魔法少女と悪を背負った者   作:幻想の投影物

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誘惑・葛藤・回避・答案

アンリが杏子に協力を取り付けたころ、まどかは自室のベッドで呆然と天井を見上げていた。

さやかからの衝撃の報告、そして先ほど飛んできたアンリの伝言動物から『魔法少女体験コース休止』の一報を聞いてから実に3時間が経過した。

尊敬していた人物の事実。自分が憧れた魔法少女の残酷な真実。インキュベーターの目的。これらの事は彼女の心を追い立てるには十分だった。

 

「ほむらちゃん…………」

 

もう一人。自らが知る魔法少女の名を知らず内に呟いていた。

彼女はこの事を知っているのだろうか? 彼女は初めてその姿を現した時から不思議な雰囲気を纏っていた事を思い出す。

もしかしたら謎の魔法少女――暁美ほむらが何かを握っているのかもしれない……が、そこまで考えて頭を横に振った。もし彼女が知っていたとしてもずっと黙っている必要性が考えられなかったからだ。

しかし、考えれば考えるほど情報の足りない自分では、泥沼へとはまっていく。

 

「やあ、元気かい? まどか」

 

それを契機と断じたか。突如自分しかいないはずの部屋に響いた声。

 

「キュゥ、べえ……」

 

「そうさ、僕だよ。久しぶりだね」

 

お菓子の魔女の一件から、すっかり姿を見せなかったキュゥべえが、ひょっこりと傍らに現われていた。

彼(?)は変わらず、愛くるしいぬいぐるみの様な姿だが、事実を知ったからこそ分かる……いや、感じる。此方を見つめる紅い瞳には、なんの感情も見いだせない。そこには一種の恐怖さえも覚えるほど。

それでも彼女は聞かずにはいられない。かくも己は愚かであったか。幾度も同じことを聞き、己を苦しめることを望んでいるのか。それすらも自分の心が訴えているように思えて、震える声帯を体ごと揺らしながら、彼女は口を開いていた。

 

「どうして……」

 

かすれるように、おのれの無力さが染み渡る。

 

「?」

 

「どうしてキュゥべえはそんな事を続けるの……?」

 

言った。聞いてしまった。どくどくと心臓は早鐘を打ち、いやな汗さえ滲ませて、声も生まれた小鹿のように震えていたが、それでも尋ねる事が出来た。

 

「……なんだ、まどかも知っているのかい。さて、なんでと言われても、やむを得ない事情があり、その結果としてこうなっているだけさ」

 

「事情? そんな――」

 

勝手な、とはいえない。

己とて、『勝手な事情』とやらで魔法少女になろうと……いや、己の願望をかなえようとしているのだから。

それすらも見越した上か。ある筈のない掌を転がすように、キュゥべえは淡々と告げる。

 

「全てはね、この宇宙の寿命を延ばす為なんだよ。君は『エントロピー』という原理を知っているかい?」

 

小さく首を振ったまどかに、彼は録音を聞かせるような返答をする。

 

エントロピー。熱力学の第二法則ともいわれる原理。

この世を循環するエネルギーは変換するごとにロスが生じ、全体的に見たエネルギーは減少していくという考え方の事だ。

『燃やす為の木を育てるための労力』が『火を燃やした際に生じるエネルギー』と釣り合っていない事が分かりやすい例の一つであろう。木とて、育つためには燃やされる以上のエネルギーを消費して成長していくのだから。

 

「僕たちは、そう言った宇宙の寿命(エネルギー)を減らさないよう、この法則にとらわれないエネルギーを探し求めてきたんだ」

 

「…………」

 

それは、あまりに広大な救済。種族を懸けて探し続ける労力を、誰が頭ごなしに否定することができようか。いや、出来る筈がない。人類さえ実現不可能な『全種族の協力』を為しているというのだ、この目の前の生命体―――孵す者(インキュベーター)

 

「長い旅路。その末に見つけたのが魔法少女の魔力だよ。僕たちの文明は知的生命体の感情をエネルギーに変換する技術(テクノロジー)を開発したんだ。……ところが生憎、当の僕らが感情というものを持ち合わせていなかったからね。

 また、長い時間をかけて……宇宙の様々な異種族の中から君たち人類を見出した」

 

その先を要約するとこうだ。

人間の感情は、その一生を生きる間に作るエネルギーをはるかに凌駕していたとの事。人類の第二要素(たましい)は、第三要素(せいしん)は、『法則』を覆すエネルギーたり得るものであった。

とりわけエネルギー搾取の効率がいいのは『第二次成長期の少女』の希望と絶望の相転移。

つまり、脈動するかのような活力あふれる魂が、絶望に支配される瞬間の転落時、まるで全てを焼き尽くす程の炎が、凝縮された一瞬に燃え尽きるようにしてエネルギーを発生・放出する。

そうした莫大な……いや、絶大なエネルギーを回収し、宇宙そのものへと還元することで世界を存続することが、彼らインキュベーターの役割なのだという。それはもはや、インキュベーターとして生まれた限りの、運命にさえなっていると。

 

あまりに、壮大。

あまりに、絶大。

それゆえに、彼女が激情に動かされるには、さほど時間を必要としなかった。

 

「どうして!!? 最初あなたと会った時、そんなことは一言も言わなかったじゃない!!!」

 

当然まどかは葛藤する。なるほど、宇宙のためといえるなら聞こえはいいが、一考すれば犠牲になっているのは同じ人間という種族そのもの。インキュベーターに人間が食いつぶされているという現状。だからこそ、それは人として正しい感情だ。

キュゥべえはそれこそ、本当に、ただ『無情』に、応答。

 

「『聞かれなかったから』さ。さっきだってそうだろう? 君は僕に『どうして』と訊ねた。だから僕は『質問』に『答えた』だけさ」

 

どこまでも、『生きた機械』でしかないのだ。

彼らの運命は生まれたそのときより決定している。ならば、そこに『人間』だろうと『母星』だろうとが入力すれば、インキュベーターの一端末は静かに動き出す。

 

「だからって……たくさんの人が死んだりする理由にはならないでしょ!?」

 

「ホント、君たち人類の価値基準は理解に苦しむね。今現在で70億人近く、しかも単純計算で四秒に一〇〇人ずつ増え続けている君たちが、魔女の被害にあう、ごく少数の単一個体の生き死にでそこまで大騒ぎするんだい? 見てきた中では、自殺なんてことをしている固体さえいる。僕たちがその『無駄』を有効活用しているだけじゃないか」

 

あくまでキュゥべえ達の考えは効率を重視する。それこそ家畜と飼い主の関係のようにだ。

そのためならば関係はいらない。感情はいらない。『情』など、あってはならない。

 

「そんな風に思っているなら、あなた、やっぱり私たちの『敵』なんだね」

 

「やれやれ、藪蛇だったかな……ああ、そうだまどか」

 

明らかな敵意。向けられるそれを違えるほど愚かではない高等生物(キュゥべえ)。話すことは終えたとばかりに、窓から出ようとして立ち止り、キュゥべえは言葉を区切った。こちらを振り向き、その感情の無い瞳をまどかへ見据える。

それを受け、吸い込まれそうな錯覚を覚えたが、まどかは負けじとその目を見つめ返した。

頭の中には、残酷で幼げな声が響いてくる。

 

「その中でも、君は歴代でも見た事の無いほど最高の魔法少女(ねんりょう)の才能を持っているんだよ」

 

「……!!」

 

「この宇宙の為に死んでくれる気になったら、いつでも僕を呼んで。待ってるからね」

 

表情筋を引き攣らせただけの笑み。そう言い残し、窓の外へと身を翻してキュゥべえの姿は消えた。

 

「…………」

 

まどかはただ、枕を抱きしめ俯くことしかできなかった。縋る友達も、頼れる先輩も、気に掛ける両親もいない現状。言えない今、己の無力に痛感する。

 

―――そうして時は過ぎて往く。

 

 

 

 

 

同日、キュゥべえとまどかの対談の続く中、杏子を連れ帰った巴家はというと……

 

「あっ、あなたこの前の魔法少女(どうぎょうしゃ)じゃない! ちょっと、アンリ! どうして彼女がここに居るの!?」

 

「お隣に迷惑だからボリューム下げろよ。まぁ、そりゃこっちの台詞だ。まさかコイツと一緒に住んでるとは思わなかったよ。アンタそういう趣味でも持ってんのかい?」

 

「笑えねぇからな? 冗談にしては随分へヴィだからな?」

 

「あははは。わーってるよホントにただの冗談だから掴み掛かんな息が苦しい」

 

胸倉を放すと彼女はフローリングにすとんと座る。うけけと笑った愉快犯に、悪神は憂いの息を吐く。これで何度めだろうか、と。

 

「ったく、調子のいいこった、……ここに世話になるなら家主に挨拶ぐらいしとけ」

 

「ま、そういうわけだ。アタシは佐倉杏子だ。これからよろしくな?」

 

犬歯を光らせ、挑発気味に笑いかけながら挨拶をした。

マミの方は二人がここに来るまでに、アンリからの念話で『討伐の協力者(ホームレス)を拾った』としか聞かされていないので、当然ながらこの事を知らない。

ましてや、連れてきた相手がアンリ不在の期間中に魔法少女の在り方で意見が合わず、対立した相手だというのだからなおの事タチが悪い。家族なだけに怒りの矛先はアンリを素通りし、杏子を問い詰めるために井の字を額に張り付けた。

 

「と・に・か・く、どういう心変わりかしら? あれだけ効率重視で周囲の被害を考えなかったあなた……いえ、佐倉さんがワルプルギス討伐に出ようだなんて」

 

「コイツが居るからに決まってんだろ? コイツさえいれば補給用の魔女なんざ狩らずとも、発散の時にソウルジェムを濁らせず全力出し放題。さらには衣・食・住を提供してくれんだ。しかもデカイ魔女一匹殺るだけでこんな好条件が付いてくるときた。それに乗らない手は無いだろ?」

 

「お買い得物件を条件にしたのがマズッたか……オレも進歩ねぇなぁ…………」

 

「ハァ…呆れた。あなた、どこまでも自己中心的なのね。アンリ! 本当に彼女が協力者で大丈夫なの?」

 

振り向けば、苦笑いを含んだ顔がそこにあった。

 

「あーっと、まぁ……実力のほどは申し分ねぇさ。少しの辛抱だしよ。ワルプルギスの夜をブッ飛ばすまでの期間だけここにいるだけだ。抑えてくれると助かるってな。……そんじゃ、ちょっと寝室を整えてくるから後は頼んだ」

 

ひらひらと手を振って退出したアンリを見て、またマミはため息を吐いた。

最近アンリが自由すぎではないだろうか? 家族として接するのも長いあまり今まで忘れていたがアンリはサーヴァント(従者)なのだ。令呪でも使って「私の言う事を聞きなさい」とでも命令してやろうか?という考えが一瞬、頭をよぎる。

 

(それでも結局、アンリはみんなのために動いてくれるばかりだものね)

 

いままでのアンリの行動でほとんどが良い結果に向かっていた事を思い出し、その考えを捨てた。何より、なぜか紅い服の黒髪ツインテールがパクリ疑惑で乗り込んでくるような気がしたのでやめておく。

 

「仕方ないわね…佐倉さんはそこの左の部屋を使いなさい。…それから、シャルー!!」

 

「...∴(* ゜-)ハーイ」

 

そうマミが呼ぶと、台所からチーズを口にくわえたシャルロッテが駆け寄ってきた。買い置いている間に乾燥しきったのか、ボロボロと床にチーズのかけらが散らばっていく。

 

「うわっ!なんだコイツ!?」

 

「シャルは私たちが留守の間、佐倉さんの見張りをお願い。何か悪いことしようとしたらガブッとしてもいいからね?」

 

「(*'-')ゞリョウカイ」

 

「ハァ?ちょっと待てコイツが監視って……いや、それよりどうやって噛み付く、」

 

「ゴボッ」

 

「は?」

 

突如シャルロッテの口からは、恵方巻きのような体と鋭い牙を覗かせる口を持ったナニカがとび出てきた。その巨体は部屋を埋めるほどであり、その口は突然の事で硬直している杏子の頭をすっぽりと覆っていた。言わずと知れた、恵方巻きボディである。

 

「こら! ここで大きくなっちゃだめでしょ。早く戻りなさい」

 

「(*_ _)ゴメンナサイ」

 

突然のことで、盛大な首ポロが繰り広げられそうになったが、マミが叱ると再び元のぬいぐるみの様な姿に戻るシャル。先ほどの変貌ぶりに驚くことしかできない杏子はかなりどもっていた。

 

「な、ななななななんだ今のぉ!! つうかコイツが何なんだ!!」

 

「この子はシャルロッテ。現在はアンリの使い魔兼『魔女』をやってるわ。そういうわけだから、これから宜しくしてやって頂戴ね♪」

 

「ヽ(▽⌒*)ヨロシゥ♪」

 

「魔女ォ!!?」

 

こうして彼女達の談話は続いて言った。すぐに杏子へ多少の説明がなされたが、それを聞いて杏子はさらに呆れ果てたらしい。早まったのはどちらだと愚痴をこぼしている姿が見られたそうな。

 

その後はマミとシャルの杏子イジリが始まり、アンリが寝室の準備と明日の予定を練って戻ってくるまで散々な目にあったとか。だが、アンリだけは「マミも中々黒くなったものだ」と言ってしみじみとアンリはマミの成長を喜んでいた。ほろりと涙がこぼれ、怨念のような亡霊を描きながら涙は靄となったが。

 

「ぜんっぜん!!喜ばしくねぇから!!!」

 

……約一人、報われぬものもいるようだが、まあ。

 

―――あとは時間が解決してくれるだろう…

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「いってきまーす!」

 

「危なくなったらすぐシャルに任せろよー!」

 

「ええ、大丈夫ー!!」

 

今日は一日、取り逃した使い魔は分体に任せ、今日は休憩のつもりなのでシャルをバッグに忍ばせておいた。いざという時の最終防衛手段である。

こんないつもの朝と違うのは―――

 

「ったく、後もうちょいでアレが来るってのに随分と呑気なモンだな」

 

昨日、新たに戦線に加わった杏子の姿だろう。

彼女はやむにやまれぬ事情があり、小学校中退というなんともいえぬ経歴を持っている。そのやむにやまれぬワケというのは……いや、ここではそう深くは語るまい。

 

「何ならお前も遅くはねぇ。オレが勉強見てやらんことも無いぞ」

 

「ジョーダン。アタシはもうしばらくこのまま気楽に生きるさ」

 

「ハッ、そうかよ。まぁ、ご教授願いたいときはいつでも言いな」

 

それとなく勉学の話を振ってみたが見事にあしらわれたようだ。薄く笑いながら肩をすくめて見せるアンリはどこまでも人間くさかった。

そうしてマミの見送りを終え、リビングへ戻った矢先、杏子がある事に気付いた。

それは―――

 

「なあ、ところでよ」

 

「ん? 何だ」

 

「なんでアンタは、いつも他人のための事ばかりしてるんだい? 少なくともアタシが見た中じゃ、アンタはいつでも自分の為に動いてるとこを見たことがないんだけど」

 

「オレが?………そうか、そうだったか。―――クカカカカカカカッ!」

 

問いかけたのち、彼は盛大な笑い声をあげる。

腹を抱え、涙が零れ始めるほど。一体どれほどドツボにはまったのやら。

 

「お、おい!」

 

「そうか……忘れてちゃぁ世話ねぇな。覚えてなかったら、ワルプルギスに殺されても文句は言えねえ」

 

アンリは何かを懐かしむような表情になり、その場に乱雑に座った。

そのカーペットの上で天井を仰ぎ、両手で体を支えた体勢になる。

 

「ま、座れ。オマエになら話しても面白そうだ」

 

「まったく、なんだってんだ……まぁアンタの事だ。ツマラナイ話じゃないんだろ?」

 

出会ったころのような挑発を返す杏子に、目を細めてニタリと笑いかける。

 

「まあな、ちょっとした昔話だが……聞くか?」

 

「ま、これからは暇だし聞かせて貰うとするさ」

 

「それじゃ、話そうかね。御講演のほど、お聞きくださいってな」

 

芝居がかった口調はそのままに、彼はつづけた。

 

「……英霊ってのはその人物の死後、伝承として語られたことでその話を元にして神格化された人間や物語の人物だって事は知ってるな?」

 

「キュゥべえから少しは聞いてる。で、それがどうしたって?」

 

「オレも元はただの人間だったんだよ。しかも『現代』の、な」

 

「ハァ!!? けど、アンタの名は――」

 

「そう。『アンリ・マユ』。ゾロアスター教の最高神と対立する悪神であり、遥か昔の宗教のもの。だけどな? オレはそんな高貴な存在でもねぇし、悪神そのものでもねぇ。爪は黄金でもないしな。

 ――そんなオレだが、生前はとても『不幸』だったんだ」

 

「不幸? そんな程度で神と同列の存在になるなんて…」

 

「普通に無理だ。だけどな? その原因がその同列存在の『神』。しかも限りなく存在する、全ての世界の魂を管理するほどの最高クラスの奴が関わっていたとすればどうだ?」

 

「待てよ……それじゃまさか!」

 

「その通り。原因はソイツのせいであり、オレはソイツとであった。そこでオレは変わった…いや、変えて貰ったんだ。向こうにとっちゃ、『人と話したい』ほうが本音らしいがな」

 

この先はご存じの通り。彼はこの力を手に入れ、この世界に落ち、そしてマミと出会った。キュゥべえと会い、まどかやさやかと知り合い、杏子と対峙した。

そして、平穏な日常を、温かな人とのふれあいを今生で網羅した。生前では味わえなかった幸福を、この新たな体に浴び続けたのだ。

 

そうするうちに、いつしか彼はあることを考えるようになった。

 

「『この幸せを壊さないためにもオレが全部背負ってやる』ってな。いざって時は、オレがみんなの感情の的になるんだ。そうして悪役ができれば、自然とオレ以外が笑顔を取り戻せる。もう一つの出来ることは―――」

 

この世界を壊したくない。世界が危機に陥るのなら当然だ。自分が『戦って打ち破る事の出来る脅威』と戦い、なるべく人を守るために自分ができる事をしたかった。

そのため自分は『悪そのもの』ではなく、『悪を背負う』事を続けるのである。

たとえその世界に居続けることはできなくとも。

 

「まさか、死ぬ、つもりじゃねぇだろうな…?」

 

「それこそまさかだ! どうやっても、死ねない体になっちまったからな……でも、ま、この世界からは、消えるかもしんねぇな」

 

淡々と告げられた事実に、杏子は目を剥いた。

 

「消えるって……っ、マミはどうするつもりだよ!」

 

マミとは元々敵対していたが、■■のような家族を失わせる気持ちにまでさせたくない。

失ったからこそ、他人であっても家族の事には口出ししなければならないのだ。

 

だが、アンリにとってはそれも小さな問題だったらしい。

 

「マミにはすでに言ってある。そしたらアイツ、なんて言ったと思う?

 『それじゃあ、私が死んだらあなたの元へ行くわ。契約の(つながり)はあるんだから、それを辿ってでも追いついてあげるから覚悟しなさいね? 兄さん』だとよ。まったく、逞しいこった」

 

そう言って穏やかな笑みを浮かべた。

―――所詮、自分は異邦者。受け入れられても、自分が異邦であると思う限り、いつかはその場所を去らねばならない。だが、そんな自分について来てくれるというのだ。

これが、何とうれしい事だろうか。瞳を閉じたアンリには、その時の憧憬が浮かびあがっていた。

 

「でも、そんな事ホントに出来んのかよ」

 

「できるさ。人間はいつだって最悪の状況を乗り越えられたんだ。世界の壁如きに止められるものじゃないってな。…ま、当然シャルもついてくるだろうがな」

 

「へぇ、マミも中々。って、ん? そうするとこの町はどうするんだ。アイツが居なくなるとしたら、魔法少女になる奴はしばらくいないだろうし、ワルプルギスの夜なんてデカブツが来たこの街で狩りをするもの好きなんて……」

 

「ま、そこはお前に任せるさ。この町は頼んだぜ?」

 

「ハァァ……やっぱそうなるわな。でもアタシに任せるってことは、好きにしてもいいってことになんのか?」

 

「そのあたりは、後々考えるさ」

 

「そんな事だろうと思ったよ。ま、アンタが消えちまうんなら、いい稼ぎ場を陣取っとくのも重要か」

 

そう言うと立ち上がり、杏子は部屋の外へと向かう。

首を鳴らしているあたり、多少の疲労がたまっているようだ。

 

「ちょいと長話を聞いて疲れちまった。外の空気を吸ってくるさ」

 

「普通は話すほうが…いや、何も言うまいか。 ああ、これは一応持っていけ。小遣い程度にやるよ。……夕暮れには戻ってこい」

 

「お、サンキュー。そんじゃあな」

 

言い残して退出。それを見送ってアンリは一人となった。

 

「……話すってのは、中々に面倒さねぇ。まあいい。一応張らせとくか」

 

そう一人ごちて、監視兼使い魔掃討の分体を放つ。そして部屋の掃除を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

しばらくの時間が過ぎ、太陽は真上に差し掛かる頃となった。

街を歩く杏子の手にはスナック菓子があり、どうやら渡された駄賃で買ったらしい。

 

それからしばらく進み、噴水が中央にある公園にたどり着いた。今はまだ昼の為、まだ保育園や幼稚園に入る前の幼児を連れ添ったママさんたちがちらほらといる程度だ。

まっすぐに噴水の近くにあるベンチに腰をおろし、スナック片手にボーっと空を見上げる。

 

「『幸せ』かぁ……アイツはなーんて馬鹿な事、考えてんだろうなぁ」

 

アンリが提唱した『幸せを守る』。

それは綺麗な理想に聞こえるが、その実、欠点だらけの戯言と同義だ。その覚悟が現しているのは、あくまでアンリが守れるのは物理的な被害であって、精神的なものまでのカバーはできないと公言しているようなものである。そんな欠点を――

 

「その辺考えてんのかよアイツ……でも、考えてんだろうな。意外とぬかりないし、いつでも余裕そうだしな」

 

杏子から見た彼はいつでも自然体だった。多少のボケに動揺はするが、それも一瞬の事。

昨日戦った時でもそうだ。高速で槍を投げても、無数の刃に襲われていても、腕を落とされても、常に笑みを浮かべていた。しかし、それは狂気や威嚇、敵意が籠ったものではなく、単純に楽しそうな笑み。見る者がみな安心できるような笑みだ。

――だからこそ、一種の恐怖を相手に与えるのだろうが。

 

「惹きつけてそれで終わりってか? 人の笑顔をみりゃそれで満足ってか? アタシにはちょっと、わかんねぇよ……」

 

杏子はベンチにしだれかかる。そんな彼女の足元にはいつの間にか黒犬が待ての態勢で座っていた。おそらくは彼の使いだろうと当たりをつける。

 

「ちょっと疲れたな……。これ、アンタにやるから、寝てる、間は頼ん、だ」

 

「ゥオン」

 

了解! と言わんばかりにひと鳴き。それを見た杏子はゆっくりと目を閉じ、暖かな光を浴びながら眠りに就いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ウォン!オン! ≪起きぃや嬢ちゃん≫」

 

「ん、なんだ。もう夕方か……?」

 

ひと眠りしたおかげで気持ちもすっきりした杏子は、例の黒犬の鳴く声で目を覚ました。

だが、あたりはもはや―――

 

「あっちゃー、もう真っ暗じゃんか。こりゃあ戻ったら大目玉喰らうかな」

 

すっかり暗くなっている。頭上には夜空の星が瞬き、杏子の寝ていたベンチには近くの街灯の明かりが照らしていた。誰もいなくなった公園には、多少の寂しさが残っているのみ。

 

「ま、落ち着いたしさっさと帰ろうかなっ、とぉ………ん?」

 

ふらりと歩き出した杏子の視界の先にはこの闇の中でも映える青い髪を持つ人物ともう一人が見えた。その持ち主が着ている服は少し、見覚えがある。

 

「ありゃあ、マミのとこのガッコーの制服か……? こんな時間までお熱い事」

 

少し興味があった杏子はその二人をつけて見ることにした。黒犬は何も言わなかったのでそのまま二人を追う。その先にあったのはとても豪勢な屋敷。女のほうが男を見送るころを見計らない、彼女は声をかけた。

 

「こりゃまたご立派な家だねぇ。さしずめおぼっちゃまってとこかい?」

 

「!!!」

 

杏子はほんの興味心から話しかけていた。いつもなら気にとめることも無かっただろうに。

 

「あ、あなた誰よ…」

 

「野次馬Aとでも言っておこうか?」

 

「ええ~、ふざけてんの?……て、あれ? その変な感じの犬、もしかしてアンリさんの……」

 

杏子の隣にいる、靄を撒き散らしている黒犬を見た少女が問いかけた。

 

「何だ、アイツを知ってんのか?」

 

「ってことは、あなた魔法少女なの?」

 

「およ、正解さ。なんで知ってんのか知らないけど、この時間にもなると魔女も出てくる。そろそろ気をつけた方がいいんじゃないかい?」

 

「ご心配どーも! ここにいてアンリさん知ってるってことは、近くに来るでっかい魔女倒すの手伝ってくれるんだよね? あたしは何にも出来ないけど、頑張ってね! それじゃ機会があったらまた会おう! なんちゃって」

 

彼の関係者らしき少女は、そうおどけて駆け足で走って行った。

杏子は、夜の闇に呑まれ彼女の姿が見えなくなるまでそちらを見続けていた。

 

「頑張れか……久しぶりに聞いたねぇ。中々嬉しいもんじゃないか? ……さてと、アタシも戻ろうか」

 

彼女もまた帰路についた。心には、ほんの少しの温かみを感じながら。

 

 

無論、家で待っていたのは暖かいご飯だけでなく、マミからの説教もあった事をここに記しておこう。蛇足というものは、時に必要かもしれないのだから。

 




上条君とさやかは、退院祝いに夜の街を単車飛ばし―――てはいないですが、お祝いで遊びに行ってました。

では、そろそろワルプーとの対戦も近くなってきました。
大幅書き直しをしますので、時間がかかるかもしれませんね。

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