遅くなりましたが、第二部の続きを公演いたします。
何処までも堕ちてゆき、誰に見つかることも無く、朽ち果てる運命なのか? 世界は選択し、選択される。人の数だけ世界は存在し、人の数だけ世界は滅びを選ぶ。
だと言うのに、ある観測者が謳うには…世界そのものには寿命というリミットまであるらしい。しかし、本当にそうなのだろうか?宇宙とは、幾億もの年の中、その範囲を広げ続けて来た。本当にそうか? その先にあるモノは“無”……可笑しなものだ。“有る”のに“無い”とは。
本当にそうかい? 孵者が探し出し、エネルギーは一先ずの安定を得た。
本当に、そう思っているのかい? エネルギーなんて、所詮……その宇宙が孕んだモノの一部でしかないのに?
だとしたら、傑作だよ。僕たちはただの哀れな道化でしかなかったという事さ。
耳から垂れる不可解なアクセサリー。ピクリと動かす様子はおおよそ可愛らしいほどだろう。のっそりと表情筋を動かし、瞳を閉じて笑いかける。愛くるしさは感極まって、無地の白より白く気高き獣となった彼は、隣の御仁、マミへと告げる。
「……そろそろ、僕も動かないと他のインキュベーターが寄ってきそうだね」
「あら、あなたも行くの?」
「まあね。“元”同族に、出し抜かれるつもりは毛頭ないからさ」
「ふふふ……気をつけて、“行ってらっしゃい”?」
「うん、行ってきます」
白き
「私達の色合いは綺麗なんだから、家族なんだから、欠けちゃいやよ? キュゥべえ」
命を繋ぐ、願いの紐。家族のつながり、切れない絆。それらを現す金のリボン、彼の首輪の代わりにくるくると、存在証明自己主張。
残された彼女はただ待ち続けるのだ。掛けがえの無い家族を信じて。ただ。
ととと、ととととと、と、とと、とととととと……走る歩く。立ち止まって跳ねあがる。くるりと回ってゆらゆら到着。視界に入った桃色は、希望を持った希望の持てた希望が溢れる桃色さん。無かった物を携えて、にこりと笑って問いかける。
きっと彼女は驚いたろう。だって、抑揚があるのだから!
「やあまどか。久しぶりだね」
「……キュゥ、べえ……?どうしてあなたが……!」
やれやれ、やっぱり駄目なのかい? 僕はこんなに笑っているのに。それも仕方ないよね。僕が僕であり続ける限りは。
「それじゃ率直に聞かせてほしい。君は、僕が憎いのかい? 僕達を憎悪しているのかい?」
「当たり前じゃない!あなたのせいで、さやかちゃんが……!」
「なら、僕と契約して彼女を生き返らせてみるかい?……なんてね、契約なんかしないよ。それは余りにおぞましい。君が必要なのは僕じゃない。暁美ほむらの方だからね」
そう言うと、吃驚した顔になるまどか。始めてみた若かりし頃のそれに、可笑しそうに、不謹慎だとは分かっていても、それでもくすりと笑みをこぼしてしまう。
そんな白い獣の様子に、まどかは驚愕、唖然。始めてみたのは確かだろう。インキュベーターの真実を知った今、それを覆す事象が起きているのだから。
「笑った……?」
「ふふ、
「―――テメェ、今更になって……どこから沸いて出やがった!」
キュゥべえがその声に気付けば、後ろに杏子が立っていた。彼女の武器をキュゥべえに突きつけて。穂先が首下に触れるが、撒かれたリボンが優しくはじく。リボンに見覚えがあるのだろう。杏子もまた驚きに槍を取り落してしまった。落とした槍は、戦意の喪失と共に消失する。
「まったく……他のインキュベーターから出し抜かれる事が無いように忠告と思ったのにね。あの気まぐれ神が説明してる筈もないから、その点を補おうと思って来たのに……流石、この頃の僕は随分と嫌われ者の様だ」
そう耳を竦めるキュゥべえだったが、
「どうでもいい! それより、魔女化の事をなんで黙っていたんだよ!」
急かすように、新たに創られた杏子の槍が獣の体に喰い込む。
まどかはその痛々しい様子に顔をしかめながらも、やはり一度異常はキュゥべえの死ぬ瞬間を見ているのだろう。止める様子は感じられない。
そうして傷口から流れ出る痛みに顔をしかめながらも、キュゥべえは疲れたように言い放った。
「
宇宙の寿命を永らえさせる。その為に、君達人間の持つ感情をエネルギーに変換する必要があったから……これからはちょっと長いけど、それでも聞くかい?」
「なんで他人行儀なのかは分からないけど……それで、何か分かるなら……」
「うん。やっぱりまどかは、まどかだね。あのヤンデレ神とは大違いだよ」
「え?」
彼女たちには恐ろしく異様に映るであろう、花の様な笑顔を向けながら、キュゥべえはつらつらと語りだす。魔女の真実と、インキュベーターの追い求めた……間違いについて。
「ちょうど、君達が契約したアンリと繋がってるから、その戦いを見ながらにしようか」
まどかの部屋にあったパソコン画面が突如唸りを上げ、こことは遮断された筈の世界を映した。協力感謝だよ、H.N.エリー。
人影を乗せたくるくる回る小さな足場。不安定かつ頼りない、その下を除けば永遠の闇。
それを追いつめるは、空を飛ぶ軽薄な雄鳥たちだった。自由自在に空を飛び、“無駄”に鍛え上げられた人間の肉体を持つ物や、“無駄”にカラフルに彩られたファッションで着飾る者も見受けられる。
だが、それらは全て
小さな足場に嘴をたて、悪神を舞台から引きずり降ろそうと翼が羽ばたいた。
『バーカ。そんな、こっすい方法しかとれねえから
呆気なく新たな足場を作られ、目論みを破られる。まさか空にとどまるとは予想通りだったのだろう。続いて、画面を見ている彼女たちには信じられない光景が映った。男である彼が不可思議な力で戦っているというのも驚きだが、それは、同一人物の生存による驚愕。
『この足場不安定ねぇ……』
「マミ!?」
「マミさん!!」
生きている筈がない。だが、事実そこに存在していたのは、文句を言いつつも、彼の影の中から現れた「巴マミ」という魔法少女。当然のように、己の武器、手に持ったマスケット銃の銃口を使い魔に向けて引き金を絞った。
『ぱーん』
可愛らしい声と共に、凶悪なまでの魔力を込めた弾丸を発射。
おおよそ、銃声の3倍ほどの量がある弾丸は、此度対峙する魔女『ロベルタ』の使い魔である『ゴッツ』の一匹に見事命中し……4メートルはある球状の大爆発に飲み込まれ、周囲を巻き込み爆散した。
「なんで、生きて……」
「それは後にしよう。それじゃ、基本的な説明を始めようかな」
死んだはずの人間が生きて見慣れたリボンで敵を縛り上げているのは、どうしても信じがたいだろう。だが、キュゥべえとてそのような場は乗り越えてきている。彼女たちの反応に慣れ切った様子で、苦笑いと共に口を開いた。
「インキュベーターが君達、魔法少女に戦わせる魔女。その正体は……大本を正せば、魔法少女が始まりだ。この国でも成熟する前の雌生体を“少女”と呼ぶように、探そうと思えばヒントは見えてくる。
そして、地球で最初の魔女が生まれたのは紀元前の事。魔女が居ない世界で、“何でも一つだけ願いを叶える”と誘惑したインキュベーターは見事、魔法少女を絶望させ、地球最初の魔女を生み出した」
『オオー』
シャルロッテはぬいぐるみ姿のまま、マミのリボンで縛られた使い魔達へと近づいた。
なにか、マントの下から一つ目ネズミのような使い魔を出したと思うと―――ネズミはガジガジと、鳥の使い魔達を食いちぎり始める。
縛られ、逃げることもできない使い魔は、次々と羽を、体を、服を喰い尽くされる。ただ、足場を揺らして使い魔達に人間を喰わせるつもりの魔女のけたたましい足音だけが、その場にむなしく響き渡っていた。
その様子を見たシャルはエッヘンと胸を張り、残敵掃討を終了した。
「あの魔女は、マミさんを殺した魔女…? え、えええ?」
「それからと言うもの、魔女は使い魔と言う存在を生み出し始めた。
使い魔は成長するにつれ更なる絶望を生み、更なる魔女を生み出した。負の連鎖はそうやって延々と続き、インキュベーターは理想通りの感情エネルギーを“採集”することができた。……そう、インキュベーターの目的は、その莫大なエネルギーだったんだ」
「どういうコトだ、そりゃ」
モニターを見れば、全ての使い魔は掃討され、裸一貫の魔女だけとなっている。それに近づいたのは、全ての負を背中に詰み続ける異形の悪神様。
印籠を掲げるように伸ばした右手には歪な短剣が握られ、左手にも似たような物を出現させた彼は跳んだ。そうして近づけば近づく程、その巨体を曝す鳥かごの魔女ロベルタ。アンリは自分の攻撃圏内に魔女が入った事を確認すると、双刃に魔力を結集させる。
「インキュベーターは、現存する宇宙のエネルギーが消費され続けることに危惧を覚えた。感情が無いとは言っても、生存本能に歯抗えないからね。そして、この地球より進んだ“彼らの科学力”の観測結果から、早く対応して、全ての知的“生命体の種”を消滅の危機から救おうとしたんだ。
研究の結果、インキュベーターの持ち得ない、感情と言うものが、宇宙を救う程の莫大なエネルギーを放出させることが分かった。特に、希望から絶望へ切り替わる、その瞬間にね」
「だから、あなた達は……」
「そう、“彼ら”は感情と理性を持つ生物――君達、人間をその為の燃料と定めた。そうして、人間だけが搾取される、家畜のような関係へと発展していったんだ。それが“間違い”とも知らずに」
鈍く血の様な色に発光し始めたアンリの持つ双短剣。その刃先には彼の操る悪意の泥が巨大な刃を形作った。それは鳥かごの
切れ目が上から下りるたびに、荒々しく両断された箇所から臓物と血飛沫をまき散らし、完全に切断される頃には、下半身だけの魔女はあらゆるものをぶちまけながら絶命していた。
巴家はその場でハイタッチ。落ちて来たグリーフシードをマミが掴みとると同時に結界が消滅する。まどかの部屋のモニターも動力を失ったように色を褪せ、電源を落とした。
「実のところ、人の魂を変質させないまま人外の肉体に変貌させ、人としての絶望の感情を振り撒く存在を作りだしたことさえも間違いなんだ。そもそも……宇宙が寿命を迎えるなんて事もなかったしね」
「「え……」」
その言葉に絶句する二人。インキュベーターの歴史を、インキュベーターであるはすの彼がこの場で全否定したのだから。しかも、宇宙の消滅自体が無い。と言いきった。これに、驚愕の感情を露わにしない方がおかしいと言えよう。
二人の反応も予想通りと言わんばかりに、キュゥべえは小さく笑って先を続ける。
「彼らが観測できたのは、“現時点で広がっていた宇宙の最極端”だったという“だけ”。
感情のエネルギーも、所詮はこの宇宙の中で生み出されたエネルギー。宇宙の為に還元しても、尚更この世界の存在を証明し、よりこの宇宙が広がっていくスピードを速めるだけなんだよ。
彼らが観測したのも、結局はその場所一回だけ。そりゃあ、消滅もするってものだよ。ホント、頭のいいバカな種族だよね」
そうキュゥべえは吐き捨て、嘲笑うように苦笑した。かつての己が、どれだけ異常で異端で……愚かであったのかと。そんな彼に掴みかかったのは杏子だった。まったく、この生き物は何を伝えたいのか。ワルプルギスと言う脅威が迫る中で何をしに来たのか。
自分の意図を全て凝縮し、一つの言葉として吐き出した。
「それは分かったが……結局、テメェは何が言いたいんだ?」
「残念ながら、此処に彼の『祠』は造れないからね。
だからこそ、まどか。君が契約しないように、これからも、インキュベーターと言う種族が他の者と契約しないようにして欲しいんだ。杏子も手伝ってくれると嬉しいかな?」
「私が……契約しない事?」
確認するように呟いたまどかに、そうだよ、とゆっくりと頷いた。
「ワルプルギスの夜“程度”なら、アンリが単騎で倒すことだって簡単だ。だから、そんな目先の脅威は彼に任せるとして、この地球から魔女がこれ以上現れないようにしてほしい。
後少しで、全ての“魔女”という存在を滅ぼす神が
「そんな奴が……」
それこそ有り得ないだろうと否定しようとした杏子だが、キュゥべえの瞳に映る確かな輝きを見て閉口する。
彼らが待つのは、魔女を消し去る概念と成り果てた“鹿目まどか”。彼女さえ来れば、あとは時間を賭けてでも“祠”の代わりになる物を製造し、『負の存在』が怪物となって具現化しないようにすればいい。魔法少女達の成長や宿命の問題も、この世界のまどかを此方のキュゥべえにある事を願わせれば解決される。そのために、結局契約は必要なのだけれど。
キュゥべえやアンリ。彼らは幾度となく、様々な方法をとって数々の世界を巡って来た。自分達の世界と似ているこの世界も、救われたいからこそ悪神達を呼んだのだ。ならば、その期待に応えない理由もない。また存在意義に縛られる生き方だが、それも悪くないと思ったからこそ、キュゥべえも動いているのである。
「これが僕らの目的。そして、この世界を救える手段なんだ。改めて、僕らと協力してくれるかい?」
流れるのは、人時の無音の時間。それも、唐突に破られる。
「……一つだけ、聞かせて
あなたは、同じ種族の筈なのに、どうしてインキュベーターを止めようと思うの?」
途中で裏切られては、たまった物ではない。そう思ったのも自然だろうが、やはり彼女は“まどか”。聞きたい事を、聞かせたい事を実にいいタイミングで質問してくれた。キュゥべえは、それに対して誇らしげに言うのである。
「僕はもう、“インキュベーター”じゃない。ただの“キュゥべえ”さ。
あの子から貰った名前を誇る、一つの感情を持った命だ。それに……」
「それに?」
此処まで答えれば、彼女達にも真意は少しずつ伝わっていた。だが、それでも杏子はおどけてみせる。キュゥべえが口にするであろう、最高の言葉を期待して。
「誰かを助けるのに、理由は要らないだろう? 僕たちはただ助けたいと思ったから動く。主の意向で、アフターケアも万全さ」
だから――――
歌うように、彼は続ける。
歌詞の内容はハッピーエンドな物語。冒頭部分を担うというなら、キュゥべえは必ずしも始めの言葉を締めくくるのだ。
「僕たちと契約して、世界を救ってよ」
甘い甘い、誘惑の言葉で。
これにて幕間。
次回は舞台裏にございます。
それでは、お疲れ様でありました。