「変化の術!」
「……よし。やっと成功だ」
左の手のひらに語りかける。
小さな胞子となった僕の分身体が、ノミのようにポツンとある。
それとの間につながった感覚を認識し、僕は右拳をグッと握る。
台所に行き、お茶を1つ汲む。
それを右手に持ち、居間にいる母さんとリンさんの下へと歩を進める。
リンさんの嗚咽が聞こえてくる。
ドアの隙間からそっと覗きこむと、顔を母さんの胸にうずめるリンさんと、その頭を抱きかかえるようにして、そっと後ろ髪を撫でている母さんが見える。
「あの、お茶を持ってきたんだ」
なんて言いながら近づいていく。
「ああ、ありがとう」
母さんはチラとこちらを向いてそう言う。
リンさんに変化はない。
僕は近くのテーブルにそっとコップを置いてから、心配そうな表情でリンさんに近づいていく。
「リンさん。僕はずっとリンさんの味方だからね」
どう慰めたらいいのか分からず、取ってつけたようなことを言ってみる。
そして、左手でそっと髪を撫でてみる。
胞子は、無事に髪にくっついた。
これで僕も、彼女と一緒に戦える。
僕の分身さん、弟弟子を守ってね。
リンさんは結局家に泊まり、その次の日に朝早くに任務へと出掛けていった。
僕は心配でたまらなかった。分身体をあずけるだけでは安心できず、霊化の術で学校を抜けては彼女を追っていた。
だけど、ちょっとやりすぎちゃったかもしれない。
数日後。叩き起こされた後に「火影様の下へ行け」と言われた。授業中にも関わらず。
こんなことは初めてだ。
三代目火影様は母さんの師匠だからか知らないけど、僕に対してはすっごくやさしいんだ。まるでおじいちゃんみたいな感じで。
でも、さすがに今回ばっかりは怒られちゃうのかなあ。
開けっ放しになったドアから、ちょこんと顔を覗かせる。
そこには、何やら資料を呼んでいる火影様がいる。あと、見知った人間がもう1人。
「あっ、母さん」
思わず声に出してしまった。でも、なんでこんなところにいるのだろう。
こちらに気付いた母さんは目線で合図する。火影様の前まで来なさいと。
でも「手加減をしろ」って母さんが言い始めたことだよね。それで怒られることなんてないよね。それとも、謝るフリをしろってことなのかな。
「来たか。では早速。千手ヒノキ、本日をもってお主をアカデミー卒業とする」
「えっ」
まさか、そんな。
いや、可能性はある気もしてたけどさ。上層部には完全にバレていたから。
でも、戦争が終わるまでは粘るつもりだったのに。
火影様は説明を始める。「特別処置だ」「緊急事態だからだ」「わしも申し訳なく思っている」「だが、晴れて下忍となったからには」だなんだ言っている。
正直言ってどうでもいい。どうせ結果は覆らないのだから。
「……というわけだ。今日からお主は下忍。そして綱手班の一員とする。分かったな」
「はい」
だけど話を総括すると、さして危なくないということが分かった。
下忍になり、母さんの指揮下でせっせと治療すればいいらしい。前線には立たなくていいのだとさ。今まで学校が終わってからやっていたことを、一日中やればいいだけみたいだね。
「では、早速任務を言い渡す。水の国方面の国境沿いの、この陣地へと行ってくれ。そこで小競り合いが続いておる。ケガ人の手当てを頼んだぞ」
火影様は地図を指さす。
僕はそれを見て「はい」と返事する。
「ではな。あとは綱手の指示に従うがよい」
「はい」
今度は母さんの方を見る。
「付いて来い。移動しながら話す」
「はい」
「失礼します」と言って部屋を出てから、母さんと共に歩く。
「お前が行くのは陣地の一番後ろだ。安心していい」
「はい」
「部隊が崩れたら私はお前を担いで逃げる。絶対に危険な目には遭わせない」
「はい」
流れに合わせて部下っぽく返事をしているけど、内容自体は今まで通りだ。
「木遁分身で影武者を用意しておけ。さらに本物のお前にはカツユをわたしておく」
「はい」
うん。やっぱり今まで通りだ。
僕たちは里を出て、火影様に言われた場所まで移動した。
森の、やや木が少ない場所だ。
小さなテントがいくつもあって、多くの木の葉の忍びがいる。
彼らは母さんを見ると「おお、あの綱手姫が来てくれたのか」「これはありがたい」「綱手様がいれば百人力だ」「やったぜ。これで死なずに済む」なんて言い始める。よくあることだ。それに「今日はヒノキも一緒か」「将来の火影か。頼もしいな」「あんな小さな子で大丈夫かしら」なんて声も聞こえてくる。これもよくあることだ。
見知った二人組もいるね。
「紹介する。今回の小隊のメンバーだ。上忍のはたけカカシと中忍ののはらリン。それに私とお前でフォーマンセルになる」
うん。なるほど。
こうなったのか。僕はオビトの代わりか。
「えっ。もしかして、今度一緒になる班員ってヒノキなんですか?」
リンさんは驚いているようだ。
カカシは興味なさそう。いつも通りだ。
「おそらくそうなる。お前たちともよく知った仲だし、実力的には申し分ないしな」
「でも母さん、これって医療忍者の比率がおかしいよね。大丈夫なの?」
ただでさえ少ない医療忍者だ。一班に一人いれば御の字と言われている。それを三人だなんて、贅沢だと非難されないのだろうか。
それと今気付いたけど、ついついいつもの口調でしゃべってしまったよ。
「大丈夫だ。ダメだと言われようが私が認めさせる」
大丈夫であるらしい。
その後、近くにシズネさんがいるらしいので、僕と母さんとで会いに行くことになった。
シズネさんも僕らと同じで、後方で手当てに没頭するらしい。
小川で水を汲んでいた彼女を見つける。僕たちは手なんて振って挨拶する。もう少し危機感を持った方がいいかもしれない。
「ヒノキ、シズネ。耳を貸せ」
しかし急に、母さんの雰囲気が変わった。
なんだろう。
「ヒノキ、胞子に変化してシズネにくっついておけ。私の方へは木遁分身をついて来させるんだ」
「え、うん」
なるほど。ここまで徹底するのか。
後方と言っても、有名な母さんは狙われやすいからだろう。
「シズネにもカツユをわたしておく」
「はい」
僕は言われた通り木遁分身を出して、僕自身は胞子となってシズネさんにくっつく。
母さんは小さなカツユを出して、シズネさんにわたす。
「よし。ではシズネ、ヒノキを任せたぞ」
「はい」
「ヒノキ、達者でな」
「うん」
僕の代わりに分身体がそう返事をしてから、僕たちと母さんは別れた。