「それじゃあ、俺はどうしたらいいんだ?
お前達に殺されればいいのか?」
自分は創設者達を殺した闇の帝王の生まれ変わり。
その事実を知った上で、ショーンはそう提案した。
創設者達は自分を殺す為に呪いとなったのだし、今の自分は現実の世界で暴れている。それがスマートな方法に思えたのだ。
それに、ショーンはそうしたいと感じていた。
孤児院が燃えたことで守るものはなくなり、創設者達との絆も嘘だったと知った。生きる気力というものが全くなくなったのだ。
しかし、ゴドリックはそれを否定する。
「いいや、そんなことはしなくていい。僕もして欲しくない。むしろ死ぬべきなのは僕たちなんだ。
君はウィリアムの生まれ変わりだけど、完全じゃない。
ショーン・ハーツという魂にウィリアムの魂が結びついた存在……とでもいえばいいのかな。
とにかく、君は君なんだ」
一千年前に死んだウィリアムは完全な不死である。
それ故に、創設者の呪いを受けてもゆっくりと再生していた。そして17年前についに復活したのだ。しかしそれは不完全な形であり、非常に弱い存在だった。ちょうど肉体を持っていなかった時のヴォルデモートのようなものだ。
それが偶々、産まれたばかりのショーンに取り憑いた。二人の魂は深く結びつき、今となってはほとんど同一の人物になっている。
とはいえ、普段はショーンの方が“強く”いられる。肉体がショーンのものだからだ。もっとも、今は怒りと絶望によりウィリアムの方が“強く”なってしまっているが。
「君には謝らないといけないことがいくつかある。
先ず、君は純粋なマグルだ。本来なら魔法力なんてものは一切なかったはずなんだ。
だけど君に絡みついた強力なウィリアムの魂がそれを変異させた。凄まじい……サラザールさえも凌ぐ、強力な闇の魔術の才能を与えてしまったんだ。
そして、そのせいで君には魔法力が生まれた。
本当は、君の才能は闇の魔術の才能だけなんだ。その才能の、いわば“照り返し”で他の魔術が使えてるに過ぎないのさ」
『
必ずしも適切な魔法を使う必要はない。似た魔法で代用ができるというのは魔法使いの常識だが、つまりショーンは、ずっとそうしてきたのだ。
思えば無意識に魔法を使っていた子供時代も、破壊的な魔法ばかり使っていた気がする。
「過酷な運命を背負わせてしまった。
魔法族の一員でありながら、十分に使えるのは闇の魔術だけ。他の魔術はどうやったって限界がある。
君がO.W.Lの試験で良い点数が取れなかったのもそのせいだ。僕は知ってるよ。ロウェナにしっかりと勉強を教えてもらったのに、中々魔法が上達しなかった君の苦悩を……」
そう。
ショーンだって、まったく勉強をしないわけじゃない。むしろO.W.Lにはそれなりの準備をして臨んだつもりだった。
だけど、結果は惨敗だ。
実技のほとんどは上手くいかず、筆記では平均点よりも高い点を取れたものの、盛り返すまではいかなかった。
そういうこともあって、ショーンは普段から呪文をあまり使わない。
否、使わないのではなく、使えない。
「クィディッチでもそうだ。
魔術と同じように、強い箒を使う為には才能がいる。だけど君には才能がなかった。それに薄々気がついていたから、ずっとホグワーツの備品の箒を使っていたんだろう?」
マクゴナガル教授から、箒を買おうかと言われたことはある。
それに今となってはショーンは金持ちだ。買おうと思えば買えもした。
しかし、そうはしなかった。
ショーナルドが気に入っていたこともあるが、高級な箒を買っても使えないと知っていたからだ。
「かといってマグルとしても生きていけない……。
君には本当に悪いことをしたと思ってる。許されることじゃないけどね。
まさか僕らもこうなるとは思ってなかったんだ……いや、これはいいわけだ。
ごめん」
かつて、ロウェナがショーンの『火炎呪文』を見て「美しい」と褒めた。
その本当の意味が今なら分かる気がする。
インセンディオは唯一と言っていいショーンが得意な呪文だ。普通の呪文が使えるだけで、ロウェナにとっては素晴らしいことだったのだ。
「それに、これは憶測だけど、孤児院が焼かれたのも僕らのせいだ。
僕らが今まで、君にとって危険だと分かっていながらヴォルデモートを殺さなかったのは、彼が使った『分霊箱』という魂を穢す魔法がどんな影響を君に与えるか分からなかったからだ。
それが仇となってしまった。
復讐されたんだよ」
自分の知識と、ヘルガがヴォルデモートから盗み見た記憶を元に、ゴドリックは推理を進める。
「彼はゴーントの血筋だ。
ゴーント家は元は素晴らしい純血の家だったが……今は没落している。
それは僕らのせいだ。
僕らの世代にいたゴーント家の当主はサラザールと仲が良く、彼の最後も看取った。生き残った彼女は、僕らがウィリアムに殺されたことを伝承として残そうとした。
それをよく思わない――サラザール・スリザリンともあろう者が闇の生物に負けたことを隠したい純血達が――ゴーント家を村八分にした。
残された伝承を知っているヴォルデモートは、だから正しく君のことを理解できたし、復讐を決意したんだ」
とばっちりだ。
正直に言えば、ウィリアムや創設者の因縁などショーンには関係ないことだ。
偶然に巻き込まれたに過ぎない。
そしてそこから派生したヴォルデモートの私怨などさらに関係ない。
どれだけの文句を言っても許される。
そういう立場にいるショーンは、しかしそうはしない。
「――――――下らねえな」
「え?」
「何を辛気くさそうに語ってんだよ。お前が言ったことは、下らねえつまんねえことだ」
ショーンは立ち上がった。
「世の中には足が動かねえ奴や目が不自由な奴がいる。
死ぬほど分厚い眼鏡をかけてる奴もいれば、タコの足よりグネグネした天然パーマの女もな。
でもいちいち親を恨んだり、治してくれねえ医者を恨んだりはしない……なんて言ったら言い過ぎだが、それでも自分でどうにかするもんだ。
俺だってそうさ。
闇の帝王の魂がなんだってんだよ。魔法を使うのが下手っぴなだけでこの世の終わり見てえな顔して生きてくのなんざ下らねえ。
俺は配られたカードで勝負して来た。これからもそうするだけだ」
瞬く間に、ただの丘だった地面が隆起していく。
泥や岩はひとりでに荘厳な城へと――ホグワーツ城へと姿を変えた。入学の日に見た、今でも目に焼き付いている美しい城へと。
「孤児院が燃やされたのはお前達のせいじゃない。悪いのはヴォルデモートだ。そこを間違えないくらいの脳みそはある」
何もかも、ここから始まった。
そしてまた今日もここから始め直す。
「誓ってやるよ。
どんだけ闇の魔術の才能があっても俺は使わない。
お前達のことも恨まない。
ヴォルデモートや死喰い人にはそれ相応の対価をくれてやる。だからって見境なく破壊しない。
俺がそうすればいい、それだけのことだろ」
そう出来るならそれが一番いい。
だけどそれが一番難しい。
だからゴドリックはあえて言わなかった。
しかしショーンは、その一番難しい選択肢をいとも簡単に選ぶ。
「どうして君はそこまで……」
「答えは俺の後ろにあんだろ」
――ホグワーツでは。
求める者には必ずそれが与えられる――
これもかつて、誰かが言った言葉だ。
本来ならショーンが行くはずのない場所であり、全てを教えてくれた場所。そして、ゴドリックが作った場所。
「だからそんな顔すんなよ。孤児院に行く前からの付き合いだろ。お前らも俺の一部なんだよ」
ストンと、ゴドリックはショーンの考えが急に理解できた。
何故なら、ゴドリックも同じ気持ちになったからだ。
我を失うほど怒っていたのに、どうしてこんなに冷静になれたのか。それは自分の出生を理解したこともあるだろうが、一番はゴドリックと話したからなのだ。
どんな因果で出会ったにしろ、二人は友であり家族で、安らげる存在だった。
ショーンがそうであるように、気がつけばゴドリックもまた世界を救うという使命感から解放されていた。
「ほら、帰るぞ」
「ああ、そうだね。帰ろう……みんなのところへ」
差し出された手を、ゴドリックは取った。
ゴドリックは思う。
ウィリアムが依り代にしたのが、ショーンで本当に良かったと。こんなことを言うのは許されないのかもしれないが……君に会えてよかった、と。
◇◇◇◇◇
「ヘルガ! どういうつもりだ!?」
「どうもこうもありません。世界を救う為に最も効率的な方法を選んだ、それだけの話ですわ」
「しかし、だからといって――!」
現実の世界では、暴走したショーンとサラザールが激しい戦闘を繰り広げていた。
あたりは呪いに溢れ、地形が変わるほどだ。
しかしそれも数秒前までの話。
ヘルガとロウェナの一手により、戦況は劇的に変化していた。
「絶望と怒りに堕ちたショーンを救うには二つの手段しかないと思いました。
1つはゴドリックに説得してもらうこと。
そしてもう1つの手段を取るには、わたくし一人では不可能。ロウェナの協力が必要不可欠でした」
「そこを聞いているのではない!」
サラザールが咆哮する。
それも無理からぬ話だ。
何故なら今、ここにはなんの力も持たないマグルが二人いるのだ。ヘルガが探し出し、ロウェナが空間魔法で転移させた二人のマグルが。
ちょっとした余波で死にかねない。
「お二人共、どうぞ前へ」
しかしヘルガは二人を前へ歩かせる。
二人もまた、自分の意思で歩き出した。そんな二人をショーンは傷つけない。
傷つけられるはずがなかった。
――二人はこの世で唯一の、実の肉親なのだから。
「ショーン――ショーン!」
父、ジム・ハーツはショーンを力いっぱい抱きしめた。
そして母、キャシーもまた二人を力の限り抱きしめる。
「ごめんなさい! ごめんなさい! お前を私達が捨てたから! 孤児院がこんなことになるなんて! 辛かったでしょう? 全部私達のせいだわ! あれは間違いだった! もう離さない! どこまでも一緒よ!」
「ああ! ああっ、その通りだ! 辛い思いをさせた! 僕達は大馬鹿野郎だ! お前は僕のたった一人の息子なのに!」
ショーンは飢えていた。
両親からの愛に。
そんな素振りを見せたことは一度もなかったが、しかし心の中でずっと渇望していたのだ。
そのことをヘルガだけが知っていた。
だから両親を連れてくれば絶望からも怒りからも解放されると確信していた。
「一歩間違えればショーンは両親を殺していた! そうすれば今度こそ取り返しがつかなかったぞ!」
「そうはなりません。ショーンは両親を非常に愛していました。
そして両親もまた、深くショーンを愛していたのです。ただお互いに拒絶することを恐れ、すれ違っていただけでした。
親と子の愛の力の前では闇の帝王でさえ及びません。
だからこうなることは必然だったのです」
「しかし――」
「まあ、よいではありませんか。結果的には全て上手く行ったのですから。ほら、ゴドリックに連れられて――いえ、ゴドリックを連れて、ショーンが帰ってきますよ。
まったく、この場合ゴドリックの甘えん坊を攻めるべきか、ショーンの精神力を褒めるべきかわかりませんね」
まるで知性が感じられなかったショーンの目が、徐々に焦点が合うようになり、やがていつもの顔へと戻った。
そして自分に抱きつく二人を見て、驚いた顔をした。
そこには闇の帝王の面影も、悪戯小僧の面影すらない。
「まさか、父さんと母さん……?」
ただの普通の、青年の顔だった。
「そうだ! 名乗る資格がないことはわかってる! だけど、あえて言わせてほしい。僕はお前のお父さんだ!」
「私もよ! 私も言わせてちょうだい、ショーン! 私はあなたのお母さん! そしてあなたは、私達の息子よ――ショーン」
ショーン。
ショーン・ハーツ。
その名前を、実に11年ぶりに両親から呼ばれた。たったそれだけのことで、これ以上ないほど強くショーンは自分を再確認できた。
自分はウィリアムではないのだ。
ショーン・ハーツなのだ。この両親から産まれた息子なのだ。