魔法少女と悪を背負った者   作:幻想の投影物

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狂気分が少ない……まあほむらちゃんもいないし当たり前かな?

……え? 本番はじまってるの? は、早く台本台本……


結託・運命・崩壊

この世界に悪が降り立った翌日。

晴天…とは言い難い、雨が引いた夕暮れの頃。

鹿目まどかはただ一人。たった一人で屋上へ向かっていた。

コツコツと階段を上り、屋上の扉を開けば湿っぽい空気を一身に浴びる。

 

死したさやかの涙か……いや、そう考えるのもおこがましいと首を振って否定する。

 

そうしていると、待ち合わせていた人物が姿を表した。

佐倉杏子。みずみずしい林檎を手に、一つかじって此方に放り投げて来た。

ニッと笑うその顔に、少しだけ「  」し、槍を担ぐ彼女の姿からは、多くの悲しみがこみ上がって来た。脳裏には青き少女の―――――――面影を。

 

「大丈夫か?顔色悪いみたいだけど……」

「ううん。私は平気」

「だといいんだけどなぁ…」

 

ポリポリと頭をかき、昨夜の事でばつが悪そうな顔をする杏子。

それを「杏子ちゃんのせいじゃない」と、まどかは儚げに否定する。誰も悪くはない。死んだ彼女には悪いが、自業自得でも無い。諦めるしかなかったのだと、己にも諭すように。そうしなければ、とても気分はいい物じゃない。今から数週間前に突如、眼前に現れた機械人形のような魔法少女、暁美ほむらに彼女は全てを奪われているかのように錯覚していたのだから。

奪われて慶ぶ者などいない。与えられれば喜ぶだろうが、与えられたのは絶望と奇怪な言動のみ、歓ぶなど、嗚呼……以下(・・)にして出来ようか?

 

不意に、その場は明るく照らされた。

日が射してきたのだろう。空を見上げれば、雲は大きな割れ目を作っており、丁度その部分に太陽が顔をのぞかせている。

湿った水溜りだらけの屋上を照らし、自分達をお日様が慰めているのだと。そうとも取れる解釈を心に打つ。打たねばならぬ。でなければ――嗚呼、憂鬱哉。

 

「杏子ちゃんは……」

「ん?」

「これから、どうするの?」

「そうだな……」

 

和解が間近に迫り、これから訪れる脅威に対抗してくれそうだった。

されど、青き少女は逝ってしまった。暁美ほむらの言動に見え隠れする「これからの脅威」。それに立ち向かうとなると、杏子もさやかやマミと同じ末路を歩む事になるかもしれない。

だからこそだ。まどかは心配と、悲しみを込めてその言葉を送る。

 

対する杏子は、鹿目家から貰ってきたのだろう『T○PPO』のチョコレートを味わいながら、気楽に答えを告げた。最後までたっぷりと、

 

「ワルプルギスと戦うさ。アイツ(ほむら)にゃ聞きたい事もあるしな」

「逃げ…ないの?」

「今は居ないが……キュゥべえたちの噂じゃ、どっちにしろ人類は滅びちまうんだって話だって? どうせ死ぬなら、一矢報いてからが望ましいよ。アタシはね」

 

たとえ自分が死のうとも。

彼女は何処までも強く、気丈に生きて来た。そして、この世界の杏子は鹿目家に居候している事も、彼女がこの答えに至った要因の一つ。

新たに感じた『家族』に、彼女は賭けたくなったのでした。ただ、それだけの、ありふれたお話でしたとさ。

 

めでたく終わるかは闇の中に。

 

「……ごめんなさい」

「あやまるこたぁないさ。アタシだって腹括ってんだ」

 

日の光は未だ射し、少しでも二人を温める事ができるように強く光る。

それはさながら、暖かな気持ちを持って欲しいと、世界そのものが祝福してくれているようで――――唐突に、暗雲が立ち込めた。

 

風は無く、すうすうと雲は太陽を覆い隠した。黒き雲は雷鳴を呼ぶ。ガラガラと二人を揺らし、閃光で網膜を焼き切ろうと画策するのだ。

 

訪れた闇に、せっかくの起き上がりかけていた彼女らは沈みそうになる。ただの天気でも、ここまで心境に影響があるとは…と。先程の気丈な様子は何処へやら?

 

されど、それは闇の兆候で在って、光の兆候でも在った。

ここで初めて、この世界には乱れが生じる。

そう、現れるのは我らが悪神『さあ。さあ?さあ、さあ!』

始めて合って、こんにちは。

 

≪暫く、…ぁあ暫くぅ!! 天照大神の分神もご照覧ありやがれ! ハジメマシテ。お嬢さん方? 謂れは無くとも即参上、悪鬼羅刹から()望のデリバリーにやってまいりました!≫

「「!!!?」」

 

声と共に、まどかと杏子の立つ丁度間の床から突き出した、『漆黒の腕』。

いや、腕の形をした何か。と言った方が正しいだろう。

『それ』は不規則にゆらゆらと揺れており、ぐじゅるぐじゅると嫌悪感のある音をたてて滴り上がる(・・・)

二人が呆けている間にも、そして『それ』は次第に形を取っていく。突きでた腕は浅黒く、その至る所に赤黒い刻印が見て取れた。いつしか腕は人のあるべき高さにまで移動し、ゆっくりと人の型を真似てゆく。()粘土のようだと、不快感は抑えられない。

 

じゃり、ぐじゅる、ぐちゃ。

生きるモノとして、聞こえてはいけない筈の音。それが、自分達と同じ『形』をしたものから発せられる恐怖。だが、それは一つの“芸術の様で/雑多な物の様で”、人と言う“醜さ/美しさ”が今目の前で広められているようで……

 

間違い無く、人間(ひと)を見せつけられるようであった。

 

「クカカカっ!! 吃驚人間ショーは大成功? それはよかった! おお、良きに御座いました!」

 

泥に包まれた異形の泥。それは手を空へ突きあげ、道化のように語りだす。

そして彼女達の方へ向き直り――――その態度を一変させた。

 

「して……オレが何か気になるか? ならば応えて進ぜ様。鹿目まどか、佐倉杏子の迷えし少女らよ、ってなあ?」

 

目の前で組み上がった存在――アンリ・M・巴――は紳士のように丁寧にお辞儀をする。

そして、彼女らの名前を呼びかけた。

 

まったく不審な人物。この世に知る『異質』は魔法少女のみであり、『男』という超常現象などに思い浮かぶものは二人は持ちえていない。この眼前の異常事態に構え始めた杏子は、まどかの分も代理するかのように声を荒げる。

 

「何モンだ? 魔女…にしちゃあ話せるなんておかしいし、“くちずけ”を受けたにしては可笑し(異端)過ぎる――――! 正体は、何だ……?」

 

答えよ。断れば刺す。槍を構えた彼女の瞳はそう、物語っていた。

臨戦態勢の杏子に動じることなく、アンリはその問いに応える。

 

「オーケーオーケー。それらの求めに、オレは包み隠すこと無く答えよう。聖杯(オレ)は望まれるものだから…なぁ?」

 

三日月のように口を吊り上げ、おどけた道化は語りだす。

 

そうして、運命の一石は投じられた。いや……

 

 

 

 

 

――――投じられてしまった。

 

 

 

 

 

 

その頃、マミとシャルロッテは……

 

「あら、断りも無く『私が死んだ』からかしら。まだ水道使えるみたいね」

「( ^^) _菓 オカシトタベモノカッテキタ!」

「あら、気がきくわね。世界は違えど、やっぱり商店街の人達は変わらないみたい」

 

一緒に詰め込んじゃいましょ。と冷蔵庫にしまう物を選り分け、次々に生活の準備を整えて行くマミ。シャルロッテは重そうな物を優先して運び、二人の近くに居る人影がそのまま形になったようなものは、たまった埃などを掃いていた。

 

この二人と正体不明の影達が居るのは。言わずと知れたマミの住んでいたマンションの一室。

急遽死亡した“この世界のマミ”が丁度家賃を払った直後だったのか、水道電気は滞りなく使えた。元々、拠点も何もない根無し草の自分達は、こうして死者の居た場所ぐらいしか使えないのだ。

 

(ま、割り切るには重たい話だけど……私も大人(おばあちゃん)だもの)

 

マミも心中、この行動に余り快くは思っていない。

だが、自分達には必要なのだと言い聞かせる事で、自責の念を押しつぶしていた。

巴マミ。実に、齢98の心境であったとか。

 

そう思っていると、長年見慣れていた『白』が視界に入った。

それはかつてと違い、意気揚々といった風にこの場を眺めていた。

 

「懐かしいね…マミが昔暮らしていた場所か……」

「あら、感傷に浸ってるなんて…あの頃のあなたじゃ考えられない行動じゃない」

「まったく…わかってるだろ? 僕だって“変化”しているって」

 

その白い生物はおどけたように苦笑した。

 

「ちょっとからかっただけじゃない。長く生きてると、ちょっかい掛けるのが趣味になったのは知ってるでしょ? ……『キュゥべえ』」

「やれやれ…精神面はナイロンザイルのようだね」

 

その白い生物…今となっては感情豊かになったキュゥべえを膝に招き、マミは彼の頭を撫でる。長年連れ添ってきた間柄、柔らかな温かみを感じたキュゥべえは嬉しそうに目を細めた。

アンリと出会って約80年。マミが寿命を迎え、その魂がアンリ元へ赴くその時まで、彼らの絆は確かな物となっていたようだ。

 

「それを言うなら、コールタールと言ってちょうだい?」

「……はぁ」

 

皮肉も切り返されるのかい。キュゥべえの心は、無駄な成長をしすぎた娘を見ているかのようだった。アンリたちは長年対等な『友』としてやってきた仲だ。ある程度の切り返しはキュゥべえも予測していたが、これは予想外だと天を仰ぐ。

マミはそんな彼を見て微笑むと、ラインの繋がった方向へと視線を移す。当然、その先に居るのは――

 

「さて、これからが正念場よ。頑張ってきなさい……アンリ」

 

この世界の平和を願い、マミは帰る事ができる場所を整える。

それが、異なる自分が居た場所であっても、戻る事が出来る場所には違いないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わってアンリ達。

自分達の目的。自分達は何者か。アンリはそれらを全て伝え終わっていた。ニヤケながらに淡々と、時には煽る様に語る彼はこの上なくうざったい。しかし、それもマミが共に来れるようになったからこそ。不規則なテンション、安定しない人格のままに話していたのだ。

 

して、それを聞いた杏子達と言えば……

 

「そう簡単に信じられねえな。さっきの登場も怪しすぎる。アンタを信用するって訳にはいかない」

 

当然の疑惑。

そりゃあ、怪しい奴ほどこの世では関わりたくもないし信じてはいけない。現に、インキュベーターという種族がそうであったのだ。

 

「でも」

 

杏子はそこで一拍を置き、突きつけていた槍を引っ込めて言う。

 

「ワルプルギスを倒すっつうんなら、協力しな。アタシだって死にたかねえからな」

「ひゅぅ。それで十分さね」

 

どちらも深入りしすぎない契約。ここに、それは成った。

 

「あの……」

「ん? 他になんかあるのか」

 

おずおず、と言った風にまどかが訪ねてきた。

 

「あなたは…どうしてこんな事を持ちかけたの?」

 

それを聞き、アンリは苦笑する。

やはり、何処まで言ってもまどかはまどかだな。と、今は亡き“まどか”と現役バリバリの“神ちゃん”を思い出した。こうして、疑問を素直にぶつける辺りは変わっていない。それは嬉しくもあり、面影が重なって悲しくもあった。

まあ、神ちゃんは頼もしいが来てほしくはないな、とは思っているのは内緒だが。

 

「なにより、『約束』だからなあ。神ちゃんと、オレ自身との」

「『約束』………」

 

誓っただろう。二度目の生を得た己に、“生きる喜び”を教えてくれた世界に恩返しをしたいと。ならば、その為には―――

 

「『オレが全部背負ってやる』……オレはもう、十分生きたんだ。なら、味わった幸せの分だけ、他の奴にも味あわせてやろうってな。

 クカカッ、下らねえ押しつけだよ。『魔法』なんて大層なもんは使えねえが、こういった『倒せる敵』が居るならオレはそれをブッ倒すって具合にな」

 

自嘲するように、だが、ハッキリと思いを告げる。

それを見た彼女達は……

 

「これから、よろしくお願いします」

「アイツと違って、アンタならまだマシみてぇだな……あれだけ大見得切ったんだ。キッチリその分は働けよ?」

 

最初よりいくらか表情を和らげ、彼を受け入れた。

とはいっても表面上。とくに杏子はあくまで契約上の協力とみなしてはいたのだが。

 

「なに、約束するさね」

 

にっこりと笑って、彼は答えた。

 

再びその場には日の光が差し込む。同時刻、マミ達がいるマンションにも光は届いていた。

新たな世界の訪問者を歓迎するように。そして……

 

破壊者――――、―――――――――――――。

救済者の登場を、心待ちにしていたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、……もう少し待っててね。アンリさん」

 

幾多の世界を越え、その様子を見守るは女神が。

箱の様な部屋で、一方だけに宇宙が広がる不思議なその部屋には、微笑を携える神が鎮座する。その神といえば、忙しなく背後の羽をはばたかせて根を広げていた。

 

「もう少し…もう少しで…………」

 

――――そっちの世界に届きますから。

 

いつでも彼女は、女神であるのだ。

 





―いやいや、今回も疲れたね。
―お疲れ様。悪神サマ? もうちょっと落ち着いて。
―あ~スマン。魂の制御が利かなくてよ。
―そうそう、あの影も回収して欲しいな。マミの家(――――)が埋まっちゃうよ
―ゲ、了解…



いやはや、お疲れさまでした。
二次公演はこれにて閉幕。三次公演はまた次の機会となります故、観客の皆様は適度な休憩をばお取りください。

次回は、あなた方がくつろいでいる時間にわざとはじまらせる故……

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