二度目の人生は長生きしたいな   作:もけ

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14歳、内政とガリア、それと甘いひと時

 養蜂を始めて2年目、使い魔のルーンを地味に活用しているカミル・ド・アルテシウム、14歳です。

 

 養蜂について少し説明させてもらいますと、まず養蜂には2通りのやり方があります。

 

 1つは越冬中または春になって木のウロから出てきた女王蜂を捕まえて専用の箱に巣を作らせるという1年ごとの使い捨て方法と、もう1つは蜂の過ごしやすい気候に合わせて北上したり南下したりと巣ごと移動する方法です。

 

 私が取ったのは前者の方法で、ベリー農家を中心に副業という形で広めました。

 

 普通の蜂蜜は領内で平民向けに消費されますが、ブルーベリーやラズベリー、クックベリーなどの特定の花からのみ蜜を集めた蜂蜜は数量限定、高級蜂蜜として今年から貴族向けに輸出されます。

 

 ちなみに去年の試作品は王家や名だたる貴族の方々に宣伝も兼ねてお試しとして配ってあります。

 

「いいですか。貴族社会は馴れ合いの社会でもあります。そのため相手に『買ってやるか』と思わせるためには、この手の心配りをおざなりにしてはいけません」

 

 とは、お母様の有り難いお言葉。

 

 お酒の時と同じですね。

 

 さて、肝心のお値段設定ですが、平民向けだろうと嗜好品ゆえに元々お高めな蜂蜜。

 

 これが貴族向けの限定商品ともなればその値段は天井知らず、とまでは言いませんが、50gほどの小瓶で5エキューという超高級品。

 

 既に結構な数の予約が入ってる辺り、売っておいて何ですが、貴族の金銭感覚はいい感じにぶっ壊れちゃってますね。

 

 そんな養蜂事業ですが、実は蜂蜜に関しては副次的な扱いで、元々の主目的は蜜蝋の活用の方にありました。

 

 蜜蝋というのは、蜂蜜を絞った後の巣を湯の沸いた鍋に入れて溶かし、不純物をこしてから常温で冷ますと水と分離して出来る固体の事で、これに葡萄の種から絞ったグレープシードオイルを加え、最後にミツハさんの『水の精霊の涙』を一滴垂らせば…………はい♪ リップとハンドクリームの出来上がりです。

 

 2つの違いは、蜜蝋の量による固さの違いですね。

 

 これにマニキュアを加えた3点セットを貴族に仕えるメイドさんを中心に販売します。

 

 マニキュアは、松脂(天然樹脂)を蒸留してロジン(固体)とテレビン油(気体→樹脂状)に分け、そのテレビン油に夏の衣服やベッドシーツなどのリネン製品の原材料である亜麻の種から絞った亜麻仁油(乾性油)を加え、こちらにも『水の精霊の涙』を垂らして完成です。

 

 ちなみに、このマニキュアはお洒落目的ではなく、あくまでも爪の保護を目的としているので、あえて自然の色以外は着色していません。

 

 貴族から変な関心や不興を買っても面白くありませんからね。

 

 そして、もちろんこの3点セットにもリップとマニキュアに色を付け、パッケージに高級感を出した貴族向け商品を用意してあります。

 

 ただし、こちらの商品も化粧品ではなくケア用品としての販売です。

 

 『水の精霊の涙』が入っていますから効果の方は信頼でき、しかもケア用品という付加価値でさらに値段に色を付けられます。

 

 移動に時間がかかり、大量の荷を運ぶことが困難なハルケギニアにおいて、コストの面から輸出品はどうしても高級品に偏りがちですが、貴族向けと平民向けの商品を組み合わせ、今までの販売ルートをそのまま使う事でコストを抑え、人数比で言えば圧倒的に多い平民向けの商品も取り扱えるように苦心しました。

 

 屋敷のメイドに試供品を配り効果を確かめた上で値段設定の意見を集めて参考にしましたが、それでも新しい市場ですので不安は尽きません。

 

 もし失敗した場合は、蜜蝋はロウソクを作る方向で転用予定です。

 

 ロウソクは日常的に使うものですから、いくらあっても困りませんからね。

 

 こほん、えぇ~、それでは改めて確認しますが、これでアルテシウム領の特産品は各種アルコール飲料を筆頭に、元々のあったベリー系ジャムと滑り止めのロジンに加え、蜂蜜、リップ、ハンドクリーム、マニキュアと当初私が考えていた『自領に元々あるものに手を加えて何か出来ないか』というネタは出し尽くしました。

 

 姉様のゴタゴタがなければもっと早くに着手する予定だったのですが、5歳で転生を自覚してから早9年、大分時間がかかってしまいましたね。

 

 当分は今の事業の結果を見ながら拡大や撤退を精査していく事になると思いますが、将来的にはせっかく広大な森があるのですから植林と紙の製造をセットでできるといいなぁ~なんて考えています。

 

 ヴィンダールヴ改の力を使って、森の奥の奥の奥にいる幻獣とお話、騎獣になってもいい子を平和的かつ慎重に募って、他領に用立てるという事業も良いかもしれません。

 

 自領ではそんな感じですが、他でも新しい試みはしていまして、アルビオンのマチルダさんと姉様に依頼して、定番ですが外せない『ブラジャー』を作ってもらっています。

 

 アルテシウムのような田舎では通いの仕立て屋さんの規模も小さく知名度もありませんが、アルビオンでも有数の大都市『シティオブサウスゴータ』を有するサウスゴータ家と、他国との玄関口でもある港を有するオックスフォード家ならば申し分ありません。

 

 今は貴族向けのオーダーメイド品を徐々に広めて行っている段階ですが、いつかアチラの世界のように出来合いの平民向け商品がずらりと並ぶランジェリーショップができる日が来るかもしれません。

 

 女性の美へのこだわりは計り知れないですからね。

 

 男の私には分からない世界ですが、そこに商売の種がありそうな気がします。

 

 具体例を挙げるとするならエステサロンとかですね。

 

 アンチエイジングは一度はまったら抜け出せないと聞きますし、マッサージにお風呂、料理に加えてミツハさんにお願いすれば体の中と外から若返ること請け合いです。

 

 温泉が出るともっと良いのですが、火山はガリア南部かゲルマニア東部にしかなく望み薄。

 

 まぁ私は企画書だけ上げて、必要な設備や技術はお父様に丸投げして研究してもらいましょう。

 

 そういえば、カトレア様を治療した際にエレオノール様もミツハさんの分体を飲み、胸がどうとかおっしゃっていた気がしますが、その後成長したりはしたのでしょうか?

 

 ヴァリエール家と接触するのは避けたいので確認はしませんが、気になります。

 

 どうせですから、ミツハさんの分体を飲んで体内の流れを整える事に豊胸効果があるのか、メイドの中から有志を募って試してみましょうか。

 

 ティファニアには…………必要ないですね。

 

 エルフだからなのか、女性だからなのか、14歳にして既に身長は160、カップ数はよく分かりませんが胸はメロンちゃんに成長しています。

 

 私も身長は160を越えていますが、かかとの高いハイヒールを履かれると同じか、もしかすると…………。

 

 ううん、私はまだまだ成長期ですから問題ありません。

 

 問題、ありませんよね?

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「カミル~~ご飯できたよ~~」

「今行きま~~す」

 

 魔法の訓練で維持していた複数の圧縮した水球を上空に打ち出して花火のように破裂させ、湖のほとりに新しく建てたバンガローへと向かいます。

 

 そういえば言っていませんでしたが、ラインメイジからトライアングルメイジにこっそり成長しています。

 

 相変わらず重ねられるのは水オンリーですけれど。

 

 ランクアップのきっかけは園遊会の夜、不可抗力で殺してしまいそうになったシャルル殿下を必死になって治療した事です。

 

 今思い返しても、あの時ほど真剣に魔法を使った事はありませんでした。

 

 やっぱりいくら真剣に訓練に臨んでも、実際に命のかかった状況では全然違いますね。

 

 自業自得とはいえシャルル殿下には本当に申し訳ない事をしたと思います。

 

 身分を隠している以上、謝れませんから謝りませんけど。

 

 その辺は引きずっても仕方のない事なので、スッパリと割り切っています。

 

 王様になれたのですから、結果オーライですよね。

 

 

 

 

 

 …………?

 

 

 

 

 

 あぁ、はい、ガリアは今年、無事に世代交代されました。

 

 先代のガリア国王は昨年の冬を越せなかったため、春に『シャルル陛下』の戴冠式が盛大に行われました。

 

 王都リュティスでの戴冠式はさすがにトリステインの田舎貴族では出席できませんでしたが、ラグドリアン湖でのお披露目会には招待状が送られてきましたので、ティファニアも一緒に家族揃って出席しました。

 

 はい、ティファニアの記念すべき社交界デビューです。

 

 だと言うのに、当のティファニアはお母様の教育と本人の努力の賜物で、少し緊張は見られましたが慌てたり狼狽することもなく貴族らしく振舞えており、私はその美しさに気品を備えた姿に惚れ直していました。

 

 そうなると当然ティファニアの美しさに男性陣が吸い寄せられて来るわけですが、ティファニアは常に私の隣りに寄り添い、先制攻撃で婚約者と紹介する事で、軒並み鼻の下を伸ばしてはいますが妙な事にはなりませんでした。

 

 えぇ、ギーシュ以外は。

 

 彼のバイタリティは呆れるのを通り越して、ある意味尊敬するレベルです。

 

 婚約者の前で平気で口説き始めますからね。

 

 パーティ中じゃなかったら、決闘ものですよ。

 

 後でモンモランシーにそれとなくチクッておいたのは秘密です。

 

 そのモンモランシーですが、ティファニアを紹介したところ、婚約の事は素直に「おめでとう」と言って祝福してもらえたのですが、モンモランシーのティファニアの胸を見る目の厳しいこと厳しいこと。

 

 身長はそう変わらないのに対して、モンモランシーはスレンダー美人ですからね。

 

 相変わらずモテているのですから、気にする事もないと思うのですが、女性としてそういう問題ではないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァリエール家はスルーしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン側は姉様とマチルダさんを始め、商売相手の貴族中心に顔合わせに励みました。

 

 浮遊大陸の御仁たちは、こういう機会でもないとなかなか会えませんからね。

 

 実はティファニアと一緒にたまにテレポートの魔法でアルビオンに帰省しているのですが、それは別口という事で。

 

 主役であるガリア側については、モンモランシ伯を通じて交易しているので独断で動く事ははばかられ、無難にお父様たちが新王への挨拶の列に並んだくらいです。

 

 私ですか? もちろん行きませんよ? ボロが出たら嫌ですからね。

 

 無事にシャルル陛下が誕生しただけで私は満足です。

 

 後は末永く兄弟が手に手を取り合ってガリアを盛り立てて行かれる事を祈るばかりですね。

 

 さて、随分と話が逸れてしまいましたが、いつもの湖のほとりに建てられたバンガローに話を戻します。

 

 今日は虚無の曜日。

 

 今までもそうでしたが、バンガローを建ててからはより一層湖に入り浸るようになりました。

 

 このバンガローは、冬場に暖をとるためと、ティファニアの趣味兼ストレス解消のために建てられました。

 

 どういう事かと言うと、母親のシャジャルさんとほぼ二人で生活してきたティファニアにとって料理は母親との楽しい協同作業であり、閉鎖的な生活の中で数少ない娯楽であったため実益のある趣味の位置付けにあったのですが、アルテシウムの屋敷に来てからは貴族らしく振る舞わなければいけなくなったために料理はおろか厨房に足を踏み入れる事も出来なくなってしまいストレスを感じていたそうです。

 

 浮かない表情のティファニアからその事を聞き出した時は、お菓子くらいなら作らせてもらえるんじゃないかと軽く考え、お母様に話を持ち掛けてみたのですが、

 

「いいですか、カミル。人を雇うという事は、仕事を評価し、その評価に見合った給金を払うという事です。そして貴族には貴族の、平民には平民の仕事があります。その職分を犯すという事は、相手の仕事を評価していないと言う事と同義です。仮にティファニアさんが貴方の言うようにお菓子を作ったとしましょう。それは日々テーブルに並べられるお菓子に不満があるというアピールになってしまいます。そうなっては最低でも厨房の使用人から一人は首を切らなければ場は収まりません。そしてその事は使用人の中で禍根として残るでしょう。それは巡り巡ってティファニアさんのためになりません。やり方がない事もないですが、今回はやめておきなさい」

 

 と、たしなめられてしまいましたが、最後にわざわざ付け足された「やり方がない事もない」という言葉の意味をお母様からのアドバイスだと察し、ティファニアと頭を突き合わせて出した答えが「屋敷で無理なら外に出てしまえばいい」でした。

 

 言い訳としては、「私の野営訓練の一環として自炊を体験してみる」というのを用意。

 

 私が従軍を想定して魔法の訓練に当たっていた事は周知の事実ですから、これが言い訳だと察しのついていない相手にも角が立たないで済みます。

 

 この案はお母様からも笑顔で了承をもらえ、どうせだからとバンガローを建てる事になった次第です。

 

「良い匂い……」

「寒くなってきたから今日はシチューにしてみたの」

「ナイスチョイスです、テファ」

「ふふ、さ、テーブルに付いて」

「あ、運ぶの手伝いますよ」

「ありがとう。じゃあ、サラダをお願い」

「はい」

 

 そんな感じで、私が魔法の訓練をしている間にティファニアが料理をするのがパターンになりました。

 

 一日中湖にいられる虚無の曜日のランチ限定ですが、ティファニアには良い息抜きになっているようで、私としてもティファニアの手料理が食べられて新婚気分の味わえるこの一時は特別な時間です。

 

 もはや貴族としての生き方に疑問を感じなくなった私には、この二人だけのとろけるような甘い幸せは叶わない夢ですから、余計に感慨深いものがあります。

 

「味、どうかな」

「野菜の旨味が出てて、凄く美味しいです」

「良かった」

「具もゴロゴロしてて食べ応えありそうで豪華ですね」

「一度細かく切った野菜を煮込んでから、後から具を追加してるの」

「手間のかかってる所にテファの愛情を感じます」

「えへへ、いっぱい込めてみました」

 

 一緒に過ごすようになって2年ちょっと。

 

 ティファニアも私の恥ずかしいフリに慣れ、切り返せるようになりました。

 

 最初の頃の照れて慌てるティファニアも可愛かったですが、今のはにかんだ笑顔のティファニアも負けず劣らずチャーミングです。

 

 貴族らしい振る舞いを覚え、ちょっとした所作に気品を感じさせるようになったティファニアですが、その心根の優しさや純真さは変わることなく、本当に素敵なレディに成長しました。

 

 その過程を側で見られたこと、これからも寄り添っていけることを神に感謝したいくらいです。

 

 分かってると思いますが、ブリミルにではないですよ?

 

 という不信心な台詞はさておき、せっかくティファニアが愛情込めて作ってくれた料理なのですから、冷めてしまう前に食べてしまいましょう。

 

「おかわりもあるから遠慮しないで食べてね」

「はい。3杯は余裕でいけます」

 


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