特にのちに響くようなこともない、一発ネタではありますが。
さやかとアンリが約束した年のクリスマス。外はすっかり日が暮れ、雪が降る夜である。見事ホワイトクリスマスになったこの日、当のアンリといえば…
「へぇ、ここがその病院か…」
「そう。ここが恭介のいるところ!」
肌寒い外に揺れる黒と青が特徴的な二人。美樹さやかとアンリは例の人物が入院しているという、とある病院の入り口付近に集合していた。
ここ見滝原は、ここ数年で近代化させる都市開発がすすめられた地方都市であるが故、このような病院なども、マミらの通う学校と同じく大きな改装が行われているため、設備も充実しているらしい。
アンリは、そんな経緯を持って建てられた立派な病院を感心して見上げていた。
ただ…
(宗教が違うってもなぁ…聖夜に悪神が人を見舞うのはどうなんだか…)
内心引き攣った笑みを思い浮かべていたが。
「んで?病室は何番だ?」
「……3階の××号室。個室で治療してるんだ」
「そこまで酷ぇのかよ…。ま、うだうだ言ってても仕方ない。いこうぜ」
「うん。こっち」
そうして二人は病院へと足を進めた。
××号室にて。
12月といえど温暖化の影響で温かいためか、訪れた部屋の窓は開放的に開け放たれており、そこからそよぐ風がカーテンを幻想的に揺らしている。日常にふと気づくことができる美しい空間が、そこにあった。
そして、部屋の主となる少年も、窓を見つめ静かに佇んでいた。
「恭介!」
美樹さやかは、目当ての人物――上条恭介――に満面の笑みで呼び掛ける。
入室したことにようやく気付いたのか、彼は幼馴染を温かく迎え入れるようにふわりとほほ笑んだ。
「……さやか、かい? またお見舞いに来てくれたのかな」
「ふっふっふ。今日は紹介したい人がいるの!」
その言葉に、ふと疑問を浮かべる少年。
いったい誰なのか、記憶の限りにある候補を探したが思い当たらず、彼は問うた。
「さやか、誰がき―――?」
その言葉をさえぎるように病室の扉が開かれ、アンリが入室する。彼の顔には、いつものにやにやとした笑みが貼り付けられていた。
「よう、アンタが上条恭介だな?はじめまして……になるな、巴・M・アンリだ。今日はよろしく」
「えっ……アンリ、さんって、さやかのよく言ってた……」
こちらにニヒルに笑いかけてくる、思いがけぬ人物の登場に一時放心する恭介。
当然、口を衝いて出るのは混乱した言葉であり…
「あぁ、さやかの彼氏さんかな?」
「「いや、それはないから!」」
息のあったツッコミをもらう。そうして部屋は笑い声に包まれた。
少し落ち着いた3人は姿勢を正し、それぞれが向かい合うようにして座った。
当然、恭介はベッドの上だ。
「すみません。
「ハッ、悪いのは美樹ちゃんだってだけだろ」
「ハハ……それはともかく、どうしてあなたほどの人が僕なんかの所に?」
苦笑する二人であったが、やはり恭介にはアンリが来るのに思い当たる理由がない。
どうやらこの会談は、さやかのサプライズ、ということになっているらしい。そう考えたアンリは、カラカラと笑った。
「いや……なに、美樹ちゃんがアンタに喝を入れてほしいつってな?」
「いやいやいや。見舞いに行きたい言ったのはアンリさんのほうでしょう!?」
「そうだったか? ……まあ、喝を入れときたいのはマジの話だ」
「は、はぁ……?」
身に覚えがないが、何かしてしまったのかと恭介は不安になる。
何やら不穏な空気が流れ始めたところ、ここで突然さやかが立ち上がり、
「それじゃアンリさん。後はよろしく!」
と軽く敬礼して部屋を出てしまった。苦笑し、アンリは言う。
「そうおびえなさんな……。で、だ。ちょっとした相談役のオッサンだと思って話してほしいんだが、恭介君はバイオリンやってたんだって?」
「あ、はい。でもこの手になってからはどうにも諦めがちで……すいません。最終的な診断はもう少し経ってから出るらしいんですが、どうにも治るのかが不安で……」
そう言って、彼は感覚の無くなった左手を右手でさすった。
顔に陰りがさしているのは気のせいではないのだろう。つまり、それほど彼にとって深刻な問題ということだ。
だが、アンリはそんなこともお構いなしに、信じられないことを言う。
「そのことだが、別に完治しなくてもいいんじゃねえか? 別段、永遠に動かせないから切り落そうってわけでもなし。それなら、日常生活に支障も無えだろうしよ」
「……、ッ!!」
そんな爆弾発言を、アンリは投下した。
恭介は今までバイオリン一筋でやってきたのに対し、あまりにもな言い草である。こんなことを聞かされて恭介は黙っていられない。その右手は、握りつぶさんばかりにシーツを押しつぶし始めた。
「……初対面で何を言うかと思えば、僕をあざ笑いに来たんですか? あなたに何がわかるんです!? 僕の手が治らなくてもいいとでも言うんですか! 他に道があるからその道を進めと? ふざけないで下さい……! そんな言葉はもう聞きあきたんですよ……。僕だって…………」
言葉を続けるごとにしぼんでゆく音量。いつしか恭介の目には涙があふれており、それが寝ているベッドのシーツを湿らせる。
思春期の少年の心は脆い。まして、身体の異常が確認されればなおさらだろう。
だが……
「すっきりしたか? そんじゃ続けるからよーく聞きな」
そんな恭介の様子にもピクリとも反応せず、あきれた表情のアンリは言葉を区切って溜息を吐いた。
「そりゃあ恭介君がバイオリンができなくなって悲しいだろうさ。オレだって自分の手がそんなことになったら恭介君と一緒で、周りにあたっちまう」
自分はもう、体の欠損さえ簡単に
「――なら!」
「最後まで聞けって。でもな? 手が無くなった訳じゃあるまいしさぁ、大げさすぎるんだよ」
そこまで言うと恭介はアンリを睨みつけ、部屋は静かになった。
「これは本当の話だ。最近じゃ腕まではいかねぇが、米国では失われた指を生やす魔法の粉みたいなのまで開発されたって話だ。
――そんな風に日々、医療は進歩を続けてる。まぁ何が言いたいかってぇとだ」
「…」
一泊の間。恭介に心を落ち着かせる時間を作ると、彼は柔らかな声量で言い放つ。
「お前も歩け。先の道がなきゃ作ればいい。まだ、立ってさえいねぇんだろ?」
「立って、いない…?」
彼の言葉を復唱し、恭介は身を見開いた。
立ってさえいない。そうだ、自分は……
「面倒だし、お前って言うがな? お前さん、ずっとこの病院でくすぶってるらしいじゃねぇか。見舞いの客がいなかったら独りで声を殺してみっともなくピーピー泣いてよぉ、それでも手前は男かってんだ」
「え、え?何でそのこと…」
「医者に聞けば一発だろ。シーツの涙が痛々しいって、看護婦さんは嘆いてたぜ?
くくっ……まぁ、それはともかくだ。……お前さんも人間なら、やることはひとつだけだ」
場の空気を変えるためだろうか。アンリは表情筋の力を抜き、ただ、前の一点のみを見つめるようにして言い放った。
「動かないもんは気合いで動かせ。お前一人が立ち止まるってんなら、オレが周りを巻き込んででも進ませてやる。それでも左手の事が不安なら、オレがその不安を貰ってやる。だからさし差し伸べた隣人の手ぐらい、その手でとってやるくらいの事はしろ……て、の!」
「わわ!?」
強引に恭介の怪我した手をとったアンリ。突然つかまれた痛みと驚愕で恭介は目を白黒させていた。すると、横からもう一人の手が伸びてきて、二人の手と繋がる。
その人物は……
「さやか…?」
「あたしも恭介を引っ張るから、一緒に歩こう? 幼馴染じゃない。他人ってわけでもないんだしさ」
「あ……」
恭介……彼は初めて、さやかの瞳を直視した。
その瞳は、空のような、どこまでも飛び立たせてくれるような澄んだ青の瞳が揺れている。その美しさに、彼は自分の見ていた音楽の世界を思い出した。
「そーゆーワケだ。
しっかりと二人の手が重なったことを見届けたアンリは、二人から離れて窓に手をかけた。
三階という高所。手のつながった二人を祝福するように噴出した風は、窓際に立つアンリの姿勢を追い込むほど。
「「アンリさん!?」」
「おーう、すっかり息ぴったりじゃねぇか?その調子で頑張れ、オレも陰ながら応援するからよ?そんじゃ、またな!」
自分のことはどうでもいいのか、左側に重心を置いて寄りかかっていた彼は、切り倒された樹木のように窓から飛び降りる。驚いた二人はそろって窓から身を乗り出し、下に落ちたと思われるアンリを探すが……
「ちょっとここ3階……!! って、えぇ!?」
「いない……一体どこに……?」
下にあるのは、通行人が夜の街を歩く様だけ。
街灯の明かりを頼りに探せど、アンリの姿は影も形も無く、揃って呆然となる。それにさやかはうっかり言葉をこぼした。
「あーもう、打ち合わせと違………あ」
「さやか?打ち合わせってどういうことかな?」
気付いても時既に遅し。手のつながった先、その手の持ち主のほうを向くと、空気をゆがませて此方を見る恭介。いかにもなオーラが立ち上っていた。
何という喜劇だろうか、といった突っ込みを入れるわけにもいかず、頭の中がぐるぐるになったさやかは口を衝いて出る言葉を吐き出し始めた。
「えっと、その、ね? アンリさんが恭介励ましてくれるって言ったから、二人で最後は恭介と手を取り合ってハッピーエンドでしたっていうかなんていうか……その、全部恭介のために最後だけは仕組んでそれ以外はアンリさんが話持って行ってその……あの……え、っと…………」
「くっ…」
「へ?」
「アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
「き、恭介……?」
さやかが必死に言い訳したところ、恭介は腹を抱えて笑いだす。何が起きたのか、精神まで疾患したのかと、むしろお前が落ち着けという思考に陥るさやかだったが、笑い終わった恭介はこう続けた。
「初めて見たよ。さやかのそんな取り乱したとこ。ッハハハ……ああ、面白かった!」
「え? ちょっ、それどういう…」
「もしかしたらこのためかもしれないね。アンリさんの狙いは」
明るい顔に戻って恭介はそう言った。さやかは元の明るさを取り戻した恭介に内心安堵するも、その言葉の意味が分からず首をかしげる。
「最初はあんな風に言ってたから、けなしに来た嫌なやつかと思ってたけど―――でも、違った。思い出させてもらったよ。後ろ向きなことなんて考えてなかった、小さかった頃の話をさ。
……それに、あの言いぐさは僕とさやかをくっつけようとでもしてたんじゃないかな? 僕らは幼馴染なのにさ、アンリさんってホント不思議な人だね」
「っ……それは、まあ不思議だけど。私もびっくりしたし…」
付き合う、なんて。
そんな言葉を言ってから、さやかの肩が少し、震える。
「今度会ったらどうやって姿を消したのか聞いておかないとね」
「……そう、だね」
先の言葉を聞き、さやかは恭介の方向に体を向かせ、手を握りなおした。今度は彼女の纏う雰囲気が変わったのを感じ、恭介は彼女を見据える。
「さやか?」
「恭介、あのね……」
震える声は、なにかを我慢しているのか。滲みだした涙は、何かに悲しんでいる――もしくは、喜んでいるのか……そんなことを考え始めた恭介には、
「あたし、あんたの事が……本当は―――」
予測なんて、つけられるはずもなかったのだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ま、これでハッピーエンド。ってか?」
さやかが意を決したころから、しんしんと、音を消すように雪が降り続いていた。
病院からさほど遠くも無い路地裏には、黒い人影が蠢いている。――苦悶の声をもらしながら。
「痛ッ……! 慣れない魔術は使うもんじゃねぇか……」
アンリが出血する右腕を抑えながら最近編み出した泥の活用(自分の体ともなる泥で動物を作り、そのすべての五感を共有する方法)で二人の様子をうかがっていた。
ここにいるのは、あの時、霊体化で姿を消し、ここで諜報用に作った泥の動物で二人を見ていたからである。
それだけのはずなら、頭痛もほとんどしなくなった。だというのに、なぜ怪我をしているかというと……
「『
魔術の強制使用。恭介の手をとった時、保有スキルも無いのに代価は全て自分持ちで祝いをかけたからである。その祝辞ともなる内容は、“自分自身の概念を基にして使用したルーン魔術”であった。
GEOFUは『贈り物』を意味する。それで関係をこじらせないようにした。
ANSULは『口』つまりは言葉を意味し、少し積極的になれるようにした。
KENは『火』。その意味の中にある自分の力(回復力)を助長させるために使った。
EOLHは『保護』の意。それを逆位置として使い、自分がその負担を請け負えるように仕向けた。
そうして恭介の読み通り、二人の仲を進展させるようにしたのだ。とはいえ、既存する魔術法則もないこの世界で勝手に魔術を使用したのは、彼にとって大きな痛手だったようだが。
「ったくよぉ。オレは『
……にしても、オレも最悪だなぁ。人の心を無理に進ませるなんざ、どっちかっつうと悪よりじゃねぇか。そのまますぎるがな」
自分の在り方を思い出し、苦笑したアンリ。だが、その顔は、とても満足げな表情であった……
町には雪が降り続く。聖夜の下で二人はどうなったのか……それは、またのお話。
そして悪神は絶え間なく蠢き続ける。彼の周りの負を全て背負うために。
たとえ、何が立ちはだかろうとも。
ふぃ~。一番の黒歴史(緩衝版)投稿完了です。
ルーンの知識が「はぁ? 何言ってんだコイツ」なのは、うちの設定担当『栄司』が未熟なせいです。
南山でした。
そして、難産でした。(わけがわからん)
では、お疲れ様です。