ショーン・ハーツと偉大なる創設者達   作: junk

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第1章 ショーン・ハーツと魔法学校
プロローグ


 少年には四人の霊が取り憑いていた。

 少年は初めに「パパ」と「ママ」という言葉を発した。その後、少年は四人の名前を覚えた。両親はそれを聞いて、何処でその名前を覚えてきたのか不審に思った。

 やがて自我が芽生えた頃、少年は度々その四人の話をした。最初は少年の妄言だと思っていた両親も、その話のあまりのリアリティから、少年の話を信じる様になっていった。

 やがて少年が六歳になった頃。両親はある実験をした。

 実験は非常に簡単なモノだ。箱の中に何かしらの物を入れておく。少年にその中身を当ててもらう、という内容だ。

 はたして、少年は見事に正解した。

 どうして分かったんだ?

 少年はこう答えた。彼らが教えてくれたんだよ、と。少年は空を指差す。そこにはただ壁があるだけだった。

 

 ほとほと困り果てた両親は、霊能力者を雇った。評判の霊能力者だった、テレビにだって出た事がある。

 霊能力者は答えた。お代は結構です、私はこの霊達と関わりたくない。こんなに強い霊は見たことがない。それが複数取り憑いている。

 困った両親は、少年を孤児院に送った。

 何故ならその頃には、少年は宙を歩いたり、手を触れずに物を動かす様になっていたからだ。

 両親は少年を愛していないワケではなかったが、そんな少年と暮らすことに耐えられなかった。

 

 孤児院に送られた少年は、平穏に暮らす様になった。

 自身に取り憑く幽霊の話を他人にするのは、良くない事だと学んだからだ。

 少年は完全に、幽霊の話をしなくなった。今でもその幽霊達が彼に取り憑いているのか、それを知るのは、彼一人……

 

 

   ◇◇◇◇◇

 

 

 困った。非常に困った。

 ショーン・ハーツは頭を抱えていた。

 両親に捨てられてから五年、波風を立てない様慎重に生きてきた。

 もう誰かに奇異の目で見られるのはゴメンだし、慣れ親しんだ住処を追われるのも出来れば御免被りたい。だから今まで視界の端をチョロチョロするこいつら(・・・・)の事は極力無視したし、必死に幻覚だと思い込む様にもしていたし、誰にも話さなかった。なのに、なのに――

 

「ほーら言ったでしょう! 貴方ならホグワーツから招待状が来るって! 流石私のショーンです」

 

 薄い胸をふんすと張って誇らしげにする、一人の美女。

 腰まであるやや青みがかった髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。

 少し細めの眼は紅く妖艶に輝いており、色香を感じさせる。

 身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。右手の人差し指には、ルビーの指輪が輝いている。

 間違いなく、百人が百人振り返る美女だ。ただし、この美女が大通りを歩いたとしても、振り返るのはショーンただ一人だろう。何故なら彼女――ロウェナ・レイブンクローは、ショーン以外には見えない幽霊なのだから。

 

「誰がお前のショーンだ、バカ女」

「なっ!? 世紀の大天才であるこの私に向かって、言うに事欠いてバカ女ですってぇ!」

「それよりショーン。ホグワーツに入学するのなら、準備をしなくてはならないな。特別な者には特別な物が相応しい。私が選んでやるから、早くダイアゴン横丁に買い物に行こう」

 

 そんな金ねえよ。その言葉をグッと堪える。万が一幽霊とやり取りをしているところを見られたら……そう考えるだけで恐ろしい。

 ショーンを買い物に誘った幽霊、名前をサラザール・スリザリンという。

 病的なまでに白い肌、どんよりとした灰色の目、痩せこけた頬、肩まである髪は乱雑にセットされている。普通の人間なら気味が悪くなりそうだが、彼の場合、何処か高貴で神秘的な雰囲気がした。

 

「こら、こら。みなさん、ショーンに話しかけるのはお辞めなさい。彼は人前でわたくし達と話すのを嫌っているのですから」

 

 二人を諌めたのは金髪の少女、ヘルガ・ハッフルパフ。

 濃い金色の髪を三つ編みにし、纏めてシニヨンにしている。

 眼は翠色に輝いており、強い光に照らされたエメラルドの様であった。

 全体的に小柄だが、胸は比較的大きい。

 その姿には一片の穢れもなく、神聖な印象を受ける。

 

「でも真面目な話、ショーンはホグワーツに行くべきだよ。あそこなら、僕らが見える程度で迫害されたりしないさ。何せ、ホグワーツ魔法魔術学校だからね。不思議は常識だ。そうだろう?」

 

 最後に、ゴドリック・グリフィンドール。

 紫色の目に、眩いプラチナブロンド。細身の体だが、筋肉は程よくついている。正に王子様、という容姿をしていた。

 

 ホグワーツ魔法魔術学校。正しくそれが、ショーンを困らせている原因だった。

 ショーンは普通をこよなく愛していた。

 自分にしか見えない幽霊のせいで親に捨てられたのだ。無理もないだろう。だからショーンは今まで、ひたすら普通を心掛けてきた。

 しかし、魔法魔術学校から入学案内が来るのは、どう考えても普通ではないだろう。事実、孤児院にいるショーン以外の子供にはこんな手紙届いていない。

 いや、兆候はあったのだ。

 四人の幽霊達がこぞって「進学するならホグワーツだ」と言っていた。

 ホグワーツなんて学校、近所どころかイギリスの何処にもない。だが、四人が言う事は大体当たる。当たってしまう。恐らく自分は確実に、ホグワーツ魔法魔術学校とか言うわけのわからない学校に通うことになってしまうだろう。

 

 ショーンは周りに誰もいない事を念入りに確認した後、それでもなお小声で幽霊達に話しかけた。

 

「なあ、ホグワーツってどんなところなんだ?」

「それは勿論、魔法を学ぶ為の学舎です」

「選ばれた者が集う場所だ」

「誰にでも等しく、学ぶ機会を与える所ですよ」

「勇気と友情、愛情を知るところだよ」

「頼むから統一してくれ……」

 

 ショーンがつぶやくと、四人は声を上げて自分達の主張をぶつけ合った。

 

「ホグワーツ“魔法魔術”学校なんですから、魔法を学ぶ事が重要でしょう!」

「そんな事、名前を聞けば誰でもわかる。それより“誰が”学ぶか、だ」

「何を、誰が、そんな事はどうでもいいじゃありませんか。学舎がそこにあり、若者に向けて開かれている。その事実だけで十分です」

「いや、いや。思春期の男女が集まるんだよ? 大人になってからでは学べない事を学ぶべきさ」

 

 また始まった……ショーンは頭を抱えた。

 この四人は大変優秀だが、優秀過ぎるせいか、個性が強く、良く衝突していた。

 一度こうなってしまうと、お互いが疲れ果てるまで止まらない。早くホグワーツについて知りたいショーンとしては、勘弁してもらいたかった。

 

「ショーン! 貴方にお客様です、応接室に来なさい」

「はい、ママ」

 

 ママ――つまりこの孤児院の保母に呼ばれ、応接室に向かう。身嗜みを整えてから、ノックを四回。ママの返事の後部屋に入ると、とても厳格そうな女性が一人座っていた。

 サラザールの教育のお陰で、ショーンは完璧な所作を身につけていた。優雅な足取りで対面のソファーに向かい、座る。ママはそれを見届けると、そそくさと部屋を出て行った。

 

「初めまして、ショーン・ハーツ。私はミネルバ・マクゴナガル。ホグワーツ魔法魔術学校で副校長を務めています」

「ご紹介ありがとうございます、マクゴナガル教授。ご存知のようですが、改めて自己紹介させていただきます。僕はショーン・ハーツ。歳は11です。よろしくお願いします」

「よろしく、ハーツ」

 

 マクゴナガル教授と握手を交わす。手のひらは歳相応に萎れているが、その反面驚くほど指が固い。教師という職業柄、ペンを握る事が多いからだろうか。

 

「もう手紙を読んで知っていることと思いますが、貴方にはホグワーツ魔法魔術学校に入学する権利が与えられました。とは言ってもホグワーツ魔法魔術学校がどの様な学校か分からないでしょうから、私がここに説明しに参ったのです」

「丁度その事で困っていました。ありがとうございます」

「ちょっとショーン、私が説明して上げたじゃないですか!」

「ロウェナ、少し静かにしてようか」

 

 ゴドリックがロウェナの襟を掴み、部屋の隅の方まで引っ張って行く。その気遣いは有り難かった。

 少しでも多くホグワーツの情報が知りたいという事もあったし、もし話に集中してなかったら、きっとマクゴナガル教授は恐ろしいだろうと思った事もある。

 

 マクゴナガル教授の話によると、ホグワーツは普通の学校とそこまで変わらないらしい。ただ全寮制で、行われている授業が完全に魔法を学ぶ為のカリキュラムだという事だ。

 魔法を学んだ者は当然、魔法に携わる仕事に就く。ホグワーツを卒業したとしても、こちらの世界(マグル界)では学歴がないからだ。

 つまりホグワーツに入学するということは、一生魔法界に身を置くという事である。

 

「お話ありがとうございます」

「構いませんよ。仕事ですからね」

「一つ、質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「ホグワーツには幽霊はいますか?」

「変わった事を聞きますね。ええ、当然居ますよ。たくさんおりますとも。イギリスで最もゴーストがいる場所でしょう」

 

 それを聞いて、ショーンは嬉しくなった。幽霊が当たり前の存在なんて、ホグワーツはなんて素晴らしいところだろう!

 ……ちょっと待てよ?

 

「マクゴナガル教授、ホグワーツにいる幽霊は誰にでも見る事が出来るのでしょうか?」

「? ええ、通常ゴーストとはそういうものですから」

 

 再び頭を抱えたくなった。

 マクゴナガル教授にはショーンに取り憑く四人の幽霊が見えていない。つまり、ホグワーツにいるゴーストとは全くの別物なのだろう。希望が打ち壊された気分だった。

 いや、しかし――普通の学校よりは、幽霊に取り憑かれていても不自然ではないだろう。大丈夫だ、希望はまだある。

 

「ああ、一つ伝え忘れていました」

「なんですか?」

「ホグワーツに入学した場合、四つの寮のどれかに入っていただきます。それぞれホグワーツ創設者達の姓を冠した、素晴らしい寮です。個々の特徴はあれ、優劣はありません」

「なるほど。その創設者達の名前は?」

「ゴドリック・グリフィンドール、ロウェナ・レイブンクロー、サラザール・スリザリン、ヘルガ・ハッフルパフ」

「!?」

 

 ちょ、まっ、ええ!?

 急いで幽霊達の方を見る。四人揃ってコクリと頷いた。つまり、そういう事だろう。

 

「魔法界では知らない者はいない有名な名前です。覚えておきなさい」

 

 覚えておきなさい?

 物心ついた時から覚えている。

 

「どうかしましたか?」

「いや、あの……なんでもない、です」

 

 マクゴナガル教授は動揺するショーンを少し訝しんだが、結局気にしないことにした様だ。

 

「明日、もう一度来ます。その時までに入学するかしないか、決めておきなさい」

「はい。マクゴナガル教授」

 

 マクゴナガル教授は杖を一振りし、あっという間にコートやカバンを引き寄せた。

 

「ホグワーツの説明をして、魔法を見せてくれとせがまなかった子供は貴方が初めてですよ、ハーツ」

 

 チクリとした嫌味があった。もしかしたらマグル生まれの子供に魔法を見せて驚かすのを、マクゴナガル教授は楽しみにしていたのかもしれない。

 しかし、ショーンはもっと別の事に頭を使っていた。

 横でショーンがどの寮に入るべきかで揉める、偉大なる創設者達。彼らをどうやって宥めるか、ショーンの頭はそれで一杯だった。


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