重い……体が重い。
俺の体が重いんじゃなくて、俺に何かが組み付いている。
上半身を起こし俺の横を見てみれば、布団に人一人分の膨らみが出来ている。
溜息交じりで膨らんだ布団をめくってみると、下着の上に男物のTシャツを着た女性が心地良さそうに眠っていた
決して俺が女性を家に連れ込んだとかじゃない。俺にそんな対象なんて今はいない
「ほら、母さん起きなって。朝だよ」
「うぅ~ん……あぁ~俊弥おはよぉ~」
「抱きつかない抱きつかない。うっとおしいから」
「あぁん、いけずぅ」
自分の親ながら、呆れるほどの朝の弱さだこと
俺たち兄妹の母親である風見円(マドカ)はほぼ毎日仕事で帰りが遅く、休日である土曜になると何故かこんな風に俺や士のベッドに潜り込んでくる
そういえば、母さんがベッドに侵入してくるのは大体隔週で来るはず
先週も俺のとこに来たから今週は士のはずじゃ……まぁ、どうでもいいか
「ほら、起きて顔洗ってきなよ。その間に朝飯作っとくから」
「ふぁ~い」
そう言いながら母さんは眠たそうな目をこすりながら洗面台に向かって行った。
俺も寝起きの重たい身体を引きずる様にベッドからゆっくり這い出し、寝巻きから部屋着に着替え部屋を出る
午前8時ちょっと過ぎ、休日の朝っぱらだから士を起こす必要はないんだが……それにちょっと今はなぁ
内心そう思いながらも俺の部屋の反対側にある士の部屋の前に立っている俺はなんなんだろうか
「士、起きてるか?今から朝御飯作るけど何か希望あるか?」
『……』
……反応無し、と
あの時軽く怒鳴ってから若干士が冷たい、というよりもこっちを避けてる気がする
流石にこれが続くと母さんに勘付かれるからやばいんだが……
しばらくそっとしておくのが正解……か?
とりあえず自分から出てくることに期待し、キッチンでパンを焼き始める
「あ、今日は真が朝食担当だったっけ?」
「あのさ、さっき言ったはずなんだけど」
「そぉ~?へんへんほぼえてないへどぉ~?」
間延びした言葉を口にする姿は(童顔も相まって)高校生にしか見えない母さん。食べながら喋らないの、行儀が悪い
俺も自分のパンを皿に乗せて自分の席に座る。
「あれ、士は?お腹空いたらすぐ起きてくるはずなのに」
「うーん……なんか、珍しく起きてないみたい。反応が全然なかったから」
「うっそ~、あのハムスターみたいな士が~?」
「それ、遠回しにハムスター馬鹿にしてない?」
「おはよ」
そんな他愛の無い会話の中、士がリビングに現れる
士のテンションが低いのはいつものことだから気にはならないが、何故か部屋着ではなく私服に着替えて出てきた
面倒くさがりの士は休日の日は部屋着のまま過ごすはずで、着替えてるってことは出かけるのか?
うちは母さんの仕事が忙しいこともあって、休日は何か予定がない限り家族で過ごすことにしている
これは数年前に亡くなった父さんの決め事なんだが、父さんが亡くなった今でもこの習慣は続いている。
だからこそ、士が出かけようとしていることに、俺は驚きを隠せない。
やはりこの前怒鳴ってしまったのが悪かったのだろうか?
今まで発破をかけるときに語尾を上げることはあったが、本気で怒鳴ることは過去にあまり無かった
……母さんがこの空気を察しているのか察していないのか(おそらく後者)、いつも通り笑顔で俺達に話しかけてくるのが余計に心に来る
「何俊弥、士と喧嘩でもしたの~?」
「母さん、お願いだから場の空気って物を読んでくれない」
「え、なんか変なこと言った~?」
「なるほど、母さんは今日の晩飯は激辛料理をご所望みたいだね」
「あっ、ちょっ、冗談!冗談だから!お願いだから激辛だけはやめて!」
いつも母さんに対する切札をつかった途端に、母さんの顔が真っ青になる
うちの母さんは辛い食べ物が苦手なのだ。40手前なのに子供舌とはこれいかに
しかし、当の本人は"我関せず"といった様子で、こちらを見向きもしない。
俺と母さんが食べ終わり、一番最後に来た士はゆっくりと自分のペースで食べ続け食べ終わるとすぐに席を立つ。
「ご馳走様でした。ごめんけど今日ちょっと用事出来ちゃったから出かけるね。夕方には帰ってくるから」
「そうなんだ、気を付けていってらっしゃ~い」
母さんの短い言葉を聞き終えると、士はリビングを出てそそくさと玄関へと向かった
一瞬だけ見えた俺に対する士の視線は、明らかに普段の物ではなかった
士が家から出ていき、少しリビングが静かになる。何とも言えない雰囲気だったが、母さんに少しだけ弁明をしておく
「ごめん母さん。ちょっと、士とギクシャクしちゃってさ」
「……そうかな?お母さんにはそうは見えないけど」
「え?どういうこと?」
「逆に聞いてみるけど、今まで士が怒ったとこ見たことある?
「無いよ、だからこそ今回は相当頭にきてるんだと思って―
「士は、そんな子じゃないよ
「え……」
母さんはそう言いながら、食器を流し台へと持っていく。
そしてこちらを見ずに、いつもの語尾を伸ばしたいつもの口調ではない、はっきりと、しかし優しい口調でこちらに語りかける。
「士は、自分は傷ついても周りは絶対に傷つけない子だよ。そんな士があんな態度をとるってことは、何か考えてるんだよ。考え、というよりは"決意"かな?
「決意……」
「ま、そこは経験値の差だよね~。伊達に10年以上システムエンジニアしてないよ~」
そんなことを言うと、母さんはそのまま鼻歌を歌いながら洗い物を始めてしまった。母さんが鼻歌を歌っていると、作業やら仕事が終わるまでこっちの話を聞いてくれ。
つまりは、この話は終わり……ってことか。
そう解釈した俺は食べ終わった食器を母さんの横に置き、自分の部屋へ戻りベッドに寝転がる。
自分が傷ついても、周りは絶対に傷つけない……か。BBでの『防御特化デュエルアバター』ってのは、そこへ繋がるの……か?……考えても無駄か。
そう自分の中で結論付けた俺は、さっきまでの事を忘れ去ろうとするかのようにBBでの俺の愛銃『ブラフマー』を組みなおすことにした。
しかし頭からさっきまでの事を忘れることが出来ずに少しだけ調整をした後すぐに投げ出し、その後も何をしようとしてももやもやし、結局何もせずに週末を過ごしてしまった。