生物兵器の夢   作:ムラムリ

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向寒 2

 獲物を捕えて喰らい、明るい内に当ても無く歩く。高い所に登ってラクーンシティを眺めれば建物がただの瓦礫になっているのが見えた。もう、生き物の気配は何一つしない。

 自分には関係ないが。

 どこに行こう? どこに行けば良いだろう?

 唐突に手に入れた自分だけの自由は、心地良いというよりは困惑する事の方が多かった。腹が減っても人間が飯を持ってきてくれる事など無いし、運ばれたり、眠らされたり、血を抜かれたりとかそんな事も全く無い。

 初めて見る物も多過ぎて、今まで自分が生きていた場所が如何に狭いかを思い知らされた。

 そんな当ても無く放浪する内に、ぼんやりとだけれど、未来というものを考えるようになった。人間が居ない場所に居れば少なくともこのまま生きて居られるけれど、それはそれで正直退屈だった。

 動物を狩るのもそこまで面白くない。一度、自分より大きくてがっつりとしている生物に会ったけれど、あれに一度でも殴られれば自分の甲殻をバラバラにされそうだった。そういう命懸けのスリルを求めている訳でもない。

 やっぱり、人間を狩りたい。自分と同じ位の背丈で頼りなさげな細身、逃げ惑うその首に向けて爪を薙ぐ。それは動物を狩るのとはとても違って、楽しい事だ。

 どうしてかは良く分からないけれど。けれどそんな場所に赴いたら殺される事も有り得る。それはやっぱり嫌だ。死にたくはない。

 襲うのは好きだ。でも襲われるのは大嫌いだ。

 そんな事を考えながら、時々人間が追って来ていないか恐れながら、もう何日も経っていた。

 

 夜が来る。月明かりも今日は少なく、素直に腰を下ろす事にした。とても静かで、自分の手も見えない程に暗い。中々に寒く、動くのが酷く億劫になる。

 でも、今は支配されていた時には感じなかった音と表皮を撫でる空気を感じられる。

 冷たい風、枯れ葉がさらさらと飛び何かにぶつかる音。どうしてかこの闇夜でも活動出来る動物達の静かな活動の音と臭い。

 この近くで糞でもしたら食ってしまいたい気にはなるが、そんな物事を感じるのは悪くなかった。

 支配されている所で休んでいる時に感じるのは、ジー、とかヅーとかそんな明かりから発せられる妙な音だったり、人間がカツカツと音を立てて歩いていたり。わざと音を立てて歩いているような人間も居て、そういう奴こそ自分達の目の前に投げ出されて八つ裂きにされれば良いと思っていたけれど、とても残念な事にそうはならなかった。

 ……明日の事。それを支配されている時に考えてしまったら、とても恐ろしかっただろう。

 白い壁とガラス、檻で覆われた世界、そこで良く分からないままに走って、登って、食って、殺して。結果が悪かったり良過ぎたりするとどこか別の所へと消える事を知ってそれなりに過ごす事だけを考えていた。

 逆に言えば、それだけしか考えていなかった。

 刺激が少なければ考える物事も少ない。その証拠にか、支配されていた時の記憶を思い出そうとしてみれば意外な程に思い出せる事柄は少なかった。

 強く、風が吹いた。今もあの時と同じように退屈だ。

 けれど、支配されていないのはとても良い事だ。そして皆が居ない事はやっぱり、寂しい。

 夜になって、そんな風が吹くとその寂しさが強くなる。

 未だ、それをどうにかする方法は分からなかった。群れで動く動物を見ると皆殺しにしたくもなる程で、日に日にその感情は強くなっているようにも思えた。

 走りに走った疲れも取れた。歩いて、狩って、食べるだけの日々。疲れは余りない。

 そんな事を考えてしまうと眠れなくなる。

 ……どうして、自分はあの時誰も連れずに逃げる事を選んだのだろう?

「カルルルル……」

 喉を鳴らす。とても吼えたくなる。

 けれど、そうする事まではまだ無かった。人間はまだ自分を追っているのではないか、吼えたら自分の場所がばれて、こんな暗闇の中でも正確に追って来るのではないか、と恐怖していた。

 どうしてか、あの爆発を見てから人間に対して抱く怯えも強くなっているようだった。人間を殺したいと思うのはそれを吹き飛ばしたいからという思いもあるような気がしていた。

 でも、殺しても吹き飛ぶものだろうか?

 疑問に思ってしまえば、分からなかった。

 

*****

 

 ひたすらに森の中を歩き続けた。一番高い所まで行ってみようかと思ったけれど、途中から木々が生えなくなってきていて身が露になってしまうし、それ以上に夜のように寒くもなってきてやめた。

 これ以上寒くなると眠くなって動けなくなりそうな予感がした。

 どちらかと言えば体が訴える、確信に近いものだった。

 月が姿を現して来るに連れて、夜も多少歩いた。寒い時に歩く事は億劫だったし歩く事自体も楽しくはなかったけれど、それ以外にする事もなかった。

 そんなある日の途中、肉食獣が群れて襲ってきた。支配されていた時にも良く見た犬に似ているけれど、それよりも大きく、何と言うのかこの森に適応しているように見えた。

 牙も犬並みかそれ以上に鋭い。四つ足で駆ける速さは自分より速いだろう。

 一斉に襲われて万一腹にでも喰いつかれたら、自分が獲物になってしまいそうだった。ただ、それ以上に意志が通じ合っているように連携している様に腹が立った。

 木に登れば流石に追って来れないようで、けれど中々に諦めない。

 群れのリーダーらしき個体は見ていれば何となく分かった。爪が疼く。突き刺したら、引き裂いたらさぞ気持ち良いだろう。

 それに加えて、数が多くても大きな銃を持った人間程恐ろしくもなさそうな事が、殺しに行く事を決めた。

 木の周りで舐め付けるように睨まれたり、吠えられたりする中、リーダーが足を止めた。その瞬間、軽く跳躍してそのリーダーへと狙いをつけた。

 無言のまま爪を首へと突く。リーダーは避けられなかった。首を貫通して土にまで爪が刺さり切った感触。リーダーはその瞬間に事切れていた。

「ギャララララッ!!」

 吼えながら振り向きざまに爪を振れば、数匹の鼻先を掠めた感覚。

「ギャインッ!」

 怯んだ一匹の肉食獣の顔面に爪を突き刺せば目玉を貫いた。その時点でもう他の肉食獣は逃げ始めていた。

 両方の爪がその肉食獣に突き刺さっている。引き抜けば目玉も引っこ抜けた。それを食べて血を舐めて、そして気の向くままにそのリーダーを引き裂いた。

 ざくざくと、内臓をほじくり返して貪り食う。

 目玉をくりぬいた方を見ればまだびくびくと動いていた。顎を掴んで抑えつけ、首を薙げばどばっと血が噴き出してそれが自分に掛かる。

 気分が高揚して何度も切り裂き、貫き、ぐちゃぐちゃにした。

 満足気に喉を鳴らしながら、貪り食いながら。

 楽しくて、楽しくて。ただ、段々と腹は膨れて、内臓も脳みそも四肢もぐちゃぐちゃにして遊べる部位も無くなっていく。

 そして終わってしまうと血まみれな自分だけが残っていた。

 唐突に虚しくなっていく。結局自分には自分しか居ないという感覚。

「……ギャララララッ! ギャララララッ!!」

 我慢出来なくなって叫んだ。

 理解した。この感覚は何を幾ら殺しても自分にずっと付き纏う。解消する術など無い。

 だったらどうしたら良い? どうしたら良い?

 考えたところで意味のないと分かった問いが、それでも頭の中をぐるぐると回り続ける。誰も連れずに逃げる事を決めた過去の自分を張り倒したかった。自分だけで生きて行く事がこれだけ感情を蝕むなんて知らなかった。

 吼え続けていれば、死肉を狙いに鳥達が集まって来ているのに気付いた。

 鬱陶しくて、空を飛んでいるその鳥達を追い払う事も出来なくて止む無くその場を去れば、少しの鳥が追って来た。

 どうやらこの体にこびりつく血がいけないようだった。

 水辺まで降りる。ただ、水は冷たく、それに浸かるのも心地良い事では無さそうだった。

 けれど、これでは夜も気楽に休めないだろう。

 色々と逡巡し、仕方ないと水に浸かろうとした時だった。がさがさと草木を掻きわけて誰かがやって来た。

 咄嗟に体勢を整えて、現れたのは自分と似た姿形をした二足歩行の何かだった。

 見た目は違う。けれど、全体的な形はとても似通っている。太い手足。首の無い顔。同じ位の背丈。

 支配している人間が言っていた事がふと、思い出された。

「アルファの鱗と違ってベータの外皮は――」

「アルファと比較するとベータは――」

「これらベータは従来と比べて――」

 そんな、アルファ、ベータという言葉。自分はベータらしいという事までは知っている。そうすると、目の前に居るのはきっと、アルファ。

 その目の前のアルファは、自分を見て困惑したような素振りを見せた。そしてそれは自分も同じだった。

 何故、アルファはここに居るのだろう? 同じラクーンシティから逃げて来たのだろうか?

 そんな疑問が浮かぶと同時に、自分の中に強い期待感が生まれているのが感じられた。

 目の前のアルファはこの寂しさを埋めてくれるような相手に思えた。同じような生き物、自分の隣に居る事を許せる存在だ。

 座って、腕を降ろした。正直なところ、目の前にいるアルファにこれで殺されてしまうのならば、それで良いと思えていた。

 この感情がずっと自分の中に在り続けるなら、消せないのならば、これから生き続ける事に前向きでは居られないだろうから。そして目の前のアルファに殺されるという事は、本当に自分は自分だけでしか生きて行くしかないという事を決定づける事でもあった。

 アルファは警戒しながらも血まみれな自分に近付いてきた。ゆっくりと、いつでも跳び掛かれるような姿勢を維持しながら。

 自分の細長い爪とは全く別物の、叩き付けても全く問題なさそうな太い爪。尻尾はないが、大きさや重さはそう変わらなさそうだ。また外皮が単純な鱗で出来ている分、肉体は自分よりもどっしりとしているように見えた。

 そんな爪や肉体から繰り出される攻撃は、切り裂く、貫く、ではなく、抉る、引き千切る、のような力任せなものになるだろう。

 きっと自分よりも素早さは欠けるだろうが、人間相手ならば生半可な抵抗を許さない。

 そのアルファ相手に、自分は座った状態で足も伸ばした。跳び掛かれない、自分なりの攻撃をしない意思表示だった。

 それを見たアルファは歩みを早めて自分の目の前まで来た。自分よりも目がとても大きい。顔自体は人間に多少似ているように見えた。

 片腕を掴まれ、爪を首へと当てられる。そうして観察される。こびりつき固まった血を爪で削られ、鱗とは違う自分の表皮を撫でられる。ごつごつとした感触が珍しいようでぺたぺたと。

 アルファとは違う、自分の小さな目がアルファの目と間近で合う。瞬きを何度かした後目線は下に行く。

 腹を撫でられ、脇腹の赤い部分を触れられる。そこは嫌だと身を捩ると手を引っ込められた。

 少なくとも、殺す気は無さそうだった。

 そして手を合わせられる。手の大きさ自体は自分の方が大きい。爪の長さも相まってリーチは自分の方が長い。ただ、やはりアルファの手はがっつりとしている。

 それに目を取られているといきなり、ぐ、と手を合わせられて強い力で立ち上げさせられた。そしてそのまま水の中へと投げられた。

「ガアアッ!?」

 とても冷たくてすぐさま出たくなるのを、アルファは上から踏みつけて全身を強く洗っていく。痺れる程の寒さでどうにかなってしまいそうだったけれど、感じていた寂しさは消えていた。

 ひっくり返されて腕から腹、足と洗われた後にまた腕を掴まれて水辺から引っ張り上げられた。

 がくがくと体が震えている。ぼたぼたと水が垂れる。掴まれたまま引っ張られて木々の中へと連れて行かれる。

 血に寄せられた鳥達はもう、付いてこなかった。

 

 見通しの悪い木々の中まで行って多少歩いた後に、アルファは足を止めて座った。自分も座り、寒さに堪え切れずに丸まろうとしたところ、アルファが抱き着いてきた。

 ……温かい。とても。

 がっつりとした肉体は自分を強く、若干締め付けるように

「……………」

 背中に手を回される。自分もアルファの背中に手を回した。

 どうしてか、体が震えた。目から水が出て来た。

「グゥゥ……グゥ……」

 アルファはずっと、じっと自分を抱いていた。爪は時々動いてカリリ、と自分の表皮をなぞった。まだ自分という存在に警戒はしているようでいつでも殺せるようでもあったけれど、それでも。自分はそれ以上に嬉しかった。

 寒さが消えて来ると、眠くなってくる。

 このまま眠るのはとても心地良いだろう。

 でも、その前にまたアルファは自分を立ち上がらせてどこかへと連れて行く。

 気付けば日が暮れ始めていた。寝床でもあるのだろうか?

 そうして連れられて来た先には、三匹のアルファが居た。大振りの草食獣を引き裂いて食べている三匹。

 一様に珍し気な顔で見られたが、仲間が連れて来た者というからか、多少警戒されながらも手を出されるような雰囲気はしなかった。

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