千手ヒノキはこいつだ
僕のお母さんは美しく、凛々しかった。
「ふふふ。ヒノキ、ミルクよ」
それにいろいろと豊かで、健康的だった。
暖かくてやわらかい胸に抱かれていると、最高にいい気分になれた。
「ヒノキ、忍者なんてろくなもんじゃない。だけど、戦乱のこの世を生き抜くためには、力を身に付けないといけないよ」
母さんは口癖のようにそう言っていた。
聞いているうちに、僕も全く同じ考えになった。
6歳になってから、忍者アカデミーという学校に入った。
その名の通り忍者を育てる学校なんだけど、僕は実力を隠すことにしている。
「強ければ戦争に駆り出される。実力を見せないように」と母さんにも口すっぱく言われているし、実際にそうだとも思うから。
だけど、これが意外と大変なんだ。僕にとってできて当たり前のことがみんなにはできないから。力の加減が難しい。わざと失敗したりしているけど、ひょっとしたらバレているかもしれない。
本当に、僕は飛びぬけて優秀なんだと思う。母さんの話を聞くに、血筋って言うものがいいみたいだし。親がすごいと遺伝して子もすごくなるんだって。
僕の周りに優秀な生徒が少ないってのもあるらしいんだけどね。すぐにいなくなっちゃったけど、唯一のそれっぽい実力者はヤマトっていう子だけ。
歳が5つくらい上の世代には、ヤマトみたいなすごい才能の人がいっぱいいるみたいだよ。特にカカシって人はすごいみたい。4つ年上なんだけど、たった6歳で中忍になったんだって。ふつうは10は過ぎてからなのに。まあ僕としては、ほっぺたになんか貼っている女の子が一番強い気がするんだけどね。たぶん僕と同じで力を隠しているのだと思うけど。あと、僕の従姉のシズネさんもいるね。
そうだ。僕が加減を間違ってしまったのも、たぶんシズネさんのせいなんだ。
彼女が「これぐらいが真ん中かな」なんて言っていたものが、全然真ん中じゃなかった。
まあそれはもういいや。過ぎたことだから。シズネさんはいい人だから、あまり悪く言いたくないし。
それよりも、レベルの低い授業はつまらないんだけど、その中でやっている楽しみがあるんだ。
「霊化の術」
この術は、生霊になっていろんな場所へと行ける術。
僕はいくらか前からこの術でいろいろと見て回っている。寝たフリをしてね。
よく行くのは、怪しそうなところとか、そこそこレベルの高い巻き物があるところとか。
「さあみんな、張り切っていくってばね」
だけど今ハマっているのは、赤い血潮のハバネロって人を観察すること。
この人、すっごくきれいなんだけど、同じくすっごく怒りっぽくて元気なんだ。だから見ていて楽しい。
時たま霊体のままさわったりもしているんだけど、ビクンとなるその反応もおもしろい。
やり過ぎると不安にさせてしまうから、その辺は注意だね。
「痛っ」
おっと。
今、本体の頭をしばかれちゃったよ。
早く帰らないとね。
「おはようございます。先生」
「おはようじゃない。授業はちゃんと聞くように」
「はい、先生」
慇懃にぺこりと頭を下げると、それだけで先生は去っていく。
ふつうはもっと怒られるんだけど、僕は血筋がいいから他の人に比べればあまりごちゃごちゃは言われない。注目はされているんだけどね。期待もね。迷惑なことにね。
「では次は手裏剣術の授業だ。忍具を持って急いで付いてくるように。移動中も訓練だからな」
「はい」と、皆と一緒に返事をしてから急いで荷物を準備する。
そして、列にさっそうと並ぶ。
うん。先ほどの霊化の術で適度に疲れている。これなら、そこそこ力を入れても周りと大差ない動きになる。こういう副次効果もあの術のいいところだ。
移動中も目立たぬように全体のほぼ真ん中くらいを進む。
訓練場へ到着。
「今から名を呼ぶから、それで2人一組を作れ」
「まずは千手ヒノキ」
「はい」
期待されているからだと思うけど、こういう時はたいてい僕の名前から始まる。
「それと、月光ハヤテ」
「はい」
そして、僕の世代では成績がトップクラスの人と組まされる。
僕は平均点なのに。無知だった序盤は高得点を連発してしまったとは言え。
まあ別に、戦争に連れて行かれない程度の実力ならバレてもいいんだけどね。
「各組、成績を残しておくように。負けた方はここの敷地を端から端まで10往復だ」
当然、僕は負ける気でやる。
勝っていい成績を残したくない。
それに、僕にとっては罰もそこまできつくないし、自分のためにもなるからやっておいた方がいい。
予定通り、ごほっ、ごほっ、とわざとらしく咳き込んでいる相手にふつうに負ける。
先生に怒られた後、真ん中くらいの順位を維持しつつ走る。
こんな感じで僕のアカデミー生活は終わる。
あんまり負けているとモテないのが少し辛いけど、血筋のおかげでそこそこモテるから気にするほどでもないと思う。
でも最近、卯月夕顔っていうかわいらしい女の子がハヤテによく話しかけているのが気になる。
「おかえりヒノキ。今日は勝ったから外食だ。どこがいい?」
家に帰ると、母さんが笑顔で出迎えてくれる。
大負けした時は笑ってないけどね。
ああ、勝った負けたってのは、ギャンブルのことね。
「一楽のラーメン!」
外食と言えば、これに決まり。
おいしいし、ともすればハバネロに会えるから、そっちの楽しみもある。
「よし、決まりだ。じゃあ行こうか。シズネもそれでいいだろ?」
「はい」
現在僕の家には僕と母さんとシズネさんの3人が住んでいる。
シズネさんは何年か前に両親が亡くなってしまって、その時に母さんが引き取ったらしい。それからは母さんの弟子兼世話係みたいになっている。僕の世話もしてくれる。非常にありがたい人だ。