進撃の英傑   作:あんかけパスタ

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これもう唯のオリキャラやんけ!
でも楽しくて書いてしまいました。楽しんでもらえたら幸いです。

‐追記‐
あまりにも誤字が多かったので、指摘して頂いた誤字の修正だけ行いました。まだ誤字があったら指摘して頂けたらありがたいですorz

‐更に追記‐
指摘を受けて改行してみました。見やすくなってると良いな。


進撃の敗北

 少年、エレン=イェーガーは無力である。

 自分自身そう感じてしまったし、現在進行形でそれは示されている事実だ。

 

「エレン、ミカサ、走れ! 走るんだ!」

 

 二人の手を引く男性……ハンネスがそう叫び、それに応えてエレンとミカサは必死に足を動かした。

 

 三人の後ろからは、二体の巨人が迫っていた。一体は4m級、もう一体は15m級と呼ばれるサイズの個体である。二体はエレン達に完全に狙いを定めたらしく、その巨体からは考えられない程の速度で迫ってきている。未だに門は見えず、このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。

 

 そんな中で、エレンだけは無駄に冷静……というよりも、ある意味投げやりな心情で足を動かしていた。先程、愛する母を亡くし、その上で自分の無力さ痛感したばかりであった為か、どうにも体に力が入らない。

 

『お前に力がなかっからだ……』

 

 ハンネスが伝えた言葉は、間違いなくエレンに届いていた。だからこそエレンはこの後、巨人に対抗するための力をつけるため訓練兵団に入団しているし、それが人類反撃の狼煙となるのだ。だが、エレン自身はまだ子供であり、母を愛していた一人の人間なのだ。その母が目の前で死に、今は心の整理が出来ていない状態だったとも言える。

 

「クソッ……もう少しなんだ! もう少しで門が見える筈なんだ!」

 

 ハンネスがそう叫ぶ。実際、この通りを超えれば門はすぐ先にあるのだが、三人を追う巨人は既にすぐ近くまで迫ってきており、誰かが囮にならない限りは追い付かれて三人とも食われる未来が容易に想像できた。ハンネスは自らが囮になる事も考えるが、先程の巨人の事を思い返すと足がすくんで決断出来ない。

 

 ここでハンネスを責めるのは酷だろう。人類は巨人を恐れ、一部の例外を除きその圧倒的な力に捩じ伏せられる他ない存在なのだ。むしろ堕落しきっている駐屯兵団の中で、ハンネスは良くやっている方だと言える。並みの兵士であれば、巨人と相対した瞬間に体が動かなくなる者もいる程だ。

 

「もう少しだからなっ! 全力で走れ!」

「ッ……!」

 

 ハンネスの言葉にミカサは息を荒げながらも頷き、エレンも息を荒げながら続く。が、そこまでだった。

 エレンは足がもつれ、元々疲労からか緩んでいたハンネスとエレンの手は離れてしまいその場に転んでしまった。当然、ハンネスとミカサが慌てて振り返るが、飛び込んできた光景に目を見開く他なかった。

 

「痛っ……」

 

 エレンが膝の痛みをこらえつつ立ち上がると、突然かかった影に息を飲み込んだ。壊れた歯車の様な動きでゆっくりと振り向く。エレンの目に飛び込んできたのは、何故か笑顔の様な表情を浮かべた巨人が自分に向けて手を伸ばしている光景だった。

 

(ちょっと待てよ……)

 

 後ろからミカサの悲鳴と、ハンネスの怒声が響き渡るのが聞こえた。巨人はというと、全く表情を変えることなく手を伸ばしてきている。

 

(俺、食われるのか? 母さんみたいに……)

 

 先程、自分の目の前で巨人に食われた母を思い出し、エレンは身が震えるのを感じた。母の敵を取る事もなく、無力のままで生を終えるのが、自分の運命だったのだろうか?

 

 そこまで考えて、エレンの心を一つの感情が蝕む。ここで死ぬ運命だったのなら、さっき母を助けてから死にたかった。最後まで喧嘩ばかりで、碌な言葉を交わす事もなく母とは二度と会う事が出来なくなってしまったのだから。

 

「……嫌だ」

 

 ポツリと出た言葉が、エレンの全ての想いを込めていると言えるだろう。だがそんな一言で止まってくれるのなら、巨人によって人類が絶滅させられる事はなかった。エレンの様な無念を抱えて絶望のまま死んだ人間など、この世界には掃いて捨てるほどいる。

 

 エレンの体が鷲掴みにされ、ゆっくりと持ち上げられる。あらん限りの罵声を浴びせようと口を開けるが、上手く声が出せず、代わりにエレンに聞こえたのはミカサの狂乱した様な絶叫と、自分の歯がカチカチと鳴る音だけだった。そして、目の前の巨人がゆっくりと口を開けた……瞬間だった。

 

 エレンに確認できたのは、視界の端から何かが飛んできて、巨人の首の後ろ辺りを何かが勢いよく通り過ぎた事だけだった。途端にエレン握りしめていた巨人から力が失われ、エレンも合わせて巨人の手から滑り落ちる。

 

 この高さから落ちたら死ぬんじゃ……とエレンが考える間もなく、何かに受け止められた事を理解する。エレンが地面に落ちる前に、ハンネスが抱きとめたのだ。同時に涙と鼻水で顔がグシャグシャになったミカサがエレンにしがりつく。あまりの腕力に文句を言いかけたが、ミカサの表情を見るとそれも言えなくなった。そう考えているのと同時に、エレン達を追いかけていたもう一体の巨人も地に沈む。

 

 それを行った人間を見て、エレンは息を飲んだ。アッシュブロンドの髪を軽く束ね、青い瞳をこちらに向けている女性の美しさに驚いたのもあるが、最も驚いたのは調査兵団の服装をしたこの女性の右足が、義足である事だった。しかも中央で一度だけ見た事のある高価な類の物ではなく、近くに住んでいる知り合いの爺さんが装着している様な、簡易的な義足だ。しかも使い慣れていないのか、ひょこひょこと不格好に歩いている姿は危なっかしいと言えるだろう。そんな歩き方のままエレン達に近付くと、ニッコリと笑みを浮かべる。

 

「大丈夫かね?」

「あっ、はい。危険な所をどうも……」

「ん、貴殿は駐屯兵団の方か? 失礼だがお名前と所属をお聞きしても?」

「は! 自分はウォール・マリア、シガンシナ区駐屯兵団所属、ハンネスであります!」

「これはご丁寧に。調査兵団所属、ルーデ=リッヒ分隊長だ」

「!? 隊長殿でしたか……!」

 

 そう言いながら互いに兵団の敬礼をとる。

 

「ここは既に巨人が進出してきて危険です。我々が護衛につきましょう」

「我々?」

 

 エレンが疑問符を浮かべながら口にした瞬間、「隊長!」という声とともに一人男性が降りてきた。ルーデと名乗った女性と同じく、調査兵団と同じ装備を身につけている。

 

「おぉ、ガーデルマン。民間人だ、彼等を門まで誘導したらすぐに出げ」

「いい加減にして下さいよ隊長! 出撃許可もらってないですし、すぐに後方に下がる様に命令受けたじゃないですか!」

「だから出るのは私だけで良いと言ったろう。着いてくるから、こちらも期待してお前達に指示を出してしまう」

「隊長を放って逃げるなんて出来ませんよ」

「中央のアホウ共は現状を理解しとらん。ここを支えなければ壁を一つ攻略されたのと同義になるぞ? 戦力は足りていないが、我々は偶然にもここにいた。ならば出撃するしかないだろう」

「それは、確かにそうです……」

 

 実はルーデ班、本来ならば現在は中央にいる筈である。しかし、以前の壁外調査で負傷したルーデが……

 

「出撃場所のシガンシナで治療に励むわ。ついでに立体機動装置と義足の訓練もやっとくから、今度の出撃には着いていくからな」

 

 と言ってシガンシナに留まり続けていたのだ。ちなみに以前の壁外調査から約三週間程度経っているが、その間中ルーデは義足を装着しての立体機動装置訓練に励み過ぎて歩行訓練を怠り、歩行よりも立体機動装置での移動が得意になってしまっている。ちなみに中央からは、少なくとも三カ月は安静にしておくようにという命令を受けていたのだが、ルーデお得意の「黙っとけば分かんないって」、により訓練を決行していた。ついでに言っておくならば、団長にはルーデのこういった行動は大体バレていたりする。

 

「過ぎた事を言っても仕方ない。とりあえずは彼等を送り届けた後、我々は門付近で巨人の掃除だ。それが終われば罰でも何でも受けてやるさ」

「……分かりました。隊長がそう言うのであればもう何も言いません。とりあえず、我々は周囲の警戒に移ります。隊長は彼等を伴って門まで行ってください」

「うむ、頼んだ」

 

 そう言ってガーデルマンと呼ばれた兵士が屋根の上へと消えていく。ルーデはそれ見て満足したように一度頷くと、ハンネス達へと向き直って口を開いた。

 

「行くぞ、君等がモタモタしていてはそれだけ門を閉じるのが遅くなる」

「分かりました、護衛感謝します」

「なぁに、兵士は民護るものだからな。気にするな」

 

 そう言って歩き出すルーデに続き、ハンネスがミカサとエレンの手を繋いで続いた。頭上ではルーデの部下達がせわしなく飛びまわりながら周囲の警戒を行っており、一先ずの危険は去っただろうとハンネスは安堵の息を吐く。もしルーデが偶然でもこのシガンシナにいなければ、エレンの……いや、自分も含めて命はなかっただろう。ミカサもぐしぐしと袖で目を擦りながら黙って歩いている。

 

 そんな中、エレンだけで何かに耐える様に俯いて歯を食いしばっていた。明らかに先程までとは違う様子に、まず手を繋いでいたハンネスがどんどん手を握る力が強くなるエレンに気付く。次に、普段からエレンを観察する事に全てを見出していると言っても過言ではないミカサが、充血した目を向けてエレンかおかしい事に気付いた。

 

「エレン……?」

「どうした……まさかどっか痛むのか!?」

 

 何せ先程巨人に捕食されかけたのだ。握られた時などに骨が折れていたり、ハンネスが受け止めた際にどこか痛めてもおかしくはないたろう。ルーデも後ろから聞こえてきたその声に、怪訝そうに振り向いて口を開く。

 

「怪我か何かあったのかは知らんが、まずは門まで移動せんと危険だ。動けんほどなら背負ってくれんか。私はご覧の足で人を背負うのは少々しんどいのでね」

「分かった。ほら、エレン……俺が背負ってやるから行くぞ」

 

 そう言いながらハンネスがエレンの肩に手をかける。

 その時だった。エレンはハンネスの手を掃うように弾くと、驚愕するハンネスとミカサに構わずルーデに走り寄る。表情に浮かべている感情……それはまさに憤怒とも言うべきものだった。

 

「あんた!」

「ふむ?」

「どうしてもっと早く来てくれなかったんだ! そんなに強いなら、もっと早く来れた筈じゃないのか!?」

「お、おい、エレン!?」

「アンタがもっと早く、もう少し早く出てくれれば……」

 

 エレンの目から涙が溢れ、握りこんだ手からは血が滴る。

 

「母さんだって助かったかもしれないのに!」

 

 エレンの悲痛な叫び声が響き渡り、それを聞いたハンネスとミカサが目を見開いた。エレンの言い分は自分勝手であり、先程助けてくれた人物に対して言う言葉ではない。ましてや今は脱出を最優先に行わなければならない状況なのだ。ハンネス達が言葉を失うのも仕方ないだろう。

 

 そして、それを最も理解していたのは他でもない、言ったエレン本人でもあった。

 

「アンタの力ならもっと沢山の巨人を倒せるんだろ!」(何言ってんだ、俺は)

「ならもっと早く来てくれよ! 俺の家まで来てくれよ!」(そんな事言える立場じゃない)

「母さんを、母さんを助けてくれよぉ……!」(悪いのは弱い俺じゃねぇか!)

 

 理解していながらも、エレンは言葉を吐きださずにはいられなかった。先程目の前の女性は、二体の巨人を単独であっという間に仕留めて見せたのだ。その力が自分にもあれば、母さんを見捨てて逃げずに済んだ。そう考えただけで、目の前の女性が助けてくれればという想いが込み上がるのと同時に、自分の情けなさが膨れ上がっていくのを感じる。

 

 現状を理解していない訳じゃない、目の前の女性が悪い訳はない、それを理解していても湧き上がる感情に、エレンはただ涙を流しながら罵声を浴びせる。

 

 本当に短い時間……今の状況では生死に関わる時間ではあったが、その間ルーデはエレンの罵声を黙ってその身に受けた。そしてエレンの手を握ると、黙って門へと歩き始め、ミカサが悲しそうに、ハンネスはカルラを助ける事が出来なかった罪悪感からか、気まずそうな表情を浮かべて後に続いた。エレンはというと、大粒の涙を流しながらも、しゃがれた声を上げ続けていた。

 

 やがて門の前に辿り着く。そこでは慌ただしく……それでいて整然とは言えない状況で巨人に対する防衛準備が行われていた。とは言っても、巨人相手には精々足止め程度にしかならない大砲が数門、駐屯兵団の人間達が恐怖に駆られた表情で動き回っているだけである。それを見たルーデが思い切り顔を顰めるが、その中で懸命に指揮をとっている人物を見つけると、少し表情を和らげた。

 

「私が送る事が出来るのはここまでだ。焼け石に水かも知れないが、私はここで防衛に参加しなければならん」

「いえ、貴方がいなければここまでたどり着く事は出来なかった。本当に感謝しています」

 

 ハンネスの言葉に対し、ルーデは満面の笑みを浮かべて応えた。これから死地に赴こうという人間なのに、何故そんな表情が出来るのだろうと疑問に思う程のものだった。そしてルーデはしゃがみこむと、黙って俯いているエレンと目線の高さを合わせる。エレンは一度肩を揺らし、歯を食いしばると視線を反らした。先程の自分の言動があまりにも情けなく、惨めだったからだ。

 

(何してんだ、俺……)

 

 エレンにとって、母は愛する存在だった。言い争いをしたり、認めてもらえない事に苛立ったり、鬱陶しいと思った事はあった。だけど、間違いなく愛していたし、愛されていた。そんな母を失い、エレンの心はズタズタになっていると言っても良い状況だった。

 

 だが、あんな事を言っていい訳が無かった。目の前の女性は自分が、自分の部下が危険に晒されるのにも関わらず、エレンを助けてくれたのだ。そして、エレン達が脱出した後も戦い続けるのだという。

 

(ハンネスさんの言う通りじゃねぇか……)

 

 母の時も、今も、自分は逃げる事しか出来ない。まだ大勢残された人達がいて、戦っている人達がいるのに。

 

「エレン君」

 

 ルーデが発した言葉に、エレンはビクッ、と体を跳ねさせる。

 

「お、俺っ……俺は……!」

 

 目の前の人に謝りたいと、エレンは考えていた。自分を助けてくれてありがとうと伝えたかった。だが、先程言ってしまった言葉と、母を失った自分の心がせめぎ合って邪魔をする。そんな自分が更に情けなくて、どうしようもなくてエレンは歯を食いしばった。

 

「すまなかった」

 

 そんな一言が聞こえ、エレンがハッ、と顔を上げる。見えたのは、先程と変わらない表情を浮かべたルーデの顔だ。だが、先程と違って雰囲気は全く違う。

 

「君の母親を助けるには、私の力が足りなかった。私にもっと力があれば、こんな事態になる事も防げたかも知れない。本当にすまないと思っている」

 

 そう言って、エレンに対して頭を下げた。そんな光景を見てハンネスとミカサは目を見開いたが、エレンが感じたのは目の前の人物に対するものではなく、どうしようもない嬉しさと、それ以上に己の情けなさだった。ルーデは悪くない。むしろ必死でやっているのだろう。

 対して自分はどうだ、とエレンは自問し、何もやっていない自分に怒りを覚える。

 

「ルーデ、さん……俺は……」

「ん?」

「力が、欲しい……! 絶対に、強くなる……! 巨人どもを、駆逐出来る位に!」

 

 涙を流し、その表情を憤怒に彩りながらそう口にする。

 

 母を助けられなかったのは、自分に力がなかったからだ。

 

 この人と共に戦えないのは、まだ自分に兵士としての資格がないからだ。

 

 エレンのその一言を聞き、ルーデは一度目を細め、次いで軽く笑みを浮かべると立ち上がった。その際、義足に慣れていない為か若干ふらついていた為、エレンを含めた三人から心配そうな眼差しを向けられて苦笑する。

 

「まだ慣れていなくてね」

 

 そう呟き、腰から刀を抜き放ちながら門とは正反対へ体を向けた。ここからは出来るだけ長時間、巨人達を押さえ込まなくてはならない。ここを突破されてしまった場合、人類にとっては損失では済まないレベルの被害が出るだろう。ルーデは顔だけ振り向くと、エレン達に向けて口を開いた。

 

「兵団で待っているよ」

 

 そう言い、エレン達の反応を見ずに歩き出す。後ろで何かエレンが叫んだ気もするが、ルーデはとりあえずそれ気にしない事にした。ここからは戦闘なのだ。雑念は少しでもはらっておくに越した事はない。

 

「い、急げっ! もう目の前まで来てるぞぉ!」

 

 ルーデの視線の先に、建物を崩しながら現れた巨人の姿が映る。ルーデの部下達も周囲を飛び回ってはいるが、どのタイミングで仕掛けるか迷っているようだ。

 

 ルーデは一人納得したように軽く頷くと、先程から指示を出している人間へと歩み寄った。忙しそうに指示を出しており、近づいてくるルーデには気付いていない様子だ。

 

「そこの君」

「砲弾早く持ってこい! ん、何だアンタ? 暇ならすぐに砲弾持ってきてくれ!」

 

 ルーデが兵士という事には気付いたのだろう。だがその足に視線を向けると、大きく眉を顰める。確かに、健常者でない兵士は役に立つとは言い難い存在だろうし、ルーデが女性という事も働いているのだろう。が、ルーデは一つも気にする事なく、自分が伝えたかった要点だけ伝える。

 

「私が仕掛ける、大砲は小型だけ狙ってくれ」

「は?」

 

 男が疑問の言葉を口にする前に、立体機動装置で飛び上がる。こちらに進んでくる巨人の正面から突っ込むと、鈍い(ルーデ感覚)巨人もルーデに向かって手を伸ばしてきた。このままの軌道で進めば、ルーデの上体辺りが巨人の手の中に納まるであろう。

 

 だが、ルーデは普通の兵士とは言えない。

 

「ほっ!」

 

 軽く重心を動かすと、ガスの噴射と体重移動が合わさりルーデの体が不規則に揺れた。途端に移動コースがブレ、巨人の手のスレスレを通って背後へと回る。

 

「相変わらず鈍い連中だ!」

 

 そう言ってもう一本のワイヤーを巨人のうなじへ打ち込み、一気に巻き取って接近する。巨人もルーデの方向へ振り向こうとするが、ルーデ基準で言えばあまりにも遅い。

 

「ふん!」

 

 二本の刀がうなじへ吸い込まれ、一気にその部位を切り飛ばす。ルーデもガスの噴射を行い、そのままの勢いで屋根に着地した。義足がギシギシと悲鳴を上げるが、今まで訓練してきたルーデにはこの程度で壊れるか壊れないかは判別がつく。

 

「相変わらずお見事です、隊長!」

「外にいる連中よりも更に鈍いな。簡単に人間を捉えすぎて油断しているのか?」

「15m級を仕留めてそんな事が言えるのは隊長くらいですねぇ」

 

 そう言って笑う部下の一人に、ルーデもニヤリと笑みを返す。門の方向では巨人討伐に雄たけびを上げ、歓声まで上がっている有様だ。

 

「たかだか巨人一体で大げさだな」

「駐屯兵団では巨人と戦う事もありませんし、まともに立体機動装置を扱えるものも少ないですからね……」

「まともに相手が出来るのは我々だけか」

 

 難しい表情を浮かべてルーデはそう口にする。如何に自分達が精鋭であっても、この人数にまともな援護も見込めないのであれば、非常に危険であると言わざるを得ない。人間は正確に巨人を攻撃しなければならないが、巨人からすれば当てれば勝ちな上に、人間は一つのミスで死ぬのだ。それはルーデも、ルーデ班の隊員も同じ事が言えるだろう。

 

「決して無理だけはせず、複数で小型、中型の巨人に当たれ。私はこの大通りで大型の相手をする」

「隊長おひとりで、ですか? それはあまりにも……」

「贅沢を言える程の戦力はない。それに、私以外は出来ないだろう。出来るか?」

 

 そう問われて、隊員は苦笑しながら首を横に振った。脚を失くし、義足となった状態でも、ルーデは自分達の隊長であり、最も優れた兵士なのだ。そのルーデでさえ危険が伴う仕事を、自分がこなせるとは決して言えない。

 

「今あそこにいる連中を門から脱出させ、門を閉じるまで粘れば我々の勝利だ。それまで持ちこたえるぞ」

 

 ルーデがそう指示を出すと、隊員も頷いて飛び上がる。ここからは集中力と運の勝負だ。そう考え、ルーデは視界に納めた15m級に向けて飛び上がった。

 

 

 

 

「ふっ!」

 

 ルーデの一撃が8m級の巨人を沈める。ルーデが戦闘を始めてから30分程度経つが、巨人の数はどんどん増え続けていた。部下達に任せた中型のとりこぼしも見え始めており、小型に関しては完全に大砲の足止めに任せている形となっている。ガスは一人戦闘を任せていない隊員を補給担当にする事で何とかなっているものの、刃が底をつき始めた。一向に減らない巨人達に、焦燥も募るだろう。

 

 ルーデ自身はまだまだ戦えるし、集中力もこの程度では切れないが部下達は違う。彼等は優秀とはいえどもルーデの様な特別な兵士ではないのだ。そして、とうとう恐れていた事が起きてしまう。

 

「――‐ッ!」

「……」

 

 どこからか響いた悲鳴に、ルーデは黙って巨人を仕留める事に終始した。今ので二人目、ルーデの部下が巨人にやられていた。他の隊員達も神経をすり減らしながら戦っている中で、ルーデが動揺しては簡単に崩れてしまう。

 

「……全員、集合せよ!」

 

 ルーデがそう叫ぶと、すぐに周囲から隊員達が集まってくる。人数は3人。元々は五人いた筈のルーデ班だった。全員が息を荒げ、涙を流し、汗も尋常ではなく疲労困憊状態だ。30分という時間は壁外ならば経験する程度の戦闘時間であるが、こんな状況下で碌な支援もなく戦うという状況が既におかしいのだ。むしろ彼等は良くもっていると言える。

 

「状況は?」

「クラウス=ホフキンス戦死、右からは大型1、中型2、小型1接近中です」

「ラウラ=カンラル戦死、左からは中型3接近しています」

「もう限界です、隊長」

 

 隊員達の言葉に、ルーデも頷く。集まっていた避難民はようやく門から向こう側へ脱出出来ており、門も先程閉じる旨を叫んでいたのが確認できた。自分達は壁を昇れるため、門が閉じても問題ない。

 

「全員、ガスチェック忘れるな。門が閉じたのを確認して壁を昇る」

「了解」

「って、隊長……その足は……!?」

「ん? あぁ、大丈夫だ。多少痛むがな」

 

 そう言って軽く右足を動かした。その動きは普段と変わりないが、義足と脚の連結部から血が流れている。無理もない。何だかんだで動き回っているため忘れられがちだが、ルーデの脚は三週間前に失ったばかりなのだ。それでこんな無茶苦茶な扱いをしていては傷口も開くだろう。

 

「戻ったら今度こそ安静にして治療を受けて下さい。隊長を失う事は、兵士100人を失うに値する損失です」

「大げさな……まぁ、構わん」

 

 とか言いながらヤギの乳飲んで訓練に出るんだろうなぁ、とガーデルマンは考えていたが、門が閉じ始めるのを見て口を開く。

 

「行きましょう隊長。残念ですが、他の住民は諦めるしかありません」

「ガーデルマン、残念などという言葉を使うな。彼等を見捨てるのは、全て我々兵士に力が足りなかったからだ。それをさも仕方ないという言葉を使って退く事は止めろ」

 

 ルーデの言葉に残った隊員達が表情を改める。

 

「この光景を忘れるな、我々の悔しさを忘れるな、仲間の敵を忘れるな。次は我々人類が勝利すると心に刻め」

「「「了解」」」

 

 三人の返事を聞き、ルーデは笑みを浮かべると壁に向かって飛ぶ。それに合わせて隊員達もルーデに続き、壁にワイヤーを打ち込んだ。調査兵団では必須の技能である壁昇りである。入り口付近に巨人がたむろしている事も多いので、これが出来なければ調査兵団は務まらないと言われる必須技能だ。

 

 一気に壁を昇る。門が閉じた後も、避難する民間人の誘導、現場の兵士達と今後の打ち合わせなどやる事は大量にある。本来であれば駐屯兵団の仕事であるが、手はいくらあっても足りないだろう。そう考えつつ、ルーデは壁を昇る。

 

 その時だった。

 

 妙な悪寒を感じ、ルーデは大通り方向へと視線を向けた。そこには先程と変わらず数体の巨人がおり、徐々に閉じつつある門へと向かってきている。

 

「隊長?」

 

 部下達が急に止まったルーデに疑問を持ったのか、ルーデが見る方向へと視線を向ける。それとほぼ同時だった。

 大通りに一体の巨人が現れる。大きさは15m級とほぼ等しく、髪は短髪でやや大柄である事以外は特別特徴がない巨人に見えた。だが……

 

「なに、あいつ……」

 

 部下の女性隊員が何かを感じたのか、ルーデと同じ感想を呟く。ルーデはギリッと一度歯を噛みしめると、ワイヤーを壁から外して一気に急降下を始めた。

 

「隊長!? 何を……」

「貴様等は先に昇れ!」

 

 唯の予感だ。だが、その予感は異常なほど悪い状況を生み出すものだ。あの楽観的なルーデが、ただの自分の思い違いであって欲しいと考えた程のものだった。

 

 ルーデが急降下を始めるのより少し早く、巨人が一気にその速度を上げる。人類側から数発の砲弾が発射されるが、普通の巨人ならば足止め程度には使える大砲の砲弾が『足止めにすらなっていない』。ここまで接近してようやく分かったが、体表が明らかに通常の巨人とは違う事に気付く。

 

 巨人が一気に門に近付く。ルーデがそれに向けて一気に急降下する。だが……

 

「間に……!」

 

 合わん。その言葉は口から出ず、代わりにワイヤーを壁に打ち付けて停止する。ルーデよりやや下方にあった門部分に巨人が突撃したのは、それとほぼ同時だった。

 

 爆音と共に衝撃と破片がルーデを襲う。運の良い事に大きな破片がルーデにぶつかる事はなかったが、砂煙治まった後にルーデの目に飛び込んできた光景は、自分の運の良さをあざ笑う程の馬鹿げた光景だった。

 

 人類の領域を守る存在である門が、全くその機能を果たす事無く大穴を晒している光景は、ルーデであっても戦慄を感じえないものだった。それに合わせて活発化したのか、どんどん向かってくる巨人に舌打ちして壁を一気に昇る。途中で部下達の青ざめた顔が目に入ったが、それを気にしている余裕は今のルーデにもない。

 

 上に到着し、その光景を見る。あの巨人は静かに佇んでおり、人間達が大量に居る船着き場に移動する様子は見えない。奇行種であるのは理解していたが、それ以上に不可解な面が目立つ巨人だった。

 

「隊長、あの……我々はどうすれば……」

 

 残った女性隊員が震える声で口を開く。ルーデは痛む右足の付け根の事も忘れ、心の中で悪態をつくしかない。

 

 そんな事、この私が知りたい。

 

 だが、そんな事を部下に告げた所でどうにもならない。誰もが絶望しているのだ。ならばその中で冷静な判断を下さなければ、この事態が更に悪いものとなるだろう。パニックになり、絶望するのはこれが終わってからいつでも出来る。

 

「どうにかして中央へ帰還する。馬でも、船でも、何でもいい。今回の事を正確に伝えなければならん」

 

 それが難しいのは隊員全員が理解出来た。他の街でも移動手段は誰もが欲しい物であり、馬の使用など殺し合いに発展する可能性すらある。だからといって歩行では巨人の脚からは逃げ切れまい。

 

 だが、それでも諦める訳にはいかないのだ。自分達はあの街で多くの民間人を見捨て、そして仲間の死まであって生き延びた。そして最も近くであの奇行種を確認した調査兵団の人間でもあるのだ。

 

 絶望を表情に宿しながらも、ルーデの部下達は移動を始める。それに合わせてルーデも着いていこうとするが、もう一度だけあの奇行種に視線を向けた。

 

「次は、我々が勝つ」

 

 そう呟いて部下達に続く。

 

 この日、人類はウォール・マリア陥落を発表。その生存圏は大きく後退し、人類は再び巨人の恐怖に怯える事となる。

 

 エレンという希望と、ルーデという兵士……ただこの二人だけが、人類の勝利を渇望していた……

 




既にルーデルの面影が殆どねぇ……! だけど閣下の素を出してしまうと、間違いなく巨人は絶滅しちゃうんだよなぁ……あくまでルーデルをモデルにしたオリキャラとみてもらえると嬉しいです。
エレンってあの時随分荒れてましたけど母親があんな死にかたしたら誰でもああなりますよねぇ……そしてハンネスさんは人間の鏡、ハッキリわかんだね。
そしてタグとあらすじを変更しました。どこまでいけるか分かりませんが、コツコツと書いていきたいと思います。

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