魔法少女と悪を背負った者   作:幻想の投影物

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大体2000字くらい増えました。


月の頃は
変化・契約・布石


心底あきれた表情。加え、額に手を当てながら彼女は口を開いた。

 

「それで、右肩から先が動かないですって?」

 

「まぁな。霊核に直接ダメージ入ったから修復に時間がかかる。戦えない訳じゃないから安心しろって」

 

いつものようにカラカラと笑うアンリだったが、彼の右腕はピクリとも動かずに垂れ下っている。

先日の上条恭介と美樹さやか両名へのルーン魔術の強制使用。魔術の手順、等価交換の原則を無視し、彼だけができる、ありったけの魔力での発動によって、アンリは弊害をこのような形で被っていたのだった。

 

そんなあんまりな言い様に、マミの口からは諦観を含んだ溜息までもが吐き出される。

 

「そういう問題じゃないでしょう! もう……『正義の味方の真似をしてくる』だなんて訳の解らない(正反対な)ことを念話で呟いてから数ヶ月(・・・)。いきなり居なくなって何をしていたのかと思えば……」

 

「反省はしている。だが後悔はしていない。むしゃくしゃして……はいないな」

 

「どこの情緒不安定な秋葉の加害者よ!? もう、そんなになるまで無理しないでちょうだい……」

 

「あー、っと? すまんかった。(やべぇ、殆んど自傷行為でした。なんて言えねぇな…)」

 

すっかりマミも中学校の最上級生になった、ある日の午後、アンリはひょっこりとアパートに姿を見せた。どうやら、これまでの数ヶ月の間、マミから離れて自由行動をとっていたらしい。

ちょくちょくと念話で連絡はとっていたようだが……

 

まあ、その結果はご覧の有様である。アンリは内心大焦りで冷や汗をかき、マミはマジ泣き寸前の大惨事。彼女の方は、アンリが居なくならなかった嬉しさと怪我をして帰ってきた悲しみで心が整理ができていないのだ。

……ちなみに、この日は夜までの時間全て、アンリが慰めに費やしたらしい。

 

 

 

 

後日は快晴の朝だった。

鳴り響くアラームが自己主張を始め―――運命の一か月(・・)が始まりを告げる。

 

 

 

 

その朝、リビングでは、何やら提案を持ちかけているアンリがいた。どうやら、マミに令呪の使用を促しているようだ。

 

「どうしたの? 令呪を使ってほしいだなんて……

 これって、いざという時の絶対命令権じゃなかったの?」

 

「そうなんだが……まぁ、実験さね。令呪の権限はどこまで効果が及ぶのか……ってな。

 なに、使うのは一画だけだしよ。この紙に書いてあることを読んでくれれば、それでいいって」

 

飄々とした態度でそう言い、指で吊り下げていた紙を渡す。帰ってきて、早速こんなことばっかり……などと思いながら、渋々マミは納得し、初の一画目の令呪を発動する準備に入った。

余談だが、ここの令呪は何故か魔力を持たない(魔力の運用を出来ない)人間には視認できないので、いままでそれで問題になったことはない。魔力……いや、魔法少女の候補生以外には見えないようになっているらしく、マミはこの令呪を隠すために失敗談をひとつ持っているとかいないとか。

 

「ハァ、あなたの判断だもの。仕方ないわね………ええっと?

 『令呪を以って命ず。新たな主従(・・・・・)の契約を交わす事を許可する』? ……って、ええ!!?」

 

すらすらと読み上げ、その内容に驚くも時既に遅し。

魔法少女として戦う時と同じ感覚。抜けていく魔力とともに、左肩から熱を感じると共に三画のうち『円』が消滅した。

 

―――令呪:残数2画

 

マミは熱が引くと同時に理由を聞いた。

『新たな主従』―――これまで一緒にやってきた仲でありながら、この内容は信じられないものであり、アンリに見切りをつけられたかと思ったからだ。

 

だが、彼はそれを首を振って否定した。

彼女を疎めるように、その瞳を見つめて口を開く。

 

「落ち着けって。オレの魔力が他の奴にも供給できるかの実験だから、マミとの契約が嫌になった訳じゃない。いわばオレにも『使い魔』ができるかどうかの実験で心配だったから令呪のブーストをかけて貰っただけだっつの」

 

「よかった……」

 

心底安堵した息を吐く。本当にただの実験だと知って安心したらしい。

――同時に、時刻は登校時間が近いことを確認し、再び驚愕する。

 

「いけない! もうこんな時間!?」

 

「あ、やっべぇ……じゃなくて、さっさと着替えろ! 荷物の準備はこっちでしておくから!」

 

「ありがと!」

 

数か月の空白があったとはいえ、『家族』として付き合ってきたのは既に3年。その経験によって、慌てながらも作業分担はしっかりこなす両者であった。

今日は一段と騒がしい朝になったようだが、そのせいで令呪とともに、アンリに刻まれていた呪いの刻印も薄らと光を放っていたことに、ついぞ気づくことはなかったのだった。

 

 

 

 

キーン コーン…

物悲しく鳴り響く終業のベル。夕焼けの空の下、今日も無事に見滝原中学校の授業が終了した。

3年生のとある教室では、マミがテキパキと帰り支度をしていた。魔法少女という危険な役を持っている彼女は、当然のことながら部活動には入っておらず、来る日も来る日も早々に帰宅するのである。そんな彼女の本来の史実と違う事は―――

 

≪これから巡回に入るから、いつも通り準備をお願い≫

 

≪りょーかい。……今そっちに分体を送った。今回の形状は狼。触っても悪意の感染も無いステキ仕様だぜ? 石の上にも三年ってな≫

 

≪もう……あんまりふざけ過ぎると、いつか痛い目見るわよ?≫

 

≪ヘイヘイわーかってるって≫

 

≪調子いいんだから…≫

 

そう、彼との会話である。先ほどのやり取りからも伺えるように、警戒態勢の日は学校が終わってからは、こうして連絡を取り合っていた。

最近は彼の宝具、『無限の残骸』を器用な制御が可能になってからというもの、こうして動物を模した泥を2体分までなら、宝具の解放無しで操作できるようになったので、マミの元へフォローをするために送っていたのだ。

真名の開放を行わずとも、ある程度一部の力が行使できる……『風王結界(ストライク・エア)』のような効果が近しいだろう。あれも、真名の開放によって風を操ることができるが、開放前の状態でも光を屈折して剣を隠していた。

 

 

 

 

夕方。

所変わって場所は中学校にほど近いカフェテラス。町に住む人たちの明るい声をBGMに、マミは捜索を続けていた。

 

「まどか、CD買ってもいい?」

 

「うん。いつものだね」

 

同じ中学校制服を着た少女たちの何気ない会話もマミにとって力になる。この笑顔は、自分たちが魔女の脅威から守れているという証。ゆえに心は明るく。しかし決して表には出さず、歩きだすのであった。

不意にソウルジェムがわずかながらも発光を始めた。手に握った淡い黄色の光が、魔的要素のある方向に尾をたなびかせている。マミはすかさず、ラインを通した念話をつないだ。

 

≪見つけたわ。反応からして使い魔だけど……≫

 

≪はいよ。そういや、あいつらはマミの周囲10メートル以内にひそませてある。それと、そっちの結界を特定したんでな。その狼についていってくれ≫

 

≪解ったわ。……そっちは何してるの?≫

 

≪使い魔と交戦中だ。…って危ねっ! すまんまた後で――≫

 

「≪え!?ちょっと≫……って切れちゃった。ま、アンリなら大丈夫よね」

 

彼も使い魔と交戦中だったようだ。途中で通信を断ち切られたのが心配だったが、実力は信頼はしているので、指示された狼が居る方向について行った。だが、次に聞こえたのは彼女のよく知る者の悲鳴。

 

≪助けて…≫

 

(キュゥべえ!?)

 

懇願――という感情を含むには程遠いが、はっきりとテレパシーを拾うことはできた。声を聞きながら歩みを速め、使い魔が展開しているらしい歪な空間を見つける。

店内改装のお知らせという看板を無視し、結界に突入する。早々に変身を済ませると、捻じれ曲がった道を人間を超越した脚力で飛び進んだ。

 

その先に居たのは―――

 

「冗談だよね…!?」

 

「うわぁっ!」

 

使い魔に群がられている、さきほどカフェテラスで見かけた印象的な髪を持つ二人。

マミの目下では、鹿目まどかと美樹さやかが身を寄せ合って使い魔に囲まれていたのだ。しかも、その腕に抱えられていたのはボロボロのキュゥべえ。それを見た彼女の行動は早かった。

 

高台から飛び降りると、垂れ下っている鎖に触れて魔力を通す。多少の恐怖は致し方ないと断じ、その鎖のすべてを円状に彼女らの周りに敷いた。魔力を通した鎖はマミの手足のごとく、イメージを忠実に再現し―――込めた魔力を、爆発させる。

 

「「!?」」

 

「キィア――――」

 

茨によって動かされた、彼女らの命を奪う凶器もろとも、消し炭へと変える。

脅威が去ったことを入念に確認すると、変身を解いて歩み寄った。

 

「あなた達、危ない所だったわね。もう大丈夫よ」

 

「…どちら様?ってなにコイツ!?」

 

さっそうと二人の前に現れるが……当然ながら、その突然の出来事に頭がおいつかないようだった。とはいえ、それにかまう暇も無いので、アンリの使いの狼が二人を守った事を確認し、その二人を尻目に行動を続ける。

 

――使い魔たちが、先ほどの倍の数は湧いて出てきたのだから。

 

「自己紹介は後。その前に―――ひと仕事、片付けないと」

 

ソウルジェムを両手に収め、手短に魔法少女へと変身する。

余計な手間は省き、まずはこの二人を守るために行動。見せつけるように……だなんて、愚の骨頂であるがゆえに。

 

「ハッ……!」

 

幾多の砲身を縛った使い魔に向け、出現させたマスケット銃全てを軍隊のように――一縷の容赦もなく発射の指示をだす。

やはり、所詮は使い魔であったということか。魔女からこぼれおちた欲望の副産物などでは、それら魔力の塊に耐えきれるはずもなかった。

たった一発。それだけで、この世から姿を消したのだ。

 

「…………」

 

「す、すごい……」

 

二人は放心するように見とれていた。そして、危険が去った事を確認したのか、泥の狼も空に溶けるように、その身を魔力へと還していく。

宣言通りひと仕事を終えたマミは、周囲に他の気配を感じ上を見上げる。すると、挑発的に口を開いた。

 

「残念だけど、結界は移動したわ。この二人がいる手前、私は動けないから貴女にゆずってもいいわよ?」

 

「……用があるのは、魔女じゃないわ」

 

アンリ譲りのマミから発せられた軽口。それを受け取ったのは、三人を見下ろす黒髪の魔法少女であったが……愚かな人物ではなかったようだ。

それだけ言い放つと、その場から姿を消す。――瞬間移動を行ったように。

 

 

 

 

 

 

「……どう?」

 

「助かったよ! ありがとう、マミ」

 

場所は同じくして。

彼女たちはキュゥべえの外見的な怪我を治療し、一息をついていた。

マミはキュゥべえの感謝を受け取るが、それをまどかたちに譲る。

 

「お礼はこの子たちに言って。遅れちゃったしね」

 

「うん! ありがとう、まどか! さやか!」

 

「なんで名前知ってんの!?」

 

さやかの突っ込みが入るが、キュゥべえは昔からそういうタイプだったので気にはしなかった。つづけて互いに感謝を預け合い、それぞれの自己紹介に入る。

 

「そろそろ落ち着いたかしら? それじゃぁ、自己紹介しておくわね」

 

言いながらも魔力を霧散させ、変身も解く。すっかり制服に戻った彼女は両親からもらった名をにっこりと誇らしげに言った。

 

「巴マミ。あなた達と同じ見滝原の生徒よ。よろしくね?」

 

「変身した!?」

 

「いえ、こちらこそ!」

 

「そしてこの子がキュゥべえ」

 

「よろしく」

 

同時にキュゥべえも紹介しておく。前の二人の反応は様々だが、このような非常識な出来事は衝撃には違いないらしい。が、マミは何かに気付き、キュゥべえに疑問を投げる。

 

「ひょっとして、この子達も……」

 

「うん、そうだよ…まどか、さやか。実は君たちにお願いがあるんだ」

 

「お願い?」

 

「あたしも?」

 

再び戸惑う二人。その二人にキュゥべえはにっこりと笑いながら運命の言葉を掛ける。

 

「あのね、僕と契約して」

 

そうして……

 

「魔法少女になってほしいんだ」

 

舞台装置の歯車が回り始めた。

 

 

 

 

 

 

その夜、マミは自室に二人を案内していた。

多少の距離があり、夕暮れはとっくにすぎ去っていたが、二人とも両親からの了解は受け取ったらしく、こうして付いてきたというわけだ。

 

「もう一人同居人が居るけど、彼も関係者だから気にしないでね? ただいま!」

 

「うわぁ…」

 

「素敵…」

 

二人は、思わず感嘆の声を上げる。その原因は、マミの家は整えられたヨーロッパ風のきれいな部屋であったからだろう。アンティークな家具が少々と、中央に備えられたガラスの三角テーブル。部屋の片隅にある怪しげな呪いっぽい落書きは無視して、リビングに上がった二人。

すると、台所から新しい人物が声をかけてきた。

 

「お帰り。それといらっしゃい。紅茶と菓子を用意しといたからお客人のもてなしは出来てるぜ。お二人さん?」

 

「あら、ありがとう。アンリ」

 

「「アンリさん!?」」

 

「よーう、ひっさしぶりだなお前ら。美樹ちゃんはこないだのクリスマス以来だな?」

 

クカカカカ……と、夜には少々不気味な笑いが漏れる。

まどかとさやかは頬をひきつらせていたが、あっさりとスルーしたマミは、ふと問うた。

 

「あら、知り合いだったの」

 

「なぁに、ちょっとした駄弁り仲間だ。…ほらほら、席についたついた」

 

「あ、はい」

 

「はーい」

 

アンリが促し、そうして皆が座ると、キュゥべえが居ることに気付き、アンリは口にする。

 

「なるほど、候補生(・・・)だったってわけか」

 

「そう。だから連れてきたの。それじゃ二人とも、さっきの事について説明するから、よく聞いてちょうだい。見える貴女達は知らないと駄目だから」

 

場を整え、マミがそう切り出すとアンリは台所に引っ込んでいった。

 

「大体終わったら呼んでくれ。それまで晩飯作ってるからよ」

 

そうしてアンリが退室し、説明が始まった。

 

「魔法少女は、キュゥべえとの契約によって成り立つ存在なの。こちらの願いを何でも叶えてもらえる代わりに、魔法少女として死と隣り合わせの戦いをすることになるわ」

 

「戦い……」

 

「願いが何でも……」

 

そうして、ソウルジェムや使命について。そして叶えられる願いや契約後の危険性。それを聞くたびに候補の二人は一喜一憂の反応をしていた。

その中、まどかは気になった疑問を口にした。

 

「マミさんの他に魔法少女はいるんですか?」

 

「あ、そうそうさっき話した例の転校生とか! こっち襲ってきたけど……」

 

「ええ、私も見かけたけど、彼女も魔法少女でしょうね。強い魔力を持ってるみたいだったわ」

 

その問いの答えはイエスだった。加えて、長年の洞察力からその力量を計りとる。次に魔法少女の対立、報酬の奪い合いについての説明を聞き、悩む二人。

危険とはいえ、契約に踏み切ることもあるだろう。マミはせっかくの候補生を無下にするわけにもいかないので、ある提案を考えた。

 

「ねぇ、二人ともしばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」

 

「「ええ!?」」

 

「魔法少女がどんなものか、自分自身の目で確かめてみればいいと思うの。身の安全は、この身に代えても保障するわ。後アンリもね」

 

危険な事につき合わせるのは忍びないが、二人を守るのは彼なら造作も無いだろうと考えた故の決断である。押しつけに過ぎない――と考えるのが普通だが、生憎アンリは殺されても殺しきれない存在。

防御や囮に関しては一級品であるゆえに、この二人を守るきることは間違いなく可能だろう。

 

「そういうわけでお願いね?アンリ」

 

「へいへい、了解マスター。ってな? そういう事らしいから守りは任せときな」

 

「アンリさんも戦えるの?魔法少女でもなさそうだけど…」

 

「くははっ、それは明日になってのお楽しみだ。……ウチも晩飯に入るし、今日はここで解散だ。御供はつけるが、気をつけて帰れよ」

 

そうしてその夜は解散となった。まどかとさやかはそれぞれの家に帰り、この場の四人は明日に向けての準備を整える。

 

こうして最初の一日は無事にその役目を終えたのであった。

 

―――黒き天に輝く逆月は、ひっそりと町を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

次の日、放課後の廃ビル前には霊体化したアンリが立っていた。視覚を遮断して魔力の流れを感じ取りながら、念話を行っているようだ。

 

≪そこにほど近い廃ビル前、結界を発見だ。ちょうど来るころにはマーキングされた奴が屋上から出てくるだろうからフォロー頼む≫

 

≪解ったわ。今そっちに向うから待ってて≫

 

≪あれ? アンリさんも念話使えるんだ。それにマーキングって≫

 

「≪あれま。……まぁ、説明はちゃんと被害者を確保してからだな≫っと、こっちだ!」

 

念話で話すうちに三人の姿が見え、廃ビル前に集合する。ちょうど屋上にはアンリの読み通り、飛び降りようとしている女性がいた。

しかしそれを見逃すはずもなく、マミは瞬時に変身し、リボンを出現させて落ちてきた女性を優しく受け止め地面に下ろす。落下の衝撃は完全に殺しきれたようだ。

 

「マミさんっ!」

 

「大丈夫、気を失ってるだけ……魔女の口づけ…やっぱりね」

 

「口づけ?」

 

「アンリも言ったけど、詳しい話は後! 魔女はビルの中よ。追いつめましょう!」

 

「「はい!」」

 

マーキングを確認し、急ぎビルの中へ入る三人。彼女らを後ろから覗き見ている黒髪の魔法少女が居ることを確認し、一人霊体化を解いたアンリは声をかけた。

 

「よう、追わねぇのかよ魔法少女サン?」

 

「ッ!!?」

 

よほどこの場に彼が居るのが予想外だったのか、後ろをとられたことが信じられないのか、驚愕を隠そうともしない黒髪の少女。しかし、主導権を握ったアンリは、気にせず質問を投げかけた。

 

「なーる? テメェが例のストーカーさんか。どっちにしろ鹿目ちゃんに何か用があるってのか?」

 

「あなた、一体何者?」

 

「質問で返す――いや、英霊だと言っておこう。あんたも魔法少女ならこう言えばわかんだろ」

 

逆に問いで返してきた魔法少女には、いつもの問いを返した。

かつて紅い魔法少女――杏子と問答した時と同じ光景が焼き直される。だが、唯一違ったのは……

 

「英霊? 残念ながら心当たりはないわね。もう一度答えなさい、あなたは何者?」

 

(……ふぅ、ん?)

 

英霊の事を知らなかった。――とすると、疑問が生じる。

居なくなっていた数カ月のうちに、キュゥべえには「なるべく多くの魔法少女に穢れを吸えるオレの事を伝えておけ」といった内容の伝言をしていた。故に、国内の魔法少女には彼の事が伝わっているはずなのだ。実際、数か月の間は各地を回って魔法少女の穢れ吸いを行っていたし、キュゥべえ自身からも確認はとっており、目の前の少女は明らかに日本人だ。

 

問えど、尽きぬは疑問ばかりなり。中の様子が心配になってきた彼が次にとった行動は――

 

「ワッケわかんねぇ。とりあえず後で、だなぁ!」

 

「待ちなさ……消えた!? まさか、私と同じ――」

 

――逃げであった。

制止と困惑が入り混じった声を振り切って霊体化し、彼はマミの元へと向かう。

走りながらもその姿は変貌してゆき、最終的には――四足の獣が、ビルを駆けていた。

 

 

その頃、ビル――いや、結界内部では大立ち回りが繰り広げられていた。

四方八方から迫りくる先日と同系の使い魔達を、マミは空中に拡散させたマスケット銃で片っ端から撃ち落とす。候補の二人の周りには、いつの間にか出現した真っ黒な狼と鷲がおり、二人へと迫る敵をその爪と牙で引き裂いている。時折出現する彼女らの影から伸びる刃のようなものも、守護を請け負っていた。

 

その調子で結界を進み、扉を開いた先にある最奥の円形ホールにて魔女を発見した。

 

「あれが『魔女』よ」

 

そう示した先にいたのは、薔薇園の魔女『ゲルトルート』。

八足の馬の様な体系に蝶の羽が生え、頭はバラのついた泥で包まれている。

初めて魔女の姿を拝んだ二人は、その醜悪な外見に嫌悪の感情をあらわにしていた。

そんな二人を安心させ、マミは攻撃態勢に入る。

 

 

着地と同時に小さな使い魔をつぶすと、ようやくこちらに気づいた魔女が鎌首をもたげる。ソファーのようなものを投げつけると、背中に生えた不格好な羽根で高速に飛び回り始めた。

 

「遅い遅い♪」

 

これまた、アンリ譲りの凶悪な引き裂かれた笑み。両手から先の空間に出現させた十六丁のマスケット銃を、胸元のリボンで同時に抱えて正確に狙い撃つ。いくつかは壁や地面に外したが、一撃・二撃と命中するごとに魔女の羽は掻き毟られ、見るも無残に砕けていった。

が、それをものともせず、反撃のためこちらに向かう魔女に――クスリ、と笑みをこぼす。

刹那、壁や地面に埋まった弾丸からリボンが生え、魔女をがんじがらめに縛りあげたのだ。アンリの狼と鷲も、動きを抑えるために魔女の足を食いちぎって拘束すると、鷲が形を崩して魔女を地面に張り付ける楔となった。

驚く二人を背に、マミは出現させた巨大な砲身へ昨日以上の魔力を集結させる。

 

「これが私の戦い方! 未来の後輩に…カッコ悪いとこ見せられないもの!!」

 

照準を魔女へ固定。寸分の狂いなき正確無比な魔弾が―――

 

「ティロ…フィナーレッ!!!」

 

火を…いや、魔力を撒き散らして爆発する。集束された魔力が魔女を貫通し、内部へ直接爆破をかけたのだ。

そうして、使い魔と同じように魔女はその命を可憐に散らした。グリーフシードが出現し、主を失った結界は速やかにその役目を終える。長らく住人を失った廃ビルは静けさを取り戻し、また一つの平和がもたらされるのであった。

 

さきほど拾ったグリーフシードを見せ、説明を開始する。あらかたの説明が終わった時、マミは振り向いて言った。

 

「あと一回ぐらい使えそうだし、このグリーフシードあなたにも分けてあげるわ

 ―――暁美ほむらさん?」

 

「………」

 

ちらりと視線を移した先にいたのは、さきほどアンリと相対した魔法少女『暁美ほむら』。ちょっとした皮肉もこめて報酬の分けを話したが、彼女の答えは当然のごとく、

 

「いらないわ。それはあなたの獲物よ。自分だけのものにすればいい…」

 

拒否。そう言った彼女はその場を離れ、マミ達の前から姿を消した。

 

 

 

廃ビル前、操られていた女性が目を覚ましたのでそちらのフォローを行った後。姿を消していたアンリも集合し、今日の事を話し合っていた。

 

「もう、どこに行っていたの?」

 

「わりいわりい。ちょいとばかし鬼ごっこをな?」

 

「アンリさん、結局何もしてなかったね」

 

「おっと、お前の近くに狼と鷲が居ただろう。狼は途中からオレだったんだからな」

 

鷲だけが変形していたのはそのためだったらしい。

 

「ええ!! アンリさん狼男だったの!?」

 

「違うっつの!能力の応用であの姿になってただけだ!」

 

どうやら魔女の足を食いちぎった辺りからはすでに居たようだ。

その後、こうして遅れて姿を現したのは宝具の影響だと説明した。

 

「宝具? 何それ?」

 

「ああ実はな……キュゥべえ、後は頼んだ」

 

「やれやれ、しょうがないな。後日改めて話しておくよ」

 

今まで空気だったキュゥべえが仕方ない、といった風に了承する。

その後の丸投げか、というさやかの突っ込みはスルーされたようだ。

 

「ま、そういうわけだ。今度からはちゃんと人の姿になるから心配すんな」

 

居なくなっていた間にキュゥべえには二つの宝具について話しておいたので、その方向で話は落ち着いた。その後、英霊について軽く説明して解散したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、深夜。

薔薇の魔女と戦った廃ビルの屋上に二つの影があった。

 

「さて、来たか」

 

片や紅と黒の暗黒のような存在。片や黒と紫の宵闇のような存在。

されど、対照的である二人は、どこまでも反対方向に向き合っていた。

 

「こんなところに呼び出したからには、さっきの答えをくれるんでしょうね?」

 

「おうとも。渡しといた紙にも書いてあったろうが。そちらこそ、来たからにはオレの質問には答えてくれよ?」

 

「約束は守るわ。それじゃ話してくれるかしら……『英霊』について、『あなた』について。そして――『宝具』について」

 

「願いは聞き入れた。では、奇想天外なお話をお聞かせいたしましょうかね――」

 

夜は更け、淡々と真実のすべてが語られていく。

包み隠さず全てを喋り、自分の目的のために互いを利用するために。

そこには、己の利しか存在し得なかった……だが、時間とは数奇なものだということを、この二人は改めて思い知ることになる。

 

 

暗い夜は、まだ――明けない。

 





はてさて……鬨の声は挙げられた。
これより紡がれますは、悪神紀行の途となりましょう。

さぁさ皆様お手を拝借。いざ行きましょうぞ、舞台の先へ物語の先へ!

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