こちら調査兵団索敵班   作:Mamama

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小説を書くのはほとんど初めてですのでアドバイス等ありましたらよろしくお願いします。


一話

 人としての尊厳とは一体なんなのだろうか、と私ことナディア・ハーヴェイは考えることがある。

そんなことを考えるのは私だけではないだろうが、大抵の人間はそんなことを考える間もなく死んでいくから、私のような思考を持つものは実質少数派だろう。

 

死にたくない、と言いながら絶望の表情を浮かべて彼らは死んで行くけれど、あるいはそれも幸せの一種なのではないかと最近思うようになってきた。

死ねばこれ以上苦しむことがないからきっと幸せ。

巨人の口の中に同僚が放り込まれていく様子を見ながらそんな思考がナチュラルに出来るあたり、大分私の思考もイカれてきてるらしい。

 

まあ、生きていることが罰ゲームだという事実は覆りそうにないけれど。

 

そんな風に愚痴る私に決まって突っかかってくる同期のリヴァイーーー今は上司だがーーーの言葉を借りるなら、『ならなんで生きているんだお前は』。

生きることが罰ゲームならさっさと死ね。何とも益体のない言葉だ。矛盾のない人間などいるわけがないというのに、上背のないチビは器も小さいという典型例だろう、私の方が小さいけど。リヴァイが潔癖性のチビであることに違いはない。

 

生きることは本能だ。

死ぬことを恐れるのは本能だ。

理由なんて特にないけれど死にたくない。生きるための理由なんてそんなもので十分だろう。

だから私も特に理由はないけれど、何となく全力で生きている。

そんな言葉遊びでもしないと、余裕ぶっていないと自分を保てないのだ。私が選んだ職場は間違いなくブラック。人生難易度はベリーハードを通り越したヘルモード。

ああ、と上を仰ぎもはやどうにもならない人生を振り返る。冗談抜きに回顧録でも書こうかと考えている。

 

『前方に7メートル巨人発見!距離はおよそ600!』

 

『各員立体機動に移れ!背後から叩くぞ!』

 

『死ねぇ!!巨人どもぉぉぉぉぉ!!』

 

『救護班!おい救護班!こっちに人回せ!』

 

『い、嫌だ!死にた・・・あ、ご、ぎゃあああああ!!』

 

ーーー職場選び、間違ったかなあ・・・。

あ、因みに前世では日本でリーマンしてました。

 

 

 

 

 今から百年ほど前、殆どの人類は巨人に食い尽くされた。残ったわずかな人類は巨人が超えることのできない壁を築き巨人の侵攻を食い止めた。

これが今現在生きている者にとっての常識だ。

どこのファンタジー世界だよ、と初めて聞いた時はげんなりしたが。

巨人の侵攻を食い止めた壁だが、それはいつ崩されるか分かったものではないし、百年安全だったからといって、千年後まで安全という保障はどこにもない。だから調査兵団なんてものが創設されたのだ。そんなことを念頭に置いていればこんな命が幾つあっても足りないような職場で働くようなこともなかったのだが。

結局はたいして考えもせず選択したのは私なのだから、自業自得なのだけれども。

 

訓練を卒業した者には基本的に3つの選択肢が与えられる。

壁の強化に努め各街を守る駐屯兵団。

犠牲を覚悟して壁外の巨人に挑む調査兵団。

王の元で民を統率し秩序を守る憲兵団。

新兵から憲兵団に入れるのは成績上位10名まで。250名中13位という何とも不吉な番号にあぶれた私は駐屯兵団に配属希望したが、突如現れたチビに名をつけられ、あれよあれよといううちに調査兵団に配属。

座学の成績が良かったから開発班とかどうです?という私のささやかな自己主張はないものとして扱われた。リーマン生活送っていると理不尽な目にあうことなんてザラにある。そこにジャパニーズ的な諦観が混じったのか大した反発もせずヘラヘラ笑いながら『はいはい調査兵団に入ればいいんでしょう入れば』などと爺臭く腰を上げたことがそもそもの間違いで、そこが私の人生の分水嶺だった。

最初の壁外遠征で死亡する割合が5割とかただの脅し文句だよねとか余裕ぶっこいてた当時の自分を殴り飛ばしてやりたい。いや本当、冗談抜きにぽこぽこ死んで行くのよ。

巨人に喰われてあの世に召されていく同僚を目撃するなんてもはや日常茶飯事だ。慣れというものが恐ろしいのか、単純に私が冷血な人間なのか分からないが、数年経つと断末魔程度ではビクともしない程度の精神力は手に入れた。もうね、人生って割り切ることが大事よ。寧ろパニックに陥った指揮官なんて場合によっては巨人以上に厄介だから率先して見殺しにしてる。大丈夫、貴方が死んでも代わりはいるもの。

とは言うものの、別に感情を無くしてしまったという訳ではない。リーマン時代の癖か任務中は無理に笑顔作っているけど内心一杯一杯で時には自室で泣いているし。

泣いてようやく生きていることが実感できるなんて平和ボケしている私も随分とスレた性格になってしまったようだ。

 

 

 

 

 私としては巨人とかいう意味不明な人喰いクリーチャーが跋扈している壁外に生身で特攻するなんて真似はしたくはない。転属届けが受理されないから仕方なしに籍を置いているだけだ。戦功立ててのし上がってやるぜ!などという野心も持ち合わせておらず、巨人討伐数を稼ぐよりも前線部隊のサポートに回るように任務を行ってきた。

基本的なこととして、巨人に最も効果的な戦術はそもそも戦わないということだ。不要な戦闘は極力避けるのがセオリー。前世からのチキンぷりを遺憾なく発揮した結果、私は生き残る技術とサポートに特化。気配察知とサポート能力に関しては調査兵団の中でもトップクラスだと自負している。

正直な話、今でも巨人に接近することは怖い。接近してうなじを切り落とすとかは大体人任せだ。私の仕事はその巨人を発見すること、有利な戦闘条件を整えること。細かく言えばまだまだ沢山あるが、大体はこの仕事がメインだ。弱そうな巨人をちょこちょこ討伐していたりもするが。

 

私が調査兵団に入って数年が経った。

それなりに経験を積んで一人前と呼ばれる腕前になった。

ああ、これなら生き残れるかも・・・などと不要な死亡フラグをおっ立てたのがいけなかったのだろうか。

 

846年 領土奪還作戦

領土奪還を賭けた総攻撃を敢行。結果はもちろん失敗。

ウォール・ローゼから外側、シガンシナ区は放棄され、人類の領土の3分の1と人口の2割を失った。

 

ぶっちゃけると口減らしだ。ウォール・マリアが巨人によって突破されたことにより食糧問題が加速。ぶつくさ文句を言う住民達に向かって『じゃあお前らが戦ってこいよ』と言わんばかりの作戦である。勿論そんなことを公言したわけではないが、誰が考えたって同じ結論にたどり着く。

現実問題として食糧が足りないという現状がある以上、人口そのものを減らすことが一番手っ取り早い。倫理を無視すれば中々いい作戦であると言えるだろう。残酷なようだが、戦略としては間違っていない。だがそれは切り捨てる側の一方的な意見であり、切り捨てられる方の弱者は到底納得できるものではない。

 

領土奪還作戦、口減らしフルコースと揶揄されたトンデモ作戦。

装備も馬も高価なものだ。ズブの素人をそのままポイ捨てするのも世間体が悪く、必要最低限度の訓練は施された。だが幾ら訓練を積んでも所詮は実戦経験皆無の素人集団。

だから彼らを率いるのは実戦経験のある調査兵団員になるのは自然な流れだった。

だが当然ながらそんな貧乏クジを引きたがるような自殺志願者は誰もいなかった。

そこでお鉢が回ってきたのが何故か私だった。

 

ナディア・ハーヴェイ

討伐16体

討伐補佐77体

長距離索敵陣形を用いた作戦において索敵班として高い戦績を誇り、気配察知と隠密立体機動を得意とする

 

プロフィール的に考えれば確かに指揮官向きだと言えるだろう。というか私を勝手に選抜した誰かも分からない馬鹿はプロフィールだけで判断したに違いない。

調査兵団の犠牲者を抑えたいからといって人数減らしていきなり私に大隊指揮権を預けるとかどう考えてもこの作戦の立案者は頭がイカレてる。最終的にピクシス司令がゴーサイン出したんだろうけど、出来れば止めて欲しかった。

実はエルヴィン団長も止めようとしたらしいのだが、いかんせん本部の最終決定を覆すには力が足りなかったらしい。すまない、と頭は下げられたけどエルヴィン団長はリアリストだし、私の出陣が取りやめになったところで他の誰かが犠牲になるだけだろう。

 

死んだな、これは。あー短い人生だった。

何しろあのリヴァイが同情の視線を向けてくるほどの作戦内容である、その酷さは推して知るべし。抵抗虚しく、私は地獄への片道切符を手に入れたのだった。

 

さすがに死ぬことを覚悟したが、悪運には恵まれていたのか、私は生還した。

私の精神衛生上、あまり詳しく語るつもりはないが、覚えている限り25回ほどの命の危機があったとだけ言っておく。

私が指揮した大隊はほぼ壊滅。分隊規模まで縮小された私の部隊と、途中合流した部隊を合わせ生き残った50名ほどの連合部隊が帰還。一時は300超の私の指揮する部隊は7体の巨人を討伐することに成功した。素人に毛が生えた程度の部隊としては破格の戦果である。

私はその戦績が認められ分隊長に昇進した。

・・・いえ、昇進はどうでもいいので憲兵団とかに移れませんか?無理?ははは、そうですか。じゃあ私はこれでーーーえ?新兵の壁外遠征で分隊指揮を私が?しかも初列四・伝達?ははは御冗談を。

・・・・・・・え、マジで?

 

回想終了。こういった、自分でもよくわからない道を辿り私は分隊長に昇進したのである。

あーあ・・・。

 

 

 

 

新兵の5割が死ぬといわれる壁外遠征を3日後に控え、新兵達はすでに青ざめ始めていた。演習での陣形を頭に叩き込み、講義演習を終えた今日、彼らの命を預けることになる指揮官が現れる。

 

「初めまして。今回の壁外遠征で初列四・伝達の指揮を任された者です」

 

柔らかい笑顔に鈴を転がしたような嫋やかな声。現れた指揮官は容姿から仕草に至るまで血生臭い戦場とはどこまでも不釣合いに見えた。単純な一部の新兵は指揮官の登場によって僅かに元気を取り戻したようだが、大半は期待を裏切られたような感情を持った。

外見だけで指揮官の力量が決まるわけではないが、頼もしさという点では及第点に満たない。何しろ自分達と然程年齢も違うそうにない小柄な女性である。指揮経験が豊富なようには見えない。まして彼らが今回担当するのは初列四・伝達である。本来であれば、荷馬車の護衛班と索敵支援班の中間に配置されるはずなのだが、領土奪還作戦によって兵層が薄くなったため、一部の新兵が前線に回されることになったのだ。一番外側の索敵班は危険度が非常にたかいポジションだ。無能な指揮官は全滅を招く。

 

「調査兵団分隊長、ナディア・ハーヴェイといいます。宜しくお願いします」

 

「ーーー!」

 その失望は驚愕に塗り替えられた。

ナディア・ハーヴェイ。調査兵団分隊長。人類最強と名高いリヴァイ兵士長の右腕と呼ばれる才女。

奪還作戦において戦果を残し、最も多くの兵を帰還させた指揮官。一定の戦果を残しながらも彼女の指揮下の兵の生存確率は抜きん出ているらしい。

まさか、こんなに若い女性だったとは・・・。

 

「最初に言っておきますがーーー」

 ぐるりと新兵達を見渡し言葉を紡ぐ。

 

「3日後に行われる壁外遠征で、間違いなくこの中から死亡者が出るでしょう。これは確定事項です。誰も死なないなどと楽観的なことは言いたくありません」

 全員無事に生還するなどと夢物語だ。この世界はどこまでも残酷なのだから。

当たり前のことである。

当たり前のことであるが、そのどうしようもない事実は新兵達の心を深く抉る。

 

「ねえ、貴方の名前を教えてくれませんか?」

 ナディアは前列中央の新兵に近寄り声をかける。

 

「は、はっ!自分はシガンシナ区出身、グラッド・ポプキンスです!」

 まだ少年と言ってもいいぐらいの歳であろうグラッドは己の心臓を捧げる敬礼をする。

 

「おや、私と同郷ですね。・・・ポプキンス君、君はどう思う?」

 歌うように、ナディアは語りかける。

 

「怖い?恐ろしい?死にたくない?君はどう思う?正直に答えて?」

 

  聞くまでもない。心臓に合わせた右腕は震えていた。

 

「自分は・・・こ、怖いです。死にたくありません!」

 その怯えようは尋常ではなかった。シガンシナ区は数年前、巨人に襲撃された地域だ。家族が犠牲になったのかもしれないし、人が食い殺された現場を実際に見てしまったのかもしれない。半泣きのグラッドの顔を見たナディアは何故か嬉しそうに笑みを深めた。

 

「ええ、そうですね。それが当たり前の感情です」

グラッドから離れ、再び新兵をぐるりと見渡す。

 

「恐怖とは人間に与えられた根源的なものです。恐怖を感じない人間はもはや人間ではありません。恐怖に震える貴方はまっとうな人間であると、私が保障しましょう」

息を継ぎ、続ける。

 

「巨人と戦う上で重要なことは恐怖に打ち勝つことだ、と習ったと思います。けれど、恐怖に打ち勝つことが出来なければ戦えないというわけではありません。巨人に刃を向けることだけが戦いではないのですから」

 あくまで、私の個人的な意見ですが、と付け加える。

 

「索敵班に必要とされるのは臆病であることなのですよ。今回の壁外遠征で私達に求められる役割はいち早く巨人を発見することなのですから。そして戦闘が必要とされる奇行種に関してはーーー」

 

「おいナディア、お前まだ話してんのかよ」

 

話の途中、いきなり一人の男が割り込んできた。上官の話しを遮るなど無礼以外のなにものでもないが、ナディアは僅かに顔をしかめ、溜息を一つ吐くだけだった。

 

「オルオ、まだ話の途中だったのですよ?」

 

「どうせ必要以上に新人ビビらせてるだけだろうが。もうあんまり時間がねえんだ。陣形の最終確認しておくぞ。索敵班は性質上、隊列が乱れやすーーー〜〜!!」

 

何故かオルオはいきなり悶絶し、口を押さえはじめた。

 

「毎度思いますが、貴方の舌噛みはいっそ芸術的ですね」

 

「・・・へ、俺が芸術的に恰好いいって?こんなところで口説くなよ」

 

「いえそんなことは言っていませんが・・・」

 

いきなり始まったコントにどう反応したら分からない新兵達は微妙な表情でその光景を眺めていた。

 

「あー、彼はオルオ・ボザド。こう見えてもベテランでとても頼れる兵士ですよ、いや本当」

 

「は!誰にもの言ってんだ?俺様は巨人討伐数30を越える大ベテランだぜ?・・・おうふ」

 悶絶しながら言うその姿は誰がどう見ても格好悪かった。

 

「ーーーおいおいオルオぉ。テメエなーにやってんだぁ?」

 不機嫌そうな声色で言ったのは幾人かの兵士を引き連れた三十路ほどの男。悠然と歩いてくるその様子は確かな自信に満ちている。

 

「今度は貴方達ですか、アジド・・・」

 

「イヤぁもう陣形確認の時間っすから迎えにきたんすよ、姉御」

 

「だから姉御はやめてくださいとあれほど・・・まあいいです。新兵の皆さんに紹介しましょう。この方達は今回討伐援護を担当するアジド班の皆さんでーーー」

 

 

 

「っく!俺の封印された左腕がもう限界だ・・・!暗黒龍の奴め、封印を力技で解こうとして暴れやがる・・・!」

 

「巨人殺す巨人殺す巨人殺す巨人殺すころころころ殺す殺す・・・ク、クヒヒヒ・・・!」

 

「あ〜私が死んで〜も、貴方〜は私〜を覚えてくれますか〜♪」

 

「おらぁ!静かにしろてめえ等!姉御がまだ喋ってるだろうが!」

 

 

 

・・・。

 

「ーーーとても、頼りになる方々ですよ」

とてもそうは見えなかった。

 

「・・・短い人生だったな、俺ら」

新兵の一人がポツリと呟いた言葉は何故かよく新兵達の心に浸透した。

 




※ちょっとトラブル発生しまして一度削除しました。申し訳ありません。
5月7日、読みづらいという指摘がありましたので改行、一部加筆を行いました。
貴重なご意見、ありがとうございます。

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