悪の生まれた先には、何があるのだろう?
世界の破滅…? いや―――
「………んあ?」
さて? 一体、自分はどうしたのだろうか。自分の内側に何かが満ちる感覚を味わったと思えば、傍に居た筈の彼女達の姿が無い。いや、それまでの意識が飛んでいたのか…?
場所も変わっているようだし……状況確認といくとしよう。そう思って、まずは周辺に視線を移す。
前、真っ白。神さんの部屋?
右、真っ白。いや、それにしては何か足りない。
左、真っ白。神聖さ、が神さんよりも低いのか…?
上、真っ白。天井もない、か。
下、真っ白。地面も当然ないな。
後ろ、輝く星々……はっ?
「いや、ちょっと待て。もう一回確認だ」
瞼を閉じ、気を取り直して深呼吸。開いた先の景色を今一度確認しよう。
前、真っ白。変化なし。
右、真っ白。異常なし。
左、真っ白。大丈夫、だな。
上、真っ白。天井は開かないのか……
下、キュゥべえ。……ん?
後ろ、大宇宙……星が見えるなぁ……
「(なんか増えてる…)じゃない! なんだこりゃあ!!!!!???」
アンリ は こんらん している ▼
数分後、
「真っ白かと思えば後ろは大宇宙。神さんの部屋でもねぇしよ?どこだここ??」
大体の状況整理はできたものの、問題解決まで至ってはいないようだった。
時間がたてども、キュゥべえはグロッキー。真っ白な足場は在って無いような感覚だ。どこか、不完全さがあるような空間。だが、いつまでもここに長居はしていられないだろう。
キュゥべえの言ったことが本当なら、今頃マミたちは―――
「(…しかたない。叫ぶか)誰か!!いませ―――」
「わっ! 何でここに人がいるの!?」
「オウフッ!!?ゲエホッ!ゲホッ!」
「あわわわ!? だ、大丈夫?」
突如後ろから聞こえた声に驚き、むせてしまった。何の気配も感じなかったというのに?と言う疑問を抱えつつも、背中をさすってくれる人物の方向を向く。
そこに居たのは―――
「鹿目ちゃん!? なんだそのカッコ!!」
「へ? なんで私の名前知って…ううん、『覚えている』の!?」
神々しい雰囲気と衣装を纏うまどかだった。だが、彼女の言動とここの様子から察するに……
「っ、……ナルホド。並行世界の同一人物か」
そう言った瞬間、合点がいったように、目の前の『鹿目まどか』は手をついた。
「そっか……ここに来れるって事は、あなたが『あの』アンリさん?」
そう彼女が尋ね返せば、此方の名を知っていることに驚く。
「一応そうだが…名前を?」
「『そっち』の『何人か』の『私』が知ってたから……あの、勝手にごめんなさい!」
「いや、別にかまわねぇけどよ……鹿目ちゃんは一体何モンだ? 英霊にしては些か物騒なほどの神性を感じるが……」
「ええっと、私は……」
「うぅ……ん…」
『まどか』が話そうとした時、キュゥべえの目が覚めた。
薄らと開かれる瞼の下からは、光を伴った珠玉の紅が色をのぞかせる。
「ったく、タイミングいいんだか悪いんだか………」
「え?キュゥべえ……あなた! なんでここに!!」
そう叫べば、キュゥべえは一気に覚醒する。
彼もまた、まどかの姿に驚愕したようで、転げ落ちんほどに両の眼を見開いていた。
「君、は…まどか? いや、それにしてはあまりにも……まさ―――きゅっぷい!」
「へいへい、一人で納得せずに話聞けよ? ……ああ、こいつは気にせず続きを頼む」
「え? あ、はい。……じつは―――」
流石は『まどか』と言おうか。華麗にキュゥべえをスルーした彼女の口から語られたのは、アンリのいない並行世界の結末だった。
彼女は、全ての自分を。願いを犠牲にする代わりに、全宇宙全ての時間軸・並行世界の魔女を消し去りたいという願いを代償に『契約』を果たしたらしい。
その結果、彼女は……
「向こうのキュゥべえが言うには、私は『概念』の塊。『神さま』みたいなものになっちゃったんだって……」
そのせいで、『この世』へ干渉すること自体できなくなっちゃったけど。
小さく笑っている活発な顔は、確かに普通の中学生のものだった。しかし、概念となった彼女は、一体どれだけの月日をここで過ごしたのか。笑顔の裏に、寂しいという『感情』を感じ取った彼は、感心するようにつづけた。
「ほぉ……。そんな中、全てに干渉不可能なはずのオマエさんとこの空間に、オレ達が入ってきているから驚いた…って訳か」
「うん。『私』が知ってた通りだね、アンリさんって。やっぱり凄いや。何も分からなかった私とは、大違い……」
「そう自分を卑下すんなよ…オマエは十分頑張ったろうが。大体、オレも非常識の塊だって自負してやってきてんだから。全くの他人。ましてや、男と女の差……最初から、力を持つなんて言う反則をしていたかどうか、ってのもあるさね」
「アンリ、君は非常識じゃ足りないくらいだろうに……」
「ん? なんだ、随分丸くなったみたいじゃないか、キュゥべえ」
「ここまで来てやっと冷静になれたのさ。ここは、なんだか安心する感じがするよ」
あ、『概念』になった私がいるから、あまりこの場は『荒れない』ようになっているようです。と彼女は補足する。彼女が『自我を持った概念』として過ごすには、無限の時間を一人で過ごさなければならない。彼女が壊れてしまわないように、世界から与えられた精神抑制の効果がある部屋なのだと、締めくくった。
よくできている。と感心するアンリに、世界は広いね。と広大なスケールに呆れ始めたキュゥべえ。そんなキュゥべえを見た『まどか』は、自嘲気味に笑った。
「でも、やっぱり凄いと思います。キュゥべえに感情を持たせるなんて…どの『私』も思いつかなかった事だから」
「ソイツはいいな。……それはともかく、他の世界の結果はどうなんだ? やっぱオレの居たとこもオマエさんは消えちまってるのか?」
ちょっとした憂いを込めて、アンリは聞いた。あの場所に居たまどかが消えると、やはり不安になると思ったからだ。
主にほむらが。
「いいえ。私の願いはそこには届かなかったんです」
しかし、帰ってきたのは否定。あれほどの因果の量が絡まっていたというのに手が届かないとはどういう事か? 尋ねる前に思考を読んだが如く、彼女は言葉を走らせる。
「正確には、アンリさんが『ここに来た』以降の世界への『干渉ができない』って言った方が正しいんですけど……たぶん…だけど。あまりに世界の違いが大きすぎるからだと思います」
「……そうなると、キュゥべえの仕事不足が原因か?」
「そうかもしれないね。なるべく願いの主軸に沿っても、想定外のものにまで願いの範囲は届かないシステムになっているから」
「『効率の為に』…か?」
「そうさ。絶望を促進させる僕らの狡賢い手段の一つだよ」
「ええと」
二人の理論展開に付いていけず、言いよどんだまどかだったが、
「「あ、どうぞお構いなく。続きをどうぞ」」
「(息ピッタリ!? 仲悪いんじゃ……)えと、そもそも『ワルプルギスの夜』自体。『こっち』では一体の魔女なんですけど、『お祭り』になってる時点でその並行世界は在り方から違ってくるんです」
こっちはあの歯車が足の巨大な人形そのまま。しかもそっちのほうが単体としてもかなり強かったらしい。つくづくハードモードだとは、アンリの言。
「へぇ。あぁ、話は変わるけどよ。そのワルプルギスの夜ってどんな奴が魔法少女になったんだ? そんだけ強い魔法少女なら、ある意味で天寿の全うも出来たろうに」
「私は、魔女に成る前に、みんなを終わらせるだけだから…魔女に成る人がどんな魔女に成るか分からないんです……」
死に場所が魔女の形状に関わることもあるが、ワルプルギスはサーカス以外は決まった形のない不定型な使い魔を持つ存在。ビルを飛ばす、といった攻撃も、昔からいる魔女にしては疑問となるところは多々ある。
それに答えを持っているのは、キュゥべえだった。
すっかり精神の安定もしたのか、何食わぬ顔で話の輪に参加する。
「僕は知ってるよ。……そう言えばここって時間はどうなっているのかな? それによってはゆっくり話せるんだけど…」
「あ、その辺は大丈夫。時間と空間から断絶した場所だから、帰る時は一瞬から数分後だと思う……帰れたら、の話だけど」
最後の言葉にゾッとしないよ。とキュゥべえは焦ったが、アンリはくひひっ、と汚い笑い声を洩らした。帰るための策は持ち合わせているらしい。
「それなら心配ないね。それより、聞きたいかい?彼女の、『舞台装置』となってしまった魔法少女の真実を」
「オレは是非、だ。聞いて損するもんでもねぇだろうしな」
「私も聞きたい。あの子がどんな人か分かれば、また違う時間の人でも安心させてあげられるから……」
「それじゃあ、長いようで、短い話しになるけどね――――」
時は15世紀。彼女との出会いは、ある辺境の田舎だった―――
「その願いで、いいんだね?」
「はい。私の願いを、どうか神へ……」
「僕は違うと言ってるじゃないか…まあ、確かに受け取ったよ。
一見すれば、神々しいと人間が思うカラーリングかな。日本では隈取りと言われていたか。
そんな事を思いながら、思考半々に彼女との契約を成し遂げた。
「おめでとう。君の願いはエントロピーを凌駕した」
とたん、彼女は胸を中心に光始め、収まるころには純白のソウルジェムが握られていた。
いつもの定型文を携え、こうして、最強の魔法少女と謳われる、『彼女』と契約は交わされたんだ。
―――それからというもの。彼女の住んでいた国は一変した。続く戦争を乗り越え、そのたびに全国民の結束力は深まり続け、民は文字通り一体となって行ったんだ。
いつしか、彼女はその人たちを率いるほどの立場になっていた。傍には優秀な
でも、『因果』を使う魔法少女になったからには、終わりは呆気なく簡単に訪れた。此方の意味では違うけど、『魔女』と蔑まれた彼女の最後は火あぶり。轟々と燃え盛る彼女の最期にエネルギー回収のために『僕』は立ち会っていたよ。
それこそ、火が灯る前は泣き叫んでいたけど、彼女の衣服ごと燃やされ、火の勢いが強くなったと同時に彼女は此方にテレパシーを飛ばしてきたんだ。
≪ああ、御使い様! どうしてこのような結末になったのですか!?≫
≪これは、君が望んだ事だろう? 『この国の人たちが国を大切にしますように』って。君は願った。だから、この国の人たちは『一丸となって』『悪』を裁いたんじゃないか≫
そんなことはない、と首を振る。なら、彼らの憎悪の視線はどう説明するのか。更に『彼女』はつづけた。
≪私は、ただただ、皆が幸せであるように願っただけです! こんな、こんな事が許されるのでしょうか?……嗚呼、あなたは神が使わした存在ではないのですか!?≫
≪最初から違うと言っていただろう? やれやれ、最後まで僕の話を聞かなかったのは君じゃないか。君と部下、どっちが狂信者だったのかな? ……それより、最期みたいだからね。君に餞別の言葉を送らせて貰うよ≫
≪ああ、あああ……≫
≪ありがとう。人類の発展のために、宇宙の為に死んでくれて。本当に感謝してるよ≫
「≪そんな…………私は………………≫――――全てを、委ねます」
その言葉を最後に、彼女の『体』は無反応になった。焼かれようとも、動くのはその肉体が弾け飛んだときだけ。完全に肉体は抜け殻になっていたんだ。
―――さて、もう想像はつくだろう? …………死ぬ寸前、彼女は魔女になったのさ。国の発展のための『土台』となり、自分自身は『神の道化』でしかなかったと絶望を抱いてね。
そうして生まれたんだ。その時代以降現れることもない、類い稀な、一片の穢れなき心をもった聖女。そんな少女が最悪の存在に転移すれば、当然最悪の存在が生まれた。その魔女の名は魔女の
そうして、僕らは今のまどかにさえ匹敵するほどのエネルギーを手に入れたんだ。最悪の魔女を、この地球に生み出すという結果を残して、ね。
「『聖女』……そうまで謳われた、そんな彼女の名を、聞いたことぐらいあるだろう?」
「ジャンヌ・ダルク……オルレアンの聖女、か」
そう、最高の聖人であり、最後は最悪の魔女として処刑された国を思って死んでいった『英雄』。今頃は、倒された魔女としての魂は洗い流され、『英霊の座』へ強制登録されている事だろう。ジャンヌダルクは、どこまでも
「やっぱり、キュゥべえはキュゥべえだね……」
「昔の話じゃないか。だからまどか、僕の体を引っ張るのはやめ―――イタタタ!!!」
「そこまでにしてやんな、鹿目ちゃん。キュゥべえは確かに『悪』でも今はただのバカだろうに」
呆れたようにアンリが言うと、馬鹿とはなんだい! と怒り始めたキュゥべえをまどかは投げ捨てる。
「それもそうですね。……それより、やっぱり行っちゃうんですか?」
「まあ、な。向こうに行く道がオレを呼んでるみてぇだし、世話になった世界をこのまま放置スンのも後味ワリィしな。だがま…安心しろ」
「きゃ!? え、え? あわわわ……」
アンリはポンとまどかの頭に手を乗せ、笑顔で優しく撫でまわした。
「たぶんオレの聖杯も『完成』してるし、次に会うときは同存在として遊びに来てやる」
「同存在って…」
「オレもこの力『貰った時』は神に等しい力は無理って言われたが、今考えたら『その後』をどうこうするなっ、てぇ確約は無かったしな」
「アイタタ……つまり『アンリも』って事かい? 無茶苦茶だよ…」
「そう言う訳だ。戻ってくるの早ぇな、キュゥべえ」
「あ……」
手を離すと名残惜しそうな表情になるまどか。やはり、このような空間では人肌が恋しくもなるのだろう。安心させるように、笑顔を見せる。
「また来てやっから。出来れば『そっち』のほむらも連れてくる。オレは聖杯だぜ? キュゥべえよりいい願い叶えてやるよ」
「……っ、はい!!」
「おう、その調子だ。ガンバレよ? 神さま」
満面の笑みでこたえるまどかに、アンリは応援した。そして腕を振り下ろし、例の『穴』を出現させる。今の彼にその記憶はないが、『完成した』という言葉通り、どこかその中は、何かに満たされるといった印象を覚える。
アンリはその穴の淵に手をかけると、反身を滑り込ませた。
「っと、そろそろ戻るか。アイツら待たせんのも後が怖えからな」
「ちゃんと僕も連れて行ってよね」
ひょい、とアンリの肩にキュゥべえが乗ると、もふもふした尻尾が首にかかる。しがみつくつもりか、と思うぐらいに根性はあるようだ。
「はいはい。……それじゃ鹿目ちゃん。最後にちょっと協力してくれないか?」
「え? でも…」
「難しい事じゃない。ただ、鹿目ちゃんの願いを言って欲しいだけだ。それをオレが叶えてやる」
――――どうだ、簡単だろ?
「……私の、願いは………」
意を決するのに、時間は掛らない。彼女もまた、一つの思いを抱えているのだから。
そうして、言霊は紡がれる。
「お願いします。『私の力が及ばなかった世界を救ってください』!」
「その願い、確かに受け取った! それじゃ、『またな』!!」
そう言って穴へ身を投げるアンリとキュゥべえ。彼らの体が穴に入りきると同時に穴は無くなり、まどか一人がこの空間に残された。
「アンリさん、ありがとうございます。どうか…どうか。あの世界のみんなが幸せで在れますように……」
消えた穴を見つめると、彼女は手を握り合わせる。
そうして、世界へと祈るのだ。奇跡を起こす、女神のように―――
「ああ、それにしてもいい気持ちだ……」
彼は泥の渦巻く『聖杯』で一人、堕ち続けていた。
見滝原。
あまりにも数が多く、大橋の周辺から動けずにいる魔法少女たち。また『一人』、と魔女を倒すごとに、杏子の顔には焦りに色が浮かんでいた。
「マズイ…街の方に魔女が向かい始めやがったぞ…」
「一応上の穴から落ちてくる泥に当たって『消滅』してるのもいるけど……アンリが操ってる訳じゃないから中々当たらないわね…」
「こっちも…舞台装置の魔女にかかった弾薬で、残りが……」
そう言って、残っていた最後のミサイルランチャーを起動。直撃した魔女を中心に、爆風に呑み込まれた魔女も数人一気に消え去るが、文字通り空を埋め尽くしている魔女の大群は、一向に減る気配を見せない。
彼が消えて数分しか経ってはいないが、彼女達の消費は激しいものだった。
ほむらは言葉通り、残る武器は少なくなっている。加え、これは全員に言えることだが、自己回復が可能なマミはともかく、他の魔法少女は魔力が回復するだけで、怪我や体力も治る訳ではないので、その疲労で思うように動けていない。それでも、この三人の連携で何とかやっている状態だった。
杏子が槍を突き出し、魔女を団子状に貫いたその時、空気が一変する。
――――グオオオオオオオオォォォ…………
獣が吠える声が聞こえてきたのだ。だが、その声が聞こえる方向は空。その方向には何も居ない。よもや新手か、魔法少女たちは血反吐を吐きながらも、武器を握る力を強めた。
――――オオオオオオォォン!!
だが、確実にその声は近づいて来ている。
……まて、この声はどこかで―――
「もしかして……」
――――グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!!!!!!!
マミが見上げれば、上空の『穴』から溢れ出ていた泥が『止まっていた』。
耳を澄ませば、方向の出所はその穴から聞こえる。
魔女も人も、時間が動いていないかのように止まっていた。そう…その声に『恐怖』して。
彼女達は、穴からは幾つもの『漆黒』が、凄まじき速度で射出されたのを見た。自分の隣を、かすめて飛んでいく漆黒の物体が―――
「え?」
マミが疑問の声をあげたのも無理はない。耳元で風を切る音がしたと同時に
―『ッ~~~~~!!!!』―
数え切れぬ魔女全てに、『漆黒』が突き刺さっていたのである。墓標のように、魔女の体から生える漆黒の物体。それらは、肉のずれる音を立て、液体を飛び散らせる不快な音階を紡ぎながらも、徐々にその形を変えてゆく。そして―――
―『オオオオォォォ!!!!!』―
その『泥』は幾億の牙となり、毛皮となり、爪となり、嘴となり、魔女のその身を、内側から『喰らい』始めた。
魔女は逃げようと、喰われまいと抵抗するも、全ての魔女はしっかりと『泥』に串刺しにされており、どう足掻こうとも、爪と牙で肉を剥がれ、剥がれ落ちた自分の体は地上に待機していた獣達に貪り食われてゆく。
血を流す魔女からは、紅い液体が噴水のように散布され、剥がれた肉の破片は辺りに飛び散り、街を紅く染め上げる。そんな大自然の掟。弱肉強食をありありと映し出すような光景が、見滝原に出現する全ての魔女が喰らい尽くされるまで続いた。
たったの数秒。物を飲み込んだ時の喉の音が響いたころには、全ての魔女が捕食され、後に残されたのは、訳も分からず立ち尽くす『迎撃者』と『魔女を喰らい尽くした様々な獣』だけ。
その獣達にも変化が訪れる。
獣達は上空の穴を仰ぎ、各々の咆哮を再び発したと同時に穴が閉じたのだ。さらに、獣たちはその姿を崩してゆく。その変化した見た目は、元が泥とは思えぬほど醜悪な『肉塊』となったのだ。
赤黒く、ドクンと脈を打つその肉塊は、何かを求めるように一つの場所――大橋と街の間の川――に集まって行く。それぞれが意思を持ち、もぞもぞと這いより、ずるずると血肉を固めてゆく様は……何より滑稽で、何より醜悪なもの。そう、何か縋る人間をみているような、憐れみをこめた視線を送りたくなる。そんな気持ちがわきあがる。
「アフラマズダが祀られるゾロアスター教は、元来鳥葬を行っていた。ここに再現してみたが、気に召したか? なんてな」
肉塊が全て集まったころ、声が響いた。
「生憎、オレの聖杯は『
ただ一人の声が響く。その声は懐かしく、安心できて――なんとも胡散臭い。
「余計なモンブッ壊さないようにしようにも、抑えが利かん。…ったく、今度会ったら慰労報酬貰っとくぜ? 『神ちゃん』」
ここには居ない人物に愚痴を吐きつつ、その肉の内側に人の影が映しだされた。
手を太陽にかざした時、血管が見えた時のような『生きた』影が。
「とりあえず、アンタの願いは成就された。……結果が『大量殺人』と『ルールの破壊』だ。サービスも大事って奴だな」
完全に人の形をとった影は腕を組み、大げさに頷く。
「
パァン! とその人影を包むモノがはじけ飛び、人影は姿を露わにした。
その『人』にゆっくりと近づく人物がいた。
そんな『彼女』が『彼』に言う事は一つ。
「……お帰りなさい」
「ただいま」
二人――マミとアンリは、手と手を合わせ、その街に小気味のいい、軽快な音を響かせるのだった。
「アンリ、グリーフシードが一切出ないよ。エネルギーの回収が出来ないじゃないか」
帰還したばかりというのに、アンリの体はそれこそゆっくりと消えていた。最初の神との契約違反の為だ。
相手は魔女とは言え、アンリは『人間の魂』を持つ生物を億の数ほど殺した事が大きな要因。普通に暮らしていればあと数百年はもっただろうに、この夜で限界数を超えていたのである。
「ワリィ。そりゃ無理だ」
「無理だ。じゃないよ! 『魂ごと喰らう』だなんて、せっかくあれだけの量だったのにもったいないだろう!! 全世界共通語だよ!」
「バッカお前……あん時ゃ必要だったんだよ! 『並行世界への干渉』に加えて『願いの成就』だぞ! 同時に行う魔法レベルへの干渉にどれだけ魔力使うと思ってんだ!! 加えて、必要以上に願いを捻じ曲げないための制御ぉ? 吸血鬼の廃スペック爺とは違うんだっつうのに!!!!」
「まあまあ、落ち着きなさい。キュゥべえも、いまさらエネルギーをどうこう言う必要はなくなったのでしょう?」
「それは、まあ、そうだけどさ……」
それでも、もったいないよね。と総悲観漂わせるキュゥべえが、全ての変化を司る。
この夜、全てが終わった。
『まどか』がアンリに託した願いによって既存の魔法少女のルールは破壊され、
「それより、本気なの? こいつは契約する術を失った訳じゃない。いつか、誰かが
「もう、いいんじゃないかな? アンリさんがルールを変えたって言ってたし…」
「まどか、アンタはホントに甘いねぇ。危険な芽は早くに摘み取るのが一番だろうに。しかも、結局コイツがアタシらの見せ場掻っ攫って行ったようなもんだ。ちょっとの愚痴くらい―――」
「前に使い魔殺した時もったいないって、言ってたのは誰だったっけか?」
「へ~、そんなこと言ってたんだ、紅い野次馬Aさん?」
「う、うるさい! 昔の事だろ!! それと、そこの青いの! アタシは杏子だっ」
「そう言えば、効率主義だったわね。佐倉さん」
「マミも! 掘り返すなよぉぉぉっ!!」
その内容は『魔法少女の定期引退』と『魔女の誕生条件の変更』。
定期については第二次成長期を過ぎてしまえば、ソウルジェムに宿る穢れは『祠』と呼ばれるものへ移動し、穢れ無き魂が再び肉体に戻されるようになった。もちろん、ソウルジェムが穢れで埋まったり、破損・破壊されてしまった場合も穢れは『祠』へ吸収され、ソウルジェムに収容された魂は一時的に肉体へ戻り、魂の修復が済むまでの期間はただの人間に戻るという。
もし、戦いの最中でそういった場合が起こっても、他の魔法少女が居ない限り助けは無いので、アフターケアまで万全という訳ではないが。
魔女の誕生条件は絶望した魔法少女が成るのではなく、人の負の感情が固まって『負玉』と呼称される核を作りだし、それに穢れやさらなる負が集まって起こる、連鎖反応で誕生するようになった。もっとも、使い魔が人間を数人食い殺して誕生。という場合も無くなった訳ではないのだが。
星の『
「クッハハハハハ! しっかし? ホント楽しかったなぁ。生前じゃ味わえなかったしな。旅の相棒もいるし、マミは約束してくれたしな。……なぁに、しばしのお別れだ。次に出てきたときはオレが消えた次の瞬間かもな」
世界の法則が違う。などと冗談を言ったアンリに、浦島太郎になったらどうするつもりよ。とほむらが呆れて返す。そのやりとりを微笑ましいとばかりに笑ったマミは、感慨深く別れを受け入れた。
「いつか来るとは思ってたけど、こんな形でお別れになるなんてね。……家も寂しくなるわ。でも、代わりにキュゥべえがずっと一緒に居てくれるから、私は大丈夫よ」
「マミさんもそうだけど、みんな寂しくないの? マミさん以外はもう、死んでも会えないんじゃ……」
「いんや、その心配はない。さっきも言ったろ? この世界には来れるって」
「そう、ですけど……やっぱりさびしいですよ」
「なに? もしかしてまどか惚れちゃった?」
「ち、違うよ!」
「それにしても、いつでも来れるなんて便利ね。反則の悪神」
先程言った祠に関してだが、『祠』はアンリが戻ってきた際にはじけ飛んだ『肉の殻』が再構成されたものであり、穢れを吸収する原理はアンリの『泥』の性質を受け継いだ証だ。現在、再構成された『祠』は見滝原上空に浮かんでおり、これもキュゥべえと同じく普通の人に見えない。その形は縮小化された『舞台装置の魔女』であり、『祠』としての機能のほかに、殉職した魔法少女の慰霊碑としての役割も担っている。
「いや、どうした暁美ちゃん。毒舌だなぁ、オイ」
「それより、どうやってこっちに来るのかしら? そんな体じゃ難しいと思うけど」
「なに、こっちに戻った時、ようやくオレは産まれたんだよ」
「それ、どういう……っつうか関係ないんじゃないか?」
「何言ってやがる?って言いたいんだろ。けどよ、よ~く考えてみな、『英霊』が、しかも『悪神』の名を持った奴が正式に命を持ったんだぞ? 態々誕生なんて言葉を使うほどな」
「あの魔女達が喰われてたのって、もしかしてそう言う事?」
「美樹ちゃん正解!アイツらには聖杯の最後の1ピース。『魂の生贄』になって貰った」
「(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブル」
「シャルは落ち着け。オマエは絶対に喰わないから。な?」
あの時魔女を喰らい尽くしたのは『受肉』するための『材料』をかき集めていたにすぎない。もちろんオリジナルではなく、使い魔から成長した魔女も多数いたが、それらは実体を持った体の構成するための素材として『吸収』した。
こうして億に匹敵する数の魔女の血肉と魂を犠牲にして、アンリはこの世界に『生まれ堕ちた』のだ。
「そろそろ完全に消えちまう、か……」
それでも、世界との契約違反を犯している。故に、一度は甘んじて退場を受け入れなければならない。そうして、アンリは自分の透けてゆく手を持ち上げて、名残惜しそうに呟いた。
受肉したと言っても、世界の壁を越えるためには、このように、その身を魔力素に還元しなければならなかった。そうしないと、せっかく持った実体も跡形もなく破壊されるからだ。
「まぁ、絵的には十分美味しい演出だわな。にしても、別の世界に行っても、ひと騒動あるんだろうなぁ……因果的な意味で」
「な~に言ってんですか!アンリさんならそれぐらい平気でしょうに!」
「アンリ。あなたに約束は守って貰ったのに…私は何も返せなかったわね」
「わ、私も。アンリさんには何にも返せてない……」
「別に気にすんなよ。オレはむしろ感謝してんだぞ?」
消えかかった両腕を頭の後ろに回し、ニッカリと笑ってアンリは言う。
「みんなのおかげでオレは楽しかった。しかも、受肉できるまでの魔力を貰ったんだ。『神ちゃん』とも話せたし、この世界は『生きる』って事を教えてくれたしな」
「『神ちゃん』…?」
「おっと、失言だったか。ま、せいぜい考えな!」
「教えてくれたってバチはあたんねぇだろ~。ケチだな」
「もう、あんまり皆をからかわないでちょうだい! もう最後なんだから…」
そうこうしている内に、アンリの体は肩から下はもう消失していた。永遠では無いとは言え、この世界が安定するまでのしばらくの間は干渉できない。
「それもそうか……それじゃ、『またな』!」
悪は消えた。
「(* ̄▽ ̄)ノ~~ マタネー♪」
魔女は約束した。
「ええ、『また』会いましょう」
時は止まった。
「『また』みんなで騒ぎましょう!」
剣は振り上げられなかった。
「ありがとうございました。『また今度』!」
因果の縛りは解かれた。
「『次』に会った時はなんか奢れよな!」
悲劇は思い出になった。
「この際だ。『今度』来た時はエネルギーの別の活用方法を考えておくよ」
感情は揺れ動いた。
「『すぐに』そっちに行くから待ってなさい……アンリ」
約束は交わされた。
空の雲は晴れ渡り、三日月の光はこの世界に住む者を祝福しているかのように、優しく照らし続けた。ただ一人の退場に、スポットライトを減らして。
こうして、一つの世界が『悪』によって汚染され、運命は捻じ曲げられ、そこに住む人は毒された。
『悪』はこれからも『世界』に影響を与えてゆくつもりだ。旅仲間を連れ、世界を渡り続ける。『神』に昇華された彼は、どう『生きて』ゆくのだろうか?
それは皆さんがお確かめください……
「アンリさん。やっぱり凄いなぁ…あんな方法でみんなが救えるだなんて私は考えられなかった……」
白と宇宙で構成された、外と遮断された空間。桃色をなびかせた少女がキラキラした目で呟いていた。
「でも、あの人について行ったら、私も……」
うっとりと夢見る姿は美しく、見る人は皆、彼女を女神と称えるだろう。
「………ふふっ♪」
大輪が咲き誇るような微笑は、無邪気さを感じさせながら、とても、とても深い色を連想させた。
魔法少女と悪を背負った者――――【第一部完結】!!
いやぁ、あっという間でした。
ここまでお読みくださった皆さん、本当にお疲れ様です。
原作から激しく乖離しましたが、書きたいこと書けて楽しかったです。
それでは、また次回にお会いしましょう。幻想の投影物でした。