生物兵器の夢   作:ムラムリ

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No.30 - 3

 キュッ、キュッ…………。キュッ、コツッ。

 隠しきれていない足音。真っ暗闇な建物の中で、その人間達が照らしているであろう眩い光が時折こちらの近くを通り過ぎていく。

 

 時が経つと、建物の中はどうしてか真っ暗闇になった。

 その代わりに人間達が明かりを照らすようになった。人間達は自分達の後ろに居たけれど、足音を完全に消す事は出来ないようだったし、そして足も自分達より速くはないようだったから、この建物の構造が頭に入る頃には後ろを取る事も出来た。

 そうして遠くからばれないように見る事が少しだけ出来て、すると少しだけ分かる事があった。

 光の線は一本だけ。そして、あの痩せぎすをぐちゃぐちゃにした長い筒も一本だけ。

 そして人間達も建物の構造は分かっていて、こちらが距離を詰められそうな地形に差し掛かると、そこは長い筒を持った人間が前を確認しながらさっと走ってすぐに先へと行ってしまう。

 後ろから距離を詰めて殺そうとしても、その間に光の線に当たって見つかってしまうだろう。

 けれど前からだと、あの長い筒の前に身を晒す事になる。

 自分には、どっちが良いのか分からなかった。分かるのは、いつまで経っても殺せなかった場合、どっちにせよ、あの痩せぎすのように自分達は殺されるのだろうという事だった。

 分からなくても、出来るだけ早いうちにあの筒を掻い潜って、この足で駆け寄って、この爪で殺さなければいけない。

 けれど、それでも、自分は賢い方に頼るしか出来なかった。

 自分なんかが考えるより、賢い方が考えた方が絶対に上手くいく。

 だから、自分に出来る事なんて、賢い方に付いていくしかなくて。

 ……その、ずっと前を歩いていた賢い方が、自分の方を見た。人間の照らしている光が僅かに届いてくるこの場所で、賢い方の顔がはっきりと見える。

 怖くても、死ぬかもしれなくても、やるしかない。そんな顔をしていた。

 …………自分もきっと、そんな顔をしている。

 賢い方は、自分の手を掴んだ。

 

*

 

*

 

 キュッ、キュッ。トンッ、トンッ……。

 人間の歩く音と同じくらいに、自分の胸の音がひたすらに聞こえ続けていた。

 時に自分の手も見えなくなる暗さの中で、ただ自分だけでじっと後ろを追い続けるだけでもこんなにも不安になるだなんて。

 走ってすらないのに息が上がっていた。腕が、手が、そして足も震えている。

 ……転ばないようにしないと。

 思い出す。

 

 賢い方は、自分に爪を三本立たせると、その両方から大きく腕を広げて両手の爪を自分の爪にこつんと当てた。

 前と、後ろから、同時に。

 ……分かった。そう伝えるように賢い方の爪を立たせて同じようにすると、賢い方はいきなり自分に抱きついてきた。

「ッ……?」

 思わず声を出しそうになったけれど、どうにか抑えた。

 賢い方はそれ以上何をする事もなく、ただじっと自分に抱きついていた。自分もどうしてか、腕を回した。

 すると胸の音と自分の胸の音が一緒になったかのようだった。次第に呼吸までが一緒になって、そして更に熱までが一緒になるような、そんな時間。ずっとこうして居られれば良いと思えるような時間だった。それ以上は、何も要らない。何も、本当に。

 でも、賢い方は腕を緩めると、また顔を合わせて。そして人間達の前へと待ち構える為に走っていった。

 

 ……どちらかがほぼ確実に死ぬ。

 それに気付いたのは、賢い方が去ってからすぐの事だった。

 挟み撃ちにする。確実に、どちらかが長い筒を持つ人間の背後を取れるように。逆に言えば、確実にどちらかが長い筒を持つ人間の正面に立つ事になる。

 体を一発で穴だらけにされて、ぐちゃぐちゃにされて、死ぬ。

 少なくとも、賢い方はそれに気付いていた。自分が気付くまで分かっていたかどうかまでは分からないけれど、その後自分を抱き締めたのは、自分が分かる事までは考えていたんだと思う。

 それしかない。だから……やるしかない。

 少なくとも、どちらかは生き残る為に。

 けれど……体が震える。胸の音も、呼吸もはっきりと聞こえているのに、自分の体がこの暗闇の中でどこにあるのか分からなくなってしまっているような。

 でも、もう賢い方も人間達の前に着いているだろう。それだけの時間は経った。

 だから、自分も賢い方も、後はいつ飛び出すか、ただそれだけ。

 キュッ、キュッ。……キュッ、キュッ。

 もうそろそろ、また人間達がそくささと走り抜ける場所へと来ていた。

 明かりが自分の隠れているすぐ側を一度照らして戻っていく。僅かに覗く。長い筒を持っている人間が、先へと走って曲がり角の様子を伺ったその瞬間。

 賢い方がそれに飛び掛かったのが見えた。

「うぐああっ!?」

「離れろこの化け物がぁああああ!!」

 パンパンッ、パンパンッ!

「イ゛ィィイアア゛ッッ!!」

 明かりがそちらを向いていた。人間と賢い方で、その長い筒の取り合いになっていた。その間、賢い方は何度も小さい方の筒で穴を開けられていた。血が明かりに照らされて舞っていた。

 ……気付けば、足が勝手に動いていた。

 走っていた。ひたひたひたひたと音も最低限に。指にぐ、と力が籠っている。

「も、もう一体はどこだっ!?」

 明かりを持つもう一人がこちらを振り返った。けれどもう、十分に距離は詰められていた。

 ザンッ。

「……! …………」

 首の太い血管を切った、確かな感触がした。崩れ落ちる人間、ぶしゅうと吹き出す血の音。ごとりと落ちて転がる明かり。

 でも、足は止められない。止める訳にはいかない!

「キィアアアアッ!! アアア゛ア゛!!」

「がぶっ、ごぶっ」

 賢い方の叫びと、血を吐く人間の音。

 カチカチッ、カチカチカチカチ。

「た、たまぎれっ、リ、リロードしなきゃ、あ、く、くるな、くるなくるなくるなくるなあああああああ」

 焦る人間の声。穴を開ける時に起きる音は聞こえて来ていない。

 明かりは別の方を向いていた。真っ暗闇。でも、位置は声で分かっていた。そのまま肩を前にして突き飛ばした。

 どんっ!!

「ぎゃあっ、い、いや、やだ、やだやだ」

 前へと更に足を進めると、どこかを踏みつけた。蹴られて、それを掴んで引っ張った。

「やめっ」

 腹が目の前にあるはずだった。爪を突き刺した。

「あがあああああ」

 ぶづぅ、と皮膚を貫いて生温かい血と、はらわたの感触がした。

 引き抜いて、突き刺した。

 ぶづっ。

「がっ」

 引き抜いて、前へと一歩進んで、突き刺した。

 ごづっ。

 肋骨に当たった感触がした。

「ぎぶっ」

 引き抜いて、もう一歩進んで、突き刺した。

 ぶぢっ。

 首の血管を貫いた感触がした。

 ごぶっ、ごぶっ、と血が吹き出す音ばかりしかなくなった。

 ……賢い方は!?

「……ギ、ギィ……」

 弱々しい声がした。

 ……人の血の臭いと、別の血の臭いがした。同じ、賢い方の、血の臭い。

 落ちていた明かりを拾いに戻って、恐る恐る、賢い方を照らした。

「ア…………」

 長い筒を奪い捨てて、それを持っていた人間に爪を突き立てるまでの間。何度も穴を開けられた、賢い方。

 その殺した人間の上で、血塗れになって倒れていた。

 駆け寄れば、目が潰れて、歯も折れて、至る所からびゅう、びゅうと血が今も飛び出していた。

「…………」

「ギ、グ……」

 そんな立ち尽くす自分に対して、賢い方は腕をぶるぶると震わせながら持ち上げていた。

 何をしたいのか、分かった。

「……」

 自分は賢い方を仰向けにして、人間の上から下ろした。

 そして今度は自分から、抱き締めた。

 賢い方は、穴の開いていない片腕だけを自分の背に回した。

「グ……ク…………」

 賢い方の胸の音はもう、とても弱々しかった。呼吸の音も殆どしない。

「…………」

「…………。…………」

 胸の音が弱々しくなり続けて、そして止まった。背に回っていた腕が、ずるりと落ちた。

「…………ア…………」

 起き上がると賢い方は、口も目も開けたままぴくりとも動かなくなっていた。

『檻の中へ戻れ』

 いきなりどこかからか聞こえてきた人間の声。思わずびぐっと体が震えて、明かりを手に取る。

 けれど辺りを照らしても、人間は全てきちんと死んでいた。

『檻の中へ戻れ』

 またどこかからか声が聞こえてきた。

 それは気付いてみれば、痩せぎすを殺した人間の声だった。

 この三人を殺せと命令した人間の声だった。

「……グ、ググ……」

 最後にもう一度、賢い方を見た。

 どうして、逆じゃなかったのだろう。

 どうして、逆じゃなかったのだろう?

 これから先、これより厳しい事が待ち受けているとしたら、自分なんて生き延びられる気がしないのに。

 どうして…………。

 段差を降りて、檻へと戻ろうとも。鍵が閉められて、建物の外に出ても。眠らされて、いつもの檻の中に戻ろうとも。

 ずっとずっと、その疑問が頭の中を離れる事はなかった。

 

*

 

 

 

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*

 

 

 

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*

 

 

 

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*

 

 頭の足りない自分が散弾銃を相手に奇襲を仕掛けようとも、一発ズドンと撃たれて終わりだっただろうと気付いたのは、この組織に身を移してから三つ四つのミッションを生き延びた後だった。

 ……だから、賢い方が前に出るしかなかった。

 気付いた時のやるせなさは、自分の首に爪を当てていた程だった。

 …………賢い方が生きていたら、きっとNo.27と並び立っていただろう。

 そして確実に、もっと沢山の仲間が今でも生き延びている。

「…………」

 そのNo.27が気付けば、前に立っていた。擦り傷くらいはあるが、どこにも穴の開いていないその体。

 ……良かった。孤独に死ぬ事は、なかった。

 No.27は寂しそうな顔をしながら、自分の首に爪を添えてきた。

 楽になるか? とその目が問い掛けてくる。

 僅かに出せる息を吐いて、空を見上げた。

 死にたくないと思う気持ちは流石にあるけれど。でも、やっと終われるという気持ちの方が強かった。

 自分はどうしてか、ここまで生き延びてきた。けれど、運とかそんなものだけで生き延びられるのはここまでだった。

 残っているのは、運と実力の両方を兼ね備えた正真正銘の傑物達。

 この先、その傑物達にどんな未来が待ち受けているのか、そんな事は全く分からないけれど。

 自分のような終わり方はしないだろう。自分のように、こうして自分の終わりを信じる事は最後の最期までないだろう。もし最期が来るとしても、その瞬間まで全力を尽くして生に足掻き続けるだろう。

 …………自分はここで終わるけれど。これから先も元気でやって欲しい。

 No.27の添えた爪に手を乗せて、目を閉じた。

 No.27の爪に力が籠り。自分の命が消えていく感覚がずっしりと……どっぷりと…………。

 …………ああ。

 これが……死…………か。




No.30:

知性5、戦闘力5、脚力4(最終)
1話目で死んだ古参。最初に30体入荷したけれど、その一番最後のナンバー……要するに上級に位置するが、その中でも一番弱い。
多少の成長はあるものの基本運が強いだけで生き延びてきたが、流石に運も尽きて流れ弾が急所に当たって、No.27に介錯されて死亡。

賢い方:

知性5、戦闘力3、脚力3(試験時)
生き延びられていたらNo.27に比肩していた程の知性。
形振り構わず、という形ならNo.30を捨て駒にするような手段を取って生き延びる事も出来たけれど、ずっと後ろを健気に着いてきて自分を信じているNo.30と一緒に生き延びたいとか思っちゃったのが悪かった。
(2話目までは賢い方=No.27の予定で一緒に生き延びる予定だったんだけど、それだと流石に予定調和過ぎるよなって事で別個体にしました)

もう一体:

まあ、賢い方のする事が全て正しくて従うべきだってのが嫌だ、言いなりになるのが嫌だって思ったのがダメだった。






次に何書きたいかって構想は一応あって……。
片目を失うもタイラントを上回ったNo.1の事を組織の人がべらべら喋っていたら、それを確かめる為 & 例外的な手段で仲間になったNo.97を信頼出来るか確かめる為、という目的でタイラントと戦わされる事になったNo.1とNo.97の話。
よーするに、タイラントを完全に上回ってぶっ殺すハンターαを書きたいって事です。

見たいもの

  • 悲哀
  • 殺戮
  • 苦難
  • 協力
  • 快楽
  • 日常

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