SPECIALな冒険記   作:冴龍

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明日に次話を更新します。


絶体絶命のピンチ

「――長いな」

「そうね。流石に長いわね」

 

 アキラとレッドが向かったロケット団の軍勢との戦いが大詰めを迎えていた頃、ゴールドとクリスがいるポケモンリーグで行われているジムリーダーのエキシビジョンマッチ最終戦は大盛り上がりだった。

 

 カントー・ジョウトのチーム対抗戦の勝敗を決する為の主将同士の戦い。

 普段は目にすることが出来ない大技の応酬に、どちらかが攻め始めたかと思いきや逆に防戦一方になると言った目まぐるしい勢いで繰り広げられる攻防に観客達は興奮していたが、エキシビジョンマッチの真の目的を知っている二人は冷静だった。

 

 仮面の男の可能性が最も高いジムリーダーであるヤナギ。

 このエキシビジョンマッチ終了後、上手く彼と手持ちを引き離して拘束する手筈になっている。

 その際に抵抗が想定されていたので、少しでも手持ちを消耗させる狙いもあることから、カントー側のジムリーダーの主将に最年長にしてほのおタイプの使い手であるカツラが選ばれた。

 

 そんな明かされない経緯もあって始まった両者のバトルだったが、考えていた以上に戦いはかなり長引いていた。

 ほのおタイプらしく果敢に攻めるカツラに対して、ヤナギはタイプ相性が不利なことを考慮してか上手く攻撃を避けながら、隙を突く様に攻撃していくが決定打を与えるまでには至れていなかった。

 互いにチーム戦の勝利が懸かっているのだからと当初は思っていたが、ゴールドはこの戦いが流石に長過ぎる事に気付き始めた。

 

 改めて会場内にある時計に目をやると、既に二人が戦い始めてから二十分以上も時間が経過していた。

 彼らよりも前に戦ったジムリーダー達の試合でも長くても十分近くで決着はついていたのだから、彼らの戦いは優に倍以上の時間が掛かっていた。

 

 それだけ両者の実力が拮抗しているのか。

 それとも何か理由があるのか。

 

 だけど、どの様な理由であってもゴールドからすれば好都合だった。

 戦いが長引けば長引く程、ヤナギは手持ち共々消耗するのと彼らの戦い方をじっくり観察することが出来る。

 そして何より、遠くで戦っているアキラやレッドが駆け付ける時間が出来るからだ。

 

 どうせ長引くなら、二人が戻って来るまで戦っていて欲しいとゴールドは思うのだった。

 

 

 

 

 

 ゴールド達が様々な思惑を考えていた頃、ヤナギを相手に戦っていたカツラは言い様の無い違和感を感じていた。

 

 チョウジジム・ジムリーダーのヤナギ。

 確かにその実力は相性が不利なのを物ともしない高いものだ。

 自分よりも長年に渡ってポケモンと向き合い、研鑽に時間を費やしてきたことも試合が始まってから交わした攻防から見ても良くわかる。

 

 だからこそ、強い違和感を感じるのだ。

 

 最初は()調()()()()したお陰もあって、チームが勝利することに全力を注ぐことにばかり意識していたが、戦いが長引いて来たので硬直状態を打破するべく考えを張り巡らせていたら、どこかおかしいことに彼は気付いた。

 

 攻撃の瞬間。回避のタイミング。こちらを翻弄する動きと技の選択。

 確かに戦っているウリムーは強い。手にした杖で地面を叩くことで何かしらの意思疎通の手段を確立しており、攻撃も不利な氷でありながら炎を相殺する程に強力。

 時折じめんタイプの技も繰り出して相性差を覆そうとしている。だけど、それでも決定打と言えるものが来ないのだ。

 

 ジムリーダーに限らず、どんなトレーナーにも勝ちパターンや決め技が存在している。

 それはヤナギも例外では無い筈だが、何時まで経っても本格的に仕掛けて来る様子は見られなかった。

 技の一つ一つが強力ではあるものの、どうも小手調べと言うか本腰を入れている様に感じられなかったのだ。

 

 チャンスを窺っているのか、それとも消耗を狙って時間を掛けているのかと思ったが、ここまで長く戦えばそのどちらにも当て嵌まらないのは誰でもわかる。

 しかし、半信半疑ではあるが一つだけある可能性がカツラの頭に浮かんでいた。

 

 それは、ヤナギがこの試合を長引かせることを望んでいることだ。

 

 それならこちらが消耗するのを狙った意図的な長期戦と見ても良いが、どうもその為にわざと時間を掛けているとは思えなかった。

 そうなると増々理由がわからなかった。ヤナギの狙いは一体何なのか、訪れてから会場から感じる妙な雰囲気とボール越しに伝わる()()()()()()()()()()の落ち着きの無さは関係しているのか。

 

「”にほんばれ”!」

 

 カツラからの号令を合図に、ウインディは会場内に小さな太陽とも言える火球を打ち上げる。

 今は一旦引っ込めているギャロップを含めて既に何度もやっているほのおタイプに有利なフィールドを生み出す技だが、予想外にバトルが長引いたことでその効力は度々途切れていた。

 ヤナギが何を考えているのかはわからなかったが、カツラの勘はこれ以上バトルを長引かせる訳にはいかないことを囁いていた。

 

「”だいもんじ”!!!」

 

 今度こそ勝負を決めるべく、ほのおタイプ最強の技である”だいもんじ”をカツラは命じ、今正にウインディが放とうとしたその時だった。

 

「!?」

 

 突如として地鳴りと共に起きた大きな揺れにカツラは体勢を崩し掛ける。

 最初はウリムーが”じしん”を放ったのかと思ったが、ポケモンの技によって齎された揺れとは異なっていた。

 何故なら戦っていたフィールドだけでなく、会場全体が揺れていたからだ。

 

「なんだ!?」

「地震? いや、これって…」

 

 観戦していたゴールドとクリスも揺れに気付くが、覚えのある揺れ方だった。

 まるでエキシビジョンマッチが始まる前の――

 

「ッ! まさか!」

「ゴールドどこに行くの!?」

 

 そこまで考えが至ると同時に、ゴールドはすぐに観客席の外へ飛び出して通路を駆けて行く。

 後ろからクリスが呼び止める声や騒ぎ始めた観客の声も聞こえるが、それら全てを無視して彼は大急ぎである場所へと向かう。

 そして角を曲がって真っ先に視界に入った光景に、彼は今頭に浮かんでいる懸念が正しかったことを知る。

 

 ポケモンリーグの会場全体のシステムを制御しているコントロール・ルームーーその出入り口を守っていた警備員と巡回していた筈の警備員が揃って倒れていたのだ。

 

 それだけでもう何があったのかゴールドはわかった。

 急いで階段を駆け上がっていくが、駆け込んだコントロール・ルーム内も中を守っていた警備員だけでなく機器を扱う職員含めて全員が倒れていた。

 

「クソッ!!!」

 

 二手に分かれることが決まってから、アキラに耳に蛸が出来るくらい散々注意する様に言われていたのに阻止出来なかった。

 それだけでもゴールドはまんまと出し抜かれてしまった自分自身に怒りをぶつけたかった。

 だけど機器から地鳴りとは異なる警告音がずっと鳴り響いていたので、急いで画面を確認すると「警告」の二文字と「リニアモーターシステム セフティロック解除」と表示されていた。

 

 設備やシステムには詳しく無いが、それでも敵がコントロール・ルームを狙った目的が画面に映っているものなのをゴールドは察する。

 最後の試合が始まる前に確認した時は何事も無かった筈だが、見ていなかった僅かな時間でこうなってしまうとは予想していなかった。

 

「最後の…試合…」

 

 ここでゴールドはあることを思い出す。

 最後にコントロール・ルームの周辺の様子を見に行ったのは、今やっている最後の試合であるヤナギとカツラが始まる前だ。

 いざ始まった両者の戦いは、他のジムリーダーとの戦いとは異なり二十分以上にも及ぶ長期戦。加えて自分達がコントロール・ルームに異変が無いか確認していたのは、次の試合が行われる準備時間の合間。

 そしてヤナギはロケット団残党を率いる黒幕と見ている存在。

 

 全てが繋がった。

 

「ゴールド! 警備員の人達が倒れていたけど――」

「クリス! アキラの言う通りだ! ヤナギはロケット団と通じてる!」

 

 遅れて駆け込んだクリスにゴールドは声を荒げて大急ぎで引き返し始めた。

 様々な考えや経緯が頭に浮かんだが、それらを纏めて最も考えられる可能性に彼は至っていた。

 

 時間を稼がれた。

 

 隙を見せた自分達も悪いが、まさか自分達の行動パターンを把握するだけでなく、エキシビジョンマッチを利用して大胆にも裏工作をする時間稼ぎをするなど予想していなかった。

 

「目的は知らねえがコントロール・ルームのリニアモーターって奴のシステムがおかしくなっていやがる!」

「! 急いでジムリーダーの方達に!」

 

 今の会場にはジムリーダーだけでなく、ポケモン協会理事長や今回の為に増員された他の警備員がいる。

 一刻も早く彼らに事態の深刻さを伝えると同時に事態の対処をしなくてはならない。

 

 二人は急いで来た道を逆走するが、階段を下りた先の通路は多くの人達で埋め尽くされていた。

 どうやら二人が離れている間に会場内で何かとんでもないことが起こって、身の危険を感じた観客達が逃げようとしているのが察せた。

 この事態を想定して増員された警備員が落ち着く様に呼び掛けていたものの、パニックになった群衆の対応に手を焼いていた。

 

「仕方ねえ。飛ぶぞ!」

「えぇ!」

 

 互いに手持ちから空を飛べるマンタインとネイティを繰り出し、二人は観客達の頭上を飛び越えていく形で逆走する。

 そのまま二人は観客達が逃げ出す会場内へと飛び込むが、目に入ったのは会場全体を覆う程の大量の煙だった。

 

「なんだこれは!?」

 

 予想外の光景にゴールドは驚愕するが、クリスは冷静に状況を把握しようと会場内を見渡す。

 煙そのものは火災などによるものではなく目くらましを目的とした煙幕。会場全体に広がってはいたが、観客席にまでは広まっていない。

 しかし、ジムリーダー達が戦っていたフィールド全体は煙に覆われていて、ジムリーダー達の安否がわからなかった。

 否、そもそも姿が見られなかった。

 

「フフフフ、まだ邪魔者がいたか」

 

 自分達が会場を離れている間に一体何があったのか、二人が状況を把握しようとした時だった。

 聞き覚えのある声に、会場内を飛んでいたゴールドとクリスは寒気を感じた。

 

 そして理解してしまった。

 

 これまで遭遇した時は、自分達よりも警戒すべき相手がいたからこそあの程度に済んでいたこと――そもそも眼中に無かったことにだ。

 

 立ち込めていた煙がどこからか吹き始めた冷たい風によって流されていく。

 そうして煙が晴れると、フィールドの上に立つ黒いマントで身を包んだ仮面の男が姿を現した。

 

「仮面の男!」

「てめえ! ジムリーダー達をどこにやった!」

「これから始めるロケット団の復活を全国に知らせる宴に奴らは邪魔でな。リニアモーターに乗せてこのセキエイ高原から退場させたまでだ」

「の、乗せた!?」

 

 仮面の男の答えに、ゴールドは困惑する。

 確かエキシビジョンマッチが始まる前にリニアモーターが会場内にジムリーダー達を運んで来たが、異変が起きた時はまだ試合中だった筈だ。

 だけど答えは意外なところから齎された。

 

「リニアにロケット団の残党が大勢乗っていたの! ジムリーダー達はロケット団が会場内に出て来るのを阻止しようとしてリニアに乗り込んだのよ!!!」

 

 会場内に設置された実況席から今大会の実況を担当していたクルミが、面識のあるゴールドに彼らがいない僅かな時間の間に何があったのかを簡潔に伝える。

 彼女から伝えられた情報を耳にしたクリスは、すぐに仮面の男の狙いを悟った。

 

 仮面の男は強い。

 それは”うずまき島”でアキラとレッドの二人を相手取りながら、ルギアを捕獲したのだから良く知っている。

 だけど、それでもギリギリだった。

 だからこそ別の脅威の存在を意識させることで、戦力を分散させる形でアキラとレッドをこの場から引き離した。

 

 直接仮面の男と対峙した二人がいなくなるのは痛かったが、それでもジムリーダーが全員揃っているのだから何とかなるのでは無いかとクリスは考えていた。

 しかし、それは間違いだった。ルギアが相手でも優勢だったアキラとレッドの戦いぶりを考えれば、仮面の男が伝説のポケモンを倒せる程の実力者であったとしても、十五人以上のジムリーダーを同時に相手にするのは厳しい。

 故に仮面の男は、残った戦力も自分に向けられない様にするべく、リニアモーターを利用してジムリーダー達を隔離する別の策も考えていたのだ。

 

 十分な実力を有する筈なのに、万全を期するべく巧みに邪魔者を関わる前に徹底的に引き離していく策略と実現させる手腕にクリスは戦慄する。

 こんな存在を相手に自分達は勝つどころか、主要な戦力に成り得る面々が戻って来るまでの時間を稼ぐことが出来るのか。

 

 そして姿を現した仮面の男は、唐突に二人に背を向けてどこかへ歩き始める。

 自分達は戦う相手にすらならないと言わんばかりに露骨なまでの隙だらけの姿ではあったが、ゴールドとクリスは全く手出しが出来る気はしなかった。

 一方の仮面の男は、そんな二人をまるで気にすることなく、まだ残る煙幕の中から浮かび上がった二つの影に声を掛ける。

 

「ご苦労だった。カーツ、シャム」

「は!」

「勿体無きお言葉です!」

 

 残っていた煙も流れ、仮面の男の前に跪いていたシャムとカーツは嬉しそうに返事を返す。

 仮面の男の様子と二人が着ているロケット団の「R」の文字が強調された服を目にした瞬間、ゴールドとクリスは悟った。

 

 あの二人がこの事態を引き起こしたことにだ。

 

「お前達のお陰で、今回のポケモンリーグを乗っ取り、我らロケット団の復活を高らかに宣言する舞台が整った。そこで二人に褒美をやろう」

 

 思ってもいない言葉だったのか、頭を下げていた二人は驚いて互いに顔を見合わせる。

 思わず命じられる前に彼らが自然と顔を上げると、仮面の男は二つのモンスターボールをそれぞれ手渡し、受け取ったシャムとカーツは驚愕を露にする。

 ボール越しからでも伝わる強大な力を持つそれらの存在にだ。

 

「案ずるな。今のお前達でも従えられる様にしてある」

「あ、ありがとうございます」

 

 手にした瞬間に抱いた懸念を払拭することを伝えられて、二人は感謝の言葉を口にしつつ歓喜の表情を浮かべる。

 まさか自分達が、それらの存在を手にするだけでなく、こうして従えることが出来るとは思っていなかったからだ。

 

「さあ、シャム、カーツよ。ロケット団の復活を全国に知らしめる第一歩として、手始めに邪魔なあの二人を始末するのだ」

 

 身に纏ったマントを大袈裟に翻しながら仮面の男はゴールドとクリスの姿を二人に示す。

 ”うずまき島”でのルギア捕獲だけでなく、何回も計画を邪魔してきた忌々しい存在。

 今は遠くにいるアキラやレッド、そしてジムリーダーよりも力は無いので、始末するのは容易なだけでなく肩慣らしの相手としても丁度良かった。

 

 そして仮面の男に跪いていたシャムとカーツは、渡されたモンスターボールを手に不気味な笑みを浮かべながら前に出る。

 達成して当然である目的を達成したにも関わらず褒めて貰えただけでなく、過分な褒美も頂いたのだ。

 計画が最終段階にまで進んだので捨て駒になることも覚悟していたのに、恩ある人物から引き続き頼りにされたこともあって、シャムとカーツは信頼してくれた仮面の男の力に最後までなろうと使命感にも燃えていた。

 狙いを定められたことにゴールドとクリスは気付くと、直感的にこの後とんでもないことが起こることも察知するが、その直後に二人は授けられたモンスターボールを高々と掲げた。

 

「いでよ! 銀色の翼――ルギア!」

「虹色の翼――ホウオウ!」

 

 二人が仮面の男から渡されたモンスターボールから繰り出したのは、ジョウト地方に伝わる伝説のポケモンーーそれも二匹だ。

 羽ばたくだけであらゆるものを吹き飛ばすだけでなく、嵐さえも引き起こすと言い伝えられている巨大な白銀の翼を持つルギア。

 世界中の空を飛び続け、生命を蘇生させる力を秘めていると謳われる鮮やかな虹色に輝いて見える翼の主であるホウオウ。

 

 対峙するだけで相手を圧倒出来る程の巨体を有するだけでなく、一般的なポケモンとは一線を画す力を持った存在が、残った煙幕を巨大な翼で吹き飛ばしながら会場内に姿を現した。

 

「やべぇ! 逃げるぞクリス!」

 

 出て来るや即座に攻撃態勢に入った二匹を見て、ゴールド達は急いで距離を取り始める。

 ルギアは実際に仮面の男が手中に収めるのを目にしたのでまだわかるが、まさかホウオウさえも捕まえて来ていたのは予想外だった。

 

 そしてルギアは口から圧縮した空気の塊を放つ”エアロブラスト”、ホウオウはあらゆるものを焼き尽す炎である”せいなるほのお”を同時に撃ち出した。

 それらの大技が会場内にあった無人の観客席に当たった瞬間、想像を絶する大爆発が建物全体を揺るがした。

 

「うく…いててて」

 

 大量の粉塵が舞い上がる中、ゴールドは痛みを堪えながら体を起こす。

 辛うじて避けることは出来たが、爆発によって生じた爆風をまともに受けたことで彼とクリスは地面に落ちていた。

 舞い上がった土埃は二人が体勢を立て直している間に落ち着いていったが、次第に二匹が放った攻撃によって齎された被害の全貌が明らかになった。

 

「こいつは…流石にヤバイかも」

 

 二匹の攻撃が直撃した観客席は、大きく抉られるどころか跡形も無く消し飛んでいた。

 それどころか伝説のポケモンの攻撃は、頑丈に作られている筈の建物の壁さえも外へ吹き抜ける程の大穴を空けており、その破壊力を物語っていた。

 ルギアだけでも勝てる見込みは薄いのに、同格と言ってもおかしくない存在であるホウオウまでも相手にしなければならないのだから、状況は想定以上に悪かった。

 

「――素晴らしい…素晴らしい力だ!!!」

 

 ゴールドが目の前の絶望的な状況に冷や汗を流していた時、ルギアを繰り出したカーツが突然興奮し始めた。

 最初はあまりの破壊力にゴールド達と同様に呆然としていたが、ルギア達伝説のポケモンが持つ力が如何に強大なのかを彼は理解したからだ。

 

「これだけのポケモンを従えれば、もう何者も恐れる必要は無い。ジムリーダーだろうと今は遠くにいる前回大会優勝者のレッドも、以前我らに屈辱を味わせたアキラも敵では無い!」

「……あん?」

 

 カーツが口にした言葉に、ゴールドは反応する。

 伝説のポケモンは確かに強い。冷静に考えれば、今の自分では勝つ見込みが無いくらいにだ。

 だけど、単に強いポケモンを従えただけでレッドやアキラが敵では無い扱いをされるのは彼の癪に障った。

 

「おうおう悪のエリート気取り、伝説のポケモンを手にしたくらいで随分とデカイこと言うじゃねえか。ルギアは以前、レッド先輩とアキラにボコボコにされていたのを知らねぇのか」

「ふん、戯言を。仮に奴らがルギアを追い詰めたとしても、それはルギアが野生だったからだ。目となり耳となるトレーナーが付き、効率良く伝説のポケモンが持つ力を活かせる我らが加われば、恐るるに足らん!」

「…だったら試してやろうじゃねえか!」

「ちょっと、待ってゴールド!!」

 

 クリスの制止を無視して、ゴールドはルギアに挑む。

 完全に頭に血が上っていた彼は、さっきまでの悲観的な考えをかなぐり捨て、全力でルギアを倒すべく彼に触発されてやる気満々な手持ちポケモン達を繰り出す。

 

 一人飛び出たゴールドをクリスは止めようとするが、そんな彼女の前にホウオウを従えたシャムが立ち塞がる。

 その途端、彼女はさっきまでの動揺から一転して覚悟を決めた目付きでホウオウを見据える。

 

 観客だけでなくポケモンリーグに参加する予定であった選手達も、今この場にはいない。そもそも伝説のポケモンを相手に戦おうなどと思う者は、殆どいないのが普通だ。

 にも関わらずクリスが戦う事を決意したのは、主要な戦力が戻って来るまでの”時間稼ぎ”をするという自分達の役目以上に会場内にまだ逃げ切れていない人がいたからだ。

 それだけでも、正義感と責任感が強い彼女が戦うのに十分な理由だった。

 

「先程隔離したジムリーダーは無理でも、レッドとアキラ。あの二人が戻って来るまでの時間を稼げば良いと考えただろう」

 

 ホウオウを従えるシャムの指摘にクリスは僅かに表情を歪ませる。

 完全にこちらの狙いを悟られているが、そんなことはわかり切ったことだ。大体あの二人が規格外なだけだ。

 だけど彼らが戻って来てくれれば戦況を大きく変えることが出来るのも事実。

 可能な限り、今自分達に出来るベストを尽くして、二人か引き離されたジムリーダー達が戻って来るまでの時間を稼ぐ。

 

「だけど幾ら時間を稼いでも彼らがここには来ることは無いわ。いえ、どんなに急いでも駆け付けた時には全てが終わっていると言った方が正しいわね。何故なら奴らが考えているであろう”テレポート”を含めた幾つかの移動手段は封じているからね」

「!?」

 

 嘲笑いながら告げられた言葉に、クリスは大きく動揺する。

 二人が戦力を分散させることになることを承知の上で警察の加勢に向かったのは、アキラが強くなった今でも欠かさず練習しているという”テレポート”の応用を利用することで即座にポケモンリーグの会場に駆け付けることが出来ることを前提にしていたからだ。

 一応二人には空を飛んで来る手段もあるが、それではシャムの言う通りチョウジタウン付近とセキエイ高原の距離を考えると、どうしても移動に時間が掛かってしまう。

 出まかせの可能性もあるが、敵はここまで念入りに備えていたのだ。こんな肝心なことを出まかせで言う筈も無かった。

 

「カーツ、シャム、奴らの相手はお前達に任せる。私は私でやることがある」

「っ! 待ってこの野郎!」

 

 様子見をしていた仮面の男は、ゴールド達の相手は二人に任せて彼らに背を向けてどこかへ向かおうとする。

 仮面の男が去ろうとしていることにゴールドは気付くが、カーツの命令に従うルギアとの戦いに精一杯であった為、自分達など眼中に無い態度に罵声を浴びせることくらいしか出来なかった。

 

「む…」

 

 ところが唐突に仮面の男はその歩みを止める。

 舞い上がった粉塵が晴れた視線の先、ポケモンリーグが開催されていたら選手が入場していたであろう入場口から顔を覆面で隠したタンクトップ姿の男がまるで立ち塞がるかの様に姿を現したからだ。

 観客どころかポケモンリーグに参加する予定だったトレーナーすら逃げ出す状況にも関わらず、突然現れた謎の人物に仮面の男は警戒を露にする。

 

「………何の用だ」

「お前を止めに来た」

 

 覆面の男の直球な答えに、表情がわからない筈の仮面の男は顔を顰めた様な空気を漂わせ始めた。

 それから両者はしばらく無言のまま対峙していたが、やがて仮面の男は胸から、覆面の男は腰に付けていたモンスターボールを手にした。

 

「まっ、待って下さい! 危険です!!」

 

 明らかに仮面の男と戦おうとしている覆面の男をクリスは止めるが、覆面の男は一切耳を貸さなかった。

 

「伝説を前にして随分と余裕だな」

 

 目の前にいる自分達を無視する彼女にシャムが呟くと、ホウオウはクリスに襲い掛かり、彼女はその対応に追われることとなった。

 仮面の男の前に現れた彼もまた、自分達みたいにロケット団の悪事を止める為にやって来た一般人だと思ったが、心做しかその姿はどこかで見た覚えがあった。

 しかし、それが何なのかクリスは思い出せなかった。

 

 

 

 

 

「おっ、やっと追い付いたな」

 

 ロケット団が拠点としている施設の様な建物から少し離れた場所で戦いの様子を見守ってレッドは、雪が積もる森の中からぞろぞろとやって来た警察達に気付く。

 まだ建物の中やその周辺では個々に突撃したアキラのポケモン達による戦いは続いていたが、既にロケット団の目ぼしい戦力は片付いており、戦いも小規模化しつつあった。

 後は、警察に任せてももう大丈夫だろう。

 

 そんな時、建物の壁を突き破ってボロ雑巾同然にボコボコにされたサワムラーが飛び出し、突然の事態に駆け付けた警察達は驚いたり思わず手持ちと共に身構える。

 壁の穴からはサワムラーを倒したと思われるブーバーが続けて出てくるが、その顔は不満そうであった。

 さっきまで建物内で戦っていたが、思ったよりも歯応えが無かったのだろうとレッドは察した。

 

 そしてブーバーが出て来たのを機に、他のアキラのポケモン達も大体戦い終えたのか、徐々に集結し始める。

 中にはゲンガーみたいに、映画の一場面みたいにわざわざ窓ガラスを割りながら飛び出すのもいたが、共通しているのはレッドが連れている手持ち達よりも戦っていた筈なのに多少疲れてはいるが余力を残している事だ。

 この後ポケモンリーグ会場へ向かって戦う事を考えれば、コンディションは十分に良いだろう。

 だが集まった面々の中には、カイリューと彼らのトレーナーであるアキラの姿は無かった。

 

 その時だった。

 

 突如として爆音と共に、空へと真っ直ぐ伸びる一筋の青緑色の光が建物を貫いた。

 思い掛けない光景に周辺でロケット団を拘束していた警察達はまた警戒し始めたが、レッドや彼のポケモン、そしてアキラのポケモン達は冷静だった。

 

「大丈夫です。俺に任せて下さい」

 

 警戒する警察の人達にレッドがそう伝えると、周りにいた彼らも万が一の対処を彼に任せて自分達の職務に戻っていく。

 本当は何も危険では無いのだが、知らない者から見ると新たな脅威が現れた様に思えるのだろう。

 やがて空へと伸びていた光は消えるが、しばらくすると今度は建物の一角が大爆発を起こして吹き飛んだ。

 壁どころか骨組みが見えるまでに建物の一部は爆発によって崩壊していたが、瓦礫が散乱する土埃が舞う中からアキラとカイリュー、少し遅れてレッドがグリーンから借りているリザードンが出て来る。

 

 特にアキラとカイリューの姿は、鋭い目付きや纏っている刺々しい空気も相俟ってとてもではないが味方には見えなかったが、レッドは当たり前のように彼らを出迎えた。

 

「アキラ…スッキリしたか?」

 

 それはまるで、一体何があったのかわかっているかの様な問い掛けだった。

 レッドの第一声にアキラは何を言っているのかわからなかったのか目を瞬かせたが、すぐに察したのか隣にいる()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抑える。

 

「あぁ…少しは気分が晴れたんじゃないかな?」

 

 少しだけ顔を下に向かせ、帽子の鍔の部分で顔を影に隠しながら他人事みたいにアキラは答えるが、レッドは気にするどころか何度も頷いて納得する。

 まるで全てを終えた後みたいなやり取りを二人は交わしていたが、戦いそのものはまだ終わりでは無い。

 寧ろ、これからが本番だ。

 

「レッド、もうわかっていると思うけど、ここにいるロケット団達は陽動以外の何物でも無い。本命はやはりポケモンリーグ」

「やっぱりな。なら急いで行こう!」

「当然!」

 

 レッドの言葉にアキラは確認も兼ねて、以前ナツメから貰って以来度々利用している”運命のスプーン”を取り出す。

 念の効力が切れると普通のスプーンに戻ってしまうので、定期的にエスパータイプのエネルギーをヤドキング達が注ぐことでその効果を維持し続けている。

 そして”運命のスプーン”は、最後の戦いの場になるであろうポケモンリーグの会場がある方角を示していた。

 

「応急処置だけど、今回の戦いの傷を治してすぐに向かうぞ」

 

 ロケットランチャーと盾を背中に背負い直し、アキラはウエストバッグやチョッキのポケットから”かいふくのくすり”や”ピーピーマックス”を取り出す。

 それらをレッドやゲンガーなどの一部の器用なポケモン達と手分けして、さっきまで戦っていた手持ちに飲ませたり薬液を体に噴き掛けていく。

 ”キズぐすり”などの回復道具を駆使しても潜在的な疲労感は抜けないが、それでも表面的な傷やダメージは癒えるのでほぼ万全な状態と変わらず次の戦いに備えることが出来る。

 どちらかと言うとアキラが問題視していたのは技のPPが切れてしまうことだったので、ポケモン協会に購入が難しい”ピーピーマックス”を用意して貰って助かっていた。

 そうして手厚く処置を施すと、元々そこまでダメージを負わなかったこともあったので、あっという間にアキラとレッドのポケモン達は快調――この戦いが始まる前とほぼ変わらない状態になる。

 

「準備は良い?」

「勿論だ」

 

 移動先の指標として渡された”運命のスプーン”を弄るブーバーら”テレポート”が使える面々の様子を窺っているアキラの問い掛けにレッドは返事を返す。

 次に向かう場所こそ本番だ。

 

 情報が全く入っていないので状況はどうなっているかわからないが、到着してすぐに戦うことになればまだ良い。もしかしたら既に悪い意味で終わっている可能性もある。

 だけどアキラとレッド、二人が連れる手持ち達も、何時どのタイミングからであっても戦う用意は出来ている。

 

 そう決意を固めていたのだが、何時まで経ってもその時は来なかった。

 というのもブーバー達の様子がおかしかった。

 

「…どうした?」

 

 アキラが尋ねるとドーブルは困惑した顔で振り返り、ヤドキングとゲンガーは手にした”運命のスプーン”を見つめながら難しそうな顔を浮かべ、ブーバーに至っては露骨に苛立ちを露わにして息を荒げていた。

 

「この様子だと、”テレポート”が使えないか妨害されているみたいだな」

「まっ、まずい。対策されているのか」

 

 ポケモンの気持ちを読み取るのが上手いレッドが彼らに起こっている異変を察すると、アキラは頭を両手で抱え、それが意味する事態の深刻さと仮面の男――ヤナギの真の狙いを理解する。

 

 ”テレポート”を使った戦線離脱や必要時の目的地への移動は、昔からアキラが度々利用している定番の手段だ。

 特に逃走手段としての利用は強くなった今でも利用しており、ブーバー以外の素質がある手持ちが覚えるだけでなく、仮面の男に対しても何回も目の前で見せている。

 自分も仮面の男やルギアとの戦いでは事前に様々な対抗手段や作戦を考えてから挑んだのだから、あちらも対策を講じない理由は無い。

 寧ろ、何が何でも自分達をポケモンリーグ会場に来させないというヤナギの執念染みた意思すら感じるのだった。




ゴールド達が大ピンチを迎えていた頃、アキラはヤナギやロケット団の真の狙いを理解する。

露骨にロケット団の動きを悟らせていたのは、作中内でのクリスの考察通り、ジムリーダー達を引き離した様に確実に邪魔になるアキラやレッドを戦いの場から引き離す為です。
加えてただ引き離すだけでは、どれだけ時間を稼いでもロケット団を片付け次第、すぐに戻って来ることは予想出来ているので、何回も見せている”テレポート”を含めた考えられる移動手段を可能な限り封じて、とにかく彼らが戻って来れない様に対策を施しています。

カーツとシャムは、本作だと任務達成や仮面の男から引き続き頼りにされたこと、アキラ達に一方的にやられた経験から彼らを倒せる可能性がある力を得られたのでテンション高めです。

次回、ゴールド達の苦境が続きます。

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