君の名は。ショートストーリー   作:アンコール・スワットル

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おっぱいを揉む→賢者になる
おっぱいを揉まない→ギャグになる
全編ギャグなので短いです。ごめんなさい。
 


間に合いませんでした

 ――キーン、コーン、カーン、コーン……

 

「はい、じゃあ今日の授業はこれまで」

 

 起立、礼の僅かな時間がもどかしい。ああもう、早く終わってクレメンス。

 終礼まで少し時間がある。担任の先生が来るまでの数分、俺は一目散に廊下へと向かった。

 ――いや、()()()()()()()

 

「はい、じゃあこのまま終礼にしますね」

 

 迂闊だった。この授業は担任が受け持っていたのだ。俺は下半身を気にしつつ、まだかまだかと鈍足に流れる時間を焦れている。

 俺は今、尿意のみの女。全身膀胱人間である。尿意な三葉ちゃんは全身が膀胱帯。

 一触即発な水風船。水道破壊と成らぬべく、全身の筋肉を下半身へと集中させている。担任の声が水面を揺らすが如く、暗渠に溜まった水がぽちゃん、ぽちゃんと波紋を広げた。

 

 額を一滴の脂汗が流れた。握りしめた手はじっとりと湿っており、どうせ排出するのなら汗になれば助かったと溜息を――いや、今はまずい。ゆっくりと呼吸せねば、弛緩した筋肉が下半身へと伝染しかねない。

 瞬きが増え、傍から見ればトイレを我慢している人にしか見えない。越後製菓だ。

 

「はい、じゃあ今日はこれまで」

 

 日直の号令と共に俺は教科書たちを鞄へ詰め込み、脇目も振らずに廊下へと飛び出した。

 走れ、走れ、走れ。俺は競歩でトイレへと向かった。頭の中では必死に走っている。だが実際に走ってはいけない。それで教師に止められでもすれば、相対して別の水路が開きかねないからだ。

 

「な、なんだ……これ……」

 

 イベント会場のように(ひし)めく人、人、人。出入り口からはみ出る人の荒波に思わずたじろいでしまった。理由は不明だが、トイレが使えないのでは仕方がない。並ぶにも、待ち時間だけで蛇口が壊れてしまう。

 考えろ……考えるんだ俺。川から流れた水は瀧となり、無事下へと流れ着く。水は水へと還るのが世の(ことわり)。還る水とは即ち下水道だ。

 ならば零れ落ちることはない。俺の名前は瀧。その名の由来は飾りなのか? 否! 社会の荒波に揉まれようとも、巨大な瀧を取ることなど叶わないのだ。いや、これだと漏れてしまうな。やっぱ無し。

 

「家までダッシュすれば間に合うか!?」

 

 女の子のトイレは長い。ソースは自分。俺が女を捨てていれば男子トイレに入れたが、本来の俺は男。持っていな以上は捨てられないのだ。

 トイレを転々した果てに、行列に次ぐ行列が俺を待ち受けているだろう。無駄足を踏むより安全策。妥協案に逃げている感は否めないものの、漏れてしまっては元も子もない。覆水盆に返らず。

 

 この学校が上履きに履き替えるのかは映画のパンフレットを見返しても分からなかったが、俺はローファーで駆け出した。男であればエッチなことを考えて尿意から遠ざかれるが、今は女の子。そんな破廉恥な真似は恥じて然るべきだ。

 

「サヤちんとテッシーには後でメールしなきゃな……」

 

 先に帰った三葉を心配しているであろう二人を空想し、事が済んだら謝っておこうと胸に刻んだ。

 そうだ、こういう時は他ごとを考えて気を紛らわせるのだ。今頃三葉は何をしているかな。きっとカフェへ向かって電車に乗っている頃だろうか。木の渋みが良いとか、映画館じゃ聞き取り辛いから何とかして欲しい所だ。男二人で水族館――何も起きない筈もなく……いやいや、そんなの無いから!

 でも中身は三葉だもんなあ。女目線であいつらがイケメンに見えるかは分からないが、男が好きなのは確かだ。今の俺が男を異性として見られないのが証明している。ホモと勘違いされないだろうか。何も知らずにロッカーの鍵を脚に付けてサウナに入らないだろうか。

 

 そんな些細な事を考えている内に、俺は帰路へと辿り着いた。

 慌てて靴を脱ぎ捨て、トイレへと駆ける。淑女とは思えないドタバタとした足音を立てながら廊下を走り、トイレの前へと無事到着。

 胸を撫で下ろした気持ちでドアノブをひね…………?

 

「はいってまーす!」

 

 そこには、無慈悲にも、四葉の声が聞こえた。

 扉越しに喋る妹の声を聞いた俺は、最早絶望しか無かった。屠所の羊の様にがっくりと項垂れた俺を、更なる絶望が襲う。

 

 ――じょばー

 

 水道破壊され、温かい物が脚を(つた)った。

 ぽと、ぽと、水溜りとなった足元からは生暖かい湯気が立ち上っている。

 

「はぁー、すっきりしたー。お姉ちゃん、空いたよ……うわっ!」

 

 扉を開けた目の前が池となれば、誰だって驚くだろう。俺だって驚きだ。

 

 ――この時、瀧は知る由もなかったが、女の子はおしっこを我慢するのが苦手な体質なのだ。女の子の部屋。つまり子宮により膀胱が圧迫され、尚且つ尿道が短く、曲がっていない。男性であれば二つの筋肉により尿道を押さえ込めるのだが、女の子は一点で支えている。勃起することで精巣から排出される精液が膀胱への逆流を防ぐ役割を担っており、男性であれば更なるロスタイムを稼ぐことが可能となる。

 

 今の瀧は紛う事なき女の子。トイレトレーニングを熟したことで慢心してしまったのだ。慢心と安心は違う。人は失敗から学ぶ生き物であるが、今の俺はおっぱいから学びたい気分だった。

 

「ち、違うんだ四葉ちゃん! これは、その……」

 

 なにが違うのか。自分でも分からない。

 

「下半身の紐を最後まで結べなかった。これも、結び」

 

「お、お婆ちゃん!?」

 

 突然現れた祖母(一葉)に思わず振り向いた。足を踏み入れた水溜りがパシャンと撥ねる。

 

「おや……あんた、夢を見とるね」

 

 突如、俺の視界が暗転した。

 

「……はっ!?」

 

 目覚めると、そこは見慣れたマンションの一室。ベッドの上だった。

 下半身の不快さに布団を(めく)ると――

 

「瀧、ご飯が出来たぞー」

 

「お、親父!?」

 

 親父は目を細め、布団を一直線に射抜いている。

 

「左右対称のユーラシア大陸……か?」

 

「ロールシャッハかよ!」

 

 こうして俺の日常が幕を開けたのである。

 

 

 

 

 

 

「うわーん! 瀧くんのアンポンタン!」

 

()みたいに流れてるのはお姉ちゃんだよ!」

 

 そりゃそうだ。慣れ親しんだ身体に戻れたと思ったらお漏らしした直後。上から下まで泣きたくもなる。

 

「お互いに粗相をする。それもまた、結び」

 

「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 

 ちょいちょいと四葉が手を上下に動かしている。

 

「水も滴る良い女?」

 

「これじゃあションべくさい子供だよ!」

 

 どっとはらい


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