ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第3話 ホグワーツ特急

 ああ、これは夢だな。

 目の前の光景を見て、ショーンは直ぐにそのことを理解した。何せもう五年間の間、同じ様な夢ばかり見ているのだ。慣れてしまうのも無理はないだろう。

 

「嘘じゃない! 本当にいるんだよ!」

「じゃあ証拠を見せてみろよ!」

 

 近所の子供と、昔の自分が口論している。内容は自身に取り憑く幽霊達のことだ。

 彼らは実在していると、俺は何としても認めさせたかった。

 物心ついた頃から彼らが見えていた俺にとって、彼らは親同然の存在だった。そんな彼らが他人から否定されたのなら、それを撤回したくなるのは当然のことだ。子供というのは我慢を知らない。

 しかし、同世代の子供から見れば俺は嘘ばかり言ううざったい奴だったし、大人から見れば妄想と現実の区別がついていない馬鹿なガキだった。そんな俺はどんどんと孤立していき、遂には――

 

 自意識が出てから、両親に捨てられるまでの約六年間。

 ショーンはその六年間の何処かの夢をよく見た。見る場面はランダムだが、必ず幽霊達の事で争った時の場面である。

 夢は記憶の整理だという説があるが、もしかしたらショーンが昔の夢を見るのは、まだその時の整理が出来ていないせいだからかもしれない。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

「……ショ……ン………おき……下さ…い」

 

 耳元で声がする。

 安心する声だ。声自体が美しいと言うこともあるが、聞き慣れた声だということもあるし、声の主が本当に自分のことを愛しているということが伝わってくる、という事実も大きい。

 ショーンはそんな心地よい声を聞いて、

 

「うるさい」

「んぎゃ!」

 

 拳を横に突き出した。

 ベッドに潜り込み、耳元で囁いていたロウェナの鼻頭にクリーンヒット。ロウェナは鼻を押さえてのたうち回った。

 

「寝起きのショーンに近づくからだ、バカ女」

「ひゃれがバカ女ですってぇ!」

「いつも耳元で囁いて鉄拳を食らってるのに、懲りずに繰り返す奴はバカに決まってるだろ」

「ふふん。そんな事言って、本当は羨ましいんでしょう。でも今更になって「私が起こしたい」だなんて言えないんですよね。純血のサラザールちゃんは!」

「……喧嘩売ってるのか?」

「こっちのセリフですよ」

 

 ロウェナとサラザールが取っ組み合いの喧嘩を始める。魔法を使え、魔法を。

 ゴドリックはそれを笑いながら見つめ、ヘルガはどこ吹く風とマイペースに新聞――魔法界の新聞と、マグルの新聞両方。幽霊達の要望で両方取っている。ちなみにサラザールはマグルの新聞は読んでおらず、ショーンはミニコラムだけ――を読んでいる。

 そんないつもの光景を見ながら、今日の予定を思い出す。

 ショーンは朝に滅法弱く、こうやって時間をかけながらでないと、ベッドから抜け出す事が出来ないのだ。

 ええッと、今日は店の手伝いはしなくていいんだったな……。

 ん、なんでしなくて良いんだっけか。

 

「あっ」

 

 目覚めてから10分後、やっと思い出した。

 

「今日からホグワーツ!」

「やっと思い出したの、白雪姫」

「うるさい、ホーンテッド」

 

 ゴドリックの軽口を受け流しながら、出発の準備を整える。

 まだ時間的には余裕があるが、ショーンはいつだって余裕を持っていたいタイプの人間だった。早い話、失敗したくないのだ。

 持っていくべきものはロウェナが完璧に覚えていたし、整理整頓に於いてヘルガの右に出る者はいなかった。素早く効率良く持ち物をトランクに詰めて、最後に借りていたシーツや掛け布団――枕だけは愛用の物を使用した――をトムに返して準備万端だ。

 まだ朝だっていうのに『漏れ鍋』には多くの魔法族がいた。魔法使いって奴は定時出勤の概念がないらしい。魔法使い達は多くの新入生を見送っていて、ここで働いていた事で知名度の高いショーンは、沢山の言葉を投げかけられた。

 

「しかし、魔法使いの学校に行くのに普通のプラットホームから出発なんて、変な話だな」

「昔は馬車だったんだがな。これも時代か……」

「言うことがおじさん臭いですよ、サラザール」

 

 サラザールがロウェナに蹴りを入れた。

 それを横目で見ながら思う。サラザールの歳は、没後も入れれば軽く1000を超えているわけだ、おじさん臭いとかそういう次元ではないだろう……。

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 キングス・クロス駅。

 人通りが多いここに、ショーンは来ていた。というのも、ホグワーツ行の列車がここから出発すると言われていたのだ。しかし――

 

「9と4分の3番線なんてないんだけど……」

 

 ボケたのかあのババア(マクゴナガル)。ショーンは悪態をつかずにはいられなかった。

 そう、指定されたプラットホームである9と4分の3番線が何処にもなかったのだ。9番線の次は10番線だし、9番線の前は8番線だった。

 その上、駅員に聞いたら、うんざりした顔で「お前も俺をからかってるのか、クソガキ!」と怒鳴られたのだ。文句の一つでも言いたくなる。

 

「あそこですよ、ショーン」

 

 ヘルガが指差したのは、9番線のプラットホームにある柱。四つあるうちの三つ目、なるほど4分の3だ。

 

「……ふむ。ホグワーツに着いたら、魔力の痕跡を辿る訓練を致しましょうか。これほどの大魔法が付近にあって、何も感じないというのは少々良くないですわ」

 

 周りに人が多いため、声を出さず首を動かして返事をする。ヘルガの言うことはいつだって正しい。ヘルガが訓練した方が良いと言うなら、した方が良いのだろう。

 

 しかし、9と4分の3番線があの柱にあることは分かったが、一体どうやって入ったら良いのだろうか……?

 柱の前に立って、切符を見せるのか? それとも、見えないドアでもあるのだろうか?

 いやそもそも、周りの人間(マグル)に見られないようにしながら、柱の中に入っていけるのか。まさかこのプラットホームにいる全員が魔法族という事はあるまい。

 

 とりあえず例の柱を観察していると、自分と同じ大量の荷物を持った学生とその家族達が、柱に突撃して行くのが見えた。彼らは柱にぶつからず――なんと、柱の中に吸い込まれていったのだ。

 周りを歩いているマグル達は、一家族丸々柱の中に入っていったにも関わらず、少しも気がついていないようだった。

 いや、それだけではない。

 他の柱には寄りかかっている人や、待ち合わせの目印にしている人が多いのに、その柱だけには近付く人すらいないのである。

 これはもう決まりだろう。

 ショーンは早速カートを押し、柱の中へと飛び込んだ。

 一瞬の静寂と、冷んやりとした感覚。

 次の瞬間、温かい空気と人のざわめきがやって来た。

 

「ヒュウ」

 

 ワザとらしく口笛を鳴らす。

 真っ赤な列車――ホグワーツ特急。正に圧巻の一言。列車オタクでもなんでもないショーンだが、目を魅かれるものがあった。

 

 周りにはお見送りをする家族や、一緒にコンパートメントに座る約束をしている友達を探す人達で溢れていた。

 しかしあいにくとショーンにはお見送りをしてくれる家族もいなければ、一緒に過ごす友達もいない。いるのは嫌でも憑いてくる幽霊だけである。なのでショーンは、サッサと列車に乗ることにした。慣れた事とはいえ、惨めは惨めだ。

 誰もいないコンパートメントに入り、本だけ取り出して、荷物を手早く仕舞う。

 最初は本なんかには興味なかったのだが、ロウェナの薦めで試しに読んでみると、これが存外に面白い。特に今読んでいるコレ、ギルデロイ・ロックハート シリーズ。章ごとに貼られているギルデロイの写真――それも顔のドアップ――を拝まなければならない事以外は、大変に愉快だった。

 ちなみに、他の教科書には読んで数ページでノックアウトされた。特に変身術と魔法薬学の教科書はハードパンチャーだった。

 

 『トロールとのとろい旅』――第3章・トロールの脳みそは2グラム以下――を読んでいると、コンパートメントの扉がノックされた。扉の向こうには、印象深いダーク・ブロンド。

 

「ねえ。ここ空いてる?」

「勿論。君のために取っておいたんだ」

「あんたって友達思いなんだね」

「……それジョークで言ってるのか? ちなみに、俺のはジョークだぞ」

 

 相変わらず掴み所がない彼女――ルーナ・ラブグッドは、いつも通り普通じゃなかった。

 

「荷物、上に上げてあげるよ」

「ありがと、ショーン」

 

 ルーナの荷物を上に上げる。

 一体何が入ってるんだ!

 ルーナのトランクはかなり重く、また中から何かが動く気配がした。色々な意味でスリルがある。

 

「荷物を上に上げる前に、旅に必要なものを聞いて、先にトランクから取り出すかどうか聞かなきゃ。一点減点だよ、ショーン。それから、上に上げてあげる(・・・)って言い方も良くないな」

 

 女の子の取り扱いマナーについて、ゴドリックがアレやコレやと口を挟んでくる。サラザールやロウェナに比べると文句や要求が少ない彼だが、こう言った点はうるさかった。

 ルーナがショーンの対面に座る。するとすぐに、窓ガラスの所にルーナの父親――ゼノフィリアス・ラブグッドが張り付いて来た。

 この時ほどThe apple never falls far from the tree(蛙の子は蛙)という言葉を実感した時はなかった。

 しかし話してみるとルーナ同様気さくな人で、お近づきの印にザ・クィブラーという新聞をくれた。これは彼が発行している新聞で、日刊預言者新聞と違って雑誌の様なものらしい。付録としてレンズがピンク色の虫眼鏡が付いて来た。何に使うかはサッパリ分からない。

 

 やがて列車が出発する時刻になると、コンパートメントにまた一人飛び込んで来た。

 

「はあ、はあ……このコンパートメント、空いてる?」

「空いてるよ」

 

 入って来たのは、燃える様な赤髪の少女だった。

 何処かで見たことがある様な……。

 

「あ」

「あ」

 

 二人揃って声をあげる。

 

「この間助けてくれた! えーっと……」

「ショーン・ハーツ。ホグワーツの新一年生だ、よろしく」

「よろしく。私はジネブラ・モリー・ウィーズリー、みんなはジニーって呼ぶわ。改めて、この間は助けてくれてありがとう」

「いや、別に。俺こそ、碌な挨拶もせずに帰って悪かったな」

「ああ、うん。お父さんがお礼が言えずに残念だったって言ってたわね。もしよかったら、夏休みにでも遊びに来てよ」

 

 魔法使いの家、かなり惹かれる響きだ。

 それに、サラザールからウィーズリー家は魔法界の名家だと聞かされていた。きっと魔法的なお屋敷に違いない。

 

 さっきのゴドリックのアドバイスに従い、何かトランクから出しておきたい物を聞いてから、丁寧に荷物を上に置く提案をする。ジニーは圧縮されたサンドウィッチの様なものを取り出した。

 ショーンが荷物を上に置いてる間に、ジニーとルーナは自己紹介を済ませていた。

 ショーンの対面にルーナ、その隣にジニーが座る。全員が席に着いたちょうどのタイミングで、列車が出発した。

 

「あれ、ロンとハリーが来てない」

「ハリーって、あのハリー・ポッター?」

「そう。あの、ハリー・ポッターよ。ロンっていうのは私の兄貴で、なんとね、ハリーの親友なの。一緒にこの駅に来て、さっきまで後ろにいたんだけど……」

 

 二人の話を聞きながら、ロウェナに目配せをする。彼女は頷くと、直ぐにコンパートメントを出て行った。

 幽霊達の射程は大体10メートルほど。それ以上はショーンから離れる事が出来ない。しかしロウェナの場合、自分の体の一部を変身させ、使い魔にする事でより遠くまで見ることが出来る。

 

「プラットホームには居ませんでした。男の子二人ですし、妹と一緒のコンパートメントが恥ずかしかったんじゃないですか?」

 

 そんなもんか。心の中で相槌を打つ。流石に11年も一緒に居ただけあって、以心伝心である。

 

「そんなに気にすることもないんじゃないか。汽車の中は人でごった返してるから、はぐれたって可能性もあるし、仮に汽車に乗り遅れたとしても、なんらかの措置があるだろ。魔法族って時間にルーズだから、遅刻するやつの一人や二人珍しくないさ」

「……まあそうね。ロンはともかく、ハリーは変なことしないだろうし。うん、きっと大丈夫ね。それより、その言い方的に、ショーンはマグル生まれなの?」

 

 しまった。心の中で悪態を吐く。

 サラザールから言われて居たことだが、魔法界の中には純血主義という思考があり、マグル生まれを嫌悪をする人が一定数いるらしい。純血主義の者は魔法界に対して強い権力を持っている者が多く、マグル生まれであることを隠して置くのが無難――だったか。

 

「ああ、勘違いしないで。別に差別しようって言うんじゃないわよ。ただ、マグル生まれだと色々と不便な事が多いでしょ? 魔法界の常識とか、その辺。だから何か困った事があったら、いつでも聞いてねって言おうとしたのよ」

「……ありがとう」

「私も力になるよ。もしニフラーに取り憑かれたなら、直ぐに言って。効果的な対処法を知ってるんだ」

 

 ジニーの頭の上に「?」が浮かんでいた。やはり、ルーナは魔法族の中でも特異な存在らしい。

 それから三人で他愛もない話をしていると、何度か訪問販売が来た後、ホグワーツ到着まで後10分というアナウンスが鳴った。

 会話に夢中で気がつかなかったが、なるほど、窓の向こうには大きな城が見えていた。

 あれが、ホグワーツ。幽霊達が作った学校……。

 ずっと聞かされていた故郷を初めて目にした様な、不思議な感覚がショーンの中を駆け巡った。


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