生物兵器の夢   作:ムラムリ

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向寒 4

 寒さは加速するかのように激しくなって、動ける時間も更に短くなっていく。

 リーダーは冷たい雰囲気を醸し出したまま、当ても無さそうに何日もただただ歩いていた。最低限獲物を共に食べたりはするけれど、それ以上に体を触れ合わせたりはしない。

 自分は、皆とあのように過ごしたりはしなかった。自分は自分だけが生き延びた。自分にはリーダーの感情が深くまで分からない。

 呼吸が冷たい。昼間でも体をなぞる風が体にしみる。動物を見る数も心なしか減っているように見えた。特に小動物を見る事が無い。

 植物も、動物も、寒くなる事を知っていて備えているように見えた。

 自分だけがそれを知らない。けれどリーダーは、ただただ歩き続けていた。寒さへの対策を知っているのか、それとも自棄になって歩き続けているだけなのか。

 とても不安だけれど、付いて行くしかなかった。

 

 夜になる前に体が動かなくなる程の寒さにもなりつつあった。太陽が沈み始める頃に獲物を狩ろうとした時にはもう、体が言う事を聞かなくなり始めている位に。

 リーダーはそんな中、何かの糞を眺めていた。大きい糞で、まだ乾き切っていない、臭いも少ない糞。

 そんなものを何故眺めているのかは分からないけれど、何か理由があるのだろうと思っておいた。

 空腹も強くなく、このまま狩りをする位ならば眠った方が良さげで、いつものように座って寝ようとすると、リーダーがそれを止めた。

 木に登って眠れ、と指示された。

 脅威となるような獣が近くに居るのだろうか? 取り合えずそれに従う事にした。

 まだ葉が落ち切ってない木、それに自分が乗っても大丈夫そうな太いものを探すと、この辺りには一本しか無かった。とても大きい木で、リーダーもそれに登った。

 体は触れ合わさずに、数多に生える枝に体を凭れかければ安定した。向かい側にはリーダーが居る。

 互いに無言で過ごす。余り心地良くはない。動かなくなっていく体で、また空を眺めた。温かい時よりも星が良く見える気がした。

 何故、夜空は光っているのだろう。人間が照らしているのだろうか?

 そもそも月も月であれは何なのだろう。どうして光ったり光ったりしていないのだろう。

 そう言う事に呑気に思いを馳せるのはとても楽しい事だった。……他に心配事が無ければ。

 少なくとも、ただただ眩しい太陽よりは夜空の方が何倍も好きだった。これで寒くなければ本当に心地良いのだけれど。

 眺めていると、雲が段々と星や月を隠していく。更に寒くなってきて、意識も薄れていった。

 

 気が付けば、明るくなっていると言うのに未だに体は上手く動かなかった。

 目を開けば辺り一帯が真っ白だった。

「ギ、ギィ?」

 思わず声を出す程に驚いた。空は曇天。降って来ているのは、雨じゃない何か。ふわふわとしながら落ちて来るそれは雨と同じく水のようだけれど、それは雨とは比べ物にならない位冷たい。

 鈍くしか動かない体を必死に動かして、リーダーの元に動こうとして、バランスを崩した。

 背中から地面を打ち付けた。

「ガッ、グッ……ヒューッ、ヒューッ」

 空気が吐き出されて、地面もとても冷たい。必死に呼吸を整えていると、それのおかげか少しだけ体が動くようになった。

「ギャララッ」

 リーダーに呼びかける喉さえもが呼吸で酷く冷える。

 けれど、リーダーは呼び掛けにも応えず、ただ動かない。

 爪を立てて必死に木を登った。全身に力が入らないけれど、何とか登れるだけの力はまだ辛うじてあった。

 ゆっくりと、ゆっくりと動くだけの部分を必死に動かして体を持ち上げる。

 リーダーの居る枝を掴んで、体を少しずつ引っ張り上げる。枝はミシィと音を立てたけれど、何とか耐えてくれていた。とても助かった。白くなった地面はとても冷たくて、落ちてしまったらどうなってしまうか分からなかった。

 リーダーの目は開いていた。ただ、自分よりも全く体が動かないようだった。

 自分はリーダーに抱き着いた。とても冷たい。でも、少しでも体温を上げないといけなかった。動ける内に動かないと、これ以上寒くなったら、自分もリーダーもどうなるか分からなかった。

 昨日、糞を眺めていたリーダーは、何かしらこの寒さから逃れる方法を知っているはずだと信じた。

 時間が経つに連れて、リーダーの体が少しずつ動くようになってきた。リーダーも自分を強く抱きしめて、鼓動が感じられるようになってくる。

 体に力を込め続けて、僅かながらも体が温まって来る。そして、リーダーが自分の背中を叩いた。離すと、リーダーが地面に飛び降りた。着地で躓いたものの、そのまま立ち上がって自分にも降りるように指示して来た。

 自分も飛び降りて、そして何とか動き始めた。

 共に体ががくがくと震える中、リーダーは何かを探しているようだった。糞の主だろうか?

 寒くならないようにせわしなく体を動かしながら、とにかく歩き回る。寒過ぎて指先の感覚がなくなりそうで何度も立ち止まって握ったりして温める。吐息は白くて、呼吸をする度に体の中が冷え込む。

 寒い、寒い、寒い、寒い。

 ざあざあと、川の水の音が聞こえて来た。こんな時に川に落とされたらもう、そのまま死んでしまいそうな気がした。

 太い木がその川の近くに立っていた。隆起した根が辺りの地形を複雑にしていて、リーダーはその辺りを慎重に調べた。

 そうして、一つの穴があるのを見つけた。

 リーダーは体を出来るだけ解していく。自分にもそうしてから近くで待つように指示された。

 これだけの大きい穴に居る動物……逃げている最中に一度見た事がある、あの動物しか思い浮かばなかった。

 自分よりもとても大きくて、重い肉体。殴られたりすれば一撃でどうにかなってしまいそうな肉体。

 その住処を奪うのがリーダーの考えだった。でも、無謀にしか思えなかった。

 本当はアルファ達も含めてやるつもりだったのだろう。でもアルファ達は死んでしまった。そして悠長にしている時間ももう無い。

「ゴルルルルッ!!」

 リーダーが穴から飛び出してきた。爪先は血で濡れているが、そんな深く突き刺せた訳ではないようだった。

 その動物が飛び出してきた。

 

 四つ足でも自分の背丈に近い高さがある。腕と脚は自分やリーダーよりも更に太い。

 脇からぼたぼたと血を流していたけれど、強いものじゃなかった。致命傷じゃない。

 その動物はいきなり突っ込んできて、跳んでギリギリ避けた。ドガンッ! と後ろの木に動物がぶつかった。

 激しい音で、ただ突っ込まれるだけでも自分達にとっては強烈なダメージになる事が予想出来た。こんな相手にどうやって? でも、これを倒さなければこの寒さを乗り越えられないのだ。

「ギアアアッ!!」

 リーダーが自分を奮い立たせるように吼えた。

「ギャルルルルッ!!」

 自分も続いて吼える。その動物は自身を挟んで立っている自分とリーダーの、リーダーに狙いを定めた。動物がリーダーに走り、リーダーは手ごろな木に登ろうとした。けれど動物は木を激しく揺らしてリーダーを落とす。木が折れそうな程の筋力、でもこの寒さだからか、動物の動きも思った程素早くはなかった。

 背中から落ちたリーダー、自分に背中を向けている動物。

 その動物に走り、背中に爪を突き刺した。ぶづぅ、表皮を貫いた感覚、でも深くまで突き刺さっていない!

「ガアアアッ!!」

 動物が暴れて離れた。肉体そのものも固く、やはり急所を狙わなければ倒せそうになかった。

 狙いを自分に定められて、ただその体が近付いてくるだけでも体に怯えが走った。

 でも、同時に高揚している自分もあった。これを殺せたらとても嬉しいだろうと思っていた。木の後ろに一旦身を寄せる。動物が追い掛けて来るが、数多に生える木を利用して距離を取る。動物の後ろにはリーダーが爪を構えて近付いて来ている。

 狙いは、顔、首、脇、そこ辺り。脇からは血がだらだらと流れ続けていた。知らなかったけれどそこも深く傷付ければ血がたっぷりと出るのだろう。

 でも、四つ足で正面からだと狙えるのは顔だけなのがとてもやりづらい。失敗したら、その太い腕と重そうな体でどうにでもされてしまう。

 だったらどうすれば良い? どうすれば良い?

 逃げながらだと考えは上手く纏まらなかった。そして動物は後ろから追って来ているリーダーに気付いて振り向いた。

 今!

 ぐっ、と脚に力を込めて腕を振りかぶって跳んだ。狙いは首! 切り裂いてやる!

 ザグッ!

 首に爪は刺さった、でもまた浅い、自分の力じゃ押し込めない!

「ゴアアアアアッ!」

 痛みに吼えた動物が激しく首を振った。爪が抜け、体のバランスが崩れた。そこに体当たりを喰らった。

「――――!!」

 今までにない衝撃だった。声が出ない。訳が分からないまま倒れて、空がぼやけて見える。息すら出来ない。今、自分はどんな姿勢でいるのかさえも分からない。茶色い物体が視界を占めた。

 苦し紛れに振った腕を抑えられる。全く動かない。生暖かい息。ぼたぼたと顔に垂れる何か。

 その背後に、緑色、乗ったリーダー。首に回された爪。

 その直後、自分の体に温かい血が沢山降り注いだ。

 

*****

 

 事切れた動物の下から、リーダーが自分を引っ張り出した。

 突進を喰らった腹が酷く痛んだけれど、それだけだ、多分大丈夫だろう。

「ヒューッ、ヒューッ」

 痛みを堪えながら、呼吸を整える。体は血まみれで、でもそんな事構わずにリーダーが自分を抱き締めた。

 自分も抱き締め返して、暫くじっとそのままで居た。

 

 その動物の流れ出る血は温かくて、そして美味しかった。満腹になるまで飲み干してから、それを引っ張って巣穴までもっていく。とても重かったけれど、自分とリーダーなら何とか引きずる事が出来た。

 自分達が先に巣穴に入り、それからその動物で蓋をするように引きずり入れた。

 中は外よりも断然温かくて、でも動くには流石に厳しい寒さ。

 真っ暗闇、外から時々風の音が聞こえるだけのそんな静かな空間で、リーダーと抱き締め合って眠りに就いた。

 痛みがまだ治まっていないからか、先にすぅ、すぅ、とリーダーの寝息が聞こえ始める。

 この寒さはいつか終わるのだろうか? 人間に気付かれずに温かい時を迎える事が出来るだろうか?

 分からない。雨に似た冷たいそれは血をすぐに覆い隠してくれた。ここは、外からは動物の住処にしか見えない。

 でも、自分は人間の事を何も知らない。どの位賢いのか、そもそもどうやってアルファ達を追って来たのか。

 不安はある。とても沢山。

 けれど、今こんな時間を過ごせるだけで、ラクーンシティから逃げて来た甲斐はあったと思えた。

 痛みは多少楽になってきて、眠気も強くなってくる。

 とても心地良い眠りが出来そうで、今はそれだけでとても満足だった。




おしまい。

ハンターβ(主役):
知性4、戦闘力3、脚力7
ラクーンシティのラジオを聞いて自身だけで逃走を決意。
ただ、自身が寂しがりな事に逃走してから気付いた。
自由になれた事で思考が広がり、多少賢くなっている。
リーダーの事は好き。

ハンターα(リーダー):
知性5、戦闘力4、脚力3
住処の洋館から出て気ままに狩りをしてたら洋館が何故か大爆発起こしていた。
その後、同じ狩りに出たα達と暮らしていた。
βとは色々あったけど信頼している。

所感:
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=238202&uid=159026

春を迎えられ

  • ない

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