異世界のカード使い   作:りるぱ

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第11話 訪問治療

 ここはケーネ村。ミオ族と呼ばれる直立歩行する猫達の暮す村。

 その村の中心点より少し東側、小高い丘の上に立てられた半楕円形(はんだえんけい)の家。その一室に、彼ら四人は集まっていた。

 木の椅子に座り、円卓に手を置く老人はこの村をまとめる代表役。

 その傍らに立つのは間もなく初老に差し掛かる男性。ポンチョに身を包む彼の名はジオと言う。いつもなら、そろそろ町に向けて村の名産品の行商に出発する時期であったが、今回の賢者来襲により、知識の豊富な彼は未だに相談役として村に残っていた。

 

「そうか、どんな怪我でも治す薬か……。

 ロサナんとこの(せがれ)が騒いとるのを聞いた時は、何の冗談かと思っとったが……」

 

「薬は間違いなく本物よ」

 

「は、はい。本当です。あたしも、見ましたから……」

 

 そんな村代表役と相談役の前に立つ二人。

 彼女達はこのケーネ村の武力におけるナンバーワンとナンバーツー。コロとアリアである。

 二人は昼間あった出来事を交えて、村に来訪した賢者様について代表役に報告していた。

 

「治癒のカイリのごとく、即座に傷を治す薬。そんな物、現実に作れるものなのか……?」

 

 難しい顔で考え込む代表役。

 彼はどうにも、そんな物の存在が信じられなかった。

 確かに神造具クラスならばそういった物もあると聞く。しかし正体がそれなら、今日のような大判振る舞いはできないはずだ。そう彼は考える。

 

「よく分かんないけど、本人はカイリを使って作ってるって言ってたわよ」

 

「それは本当ですか?」

 

 反応したのはこれまで無言だったジオだ。その顔は驚愕の色に染まっている。

 

「ジオ、何か知っておるのか?」

 

「はい。嘘か真かは知りませんが、錬金術の秘奥中の秘奥に、カイリを霊薬に変化させるものがあると聞きます」

 

「…………秘奥中の秘奥……。……到達者か……」

 

「彼は従者にも魔導生物を連れています。まず間違いないかと」

 

 到達者。それはあらゆる錬金の秘術を修め、神造具と近しいレベルの道具を生み出せる者のことを言う。

 当然のことながら、到達者は稀少である。そもそも錬金術自体極めようとする者は少なく、昨今では半ば金持ち達の道楽と化している現状があった。

 到達者レベルの者であれば、かの五賢人の一人”知識の番人 ゲオルグ”が最も有名であるが、彼以外の到達者の名は殆ど世に知れ渡っていない。

 

「あ、あの……」

 

 おずおずと声を上げたのは窓の横に立つコロだ。

 彼女の右腕にある唐草模様が刻まれた銀の腕輪は日の光を反射し、キラリと光る。

 腕輪は代々、村の最も強き者に受け継がれる品であった。それはまぎれもなく、村最強を証明する(あかし)である。

 

「どうした? コロや」

 

「あの骨の魔導生物、き、危険です」

 

「危険? そうか……。

 実は初めて会った時、わしもアレに嫌な気配を感じておった。

 黒いワイバーンの脅威に加え、あの魔導生物もそこそこ強いとなると――」

 

「ち、違い、ます!」

 

 コロにしては珍しいことに、彼女は感情を顕にして代表役の言葉を遮った。

 

「ん?」

 

「黒いワイバーンは頑張れば、あたしとアリアちゃんと、後何人かいれば、倒せると思います。

 で、でも――――」

 

 一旦歯を食いしばるようにして口を噤むコロ。

 しばしの沈黙。それに耐えかねてか、ジオは顎を動かし、話の続きを促す。

 その仕草に彼女はようやく閉じた口を開いた。

 

「……こ、怖いです。とても、怖いです。力の底が、見えないんです。

 多分、ほ、本物のドラゴンよりも、強い力を秘めています。あ、あの骨の魔導生物に比べれば、黒いワイバーンなんて、赤ちゃんです」

 

「――なんと! それ程までにか」

 

 目を見開き、顔を強張らせる代表役。横にいるジオもぶるりと肩を震わせた。

 二人ともコロの異常さを知っている。彼女の強さは明らかに人間の枠内に納められるものではない。

 その彼女がこうまで言うのだ。話半分に聞いたとしても、あの骨の魔導生物の強さは漆黒のワイバーン以上だと言うことになる。

 

「なるほどのう……。ジオから彼がワイバーンを森にやったと聞いた時は、随分と首をかしげたものじゃったが――」

 

「最強の護衛は常に傍に置いていた。そういう訳ですね……」

 

 代表役もジオも一様に沈んだ表情である。何しろ頭の痛い種がまた一つ増えたのだ。

 

「もう、みんな。深刻になり過ぎよ」

 

「アリアちゃん……」

 

「そもそもまだ敵になるって決まったわけじゃないんだから」

 

「む、むぅ……」

 

「それに私の見た感じ、あれはお人よしね。

 よほどのことがなきゃ、何もしてこないわよ」

 

「そうは言うがな――」

 

 口ごもる代表役。

 彼の不安も最もである。誰もライオンの隣で昼寝などしたくはない。例えそれが人に飼いならされ、周囲から絶対に安全だと言われていたとしてもだ。

 

「あたしも、そう思う。彼はすごくいい人」

 

「じゃが、アレは到達者レベルの錬金術師なんじゃぞ」

 

 少し言葉を荒げる代表役に、皆沈黙する。

 

 錬金術師は変態が多い。

 変態が錬金術師になるのか、それとも錬金術を学ぶ内に変態になるのか、この話題は頻繁に井戸端会議の議題に上る。

 

 何しろ、彼らはやらかす。

 その規模の大小は異なるが、必ず何かしらやらかすのだ。

 七年前に、世界征服などとイタイことをのたまい、マジにその為の準備をし、無駄に世間を騒がせた、自称”偉大なる頭脳 キース”の笑い話はまだ皆の記憶に新しい。

 因みにこれは遠い場所の出来事だからこそ笑えるのであって、実際、”偉大なる頭脳 キース”の標的となった都市に住む住民達が受けた被害は甚大であり、彼らにはとても笑う余裕などなかったことだろう。

 そんなキースでさえ、錬金術師ランクの第四位にあたる「錬金師」であった。

 これが「到達者」レベルにもなれば、一体どれだけの被害を周囲に撒き散らすのか。想像するだに恐ろしい。

 

「意味のない心配をするのはやめましょう。もしあの魔導生物の強さがコロの言う通りなら、どの道我々に彼を止めることは出来ません」

 

 そう言って、ジオは太い息を一つ吐き出す。

 

「それよりも、もっと現実的なことを考えましょう。

 私は彼の持つ薬に興味を持っています。できれば手に入れたい。それも多めに」

 

「ふむ……」

 

 ジオの提案で即座に頭の中身を切り替える代表役。

 確かに魅力的である。

 薬が噂通りの効能を持つなら、是非村にストックしておきたい。

 

「交渉なら私がやりましょう」

 

「それもいいんじゃがな――」

 

 一旦言葉を切り、代表役は隣のジオに顔を向ける。

 

「昨夜一晩、とある考えがわしの頭の中をくるくると回っておった。

 正直、成功するとは限らん。じゃが、わしはどうしてもこの魅力的な考えを捨てきれんかった」

 

 もったいぶった言い方に、皆何事かと意識を代表役に集中させる。

 十分な間を溜められたのか、代表役は自身の考えを言い放つ。

 

「わしはなぁ、客人をあの鬱陶しいゴブリン共にぶつけたい」

 

「それは――!」

 

「みなまで言うな!

 確かにこれはわしらの問題じゃ。正しくはわしらの先祖が残した問題じゃが……」

 

「……しかし、よろしいのですか? 下手をすると、彼にあのことを知られてしまいますが」

 

 アリアとコロも共に何かを言おうとして、言葉に詰まった。

 賢者様がこの件を何事もなく解決出来るのなら、確かにそれは最上である。だがジオの言う通り、それにはけっして漏れてはならないこの村の秘密に触れられる危険性があった。自分達を含め、それぞれの部門のトップに立つ合計八人にしか明かされない秘密。それは決して一般の村人に知られてはならない。彼らが知る必要もない。

 

「そこは何とかごまかす。そもそも、容易に気づけるものでもないじゃろ」

 

「確かに、普通ならば……」

 

「いざという時は、相応の対価を持って秘密を黙ってもらえばいい。

 アリアとコロが言うには、賢者殿はいい人なのじゃろ? 実際、この事を衆目に晒しても誰も得をせん。誠意を持って話せば分かってくれるはずじゃ」

 

「……それはそうかも知れないけど……」

 

「あの魔導生物の強さがコロの言う通りなら、戦力も十分じゃろうしのう」

 

 皆考え込むように黙り込んた。

 確かに代表役の言うことは理にかなっている。せっかくの降って湧いたチャンスだ。利用しない手はない。

 

「どう思う、ジオ? わしはよいアイデアじゃと思うが」

 

「……確かに。ここらで長い因縁に終止符を打つのも、いいかも知れません。

 ――――私は、賛成します」

 

「ふむ。なら決まりじゃな。

 このことは頃合を見てわしから賢者殿に直接頼もう。

 コロにアリア、お前達はさり気なくゴブリンの被害を賢者殿に知らせよ。さり気なくじゃぞ」

 

 代表役は今後の方針をそう決定した。

 西のゴブリンは、賢者殿に何とかしてもおうと。

 村の政治は代表役の独裁に近い。彼がそう決めたなら、誰も文句を言えないだろう。

 

「まだ完全に納得はしてないけど……代表役の決定なら仕方ないわね。分かったわ」

 

「はい……あたしも、アリアちゃんと同じです。

 本当はあたし達自身で解決するべき問題だと思いますけど……代表役がそう決めたなら……」

 

 心から納得はしていないようだが、アリアとコロも賛成の意を表明した。

 

「あい分かった。この件は決まりじゃ。

 コロにアリアは引き続き彼の監視を頼むぞぃ」

 

 

 

 

◆◆◆◇

 

「それじゃ、案内するわ。行きましょ」

 

「ええ」

 

 ケーネ村滞在、三日目。

 今朝はとても嬉しいことがあった。

 ジオさんが朝一番に、完成したとあるものを持って来てくれたのだ。

 

 ――靴である。

 

 届けられた靴は柔らかく、俺の脚にぴったりとフィットした。

 靴の製造法や原料に詳しいわけではないが、きっと高級な動物の皮を使っていると思う。

 

 感動だった。

 何だか、野人から一端の文明人に進化した気分である。

 そしてこれはつい先程、アリアとコロが来た時点で気づいたのだが、彼らミオ族は皆靴を履いていない。と言うことは、この靴は本当にわざわざ俺だけの為に作ったことになる。まったく、感謝のあまり言葉もない。

 

 靴の履き心地を確かめるように大地を踏みしめ、一歩、さらに一歩と歩き出す。

 違和感があるならすぐに直すと言われたが、今の所、感触はすこぶる良好だ。

 

「ええっと……まずはどちらに?」

 

 隣を歩くコロに質問をぶつける。

 これからアリアとコロに連れられ、動けない病人を治しにいくのだ。

 

「は、はい。

 まずはゴブリンの襲撃で重度の怪我を負った人達のいる、村の治療所に行きます」

 

 コロはそう言いながら、たまにちらちらと後を気にしている。

 俺達の後に、ブルー・ポーションの壺を持たせたワイトキングがついで来ているからだ。荷物持ちと念の為の護衛である。まぁ、あれでもいないよりはきっとましだろう。

 勿論彼の紫ローブは俺が着ているので、裸と言うか、骨剥き出しの状態である。

 

「ゴブリンですか……昨日も幾人か襲われたと言う患者がいましたね」

 

()()()私達ミオ族を見ると、問答無用で襲い掛かってくるのよ。集団で壁まで攻めて来たこともあったし」

 

「そうなのですか……」

 

 どうやらこの世界のゴブリンは大層凶暴であるらしい。

 ゴブリンと言う名の種がいること自体、知った当時――まぁ、昨日だが――は大分驚いたものだった。ミオ族といい、まるでどこかのファンタジーゲームである。

 ……本当にこの世界に人間はいるのだろうか? 

 少し不安になる。

 

 

 そのまま村内を歩き続けること約十分。

 進む先々で村人達の注目を浴びながら、俺の方からも村を見学していく。

 

 モンスター・アイが報告した通り、村には多数の家畜小屋があった。飼育しているのは尻尾の長い鳥。知っている動物で例えるなら、(きじ)が一番近いだろう。村の至る所で放し飼いされている。

 飛べないのか、それとも飛びたくないのか、雉もどきは首を前後に揺らしつつ、地面に足をつけて徘徊していた。鶏と一緒で、羽が退化しているのかもしれない。

 

「あ、賢者様だ!」

 

「賢者様、昨日はありがとうございましたにゃ」

 

 今の所、村人達の俺に対する反応は皆ポジティブなものばかりである。たまに拝んでいるおじいちゃんおばあちゃん猫も見かける。……さすがにやめてほしい。

 

「この先が村の中心よ」

 

 アリアの声に視線を前に向けなおす。

 すぐそこに、赤銅色(しゃくどういろ)の広場があった。

 半径20メートル程の円形広場であり、その範囲内の地面は全て赤銅色のつるつる謎素材で作られている。多分、この村を覆う壁と同じ材質でできているのだろう。昨日のダスト君の話によれば、”神築物”だったか……。

 

「これは、時計?」

 

 広場の中心に、大きめの野外時計が立っていた。よく日本の公園などでも見られるモニュメント型の野外時計を、少し大きくしたようなものである。

 

「そう。ケーネ村自慢の大時計ね」

 

「これも、神築物なんですよ」

 

 自慢げに言うアリアにコロ。

 

「へぇ~、綺麗にしてありますね」

 

「はい、毎日、ピカピカに磨いてます」

 

 大時計もやはり赤銅色であった。

 高さは多分3メートルちょい。俺にとって馴染み深い12の数字の時計盤。下三分の二の柱部分には、白の線で抽象的な絵が描かれていた。

 

「あれはなんの絵でしょう?」

 

「あ、あれは、猿の絵と言い伝えられています」

 

「何でも、昔ここら一帯にたくさん住んでたらしいわよ」

 

「昔……ということは、今はもういないのですか?」

 

「いないわね。住処を変えたか、それとも絶滅しちゃったか」

 

 絶滅か……。まさに盛者必衰だな。

 今現在、地球の動物は年間約四万種類絶滅しているらしい。異世界に来ても自然界は世知辛い。

 ……まぁ、地球の動物が滅んでいるのは主に人間のせいなのだが。

 

「も、もう、着きます」

 

 広場の周囲に建てられた、他よりも一際大きな建物を指差すコロ。

 

「あれが診療所よ。さ、行きましょ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

「賢者様、どうかお願いしますにゃ」

 

「はい、できるだけ尽力致します」

 

 診療所の中は呻き声に満ちていた。

 痛々しい包帯に包まれた三毛猫達。腕を失った者。足を失った者。片耳の者。片目の者。生きているのが不思議な状態の者――――。

 医者の話によれば、その全てが西の森に住むゴブリンによる被害だという。

 

「ブルー・ポーションを」

 

 背後に控えるワイトキングに声をかける。

 

「まず、この薬を一人につきコップ一杯分飲ませてください。それでも治らない時は、私が直接治療致します」

 

 ポーションを壺ごと医者の助手らしき人物に渡す。

 俺が一人一人に飲ませるより、この方が早いだろう。

 

「おお!」

「奇跡の薬だ!」

「飲んだ瞬間に傷が消えるとか!」

「これがそうか!」

 

 三毛猫の医者と助手達は感動の声を上げ、盛り上がっていた。

 感動しすぎて”にゃ”言葉を使っていない。

 

 医者は早速助手達に声をかけ、ポーションを患者達に飲ませるよう指示する。

 白衣を(ひるがえ)し、きびきびと動く医者の様子は、なんとも村の文化レベルとかけ離れているように見える。

 

「なんだか……あまりこの村にそぐわない格好の方ですね」

 

「せ、先生は、都会で医術を学んで、帰ってきた人だから」

 

「あの白い服が医者を象徴する格好なんだって。都会って変なとこよねぇ」

 

 つまり、あれは都会の文化らしい。

 広場の時計といい、彼らの話す言葉といい、この世界の文化はなぜか日本的なものが数多く混ざっている。

 ダスト君から聞いた限りじゃあ、言葉を含めた最初の知識は神が与えたそうだ。

 どいうことは……なんだろう?

 ――――神様が………………日本好き?

 色々と謎が多い。

 

 

◇◇◇◇

 

「すばらしいにゃ! まったくもってすばらしいにゃ!」

 

 褒め殺しである。

 三毛猫の医者は先程からこの言葉を繰り返していた。

 

「いえ……」

 

 俺としては努力して手に入れた力ではないので、わざわざ都会まで医術を習いに行った彼に絶賛されるのは何だか気が引けてしまう。ズルしているような気分になるからだ。

 

「いや、それにしても、本っ当ーにすばらしいにゃ!」

 

 結果だけを言うと、患者は二人を除いて全員意識を取り戻し、外傷も綺麗に治った。

 さすがに失われた手足は再生しなかったが、まぁ、それは再生しないのが当たり前だという認識が一般的であるらしく、そのことについて特に何も言われてない。

 

「それで、治らなかった患者さんというのは?」

 

「ああ、彼らのことにゃら――」

 

「あ、よろしければ、普通に話していただいても構いませんよ。私のいた所ではあまりなじみのない習慣でしたから」

 

「それもそうですね。こんな古びた言葉遣い、未だに使っているのはミオ族の中でもほんの一握りしかいませんから。

 神の言葉にもありましたね。古きモノに固執せず、新しきモノを求めよ。と」

 

「ええ」

 

 適当に相槌を打つ。そんなこと言ったのか、神様……。

 ここまで来るともう認めざるを得ないだろう。

 この世界には確かに神なる存在がいる、もしくはいたことを。

 

「意識の戻らなかった患者二人についてですが……彼らの場合、もう仕方がないでしょう。

 外傷は全て治っていますし……。あ、こちらへどうぞ」

 

 医者は歩き出す。

 きっと、今話に上がった患者達の病室まで案内するのだろう。

 

「どんな状況でしょうか?」

 

(べに)ヨモギ草を知っていますか? この森にしか生えない毒草です。

 紅なんて名前についてますが、色は普通に緑です。これを潰すと赤色に変化し、致死性はありませんが、とても強力な毒になります。残念ながら、未だに解毒方法が見つかっていません」

 

 毒草の話を始める医者。

 いくら何でも無関係な話をしないだろう。つまり――

 

「患者は、この毒に侵されているわけですか」

 

「はい、その通りです」

 

 医者は苦い顔で俺の推測を肯定した。

 

「私も解毒薬を調合してるんだけど、中々うまく行かないのよねぇ……」

 

「アリアちゃんは悪くないよ。

 だって、狩りには紅ヨモギ草、使わないし」

 

 暗い顔で言うアリアに、コロはフォローを入れる。

 アリアは解毒薬の調合ができるのか。

 コロの戦闘力といい、彼女らは俺の予想以上に有能な人材であるようだ。

 

「強力な毒だという話ですが、なぜ狩猟に使わないのですか?」

 

「紅ヨモギ草の毒はすぐに全身に回って、血を抜いてもずっと残ります。

 お肉が、食べれなくなっちゃいます」

 

 なるほど。そういうこともあるのか。

 毒だからって、何でも使っていいわけじゃないんだな……。

 ――――あれ? 

 

「患者達はどこでその毒を受けたのですか?」

 

「……ゴブリンですよ」

 

 医者は大きな溜息と共に言葉を吐き出す。

 またしてもゴブリンですか。

 

「最近知恵をつけ始めたのか、色々な毒を使うようになりましてね。

 大体のものはこちらでも解毒できるのですが、こればかりは……。あ、ここです」

 

 案内された病室に患者達は眠っていた。痛みが激しいのか、二人共苦しそうに唸っている。

 一瞬、ちょっと前までの自分――病室のベッドで痛みに震える自分を、幻視した。

 

「できる限りの延命処置を施していますが、それでももって後四日程度でしょう」

 

 医者の顔は暗い。きっと、俺のポーションによる回復を期待してたのだろう。

 不治の病ならぬ、不治の毒。何だか嫌な気分になる。

 

 さて、まどろっこしい前振りはもうやめて、さっさと治療を施そう。

 今のところ、俺が確認した解毒効果のあるカードは天使の生き血だけだ。ならこれを使うしかない。

 

 回復カード一式は分かりやすく(ふところ)の中に()けて入れてある。

 手をローブの中に突っ込み、該当カードを探し出す。そして懐の中で、静かに天使の生き血を発動させる。

 

「では、こちらの薬を飲ませてみましょう。強力な解毒作用があります」

 

 ローブの中から出したように見せかけ、赤い液体の入った小さなガラス瓶を皆に示す。

 

「解毒作用ってあんた、紅ヨモギ草のことさっき始めて聞いたんでしょ!

 成分の割合とかちゃんと知ってて言ってるの!?」

 

 信じらんない! 何言ってんの、こいつ! と言うような態度で俺に詰め寄るアリア。

 さすがに知らない毒を治せると言うのは無理があったか?

 

「大丈夫です。これは先程のポーションと同じく特別製です。毒ならなんでも治しますよ」

 

 多分ね。

 

「なんでもって……はぁ……つくづく非常識ね」

 

 そんな訳で、天使の生き血を患者達に飲ませてみた。

 俺の時は皮膚に塗ったけど、体内の毒ならきっと飲ませた方がいいだろう。

 

「うっ……う……」

 

 患者二人に半分半分で分け与えると、彼らの表情は見る見るうちに安らいだものへと変化していった。

 

「お、おお!」

 

「な、治った、の?」

 

「まだ確実にとは言えませんが、きっと大丈夫でしょう」

 

「すばらしい、本当にすばらしい」

 

 またまた医者のすばらしい絶唱がきた。

 

「はぁ……」

 

 そしてアリアは、うつろな目で溜息をついていた。

 なんか、ほんっとうに申し訳ない……。

 

 

◇◇◇◇

 

「賢者様に頼みがあるのですが……」

 

 医者が話を切り出したのは患者全員の回復を確認し、そろそろ切り上げて戻ろうかと、立ち上がった時のことだ。

 正直、彼の言う頼みとはなんのことか、もう予想はついていた。

 

「ほんの少しでいいのです。賢者様の薬を分けていただけないでしょうか?

 もちろん、対価ならお支払いいたします。お金や宝石もありますし――」

 

「それはできません。

 私の持っている薬は特殊な保存方法が必要でして、普通に置いておくと、24時間で気化してしまいます」

 

「なら、ぜひその保存方法を」

 

「申し訳ないが、それは秘術の範疇に入りますので、おいそれとお教えすることはできません。それに、例えお教えしたとしても、この村の設備では保存施設を作ることはできないでしょう」

 

 はは……。秘術(笑)(かっこわらい)だな。

 あらかじめ考えておいた嘘を適当に並べ立てる俺。

 これで納得してもらえればいいが……。

 

「それは……やはり錬金術に使う、稀少な材料が必要と言うことでしょうか?」

 

「ええ、その通りです」

 

 …………。

 ……。

 ……錬金術ってなんやろ?

 

 

 

◇◇◇◇

 

 治療所での薬配布を終え、俺達は早々に来客用ハウスに戻ってきた。

 その後はちらほらとやって来る怪我人にブルー・ポーションを飲ませながら、アリアとコロからゴブリンの詳しい話を聞いた。

 

 どうやらゴブリン達は、ずっと以前から西の森に住んでいたらしい。昔から何かとミオ族に対してちょっかいを出していたが、ここ最近特に酷くなったという。ゴブリン達を率いるリーダーが替わったのではないかと、村では推測がなされている。

 やはり、人的被害が馬鹿にならないそうだ。

 

 夕方になると、アリアとコロは診察終了を知らせる赤い布を門の前に立てかけ、昨日と同じように来客用ハウスの周りでプチ集会をしている暇人達を追い立てながら、家に帰っていった。

 

 それと入れ替わるようにやって来るダスト君。

 どうやら昼間は狩りに行っていたらしく、この時間からしか暇がとれないのだそうだ。

 昨日彼の父から貰ったピーナッツに似た木の実を摘みながら、彼との雑談を始める。

 

 やはり話に出てくるのはゴブリンである。ダスト君によれば、明らかにミオ族を狙った罠が森の至る所に仕掛けられており、おちおち狩りもできないらしい。そして今月だけで、彼らの毒牙にかかって二人もの死者が出ているとのこと。

 

「話を聞いていますと、ゴブリンは以前よりも凶暴になっているようですね。

 具体的にいつ頃からなのですか?」

 

「うーん……いつからだっけなぁ……。

 オウルさんがあいつらに殺されたのが半年前だから、それくらいからかなぁ?」

 

「それ以前は、そんなに被害はなかったのですか?」

 

「いやまぁ、嫌がらせはよく受けてたけど……。

 昔と違って、今のあいつらは何って言うか……本気入ってるんだよ。絶対に滅ぼしてやるって感じの」

 

「……何かのっぴきならない事情があるかもしれませんね……」

 

「関係ねぇよ、そんなの。

 向こうが殺すつもりでくるなら、こっちも殺さなきゃ」

 

 

◇◇◇◇

 

 日が完全に沈んだ頃。ダスト君は室内の松明(たいまつ)を灯した後、家へ帰っていった。あまり遅くなると、怒られるらしい。

 

 ピーナッツ的な実の殻を剥く。

 硬い殻だが、その全てにひび割れができていた。ダスト君によれば、熟すとそうなるのだそうだ。ひび割れに爪を差し込み、軽く力を入れるだけで殻はサクッと二つに割れる。

 

 昨日もいくつか食べたが、中々に美味しい。癖になる味である。

 それを味わう為には殻剥きという軽作業が必要なのだが、それが余計おいしさにアクセントを与えているように感じられた。苦労して食べる物はうまい。

 食中毒に関しても今の所、特に何ともない。どうやら、植物系の食べ物は大丈夫のようだ。

 

 それにしても、ゴブリンか……。

 ファンタジーゲームだと最初の方に出てくる雑魚敵なのだか、現実に存在するとなると色々と被害がシャレにならないようだ。事実、ゴブリンにやられた怪我人を何人も見ているだけに、何とかしてやりたいと思ってしまう。

 

「いやいや、しゃしゃり出るのはやめよう」

 

 ミオ族にはミオ族なりの計画があるかもしれないし、あまり部外者が立ち入っていい問題でもないだろう……。

 

 俺は剥いた木の実をまた一つ、口に放り込んだ。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

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未熟なカード使い      -闇ー

               ☆

 

【上位世界人族】

異世界に迷い込んだカード使い。魔力を

消費してカードに秘められた力を解放す

ることが出来る。しかし、その力はまだ

未熟だ。

 

ランクアップ条件

信奉者を獲得せよ 0/10

 

魔力 2/9    ATK/80 DEF/130 

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