ちょっと短いですが、場つなぎ程度にでも……
孵者・追憶
暖かな橙の光が目の前の少女の胸から発せられる。魂が物質と成り、体は強靭な人形となった瞬間である。
これも幾度となく繰り返し、僕が見てきた光景。彼女の願いを叶え、絶望を集めてもらうための契約だ。
「…さあ、受け取るといい。それが君の新たな運命だ」
「うん!ありがとキュゥべえ!」
「気をつけて欲しい。君はこれから数年。命を賭した戦いに身を投じるのだから」
「それは分かってる。でも、私も叶えたい願いがあったから…それじゃ、またね! えいっ」
ぺた。
契約したばかりの彼女は駆け出して行った。早速変身してソウルジェムを頼りに探っていく光景は、非常に“微笑ましく思う”。……背中の違和感は置いておくとして。
彼女も僕に奇跡を願い、その願いの代償としてエネルギーの回収を手伝ってくれる新しい人員となったわけだ。……前と違って、彼女が真に絶望しても怪物に変ずる事は無いけれども。
「アンリ…君がこの世界を去って早2年だ。結局、一度も会いには来ないね…。
あの家に三人は……すこし、寂しいかな」
空を仰げば、かつて彼が穴をあけたという魔力の名残が、今でも残っている。
そう、彼が『まどか』の願いを受諾し、魔法少女のシステムを変えてから2年の月日が流れていた。
彼が受肉した際に飛び散った肉片が、不思議な『祠』に転じ、魔法少女や世界に散在する『人の負』を回収して『負玉』という怨念が固まった物質を作りだすようになってからというもの。魔法少女は定期で引退し、引退した魔法少女の経験を頼ってアドバイスを貰うというような、いわゆる『一役職』のような形に変じてしまった。
「それにしても、『キュゥべえ』か……。すっかり僕も『この名前』に定着したものだ」
僕らのこの名前も、所詮は貰いものだったのにね。一体いつから、仲間内ではそれぞれの『識別名称』ではなく、『名前』を使い始めたんだろうか。
「……いや、もう『見えない』相手に何を思ってるんだか…………」
僕が感情を持ってから、他の『インキュベーター』には僕の『存在が認知できない』事になっていた。でも、日本の各地で契約を続けるうちに、行方不明になっていた『彼』……
「イチべえに会ったんだったっけ。彼もすっかり馴染んでたなぁ」
江戸時代を境にロストした個体だ。まさか一つの家の守り神になってるとは思わなかったよ。でも、再会した時に「君は、行方不明になっていたイチべえじゃないか!」なんて、何を思ってたんだろうね、僕は。
そうそう、『イチべえ』の見た目は、僕にクリームを逆さにしたようなふさふさの髭が生えてて、全個体の中で唯一、糸目を有していた。ついでに一人称は『儂』。…ま、その髭が神の使いに見えたのかもしれないね。本人もまんざらではなさそうだったし。
……話がそれたかな。誰が…えーっと
「―――そうだ。『彼女』が僕に名前をくれたんだったかな…」
おや、君は聞いてみたいのかい?
仕方ないな………。じゃ、少し長くなるけどね――――
時は遡り、安土・桃山時代。
豊臣家の『淀殿』の子供に因果を感じて向かっている途中だった。その時に、とりあえず契約できそうな少女がいたから契約を持ちかけてたんだっけ。
「へぇー! すごい、すごいね! ほんとにどんなこともできるの!?」
「うん。だから願いを言ってごらん。その代り、君は他の人には見えない怪物から皆を守らないといけなくなるけどね」
「みんなを守るくらい大丈夫だよ! あ、そういえばあなたはなんていう名前なの? 私はちよだよ!」
「…『名前』かい?生憎、僕らはそんなものは持ち合わせてないけど、識別名称はKDHSOIU」))999&%kod1334787KOGbgfg99999////――――」
「え? え? 長い、長いよ! もう! それなら、あなた達の名前をつけるのが私の願い!」
おそらく、何も考えていなかったんだろう。
おおよそ、なんでも願いを叶えることが出来るというのに、そんなことで契約をしてしまったんだから。だから、おもわず聞き返してしまったんだ。
「そんな事でいいのかい?」
「いいの!」
「……まあ、いいさ。さあ君の願いを言ってごらん」
「それじゃあなたの名前は……えーっとさっき言ってた、うーんと。…あっ!『きゅうきゅうきゅう』……うん! あなたは『キュゥべえ』!! 他の子たちはそれとおんなじ感じの!!」
「単純だね」
ふふふ、あの時はびっくりしたよ。なんて彼女は安直なんだろうって。でも、それで契約は成立してしまった。『名前をつける』なんて安い願いごとだったから、抱える因果の量をほとんど魔力に傾けた彼女は『言霊』に関するエキスパートの魔法少女になっていたな。
……うん。とても、とても強かった。でも、彼女は結局、結界で死んだんじゃなくて、年貢の取り立てに来た人達にソウルジェムを持っていかれて、人の手を渡るうちに壊されて死んでしまった。家は娘が突然倒れて大騒ぎだったよ。魂も、とある武士の家に行ったけど、彼女の両親が発端になった、百姓一揆の際に宝物庫ごと破壊されてしまった。皮肉にも、彼女の両親が最大の要因としてね。
でも、僕らが使い続けるこの『名前』。彼女の願いが今でも続いているのかもしれない。
そうでもなければ、識別名証を使い続けていただろうから。
「あの後は一気に時代が変わったなぁ。徳川に乗っ取られ、江戸時代が始まり、イチべえがロストした。ほんとに、懐かしい」
……うん? どうしたんだろうか。あっちの方が騒がしいな。
って、あの金色のロール髪は―――
「どうしたんだいマミ? そんなに急いじゃって……」
「キュゥべえ! やっと見つけたわよ。とりあえずこっちに来てちょうだい! 彼が…彼が……!」
「もしかして…」
もしかして…帰ってきたのか?
まさか、本当に世界線を超えるなんてね。流石、伊達に生まれなおして神になったわけじゃ―――
「よ、久しぶり。『祠』の調子はどうだった? こっちはいい土産と旅の話が盛りだくさんだ。お客さんもいるしな」
「やれやれ、考え事の途中で話すなんてマナーがなってないね。…お帰り、アンリ」
「ソイツは失礼! ってな。ま――――ただいま。だ」
「(`ヘ´)サガシター!!」
ぴょん、とアンリの背中からシャルロッテが飛び出してきた。
君も元気そうで何よりだよ。
「もう、私はあんなに取り乱しちゃったのに…キュゥべえはほとんど動じてないじゃないの」
「2年経っても僕は僕さ。最初にあんな絶望を味わったんだから、多少の事では動じないよ。皮肉なことに、ねぇ…?」
「うっ……そ、それよか家に戻るぞ! さっきも言ったが、土産が大量にあるんだ。また皆呼んで宴会でもしようじゃねぇか!」
やれやれ、騒がしさも変わらずかい。
ま、そういうことだから僕はここで行かせて貰うよ。君たちも今度は僕じゃなく、彼の冒険に付いて行くといい。きっと面白い世界が見れるはずさ。
だから、君た――――
「それよりアンリ。さっきから横に居るのはどこの『鹿目さん』かしら?」
「あ、マミさん。私は居ないものと思ってくれて結構です」
「あら、そうなの? それはごめんなさい……って、言う訳にもいかないのよね。
―――貴女、アンリの何? 義妹として、兄の女事情は見過ごせないわ」
「あー落ち着け。その辺も家に帰ってから説明するから。な?」
「はぁ、その話のそらし方もまさしく『あなた』ね……変わってないんだから」
「まぁまぁ。今のアンリさんの隣は私の席と言うことで納得してくれればいいですから」
「私は認めないわよ! ちゃんとした理由がない限り結婚は駄目よ!」
「もう、いい加減にしておいた方がいいんじゃないかい?」
「「キュゥべえは口を出さないで!!」」
「きゅっぷい!」
なんだろうね。このやり取りが嬉しく感じてしまうのは。別に、そんな特殊な趣味なんて持ち合わせていないのにさ。
「……キュゥべえ。家に着いたらうまいもん食わせてやるよ」
悪なのに優しいところもそのままか。ま、期待させて貰うよ。
アンリ。
「そういやキュゥべえ。背中のそれどうした?」
「これかい? ……ああ、さっきの子か」
「キュゥべえも女の子落としたの? ちょっと、お話させてもらおうかなぁ」
「まどか、堕としているけど、オトした覚えはないよ」
「あら、まだ営業マンやってたのね」
「僕の存在理由だったんだ。アフターケアもちゃんとしているさ」
「はっ、どうなんだか。それより、やっぱ気になるなぁ」
「……ちなみに、どうなっているのかな?」
「「「40%割引」」」
「……わけがわからないよ」