魔法少女と悪を背負った者   作:幻想の投影物

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どんどん文章力が低下していく……
しかもダラダラ長くなる始末。


独善・痛魂・対策

あれから二日。ほとんど隠す必要も無くなったほむらの知識を存分に活用し、次の魔女の出現予想地に三人は集まっていた。月光が照らし出すのは、寂れた工場と3人の長い影のみ。

余談だが、全てを話したのは等価交換をしたアンリだけであり、杏子やマミ。ましてや、まどかには時間逆行の事は話していないと追記しておこう。

 

「ここで次の魔女が出現か……本当に出んのかよ?」

 

「ええ、間違いないわ。この工場の環境は魔女の姿形とも合致する点が多い」

 

鉄骨の上に座り、どこまでも事務的にこたえるほむらに、杏子は疑いの目を向ける。彼女はそれすらも軽く流していたが。

 

「ふ~ん。ま、ワルプルギスが来るまで体が訛ってもいけねぇし、今回はやってやるよ」

 

「……感謝はしておくわ」

 

「素直じゃねぇな? そんなんじゃ彼氏もつくれねぇぞってなぁ、くかかっ」

 

「そういうあなたは彼女でも見つけたらどう?」

 

おおっとぉ。と大げさに手を振るアンリに、協力者を間違えたかと額に手を当てるほむら。なんだかんだ言って、アンリの前では鉄仮面すらはがされるようだ。

 

「いらねぇよ。仮にできても、最期は置いて行っちまうのが関の山だ」

 

魔法少女たちはアンリの憂いを帯びた表情が一瞬見た気がしたが、瞬きの間にはいつものニヤケ顔が覗いていた。とはいえ、気に掛ける暇さえないので、忘れることにしたが。

 

「それもそうね。―――ッ、来たわ」

 

それを聞き、ほむらの視線を追うと魔女の結界独特の魔法陣が出現しているのが見えた。

太陽とシンボルの絡み合った不思議な紋章。――間違いなく、魔女のものだ。

 

「そんじゃ、気楽にいきますかね」

 

「油断してやられんじゃねーぞ、佐倉」

 

「それはあなたも同じでしょう」

 

首をコキコキと鳴らす杏子に、逆手短剣を弄びながら笑いかけるアンリ、それを咎めるほむらと、同時に立ちあがって結界に飛び込んだ。

 

結界に突入してみると、これまた不思議な空間。世界の法則が影絵で表現される世界だった。

さらに、結界は一本道の単純な構造。全体的にモノクロだが、視線の先には太陽を模したと思われる赤いオブジェが一つ立っており、実際に眩い光を放っていた。

その一つ手前にはなにやら黒い人型の物体が祈っている。

 

この魔女こそ『影の魔女・エルザマリア』。

その性質は『独善』であり、何もかもを救おうとして全ての生命体を自らの結界に引きずり込む。祈りの体勢は崩される事は無く、常に全ての命に祈りをささげているのだ。

 

その祈りが贄を呼ぶためか、純粋に絶望に対して祈っているのかは、定かではないが。

 

「あの魔女は樹木の形状をとって攻撃してくる、特に大木で埋め尽くすような範囲攻撃には注意しなさい。木に捕われて身動きを取れなくなっている間に、使い魔に串刺しにされる可能性があるわ」

 

「あいよ、リーダーってな」

 

「分かった! …ってなんでそんなこと知ってんだ?」

 

「前に倒した時の使い魔が逃げ出していたの! それより……来るわよ!!」

 

後付けの理由を口早に告げ、三人は魔女へ躍りかかった。

ほむらが魔女の特徴を知る理由は『逃げた使い魔が成長した』・『前に戦ったが深手を負わせるにしか至らなかった』・『戦っている途中で気付いた』の三つを通すつもりらしい。

これならば、ワルプルギスが来るまでの魔女もそんなに多くないため、十分ごまかせると踏んだ故の理由付けである。

 

侵入したのが魔法少女だったからか、単に入ってきた救済対象の生命であったからかは知る由もないが、ずっと祈りを捧げる魔女の後ろ髪(カゲ)が鋭利な刃物と成り、三人に向かって襲いかかってくる。その脅威は杏子が投げた槍に負けず劣らずの速度でそれ以上の質量がこちらに向かってきた。

 

「そぉら、廻せ廻せぇ!!」

 

そんな攻撃に怯みもせず、杏子は手に持った槍を手前で回転させて枝を切り落とす。魔女自体は此方を向いていないが、それで仕留めたと思わなかったのか。枝は際限なく伸びてきている。

 

「アタシが防御に回ってやる、今のうちにそのまま突っ切りなぁ!!」

 

そう声を張り上げながら槍を廻す手を休めない杏子。アンリとほむらはそれに静かに頷き、ほむらは空を蹴りながら、アンリは泥で創りあげた魔女への道を駆けながら最高速度で魔女へと接近する。

だが、ここで忘れてしまってはいけないのが、ここが結界の中だと言う事。ここは魔女に仇なす者が戦う戦場であると同時、魔女にとってのホームグラウンドでもあるのだ。

 

つまり―――

 

「ぉわっ!?」

 

「アンリマユ!! くっ……先に行くわ!」

 

魔女の手足であり、目と耳でもある使い魔はどこにでもいるということだ。

泥の足場を走るアンリは下方向を見ることができず、よもやこの負の塊を突っ切ってくる事が無いと高をくくっていた事が重なり、突如下から出現した使い魔から不意打ちを受けたのである。

 

この使い魔は魔女が『救った』命の塊であり、その中身は動植物から始まり様々なもので構成されている。たかが『人の負』は『混沌と化した命と意思』にはなんの効果も無かったのだ。さらにはヒト以外の生物も含まれるため、『殺害権限』のスキルが働かない。最弱ではなくなったが、いまだ英霊としての実力が低いアンリには、まさに天敵と言える相手ともいえよう。

 

だが、この程度でやられる訳ではない。弾きだされた空中で新たに泥を練り上げ、既存種より一回り巨大化した漆黒の大鷲を作り上げる。その大鷹は使い魔を弾き飛ばすと、アンリの体を引っ張りあげた。

 

「っとぉ、手癖の悪い使い魔だ」

 

創造した大鷲へ飛び乗ると、ほむらへ無事のうまを伝えた。そのまま挑戦するように相棒の逆手短剣を構え、使い魔と交戦を開始した。

それを見た彼女は再び魔女へと肉薄し、魔力で強化した銃弾を撃ち込む。

タタタンッ、と銃器独特の発砲音を響かせ、射出した弾丸は魔女へと吸い込まれるようにして命中した。だが―――

 

「この程度じゃ効いてないようね」

 

撃ち込まれた場所にはゴルフボール大の穴があき、文字通りハチの巣となった魔女だったが、一瞬にして撃ち込まれた箇所を再生させた。魔女は攻撃を受けても変わらず祈り続けている。

 

「そこどいたぁ!!」

 

使い魔を相手にしたアンリよりも早く、杏子が全ての枝を刈り尽くして魔女へと到達した。無言で了解を受け取ったほむらがその場を離れると、愛槍を上段で回転させながら魔女へ刃を接触させた。

ギギィ、と鋭い木材を裂くような音を響かせ、ついに魔女は祈りの体勢を崩す。ほむらはその隙に取り出していた手榴弾のピンを抜こうとしたが―――

 

「佐倉杏子! 離れ…ッ!」

 

「クソッ…!!!」

 

祈りを邪魔された事に憤慨したのか、倒れかけた体勢からノーモーションで髪が大木へと変貌し、二人を覆い尽くす。呑まれた二人のうち、杏子は自身の槍で脱出を図ったが、ほむらはそうもいかない。

彼女の場合は元々、虚弱な体であるが、それを魔力で強化し補っていた。つまりは従来の魔法少女と異なり、彼女の身体能力としてのスペックはそれほど高くない。加えて彼女には魔法少女特有の具象化された『武器』が無く、あるのは時間を止める能力と身を守り、無限に収納できる『盾』のみだ。攻撃方法は、現代兵器に魔力を通したものしか使用できない。

 

「くっ、う……!」

 

「待ってろ!今すぐ出してやる!!」

 

杏子が救出に向かおうと穂先を大木の根元に捕え、切り落とそうとする。元々のエネルギー供給源を切り離せば、本体から切り離された箇所は消滅する事を先程経験したからだ。

 

「おぉぉっ!」

 

掛け声とともに魔力をこめた刺突の一撃は、バッサリと魔女の髪を両断する。晴れて自由の身となったほむらは、あの密度の中でも離さなかった手榴弾のピンを今度こそ抜き放ち、3秒ほどの猶予の間にありったけの魔力をつぎ込み、魔女へと投擲した。

 

「離れて!!」

 

「言われなくても!」

 

刹那、爆音が響き渡る。普段では絶対に使えない魔力の極限消費による一撃は、結界全域に轟音を響かせた。消費した魔力は使ったそばからアンリが吸収しているようで、未だそちらを向くことはできないが、使い魔と交戦しているであろうアンリへと、ソウルジェムの穢れが急激な勢いで向かって行く。

視界は未だ爆発の煙で見えないが、その向こうで動く様子がうかがえない事を確認すると杏子が呟いた。

 

「……やったか?」

 

「おそらくは。これでくたばったんじゃないかしら」

 

そう言って二人は武器をしまい、構えを解いた。杏子はアンリの方を向いて終了のよしを伝えた。だが、ほむらは何かをいぶかしんでいる。

 

「おーい! おわったみたいだ!」

 

にっ、と笑った杏子がアンリのいる方向へ笑いかける。だが、

 

 

「馬鹿どもが! 早く構えやがれ!!」

 

 

アンリからは焦るような返答、途端に後方に感じた違和感に気付き振り返る。

 

そこには此方に迫る無数の枝。巨木や細木・大小様々な凶器が二人を貫かんと迫っていた。武器を取り出すにも、時間を停止させて逃げるにももう遅い。最低でも、次に来るであろう衝撃に耐えられるよう痛覚を遮断した二人だったが―――

 

「……う、ん?」

 

「来ない…?」

 

体に来るべき突き刺さる感触が全く感じられない。遮断したのは痛覚のみ。まだ触覚は生きているので体には貫かれる異物の感覚が来るはずだった。だが、無い。

まさか、と違和感を感じた二人が目を開けた前にいたのは―――

 

「ったく、再生分は3ヶ月チョイか。ま、使い魔の魂喰ったから五分五分かねぇ?」

 

迫っていた全ての枝に刺し貫かれ、広がった枝も虚空に浮かぶ泥で防いでいるアンリの姿だった。

腕を切り落とされた時のように、傷口から出ているのは血ではなく、黒い靄。それが立ち上っていない無事な部分は首から上だけであり、左腕ははじけ飛び、両足は千切り取られ、心臓など、様々な臓器があるべき腹は地面に斜めに縫いとめられている。

そんな怪我をしても彼は何ともないかのように言った。

 

「いまから隙を作る! そしたら、全力で叩き込め!!」

 

「「な……」」

 

「返事ぃ!!!」

 

「「っ、了解!」」

 

あまりの事に呆然としていた二人だが、アンリの叱責によって各々の得物に魔力を注ぎ込む。魔力の高まりを感じたアンリは歯を食いしばる。そして―――

 

「『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』!」

 

真名の開放。彼の持つ最後の宝具が発動した。

見えない呪いは魔女へと一直線に伸び、傷を付けた相手へと自分の傷を複写する。突如襲った『体はあるのにそこになにも無いような痛み』に対応などできるはずもなく、魔女はアンリを貫いたまま声の無い悲鳴を上げてのたうちまわる。髪の毛が変じた枝はずるずると引き抜かれ、魔女は完全に無防備となった。

 

「そぉ、れぇえ!!!」

 

「……喰らいなさい!」

 

「!!?」

 

そんな中、新たな脅威に対応できるはずもなく―――

 

「~~~!!―――!!!」

 

渾身の二撃をその体で受け止める。その瞬間、当然ながら魔女の周囲は爆散し、魔女もそれともども体を分解していった。

 

―――かくして、影の魔女(エルザマリア)はこの世界から消滅した。

 

魔女の崩壊と同時に世界に亀裂が入り、ガラスの砕けるような音と共に再び静かな夜が戻ってくる。モノトーンの景色には色が戻り、冷たい月光が降り注ぐ廃工場へ彼らは帰還した。

 

「大丈夫か!?」

 

結界が消滅してすぐ、杏子はアンリのもとへ駆け寄る。その反応も当たり前だろう。一般人はともかく、普通の魔法少女でも死に至るほどの傷を受けたのだ。

当のアンリはというと―――

 

「……なんともねぇよ」

 

「本当に!?」

 

「だぁーから! 大丈夫っつってんだろ!」

 

何事もないように、その体組織の全てが元に戻っていた。

アンリは普通の英霊とは違い、通常時のエーテル体の『ベース』こそ人間だが、『構成された体』は非常用の実体エーテルではなく全て泥で出来ている。つまり、この泥が無くなるほど消費するか、英霊の核といわれる『霊核』を直接攻撃しない限りは『消滅』しないのだ。

 

まあ、先程のように縫い止められてしまえば体は動かせず、本人による魔力の過剰使用によって閑話のように霊核を自ら傷つけることもあり、あくまで『不死身』なだけで『無敵』ではないのだが。すべてを消し炭にする大質量の魔砲などは天敵に属すと言っていいだろう。

 

「それぐらいにしておきなさい、佐倉さん。彼も大丈夫そうよ」

 

「いい加減元に戻れって、そらよっ」

 

「アタッ! ……とと。悪いね、アタシもどうかしてた」

 

アンリから額にパッチンをくらって杏子は正気に戻る。やはり、彼女と言えどこれほどまでの悲惨な場面を見た事がなかったのだろう。それとも―――いや、

 

「そんじゃ、今日は解散だ。ほむら、これでしばらくは出ないんだな?」

 

「ええ、出たとしても主を失った使い魔くらいのものよ」

 

「ああ……となると、マネキンが出るのかねぇ」

 

「何だ?心当たりでもあんのか」

 

「昨日な、ちょっと買物遅くなったろ?そんときに結界見つけたんで入ったんだよ。そしたら大量のマネキンみたいな使い魔の中に、これまた可愛らしい子犬がいたんで思わず『おう、何だあの可愛らしいの』っつちまったんだよ」

 

「結界に紛れ込んだ、ただの犬じゃねぇか。それがどうしたんだ?」

 

「まあ、それ言った途端に妙にこっちに懐いてな? すり寄ってきたんで撫でてたらさ、その犬から異様に暗い雰囲気を感じたんだよ。人以外の心を感じられないからおかしいな?と思ってちょいとよく見たんだ。そしたら―――」

 

「あ、もう大体分かった。そいつが魔女だったってことか?」

 

「その通り。んで、びっくりしたから、もう反射的にザリチェ出しちまって」

 

「そのままバッサリ。そして使い魔は逃がしてしまったというわけね」

 

「暁美ちゃん正解。使い魔はまだ狩ってねぇから二・三体はいると思う」

 

にしても随分読まれやすいな。オレってサトラレだったか? という声は無視して、ほむらは小さく頷いた。

 

「それじゃ暇があったら狩っておいてあげる……それじゃ、また今度」

 

「ん、じゃーな」

 

「次はアンタの家だったな」

 

そういうわけで、解散した一行からほむらが離脱した。

彼女が見えなくなると、予報通りの雨が降り出した。

 

「おお、降ってきたか」

 

「あーらら、傘ないのにどうすんだよ」

 

それを聞いたアンリは目を光らせると、手の中に泥をかき集めた。取っ手から形を作られていったそれは―――

 

「ほらよ、今作った」

 

「お、サンキュ。……にしてもホント便利だねぇ」

 

「応用発展なんでもござれではないから、時と場合にもよるがな」

 

彼らの手には古風な紅と黒の番傘が握られる。一度番傘ってのさしてみたかったんだよな、とはアンリの談。

 

「……にしても」

 

「ああ」

 

「「疲れた……」」

 

二人もアンリが作った番傘をさして帰路につく。今回の魔女は二人が経験した中でも難敵だったので、その言葉が現すようにその足取りは重かった。

 

 

 

 

 

後日、放課後になってから巴家一行は暁美ほむらの住むマンションへ訪問していた。

 

「それで、巴マミ。どうしてあなたがいるのかしら?」

 

「いいじゃない。ワルプルギスの夜が来るころには私も復帰するつもりなんだし」

 

「暁美ちゃんの家凄ぇな。この中央の額縁、どうやってぶら下がってんだ?」

 

「これ、この町の地図か? いろんなとこに丸印がついてら」

 

「△C( ̄~ ̄ )モグモグモグモグモグ」

 

……正に一家総出の大訪問となったが

 

「はぁ、シャルロッテ。ここであまり食い散らかさないでちょうだい」

 

「ング……ゴメンネ」

 

「それじゃ、本題に入るわよ。『ワルプルギスの夜』の出現位置及び対策会議を始めます。まず出現予測位置は……」

 

中央に置かれたテーブルの上に広げられた見滝原の地図。幅の広めの川をまたぐ大橋を教鞭で指し示す。海を一望できるスポットとしても有名な場所らしい。

 

「この大橋付近に出現する事が可能性として最も高いわ。統計結果からしてこの説が最も有効よ」

 

「統計ぇ? ……この町にワルプルギスが来たなんて話、聞いたこと無いよ?」

 

「ええ、どういう意味かしら、暁美さん」

 

「……キュゥべえから今までワルプルギスが現れた地理情報を元に予測したものよ、悔しいけど、信憑性は高いわ」

 

今までこんな、真実を知った上での対談が出来ることなどなかった。だが、だからこそこうしてごまかすしかない、とほむらは考えている。

その説明に納得したのか、杏子は小さく感嘆の声を漏らした。

 

「なるほど、アイツ『嘘』はつかねぇもんな」

 

確かにこれは嘘だが、全てが嘘というわけでもない。ほむらと情報交換してすぐ、実際にアンリが聞いたというのもあるが、今までの繰り返しの中で得た統計にすぎない事を、ここで今まで全ての事象を見てきたであろうキュゥべえを引き合いに出すことにより、彼女達に信じさせるには十分だった。

 

だが、そう言った策も、

 

「なかなか興味深い話をしているじゃないか」

 

「「「「!!?」」」」「(・_・)?」

 

本人を前にすれば茶番となり果ててしまう。

狙ったのか、名前を呼んだからか、今まで彼女達の前には一切、姿を見せなかったキュゥべえが背後に立っていた。まどかと同じく、真実を知っているゆえにその目からは何の感情も感じられないという事をひしひしと感じ取る。

 

「どこから沸いて出やがったテメェ………」

 

憎悪とともにキュゥべえに槍を突き出すが、キュゥべえは動じていない。

 

「やれやれ、僕をゴキブリみたいに言うのやめてくれるかな」

 

「あぁ!?」

 

「落ち着け佐倉。さっさと槍仕舞え、あぶねぇから」

 

「……チィ」

 

そう言うとアンリに従い槍を仕舞う。キュゥべえは槍を向けられた事を憤慨もせずに続けて言った。その声には、槍を向けられたという恐怖も怒りも感じられない。

 

「なにやら、ワルプルギスの夜を倒してくれる算段をしてるみたいだから、助言をしようと思ったんだ。アレは僕らにとっても頭を悩ませるものだからね」

 

「『倒してくれる』? ……まぁいいわ。言いなさい」

 

それじゃあ、と言葉を区切るキュゥべえ。

 

「僕らインキュベーターでも計算をしてみたよ。君の言うとおり、大橋付近にワルプルギスの夜は出現する。…それから、これは知ってたかい? 魔女には特有の文字形態が存在することを」

 

「で、それがどうしたって?」

 

「過去にアレを見た事のある個体からの情報によると、ワルプルギスの夜は『舞台装置』という異名を持ち『無力』の性質を兼ね備えているんだそうだ」

 

『舞台装置』と『無力』。

この二つは、出現地が何かの舞台を表しているのかもしれず、そこで何もできなかった者たちを表しているだけかもしれない、とキュゥべえはつづけるが、戦うことに関してはまったくと言っていいほど情報が集まらない。

 

「それだけ、なの? キュゥべえ」

 

「残念ながらこれだけさ。後は強大な力を持っているがゆえに『結界』を必要としない。……そうそう、逆さからひっくり返ると、地上の文明が全てひっくり返ってしまうらしい……まあこの程度だね。僕から言えるのはそれだけさ」

 

「話は聞いたわ。消えなさい」

 

「………分かったよ。ああ、そういえばアンリ、なんでそ―――」

 

突如、言葉を区切ったキュゥべえの体には、縦に赤い線が現れたかと思うと、その線に沿って肉体のずれたキュゥべえは絶命した。

実行犯はアンリ。事前に皆キュゥべえには体のストックがあると聞いていたのでそこまで驚きはしなかったが、彼が突然このような行動をとったので部屋は一気に静かになる。

だが、アンリは武器を消し、マミに向いてこう言った。

 

「はぁ……マミ、本当にやんのかよ?」

 

「ええ、それでもキュゥべえですもの。だからこそ、よ」

 

「ヘイヘイ」

 

マミとアンリはそれぞれにしか分からない事を話す。皆は頭上に疑問符を浮かべていたが、きりがないと感じたのか、ほむらが次を切り出した。

 

「それはさておき、どう思う?」

 

「そうだなあ……にしても今の情報、なんか役に立つようなとこあったか?」

 

「少なくとも『舞台装置』で『無力』っつーからには本体は何もできない要塞で、攻撃は使い魔任せってとこじゃねぇか? ……ま、その分使い魔は嫌っつうほど出てくるだろうがよ」

 

「そういう訳でもないわ。アレ自体は超火力の一撃をノーモーションで仕掛けてくるし、使い魔たちもどこかで見たような怨霊が具現化したものが襲ってくる。……まぁ、集中砲火を浴びせればいいかもしれなけど、問題は使い魔よ」

 

「ん? やけに知ってるじゃん。戦った事でもあんのか?」

 

「…………」

 

戦った、と言えばそうなることになる。

だが、ここで切り出してしまえばあらゆる意味で事態が転覆するかもしれないと、ほむらは思考する。が、そんなことは、彼にはお構いなしだったようだ。

 

「話しちまえよ。今回は大丈夫だと思うぜ」

 

「オイ、どういうことだよ?」

 

「……余計な事を」

 

「おお怖い怖い!」

 

オレ如きではさしでがましいようでして、いやぁ実に申し訳ない。と続けるシラの切り様。いつかこの道化から黒色をはぎ取ってやると思いつつ、結局、自分で決めた戒めの鎖が外れる音が、ほむらの中で響いた。

 

「……仕方ないわね。それじゃ、あなたに賭けて話してみましょうか。

 ―――私は…」

 

そうしてほむらは語る。己の長い、長い『過去』について。

一度目に、ある魔法少女に助けられた事。その人に憧れたが、その人が死んでしまい、やり直しを求めた事。

二週目に、その憧れの人と共に戦い、楽しかった時間の中、最後の最後で真実を知った事。

三週目に、ある時、全てを打ち明けたが分かりあえず、ある青の魔法少女が魔女化した事がきっかけとなり、金の魔法少女から同士討ちした事。そして二週目と同じ結末になり、憧れのその人を魔女化する前に撃ち殺し、ある決意をした事。

四週目にワルプルギスとの戦いの中、最後までその人を守るために契約させなかったが、キュゥべえの口車に乗せられて、最悪の形で契約させてそのまま魔女化させてしまった事。

そして、五週目。今まで一度も現れた事の無かった者の登場で計画したことが全てが狂ってしまっている事。

 

「―――以上が私の戦い。今回も、あの子を守れきれなかったら、すぐに次へと移るつもりよ。貴方達を見捨ててでも、ね」

 

「はっきりしたところ、アタシは嫌いじゃねぇけどな」

 

「強がりはよしなさい。拳から血が出てるわよ」

 

長話の中、話を聞いていたアンリ以外は、話の魔法少女についての検討がついていた。同士討ちをしたのが誰なのか。全てが狂ったという今回のその人物について。

そんな中、アンリが話しだす。

 

「はっ、要約すっと、完全に狂わせた原因ってのが、オレって訳だ。繰り返してんなら、ある意味で必ずオレは覚えているはず、だがそれが無いという事で、今回の大番狂わせは確定していると」

 

「その通りよ。あなたが全てを狂わせた。……おかげで前回のうちに考えていた計画がほとんど使えなくなったわ。まぁ、少なくとも狂ったのは私にとっていい方向に。今のところは、ね」

 

そんな事を言っても普通は信じないだろう。が、今回は全員がそれぞれの方法で真実を乗り越えてきた。加え、ほむらは己の無力さと、もう一つの事実を痛感している。

―――アンリと関わったものは、必ず何かが変わっている。

 

「アンタの言い分はよーく分かった。ワルプルギスをブッ倒す為だ。時間の巻き戻し伝々はともかく、アンタをそうまでさせたっていう、ある魔法少女ってのは一体誰なんだ?それに、魔女化した奴は? アタシやマミは多分違うし、アンタが成った訳でもない。数が合わないじゃねぇか」

 

「そうね。私もアンリがいたからこそ、何とか無事だったのに。私は多分…同士討ちを始めた方でしょ……?」

 

「ええ、そうよ。でも今回、魔女化した魔法少女は契約をしていないわ」

 

あっさり同士討ちの発端を認められて沈むマミだが、それを無視した杏子が疑問を掲げる。

 

「じゃあ、一体誰が―――?」

 

「言っちまえよ、そっちも。皆でそうやって話しても大丈夫だったんだ。今度はみんなで守って貰おうぜ」

 

「「アンリ(オマエ)知ってるの(か)!?」」

 

「一応、ま、暁美ちゃんに聞いてくれ」

 

結局最後まで話を掻きまわしたアンリ。過去語りという無茶ぶりをさせたばかりのほむらに何の遠慮もなく話のきっかけを周囲に伝えてしまった。

 

「…本当に、あなたは、余計な事をしてくれる」

 

「ほらほら、怖い顔せずに吐いちまいな」

 

「………巴マミ、あなたなら聞いた事があるでしょう?」

 

「まさか……そんな……」

 

「憧れたのは『鹿目まどか』。魔女化したのは『美樹さやか』よ」

 

「って、オイ誰だそれ?」

 

唯一面識がない杏子だけが頭を傾げた。それにアンリがフォローを入れる。

 

「鹿目ちゃんはともかく、美樹ちゃんはあの公園から佐倉が後をつけた青髪の子だよ」

 

「ああ、アイツか! ……ん? 何で知ってんだそんな事!」

 

「あの泥はオレの一部だから、体に戻すと情報が入ってくるんだ。偵察には最適だ」

 

「は? ストーカーじゃねぇか」

 

「ハイハイうるせえよガキンチョ。……ま、随分と遅れたが、そう言う事らしいぜ?

 『鹿目ちゃん』に『美樹ちゃん』?」

 

ほむらは凍った。こいつは、一体何を―――

振り返る。そこにいたのは、

 

「なっ………!!」

 

アンリがそう言うと部屋の入り口から美しい桃色の髪を二つに束ねた少女と、広大な海の如き青を携えた髪色の少女が入ってきた。

 

「まいったな…あたしって魔女になっちゃってたんだ。しかも高確率で……アハハ………」

 

「ほむらちゃん……本当に? 私なんかのために、どうして…」

 

一人は苦笑い、一人は真偽を問うように此方に歩み寄る。思いもよらぬ人物がここにいる事にほむらを含む全員は驚愕する。ほむらはその中でも一番衝撃を受けていた。

何故、ありえない、どうして。そんな疑問が浮かぶが、呼んだのはアンリ。すぐさま彼に歩み寄り、彼の愛用するライダースーツの胸倉を掴み上げ、心のままに叫んだ。

 

「どうして、まどかがここにいるの!? まどかを守るために、何も知らないままに彼女は避難所にいた方がずっと安全なのよ!! なのに、こんな……どうして…! 答えなさい!! アンリ・マユ!!」

 

「落ち着けよ!」

 

「暁美さん!!?」

 

いつか似たような事をマミにもされたなあ、と彼は懐かしみを覚えたが、すぐに思考を切り替える。掴まれている事を何ともないように振り払い、言った。

 

「いや、な? どうせなら『魔法少女』が全員集まって会議した方がいいじゃねぇか。それにどうやら鹿目ちゃんもキュゥべえからなんか聞いてるっぽいしさ」

 

「え!?」

 

「痛ぇ」

 

それを聞いたほむらはアンリを放り投げ、まどかへと向きなおる。

 

「まどか。本当に? アイツから何を吹き込まれたの?」

 

「えと…その…キュゥべえが言ってたんだけどね―――」

 

そうしてまどかも話を始めた。キュゥべえは人類をエネルギー搾取の為の燃料と考えている。など、まどかの覚えている限りのインキュベーターの活動に関してだ。

とぎれとぎれに、だが確実にその事を伝え終える頃には、キュゥべえ達インキュベーターへの不信感は高まっていった。

 

が、アンリは疑問を投げかける。

インキュベーターとしてあり得ない、キュゥべえの行動について。

 

「……バカな、この事を鹿目ちゃんに話す必要性はねぇはず。アイツが言うほどなら鹿目ちゃんが魔女化した時に出来るエネルギーはそれこそ無限大だ。

 ――だっつうのに、その事を鹿目ちゃんに話してしまうと契約できるチャンスを自ら失いに言ってるようなもんだぞ。抑止の末端が……?」

 

確かに、それは十分に考えられる。

こうして話したのはここ数日の間と予測できるが、普通こう言った事は追い詰められるほどギリギリになってから話し、弱った心にさらなる衝撃を与えて契約を迫る方がよっぽど効率がいい。

アンリがいるからか、魔法少女が誰一人として脱落していないからか、それとも……

 

疑問は尽きない。なぜ効率重視のインキュベーターがこうもチャンスを逃すような真似をするのか。

 

「チッ! もう少しアンタらが来るのが早かったら聞けたのにね」

 

「あ、あの…ごめんなさい」

 

「ああーもう、まどかは謝んなくてもいいでしょ! こういうのは全部あいつが悪いんだし。赤い子もそう当たんないの! まどかが怯えちゃうでしょうがっ」

 

「あぁ? 夜遅くまで男引っ張りまわして―――」

 

「わーーーー!!」

 

こうして会議はてんやわんやの事態になってしまう。

そんな中、意外な人物から鶴の一声

 

「ワルプルギスハー?」

 

「「「「「「あ!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

ぽく…ぽく…ぽく…ぽく…ちーん。

 

「と、とにかく、話を戻しましょうか? 暁美さん、続けて」

 

「え、ええ。…それじゃワルプルギスの夜、出現位置はこことして、対策をどう立てるかなのだけれど……」

 

「それじゃ、シャルが結界を張って、ワルプルギスを閉じ込める。そんで周囲への被害を無くして結界内で戦うってのはどうだ?」

 

「お、それいいね」

 

「はいはーい。さやかちゃんは疑問なんだけど、結界の中って魔法少女に有利なの?」

 

魔女と魔法少女は敵対していた存在だ。別の魔女のホームグラウンドとなる結界に連れ込むことで、その取り込んだ魔女も強化されてしまうのではないか、という心配からの発言だったのだが、

 

「それは心配ないと思うわ。アンリがいない時、私がよくシャルと話してたのだけど、結界内はシャルの自由自在。障害物や使い魔も全部そうしようと思えば私たちに味方してくれるそうよ。あの子自身もフルパワーって言ってたわ」

 

マミの一言で不安が解消する。

ほっと胸をなでおろしたマミに、まどかが続いて発言した。

 

「あの、シャルちゃんは戦えるんですか? 魔女の中でもその、ちっちゃいし、アンリさんが呪文となえてる時も泥に囲まれて動けてなかったよね」

 

「その辺は心配ない。正直シャルはオレより断然強いから」

 

「「「「「!!?」」」」」

 

「いや、マジもマジの大マジだって。……暁美ちゃんちょっと紙とペン貸してくれ」

 

「じゃあ、これを使って…」

 

「ほいサンキュ」

 

そう言って紙にシャルと自分のステータスを比べるように書き始めた。宝具含め全てを書き終えて皆に見せる。

 

「ほら、これ見りゃわかんだろ」

 

「へぇ、こりゃすごい…」

 

「シャルちゃんの基本ステータスが圧倒的だね~」

 

「アンリとシャルってこんなに違うのね。お菓子のお城か……。サーヴァントになると、能力がはっきり効果として出るのね。二人ともらしいと言えば、らしい感じだけど」

 

「シャルロッテの結界は……『固有結界』? 魔女の結界ってこんなものなの?」

 

「アンリさんって、こうしてみると人間とは程遠いんだね……」

 

自分たちのステータスを見せた後、攻撃手段や使い魔の対応法。一番の戦力として期待できるシャルロッテをどう使うか。近~中距離と遠距離・オールレンジの魔法少女三人と、一般人としてのまどかやこの中で唯一、ゲームなどで大型の敵をどう叩くかのシュミレートをするさやか。英霊としてのアンリの考え方と魔女として結界の活用を皆に伝えるシャルロッテ。

種族・役割・個性・世界。それぞれが全く違う者たちが一丸となって脅威に立ち向かおうとしていた。

 

最終的に作戦が決まり、まどかの契約はさやかが阻止、まどかも契約はしないと約束し、マミはついに復帰すると宣言した。これからワルプルギスの夜が出現するまでは、シャルロッテの結界内でどう動き、どう戦うかを仮想敵を使い魔で作って貰い、練習することに決まった。

この会議が始まってから様々な事があったが、最後にほむらが気になる事を言う。

 

「昨日戦ったあの魔女だけど、今までのループの中で圧倒的に強化されていたわ。ワルプルギスの夜もそうかもしれないから皆、気を引き締めて頂戴」

 

「マジか……ま、アタシは本気出すだけだ。油断はしないさ」

 

「私もリハビリね。しっかり引き金を引けるように、迷いを捨てなくちゃ」

 

「キュゥべえとの契約は断固無視だっけ? まぁ、不測の事態ぐらいはあたしがなんとかするから、任せときなさーい」

 

「あたしは何にも出来ないけど、みんなが絶対に無事に戻るように祈るよ!」

 

「魔女の強化か……たしか魔女は内包する絶望の量に比例して強くなるんだったな? こっちでも調査はしておくさね」

 

「(*`▷)シャルガンバル!!」

 

こうして対策会議は解散した。誰もが己を高めるために精進を始め、着々と準備を始める。

だが、腑に落ちないのはインキュベーターの行動。奴らが何を思ってまどかへ真実を話したのか? 今になって強化された魔女の真実とは……

そして、杏子だけが今だ自らを隠している。それは隠されたままとなるのか、それとも…?

 

この物語はまだ、決まった道をたどっている訳ではない。だというのに最終電車の明かりは、未だ点いていないという現状。

 

すぐそこまで迫ってきたタイムリミット。舞台装置の歯車は、外装を得て動き出した。

 

世界(うちゅう)は、変わらぬ時を刻み続ける。

変わること――絶望か、希望か。

 




熱い……墓参り熱い……

でも、自分の墓ぐらいはきれいにしないといけませんよね?


お疲れさまでした。

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