The Outlaw Alternative   作:ゼミル

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大変お待たせいたしました、更新です。


TE編16:横浜基地最悪の1日(下)

 

 

「基地のシステムはまだ奪還できないのか?」

 

「だ、ダメです……!あらゆる緊急コードを入力しても全て弾かれてしまい、まったく操作する事が出来ません!」

 

 

横浜基地司令、パウル・ラダビノッドの静かな問いかけとは対照的に、女性オペレーターの声は混乱の極みとばかりに甲高く裏返っていた。

 

現在、基地機能に関わるありとあらゆる電子系統が使用不能と化している。明らかに外部からのハッキングによる物であり、同時に基地内に侵入者が現れた事から、ハッキングは侵入者の行動を掩護する為の行為であるのは明白だった。

 

侵入者の居場所を捉える為の監視カメラも、今はノイズしか映さぬ役立たずのインテリアと化してしまっている。

 

基地内の通信回線だけは無傷なままなので、各部隊からの報告は逐一今ラダビノッドが居る中央作戦指令室司令部まで届いている。だが通信可能なのは基地内に限った話で、別の基地へ援軍を要請しようにも外部への通信だけはピンポイントで妨害されている状態だ。

 

完全武装で基地内を駆けずり回っている歩兵達からの情報曰く、侵入者の規模は僅かに2名のみ。にもかかわらず侵入者と交戦し結果、行動不能に陥った友軍の数は今や3桁に届いているという。

 

 

 

 

たった2人で100人以上の兵士を無力化――――侵入者は一体何者だというのか?

 

 

 

 

強化外骨格でも装着した完全装備の機械化歩兵が襲ってきたというのならまだ納得できるが、生憎壊滅した歩兵小隊の生き残りによれば相手の武装は片方は2丁拳銃、もう片方はアサルトライフルを極端に切り詰めたピストルカービンに何とサムライソードという組み合わせのみだという。

 

おまけにその報告を最後に侵入者の行方が分からなくなってしまっている。

 

横浜基地は今や大混乱の坩堝と化し、特に中央作戦指令室は侵入者を発見しようと駆けずり回る兵士達の怒号混じりの通信、それらに一手に対応しつつ一刻も早く基地機能を奪還しようとコードを打ち込んでは弾かれて悲痛な表情を浮かべる、といったやり取りを繰り返すオペレーター達が醸し出す焦燥と絶望の気配が濃厚に立ち込めている有様だ。

 

 

「米国のコミックヒーローでもあるまいに……」

 

 

報告から伝わってくる侵入者達の暴れっぷりに、思わず重苦しい声でラダビノッドが吐き捨てたその時である。

 

ラダビノッドの背中側に存在している中央作戦指令室、その入り口が開く音を壮年の司令官は耳にした。

 

続いて聞こえたのは入室者を示す固い床を踏み締める軍靴の音……ではなく、弾薬を高所から落として跳ねた時によく似たキンキンキンという金属音であった。

 

予想と違う音に反射的に振り向く。

 

入口の方角から、金属製の缶にそっくりな代物がラダビノッドの元へ転がってくるのが目に入った。

 

缶状の物体を認識した途端、ラダビノッドは叫んだ。遅過ぎる、と本能が理解していても、それでも絶叫せずにはいられなかった。

 

警告の雄叫びを発しながら転がってきた物体、手榴弾の真上へ身を投げ出そうとした。手榴弾の爆発とそれに伴い撒き散らされる大量の破片、室内の部下達を死に至らしめかねないそれらを己の身で受け止めようとしたのだ。

 

 

「手榴弾――――」

 

 

轟音。閃光。

 

何も見えなくなり、何も聞こえなくなる。衝撃波に身体の中身を叩き潰されたり、金属片に全身を切り裂かれたりもしなかったが、その代わりラダビノッドはありとあらゆる感覚を一時的に喪失した。

 

たっぷり数十秒かけ、世界が色を取り戻し、音を取り戻し、自我が現世に復帰する。気が付くとラダビノッドは背中から指令室の冷たい床に転がっていた。

 

更に遅れて、新たに見知らぬ人物が中央作戦司令室内へと侵入している事にようやく悟る。

 

横たわるラダビノッドのすぐ傍に青年が立っていた。生気が完全に抜け落ちたかのような長い白髪を首の後ろで束ね、目元を分厚いバイザーで隠したロングコートの人物。彼の両手には2丁の拳銃。

 

地に這うラダビノッドに視線を向ける素振りが全く見られないにもかかわらず、片方の銃口は微動だにする事無く歴戦の司令官に据えられている

 

亡霊を連想させる白髪を備えた青年は歌う様に、ここには居ない誰かに告げた。

 

 

 

 

「指令室は確保したよ。後は君が用事(・・)を終わらせるだけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TE-16:横浜基地最悪の1日(下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや地上部分で盛んに交わされている筈の無線通信すら聞こえなくなった。内線電話で指令室に繋ごうとしてもうんともすんとも聞こえてこない。

 

静寂しか吐き出さなくなった受話器を舌打ちと共に放り出すと、アサルトライフルの銃口を部屋の入口へ向けている神宮司まりもと伊隅みちるに対して首元を親指で掻っ切るジェスチャーを見せつける。

 

 

「副指令、やはり今すぐこの部屋から離れて脱出すべきなのでは?」

 

「時間の無駄よ。襲ってきた連中は私が気付くよりもずっと前の時点で地下区画のありとあらゆるセキュリティを切り離してたのよ?どうせ通路を50mと進まない内に隔壁を下ろされて袋の鼠になるオチしか見えないわね」

 

 

苛立たしげに皮肉っぽく推論を口にする夕呼の姿に、しかしまりももみちるも否定する事が出来なかった。

 

実際、現在地こと夕呼の研究室があるB19フロアを含めた地下区画は、横浜基地において一際高度なセキュリティが敷かれた区画だ。

 

しかし現実はいとも容易く外部からのハッキングによってセキュリティは掌握され、直通のエレベーターも夕呼側からは全く受け付けない状態に置かれてしまっている。

 

通信途絶前に呼び寄せた3名の内、気心の知れた親友でもあるまりもと夕呼直属の特務部隊・A-01の指揮官であるみちるがこの場に辿り着けたのは、動かないエレベーターのケーブルを使って懸垂下降(ラペリング)してきた為。2人の顔や手、軍服やタクティカルベストにべっとりと張りついた埃やオイルが彼女達の苦労を物語っていた。

 

最後の1人でありみちるの部下である速瀬水月は現在部屋の外の廊下を警戒中。

 

そしてこのB-19フロアにはもう1人、夕呼の個人的な助手が居る。

 

 

「しかし侵入者の目的は一体……」

 

「こっちが聞きたいわよ――――って言いたい所だけど、真っ先に私の居る地下区画を隔離してきた辺り、私をどっかに逃がしたくないって考えてるのは間違いないんじゃない?」

 

 

護衛役の美女2人の顔色が一際緊張で強張った。

 

 

ヴァルキリー2(水月)、そちらに何か異変は無いか」

 

 

一層の警戒を促そうと部屋の外の部下を無線で呼び出す。壁を隔ててとはいえ距離はかなり近いのでそこまで妨害は気にしなくて良い筈だが……

 

 

『…………』

 

「ヴァルキリー2?水月?」

 

 

再度の呼びかけにも、帰ってきたのは沈黙のみ。

 

室内の緊張度と3人の警戒度が最大レベルへ上昇。

 

私物のH&K・USPピストルを構えるというよりは手にぶら下げながら愛用のデスクの後ろに立っていた夕呼は(万が一侵入者が突入してきた時はデスクの陰に隠れろとまりもに言われた)、まず廊下に通じる部屋の入り口とはまた別のドアに一瞬目を向け、すぐさま卓上のパソコンの画面へと視線を転じた。

 

溜息混じりに画面に表示された内容をまりもとみちるへ告げる

 

 

「……とっくに侵入者はこのフロアに侵入済み。速瀬もやられたそうよ」

 

 

何故分かるのか、と悠著な質問は行わない。

 

代わりにまりもとみちるは銃を握る手の力を強め、唇を噛み締める事で、心中を駆け巡る激情を静かに押さえ込んだ。

 

 

「私の合図で入口にありったけ撃ち込みなさい」

 

「「了解!」」

 

 

夕呼の視線はディスプレイへ、まりもとみちるの視線は入口へと固定される。

 

20代半ばながら一大基地の副指令……と同時に国連の極秘計画(オルタネイティヴⅣ)の立案者という世界有数の超重要人物である美貌の女科学者が見ているのは、隣室に潜む霞からリアルタイムで届けられる侵入者の動向だ。

 

霞は強度のESP能力者――――端的に言えばテレパシーの使い手だ。人の感情や気配に非常に敏感で、能力の応用により人間レーダーとして近付いてくる人物の接近や精神状態をいち早く察知する事すら可能である。

 

監視カメラといったセキュリティが潰されたとしても、銀髪の少女さえ居れば悪意を持った人間が存在を察知される事無く接近するのはまず不可能――――来るならさっさと来なさい、と口に出さず夕呼は冷たい敵意を侵入者へ注ぐ。

 

その時である。

 

画面を睨みつけていた夕呼の眉根が唐突に深い谷間を生み出した。

 

何故なら、件の侵入者の接近を簡潔な文面で知らせてくれていた霞からの実況が突然途切れた――――より正確に表現すれば、何か予想外の事に驚いたせいで勢い余って乱雑に幾つものキーを同時に叩いてしまったかのように、重要な意味ある文章から一転して意味不明なアルファベットの羅列しか吐き出さなくなったのだ。

 

まともな意味など皆無の文章が表示された直後、何種類もの音が同時に夕呼の耳に届いた。

 

鋼鉄を非常に鋭利なカンナで削ったようなシャァッ!という金属質の音。勢い良く蹴り開けられた扉が蝶番から外れんばかりに壁と激突する衝撃音。人間が呆気無く地面へ崩れ落ちた時に生じた鈍い音が2つ。

 

 

「えっ」

 

 

次に顔を前方へ向け直した時、人類最高の頭脳を自負する夕呼が持つ類稀なる処理能力でもすぐさま理解しきれない光景が室内に広がっていた。

 

何故入口の扉が外れて倒れている。

 

何故まりもとみちるも地面に横たわっている。

 

デスクを挟んで目前に立っている髑髏マスクは何者なのか。

 

何より不可思議なのは、ありとあらゆる変化全てが同時に発生している事だ。

 

このような状況になるにはまず扉を開け、次に室内に侵入し、間髪入れず侵入者の姿を捉え次第鉛弾をブチ込む気満々の護衛2人を沈黙させなければならないのだ。

 

まりもは歴戦の猛者でみちるは鬼教官(まりも)の薫陶を受けた特殊部隊の指揮官。臨戦態勢にあった2人を1発も発砲させずに同時に鎮圧できる超人など滅多に居まい。

 

……いや目の前の闖入者が仮にそうだとしてもおかし過ぎる。そこまでが人が素早く動けたとしても、それならば人1人分の大きさと質量を持った存在が超高速で移動したのならば相応の衝撃波が発生し、室内を蹂躙していなければおかしいのである。

 

しかし現実は衝撃波でありとあらゆる内装が蹂躙されてもいなければ、夕呼やまりもやみちるが壁に吹き飛ばされてもいない。乱雑に積み上げられた書類の1枚すらデスク上から滑り落ちていない。だが目前の状況が闖入者が音も無く、どころか音すらも置き去りにして行動してみせた事を示している。

 

――――まるで時が止まった中(・・・・・・・・・)1人闖入者だけが自(・・・・・・・・・)由に動き回っていた(・・・・・・・・・)みたいじゃないか(・・・・・・・・)

 

 

「…………」

 

 

夕呼は動けなかった。反射的に一応手にしていた拳銃の銃口を目と鼻の先に立つ不審人物に向ける素振りすら見せなかった。

 

この全身黒づくめ(衛士用強化装備に似ているが戦術機を操縦する為の装備ではなく、恐らく運動機能と防護能力を重視した別物と推測)の侵入者が、夕呼が知覚出来ないほどのスピードでまりもとみちるを倒してしまう実力者であろうという判断はまず正しい。

 

髑髏マスクの手には黒い刀身の直刃刀。背中には可能な限り短縮化されたアサルトライフルが背負われている。これだけ近ければ銃を持ち上げるより刃物の方が断然速というのは夕呼も分かっていた。そして夕呼の銃の腕前は正直全く当てにならないレベルだ。

 

だからこそ夕呼はまりもとみちるが倒れたと理解出来た時点で早々に抵抗を諦めた。白衣の天才美女は、無駄な行いは大っ嫌いな主義なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――アンタが香月博士、だな」

 

 

スカルフェイスが描かれた鋼鉄の仮面で頭部全体を覆った侵入者が確認の言葉を口にした。マスク越しの割にその声は鮮明に届いた。意外と若い声だ。

 

顔のペイントを除けば侵入者の姿は上から下まで黒一色。その分白い髑髏ペイントが際立って目に映る。手にしているのが異質な漆黒の刀ではなく大鎌であったならば、まさに死神としか見えなかったであろう。

 

 

「ええその通り。それで、ノックもアポも無しに私のプライベートな空間に土足で踏み込んできたアンタはどちら様かしら?」

 

 

顔全体を覆い隠すスカルフェイスを真っ向から睨みつけながら夕呼は尋ねた。

 

目の前の死神がわざわざ口に出して答えてくれるなんて当てにしていない。ただ口には出さずとも反射的にイメージさえしてくれれば良い。隣室の霞が読み取ってくれる事を目論んでの質問。

 

 

「そりゃ悪いな。どちらかといえば人を驚かすのが好きな性質なもんで。で、俺が何者かっつー話だけど――――」

 

 

だから、やけに砕けた口調で返事が返ってきた事に夕呼は驚きを覚えた。もちろん顔には1ミリも出さないが。

 

刀を握っていない方の手を顔の部分に当て、そのまま仮面を頭上へ持ち上げるような仕草を死神が見せる。

 

全く視線を外していなかったにもかかわらず、死神の手が顔から離れた時にはいつの間にか髑髏マスクが消え去っていて、鋼鉄に覆われていた素顔が露わになっていた。

 

銀髪碧眼、夕呼よりも年下の白人の若者である。

 

夕呼は青年を知っていた。報告書の写真で見た事がある顔。日本帝国軍の新型戦術機開発に関わる各国合同プロジェクトについての報告書、その中で真っ先に登場してきた人物だ。

 

 

アメリカ陸軍中佐、『(Demon)(of)鬼神(Iron)』の異名を持つ戦術機乗り、現アメリカ合衆国大統領の1人息子――――

 

 

「ゼロス・シルバーフィールドだ。今日はちょっくら挨拶に来させてもらった」

 

「…………」

 

 

馬鹿正直に素顔と本名を晒した侵入者の顔を、夕呼はついついまじまじと見つめてしまった。またもや現実を認識するまでタイムラグが生じてしまう。

 

……つまり何か、夕呼最大の敵対勢力が群れを成して犇めいている世界最強の大国、そこの指導者の子息がこの国連基地に直接殴り込んできたというのか。

 

 

「何考えてんのアンタ」

 

 

そんな発言が飛び出してしまうのもむべなるかな。

 

問いかけとしてではなく、大いに呆れてしまったが故の感想として夕呼は声を上げた。

 

 

「言ったろ、俺は挨拶に来ただけさ。ただアポなしで押しかけるのもなんだからちょいとばかしお節介を焼かせてもらったけど」

 

「……それはどういう意味かしら」

 

「この基地の防衛体制、特に兵達の精神状態」

 

 

夕呼がゼロスへ注ぐ視線の質が変化する。

 

目の離せない大馬鹿者を見る目から油断できない人物を警戒する目へ。握りっぱなしの拳銃を持つ手に篭る力が僅かに強まった。

 

ゼロスもまた、夕呼の内心を読み取ろうとしているかのように真っ直ぐ彼女の瞳を見つめた。

 

 

「部外者の俺が言うのもなんだがヒデェなここの連中は。不審者が近づいてきたら普通安全装置ぐらい解除しとくもんだろーに」

 

「でしょうね。私の部下に私の部下にそんな腑抜けが居たら即懲罰房に送り込んでやるわ」

 

「それはむしろやり過ぎな気がするが……ま、今日の体験は根性叩き直す良い経験になったんじゃねーか?何せたった2人の侵入者に良い様に暴れ回られた挙句逃げられちまった(・・・・・・・・)となりゃ、どんな恥知らずでも凹んじまうだろうし」

 

 

確かに、近年横浜基地に配属されている兵の大部分の士気が弛みつつあったのは紛れもない事実だ。

 

現在進行形で日本の国土の半分がBETAに侵略・占領されているどころか、この横浜基地も僅か2年前までは憎き地球外生命体の根城として利用されていたにもかかわらず。

 

基地として稼働してから1度も直接BETAの襲撃を体感していないが故に『此処は前線に非ず』、そのような空気が蔓延しつつあったのだ。現実には最終防衛ラインから僅かな距離しか離れていない前線に存在しているというのに、だ。

 

そしてそのような現状を夕呼が苦々しく思っていたのもまた事実――――

 

 

 

 

そこに何故、全く面識(・・・・・・・・・)のないアメリカ合衆国(・・・・・・・・・)大統領の息子が出張(・・・・・・・・・)ってくる?(・・・・・)

 

 

 

 

「ご心配どうも。けど生憎ここは私の基地なのよ。お分かりかしら?ここは、(・・・・)私の城なのよ(・・・・・・)

 

「わーってるって。勝手に殴り込んできて暴れ回ったのは謝るよ」

 

「謝って済むんなら警察も軍隊も要らないのよ。兵士なんて所詮は消耗品に過ぎないけどね、それでも無かったり勝手に減らされたりしたらそれはそれで困るのよ。私の兵に犠牲を出した落とし前はキッチリつけてもらうわよ」

 

 

しかもアンタの足元に倒れてる片割れは私の親友よ――――とまでは言わない。わざわざ教える義理も無い。

 

ゼロスが背負っていた小型ライフルを肩から下ろした。反射的に素早くもぎこちない動作で拳銃をゼロスへ突き付けるが、銀髪の青年は全く恐れる様子も無く両手を動かした。

 

槓桿を引き機関部内のボルトを前後させ、薬室内の未使用の弾丸を1発空中へ弾き出してキャッチ。掴んだ弾丸を夕呼の方へ投げる。テーブルの上を転がった弾丸を夕呼は拾い上げた。

 

ゼロスが投げ渡した5.56mmライフル弾は、ボールペンの先端にそっくりな弾頭部分が通常弾とは別物だった。指先でなぞると金属とはまったく別種の質感が伝わってきた。

 

 

「対人鎮圧用の硬質プラスチック弾だ。ここに来るまで相手してきた連中の胴体には当てても頭部には当ててねーし、精々着弾のショックでしばらく動けなくなるだけだ。この刀だって実際に斬……りはしたけど傷は1つも付けてないぜ。ここの2人だって気絶してるだけだ。ほらよく見てみろよ」

 

 

言われてみればまりもからもみちるからも血が流れ出ている様子は全く見られない。それどころか呼吸で豊かな胸元が上下動している様子すら確認できる。

 

 

「でもねぇ、それでもアンタ達が友軍の基地を襲撃した事は変えようのない現実なんだけど。しかも精々数百人程度叩きのめしても、まだ幾らでも兵士は残ってるわ。言っとくけど私はアンタが堂々と表玄関から出て行く許可を与えるつもりはこれっぽっちもないけど」

 

 

やや強がり交じりの反論に対し、ゼロスが見せた行動は不敵な笑顔を浮かべる事だった。

 

芝居っ気たっぷりに片手を持ち上げ、親指と中指でもって盛大に指を弾き鳴らすと短いノイズ音の直後、基地中の無線とスピーカーから声が流れ出した。

 

 

『香月副指令より基地内の全員に通達。これにて抜き打ち演習を終了する。繰り返す。香月副指令より基地内の全員に――――』

 

 

危うく驚きの声が迸りそうになったのを寸での所で押さえ込めたのは、全ての元凶である目の前の闖入者にこれ以上の弱みを絶対に見せてなるものかという、山よりも高くダイヤモンドよりも強固な夕呼のプライドの賜物であった。

 

流れ出した音声――――それは通信機の類を全く持っていない代わりに拳銃を握り締め、銀髪の侵入者と相対している筈の夕呼自身の声だった。

 

編集の痕跡がまったく感じられないぐらい自然な、偽りの己の声による放送を夕呼は呆然と聞き届ける事しか出来ない。

 

 

「青タンと兵士としてのプライドに傷を拵えた奴がそれなりに出ちゃいるが死人はゼロ。通信もきっちりカモフラージュしてあるから外にはまったく漏れちゃいない。流石に人の口までは完全には封じられねぇが、そのへんも『魔女』扱いされてるアンタなら何とかなるだろ」

 

アンタ、(・・・・)一体何者なの?(・・・・・・・)

 

 

今度こそ。

 

彼女の聡明すぎる知性でもまったく理解できない、得体の知れないと同時にとても恐ろしい存在を相手にしているかのように、夕呼は目の前の青年を見つめた。

 

 

 

 

 

 

「――――分不相応な力が有り余ってるくせに自分1人じゃ何も出来ない、自分勝手なタダの大馬鹿野郎さ」

 

 

 

 

 

 

ガシャガシャガシャ!と音を立てながらゼロスの頭部が再びスカルペイントのヘルメットに覆われた。

 

ひとりでに金属部品が組み合わさってヘルメットが構築されるその光景に、夕呼はゼロスの纏う装備が従来の衛士用強化装備や強化外骨格に使用されているテクノロジーとは別次元のレベルの技術が用いられているのだと見抜いた。

 

 

「霞にもよろしく言っといてくれ。今度来る時は他の仲間も一緒に来させてもらうぜ」

 

 

ゼロスが隣室へ通じる扉へ崩した敬礼の様なジェスチャーを送ってみせる。この男は最初から霞の存在にも気づいていたのだ。

 

すると再びヘルメットを被り謎の装備で全身を覆ったゼロスの姿に突如ノイズが生じた。夕呼が見ている前でゼロスの全身が透明になっていく。

 

 

「(光学迷彩ですって!?)」

 

「そんじゃま、押し付ける形になっちまうが後始末宜しくなー」

 

 

軽い口調の言葉を最後に、輪郭すら残さずゼロスの姿が完全に消え去った。

 

何十秒か過ぎた頃、隣室の扉が開いた。ずっと隣室に控えていた霞が姿を現す。銀髪の少女の登場に夕呼はゼロスが完全に立ち去ったのだと理解し、ようやくずっと握り締めていた拳銃をデスクの上に置く。

 

拳銃を持っていた手を広げてみると汗で酷く濡れていた。ここまで手に汗握る程緊迫したのは初めての経験だった。

 

 

「……霞」

 

「――――あの人の本心は殆ど分かりませんでした」

 

「それはアイツの心が読めなかったって事かしら」

 

「違います……部屋に入ってくるまでは普通に読み取る事が出来ました。けれど……上手く言えません。途中からまるで何人もの人の考えを同時に読まされた時みたいになってしまい、混乱してしまって……」

 

「高速思考、いいえ同時並列処理?どんだけ得体が知れないのよあのバカは………あーもうふざけんじゃないわよっっっ……!!!」

 

 

遂に我慢の限界だった。頭皮の状態が心配になってくるほどの勢いで頭を掻き毟り出す夕呼。

 

デスク上の拳銃を再び掴んで手当たり次第に乱射しだしかねない位荒れ狂う夕呼の姿を前にしても、霞は無言で見守る事ぐらいしか出来なかった。他にどうすればいいのか少女には分からなかったのだ。

 

 

 

 

全てのシステムが復旧した事を知らせる指令室からの電話のベルが鳴り響くまで夕呼の癇癪は続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ混乱覚めやらぬ横浜基地から悠々と脱出した2人の男と1人(?)のデバイスは基地前の坂をのんびりと歩いていた。

 

 

「さて、あとは香月って人がゼロスの予想通りに大人しくしてくれれば良いんだけど」

 

「大人しくするだろうさ。考え無しに脊髄反射で報復やらかすほど単純バカじゃないし、裏から手を回して俺らに嫌がらせしようにもそれだと政治的なリスクがデカ過ぎるからな」

 

 

ユーノの呟きに対し己の推論を述べるゼロス。

 

そこへゼロスの首元で揺れるリベリオン(待機モード)も話に加わってきた。

 

 

『その辺りは相棒のお父様の御威光さまさまですね。この世界の相棒の父上が一国の指導者に就いていると最初に知った時は非常に驚きましたけど』

 

 

アメリカ合衆国は、表でも裏でも夕呼が主導するオルタネイティヴⅣ反対派の中でも最大勢力と認識されている。

 

そして香月夕呼という女は天から二物も三物も与えられた存在だ。科学者としての側面だけでなく、政治家としても天才で悪辣な才能を発揮している。

 

そんな彼女が反対派最大勢力である大国の指導者、その1人息子にちょっかいをかけたとなればどれだけ面倒な事になるか、それが分からぬほど愚鈍ではない。

 

また、政治的な暗闘とは別の理由からも彼女の妨害は有り得まいとゼロスは読んでいる。

 

夕呼のホームグラウンドである横浜基地をたった2人だけで襲撃し、基地中の兵士を一方的に撃滅しながら容易く彼女の元まで辿り着ける程のゼロスとユーノ個人の戦闘力……数の力すら一顧だにしない、生半可な謀略など容易く食い破りかねない圧倒的過ぎる個の暴力。

 

それをこうも分かり易く見せ付けられたとなれば、夕呼ほど聡明でない人物でもこう思うであろう――――『怒らせれば最後、それこそ彼らは今日の様にあらゆる障害を排して直接殺しにくるに違いない』と。

 

 

「下手にちょっかいを出す訳にもいかない向こうは、その分のリソースを俺達の事について徹底的に調査するのに活用するだろう。でもって調べれば調べるほどこう思うようになる――――『俺達と手を組んだ方が格段にお得だ』ってな」

 

 

EX-OPS、<ストライクイーグル>をベースとした既存戦術機の改良モデル、そして次世代の超高性能戦術機……夕呼が欲しがりそうな手札は数多く存在している。

 

何なら直接夕呼と交渉するのではなく、オルタネイティヴⅣに多大な支援を行っている日本帝国を経由して働きかけるというのも手だ。特に日本帝国は国産新型戦術機の開発計画……XFJ計画を推進している真っ最中なので、特に戦術機関係の技術はむしろ夕呼以上に欲しがるに違いない。

 

またゼロス個人としても、夕呼よりは日本帝国と強固な友好的な関係を結びたい理由がある。

 

 

「どっちにしたってわざわざこっちが外に漏れないように通信封鎖しといてやったのに馬鹿正直に『たった2人の襲撃者に大暴れされて基地の兵士が揃ってボコられた挙句むざむざ逃がしました』なんて報告は絶対しねーだろうさ。一部の兵に緘口令敷けば抜き打ちの演習扱いで話ははい終わり、少しぐらいは外に漏れるに決まってるが、少なくともこれ以上の面倒事になる可能性は低いだろーよ」

 

『次にこの基地に来た時は彼女もさぞ面白い反応を見せてくれるでしょうね』

 

「そん時は出来ればちゃんとしたアポ付きで他の連中と一緒に来たいもんだがな」

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあアラスカに戻ろうか。幾ら転移魔法があるといっても、結構な時間をこっちで過ごしちゃったからね」

 

 

元より戦闘特化、しかもこの世界にやって来る直前の出来事も重なり、ゼロスもリベリオンも全盛期と比べ大きくその能力が制限されている結果、転移魔法や隔離結界などの補助魔法に関しては完全にユーノ頼りなのが現状だ。

 

ユーノが転移魔法用の魔方陣を展開するが、しかし、ゼロスは首を横に振った。

 

 

彼の瞳はこれまでとはうって変わって、ギラギラとした怒りに満ちた金色(・・)に輝いている。

 

 

 

 

 

 

 

「――――いや、まだ寄る所がある」

 

 

 

 

 

 




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