二度目の人生は長生きしたいな   作:もけ

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たまには違う視点から書いてみました。


続~10歳、エレオノール女史

 お父様から私の勤めるアカデミーに知らせが来たのは今から一週間前のこと。

 

 その内容は、一つ下の妹であるカトレアの病気について新しい治療法が見つかったから都合がつく様なら見に来るようにというものだった。

 

 それだけなら「またか」の一言で切り捨て、仕事に戻っていたと思う。

 

 私は絶望しかけていた。

 

 小さな頃からお父様がお金に糸目を突けずにハルケギニア中から優秀なメイジや高価な水の秘薬を集め、妹の治療に尽力してきたのを間近で見てきた。

 

 そして私自身も女だてらに必死で学問を修め、アカデミーの末席に名を連ねるまでになり、気付けば2年もの歳月が過ぎていた。

 

 それでも未だに妹の病気を治す糸口すら掴めていない。

 

「このまま私は何も出来ずに妹を死なせてしまうのかもしれない」

 

 その恐怖はさらなる焦りを生み、私を苛む。

 

 婚約者に当たり散らしてしまう事もある。

 

 アルコールに逃げてしまう事もある。

 

 貴族の子女たるプライドで何とか普段の体裁は最低限取り繕ってはいても、それもいつまで保つか……。

 

 少しでも可能性があるならその希望にすがりたいという想いはある。

 

 でもその期待が裏切られ、これ以上の失望を味わうのは私の心が耐えられそうもない。

 

 そんな微妙なバランスの精神状態に追い詰められている所に新しい治療法云々と言われても素直に「はい、そうですか」と信じられるはずもなく……。

 

 でも今回の手紙の続きには、水の秘薬の大家であるモンモランシ伯から『水の精霊の涙を使った秘薬よりも確実に効果が望めるであろう治療法』とお墨付きをもらっているとの一文が添えられていた。

 

 プライドが高い反面、責任を回避しようとする傾向の強いトリステイン貴族の内にあって、水の秘薬に関して権威あるモンモランシ伯が太鼓判を押す程の治療法。

 

 その意味を考えると、

 

「期待しても……いいのかしら」

 

 少しだけ心のシーソーが前向きに傾いた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 でもそれからの一週間は大変だった。

 

 わずかに抱いた期待と不安は表裏一体で常に私の心をかき乱し、一度は前向きに傾いた心のシーソーも日によってあちらへフラフラこちらへフラフラ。

 

 休暇願いは出してあるし、龍籠の手配も済んでいる。

 

 でもそれまでに終わらせておこうと決めた仕事のノルマは日に日に溜まっていく一方。

 

 気もそぞろで集中できず、行く行かないの決断もできない。

 

 睡眠は浅くなり、食欲も下降の一途。

 

 普段周り事への関心の低い同僚や上司からも心配されてしまう程の有り様だった。

 

 そんな状態で、治療当日を迎える。

 

 日も明け切らないうちから目が覚めてしまったけど、全身を包む倦怠感からベッドを出る気も起きず、もやのかかった様な定まらない思考のままただ無為に時間だけが過ぎていき、ふと気付けば既に日も高くなってしまっていた。

 

 実家までは馬車なら2日かかる距離だけど、龍籠なら3クル(時間)もかからないで着く事ができる。

 

 でも、

 

「今から行ってももう治療には間に合わないわね」

 

 その事にちょっとだけ罪悪感を刺激され、胸の奥がチクリと痛んだ。

 

 私に残された選択肢は、今からでも龍籠に乗って今日中に結果を聞きに行くか、ここで何時来るかもしれない知らせをただ待っているかのどちらか。

 

 能動的に動くか、受動的に任せるか。

 

 そんな事をぼんやりとした頭で考えていたのが悪かったのか、喉の渇きを癒そうとして水を注いだグラスを、手元を狂わせ誤って床に落として割ってしまう。

 

 こんな時、普段ならメイドを呼んで始末させるか、少なくとも魔法で端の方へ寄せるかする所をなぜかこの時は反射的に素手で破片を拾おうとしてしまい、

 

「痛っ」

 

 案の定馴れない事はするものではなく、指先を切ってしまう。

 

 指先に走る鋭角な痛み。

 

 滲み出る血は赤い球を作り、口に含むと鉄の味が広がる。

 

「何してるのかしら、私」

 

 外からの刺激で淀んでいた思考が少しだけクリアになる。

 

 こんな状態が後何日も続くくらいならさっさと行ってスッキリさせた方がずっと良い。

 

 久方ぶりに働く事を思い出した脳みそは本来の私らしい合理的な答えを導き出す。

 

 それに反対する様に心の中で「でも」と言い出す弱気な私がすぐに頭をもたげてくるけど、なけなしの気力を振り絞ってそれを振り切る。

 

 やる気が萎えないうちに身だしなみを整えてしまおうと急いで湯浴みをし、この前婚約者にプレゼントされた、まだ袖も通していない金糸の刺繍がお洒落なエヴァーグリーンのドレスに着替え、鏡へと向かう。

 

 化粧やドレス、アクセサリーといったものは女にとっての戦装束だ。

 

 守りを固め、背筋を伸ばし、口元に余裕のある微笑みを浮かべれば、公爵家の長女に相応しい淑女たる私が出来上がる。

 

 最後に全身の映る姿見で出来栄えを確認し、若干頬の肉付きが落ちているのが気になるけど、目の下のクマが隠せている事でまぁ良しと頷き、カトレアの待つ実家へと龍籠を飛ばした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 実家に着いたのは空が夕陽のオレンジ色に染まる時分。

 

 そこからは驚きの連続だった。

 

 カトレアの治療は、不調の原因から治すものではなかったのは残念だったけど、体内の流れを正常に保ち、わずかでも異常が発生すれば即座に対応するという今までに聞いたこともないもので、それにより妹が苦しみから解放されたと聞かされた時は思わず目頭が熱くなってしまったけど、その方法が水の精霊の分霊を体内に宿す事だと聞いて自分の耳を疑った。

 

 その場で何度も聞き返して間違いではない事を確認してから、何とかその事実を飲み込もうとするけど、研究者たる私の頭脳は「そんな事が可能なのか」という疑問で埋め尽くされてしまう。

 

 まず、水の精霊との交渉役は今現在空席のはずだ。

 

 そんなにホイホイなれるものではないでしょう。

 

 そうすると手紙にも名前が挙がっていた事からモンモランシ伯が交渉役に復帰されたのだろうか。

 

 次に、交渉役がいたとしても人間の事を「単なる者」と呼称する精霊がカトレア個人に対してそんな協力をしてくれるとは考えにくいうえに、そのためにどんな対価を用意すればいいのかなんて見当もつかない。

 

 それに加えて治療の内容についても半信半疑と言わざるを得ない。

 

 水の精霊の逸話として、敵意を持って触れられた場合に精神を乗っ取られてしまうという話は有名だけど、果たして人間に興味のない精霊がその体の事を理解なんてしているのだろうか甚だ疑問である。

 

 同族である人間だって人の構造についてはよく分かっていないのが現状なのに。

 

 魔法にイメージが大切なのは習いたての子供でも知っている事だけど、回復魔法においても当然それは適用され、目に見える外傷はまだしも体内の事となると正直魔力頼りになってしまい、水の秘薬にしても経験則か

ら集まった知識によって材料を調合しているに過ぎない。

 

 喜んでいる家族に水を差すのも気が引けるので諸々の疑問は当事者に聞けばいいと、モンモランシ伯とあたりをつけつつも確認を取ると、なんと治療を担当したのは魔法学院で友人だったジュリアの弟と言うではないか。

 

 確か10歳差だと言っていたはずだから、未だ10歳の少年が水の精霊と交渉し、見事その力を借りたという事になる。

 

 相手がモンモランシ伯だろうと簡単には信じられない事なのに、言うに事欠いてまだ10歳の子供がと言われても到底信じられる事ではない。

 

 という私の驚愕も、こうして実際に顔を合わせてしまえば心境がどうであろうと納得せざるを得ない。

 

 しかも水の精霊にも対面させてもらい、あまつさえ実験と称して自ら分霊を飲み込み、その場で出来る範囲で体調を整えてもらってはもうぐうの音も出ないというもの。

 

 その際、全身の怠さが取れると同時に胸部がやけにポカポカしていると感想を述べると、弟君に目を逸らされてしまった。

 

 ジュリアと違って慎ましい胸なのは自覚しているけど、それでも男の子は気になるものなのかしら。

 

 どうやら弟君はおませさんみたいね。

 

 度重なる衝撃と長年の懸案事項が落ち着いた事で張っていた気が抜けてしまい、じゃれあうカトレアとちびルイズを微笑ましい気持ちで眺めながら、今日は良い夢が見れそうだと誰にも聞こえない声でそっと呟いた。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 次の日、ここ最近の睡眠不足が嘘のような快眠でスッキリとした目覚めを味わい、和やかな雰囲気の中で朝食を済まる。

 

 テーブルに付く皆の表情も明るい。

 

 もちろん私もだ。

 

 でも食後のお茶に手を伸ばしつつ、ふと頭によぎる事がある。

 

 これまで勉学に励んできたのもアカデミーに入ったのも全ては病弱な妹のためだった。

 

 そしてそれは自分とは全く関係のない、とまでは言わないが、自分の知らない所で一定の成果を出してしまった。

 

 不調の原因が何であれ、症状が出ないならそれはもう健康と言って差し支えないと思う。

 

 そこで一つの問題が胸の内に浮かび上がってくる。

 

「これからどうしようかしら」

 

 普通に考えれば男子のいない公爵家の長女の責任として婿を取って家に入ればいいだけだ。

 

 それに対して特に疑問はない。

 

 貴族に生まれたからには当然の義務と言える。

 

 ただ、少しだけ、それだけでは何だか張り合いがない感じがしてしまう。

 

 一般的な貴族の女子は、まず始めに美しくある事と貴族らしい趣味を嗜む事を求められる。

 

 次に適度な魔法の腕。

 

 最後にきて、やっと教養だ。

 

 貴族の女子は戦場なんて命の危険のある所には出ないし、表向きには政治にも関わらない。

 

 つまり血の存続のための存在だ。

 

 それはとても重要な事であり、女にしか出来ない事なので文句のあるはずもないのだけれど、研究者肌で知識欲の強い私には物足りなく感じてしまうのではないかと少し不安になってしまう。

 

 そんな事を考えていると、お父様からジュリアの弟君と一緒に別室に誘われ、ある話をされた。

 

 それはカトレアの病気を完全に治すために人体の研究をするとしたら、アカデミーの考え方から反対は出るだろうかという相談だった。

 

 お父様が懸念している通り、その研究は異端に引っ掛かる可能性があると私も思う。

 

 死体を解剖するなど、普通の感性では受け入れられないだろう。

 

 しかもトリステインのアカデミーの研究は、そういった実利を求めるものより、宗教色の強いものの方が好まれる傾向がある。

 

 要は偉大なるブリミルによってもたらされた魔法が、いかに私たちに恩恵を与えているかといった魔法崇拝に則した研究だ。

 

 ちなみに私は土メイジでありながら水の秘薬の効果をいかに高めるかについて研究している。

 

 さておき、私がそう自分の見解を述べるとお父様は難しい顔になり「そうか」と一言だけ漏らし、その場は解散となった。

 

 私としてもカトレアの体を完全に治す手段があるのなら本心から手伝いたいと思うけど、死体の解剖はさすがに遠慮したい。

 

 それは私の許容範囲を越えてしまっている。

 

 誰かにやらせてレポートにまとめさせるという手もあるけど、出来れば絵でも見たいものではない。

 

 つまり私ではこの先の研究には携われないと結論づける。

 

 少しだけ生来の負けん気と研究者としてのプライドが騒ぐけど、やっぱり無理なものは無理。

 

 貴族の淑女としても当然駄目でしょうし。

 

 話を戻して、これからどうするかについては、トリステイン貴族の女子の適齢期は魔法学院を卒業する18歳から22歳というのが一般的。

 

 そうすると私の結婚は2年以内に行われる可能性が高い。

 

 結婚したら当然アカデミーは退職することになるでしょう。

 

「とりあえず今手を着けている研究をある程度形にしないと駄目ね」

 

 途中で投げ出すような無責任な事は研究者としてしたくない。

 

 そう考えがまとまった所で、一緒に退室した弟君を確保し、私室に招く。

 

 水の精霊と懇意にしているなら研究のヒントになるかもしれないし、久しぶりにジュリアの話も聞きたいわね。

 




長かった根回しもようやく終わり、いよいよ次回は結婚式でアルビオン入りです。
ロリなティファニアの登場ですね。

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