異世界のカード使い   作:りるぱ

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第02話 炎の子供

「お疲れ様。サンキュー」

 

 意気揚々と戻ってきた炎の子供――フレムベル・ベビー。

 片手を上げて礼を述べると、彼は俺を真似るように手を上げ返す。そしてやってきた方向をつんつんと指差した。

 

「ん?」

 

 フレムベル・ベビーは俺の目の前をぐるぐると飛び回り、そしてぐいぐいと腕で手招きしている。見せたいものがあるっさ! 主、ついて来てくれぃ! とても言いたいのかな?

 

「うん、分かった」

 

「めぇぇ~~」

 

 正直、これからの行動の指針はまだない。

 こいつらが俺に害を与えるわけじゃないのは信じていい気がするし、ついて来いと言うなら、多分俺の得になることがあるのだろう。

 一旦イリュージョン・シープから身を離し、近くに置いてあるスーツケース二つを手に取る。

 重そうなスーツケース二つを軽々と持ち上げる腕。改めて目線を下げ、自分の身体を見下ろす。

 

「…………。

 ……何でこうなったか知らんが、すげぇな……」

 

 ガリガリだった自分の肉体が見事な細マッチョになっていた。

 相変わらずマッパでティンティンをぶらぶらさせているのはちょっといただけないが……。

 

「末期がん患者の肉体とは思えん……」

 

 とりあえずの危機が去り、頼もしい護衛が二体もいることで、こんなことを考える余裕も出てきた。

 うっ、と身震いを一つ。……寒い。

 

「フレムベル・ベビー、俺の周囲の温度を少し上げるようにしてくれ。出来ないか?」

 

 正直こいつはいるだけで大分暖かいが、細かいコントロールが出来るならそれに越したことはない。

 OKさ~! と言わんばかりにフレムベル・ベビーは空中で一回転し、体の炎を更に燃え盛らせる。心なしか、その色は赤から若干青っぽく変化したようだ。

 

「うん、大分暖かくなったね」

 

 と言っても、均等にではない。フレムベル・ベビーに面した俺の身体前面は少しひりひりと熱く、背中は冷たい。まぁ、熱を溜められない外じゃこの辺りが限界だろう。

 さて――。

 

「行こう、案内してくれ」

 

 

◇◇◇◇

 

「痛っ……!」

 

 とっさに踏み下ろした足を上げる。また何やら尖った物を踏んづけたようだ。

 幸いそこまで深く踏み込んでないので、血は出てない。

 

「まともに歩くのすら一苦労とは」

 

 慎重に一歩を踏み出す。

 両手に持ったスーツケースはそう重く感じる訳じゃないが、歩くのに結構邪魔だ。

 足で地面をなぞり、危険が無いかをチェック。そしてそろりそろりとさらに一歩を踏み出す。

 出来るだけ怪我は避けるべきである。どんな病原菌が漂ってるか知れたものじゃない。破傷風菌とか、割とシャレにならないものも多いのだ。

 

「それでも、死ぬときは死ぬだろうな……。

 ……魔法カードの中に病気を治すやつってあったけ?」

 

 ぱっと思いつかない。

 そもそもライフポイントを回復する効果はどう処理されるのだろうか?

 

「確認すべきことはまだ山程ある……か」

 

 それにしても、と周囲に目を向ける。

 

『ギョウ、ギャーギャーギャー』

『オウオウオウオウオウオウ』

『チュン、チチチチチ』

 

 聞こえてくる様々な動物の鳴き声と相まって、まさにジャングルの景色だな。

 俺は本物のジャングルを見たことはないが、この蔦が木に絡み合う密林景色は映像や写真で見る熱帯雨林そのものだ。

 これで寒くなけりゃ~なー……。

 

「めぇ~~」

 

 ここらしいぜ、ご主人! と一声を上げ、イリュージョン・シープが立ち止まる。

 顔を上げると、フレムベル・ベビーもその場で滞空しながら、この先をツンツン指差していた。

 主、着いたさー! と言わんばかりに…………うん、もう認めよう。気のせいじゃないな。

 何でかは知らんけど、俺にはこいつらの伝えたいことが何となく分かる。

 これもカード使いの能力なのか?

 まぁ、とりあえず――

 

「この先に何かある訳か」

 

 名称不明の植物を掻き分け、足元に注意しながらさらに土を踏み進める。

 そして、ちょっとした広場に出た。

 

「うっ」

 

 広場の右端に半径1メートル程の、ぷすぷすと焼けた地面があった。

 未だ薄く煙を立ち昇らせるその中央には、焦げた動物の死体が転がっていた。

 

「うわっ、気持ちわるっ」

 

 あ~、見てない見てない。俺は何も見てない。

 

「めぇぇぇ~」

 

 顔を背け、立ち去ろうとする俺を呼び止めるめぇ~の声。

 フレムベル・ベビーもその場で8の字を描いて飛び回っている。

 

「この死体に何かあるのか?」

 

「めぇ~~」

 

 いやだけど、かなりいやだけど、動物の焼死体に目を向ける。

 褒めるさー、主! と意思をとばしながら、その上空で飛び回る炎の子供。

 

「……そっか。これ、お前が倒したヤクト・ウルフか」

 

 まったく、こんな簡単なこと、今頃になって気づくとか……俺って結構馬鹿だな。

 

「よくやった。ありがと」

 

「めぇぇ~~」

 

「え? 重要なのはそこじゃないって?」

 

 改めて焼死体に目を向ける。

 どうやら炭化しているのは表面だけのようで、肉の焼けるにおいが鼻につく。

 

「ひょっとして……食料……か? 俺の為の」

 

 そうさ、主! 好きなだけむさぼれ!

 フレムベル・ベビーはボボッと大きく燃え上がる。

 

 て、提案は有り難いけど、こ、これを食べろと言うのか?

 味は我慢するとしても、衛生的に大丈夫なのか?

 

「はぁ……分かった。

 ま、まぁ、食べるかは置いといて、とりあえず一旦ここで休もう」

 

 まだ進行距離100メートル足らずだけど、素足での移動が無理であることがよ~く分かった。

 ここまで来るのに15分くらい掛かっている。このまま進み続けるのはさすがに無謀だろう。

 幸いにしてフレムベル・ベビーがここで暴れてくれたおかげか、近くに中型以上の動物の気配を感じない。

 

 木の棒を拾って焼死体を(つつ)いてみる。

 頭部と皮膚の一部表面は炭化しているが、体のほとんどが生のようだ。

 

「フレムベル・ベビー、こいつの頭を焼ききってくれ」

 

 合点承知の介さ! 任せてくれ、主!

 早速自身の体温を上げるフレムベル・ベビー。周囲が一気に熱くなる。

 とりあえず、食べるなら血抜きは必要不可欠だ。その作業の為の手頃な石を探す。

 

「そう簡単には見つからないか……。

 あ、そうだ。イリュージョン・シープ、あの岩を砕いてくれ」

 

 地面から突き出ている高さ80センチくらいの岩を指差す。

 

「めぇぇ~!!」

 

 ついに我の出番が来たのだな! ご主人、我のパゥワーを見てくれ! 

 俺の指示に従い、イリュージョン・シープは巻き角を突き出しながら、岩に向かって猛突進!

 そして、バンッ!! という、ダイナマイトを爆発させたような乾いた破砕音。

 あまりにも大きな音に、反射的に目を瞑る。

 

「めぇ~~」

 

 そっと目を開くと、岩は小さな破片となって散らばっていた。

 一仕事したぜ、な顔で悠々とこっちに戻ってくるイリュージョン・シープ。

 どうだ、ご主人! 我には湯たんぽ以外の使い道だってあるのだ!

 

「……あ、ありがと。よくやった」

 

「めぇ~……」

 

 ご主人、そ、それは、あぁ……。

 頭と首を撫でてやると、気持ちよさそうにめぇ~と鳴く黒いもこもこ。

 ふっ、落ちたか。ちょろいんめ。

 ナデポを習得したぜ。これで何も怖くない!

 

「さてさて~」

 

 砕かれた岩の破片に目を向け、使える物があるか探す。

 

「お、これなんかいけそうだな」

 

 巧い具合にナイフみたく尖っている破片を見つけた。

 とここで、ぶんっ、と火の塊が結構なスピードで俺の眼前を横切る。

 

「うおっ! って、フレムベル・ベビーか。

 頼んだ仕事は終わったみたいだな。ありがとさん。よくやった」

 

 ちょろいさー。褒めるまでもないさー。

 嬉しそうに飛び回るフレムベル・ベビー。 

 うんうん、褒めることは大事だ。これで信頼関係が築けるケースだって多いのだ。

 

 さっそく見事頭部が全て灰となっている黒焦げ狼に向き直る。

 

「うっ」

 

 くっ、こ、ここは我慢だ。

 気持ち悪いが、サバイバルにこれは必要なことなのだ。

 尖った石を炭化している首に当て、突き刺すように(えぐ)り切る。

 そうしてしばらく切り進める内にやっと血液が流れ出たので、その傷口を更に切り広げる。

 

「よしっ、次は」

 

 予想以上に重い死体を近くの大木の元まで引き摺っていく。

 付近に生える丈夫そうな蔦をなんとか石のナイフで切り離し、それを首無し狼の後ろ足に結びつける。そしてもう一方の先端を太めの枝に引っ掛けると力を入れて引っ張り、死体を吊るし上げた。

 逆さになった首から、ちょろちょろと血が滴り落ちていくのを確認。

 最後に手に持った蔦を木の幹に結びつけ、俺はモンスター達の元へと戻った。

 

「こんなもんかな?

 イリュージョン・シープ、湯たんぽ。フレムベル・ベビー、ストーブ」

 

 しばらくイリュージョン・シープとフレムベル・ベビーで暖をとりつつ、休むことにした。

 暇なので、吊るした狼の死体に目を向ける。

 ここまで作業したことによって、死体に対する耐性が大分できてきた。

 最初に比べると、嫌悪感が大分薄らいてきた感じだ。

 

――ドボドボドボ……。

――ベト、ベトトトト。

――ブチャ、ブチャ。

――ズルルルル……。

 

 流石に顔を引き摺らせる。

 狼の体内から蛆虫のようなものがベトベトと何匹も落ちたかと思うと、ミミズ程のサイズある虫が連続二匹あたまを出し、同じく地面へとブチャブチャ落ちる。

 そしてやけに長い、全長20センチはありそうな白い虫がズルルルルと逆さまに這い出て来た。

 ……そう、まるで、倒壊する家から逃げ出すかのように――。

 こいつらはきっと狼に寄生していた虫――寄生虫なのだろう。

 

「アハ……アハハハハハ」

 

 これを食えと?

 これらが住んでた肉を食えと?

 

「アハハハハ」

 

 無理!

 これを食うくらいなら、俺は死を選ぶ!

 ……まぁ、まだそこまで腹が減ってないから言えることかも知れないけど……。

 

「フレムベル・ベビー、洞窟を探してくれ。トンネルが掘れそうな岩山でもいい」

 

 命令を下す。

 OKさー! 主の命令なら火の中でも飛び込むさ!

 空中で一回転してから飛んでいく炎の子供。

 

「頼んだよ~」

 

 まずは衣食住の住を何とかしよう。安全に寝る為であり、暖をとる為にも必要不可欠だ。

 何しろこのままじゃ、落ち着いて有用なカードを探すことすらできない。

 寝座(ねぐら)の大切さをしみじみと感じる。動物の世界で巣作りのうまい雄が雌にもてる理由が分かるような気がする。

 食に関してはカードを探せばそれっぽい物があるかもしれない。いざとなったら……嫌だけど、目の前の狼を食べよう。

 衣は……早急に何とかしたいが、解決出来る目途がまるで立たない。これは人里が見つかるまで我慢するしかないだろう。幸いにして凍死を回避する手段はとりあえずある。

 

「ふぅ……」

 

 待っている間、手持ち無沙汰になる。

 一息つくついでに、一度状況を整理してみよう。

 

 まず、俺は病室で寝ていたはずだ。

 末期がんの余命二年と診断されたのが十七歳。そして今日はその二周年記念日。

 体はガリガリに痩せ衰え、常に激しい痛みと戦っていた。鎮痛剤がなければとっくに気が狂っていたことだろう。

 つまり、いつ死んでもおかしくない状態だったわけだ。

 

「いや、待てよ」

 

 死んだのか? ひょっとして。

 俺は死んだことがないので、ここが死後の世界であると言われても否定できない。

 …………。

 本当に……そうなのか?

 …………。

 ……。

 

「……ああ、母さん、兄さん、感謝します。最後まで面倒見てくれて……」

 

 ……っと、しんみりしてる場合じゃないな。

 流石にこんな死後の世界はサバイバルすぎるだろ。もっかい死にそうだよ。

 

 ここに来た時に聞こえてきたと言うか、脳みそに直接ぶち込まれたあの声。

 

 ――力は与えた。後は好きにするがいい。

 ――ルールは五つ。

 ――頑張りたまえ。

 ――全ては君次第だ。

 

 能力の鑑定とか、そういった知識と一緒に入り込んできた。

 

「ほんと、何だろあれ?」

 

「めぇぇ~」

 

「ねー」

 

 んー……神様……とか?

 いやいや、ないない。もちろん俺が無宗教で、神なんか眉唾物だと思っているのもあるけど、例え神なる超常的存在がいるとして、地球の総人口は約70億人。その70億分の1である矮小な存在一匹に神様がわざわざ手をかけるか?

 神様にとって俺達人間なんてミジンコみたいな存在だろうし、そもそも見分けすらつかないんじゃないの?

 

 じゃあ、あの声は何なんだろう?

 俺は何でここにいるんだろう?

 そもそもここはどこだろう?

 

「…………。

 …………。

 ……はぁ……結局考えて分かる訳でもないか……」

 

「めぇぇ~~」

 

 元気出すんだ、ご主人! 我がついている!

 湯たんぽ代わりにくっ付いているイリュージョン・シープの首筋を掻いてあげる。

 

 まいっか。

 元々死を待つだけの身だし。

 それがこんなジャングルの真ん中でとは言え、健康な肉体と破格の能力を持たせてくれたんだ。これが人為的にしろ、自然的にしろ、感謝はしても文句を言う筋合いはない。

 

「……絶対に生き延びて、幸せになってやる」

 

 

◇◇◇◇

 

 炎の球がこちらへ飛んで来るのが見える。

 フレムベル・ベビーが戻ってきたようだ。

 

「お帰り、見つけたのか?」

 

 炎の子供はコクコクと頷く。

 

「よし! なら出発しよう!

 イリュージョン・シープ、乗ってもいいか? 当然スーツケースを持ってだけど」

 

 先程の大岩へのパワフルなタックルを見る限り、こいつは相当パワーがありそうだ。俺を乗せても余裕なんじゃないかな。

 

「めぇぇ~」

 

 肯定だ、ご主人! ドンっと来い!

 なら、とりあえず跨ってみよう。

 うおっと、不安定だな。鞍がないから当たり前か。

 足をイリュージョン・シープの腹に絡ませ、何とか体勢を保つ。

 しかし……これは――

 

「スーツケース二つはきつい、っていうか無理!」 

 

 色々と乗り方を変えてみることにする。

 

試:スーツケースをイリュージョン・シープの上に乗せる。

答:一つならギリギリいけるけど二つは無理。

 

試:スーツケースの車輪を下にして、イリュージョン・シープの両端に立てる。その取っ手を

 掴みながら騎乗。イリュージョン・シープが進めばスーツケースも車輪で進む。

答:地面がでこぼこで車輪が進まん。てか、腕が死ぬ。

 

試:いっそのこと逆さ乗り。

答:なんの解決にもならん。

 

 やはりスーツケース二つを持ちながらの曲芸騎乗は無理だった……。

 

「はぁ……疲れた……無駄に……」

 

 スーツケースを置いて膝をつく。

 カードの多さは俺の力の多様さを象徴するのだが、今はこのでかいスーツケースが恨めしい。

 とりあえず一休みだ。まだ一歩たりとも動いてないけど。

 

 と、そこへ炎の子供が飛んできた。フレムベル・ベビーである。

 彼は自分をつんつん指差すと、続けてスーツケースを指差した。

 俺に任せるさ! 主よ!

 そしてスーツケースの取っ手に腕を近づける。

 

「ちょっと待てーー! 溶けちゃうー! …………って、あれ?」

 

 止める間もなくスーツケースを持ち上げる炎の手。しかし取っ手は何ともない?

 普通なら煙が上がるとか、溶け出すとか、赤く燃え光るとか、そう言ったことはまったくない。

 

「……そう言えば、このスーツケースも材質不明だったな……」

 

 疲れた声で呟く俺。

 でも、これなら――。

 

「なぁ、二つ持てるか?」

 

 フレムベル・ベビーは一旦下降し、二つ目のスーツケースを持って再び舞い上がる。

 嘗めてもらっちゃ困る! こんなの軽いさ!

 

「よし! なら全ての問題は解決!」

 

 再び黒いもこもこ羊に跨る俺。

 そして宙に浮かび、後をついてくる炎の子供。

 

「日が沈まないうちに目的地まで移動するぞ! しゅっぱーつ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに、狼の死体は置いていった。

 

 

 

 

 

 

 

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

8時間生き延びろ 2:13/8:00

 

魔力 0/6   ATK/80 DEF/50 

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