春。
とうとう僕は高校生になった。
泥門ではなく、王城の生徒になって。
「原作」なんて全く意味がなくなっていた。これはまあ前からだけど。
僕は自分の意思でここにいる。
泥門時代のアメフトメンバーは今どうしているのか?
同じように泥門高校に入学していた場合、
泥門にアメフト部はないのでそのまま普通の高校生活を送ることになるだろう。
少し気になったけど、調べるようなことはしないようにした。
僕しか知らない知識で、その人がアメフトをやっていないからといって、
アメフトに出会っていればもっといい高校生活を送れていたのに。
と考えるのはこの世界に生きる人たちに失礼じゃないかと考えたからだ。
アメフトに出会えなければ・・・
雪光さんは勉強漬けの生活なのだろうか。
十文字さん達三兄弟は不良のままだろうか。
小結くんは何かを見つけられるだろうか。
瀧くんはアメリカに行ったままなのだろうか。
そして、一番の親友、モン太は・・・・・・
僕やヒル魔さんが誘わないで野球を辞めるとは思えない。
誰もが、何かを見つけられるかもしれないし、見つけられないかもしれない。
もっと打ち込める何かを見つけるかもしれない。
そもそも、泥門時代と同じという前提も不確かなものだし。
それは、唯一無二のこの世界に生きる人達が自分で決めることに価値があることで、
僕の妙な知識が正しいわけでは決してない。
まあ、要するに、
なるようになるのが一番ってことで。
・・・・でも、やっぱり寂しいという気持ちもある、そう簡単には割り切れないや。
彼女がいてくれなければ、また少々落ち込んでいたかもしれない。
「あ、セ~ナ~!」
と、僕に声をかけてきたのは、新品の王城の制服に身を包んだ鈴音だった。
鈴菜も今年から王城生だった。
なんと一般入試で合格した。
合格理由には、まもり姉ちゃんの存在が大きい。
僕経由で鈴音とまもり姉ちゃんが知り合い、
二人はあっという間に意気投合し、「まも姉」「鈴音ちゃん」と呼び合う仲になった。
まもり姉ちゃんも去年、王城の入試を受けて合格しているので、
その傾向と対策を鈴音にみっちりと教えてくれたのだ。
泥門時代は鈴音は学校が違ったので成績はよく知らなかったが、大したものだと思う。
一緒にいてくれるなんて嬉しい限りだ。
お互いの呼び名も「セナ」「鈴音」と慣れ親しんだ呼び方に戻っている。
「なるようになれ」と考えてはいるんだけど、やはり落ち着く。
・
「同じ学校だね、鈴音、これからよろしく」
「うん!一緒に頑張ろうね、セナ」
「一緒にって言うことは、鈴音もマネージャーをするの?」
泥門時代に盛り上げ隊長をしていたから、王城でもそれを勧める。
なんてことは僕はしなかった。どうするかは彼女が決めてほしい。
「ん~、私はまも姉えみたいに頭よくないし、
サポートよりも応援するほうが性に合っている気がするんだ、
だから、私はチガガール部に入ることにしたの、アメフト専門の応援部よ」
「・・・・そうか、うん、いいと思うよ」
鈴音は鈴音だった。変わらない。
違った道を歩んでも「それはそれ」と考えるようにしていたけど、
やはり嬉しいものは嬉しい。
「ホント!いいと思う?」
「もちろん、鈴音が応援してくれるなら元気出るよ」
これは確信を持って言える、事実だし。
「へへへ~」
と、鈴音は照れてはにかむように笑う。
呼び方だけではなく、話しぶりも変化が出てきた。
お淑やかな振る舞いだったのが、だいぶ元気が出てきた。
かと思うと、話す際の立ち位置が泥門時代の頃よりさらに少し近くなった気がする。
以前は話ながら歩いている時は、ローラーブレードを滑りながら先を進んでいたけど、
今は必ず僕の隣を歩くし、普通に話をしている時も、僕の正面に立って、じっと目を見て話す。
以前のように何かをしながらというのがなくなった。
同じテーブルに座って話をしている時など、気づいたらびっくりするくらい顔が近かったりする時がある。
話に夢中になって身を乗り出して喋る。ではなく、顔が近いのだ。
そういう時の鈴音はぼうっとしていることが多い、いや、考え事をすることが多いというべきか。
鈴音ってまつ毛長いんだな~って見ていたら、鈴音が顔が近かったのに気づいて慌てて離れて、
顔を真っ赤にして俯いて、チラチラと上目遣いで僕を見上げてくる。
泥門時代とは違い、鈴音は明らかに照れ屋になっているように思う。
些細な違いだけど、僕は、今の鈴音は可愛いと思う。
もちろん、そんなことは恥かしくて言えないが。
いや、顔は以前から可愛いとは思ってはいたけど、鈴音はかけがえのない親友だ。
確か、帝黒の偵察に大阪に行った時など、モン太と三人でネットカフェに泊まったのに、
鈴音が女の子だと意識しないで普通に同じ部屋で寝ていた。
今は・・・・無理だな絶対。意識してしまって寝れないと思う。
・・・・いかんいかん、自重しないと。
鈴音は僕にとって、身近で友人でいてくれる貴重な人なんだから。
・・・しかし、僕がそんなことを考えるなんて、僕も変わってきたように思う。
僕は、泥門時代の「小早川瀬那」ではなく、「小早川セナ」なんだ。
って、またアメフトから思考が外れている。
心って難しいな・・・・もっと集中しよう。
結局、鈴音の想いには気づかない、とことんまで鈍いセナだった。
・
入学初日から練習が始まった。
一年生も結構いる。全員で70人くらいいるみたいだけど、すぐ辞めて半分以下になるとか。
残念ながら雲水さんのように泥門時代と違う進路の人はいないようだった。
と言っても、知っている人が二人しかいないので不確かだけど。
一人目はマネージャーの、確か、若菜さんだったと思う。話したことはない、と思う。
周りは皆、可愛い娘だと言うけど、そういうのはよくわからない。
二人目は、ランニングバックの猫山君。泥門時代の王城との二度目の対戦時、
前半終了間際にタッチダウン寸前の王城のランニングバックをタックルで倒したが、
その相手が猫山君だった。当然話したことはないけど、何故か印象に残っていた。
後、元々知っていた人が二人。
チア部に入った鈴音と、
今年からマネージャーをやってくれることになったまもり姉ちゃん。
去年は生徒会と風紀委員も兼任してて、アメフト部のマネージャーは臨時の手伝いのみだったそうだけど、
今年からアメフト部を最優先にしてくれるのだそうだ。
・
練習初日。
「よーし、まずは一年生全員の40ヤード走のタイムを計るぞ」
庄司監督の指示に、何か器械が用意された。
レーザー測定器とやらで、ストップウォッチより正確に百分の一秒台までタイムが計れるのだそうだ。
僕は最後だった。
「位置について、よ~い、スタート!」
・・・・・・・・どんどん走って計られていくが、5秒切る人はほとんどいないな。
確か、高校生で4秒8出せればどこ行ってもエースだとか昔ヒル魔さんが言ってたような。
「猫山、4秒82!」
お、出た、エース級。猫山君は泥門時代も攻撃のレギュラーだったし納得。
「速いな」
「ええ」
「他の高校ならエースだったな」
「今年は彼がいますからね」
庄司監督と隣にいる高見さんが話している。
「では、最後、小早川!」
出番だ。
・
ざわざわざわざわ・・・・・・・・・
彼がスタートラインにつくと、周りがざわついて、すごい人数が集まってきた。
「おい、あの小早川セナが走るんだってよ」
「え、あの中学MVPの?」
「知ってる、雑誌でも日本最高のランニングバックだって書いてた」
「あ、私も雑誌で見た、すご~い、本物だぁ!」
「どんな速えんだろ?」
「でも進さんの4秒4は超えられないだろ」
「いや、最後の大会で超えたって噂だぜ」
「あれがセナ君? かっこい~」
「やかましい!!!」
騒然としてた所を、庄司監督が一喝して黙らせた。
・
「・・・・・・・・ふう~」
スタート地点に着いて、ゆっくりと息を吐く。
それだけで騒がしかった周囲が静かになる。
自分に必要な音以外を無意識にシャットダウンしてくれる。
それと同時に、周りの動きがスローモーションになっていく。
周りが水の中で動いているような、それでいて自分だけが陸にいるような。
集中力が増しているのだろう、最近はこれを意識的にできるようになってきた。
意識を体内に向ければ、筋肉の収縮などの躍動、血液が体内を駆け巡る様が感じ取れる。
ギュンギュンと感じ取れる、気がする。実際気のせいだろうけど、そんな気がする。
「位置について」
自分の身体を完全にコントロールしているという確信がある。
なんでも出来る気がする、というのは重要な自己暗示だと思う。
「よ~~~~い」
ビデオのスロー再生を見ているように、声が間延びして聞こえる。
「・・・ス」
飛び出せるよう脚に力を溜める。
「・・・ター」
遅い、まだか。
「ト」
力を解放した。
・
・
「こ、小早川・・・よ、4秒09!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
さっきまでの賑わいが嘘のように静まり返った。
そして、次の瞬間、歓声となって爆発した。
「す、すっげぇ~~~!!!」
「マジかよ~!」
「え、これって、日本最速?」
「バッカ、世界最速だよこんなの」
「即、プロ入りできるレベルじゃない?」
「これでまだ高1って・・・・」
「・・・・・・・これほどまでとはな」
庄司監督も流石に言葉が出なかった。
「すごい、予想以上ですよ、彼は」
高見も少々興奮して監督に同意していた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
周りが大騒ぎする中、進と桜庭だけが、一言も発せずセナを見ていた。
しかし、二人の胸中はまるで違っていた。
進はこの時、うっすらと微笑んでいた。
それは、頼もしい味方が来たことによる笑みであり、同時に、
自分に匹敵、もしくはそれ以上の好敵手を得たような楽しそうな笑顔だった。
(・・・そうだ、セナ、そうでなくては困る)
一方の桜庭は、笑みどころか、凍りついていた、動けなかった。
(・・・これが・・・・・これが、天才、小早川セナか・・・、
・・・あの進に匹敵するという・・・・・・・・
一体、彼はどんな高みにいるんだ・・・・追いつける気がまるでしない、
・・・・勝てるわけがない・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・でも!・・・・それでも、俺は・・・)
端から見れば泣いているようにも見えたが、幸いにも誰にも気づかれなかった。
いや、一人、桜庭の様子に気づき、しかも彼の内心を正確に見抜いた人物がいた。
金剛雲水。
同じように天才が側にいた彼にとって、今の桜庭の苦悩は手に取るようにわかった。
そして、彼の心が折れていないことも。
だから、声はかけなかった。
(・・・大丈夫だ、桜庭、お前は強い、諦めないお前が弱いわけがない)
かくして、新生王城ホワイトナイツはスタートした。