こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

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この作品はシリアスな笑いを目指しています。


二話

 ブラック企業に勤めているんだが、もう私は限界かもしれない。

前世でのデスマーチなど可愛いもので壁外遠征はリアル命懸けの文字通りデスマーチである。核の炎に包まれた後の暴力がすべてを支配する世界と五十歩百歩、違いはモヒカン軍団が人喰い巨人にとって代わられたぐらいか。

 

しかも今回の遠征は分隊に新兵が混じっている。ただ単にビビるだけならいいのだが、パニックに陥った新兵は時としてとんでもない行動に出たりすることがある。不安要素が積み重なり、ストレス性の胃痛がえらいことになっているが表情には出さず、なんとか分隊を指揮しているのだが―――、

 

「分隊長!北西に7、8メートル級巨人一体!距離およそ600!」

 

 あああああああああああああ!!こんな時に限ってまたか!!

 

「ウラド班は左翼!私は右翼に回り様子を見ます!散開開始!ポプキンスは信煙弾を打ちなさい!」

 

「「「了解!!!」」

 

 散開にかかった時間はほぼノータイム。何故か吹っ切れた様子のグラッドも落ち着い信煙弾を上空に打ち上げる。左右に別れた私達は巨人を包み込むように旋回、これでただの普通種ならどちらに飛びついてくれるのだが、神様は大分私のことが嫌いらしい。

 

「っ!分隊長!巨人は我々を無視し中央に向かっています!奇行種です!」

 

 見ればわかるよそのぐらい。でもペトラ、貴方は可愛いから許す。貴方が私の心のオアシスです。

さて、ふざけた話は置いておくとして、ちょっとまずい状況だ。私達の後方部隊である次列四・伝達が突破されると索敵援護班に接触されることになる。そこを荒らされると最悪右翼の陣すべてが機能不全に追い込まれることになる。しかも遠目で確認する限り巨人の足は結構速い。早めに対処しなければ被害は増えるだけ。

 

「ポプキンスは黒の信煙弾を!左翼はそのまま旋回し私達の背後に回りなさい!右翼はこのまま巨人の後方に回り込み仕留めます!」

 

 最悪一歩手前。

こんな時に限ってアジド班は他の班の援護に行っているし、他の連中は索敵特化型の奴らがほとんど。さすがに新兵に向かって奇行種狩ってこいよなんていう外道発言はできない。いやあ言えないこともないけど、それがエルヴィン団長に伝わったら事だしね。エルヴィン団長にビビってるわけじゃないから、いや本当。

平野部では立体機動が生かせないうえ、落馬することになる。単純な討伐よりさらに難易度が増すという危険行為。危険手当付けろよ、労働組合に訴えてやろうか。

 

あーやりたくない。私のようなか弱いオトメが命かけなきゃならないとか、ほんと世の中残酷。

だが分隊長として巨人を見過ごしておけないというのも事実だった。というか新兵がいるのにノコノコ恥知らずに撤退などできない。日本人って恥の文化だしね。

一度深く深呼吸し、覚悟を決める。ずるりと引き抜く刃の重さには今でも慣れない。というか慣れるべきじゃないんだよこんなものは。視線の先にはもっさり髪のクリーチャー。いっちょ前にアフロっぽい髪形しやがって、ピクシス指令に植毛してやろうか。

 

「オルオ!私が腱を削いで動きを止めます!貴方はうなじを!ペトラ!私の馬をお願いします!」

 

 さらりとオルオに危険な役割を押し付ける。いや危険度でいえば私も危ないけれどね、奇行種とは行動が予測できない故の奇行種だから。

 

「おうよ!」

 

「はい、了解です!」

 

 普段は馬鹿にしか見えないが、実際のところオルオは相当優秀な兵士である。少々応用が利かない部分があるがそこさえ直せば分隊長くらいなれると思う。

巨人の足が地を踏む瞬間を見計らいワイヤを射出。勢いよく放たれた鉄線は巨人のアキレス腱あたりに深く食い込む。馬から飛び降り、足で地面をがりがり擦りながら巨人へ接近しワイヤの部分ごと腱を削ぐ。

巨人と人間の身体的構造は生殖器がなかったりする点を除けばほとんど同じだ。弱点であるうなじ以外を削いでもすぐに再生するが、単に動きを止めるだけなら問題はない。アキレス腱が切断されたことにより巨人はバランスを崩し、前のめりに倒れる。

 

オルオは意外と華麗な馬捌きで巨人を躱し、流れるような動作で倒れ伏した巨人の首にワイヤを射出する。遠心力を利用し、空中へ飛んだオルオは体を捻り勢いをつけ、巨人のうなじを切り飛ばした。

一度びくんと気持ち悪く痙攣したのち、その巨人は息絶える。

ミッションコンプリート。

 

「ひゅー!これで討伐数33!こりゃあ40の大台も近いぜ!」

 

「討伐数だけで兵の善し悪しは測れませんよ。・・・少し中央・指揮とズレが生じているようですし、直ぐに態勢を整えます!索敵散開隊形終了!通常隊形にシフトしてください!」

 

「「「了解!!」」」

 

―――なんとか成功したか。

私は指揮をしながら安堵の溜息を吐く。こんな命の危機が普通に何度もあるのが壁外遠征なのである。初めての遠征の時などビビりまくって震えているぐらいだったし、先輩の背中に張り付いていくことで精一杯だった。

失禁した時のために下着の替えは余分に持って行ったほうがいいよ、と出発前先輩がニヤニヤ笑いながら言っていたのはマジの忠告だったのだ。その時は忠告を装った高度なセクハラだと勘違いしていた。結局その先輩は私の初陣でマミってしまったから感謝のしようがないけれど。

実際のところリアル失禁を経験する者は案外いるらしく、オルオとペトラのスプリンクラーを彷彿させるダブル空中散布にはだいぶ笑わせてもらった。オルオにも可愛い時代があったのよ、1期しか違わないけどね。

 

そんな風に当時ガチ泣きの醜態さらした私やオルオ達に比べ、今回の新兵達は中々胆が据わっていると言えるだろう。

私に言わせれば、初陣など自分の涙腺と尿道の緩さを確かめる野外ワークみたいなものだ。

青ざめながらもなんとか追いすがってくるなど傍から見れば情けなく見えるが、新兵にそれを要求するのはかなり高いハードルなのだ。リヴァイとかは初陣から普通に巨人狩ってたらしいけど、あのロールシャッハもどきは例外だ。アイツの正体って絶対1,6メートル巨人だよ。

 

一体目の巨人に遭遇した時遮蔽物のせいで発見が遅れ何人か喰われたが、それ以外の損害はない。これならなんとか今回も生き残れそうだ、と私は内心安堵していた。道中青ざめて失神しかけている新兵に声をかけたりしながらも、今年の新兵は優秀そうだな、と私の顔には自然に笑みが広がっていた。なんか少年マンガ臭い決意の表情を浮かべている連中は無視しておこう。関わると面倒なことになりそうだし。

 

 

 

―――恐ろしい恐ろしい恐ろしい、ただひたすらに恐ろしい。

理屈ではないのだ。それは本能に直接ナイフで刻まれたような原初の恐怖。

覚えている、あの光景を。巨人が街に侵攻したときの様子を。まだ訓練兵の時、人手不足で後方支援に回っていた。けれども、遠目から見てしまったのだ。巨人がどのようにして人を喰らうのかを。

自分の命が危機に晒されているわけではない。けれども、まるで己の身に降りかかる出来事のように鮮明に。

眼を塞げ。

視線を逸らせ。

受け入れるな。

脳はそう命じていても体は動かない。

恐ろしくて仕方がないはずなのに、体は動かない。

状況も色も全てがリアリティに溢れたパノラマのような、そんな夢を今でも見る。

 

 

―――ならば何故己は調査兵団に入ったのだろうか?

 

 

恐怖に溢れる中、僅かに残った冷静な部分が疑問を発する。あるいはそれは現実逃避だったのかもしれない。

巨人に喰われたくないというならば調査兵団など入らなければいい。駐屯兵になることも可能だったはずだ。なのに、何故?

分からない。理由は分からない。故郷への思いか復讐か、深層心理か気まぐれか。

わからないけれどもう道は決まってしまったのだ。

己の手で、そう決めてしまったのだ。

 

後方に退路はなく、光一筋見えない真っ暗なトンネル。

恐ろしい恐ろしい恐ろしい、ただひたすらに恐ろしい。

けれど、抗おうと決めた。

恐怖に震える調査兵団など役立たずだと、陰口を叩かれることもあったけれど。

きっと、この道は間違いではなかったのだろう。

ああ、だって―――

 

『恐怖とは人間に与えられた根源的なものです。恐怖を感じない人間はもはや人間ではありません。恐怖に震える貴方はまっとうな人間であると、私が保障しましょう』

 

そんな言葉に救われた。

彼女にとってみれば、一つの演説に過ぎなかったのだろうけれども。

恐怖に打ち勝つことは必ず必要ではないのだと、臆病であることが必要なのだと、そう言ってくれたのだ。

 

体が震える。ああ、巨人がやってくる。人を喰らう、あの化け物が。

だが恐怖に勝てなくてもいい、ただ向き合うと決めた。

怯えてもいい。けれどどんなに無様でも、自分の役目だけはこなしてみせる。

 

「「ウラド班は左翼!私は右翼に回り様子を見ます!散開開始!ポプキンスは赤の信煙弾を打ちなさい!」

 

「「「了解!!!」」

 

 震える手で信煙弾を上空に放つ、ただこれだけの任務。

信頼も信用もなにもない、新兵なら大抵経験するこの役目。

今はまだ力が足りない。けれど、いつかは。

それがグラッド・ポプキンスの決意であり、新兵達の総意だった。

戦場で微笑みを浮かべる誰よりも優しい彼女の背を守りたい、と。

 

とんだ思い違いである、と一概に断言することはできない。

ナディア・ハーヴェイに対する憧れは理解と一部リンクしている。だがそこに圧倒的な温度差があることに彼らは気づいていなかったし、これからもおそらく気づくことはないだろう。

 

けれど、そこになにか問題が生じるだろうか。

 

ナディアは新兵達に期待をかける。

新兵達はそんなナディアの背に追いすがろうと、ただ前進する。

双方にとって幸せならば、これが望むべくもないベスト。

虚像は実像足りえないと一体誰が決めたのか。

誰が決めたわけではない、ただそういうものだという固定観念があるだけだ。そしてこの世界に固定観念ほど価値のないものはない。壁の安全神話など、いとも簡単に崩れ去ってしまったのだから。

故に、虚像が実像を超える余地もまた、十分にあり得るのだ。

 

 

 

 

 

 新兵が最初の壁外遠征で生き残る確率は5割。

運よく生き残った者も今後絶対に生き残れるという保証はどこにもない。そういった意味で私がまだ生き残っている可能性は奇跡に近いのではなかろうか。

これでも私は多くの兵が死んでいくのを見てきた。

生き残るために誰かを見殺しにしたこともあった。外面はともかく、内面はかなりブラックでロクでもない人間なのだろう。

指揮官足りうるものは悪の心を持たなければ務まらないと聞いたことがある。

指揮官なら非情な命令を出さなければならないこともある。

自分の部下に死ねと命じなければならないこともある。

私に追いすがる新兵達を見てふと思う。

そんな時、私は新兵達に死んでくれと、命令を下すことができるのだろうか。

 

・・・。

 

・・・うん、意外とできるな。今すぐでもいける。

むしろ今だからこそいける、といったほうがいいかもしれない。特別に親しい友人関係にあるものもいないし。

私の交友関係は案外狭い。友人と呼べるのは10人ぐらいしかいないのではないだろうか。

感情は判断を鈍らせる。

一瞬の判断で生死が決まる戦場では、あまり親しい者を作りたくないのだ。ドライな性格だと理解しているが、積極的に親しい友人を死地に送り込みたいわけではない。

私だって親しい者を失うのは辛い。

だから私は親しく思っている人以外の大抵の人に関しては平等に優しくしている。

平等に優しいということは誰にも優しくないと同じ、まあそんな理論で私に好感情も嫌感情を抱かせないようにコントロールしてきたのだ。その策が効果的なのか、今のところ上手く距離を保てている。アジド達に関してはすでに諦めているが、それ以外は良好だ。

おお、もしかしたら私には軍師の才能が眠っていたのかもしれん。

 

ナディアの稚拙な策モドキは外見上成功しているように見えたが、残念ながら彼女の見当違いである。その勘違いの対価は近い将来、彼女が身を削って支払うことになるのだが、今現在の彼女の知るところではない。

 

 

 

 

 ナディア索敵班が奇行種と接触したおよそ15分前。

最右翼を担当する初列六・伝達。指揮をしているのはベテラン兵士のエルド・ジン。オルオとペトラの初陣においても同じ班で参戦し、二人の空中散布の被害をまともに受け、後片付けという名のスカトロプレイを強要された運のない男である。

 

「エルド班長!西より巨人を3体確認!距離はおよそ700!」

 

「ちっ!3体もか!ついてねえな畜生!ブレンダン!信煙弾打て!」

 

「了解!」

 

「・・・距離およそ600!まっすぐこちらに接近しています!」

 

「速すぎる!なんだ!奇行種か!?」

 

 おそらくその3体の巨人の速度は馬の最高時速を超えている。こうなってくると奇行種だろうが普通種だろうが討伐するしかない。奇行種なら当然として、普通種だとしても馬が振り切れない速度で迫ってくるのだ。強制的に相手をすることになる。

 

「まだ遠目ですのでわかりません!ですが・・・!」

 

「おいエルジンどうした!」

 

 いきなり言葉を切った部下に訝しむエルド。

 

「隊長!巨人を・・・巨人を見てください!」

 

「あ!?いきなりなん・・・!」

 

 先頭のエルドは体を捻らせ向かってくる巨人を見る。その姿は―――

 

「―――――――3体ともモヒカン、だと・・・!?」

 

 世界はどこまでも残酷にできている。

 

 絶望が、歩いてやってきた。

 




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