君の名は。ショートストーリー   作:アンコール・スワットル

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プールでしたくなっちゃった

 朝。目覚めると俺は床の低さで状況を確認する。

 そう、まただ。また今日も、この女――三葉の部屋で朝日を身体全体で感じている。

 

 あれ? 硬い……?

 

 息をするたびに締め付けられるような、軽い圧迫感を覚えた俺はパジャマの伸びた襟元から胸元を覗こうとして、それが叶わないことに疑問を抱いた。

 ああ、パジャマを新調したから襟元が締まっているのか。

 背中に手を伸ばし、胸の反対側をパジャマの上から摘むことで疑問は解決される。寝る前にブラジャーを着けていたのだ。ナイト用ブラは存在するも、こいつ(三葉)は着けていなかったはず。入れ替わりが始まって数日間はノーブラだったことがそれを証明している。

 

 ここまで来るともう慣れてきた。居るんだろうと思いつつ俺はふすまへと顔を向ける。

 顔をへの字にした妹の四葉が隙間から顔を覗かせており、冷たい視線を送られつつも俺の両手は当然、正位置(おっぱい)だ。

 そっとふすまを閉じた妹は「やばいわ……今日もお姉ちゃんやばいわ……」と呟きながら去っていった。仕方ないじゃん、そこにおっぱいがあれば揉むのは世の中の理と( ことわり )いうもの。おっぱいは世界であり宇宙そのものだ。

 だけど悲しきかな。今の俺が揉んでいるのはおっぱい。なのに両手から伝わる感覚はおっぱいを包み込む布生地(パッド)の柔らかさ。おっぱい此処に在らず。

 パッドでも良いか。重要なのはおっぱいを揉んでいること。例えパッド越しであっても、それはおっぱい。おっぱいなのだから。

 

 俺はスマホを確認しつつ、おっぱいを揉んでいる。人間はどうして手が二つあるのか。それはおっぱいを揉みながら作業を続けるためじゃないかな。おっぱいは希望を与え、夢を叶えてくれる。俺はおっぱいを揉むことで今日の活力を培うのだ。

 日記に書かれた「重要! 超重要! オメガ重要!!」の件名を見た俺は不思議に感じた。それほど重要な案件なのに、今朝の妹は普段となんら変わりなかった。身内の不幸とは違う。それは確定だ。

 なら友人の不幸? いや違う、哀しくて日記すら書けないだろう。

 兎にも角にも開かなくては解決しない。緊張の面持ちで件名に触れた俺を突きつける一文。

 

『今日の体育は水泳! 絶対に休むこと!!』

 

 なる程。ナイスおっぱい。違った。ナイス水着回! スマホではなく揉み続けるおっぱいへ思考を移してしまった。

『女子更衣室へ入ったら――』

 この一文が俺を悩ませる。体操着への着替えはまだ良かった。使われていない空き教室で手早く着替え、早足で授業に間に合わせられたからだ。

 しかし着替えるのは体操着ではなく水着。スクール水着だ。あの時は誰とも出会わなかったが、今回も見られないとは限らない。下着姿ならまだ良かった。いや良くはないけども、まだマシだ。それが水着ともなれば全裸になる必要がある。産まれたままの姿を人目に晒す。俺だったら翌日どころかその日から不登校に成りかねない。年頃の女の子。男子に見られればその裸体は学校中へ広がり、それを知った三葉の報復を考えるだけでも身の毛がよだつ思いだ。

 仕方がない、今回ばかりは体育を欠席しよう。諦めた俺は仕方がないと泳ぎたい欲求を抑え込み、制服に着替えることにした。

 

 着替え……それだ!

 

 なにも学校で着替える必要はない。予め下に水着を着てから制服で着替えれば、学校で全裸にならず、誰かに見られずに済みそうだ。善は急げと、俺は鞄の横に置かれた袋から水着を取り出し、広げてみた。

 上と下の下着が一体化している。着ている姿は何度も目にしたが、こうして実物を目の当たりにしてみると、どうしてこう違和感を抱くのだろう。

 一体化している服ではワンピースが有名だろうか。ワンピースは下からばんざいをして着る。こうして上から足を通すのはスクール水着くらいだと俺は思う。ズボンだと違和感が無いのに、シャツを上から着るのはどうも落ち着かない。なんて表現したら良いのだろうか、ランニングシャツを首から足を通して着るのに似ているだろう。なんだその例え方はと周りは笑うかも知れない。だけどスクール水着を男の俺――今は女の子の姿だけど――が着る感覚を例えるなど無理難題。スクール水着に似ていると話題の○ニクロ製タンクトップ。エアリズムの紺色を上から着ると、その感覚が掴めるだろうか。流石に上下一体とまではいかないが、その色、質感はまさにスクール水着そのもの。裏地として透けてしまえばスクール水着と区別が付かないほどだ。

 今も売っているかは定かではないが、それならスクール水着を買って着れば体感できると思う人は多いだろう。違う、何も分かっていない。可愛い女の子が着るから絵になるのだ。大人になってから着てもコスプレでしかない。なら代用品を着て「これスクール水着じゃないよ!」と言い訳の聞くタンクトップに部がある。スクール水着を中に来て出歩くのは気恥ずかしいが、タンクトップであれば町中を闊歩しても問題ない。スクール水着じゃないから恥ずかしくないもん。

 閑話休題として、タンクトップを中に着て学校に行けば――じゃなかった、スクール水着を制服の下に着れば、着替えるときに脱ぐだけで済む。これなら全裸を見られる心配もないし、更衣室でないから三葉とのルールも破ってはいない。完璧な作戦だ。

 俺はスクール水着を着て――着るというか履くというか、なんか変な感じがする。そしてこのフィット感。ブラジャー以上の密着感。全身を包み込むような感覚に襲われ、着ているのに身体の輪郭が明確になり全裸よりもエロティックで、淫猥な下着と錯覚しかねない。

 滑らかな触り心地で、すべすべな女の子の肌とはまた違った気持ちよさを感じる。水着越しに伝わる感覚がぴりぴりと染み渡り、女の子は全身が性感帯との所以を身を持って味わう。なだらかな丘陵地は水着の裏地に守られ、その熟れた果実は内に秘められている。

 

「もう、着替えるだけで何分かかってんの!」

 

 畳の上で水着姿になる女子高校生。それをふすまの隙間から覗き込んでいた妹。なんて言うかすごくシュールだ。

 

「よ、四葉ちゃん!? み、見てたならすぐに教えろよ!」

 

「そんなん言われても、スクール水着片手にぶつぶつと独り言を呟くお姉ちゃんにかける言葉なんて浮かばなんよ」

 

「うぐ……」

 

 言葉に詰まる俺。反論の余地なく俺の負けだ。「ちゃん……ちゃん?」と不審者を見るように目を細めた妹は、いつものことかと溜息を()きながらその場を後にした。

 差し迫る時間に俺は慌てて制服に着替え、リビングへと早々に向かう。

 

 うう、下にスクール水着を着ているのに全裸のような感触。一糸纏わぬ姿から制服を着ている。そんな感覚だ。

 

 

 

 

 

 

 空き教室で着替える時、俺はいつも疑問に思う。靴でプッシュ式の鍵を解錠して以来、施錠されていないのだ。いくら使用頻度の低い教室とは言え、当直の教師が見回りに通るはず。扉や窓の開け閉めを確認しないのは些か不用心ではなかろうか。

 そこまで考えたところで、ここが田舎だと思い出した。田舎では住民全員が顔見知り。鍵を掛ける概念が失われつつあると漫画で読んだことがある。なる程、電車もままならない田舎で問題を起こしに来る人なんて後にも先にも居ないのだ。これが事件として表面化すれば対策を講じるだろう。それがされていない、つまり問題として挙げられていない証拠だ。これは問題が発生していない証明には成り得ないことを履き違えてはいけない。

 

 さて、俺は慣れた手付きで制服を脱ぎ、物の数十秒で水着姿となった。なんせ上と下を脱ぐだけで水着少女。早着替えも真っ青の脱ぎっぷりだ。

 いくら人目に付かないとは言え、廊下をスクール水着で歩くのは気恥ずかしさが残る。俺は巻きタオル(ラップタオル)で顔から下を覆い隠し、プールに向かって直進した。

 この学校を俯瞰した時はプールなんて見当たらなかったので本当にプールがあるのかと半信半疑だったが、まさか隠れた位置にプールがあるなんて想像だにしなかった。

 着替え終わった生徒たちの列に合流した矢先、半笑いとなる周囲を割るように現れたサラちんに呆れ顔で指摘される。

 

「あんな三葉、帽子をそのまま被ってどうすんの?」

 

「え?」

 

 言ってる意味が分からない俺に見兼ねた様子のサヤちんは、水泳帽子(スイムキャップ)を外し髪の毛を纏めていく。その上からキャップを被せ、見事というかなんというか、完全に髪の毛が隠れてしまったのだ。ロングヘアーではないがそこそこの長さだった髪の毛。それを覆い隠す手腕は流石と言うか、伊達に十数年女の子をやっていないなと痛感させられる。

 学校指定の帽子(メッシュキャップ)ではプールの塩素を防ぎきれず、髪の毛を収納していても傷めてしまう。これは排水口に長い髪の毛が吸い込まれるのを防ぐ役割があり、校則で髪の長さを制限される学校。男子の髪の毛では危険に程遠い長さ故に、俺が水泳帽子の正しい被り方を知らなかったのだ。言い訳ではないぞ。

 

 ラジオ体操を終えた俺は早速飛び込み台(スタート台)に立ち、飛び込みの体勢を取った。

 

「こら!」

 

「うひゃっ……」

 

 腰を擦りながら振り向くと、先生が俺の勇姿を阻もうと腰あたりを突いたのだ。殴るのはご法度な今のご時世。怒る方も大変だなと先生の心中を察した俺は飛び込み台を降りることにした。飛び込み台の上から突くのも、うっかり落ちそうで危なっかしいが、怒られる時間を増やしても仕方がない。ここは素直に非を認めよう。

 そりゃ分かってましたよ、はい。だって他の子たちはプールの中から待機してたもん。でも男なら女の子の前でカッコつけたいと思うじゃん。今は女の子の姿だけども。

 

 仕方がないとプールに入った俺は、開始の合図と共に潜水し、短いながら距離を稼いだ。潜水できる距離は定められているため、頃合いを見て浮上し両手をグルグルと動かした。ぴんとくっつけた両足を魚の足ひれのように滑らかに動かし、水の流れを掴んでいく。

 腕を下ろす勢いで顔を上げ呼吸し、体格が違うため速さは分からないが、自分でも満足のいく泳ぎっぷりだと自負している。

 25mを泳ぎきった俺はしたり顔で振り向くも、左右のレーンでは誰も泳いでいない。首を傾げた俺が横を見ると、そこには泳ぎ終わった女の子たちが既に上がっているではないか。

 俺の有志に見惚れていたのだろう。何人かの女の子は拍手で出迎え、「流石ですわお姉さま」と惚けた瞳で見つめている。

 もしかして泳いでいたの俺だけ? このまま中に居ても仕方ないかと、疑問を他所に俺もプールから上がることにした。

 

「どうよ! お……わたしの泳ぎっぷり!」

 

「あんたねえ……」

 

 片手を頭に持っていき、やれやれとした表情となったサヤちん。勢い余って俺の方がポロリか!? と胸元を確認するもスクール水着ははだけない。

 

「みんなクロール泳いでんのに、一人だけバタフライ泳いでどうすんのさ」

 

「最初に泳ぐと言ったらバタフライだろ?」

 

「それはメドレー! 授業では泳がんよ」

 

 水泳の授業は年に十回あるかないかだ。そんな頻度でバタフライを教えている暇などない。溺れないために泳ぐのであれば平泳ぎで十分だし、背泳ぎすら授業では習わない。

 平泳ぎならまだ部があっただろう、それがクロールだ。俺がどれだけ頑張ろうとバタフライでは勝てるはずもなく、圧倒的な敗北を味わう羽目となった。

 

「サヤちんサヤちん」

 

 全身を動かしたことで膀胱が刺激されたのだ。そわそわした俺はサヤちんをちょんちょんとつついた。

 

「あの……その、お手洗いに」

 

「あーはいはい。先生には言っとくから行っといで」

 

「恩にきる!」

 

 プールの側に設けられたトイレへと駆け込んだ俺は便サン(便所サンダル)を履いて個室へと駆け込んだ。

 

「ふう、ギリギリセーフ!」

 

 和洋共にマスターした俺に最早死角なし。どんなトイレでも掛かってこいと意気込む俺。

 

 

 

 

 

 しかし――

 

 

 

 

 

 ――そのトイレは、非情だった。

 

 

 

 

 

「ぬ……脱げない……だと!?」

 

 そこにあったのは見慣れた和式トイレ。しかし和式トイレは遥か遠く、俺の知らぬ高みから嘲笑うかのように見下ろしていた。

 今の俺は一体型水着。その名をスクール水着と呼ぶ。脱げないパンツはパンツにあらず。

 どうやって出せば良いか考えろ。考えるんだ俺。思考を回すも、今の俺では回答に辿り着けない。いや、正しくは辿り着けている。いくら個室とは言え学校のトイレで全裸になるのは恥ずかしく、トイレに行くたびに女の子がはだかんぼうになるとは到底思えない。なにか正しい手順があるはずだ。

 まさかとは思うが、このまま水着越しにするのだろうか。そこまで考え、流石に違うだろうと棄却する。

 このままでは俺の膀胱がパニックラビリンス。水も滴るいい女が、おしっこ臭い赤子へと降格処分だ。トイレで泣くのは赤子で卒業したはず。

 

 こんな思いをするくらいなら、トイレ物のビデオを見ておくべきだった。トイレ物に水着編があるかは置いておくとして。なんとかして用を足せないかとクロッチを弄る俺は、とあるビデオを思い出した。

 あれは確か、制服物だったはず。放課後の教室。男女二人で何も起きないはずもなく、自然と異性を意識してしまう。この監督には強い拘りがあり、全裸でやるならシチュエーションなど無用の長物。当然だが映像の彼女は学生ではない。制服を脱いでしまってはただの女性。着衣でやらなくて何が制服物だ! その熱い思いに共感した俺は打ち震え、今でも感動は色褪せず脳裏を彷徨い続けている。

 

『パンツずらしセックス』

 

 正しくは『ずらし挿入』と言うが、今の俺は放出、真逆の行いだ。

 しゃがんだ姿勢でスクール水着のクロッチを横へずらした俺は、その心地よさからお花畑を空想した。

 とろけた表情の俺は、風船の空気が抜けるように元の正しい形へ戻っていく安心感から思わず嬌声を洩らしてしまう。

 

 これから本格的な夏が始まる。水泳の授業でも恙無(つつがな)く対処できた俺。

 今度こそ、最早敵無しだろう。流石にスクール水着でのトイレ以上の状況は有り得ない。ガッツポーズをした俺は洗った手をぱたぱたとさせ、泳ぐ前に再びシャワーを浴びた。

 

 トイレの横で顔を赤くしたクラスメイトが居た気がするが、努めて無視をする。

 彼女がラブレターを送った(きみ)なことも無視しておこう。

 

 

 

 

 

 

「バ、バカな……」

 

 下着が……無い……だと!?

 水泳を終えた俺。平穏無事に終えたはず。なのに……なのに……下着を忘れてしまうとはなんたる不覚! 圧倒的敗北! ハイボール!

 真の敵は己とはよく言ったものだ。まさか自分に負けるとは。

 違う、ノーだと言ってくれ! 頼む……両手を合わせ、再び鞄を開けるも、そこには制服しか入っていない。

 

 うう……どうすんだよこれ……助けてよサヤちん。

 もしかしたら予備の下着を持っているかも知れない。都合の良いことを考えながらスマホでメッセージを送信する。

 

 十秒も経たずに返ってきたメッセージ。

 

『保健室に替えの下着があるで』

 

 渡りに船! 俺はサヤちんにスマホ越しながら感謝を示し、俺みたいに忘れた生徒のためにと下着を常備している学校へも感謝をする。感謝……圧倒的感謝!

 

 

 

 

 

 

 翌日、いや翌々日、三葉のスマートフォンに新たな一文が追加されていた。

 

『バターフライ禁止!』

 

 you! 揚げてどうするんだyo!

 俺はアメリカンに返答し、一日一胸。

 今日もいいおっぱいだなあ。

 

「お姉ちゃん、今日もやばいわ……」


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