アイシールド21 強くてニューゲーム   作:ちあっさ

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28th down 帝黒学園

車は帝黒学園の校門前に到着した。

 

「ここって通天閣のすぐ南じゃないですか、帝黒学園ってこんなとこにあったんですね」

階段の下から校舎を見上げてセナが言った。

 

元スパワールド世界の大温泉の入り口の階段を昇降口とし、ホテルや温泉施設が校舎、グラウンドが天王寺動物園と周囲一帯の必要な施設を買い取ったのが帝黒学園だった。

 

「じゃ、どっか行ってろ阿含」

 

さらっとヒル魔が言う。

阿含を帝黒に見せたくないのでセナを連れてきたのだからそう言うのは当然だろう。

 

「姉崎さんが街を案内してくれるならいいぜ」

 

と阿含が当然のように返す。

ヒル魔にそう言われてあっさり承諾するくらいならそもそも一緒に来ていない。

 

「私は監督に偵察してこいって言われているので無理です」

 

(だろーな)

 

即答で断るまもりに心中で納得する阿含。

まもりの返答は阿含も予想していた。

では次にどうするか?

阿含の脳内で選択肢が表示される。

 

①「そんなこと言わずにさ、カニの美味しい店知ってるんだ、行こうよ」と更に誘う。

②「しょーがねーな、一つ貸しだぜ」とヒル魔の言う通り大人しく去る。

③「俺も戦うぜ」と残ってセナと一緒に大和と戦う。

④「ここは俺に任せて行けセナ」と言って一人で大和と戦う。

 

(その辺の女なら①で充分だろう、しかし姉崎は雲水に匹敵するほどクソ真面目のようなので間違いなく断られる上に俺の好感度も激減する、駄目だ。

②だと何しに来たのかわからんので問題外と。

③だと間違いなく好感度アップだが正直メンドクセェ。大体なんで俺があんなチビカスバケモンと組まなきゃならんのだ、これもなし。

④は③より更にメンドクセェが姉崎が俺だけを見てくれる点が美味しい。セナを助けたってことで感謝もされる、これか。

 

…超やりたくねぇが、高く飛ぶ前にかがむのだ。今は耐えるのだ俺、あんな上玉滅多にいねえ、今でもその辺のグラビアアイドルよりいいスタイルしてるのに後数年もすればすげえ美人に成長するのは間違いない。あの女をゲットするためには打てる手は全部打つぜ、答えは④だ)

 

まもりが即答してからここまでの阿含の思考時間は1秒足らず、相変わらず神速のインパルスの名に恥じない才能の無駄遣いをしていた。

 

「ここは俺に…「ねえ、おなか空いたんでちょっとその辺ブラブラして来ていい?」

 

4番を選んだ阿含がまもりを意識してキザッぽく言い始めたのを被せるように言ったのは鈴音だった。

 

大阪へ来たのは初めてだったのか、車の中よりもテンションが高い、ウズウズしているのかその場で足踏みしながら今にも飛んでいきそうだ。

 

「鈴音ちゃんお腹空いてたの?でも一人じゃ危ないんじゃないかしら、新世界の中でも通天閣付近は明るい雰囲気なので大丈夫ぽいけど、あの道幅の狭いアーケード通り、南陽通商店街って言う所はちょっと怖くない?」

 

まもりが鈴音を心配して言う。

 

「全然大丈夫だよまも姉え、ジャンジャン横丁って言われててレトロな雰囲気が観光客を集めて家族連れとかも来てるんだよ」

 

車内で携帯で調べてたのか既に行く気満々な鈴音。

 

実際は一人でアメリカに行って兄を探して放浪するくらいの気概を持った娘なので大阪の街くらい全く問題ないのだが。

 

「だからって一人で行くのは…」

 

そんなまもりと鈴音のやりとりを聞いていたヒル魔だが、何かピンときたのか口を挟んだ。

 

「確かに一人じゃ~危ないな、誰か付き添ってくれる親切な人いないかなー」

 

と、わざとらしく言うと露骨に阿含を見た。

全員が釣られて阿含を見る。

考えてみればこの中で暇なのは阿含しかいない。

 

阿含は全員の視線を確認すると大きく溜息を吐く。

 

「阿含さん…」

 

「いーよ、姉崎さん、今回は一つ貸しだぜ」

 

何か言おうとするまもりを制して阿含がヤレヤレという感じではあるがあっさりと承諾した。

 

「あ、はい」

 

(なんだかんだで鈴音ちゃんの面倒を見てくれるみたいだし、貸しとか言ってるのは照れ隠しみたいなものだろうから、思ってたよりいい人なのかな?)

 

と、まもりの中で阿含の好感度が上がった。

 

しかしこれはまもりから貸しを作るという言わばヒル魔と阿含のコンビプレイだった。

当然打ち合わせなどしていないが、ヒル魔が無意味な言動をしないのは阿含はよく知っているのでヒル魔の露骨なセリフに意味があると考え、ベストのセリフを選択した結果だった。

 

(よっしゃあ!結果オーライ、でかしたぞヒル魔ぁ、彼女から譲歩を引き出せるなんて来た甲斐があったってもんだ、これは大事に使わんとな、ザコな奴ならデートしてくれとか言うところだろうが、俺は違うぜ)

 

面倒そうな表情をしていたが内心は大喜びな阿含だった。

 

まもりの方も貸しだと言われてあっさりと引き受けたのは彼女自身の自己評価にある。

自分の評価が低いのだ。彼女は自分がどれだけハイスペックなのか自覚していない。

 

成績も学年上位だし、容姿は男子生徒の間で秘密裏に行われている王城美少女コンテストでトップ3に必ず挙げられるくらいなのだが、彼女は気付かない、気にもならない、それはセナがいたから。

 

小学生の頃から日本屈指の才能を見てきたまもりにとって、少々の成績の良さや容姿など彼の圧倒的な天才の前では如何程の価値も感じなかったのだ。

 

この関係は阿含と雲水に似ているが、性別が違った為に拗れなかった例といえよう。

 

更に周囲から自分に向けられる好意に鈍感であった為に今回のような安請け合いをしてしまったのもある。

 

「え~と、鈴音だったな、何か食いたいのあるか?」

 

「カ~~ニ~~!!!」

 

二人は何か話しながらズンズン行ってしまった。

 

「じゃあ行くぞ」

 

二人を見送るとヒル魔達は帝黒学園に入っていった。

 

 

「おう、ヒル魔やないか、久しぶりやな、また偵察か?」

 

出迎えたのは帝黒アレキサンダーズの主将、ヘラクレスこと平良呉二だった。

 

「おう、来てやったぜ、プレイブックが更新されたそうだな、寄こせ」

 

当然のように手を出すヒル魔にまもりは苦笑いして、

 

「ヒル魔さん、いくらなんでもそれは…」

 

と言いかけたところ。

 

「ほいよ」

 

と、あっさりとヘラクレスは電話帳くらいあるプレイブックを渡した。

 

「え、いいんですか?プレイブックってチームにとって重要なんじゃ…」

 

尋ねるまもりにヘラクレスは手をぶんぶん振って。

 

「ああ、ええねんええねん、研究でも何でもしたらええねん、やれるもんならやってみいってゆうこっちゃ」

 

朗らかに答えるヘラクレス。

 

「それにな…自分の手の内は明かし、正々堂々と戦う…これが横綱の矜持っちゅうもんや」

 

「……」

 

「って横綱って相撲やんか~い!」

 

誰もツッコんでくれなかったのでセルフツッコみするヘラクレスだった。

 

「「…は…はは」」

「…」

 

圧倒されて愛想笑いというか苦笑いしか出来ないセナとまもり。

これどうするんだとヒル魔を見れば彼はスルーしてプレイブックをパラパラめくって見ている。

ヘラクレスは何故かドヤ顔でこちらのリアクションを待っている。

 

そんな凍りかけた空気を救ってくれたのはこの場に響き渡った女性の悲鳴だった。

 

「あ~~!セ、セナ君やぁぁ~!」

 

と、奇声をあげながら走ってくる女生徒がいた。

スラリと背の高い髪の長い女性、知った顔だった。

 

「おお、花梨やないか、そう言えば花梨はセナ君のファンやったっけな」

 

「ええっ、何で知ってるんですか?」

 

「ブログで書いとったやないか」

 

「アドレス誰にも教えてへんのに」

 

「ブログ立ち上げて三分で見つけたで。次からは足跡残しといたるわ」

 

「う~わ~、見られてたんか、知られてたんか~!」

 

ヘラクレスと花梨の漫才みたいなやりとりのおかげで凍りかけた空気は霧散した。

小泉花梨はアメフトどころかスポーツをやるようには全く見えない華奢で儚げな雰囲気を持った美人だ。

阿含がこの場にいたら、こんな美人のQBがいたのなら引き抜かれてやってもよかったなと思うだろう。

 

この二人のやりとりは見てて和むなあとセナが思っていると、花梨がハッと思い出したようにセナを見ると、カバンの中をごそごそ探りながらセナの前までやってきた。心なしか震えているように見えた。

 

花梨がカバンから取り出したのは色紙だった。

それを両手でセナに差し出すと、

 

「せ、セナく…小早川さん、ウチ、大ファンなんです、サインくだちゃい」

 

と、大きな声で噛んだ。

 

 

「やあ、セナ君が来てるんだって?」

 

グラウンドに移動した一同の所に長身の爽やかなイケメンがやってきた。

 

「来やがったな、大和猛」

 

それを見たヒル魔がニヤリと笑う。

彼の本気を見てみたい。

そう考えてヒル魔が立てた今回の大阪遠征の目的がやって来た。

 

その大和猛はまっすぐにセナの前までやってくると、セナの手を取って笑顔で言った。

 

「始めまして、小早川セナ君、ボクは大和猛、会えて嬉しいよ」

 

歯がキラリと光るような爽やかな笑顔で挨拶した。

 

「始めまして大和くん、小早川セナです、お邪魔しています」

 

しっかりと手を握り返して挨拶を返すセナ。

 

もちろんセナの記憶の中では高校大学と何度も対戦している所謂戦友とも呼べる間柄だが、

ここでは当然そう挨拶した。

 

「ん?ところで花梨はどうしてあんなに落ち込んでいるのかな?」

 

「ああ、そっとしといたり、憧れのセナ君相手に噛んでもうてな」

 

「気にすることないじゃないか、相手に誠意が伝われば噛んだって問題ないさ」

 

「…噛んだって言わんといて」

 

ズンと沈んだままの花梨、セナも気にしてないとフォローしていたが、そこは乙女的に恥かしかったのかなかなか立ち直る切っ掛けがないようだった。

 

「そうか、わかった、言わないよ」

 

あっさりと納得する大和。

 

(この二人ってずっとこんな感じだよな、大和くんが空気を読めないのか読まないのかわからないけど微妙に会話の焦点というか立ち位置というか世界が違う感じがするな)

 

とセナは思った。

 

「さて、ヒル魔氏がわざわざ来たってことは偵察で対象は僕だね、そして僕に本気を出させるための相手にセナ君を連れて来たってことで合っているのかな?」

 

大和はあっさりとヒル魔達の大阪遠征の目的を言い当てた。

 

「ああ、まーな、でも別に俺に見せたくねーってんなら無理してやんなくてもいいぜ」

 

と、ヒル魔は大和に今回の目的を当てられてことに全く驚かずに軽く返した。

 

(あれ?いつものヒル魔さんならもっと過激に挑発したりするのにずいぶんあっさりしてるわね)

 

と、まもりが疑問に思うほどヒル魔の返事は普通だった。

だがこれはヒル魔にとって別に策でもなんでもなく、ただ結果が判りきっていたために余計なことを言わなかっただけだった。

 

「まさか、わざわざ来てもらったのに手ぶらで帰すなんてするわけないじゃないか」

 

大和は喜んでセナとの勝負を受諾した。

 

「でもね…まず僕に挑む資格があるのかどうか、セナ君を試させてもらうよ」

 

「試す?」

 

「そう、ウチの四軍のQBである棘田氏と勝負して勝てたら僕が本気でお相手しようじゃないか」

 

「………なるほどね、いいぜ」

 

大和の提案に少し考えたヒル魔は納得したのかそれを受けた。

 

「それでいいな、セナ」

 

「うん、ぜんぜんおっけ~だよ」

 

セナも気軽に受け、両チーム合意となり、フィールドの半面を使って勝負することになった。

 

 

ゲスト用のロッカールームでユニフォームに着替えている最中にセナがヒル魔に聞いた。

 

「ヒル魔さん、さっき大和くんの提案になるほどねって答えてましたけどあれはなんですか?」

 

「ああ、あれか、大和猛って男はな、いつ誰の挑戦でも受けるってマジで言ってる奴なんだ、こっちから挑戦してるってのに条件つける奴じゃねえ、セナの実力だって知らねえハズはねえしな、そう考えるとわかったんだ」

 

プレイブックを見ながら話していたヒル魔は顔を上げ、セナを見て言った。

 

「これはウォームアップだ、オマエの為のな」

 

「僕の?」

 

「そうだ、お前には肩慣らしさせ、ついでにさっきまで練習していた自分は一息つく、両者ベストの状態で勝負したいってことだよアイツは」

 

「そのとーりやヒル魔、ようわかっとるなあ!」

 

と言いつつドアを開けて入ってきたのはヘラクレスだった。

 

「あ、ヘラクレスさん」

 

「話は聞いたで」

 

「どこで聞いてたんだお前は」

 

「どこって、別にドアに耳当てて今のセリフを言うタイミングを計ってたわけやないで」

 

「計ってたんだタイミング」

 

「まーえーやん、まず4軍と戦えなんて言われて気ィ悪うしてへんかと思ってフォローに来たんやけど必要なかったようやな」

 

「気を悪くするわけないじゃないですか、受けてくれただけでも感謝してるのに」

 

「そう言うてくれると助かるわ、大和の奴かてセナ君と戦うのめっちゃ楽しみにしとってんで」

 

「神龍寺と王城の試合は皆で生中継を見とってんけど、大和の奴前半はセナ君のプレーみて大はしゃぎでな、関東にはボクと互角に戦えるプレーヤーがいるんだ、本気を出すに値する選手だよ彼はってそれは嬉しそうでな」

 

「でも後半になったらな、君があの後ろに下がるプレー、なんて言うんやったっけ?雑誌に書いてたな、フォースディメンションやったっけをやってからは黙ってもうてな、マジ顔でじーっと見てるだけになったんや」

 

「動かんようになったんでどうしたんか聞いてみたらな、これを見ていなかったら自分もあの金剛阿含氏と同様に完璧に抜かれていたよって言うんよ」

 

「互角?本気を出すに値する?僕は増長していたよって自嘲めいてあの大和が言うんよ、マジ驚いたわ」

 

「なのに王城負けてもうたやろ、チームとしては神龍寺の方が強いのは確かやけど、セナ君個人と戦えへんのは残念やって落ち込んどってな、今日尋ねてきてもろたんはホンマ嬉しかったと思うで大和は」

 

「いやー、それにしても今日はホンマに……」

 

ヘラクレスは聞いているセナやヒル魔が口を挟む間もなく立て続けてしゃべり続けた。

 




よう来てくれたわ、大阪はええとこやろ、ええで大阪は食いモンはウマいし見所多いしな、せや知っとるか?じゃリン子チエっちゅうマンガあったやろ、大阪の下町が舞台のあれや、あれの舞台の西荻ってゆう場所な、架空やねんけどモデルになったとこがあってな、それがここからすぐそこやねん、荻ノ茶屋って駅なんやけどナンバから三駅でこっからなら歩いていけるわ、いやホンマにここがそうやねん、荻ノ茶屋って線路を中心に東西に別れとるんやけどそこの西地区を荻ノ茶屋西区ってゆうて略して西荻地区って地元では言うてんねん、合ってるやろ、町並みもそのまんまやし、テツみたいなおっさんもうじゃうじゃおるしな、だからって治安はええねんで、まあ知らんかったら一人で歩くんわ怖い思うかも知れんけどな、逆やねん、怖ないねん、おっさんらは地元愛が強いから悪さなんかするわけないし、気のええのばっかしやから他人には親切やし、見た目は怖いけどだから逆に不良とかヤンキーみたいなのはおっさんらの容姿にびびって来おへんねん、だからナンバの中心地よりよっぽど治安がええねんで、それになここで食えるやっすいホルモンがまたウマーて……」

しゃべり倒すヘラクレスの図。

あとがき

セナの一人称と三人称がごっちゃになってるなあ。

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