自分とそうでないもの、という区別がやっとついた頃からずっと、広い檻の中で生きてきた。
外は毎日のように白い服を着た人間達が良く分からない言葉を並べ立てていた。
檻から外に出される時は常に白いガスがあちこちから噴き出して気絶してからだった。
檻の外では走ったり、登ったりといった事を良くやらされた。その後、足が遅かった個は檻の中で目が覚めた時に居なかった。
ある時から飯が全て生きた動物になった。檻の外ではその生きた動物を先んじて殺して食べるようになった。その後、いつまで経っても食べる事が出来なかったり、そもそも狩りをする事が出来なかった個は檻の中に居なかった。
それから暫く後、小さい箱の中で人間同士が会話をしているようなものを見せられるようになった。そして、次に檻の外に出された時には絵を見せられた。それの何を意味しているかを全く理解出来なかった個は檻の中には戻らなかった。
世界とは、そういうものだった。与えられた物事をこなせなければ、どこかへと連れて行かれる。こなせていれば、飯は食える。ただそれだけが全てだった。
そうして特に何事も無く成長した自分達の中で今度は三体ずつ毎日どこかへと連れて行かれるようになった。
それは翌日には帰って来はしたが、全員が帰ってくる事はそこまで多くなかった。時には誰も帰って来ない事もあったりとしたけれど、そうして帰ってきた個体達はどこか、変わった素振りを見せていた。
それが何なのか、良く分からないまま。連れて行かれて何を試されるのかも全く分からないまま。
とうとう自分達の檻にガスが流された。
*
ひゅうるるる……。
……寒い。
目が覚めて檻の外を眺めると、そこには壁がなかった。
……何だ、この場所?
他の二体も目が覚めて、檻の外を見て戸惑っていた。
檻の外には、何人もの人間と、大きな建物と、そして別の檻の中に同じ個が一体。
けれどその個は自分達とは違って、とても痩せ細っていて、見るからに死にかけで。
……何? 何がこれから起きるの?
「起きたか。それじゃあ、実演だ」
白衣ではなく、何かごつい服を着た人間が長い筒やらを持っていた。
まず、一つ目。小さくて、黒いものを見せてくる。
「これは、銃というものだ。お前らを簡単に、遠くから殺せる代物だ」
そうして、何やら別の個が入っている檻の方に構えて指を動かすと、パン! という音と共に、その個の腕から血が吹いた。
「ィギャアッ!」
パンッ! パンッ!
「ギィッ、ヒィッ!!」
音が鳴る度に体のどこかからか穴が開き、のたうち回るその個。唖然としている自分達に対して人間は平然としたまま、次に長い筒の方を自分達に見せる。
「そして、これは散弾銃。威力はお前等の頭を簡単に吹っ飛ばす」
「ギ、ギィッ、ギュウ! ギュウ!!」
痩せ細った個が、檻の奥に体を押し寄せて、頭を隠して、助けてと懇願するように高い声を出す。
けれど人間は変わらず筒を向けて、ドン! と先程よりも強い音を鳴らした。
「ギィアアア゛ア゛ア゛ア゛ッ、ア゛ア゛ッ!?」
痩せ細った個の至るところから血が吹き出した。爪が砕け、腕の一本が変な方向に折れ曲がった。
「ギッ、ギィッ、ギィ…………」
折れてない方も含めて、腕がだらりと落ちた。穴だらけになった全身。露わになった、無駄だと分かっていても殺さないでと懇願する、その顔。
ドン!
その顔が砕けて、檻の中が血で染まった。
「実演、終了。さて、これらがどういうものか、大体分かったかな?」
その筒をこっちにも向けてくる人間に対して、自分ともう一体は思わず檻の中で仰け反った。けれど、もう一体は怖さなんて無いように、その銃をじっと見続けていた。
カチカチ、と人間は指を動かす。けれど、今度はどうしてか音が鳴らなかった。それから人間は何かを取り出してその筒の中に入れて、ジャコンと音を鳴らして。
もうぴくりとも動かない個にドン! とその筒の音を鳴らした。へし折れていた腕が、千切れて弾けた。
あれは……あの筒は何なんだ? これから、自分達は何を試されるんだ?
ヴゥン、ドッドッドッドッ。ガガッ、ガガガガッ。
自分達の入っている檻が、どうしてか動き始めた。
「あの建物の中には、この銃を持った人間が三人居る。
これから外は暗くなって、暫く経てばまた明るくなる。
明るくなるまでに、その三人を殺して来い」
銃をじっと見続けていた個が、頷いた。
人間がもう一度、その筒をこちらに見せるようにして、雑音に負けない大声を張って言った。
「三人、人間を、殺せ。これらを持っているが、殺せ」
何をさせたいのか、理解は出来た。
でも……けれど……えっと、どうやって?
自分の太く長い爪が、とても心許ないものにしか見えなくなっていた。
*
檻ごと建物の中に入って、どこかからか人が逃げて、ガチャンと音を立てる。
そして、檻からも誰も居ないのにガチャン、と音が鳴って扉が開いた。
恐る恐る檻から外に出れば、入っていた檻自体が変なものに載せられていて、どうやらそれで自分達を運んだらしかった。
入ってきた方はもう固く閉ざされていていた。
もう既に人間の声の意味を殆ど理解しているような、銃をじっと見つめていた個が、小さく鳴いて自分ともう一匹を呼び寄せた。
……三人居る。それぞれがあの筒を持っている。それを殺す。
…………どうやって?
自分は、そこまでは理解していた。賢い方は絶対に理解している。もう一匹も、多分理解している。
けれど賢くても、そうでなくても、どうやってというところは何も分からないのも一緒のようだった。
取り敢えず動かなければ、というように、その賢い方が極力足音を立てないように建物の中へと歩みを進めていく。
自分ともう一匹も、取り敢えずとそれに付いていく事にした。
建物の中は、今まで外に出されてきた場所のどこよりも複雑で広かった。
天井の上にもまた床があって、細かい段差を伝ってその上へと行ける。それが二つもある。
長い道には扉が沢山あって、それぞれの扉の先には色んな物が置かれている部屋があった。
殺すのなら、背中から気付かれないように、とかそんな事しか思い浮かばなかった。物を動かせば、隠れられる場所が多く作れそうだと思ったけれど、賢い方は自分やもう一匹が物を動かそうとして音を立てる事を強く拒んでいた。
どうして……、と思ったその時、人間がどこに居るのか全く分からない事にそこでやっと怖くなった。
大きな音を立てれば、自分達の位置が一方的にばれる。隠れていても意味がない。
同じく自分達が部屋に入った瞬間、あの筒で体に穴が開くかもしれない。頭や腕が弾け飛ぶかもしれない。
今までやってきた狩りと一緒で、音を立てた方が負けなんだ。今までの狩りは、別に音を立てても獲物にありつけないだけだった。一方的に狩る側だった。でも、今の狩りは、音を立てれば死ぬ。自分達は狩る側で、同時に狩られる側でもあった。
胸が冷えていく。呼吸が勝手に荒くなったのを感じた。今まで当たり前に動かしていた足をもう一度動かすのにも強い気合が必要になっていた。
そんな賢い方が、何かに気付いた。自分も遅れて、何か音が聞こえてきているのに気付いた。
キュッ、キュッ、と白衣の人間が良く鳴らしている足音。それが多分、三人分。少しずつ、少しずつ、目の前の曲がり角から近付いてきている。
ドクン、と胸が弾ける程に跳ねて、思わず声が出そうになる。
賢い方が周りを見回した。隠れられる、あの筒に対して有利を取れる場所……そんなの、分からなかった。賢い方も分からないようで、一旦引こうと来た方向を戻り始める。
それに対して、もう一匹が部屋の中に入らないのか? と聞くように部屋の中を指し示した。
え……。
中は、色んな物が置いてある場所だったけれど、そのままじゃ隠れられるような場所は余りなかったはずだった。
賢い方がダメだと言うように頭を振ってそくささと来た道を戻り始める。自分もそれに続こうとして、もう一匹はえ、え? と信じられないように自分と賢い方を見る。
賢い方が再びダメだ、と頭を振った。そして腕を掴んで強引にでも連れて行こうとしたのに、もう一匹はそれを拒絶するように腕を振って、すっと部屋の中に入って身を潜めてしまった。
そんな様子を見て、はっきりと分かった。そこは一見見えない場所かもしれないけれど、入ってくる人間に襲いかかるには遠過ぎた。襲いかかるまでに、穴だらけにされてしまう。
無理だ。
キュッ、キュッ。
もう、足音はすぐ近くにまで迫っていた。
賢い方が自分の腕を掴んで、一気に走り始めた。
「居たぞ!」
パンッ、パンッ!
「待て! もう届かない、それよりもう一体居るはずだ……気をつけろ」
段差を降りて、更に走って、走って。
その逃げた方から。
「うおああっ!!」
パンッパンッ!
「ギィアアアアア!!」
ドンッ!!
……パンッ、パンッ。
…………パンッ。
その音を最後に、暫くして足音がまた聞こえてきた。
足音の数は、変わっていなかった。
裏設定:
・夕方〜翌朝にかけて、廃校で人間3人 vs ハンター3体での殺し合いを娯楽として楽しんでいる感じ。ついでに、上級に属するハンターの選別
・体が弱い個と、残虐性を持たない個は低級として、時に見せしめにされたり、安価に売られたりする
・頭の弱い、しかし残虐性は持つ個は中級としてほどほどの値で売られる
・このゲームで勝ったハンターは上級として良い値で売られる
・途中で後のNo.1が開始5分で3人殺したものだから、当初は人間側にハンドガンしか与えられていなかったのに対して、水平二連散弾銃が与えられました