二度目の人生は長生きしたいな   作:もけ

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続~10歳、まず初めに説得しなきゃいけないのは

「ほら、あ~ん。ふふ、こういうの懐かしいわね。カミルは覚えてないかもしれないけど、小さな頃にもこうやって看病してあげたことあったのよ。あの頃のカミルは本ばっかり読んで欲しがる大人しい子だったのに、私が学院から帰って来る度にちょっとずつ逞しくなっていって、今では魔法も領地運営の勉強も頑張ってて、まだ10歳なのに」

 

 姉様は一端言葉を切り、私の口元にスプーンを向けてくれます。

 

「あ~ん。よく噛んでゆっくりね」

 

 そして少しだけ気落ちした表情に変わり、いつも元気な姉様には似合わない寂しげな微笑みを浮かべます。

 

「このままカミルの成長を一番近くで見ていたいけど残念ね。自分で決めた事だから仕方ないけど」

「姉様」

「うん? 次?」

 

 催促だと思った姉様を続く言葉で止めます。

 

「結婚、して欲しくないです」

 

 無理なのは百も承知です。

 

 貴族の婚姻というものは軽々しく破棄できるものではありません。

 

 でも一縷の望みをかけて、思いが少しでも伝わるように……。

 

「カミル……もう甘えん坊なんだから。大丈夫、ちょっと遠くに行っちゃうけどお姉ちゃんはずっとカミルのお姉ちゃんだから」

 

 そう言って姉様は優しく抱き締めてくれます。

 

 でも違うんです、姉様。

 

 そうじゃないんです。

 

 理由は説明できませんが、私は姉様に死んで欲しくないだけなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お見苦しい所をお見せしました。

 

 カミル・ド・アルテシウム、10歳の冬継続中です。

 

 アルビオンの事で思い悩んでいたら、うっかり風邪を引いて寝込んでしまいました。

 

 病気に対しては水の秘薬も対処療法的に症状を抑えたり、栄養補給で自然治癒力を高めたりしかできないので、こうスパッと治せたりはしません。

 

 まぁそのお蔭で姉様に看病してもらたわけですから、むしろ良かったかもしれません。

 

 アルビオンの事が上手く行こうと失敗しようと、お嫁に行ってしまう姉様に看病してもらえる事はもうないでしょうから……。

 

 さて、しんみりしていても仕方ありません。

 

 出来る事からサクサクやっていきましょう。

 

 まずはお父様とお母様の説得です。

 

 これに失敗すると家出を考えないといけないですし、後の計画が全て強硬策になってしまうので重要度は高いです。

 

 夕食後、姉様が席を外したタイミングで話を切り出します。

 

「お父様、お母様、少しよろしいですか」

「どうしました、カミル」

「折り入ってお話があります」

「随分と改まったな」

「なので、できましたら人払いとサイレントをお願いします」

「……いいでしょう」

 

 お母様が使用人に目配せをし、サイレントをかけてくれます。

 

「ありがとうございます」

「それでは要件を聞きましょう」

「はい。まずは紹介したい人……人? えっと、とりあえず友達を紹介させてください。ミツハさん出てきてください」

 

 私の言葉に応え、腕輪の水石から15cmサイズのミツハが出て来てくれます。

 

「彼女はミツハさん。ラグドリアン湖で友達になった水の精霊様です」

「なんとっ」

「これは……」

 

 二人とも驚いていますが、お父様に至っては大変珍しい事に完全に糸目が開かれています。

 

「内緒にしていた事に引け目は感じていましたが、事が事だけに軽々しく口に出来る事でもありませんでしたので」

「それは……まぁそうだな」

「カミル、ご挨拶させてもらっても大丈夫かしら」

「はい。ミツハさん、ご紹介します。こちらが私の父でダニエル、こちらが母のイレーヌです」

「水の精霊様、お初にお目にかかります。カミルの母、イレーヌ・ド・アルテシウムと申します」

「ち、父のダニエルです」

「うむ、カミルは我に名前をくれた無二の友だ。その方たちがカミルの身内だと言うのなら悪い様にはせぬ」

 

 相変わらず尊大な口調ですが、ミニサイズだといつも以上に愛嬌があって可愛いですね。

 

「しかし我は単なる者の区別がつかん。よってその方たち、我に血を捧げよ」

「血……ですか」

「うむ」

 

 さすがにいきなり血を寄越せと言われて二人とも困惑してしまっています。

 

 フォローを入れておきましょう。

 

「ミツハさん、それは一滴とかで大丈夫ですか」

「そうじゃ」

「そ、そうでしたか」

 

 お父様は愛想笑いで場をごまかし、お母様は胸に手を当て安堵の息を漏らしています。

 

 それからお父様の出したブレイドの魔法で指先を切り、ミツハさんに血を垂らします。

 

「我は全なる一の存在。我に用のある時は水辺にて血を垂らすがよい。場合によっては聞き届けよう」

「ありがとうございます、ミツハさん」

「気にするでない。これも友のためじゃ」

「それでもですよ」

 

 自己紹介も終わった所で、ミツハさんには一端戻ってもらいます。

 

「ふふ、カミルは凄い友達がいるのね」

「えぇ、最初は私も驚きましたが、大切な友達です」

「それで? 友達を紹介するのが目的ではないのでしょう」

 

 今まで隠していた精霊様と友達という爆弾は、十分にお母様の表情を緊張させる効果があったようです。

 

「はい。ご承知かと思いますが、水の精霊様との交渉役は代々モンモランシ伯爵家が担っていましたが、昨年その契約が解消されてしまうという事件がありました」

「えぇ、そうでしたね」

「ミツハさんから事情を聞いた所、原因は100%モンモランシ伯の礼を逸した言動にありましたので、これは言ってみれば自業自得なのですが、このまま家が衰退していき、あまつさえ爵位の返上となってしまっては本人はともかくご息女が可哀想です」

「それで仲を取り持とうと言うのかしら」

「はい、もちろん見返りはいただきますが」

「それにも腹案があるようですね」

「はい、モンモランシ伯爵領は隣国ガリアに面しています。まずはそちらとの新たな交易ルートの開拓と併せて関税の引き下げお願いしようと思っています」

「悪くないですね」

「それに加えてラグドリアン湖にて大々的な園遊会を開いてもらい、そこで提供される飲食の全てを我が領に独占して発注してもらうと言うのはどうでしょう」

「園遊会ですか」

「新しいお酒のアピールに丁度良いかと」

「そうですね」

 

 家の運営はお母様が取り仕切っているせいでお父様がすっかり蚊帳の外ですが、気にせず話を進めてしまいましょう。

 

「その関係で、モンモランシ伯にはヴァリエール公爵家への取り次ぎと協力を合わせてお願いしようと思っています」

「ヴァリエール公爵とはまた大物を」

「お母様はヴァリエール家のカトレア様の事はご存じですか」

「えぇ、噂程度には。病弱で治療もなかなか効果がないとか」

「はい、私は姉様経由で聞いたのですが、もしかしたらミツハさんなら治せる可能性があるかもしれません。長女のエレオノール様は姉様のお友達ですし、出来たら力になってさしあげたいのです。ただ、これだとウチの『中央にはなるべく近付かない』という方針に合わないので、事前にお母様にご相談をと思いまして」

 

 建前ですけどね。

 

 言いませんが。

 

「そうですか……」

 

 お母様が難しい顔でしばし考え込みます。

 

「カミル」

「はい」

「アルテシウムに不利益になりそうな事で言っておかなければならない事はありますか」

 

 あぁ、やはり隠し事があると分かってしまいましたか。

 

 さすがお母様、敵いませんね。

 

「不利益になるような事はないと確信していますが、実は少し調べものをお願いしようと思っています」

「調べものですか」

「はい、アルビオンについて」

 

 出来るだけ真面目な表情を作ったつもりですが、私の発言の意図に気付いた様子のお母様が、

 

「ぷっ」

 

 吹き出されましたっ!!

 

「ふふ、そんなにジュリアが心配ですか」

 

 笑われたのは大変不本意なのですが、事情を話すわけにもいきませんし、完全に誤解というわけでもないので反論できません。 

 

「……姉様には内緒でお願いします」

 

 お母様の中では、姉の事が心配で自分の秘密を暴露してでも嫁ぎ先を調べようとするシスコンの弟という図式が成り立っている事でしょう。

 

 これも姉様の死亡フラグをへし折るためです。

 

 我慢我慢。

 

「分かりました。モンモランシ、ヴァリエール両家に向かう際はダニエルが付き添い、協力が確約された時点で後の細かい詰めの話は私が受け持ちましょう。後はカミル、あなたの思うようにやりなさい」

「ありがとうございます、お母様」

 

 まだこちらを面白がっている雰囲気が窺えますが、とりあえずお母様からの了承は得られました。

 

 第一段階はクリアですね。

 

 姉様の結婚式までに話をまとめないといけませんから、明日にでも手紙の手配を済ませてしまいましょう。

 

 どちらの交渉相手も切羽詰まってますから問題ないと思いますが、こちらが子供という事で舐められてしまうかもしれません。

 

 気を引き締めて行きましょう。


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