君の名は。ショートストーリー   作:アンコール・スワットル

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生理ネタ注意! シリアスな内容になります。
 


タンポンのアンポンタン

 朝、俺は寝ぼけ(まなこ)でおっぱいを揉んでいた。ブラジャー越しではあったが、弾力感があり、いつもに増して張りのあるおっぱい。

 

「――――()っ」

 

 ブラジャーのワイヤーが当たったのだろうか。そう、ブラジャーとはおっぱいを美しい形に整えるためにワイヤーが入っているタイプがあるのだ。

 三葉はナイト用ブラを持っておらず、こうして普通のブラを付けたまま寝ている。刺さったら危ないだろうと思ったが、寝たくらいで怪我をするのなら大事に発展している。そう言った話を聞いたことがないので、問題がないのだろう。

 

 ゆっくりと揉んでみて分かったのだが、いつもよりツンとしていて張っている感じがする。

 シリコンを入れたおっぱいは毎朝揉まないと柔らかくならないと聞くけど、このおっぱいも揉んでると柔らかくなるのだろうか。

 

 そこまで思考して、瀧は今までの朝を思い出した。今までは柔らかかったおっぱい。それが急に弾力感が増すなどあり得るのだろうか。

 試しに揉み続けようにも、チクチクとした痛みが手の動きを静止させる。

 

「成長期……だろうか?」

 

 成長期に入ると関節が痛くなる。関節が感染しておっぱいが痛くなる人も中には居るのだろう。

 二十歳を過ぎても身長が伸びる人が居る。それよりも遥かに若い三葉であれば、未だにおっぱいが成長する余地はあるのだろう。

 おっぱいには夢が詰まっている。夢は大きすぎて困ることはない。ならば膨張し続けるおっぱいは大歓迎だ。

 確かに安心できるおっぱいとは言ったが、男子たるもの理想のおっぱいとはまさに巨乳。スイカやメロンのように大きいおっぱいも大歓迎。それがおっぱいだ。

 

 ――この時、瀧は知る由もなかったが、おっぱいの元となるホルモンは二種類存在する。大豆イソフラボンで有名なエストロゲン、つまりは卵胞ホルモン。これは乳腺を作る働きを持っている。チェストベリー、ワイルドヤムに多く含まれる黄体ホルモン。これは乳腺を蓄える働きを持つ。

 この黄体ホルモンは妊娠時に多く分泌され、ピルにも黄体ホルモンが多く含まれている。黄体ホルモンを過剰摂取することで妊娠状態だと勘違いさせ、排卵を抑制する効果がある。飲み続ければ確かに避妊できるが、当然ながら母体への影響が大きいのでオススメはできない。

 今の瀧は――魄は三葉だが――当たり前だが妊娠をしていない。ならば何故おっぱいが張るのか。それは妊娠への準備をしているからだ。

 そう、アレである。

 

「お姉ちゃん……いつも飽きないねえ……」

 

 俺はおっぱいを揉みながら思考の海へと溺れようとした。だがダイブするが如く海底へと沈んでいき、思考が回らない。なんて言うか、ボーッとしている感じだ。

 

「ご・は・ん! はようしない(しなさい)!」

 

 パシャンと扉が閉まる音で、俺は思考の海から脱却できた。どうやら妹が朝食を伝えにきたらしい。らしい、と言うのは上の空で聞き逃していたせいだ。

 

「あー、なんか気怠い」

 

 いつもとは違った重い体に意気消沈しながら、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

「――おっととと」

 

 たたらを踏んでしまい、転びそうになる前に壁に手を当てて体制を立て直した。いつもなら身軽な女の子だが、今日は調子が悪い。なんて言うか、残り電池の少ないラジコンのような感じだ。

 体の節々が痛いとか、疲れが残っているとかそんな感じではない。ズーンとした重さが続いている。

 

「今日は入れ代わりの調子が悪いのかな」

 

 TSFに好調不調があるのかは知らないが、お腹が減っているだけかも知れない。まずは腹ごしらえだと、俺は食卓へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「うー、なんか体調が優れないなー」

 

 授業にも今ひとつ集中できないまま、休憩時間となった。

 机にうっぷして、腕をだらーんと伸ばしている。

 

「三葉、今日はポニーテールなのに元気ないんね」

 

 机に視線を合わせたサヤちんが、心配そうに顔を覗かせている。

 

「なんかこう……体調が優れないと言うか。熱とかは無いんだけどさ」

 

「それって……あー、今日やったか」

 

 曖昧に表現するサヤちんに、いまいち言葉の意味を飲み込めないでいる。

 

「今日ってなんかあるんか?」

 

「テッシーは黙ってて!」

 

 デュクシ、と肘を軽くお腹にぶつけ遠ざける。

 はっきりとしないのはこいつ(三葉)だけじゃなかったのか……いや、それとは違う気もするけど。

 

「アレ……持ってるん?」

 

「……アレ?」

 

 そう、アレとは弁当箱の草(バラン)を始めとした名前の分からないアレのことだ。パンの袋を止めるアレ(バッククロージャー)醤油やソース入れ(ランチャームorたれびん)もそうだが、見かけるのに名前の分からない物は古今東西世の中に溢れている。

 サヤちんが指すアレは当然ながら上記のアレではなく、指で空気を四角く描いている。

 

「ああ、女の子がよく持ってる化粧ポーチのことか? そんなの持ってないぞ」

 

 女の子最大の謎。それは化粧ポーチだ。決して中身を見せないそれは、一体何が入っているのか男子の俺では想像すらできない。

 

「アカンて、急に来るときもあるんだから持ち歩かないと!」

 

 急にって……腹痛だろうか。確かにお腹が痛いような、でも腹痛とは違った痛みというか。

 

「もう、私の貸してあげるから……あ、ごめん三葉。私のも切らしてるんだった」

 

 痛み止めでも切らしているのか。常備薬と言えど、使えば無くなる。仕方のないことだ。

 

「ありがとうサヤちん。でも良いって、その内治まるだろうから」

 

「治まる前にやっとかんとアカンやろ!」

 

 「誰か持ってへんかなー」とサヤちんはクラスの女の子に聞いて周り、袋に入った筒状の何かを持ってきた。

 

「ごめん三葉、これしか借りれへんかった」

 

「いや、それでも嬉しいよ。ありがとう」

 

 初めて見る何かを疑問に思いながら、サヤちんは俺の手を引っ張っていく。

 暫くして、俺は見慣れた場所へと辿り着いた。

 

「ここは……トイレ!」

 

「使い方は分かる?」 

 

 使い方とは、この筒状の何かを指すのだろう。使い方も何も、見たことすらない。

 

「筒状ってことは……お尻に入れるのか?」

 

 止瀉薬(ししゃやく)、それも筒状と言えば座薬の類だろうか。それにしては大きすぎる。

 

「冗談言っとる場合やないやろ……」

 

 「はぁ……」と溜息をついたサヤちんは丁寧に使い方を教えてくれた。

 

 窪んでいる部分を持ち手にし、指が当たるまで入れるらしい。息を吐きながら筋肉を弛緩させ、ゆっくりと入れる。先が丸まった注射器のように押し込み、吸収性の高い化学繊維レーヨンを挿入する。

 注意すべき点は、染み込んだ体液が黄色ブドウ球菌の苗床に繋がる点。四から八時間が交換の目安となり、最大が八時間となる。

 古来ではクロッチに敷くタイプや、ズレない羽根つき等は存在せず、アルコール消毒した綿を使用していた。フィンガータイプと呼ばれ、自身の指で挿入する必要がある。衛生面にも優れたアプリケータータイプに淘汰され、日本では殆ど見かけない。

 

 激しい運動でも漏れない。気軽にトイレへ行けない会議や旅行でも使える。夏場に蒸れたり臭いを気にせずに済むなど利点は多いものの、なんか怖いと言う理由により利用は広まらない。

 中を傷つける訳でもなく、漏れ出すこともない。ストッパーではなく浸透させる効果を持つため、抜いた時に溢れることもない。

 専用の下着を使わなくても良く、下着が膨れることもない。利点が多いのだ。

 

 ここまで来れば俺だって意味が分かった。

 

 ――そう、女の子の日だ。

 

 まさか男の俺が――今は女の子の身体だが――女の子の日を体験するとは思っても見なかった。

 これが数日間続くのか。それも毎月。毎月来るから慣れるだろうと思っていたが、考えが甘かった。

 腹痛よりも鈍い痛みが三日三晩続く。それを慣れろと言う方が無理な話だ。

 

 流石に和式では無理だろうと思った俺は、見慣れた腰掛け。穴の空いたドーナツ上の部屋へと足を踏み入れた。穴の空いていないドーナツが沖縄以外(サーターアンダギー)であるのかは知らないが。

 開けやすいストローの袋みたいに引っ張って開封し、持ち手を掴んだ。下側は入れる側なので、衛生面的に持たないのが正解だ。

 呼吸を整え、ゆっくりと入れていく。滑らかな曲線は濡らさずともすんなりと奥へと進んだ。持ち手の指がストッパーとなり、ここまで入れれば良いのだと教えてくれる。

 注射器よりは竹筒の水鉄砲だろうか。押さえる時の抵抗感は大柄で、異物が体内に入ってくる感じがはっきりと分かる。痛みはないが、それでも違和感は拭えない。完全に押し出したあとは、独立した筒による浮遊感を覚えた。

 ゆっくりとアプリケーターを抜いていき、一本の紐が重力に晒されぶらんと垂れ下がっている。

 

 落ちないかと不安に駆られたが、力んでも出てこない。これなら問題ないと、下着を履き直した。

 扉に手を掛けた時、未だ垂れ下がる紐に気が付き慌てて下着の中に収納する。

 

 初めて知ったのだが、トイレにおかれたゴミ箱はこう言った物を入れるために設置されているらしい。水に溶けない性質だから流すとトイレが詰まってしまう。だから捨てる必要があるのだ。

 

 女の子は色々と大変だなあと改めて実感した俺は、サヤちんと筒状のアレを貸してくれた女の子に感謝をし、授業へと復帰した。

 

 

 

 

 

 

 五限目の授業中、俺を再び不調が襲った。案ずるな、今は大丈夫なはず。今朝と違い準備を済ませたのだから、今はただ耐えて忍ぶのみ。

 

 ――カチ、カチ、カチ。

 

 規則正しい時計の歯車が五月蝿い。普段なら気にならない些細な音が俺を不快にさせる。

 次第に腹痛は酷くなり、机の上で(うずくま)ってしまった。

 

「大丈夫? 三葉さん」

 

 大丈夫なはずがない。近くの席の女の子が気にかけ、声をかけてくれた。

 

「ごめん、結構きつい……」

 

「体調が優れないのかしら。ごめんね、宮水さんを保健室まで連れて行ってくれるかな」

 

 俺は女の子に連れられ、教室を出ようとした。

 

「おい三葉、大丈夫か?」

 

 テッシーだ。心配して声をかけてくれたのだろう。

 

「ああ、テッシーか。ありがとう。ちょっと重くて……」

 

 恥ずかしさから、言葉をぼかしながらテッシーに伝える。どうして恥ずかしいのかは自分でもよく分からない。

 

「なんだよ生理かよー、心配して損したぜ」

 

 釣られるように数人の男子がゲラゲラと笑いだし、女の子の日をからかっている。

 

 ――なんで、どうして、こんなに辛いのに。こんなに痛いのに。どうして笑っていられるのか。どうしてバカに出来るのか。考えるだけで悲しくなり、頬を一滴の雫が伝った。それは伝染するように溢れ出し、視界を滲ませていく。

 連れ添う女の子にもたれ掛かるように倒れ込み、俺の意識は途切れてしまった。

 

 

 

「はい、みんな静かに、一先ずは授業を再開しますね」

 

 数人の女の子が戻ってきた所でパンパンと手を叩き、中断していた授業を再開した。

 

 六限目も終わり、ホームルームが始まる前。

 からかった男子を集め、女の子たちが説明を始めた。

 

「あんな、テッシー、そうやってからかうから辛くなるまで言い出せないんやで」

 

「いや、でも……毎月あることだろ? そんなん慣れるんちゃうんか?」

 

 そうだそうだと言い出す男子。

 

 ――バン!

 

 早耶香が机を叩き、辺りが静まり返った。

 

「じゃあテッシー、頭痛とか、腹痛が毎月あるとするやろ?」

 

「お、おう」

 

「それが毎月来るからって、慣れると思うん? 痛いもんは痛いやろ?」

 

「生理と腹痛は違うだろ、一緒にすんなよ」

 

 屁理屈だとは分かっているが、自分の非を認めたくないのだろう。それが火に油を注ぐのは目に見えているのに。

 

「はぁ……生理痛のくすりってあるやろ? あれに『頭痛、生理痛に効く』ってCMとかでやってるやろ」

 

「そ、それがなんだよ」

 

「薬を飲まなきゃいけない程の頭痛。それと同じ痛さが、終わるまで長いと一週間も続くんやで」

 

「そんなにかかるんか?」

 

 他の男子たちも詳しくは知らなく、その長さに驚いている。

 

「表に出したらこうやってからかわれるから、みんな黙ってるだけやで。それで辛くなって、我慢できなくて、やっと言い出そうってなるんや」

 

 そうだそうだと女の子たちが頷いている。

 

「そんな辛いなんて……俺、なんも知らへんかった」

 

 自分がドレだけ酷いことを言ったのか実感が湧き、勅使河原は罰の悪そうな顔をした。

 「後で三葉には謝らないといけないな」と勅使河原が呟くと、他の男子たちも頷いている。

 

「はい、じゃあホームルーム始めるね」

 

 明らかにタイミングを見計らっていた担任が扉を開け、話を放課後の保健室へと託した。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……なんでこんなことになっちゃったんだろう」

 

 辛気臭い雰囲気に嘆息した三葉は、明日からの学校を想像し憂鬱な気分になった。

 ガラガラと扉が開かれ、ざわざわと声が聞こえてきた。

 

「三葉ー、開けてもええかー」

 

 この声はサヤちんだろう。鞄を持ってきてくれたのかと思い、許可を出した。

 カーテンが開かれると、そこには数人の男子たちとサヤちんが立っていた。

 

「ほら、謝るんやろ」

 

 小声のサヤちんに押され、テッシーたちは頭を下げた。

 

「ごめん! 三葉!」

 

 テッシーを皮切りに、次々と男子たちが頭を下げていた。

 ぼんやりとした視線でテッシーたちを見ていると、言葉を続けた。

 

「まさか生理があんなにも辛いなんて知らなくて……本当にごめん! 三葉! ごめんなさい!」

 

 「ごめんなさい」と他の男子たちも口々に謝罪し、重苦しい空気が流れてる。

 かく言う俺も、昨日までは女の子の日を甘く見ていた節があった。実感することで、その辛さを見を持って味わうこととなるとは想像だにしなかった。

 

「まあ、謝ってくれたんだし水に流すよ。ただし――」

 

 俺は人差し指を立てて、言葉を続けた。

 男子たちは真剣に指を見つめている。

 

「明日から……いや、今からはいつも通りに接すること。いいね?」

 

 悔恨を残さないように締め、俺は手を叩いた。

 パンッと乾いた音が張り詰めた空気を割るように反響し、空気を弛緩させた。

 

「じゃあテッシー、サヤちん、帰ろうか!」

 

「おう!」

 

「うん!」

 

 三人はいつもの仲良し三人組となり、帰路へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、瀧くんの次はいつも私やけど、やっばり戻ってくると安心すんねえ」

 

 自身の身体が連続する日はあっても、入れ替わりのまま朝をまたぐことはない。夢は必ず覚めるのだ。

 

「そのまえにトイレっと――」

 

 ビッグなコックの無い下半身に安心し、するりとパンツを下ろした。

 便座に座り、筋肉を弛緩させる。水が跳ねる音に共振され軽く身を震わせる。

 

 貯水タンクが空になり、ぽた、ぽたと雫がしたたっている。

 トイレットペーパーを両手でくるくると巻き取り、片手に巻き付けた束。手を後ろへ回し、水分を吸収させていく。

 トイレットペーパーを折り曲げながら拭いていき、ふと指に当たる()()()に首を傾げた。

 

「なんやろ……これ?」

 

 顔を覗かせるも、その紐がなにか掴めないでいる。服の繊維でも付いたのかと思い、ゴミを取ろうとした。

 それは長く、それは身体の内側をするすると蠢いていた。

 

「ひゃん!?」

 

 不意な感覚に思わず声が漏れてしまった。

 スポンと紐を抜き終わり、膨らんだコットンがぶらぶらと揺れている。

 

「これタンポンやん!」

 

 当然ながら三葉の物ではない。どこで手に入れたかを考えるより、女の子の日を男子に――瀧に味わわせたことを想像し、顔を赤くする。ゆでダコだ。

 

「うわーん! 瀧くんに初めてを奪われたー!」

 

 「もうお嫁にいけへんー!」とトイレで泣き出す三葉。

 

 ――この時、三葉は知る由もなかったが、タンポンで純潔が失われることなどあり得ない。膜と言われるが、正しくは筒に引っ掛かるように付いたヒダヒダのことだ。

 例えヒダに当たったとしても、タンポンはその隙間よりも細い。純潔を傷つけることなく使用ができるのだ。

 

 三葉はトイレの隅に置かれたゴミ箱にタンポンを入れ、新しい物を取り出そうとした。

 当然だが下に敷くタイプのやつ(ナプキン)だ。

 

「あれ? 切らしたんやったかな」

 

 予備が化粧ポーチに入っていると部屋へ戻り、鞄を開ければあらビックリ!

 

 鞄いっぱいのタンポンだ〜 ♪

 

「なんでこんなに買ってんねん!」

 

 タンポン

 タンポン

 タンポン

 タンポン

 

 鞄のどこを見てもタンポン。

 タンポン1年分きみにプレゼント!

 

「どこのカップラーメンよ!」

 

 バンバンと畳を叩く三葉。タンポンにツッコミを入れる姉を見ながら妹――四葉は口にした。

 

「今日もやばいわー」


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