こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

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※進撃中学校ネタあり。
※全編に言えることですが、あまり難しいことを考えずに読んでください。


八話

 ナディア・ハーヴェイの前世は日本人である。

最近は本人ですら忘れかけているが、彼女には確かに日本人としての経験が脳に刻まれている。

だが正直なところ、彼女の前世の記憶が役に立ったことなどただの一度もない。

 

日本人然とした倫理観などこの無慈悲な世界ではむしろ足枷だし、リーマンだった頃のエコノミックアニマル的な知識は既に乏しい。「前世の知識を動員してチートしてやるぜ!」などという中二臭いことは細かい策を弄したところでそれを軽々と破る規格外の化け物があるので無理。そして当然ながら彼女に近代兵器に関する知識などありはしない。普通の日本人ならなくて当然だが。

 

ぶっちゃけた話、巨人がスナック感覚で人を食ってるような世界に前世の記憶持ち程度ではどうもできないのだ。いっそのこと記憶などなければよかったのに、とことあるごとにナディアは思う。

そして最もナディアを苦しめているものが前世での食生活である。

 

洋食和食中華なんでもござれの日本で育ったナディアにとってこちらの貧相な食生活は中々耐え難いものがある。舌の肥えた日本人には辛い環境が、溜まり溜まった食生活に対するストレスが生け捕りした巨人で出汁を取るという凶行に及ばせるのだが、それはともかく。

 

そんなナディアだったが、あるときを境に彼女の食生活に対するストレスは僅かではあるが抑えられることになる。それはナディアが訓練生時代の話だった。

 

週に一度与えられる休暇日にナディアは街をほっつき歩いていた。訓練生というのはおよそ十代前半から後半の少年少女で構成されている。思春期真っ盛りである彼ら―――大半の男子の一部の女子―――がナディアを見逃すはずがなく、結構な頻度でデートのお誘いがあったのだ。断り文句を言うことすら面倒になっていたナディアは休暇日になると、朝一で麦わら帽子を被って夕方まで外出するというのが日課になっていた。

 

時間帯はおよそ昼。そろそろなにか昼食でも、と考えていたナディアの鼻腔に前世でよく嗅いだ匂いが入ってきた。まさか、と思い人混みを縫うようにして匂いの元を辿ると、一つの看板が目に入った。その看板にはこう文字が書かれていた。

うまかっちゃん、と。

 

――――――マジでか。

 

ナディアはその時初めて放心するという経験を味わった。

 

 うまかっちゃん(偽)は本物に比べると幾分か味が薄く、麺のコシが足りていなかったが、そんなことより誰がこれを作ったのかということである。作っていたオッサンは中央から派遣された雇われ店長のようで店長自身も作り方をレクチャーされただけで製造元は知らないとのことだった。

 

この世界では貴重な塩を多く使っていたため、庶民には中々手が出ない高価な代物だったが、その斬新な味は住民の心を鷲掴みしたようで、うまかっちゃん(偽)が浸透するのに大きな時間はかからなかった。その後、さっぽろいちばん(偽)やでまえいっちょう(偽)というどこかで見たような、というか明らかにパクッた看板を見てもうどうでもよくなった。人生、諦めが肝心である。

 

一体このスープにどんな怪しげな物質が入っているか気にはなったものの、どうせいつ死ぬか分からない身だし、と無理やり納得させる。

 

おそらく自分以外の前世の記憶持ちがいるのだろうが、会ったところでどうしようもないし、縁があれば会えるかも程度として考え、放置している。

 

訓練生時代からおよそ二月に一度の割合でうまかっちゃん(偽)に訪れるナディア。壁外遠征を終えた二日後、ひと段落したところ、彼女は店に足を運んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 104期訓練生であるエレン・イェーガーとその親友であるアルミン・アルレルトはウォールマリア南端、シガンシナ区を散策していた。訓練兵団生である彼らだが、休日と僅かばかりの給金が与えられている。少年期という多感な年ごろを考慮した結果なのか、はたまた精神衛生上の問題なのかわからないが、前日のうちに教官に申請しておくことで外出も可能だ。

 

「ねえエレン、ミカサを置いてきて本当に良かったの?」

 

「だってミカサの奴、普段から俺達にべったりじゃねぇか。休日の時くらい他の女子と交流した方がいいだろ、そっちの方があいつのためになる」

 

 『死にたがり』と揶揄されるほど巨人を殺すことに執着を見せるエレンだが、性根そのものは優しい。若干荒っぽい言動で誤解されることもあるが、普段はきちんと心配りもできる少年である。

 

「うん、いやまあ、そうなんだけどね・・・」

 

 一緒に居たいというミカサの気持ちも分かるし、ミカサの社交性を心配するエレンの気持ちも分かる。後日繰り広げられるであろう痴話喧嘩もどきを想像してアルミンは早くも胃が痛くなった。なまじ二人とも両者のことを慮っているからタチが悪い。

 

「アルミンは心配しすぎじゃないか?大丈夫だって」

 

「・・・うん、そうだね」

 

 結局元の鞘に戻るからこその幼馴染であり、親友なのだろう。朗らかに笑う友人の顔を見ると、アルミンは自分の顔が緩んでくるのがわかった。そしてなにも可笑しくないのに二人同時に吹き出した。

 

「いい匂いがしてきた。もう着くな」

 

「あ、本当だ。前に食べたのはいつだっけ?」

 

「訓練兵団に入る前にミカサと三人で食べたのが最初で最後だっただろ。二年間コツコツ給金ためてやっと一食って、やっぱりうまかっちゃんは高いな」

 

「給金自体もちょっとしたお小遣い程度だしね、でも最近は『さっぽろいちばん』とか『でまえいっちょう』とか他のラーメン店が出てきて競争が起こってるからちょっと値段も下がってるって聞くよ」

 

「そういえば他の味も出てたんだっけ。でもやっぱりうまかっちゃんこそが至高だろ」

 

「確かに他の味も食べてみたいっていう気持ちもあるけど、やっぱり僕もあの味をもう一度味わいたいっていう気持ちが強いかな」

 

 目指すラーメン店はすぐそこ。二年間の苦悩が報われる時がやってきたのだ。そう、至高の幸福は手を伸ばせば届く距離にある―――。

 

「あれ?なあアルミン、あれってライナーとベルトルトじゃないか?」

 

「本当だ。二人ともうまかっちゃん食べに来たのかな?二人共うまかっちゃん好きだって言ってたし」

 

 しかし、十全に物事が通る人生など存在しないのだ。努力は実らないし、正直者は馬鹿を見る。そんなことは当たり前のように横行している。巨人の侵攻をを身をもって知っているエレンとアルミンにだってそんな事は分かっている。幸福など、あっさり吹き飛んでしまうことを。けれど信じたかったのだ、同じ部屋で語り合った大切な友人を。

 

ライナーとベルトルトはエレン達と同じように談笑しながら歩を進めている。距離にして十メートルもないほどだが、二人がエレン達に気づく様子はない。そしてついにラーメンエリアへと到着する。そしてライナーとベルトルトはうまかっちゃんに入ることなく素通りする。二人が足を止めたのは二軒先にあるラーメン屋、『さっぽろいちばん』だった。

 

「―――おい、待てよ」

 

 エレン自身が驚くほど冷淡で低い声が出た。エレンの声に気付いた二人は振り向き、エレンの顔を見てそのまま固まった。

 

「エ、エレン。なんでお前がここに・・・」

 

「なあライナー、お前がくぐろうとしている暖簾の字を見てみろよ。『さっぽろいちばん』だぜ?お前さぁ...疲れてるんだよ。なぁベルトルト、こうなってもおかしくねぇくらい訓練が大変だったんだろ?」

 

 懇願するように、エレンは言う。その姿は神に裏切られたような聖職者のようだった。男子寮で『うまかっちゃん』について語り合った、あの思い出は嘘だったのだろうか。普段は犬猿の仲であるジャンですら『うまかっちゃん』が至高であるという自分の意見に賛同してくれたのに。それにライナーもベルトルトも頷いてくれたではないか―――。様々な考えがエレンの脳裏を駆け抜けてゆく。

 

 

 

 

 ライナーは後悔していた。あの時、周りに合わせて流されてしまったことを。あの時は「空気読めよ」「さっぽろいちばんとか情弱じゃね?」と突っ込まれることを恐れ、同調してしまった。そしてその結果、友人に対してこんな顔をさせてしまった。

 

―――俺達はガキで・・・何一つ知らなかったんだよ。『うまかっちゃん』が好きな奴らがいるなんて知らずにいれば・・・俺は・・・こんな中途半端なクソ野郎にならずにすんだのに。

 

これは逃げたツケだ。だから今度こそ立ち向かわなければならないのだろう。ライナーを一度空を仰ぎ、鬼のような形相の友人に声をかける。覚悟を決めたのだ。

 

「もう俺には...何が正しいことなのかわからん・・・。ただ・・・俺がすべきことは自分のした行いや選択した結果に対しラーメンマニアとして、最後まで責任を果たすことだ。だから言おう―――『さっぽろいちばん』こそが至高であると」

 

「このッ・・・裏切りもんがああああああああ!!!」

 

 リアルファイトになった。

 

 

 

 

一方その頃のアルミンとベルトルト。

 

「・・・」

 

「ア、アルミン?」

 

「男が一度やるって決めたらなぁ・・・もう後には引けねぇんだよ!!」

 

「アルミン!?」

 

 修羅が覚醒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒がしい街並みのとある一角、そこはまるで葬式のようなどんよりとした空気だった。その空気の発生源はミカサ・アッカーマン。ミカサの両隣にいるアニ・レオンハートとサシャ・ブラウスはその影響をまともに受けていた。

 

「エレンがいないと力が出ない・・・」

 

 ミカサはエレンと長時間離れてしまうと、身体能力が著しく低下し、どんよりとした空気をまき散らしてしまう特異体質なのだ。いやそれはおかしいだろ、と突っ込む訓練生は104期生の中にはいない。

 

「お父さん、私生きて帰るって言ったけどちょっとその決心が揺らぎそうだよ・・・。私、なんで生きてんだろ・・・」

 

「私は数多くの芋を食すことで、万物の祖である芋神様から神の啓示を受けたのです。『人は何故芋を食すのか』という私の長年の疑問にも芋神様から答えをいただきました。芋とは世界創造の礎であり、万物の根源でもあります。そして調理の方法も様々であり、煮物、天ぷら、勿論単に蒸かしただけでもおいしくいただけます。もはや我々の体は芋で構成されているといっても過言ではないでしょう。我々はごく自然に芋を口に運んでいますが、これは我々の脊髄の奥深くに刻まれた原初の本能なのです。つまり芋とは好き嫌いというものを超越し、全人類が食すことを運命づけられた存在とも言えるでしょう。さてここで『人は何故芋を食すのか』という疑問に戻りますが、これは先ほども言及したように本能なのです。呼吸が自立神経で制御されているように、反射が思考を通さず、脳より直接的に命令がされるように。呼吸するように~~~する、という表現があるように、我々にとって芋を食することはごく自然なことであり、芋を目の当たりにした時、己の欲望を抑えきれないことは当たり前のことなのです。そして芋神様を信奉することで我々人類は次の段位へ上ることができるのです。恐れる必要はありません、全ては芋神様の名の元に―――」

 

 なんというカオス。前者はアニ、後者はサシャである。アニはともかく、サシャは斜め上すぎる。ある意味平常運転とも言えるが。

 

「!!」

 

 突如としてミカサが顔を上げる。キョロキョロと辺りを見渡し、鼻をひくつかせる。

 

「・・・どうしたんだい」

 

「エレンの匂いがする」

 

「・・・」

 

 もはや何も言うまい。

 

「ちょっと行ってくる・・・!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 アニが引き留めようとするも、ミカサは人混みをかき分け駆け抜ける。トリップしたサシャを放っておくわけにもいかず、溜息を吐きながらアニはサシャを正気に戻すべく、頭にチョップを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このッ・・・裏切りもんがああああああああ!!!』

 

 そんな声が聞こえたのはナディアが『うまかっちゃん』のカウンター席に座った直後のことだった。いきなりの怒声にちょっとびっくりしたナディアだったが、店員や他の客は『また始まったか』と言いたげな顔をしているだけだった。

 

「あの、喧嘩みたいですけど・・・」

 

「ん?ああ、そうみたいだな。嬢ちゃんは初めてかい?どのラーメンが旨いかでよく喧嘩が起こってんだよ。こんな朝っぱらからは確かに珍しいけどな」

 

 近くに座っていた客に声をかけるとそんな答えがかえってきた。いちいち止めるのも面倒で、あまりの多発ぷりに憲兵団すら匙を投げている状況だという。そこで迷惑をかけないなら喧嘩もOKという暗黙の了承ができてしまったらしい。

 

「・・・私、止めてきますね」

 

「嬢ちゃん、憲兵団所属かい?」

 

「いえ、調査兵団です。でも一応緊急時にはそれなりの権限を与えられていますから」

 

 真面目だなあ、という客の声を背後に聞きながらナディアは外に出る。

もしも。もしもナディアが今から外で起こることに一言コメントを残せるなら、彼女は空を仰ぎ、こう言うだろう。

 

―――――やっちゃったよ、私。   

 

 

 




男が一度やるって決めたらなぁ…もう後には引けねぇんだよ!!
中の人ネタです。

次回更新はいつか、というより今後どんな展開にするかも決まっていませんが、のんびり待ってください。合間になにか他の二次創作を書くかもしれません。

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