生物兵器の夢   作:ムラムリ

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向寒 3

「これらベータは従来と比べて――が優れており――が劣っている」

 支配していた人間が話していた言葉はある程度記憶しているが、全ての言葉を理解出来る程、会話を多く聞いた訳でもない。

 教えられた言葉はそもそもそんなに多くない。

 ここに居る全ての外敵を殲滅しろ。一番高い所まで行け。出来るだけ速く動け。動けなくなるまで走れ。命令に従わなかった場合は殺す。

 そんな端的なものばかりだった。だから、それ以外の時に人間が話している内容を理解出来た訳ではない。

 そして、その記憶の中の会話で理解出来なかった部分は、この数日間で身をもって理解していた。

 力比べをした。四匹のアルファ全てに負けた。

 速さ比べをした。四匹のアルファ全てに勝った。

 そんな事だ。流石に四つ足の獣に追いつける道理はないけれど、アルファ達が見つからずに獣に近付けたとしても、そこから止めを刺すまでに逃げられる事がそこそこあるのに対して、自分の脚の速さと反応の速さはそれを許さなかった。

 ただ、攻撃出来たとしても、この爪は上手く急所を突かないと致命傷になりづらい。自分だけで居る時はそんな失敗しなかったのだが、アルファ達と過ごすようになってからはどうしてか失敗する事が多少増えた。

 考えてみれば、良くも悪くも気楽ではなくなったのだと思う。

 アルファ達も良く失敗するからか、それで責められる事はないけれど。加えて狩る事を成功してもそう褒められる事もない。

 姿形が似通っているからと言って、別種であるアルファ達と強く打ち溶けた訳でもない。肉体を触れ合わせる事も、最初以外余り無い。

 まだ、隔たりはある。

 けれど、自分だけで居るよりよっぽど良かった。夜に眠れない事もなかった。真夜中でも、聞こえる音にアルファ達の寝息があるだけで感じる安心はとても強かった。

 ただ……気になるのは、この頃、日に日に寒くなっているようだった。

 眠っている時間、動くのが億劫になる時間も日に日に増えている。この先、更に寒くなってしまうならば、どうなるのだろう? どうすれば良いのだろう?

 

 朝になる。徐々に温かくなっていくに連れて、アルファ達と自分は動き始める。夜に強い風が吹いたからだろうか、それともこの頃より寒くなってきているからだろうか、全員の体に黄色くなった葉が積もっていて、まずはそれを落とすところからだった。

 自分をここへ連れて来たアルファはどうやら皆のリーダーのようで、指の動きと声で良く指示を出していた。

 リーダーは今日はやや大柄なアルファに見回りを任せるように指示。その大柄なアルファは高い所まで行って、大丈夫だと言うように一度手を振った。

 アルファ達も見回りを欠かさない。その様子からは人間の事を自分と同じく恐れているようにも見えた。

 それからリーダーは爪が一本欠けたアルファと、最後の背中に強い傷のあるアルファに狩りをしてくるように指示。

 自分は? と喉を鳴らすと、ここに居ろと指示された。

 今日はどうもこの数日と違いがあった。そのリーダーは自分の事をじろじろと眺めて来る。

 今更また自分を観察して何の意味があるのか良く分からないし、余り良い気では無いけれど、そのままにしておいて自分は骨を弄っていた。骨と骨を叩くと中々良い音が鳴る。

 それにも飽きて空をぼうっと眺める。木の葉は緑から黄や茶色に変色して、水気も生気もなくなりつつある。そして、完全にそれらが失せた葉が落ちてきている。まるで木が死んでいっているようで、木の下に居ても日の光はもう余り遮られなくなってきていた。

 眩しいのは余り好きではなかったのに。

 ただ、不思議な事は枝を折ってみれば落ちた葉と違ってちゃんと水気も生気もある事だ。木の葉だけが殺されているようにも思えた。

 退屈でその枝を噛んでいると、血の臭いがしてきた。振り向けば、獲物を引き摺ってアルファ達が帰って来ていた。

 食べ終えると、リーダーは自分を呼んでどこかへと歩き始めた。

 どこへだろう? 後ろを歩いていると、隣を歩けと指示されてそれに従う。

 まだ、背中を見せられる程信用はされていないようだった。

 

 長い事、リーダーは歩き続けた。行先は決まっているようで、道は無いのに歩みに迷いはない。太陽が段々と高くなっていく。

 木から漏れる日差しが多くなって自分に良く当たる。人間の作る明かりよりも何と言うか直接的で、それに直視出来ない程にとても眩しい。

 もう少し温かくて、暗くて、湿っている方が自分には好みだった。

 リーダーは無言でただただ歩き続ける。けれど不機嫌な訳ではないようで、単純に無駄な事を嫌うような、そういう性格のようだった。

 その証拠にリーダーの方をじっと見ていると、鬱陶しいと言うか恥ずかしいというか、そんな様子で頬を軽く叩かれた。

 途中、リーダーは高い所に登り、位置をさっと確認した。不用意に体を晒す事もなく、自分も続いて今どこに居るのか、元居た場所がどこ辺りなのか確認しようとすると、腕を引っ張られてさっさとまた歩き始めてしまった。

 やっぱり、アルファ達も自分と同じで、視界に居なくとも人間という相手を警戒しているのだろう。

 結局、人間というものは良く分からない。太い腕も脚も持っていない癖に自分達を支配していたし、殺されたし、とても大きいラクーンシティを一発で粉々にした。

 殺すのはとても心地が良いけれど、今となっては命の危険がある位なら会いたくもない。

 今の自分は、人間を殺したい程飢えている訳でもなかった。

 

 そろそろ帰らなければ、戻る頃には日が暮れてしまうように思えて来た頃、リーダーはやっと足を止めた。高い所からリーダーはその先の光景を眺めていた。

 眼下に広がっているのは、自分が見て来たような同じ瓦礫だらけの光景だった。

 自分が元居たラクーンシティよりは遥かに小規模だけれど、アルファ達はきっと元々はここに居たのだろうと思えた。

 その瓦礫の周りも広範囲に焼け落ちていて、そこ辺りからはやはり生き物の気配はしなかった。リーダーは感傷に浸るかのように暫くそこを眺めて、そして一度自分をじっと見つめた。

 同じような目に遭ったと、自分は頷いた。

 リーダーはそんな自分をまた暫く見つめてから、踵を返した。

 やはり、アルファ達も自分と同じような目に遭ったのだ。詳しくは分からないが、きっとあの瓦礫の下にはアルファ達が沢山埋まっているのだろう。もしかしたら、カンセンシャとか人間とかも。

 そんな、ただ静かな瓦礫を今一度眺めてから、自分もアルファの後を追った。

 背中に付いて行くのにアルファは若干不満になりながらも、もう隣を歩けと言うように指示をする事は無かった。

 

*****

 

 段々と日が暮れ始める頃に、やっと見覚えのある光景が戻って来た。

 木々ばかりが広がっている光景がずっと続いていようと、リーダーは全く迷わずにここまで戻ってきた。

 どのように歩いたのか、あそこまでの道のりを覚えているのだろう。自分には出来なさそうで少し憧れた。

 そんなリーダーが、唐突に立ち止まって下を見ていた。

 自分が追いついてリーダーの見ているものを見た。

 爪や指の無い足跡。それは人間のものだった。

 ぞくりと体が震えた。

 銃声は何もしない。リーダーが腕を引っ張り、共に木の陰に隠れた。自分は一気に木を駆け登り、高くから様子を眺めた。

 遠くで人間が一人、倒れているのが見えた。

 ……戦闘はもう、終わっている。

 そして、木から降りる時に気付いた。……煙が上がっている。

 皆と寝ている場所の方だ。

 誰が? 人間しかない。何を燃やしている? ……何を? 何を?

 木から降りた。空が見える位置までリーダーを引っ張り、煙を指差した。

 リーダーは暫く、呆然としていた。

 少なくとも、人間達は生きている。それは即ち、人間達はアルファ達に勝利した。

 アルファ達は、死んだ。

「グ、グ……ギ……」

 リーダーは歯ぎしりをして、頭を木にぶつけ、また爪を木に突き刺していた。

 早くここから逃げなくては、と思った。同時に、アルファがそれでも戦いに行こうとするのならば付き合おうという気もあった。

 自分だけで生きて行く気などもう、無かった。それにもしかしたら、人間達がやって来たのは自分が原因の可能性かもしれないという思いもあった。

 リーダーは自分を見て来た。だから、自分はどうも反応しなかった。アルファに意志を委ねる気でいたから。

 それからリーダーはまた木に頭をぶつけ、暫くの間固まった。悩んでいた。

 それをただ待っていると、人間達の声が聞こえて来た。

「クソッ、どうしてこんな事に」

「まだ化け物共は居るかもしれないから気を付けてくれよ」

「分かっているよ、クソ」

 死体を運んで行く二人の声。アルファ達が死んだのは確実なようだった。

 リーダーは顔を上げていた。全神経をそこに集中させていて、そして次の瞬間走り出していた。

 自分も一瞬遅れてそれに続く。リーダーは上手く人間二人の死角にまで潜り込みながら近付いていた。自分もそれに続く。身を伏せ、木々の間に隠れながらも人間二人へと近付いていく。

 冷えた気持ちだった。快楽の気持ちを挟むところがない。純粋な殺意だ。

 どうしたら自分とリーダーで、この二人を殺せるだろうか考えた。

 まず、自分の方が速い。木を伝って上から攻めてみたら?

 あの人間二人は強者の感覚がした。アルファ達を殺したのだから勿論そうなのだろうけれど、それ以上に歩く姿勢から何となくそんな様子が見え隠れしていた。

 上から攻めた場合、二人に見つかってしまえば自由の効かない木の上で銃を避ける事は出来なさそうだった。

 その間にリーダーは距離を詰めてくれるだろうけれど、二人を相手にするのに対して自分が死んでしまっては、意味が無い。

 なら、より銃弾を避けやすい地上から攻めた方が良いか。自分はリーダーより速い。どちらにせよ前に出るなら自分だ。

 そう思って自分が別方向から攻める事を指差しで提案すると、けれどリーダーは自分の腕を掴んで首を振った。

 とても強く悔し気にしている様子がその全身から分かる。けれども、やはり殺しに行くのは止めたようだった。

「グ……ギ……」

 そして身を翻して、走って行った。

 自分もそれに続いた。

 

 リーダーはとにかく走った。夜になっても走り続けて、そして転んだ。

「グ……ググ……」

 起き上がらず、土を握りしめながら泣いていた。

 自分は何も出来ずに隣でただ座っていた。

 風が吹く。火照った体が急激に冷やされていく。呻いていたリーダーは立ち上がると、自分の方に歩いてきた。無言のまま爪が向けられて、喉に当てられた。

「…………」

 自分は何もしなかった。

 人間がやって来た理由は、自分にあるのではないのか? その疑問は自分の中だけでなく、リーダーの中にもあったのだろう。

 リーダーがどうしようと、自分にはどうする事も出来なかった。殺されようとも自分は抵抗しようと思わなかった。

 ただ、その後孤独になるのはきっと辛いだろうと思う。とても。

「……」

 自分はリーダーを見た。顔も殆ど見えない。ただ、見えなくて良かったと思う。人間に向けられていた憎悪が自分へと向けられているだろうから。

「……」

 リーダーは爪を収めた。そしてやや距離を取って座った。

 その日は、後はただ寒くなって行くだけだった。

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