キャノンボールファスト当日、臨海区に作られたIS用アリーナは満席だった。
2万人以上を収容できるだけの広さを持った巨大アリーナは今、熱狂に包まれていた。
キャノンボールファスト用のコースには天を貫くような巨大な柱が楕円を書くように配置されていた。それはコースの最内周を表すものであり、つまるところこの中に入るべからずということだ。
「うーん、なんだろなぁこれ」
「なにがだ?」
ぼそりと呟いた九桜にそれが聞こえた織斑が疑問を向ける
「いや、IS用アリーナなんだからシールドでコース表示できる筈だろ?それがなんで柱なんぞ立ててるのかってな」
「予算の問題じゃないのか?」
「ここまで満席に出来るのにか?毎年の行事なんだから動員人数ぐらい把握できるだろ、それに……」
「それに?」
「いや、ここから先は
忘れれるかよ!!と突っ込まれているが、九桜は無視してコース脇に歩き出す。そろそろスタートも近い。
今回は2年生、1年生専用機持ち、1年生訓練生、3年生エキシビジョンレースといった構成になっており、2年生のレースが終盤に入っている。
(ほんと、どっか引っかかるんだよなぁ……
(是)
(お前もか?)
(不可思議)
あの環状列柱がなにかマズイというのは分かる、だがそれがどのようにマズイのかが分からない。九桜が感じているのはこのようなことだった。
(もやもやするが、まぁなんにせよ事後対応になったとしても十分なことができるようにしとくか、未然に防ごうと思って空回りしてもしゃーないし)
(是、最大警戒)
(任せた、そっちの判断で俺の魔力を使って術式を使うことも許可しておく)
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(なんか胸騒ぎするなぁ)
1年生の専用機持ちのレースが開始されようとしている中、九桜は周囲が負けねぇぞと会話している声を聞き流している
不明の胸騒ぎと培われた経験からマズイことが起きるということが九桜の心を苛む
(このままスタートするとなんかマズイ気がするんだよなぁ)
そのようなことを考えてる中、ついにシグナルランプが点灯し、3つから数を減らしていく
3つから2つになった時、頭の中で警鐘が鳴らされる
2つから1つになった時、なにかが起きそうではなく、次の瞬間なにかが起きると確信を得た
残った1つのランプが消え、スラスター内に溜めていた出力を解放。そのすべてを加速力に変換し飛び出すと同時にすべての観客の歓声が沸き、今までなにも思わないことがようやく解消さた
そして全てを理解した
(あ、駄目だわこれ)
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全ては一瞬のことだった。アリーナの中央線上に2人の人影が表れ、羊皮紙を掲げる。
声とは、言葉とは、それ自体が呪である。どんな言葉にも僅かながら力が存在している。いまここに居る2万人以上の観客、熱狂に包まれている彼らが発した歓声にも。一つ一つは小さな力だが、それを束ね、さらに
「生贄にすれば……まぁ完全な状態で呼べるわなぁ」
ISの展開状態を解き、待機状態に戻し、九桜を呟く。
現在、環状列柱を見ているものを生贄に捧げれば莫大量の力を得られる。大抵の神格ならば呼び出せる程の
「そしてそれがセカイを超えれるような神格ならばこっちからの呼びかけと意識を向けさせれば言い訳だからコストは安くなるだろう」
環状列柱の中央に小さな黒い穴が開き、一つのヒトガタが現れる、それは女の姿をしていたが
「こっちでの2万人超と追加でどれだけの偏在を生贄にしてきた」
ニヤリとヒトガタの口が歪む、それは全てを嘲笑する笑みだった
「いやだなぁ、たかが数千程度だよ」
「はっ、手前にとっちゃあ蚊に刺された程度だろう」
魔力が渦巻く、術者すら飲み込み呼び出されたヒトガタと九桜の間で火花がはしり
「だけどね、僕だけじゃないんだ」
「なんだと?」
「せっかくの環状列柱なんだ、利用しないといけないだろう?」
そのヒトガタが通ってきた黒い穴が色を変える、虹色に光始めたそれは球形に変化し
「ああ、それとセットなら安上がりに済むな」
「如何にも、その通りだよ無形」
巨大な門へと変わった、邪神たちが放つ忌まわしき波動が霞む程のものを放つそれは
「ヨグ=ソトース、全く、他人の家に入れないからって扉を勝手に作るか」
ありとあらゆる時空間に存在してる門の鍵にして守護者たる外なる神、アザトースから生まれし外なる神々の副王たる存在
「全く面倒を増やしてくれる……このツケをどうするつもりだ?なぁ、ナイアルラトホテップ」
「なぁに単なる嫌がらせに過ぎないよ、無形」
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その言葉に九桜はため息を漏らす
「単なる嫌がらせで大量の死人だすなよ、後処理が面倒で面倒で仕方ない」
「だからこその嫌がらせだろう?呑気に青春ゴッコをしているからついぶち壊したくなる」
「へいへい」
首を左右に倒し音を立てる
(オウル、連中に“時が満ちた”って送っとけ)
(是)
昔から仕込んできたこと、その一つのトリガーとなる言葉、できれば使いたくなかったソレを躊躇なく切る
「場所、変えるぞ」
「へぇ、よほどこの世界に損害を出したくないのかい?」
「いいや、ここは狭すぎるだけだ」
ぼそりともらす
「じゃあな」
その言葉と共に2つ目の仕込みを発動させる。それは広い視点では幸福なことであり、極々狭い視点で見ると悲愴なものだった
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手を開き、握りしめる。たったそれだけの動作で景色が変わった。
人であったものが埋め尽くすアリーナから、幾億、幾兆……否それ以上の細い糸のようなモノが垂れ下がる空間だった。糸はある一点で纏められ、束となり、その束がさらに寄り集まり筒のようなモノに集約され、さらに大きな筒に纏められていた。
地上界の全容だ
その糸1本ずつがセカイだった
命あるものが暮らし、生を紡いでいくものだった
「ここなら十分だ」
翼が展開される。背中から光の糸が沸きだし、纏まり、形を作り出す。4対8枚の展開
「へぇ」
混沌が忌々しいモノを見るように目を細める
「さすがにあの世界にこれ以上迷惑をかけらんねぇしな、それにお前俺があそこに居ると偏在送り込み続けるだろ?」
「ああ、そうさ。僕にとっては君達以上に忌々しい存在は無いからね」
「旧神以外でお前を完全に滅ぼせる存在は俺たちぐらいだからか?」
混沌は嗤う
「ああそうさ、君の母親に未だかつてこれ以上ないぐらいの妨害をされたからね」
「ああ、あの人ならやるな」
九桜は無限光の魔道書を外し、自身の前に浮かべる
「だけどな、嫌がらせ以外でのこれはちょっとやりすぎだったな」
無限光の魔道書が開かれ、数個の術式を展開する
「ここ以外にも手を伸ばすか、まぁあの世界に来れたんだそりゃそれ以外にも実験するよな」
空間を走った術式が地上界を走る。膨大な量であり、未だに膨らみ続ける無限の世界の端から端までを
「流石、だがどうするんだい?いくら君達でもその全て消し去ることは」
「甘い」
一言、それだけでその場の空気を変えた
「もう全て見つけた、あとは固めて封じるだけだ」
混沌の顔が歪む
「お前が本来居るべきセカイは旧神殿の管轄だが……それ以外に広がったのは見過ごせんからな」
広がった術式が混沌に向かい収束する
「この地上界にお前が飛ばした偏在全て、一纏めにさせてもらった。ついでに、お前の居るべきセカイに断絶結界を張っておいたもはや出られん」
「馬鹿なッ!!いくら君達とはいえそんなことが」
「だから甘いと言ったのだ混沌よ、まさかこのセカイ全てが白痴の神の夢だとでも?」
九桜は腕を左右に広げる
「あの神の支配領域なぞここでは小数点以下の領域でしか存在しない。それすらわかっていないとはな」
左手を前に突き出し一瞬光る。それだけでヨグ=ソトースが崩壊した
茫然としている混沌に対し、さらに言葉を重ねる
「ああ、邪魔だお前。おかげで仕込みの全てを使う羽目になった」
右手を左手を支えるように当て
「前に捕縛した偏在も今のお前に混ぜた。お前は要らんが、その全てを狂気と混乱に包ませる意思を腐らせる能力、それだけ置いていけ」
一つの世界で包み、その中にあるものの力のみを抽出させ、不要物を全て消滅させるように組んだ術式を叩き込む。逃れることも不可能の檻その中の存在を完全にバラしきるまできっかり5秒、それが過ぎ
「お前の力を固めた結晶貰っていくぞ」
茶色の色をした正16面体の宝石。2センチ程のソレを結界で包み込み背後の位相空間に放り込んでおく
「さて、2つ目は上手くいったかな」
悲しみがこもった声が響く
(大丈夫)
それに答える声が鳴る
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九桜はあの世界に残した2つ目の仕込みは彼と虚が居て、それに伴う世界の変化の完全な抹消。本筋とは別れた世界になったあの世界を本筋通りの歴史を進ませるためのモノだ
だがそうするとあの弟子の様な占い師はまた不幸に見舞われるだろう。それを回避するためにたった1つ楔を打ち込んだ
デュノア夫妻だ
彼だけは、九桜が居たという記憶を保持し続けている。あの世界で過ごした記憶全てを
もはやあの不幸は訪れない
だがもしもということがある
ゆえに
「少しここから覗いてそれからホームに帰還するか」
(ん、分かった)
小さなモニターが空間に投影される
そこには笑顔の少女と占い師、デュノア夫妻が映っていた。皆幸せな笑顔を浮かべて
「ああ、これだけで十分だ」
モニターを消し、『ホーム』の鍵を取り出す
(帰ろう)
「ああ、帰ろう」
鍵を触媒とし『ホーム』への直通門を作り出し歩いて入っていく
「一度帰って、その後は題材を探しに行こう。『ホーム』を移動式にするにしてもそういったモノが欲しい」
(一緒)
「ああ、次からはエインも一緒だ」
(水入らず)
次の冒険に心を弾ませる彼らだが、彼も彼女も気づいていなかった……否気づかないフリをしていたのかもしれない
彼の体に抱えてしまった爆弾を
そして舞台は無形本拠地に移る、そこで虚が告げる残酷な事実とは
次回最終回『絶望、そして――』