率いているのは人類最強と名高い兵士長、リヴァイ。そのリヴァイに付き添うように馬を走らせているのは分隊長であるハンジ・ゾエにミケ・ザカリアスだ。リヴァイ達は普段次列中央・指揮を適正位置としている。中央に置き、有事の際には遊撃部隊として動いてもらうという形だ。初列六・伝達が交戦状態に入った際には左翼の援護に行っており、増援として出すことができなかった。

 

「右翼に襲撃を受けたと聞いたが、状況はどうなっているエルヴィン」

 

「先ほど連絡があったが、20名中15名が死亡、戦果は巨人2体だ。もう一体いたのだが、巨人2体が討伐されたと同時に逃げ出したという報告を受けた」

 

「逃げた?巨人がか?」

 

 疑うような顔で言うリヴァイ。巨人は基本的に人を喰らうだけで、およそ知能と呼べるものはない。巨人3体の襲撃であれば部隊の損害は尋常なものではなかったはずだ。疲弊しきった残りの部隊で到底太刀打ちできるものではないだろう。

 

「ああ、初列四・伝達の索敵班が到着する前に離脱したそうだ」

 

「・・・巨人が索敵班の到着を感知し、分が悪いと判断し撤退したとお前は言いたいのか?」

 

「分からん。ただの偶然かもしれないし、知能を持った巨人かもしれない。ただ確かな事はその巨人を放っておくわけにはいかないということだ」

 

 言葉と共に信煙弾を上空へ打ち出す。色は進路変更の緑。進路を僅かに北西にずらす。

 

「長距離索敵陣形の戦術と反するが、その巨人の討伐に踏み切ることにした。交戦場所は巨大樹の森、入口付近まで巨人を誘導し一気に叩く。リヴァイ、お前達には念のために援護班として行ってもらう。彼女達が苦戦するようならば援護に入ってくれ。」

 

「援護班だと?掃討班ではなく、か?」

 

 リヴァイの疑問は最もだ。攻撃力の最も高いリヴァイ達が先行して巨人を狩った方が確実で速い。わざわざ援護班とする理由がない。

 

「ああ、掃討班には初列四・伝達に行ってもらう、今後の布石も含めてな」

 

「初列四・伝達だと?・・・そういうことか」

 

 リヴァイは僅かに考え、答えを出す。

 

「リヴァイ、なんで理解できたんだい?私にはわからないけれど」

 

 一方ハンジは分からなかったようだった。隣のミケも分からない、と言うように首を横に振る。

 

「初列四・伝達はナディアの班だ。巨大樹の森で交戦するならアイツ以上の適任はいない」

 

「いやナディアの班っていうのはわかるけどね。彼女、サポート特化型だろう?討伐任務は荷が重すぎるんじゃないかな」

 

 そのハンジの答えにリヴァイは合点がいったようだった。

 

「そういえば、お前達はナディアが戦っているところを見たことがなかったな」

 

 そう言い、口を歪めて笑う。猛禽類を連想させる獰猛な笑みだ。

 

「アイツの戦い方は恐ろしいぞ――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジド・ダハカという人間が私にとってどういう立ち位置の存在であったかのか、それを一言で語るのは難しい。恋心を抱いていたわけではないし、戦友ではあったが友人かどうかといわれるとそれも首を捻らざるを得ない。アジドと交友関係はあったのだが、なんというか、友人という言葉がしっくりこないのだ。

 

声がでかい、背がでかい、デリカシーに欠けている、大雑把すぎる、私生活がだらしない、洗濯物はたたまない、酔っぱらっては私の私室に忍び込みルパンダイブを敢行する、ゲロを吐くな誰が掃除すると思ってるんだ。とりあえず思いつく限りのアジドのこれまでの悪行を思い出してみるが、口が裂けても性根の清らかな善人などという評価は言えない。けれども。きっと親愛の情は抱いていたのだろう。

人生難易度はルナティック。生れ落ちれば死んだも同然。それが調査兵団などという日本のブラック企業が裸足どころか全裸で逃げ出すような職場ならば尚更だ。人が死ぬのは別に珍しいことではない。人が死ぬのは割り切ったつもりなのだが、思うところがないわけではない。親しい者が死ねば悲しい。けれども悲しさよりも沸々と湧いてくるのは別の感情だ。

ああなんだ、と私は納得する。

つまるところ、私はアジド達を食い殺した巨人に対して復讐してやりたいのだ。

いつもならばぶーたれて内心ではマシンガンの如く文句を言っていただろうが、今回ばかりはエルヴィン団長に感謝する。私達は今、巨大樹の森にいた。

 

巨大樹の森。

壁の内外を問わず各所に点在している樹高80mにもおよぶ巨木の森。かつては観光地として整備されていたが、ウォール・マリア陥落以降は荒れるままになっており、かろうじて道が残っている程度。 立体機動の真価を発揮できるため、調査兵団にとっては巨人に対抗するための重要な拠点である、というのが主な概要か。

 

初列四・伝達に戻るや否や中央指揮からの指示。今は陣を離れ、班の中から腕利きを選び私を含む5人の兵士が入口付近の巨大樹の枝に待機していた。逃げていた奇行種の討伐のためである。

 

「しかしエルヴィン団長も思い切った事をするな、積極的に巨人の討伐に乗り込むとは」

 

 若干気障っぽいしゃべり方で私に語りかけてくるのはオルオだ。ペトラ曰く、昔はしゃべり方が違ったそうなのだが、どちらにせよ刈り上げブロッコリーが女性にモテる日は来ないだろう。ちなみにペトラは初列四・伝達の指揮を任せている。オルオとペトラ、どちらをとるか迷ったのだが、単純にフィニッシャーとしての役割だけでいうならばオルオの方が適任だ。

 

「それだけそのモヒカン巨人を脅威に感じているのでしょうね、今回に関しては願ったり叶ったりですが」

 

「・・・おいナディア、早まった真似はするなよ」

 

「するわけないじゃないですか。15メートル級巨人のうなじは私の力では切り飛ばせませんし。何のためにあなたを連れてきたと思っているんですか」

 

 自分で言うのもなんだが外も内も冷静だ。怒りの感情に任せて突撃をかますほど私は勇敢ではない。というか私では15メートル級巨人を殺すのは不可能だ。私の身長は151センチ、体重は調査兵団最軽量、持ち味は隠密立体機動に索敵だ。それだけに特化していると言ってもいい。巨人に近づくのは怖いし逃げ足でも鍛えておこうというビビり癖が遺憾なく発揮された結果である。それなりに戦果をあげ、嘘か真か今では索敵猟兵という専門の兵科を創設するという話が出てきているらしい。私が倒せる巨人は8メートル級巨人くらいだ。それ以上のサイズになると討伐は無理。だから逃げます。

自分に出来ることと出来ないことを明確にしておくことで自分の為すべき役割も見えてきます、などと酒の席でエルヴィン団長に語った際には何故かえらく感心された。今考えるとあれがなんらかのフラグのようにしか思えない。

 

「そうか、ならいいんだがな」

 

 私の言葉を聞いたオルオは照れ隠しをするように頭を掻きそう漏らす。口は悪いがなんだかんだで面倒見の良い男だ。心配してくれたのだろう。

 

「しかし今言うべきことではないとは思いますが、今回の作戦は成功するのでしょうか。報告を聞く限り、僅かながら知能が垣間見える奇行種ということですが」

 

 そう不安げな表情で言うのはヴィヴィアン・キャンセラー。大柄な体躯に反比例するようにその気性は気弱だ。実力はあるのだが、いまいち自分の力量に自信が持てないのだという。ここで主人公が張れる熱血キャラなら『絶対に大丈夫だ!だから仲間を信じようぜ!』という少年漫画のような熱い台詞を吐けるのだが、私には無理だ。指揮官としては士気を下げないために言う必要があるかもしれないが、ぶっちゃけ作戦が始まった段階で私達がどうこう言っても仕方のない話。  

 

「成功するかもしれませんし、失敗するかもしれません。けれどどうなろうと私達は最善を尽くすだけです」

 

 結局のところそれしかないのだ。最善は尽くす。けれどその結果がどうなるのか、それは誰にもわからない。

 

今回の作戦はうろついているモヒカン巨人を陽動班が私達のいる場所まで引き付けて討伐という流れだ。モヒカン巨人の陽動を担当する陽動班、付近の他の巨人を見つけ現場から引き離す索敵班、その護衛を担当する援護班、そして私達掃討班という40人体制の大がかりな作戦だ。最悪木の上に逃げれば巨人は手出しできないが、演習なしのぶっつけ本番の作戦だ。当然、危険も大きい。しかもこの作戦群の中で階級が一番高いのは私だからなにかあったら私の責任だ。

 

「結局いつもと同じことをやるだけですね・・・そういえばワルターとアニエスは?」

 

 気づくと残り二人の面子が足りないことに気付く。

 

「あ?あいつ等ならあそこだ」

 

 オルオが指差す先は今私がいる枝より5メートルほど上。見るとワルターとアニエスの二人が肩を並べて座っていた。

 

「あの二人は・・・。ちょっと注意してきます」

 

 合図はまだないがもう作戦中だ。配置につくように言おうと二人に近づき――――

 

 

 

 

「アニエス。この戦いが終わったらさ、結婚しないか?」

 

「え、ええ!?それってまさかプロポーズ!?だ、駄目だよこんな場所で・・・」

 

「ああ、生きて帰って改めて告白する。今のは決意表明みたいなものだよ」

 

「そ、そっか。じゃあ頑張って今日勝たないとね」

 

「訓練通りやれば巨人にだってきっと勝てるさ。それにここは巨大樹の森、巨人だってそう手出しはできない。大丈夫だよ、僕が君を守るから」

 

「ワルター・・・」

 

「死んだ親父が言ってたんだ。惚れた女は絶対守れって。今日がその時だ。・・・その、迷惑だった?」

 

「・・・ううん、勇気でたよ。さっきまで怖かったけど大丈夫、もうなにも怖くない」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 




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