愛は世界を救う ~※ただし手の届く範囲に限る ~   作:とり

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話が進まなくてテンポ悪いかなと思いつつ。
でも戦争がメインじゃないのです。
この話が終われば、六人目が登場しますのでご容赦を。

最初閲覧注意。
蟲グロ。


原風景・前

────── (うごめ)く。

 

それは蟲の海。

溢れ、糸を引き、這い動き、そして嬲り犯す汚物の海。

 

一糸纏わぬ肌は満遍なく蟲の体液に濡れ蟲の蠢きから逃れている箇所も無い。

 

顔の上も頭の横も後頭部も首の後ろもぢゅくぢゅくと蟲の海が蠢き湿る闇の中。

鼻に侵入った蟲の触覚が鼻腔を触れ回る。

耳の内で()く蛆の這いずりと蟲の鳴声が聴覚を埋める。

眼球を細い蟲が這い回り瞼の裏に潜り蠢く。

辛うじて呼吸が可能な程度に余裕を持たせてそれでも蟲が溢れる口腔と喉。

 

 

えずく。

涙が溢れる。

鼻水がこぼれる。

涎が垂れる。

 

その生理反応も尽く意味は無くただ蟲は餌が出たと(よろこ)(たか)る。

えずいた喉と舌の隙間で蟲が潰れる。蟲の味が溢れるがとうに味覚はソレで埋まっている。

息を無理矢理に吸う度に肺に蟲が流れ込む。掻き毟りたくなる異物感にできることは何も無い。

そもそも全身似たような不快で満ちてすでに区別も付かず区別する意味も無い。

 

 

蟲の中で蟲の内で蟲で蟲で蟲で蟲で蟲で蟲で。

既に思考も止めて感覚の理解も止めて自分の認識も止めて。

 

 

……蟲が顔から減っていく。薄暗い蟲蔵の天井と、蟲が人のカタチをとったような老爺の哂いが視覚に入る──────

 

 

 

......................................................

 

 

(……これは……)

 

地獄としか言えぬ世界に、メデューサは不快げに思う。

 

(桜の記憶……?)

 

 

自身は恐らく眠っている。

これは契約の繋がり(ライン)による記憶の流入。或いは混線。

この世界に満ちる桜の気配は、これが桜の記憶だと教えてくれる。

だが、その感覚をメデューサは信用できない。

 

(こんな過去が……あの、無邪気な桜に?)

 

断片的に続く蟲の海と絶望の記憶。

それよりも古い記憶を塗り潰すその汚辱の日々は、記憶の持ち主の心を汚し壊しながら何年も続いていた。

その絶望と陵辱が、メデューサの知る桜という少女とは全く繋がらない。

女神としての感性は、桜の清らかで純粋な心をメデューサに知らせているのだから。

だが、この世界が桜の世界であるということもまた、メデューサの感覚は証明している。

 

 

(……一体、何があって…………)

 

何が、この絶望から少女を救いきったのか。

その疑問を強く抱いたとき。

 

(ああ……そういうことですか)

 

少女は蟲の海から、抱き上げられていた。

 

 

......................................................

 

 

 

薄暗い光に反応して、今日の分は終わったのかと、特に感慨もなく思う。

かつては終わりを待ち望んでいたが、終わらせた振りをして喜んだところをまた蟲の海に落として哂う祖父を知ってから、もう何の期待もしていなかった。

ただ、単純に事実の確認としてぼんやりとした視界の焦点を合わせ……

そこに映ったのは、

 

 

──── 知らない少年の、優しい微笑み。

 

 

 

「安心しろ、全部、終わらせてやる。……遅くなって、ごめんな」

 

 

終わらないと思っていた地獄は、そこで終わった。

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

(……やるじゃねえか、坊主。こりゃあ嬢ちゃんの甘えっぷりも納得だな)

 

自分に心の傷を植え付けさらに遠慮なく抉り開いていた神父が桜の回復の手助けをしていることに複雑な心境になりつつも、蟲の記憶を踏み越えて強くなる桜に、その機会を与え導く嗣郎に、クー・フーリンは感嘆する。

 

 

(お前は間違いなく嬢ちゃんの英雄だ、坊主)

 

 

蟲の汚濁を乗り越えた衛宮桜。

 

その原風景はきっと、あの微笑みだろうから。

 

 

 

 

(……あん?)

 

風景が変わる。いや、世界が変わる。

世界を満たす気配が変わっていた。

 

(へえ。今夜は色んなもんが見れるらしいな。今度も坊主が関わってるのかね)

 

 

続く世界は、白銀の雪景色。

 

 

......................................................

 

 

 

 

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

祖父は繰り返す。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

アインツベルンの代表として戦争に参加した男は、それまでの多大な援助と厚意を足蹴に、裏切ったと。

妻たる母を無意味に殺し、娘たる己を見捨て、身勝手に生きていると。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

そんなバカなことが、あるわけがない。

あの人は母に優しくて、娘に甘くて、頼りなくて情けないけれど大好きな人。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

あるわけがない。

あの人は母に優しくて、娘に甘くて、

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

なんで、帰ってこないんだろう。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

なんで、帰ってきてくれないんだろう。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

なんで、……迎えにきてくれないんだろう。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

良い子にしているよ。

お爺様の言うことも聞いて、勉強もして、苦いお薬も飲んで、痛くて苦しくて気持ち悪くても、我慢してるよ。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

ねえ、なんで?

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

なんで?

 

『衛宮切嗣は、裏切った』

 

 

…………本当に? 本当に、そう、なの?

 

『そうだ、衛宮切嗣は、裏切った』

 

なんで、どうして。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

おかしい。変だよ。お父様、

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

なんで。お母様はどうしたの。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

どうして、どうして、どうして。

 

『衛宮切嗣は裏切った』

 

 

どうして、迎えにきてくれないの────?

 

 

 

 

 

 

「……エミヤキリツグは、うらぎった」

 

窓辺から雪景色を眺めながら、白い少女は呆とした目で呟く。

 

「エミヤキリツグは、おかあさまをころした」

 

それはこの二年で習慣となったこと。

分からなくて、信じられなくて、待っていて、何もできなくて。

 

「エミヤキリツグは、わたしをすてた」

 

祖父は罵る。呪う。憎む。

その恨みにきっと嘘はなくて。信じられなかったけど嘘はなくて。

じゃあ、やっぱり、

 

「エミヤキリツグは、うらぎった」

 

そういうことなんだろう、と少女は思う。

 

「だって」

 

だって。

 

「エミヤキリツグはおかあさまをころした」

 

聖杯に身を捧ぐはずだったという母は死んだ。

死んだのに、エミヤキリツグは聖杯を持ち帰って来ない。

 

「エミヤキリツグはおかあさまをころした」

 

なら、母はなぜ死んだ。何のために死んだ。

母の死に意味を与えられるはずだった男はその意味を与えることなく、無意味に死なせた。

 

 

「エミヤキリツグは、うらぎった」

 

そうなのだろう、と少女は思う。

 

「だって」

 

だって。

 

「エミヤキリツグはわたしをすてた─────」

 

 

二年経っても、わたしを迎えに来てくれない─────

 

 

 

 

 

「ははははははははははははははっ!!!!!」

「───── っ!?」

 

 

突如、硝子を叩き割り赤毛の少年が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

「はははははは────っ、って悪いだいじょうぶか!?」

「え、えっ?」

 

なぜか爆笑していた少年はズレたタイミングで少女に気付いたのか、いや自分がしたことに気付いたのか、慌てて少女の身を心配する。

少女の顔や肩に手をやり怪我の有無を確認する少年に、長らく不安定な精神だったことに加え少年の登場に絶大な動揺を受けた少女は混乱してなすがまま。

 

 

「ああ、よかった……いや、ごめんな。初の実戦に変なテンションになっててさ。でもおやじが溺愛するのも分かるわなんでこんなに可愛いんだ髪綺麗すぎだろ」

「え、え、え?」

「ってゆっくりしてる暇はないよなあくそっ! イリヤスフィール、ちょっと背中に乗ってくれ」

「え?」

「はやく!」

「え、え、う、うんっ! でもだいじょうぶなの…………あ、あれ?」

 

混乱状態と少年の勢いでつい少年に示されるまま背中に乗る少女だが、『でも運べるのかな?』と少年の小ささを見て疑問に思い、そして乗ってからこの状況にやっと疑問を抱く。

 

「え、え、だ、だれ? なに、なんなの?」

 

明らかな不審人物である少年だが、自分よりも年下らしきこと、最初にまず親身に心配してくれたことで、恐怖や不安よりもとにかく状況が理解できない混乱が少女を包む。

 

「あー、まあ、お迎え?」

「え?」

「ってごめん、くる!」

「え?」

 

とにかく混乱する少女を意外と力強く背負ったまま少年は後ろに跳び退り、

 

轟音と共に少年の居た場所に巨大な槍が突き立った。

 

「きゃあっ!?」

 

床を砕いた破片が二人を襲い、少女は身を竦ませるが、

 

「イリヤスフィールもいるってのに容赦ねえな!!」

 

少年が少女を庇いきる。

 

 

 

「ね、ねえっ! なにこれ、どういうこと!? あなただれなの!?」

「だからお迎えだよ、」

 

少年が自分を守ろうとしていることを感じながら、少女はようやく理性を取り戻しあらためて問いただす。

が。

少年が続けた言葉は、これまでで一番の衝撃を持っていた。

 

 

「衛宮切嗣が、お前を迎えに来た」

 

 

 

 

 

「…………え……?」

 

少年の告げたそれは、少女がずっと望んでいた言葉のようで。

 

「俺はまあ案内人? あのクソジジイ絶対に会わせようとしないだろうし。ていうか知ってたかイリヤスフィール、あのジジイこれまで何度もお前迎えに来た切嗣追い返してるんだぜ。裏切った裏切ったって、先に裏切ってるのはテメエだろっての」

 

いや、まさに望んでいたことで。

 

「なに、それ、どういう、」

 

夢見ていたことで。諦めていたことで。

 

「ってごめん、話してる余裕がマジで無い! 動くから口閉じてくれ掴まってくれオッケー!?」

「え、ちょ、」

 

事情を訊きたい。そう思った少女の目の前で、またもや轟音と共に今度は壁を破壊して現れるメイド(ホムンクルス)

 

「オォッケェー!!?」

「お、おっけーっ」

 

本気で焦り大声を出す少年と砕けた壁に怯み頷いた少女は、

またもや続いた少年の言葉に、いや、詠唱に。

言葉を失う。

 

 

 

 

Time alter(固有時制御)───double accel(二倍速)!」

 

 

 

 

 

父と、母と、森の中で遊んでいた頃に。

少女を肩車していた父が、悪戯っぽく笑った後に呟いていたものと一緒だったから。

あの後は、そう、

 

少女は驚愕と自失の中でも、咄嗟に少年に掴まる力を強める。

身体が思い出したから。

父がそれを呟いた後のことを────!

 

 

 

装填砲出(カノンアウト)────ッ」

 

少年が続けて叫ぶと同時になぜか爆発が起こり斧槍(ハルバード)を持って突撃してきたホムンクルスが吹き飛び、

 

「行く───っ」

「─────っ!」

 

 

かつて体験したのと同じく強烈なGを伴う急加速と同時に、経験の無い浮遊感。

 

少女を背負った少年は、宙を駆ける。

 

 

 

 

 

現れては消える剣のような何かを足場に駆け続ける少年にホムンクルスが襲いかかる。

槍を持って斧槍を持って大剣を持って、次々に襲い来る。

そのことごとくは少年の叫びに伴う謎の爆発に吹き飛ばされ薙ぎ払われ負傷して次が来る。

増えていくホムンクルスの数に少年はまた笑い始める。

 

「はははははははっ!!! さばききれねえはははははははは!!!

 Time alter(固有時制御)triple accel(三倍速)!!」

 

 

 

さらに速くなる激しい動きの中で喋るわけにもいかない少女は、未だ状況の理解はできない。

 

それでも、分かることはある。少年が言ったことはある。

 

少年が行く先には、いるのだろう。

 

ずっと待っていた人が。

 

信じたかった人が。

 

諦めていたはずの人が。

 

 

 

「別に人質のつもりはないけどさイリヤスフィールが危ないだろてめえら!!!」

 

 

……それにしても。

 

「ね、え」

「しゃべるとあぶないぞイリヤスフィール!?」

「あな、た、だれなの?」

 

衛宮切嗣の魔術を使い、少女を知り、アインツベルンに喧嘩を売っているらしいこの少年は、何者なのだろうか。

 

 

 

しゃべりにくい中でたどたどしくも言い切った少女の質問に、少年は妙なテンションのままに、笑う。

 

「ああすまん自己紹介もまだだったなイリヤスフィール()()()()!」

 

同時に跳びかかってきた三体のホムンクルスに向けて幾多の短剣を射出し爆発させながら、

満面の笑みで。楽しげに宣言する。

 

 

「 ─────意味わからんだろうけど。()()()()だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

爆笑と爆音を撒き散らしながら、少女を背負った少年は本邸の門前に近付く。

外周の魔術罠や控える大部隊を少年が越えられるはずもなく、少年の目的はあくまで敷地内の移動。

次期聖杯たる少女と密着していることで一応は制限されているメイド達の攻撃を潜り抜け、辿り着く門前。

 

 

 

惑い迷い混乱しながらも、たしかに高鳴ってきていた少女の心は、

門前で祖父と向かい合う男を目にして、どうしようもなく溢れくる。

 

目が、合った。

 

 

いろいろなものが、胸から溢れて。

 

瞳から、こぼれ出た。

 

 

 

 

 

 

父の胸の中で少女は泣いて。

父も泣き笑って。

少年は魔術の反動(全身の痛み)に泣きごとを言いながらも笑った。

 

父はどこか情けなくて頼りないのにときどき頼りがいがあって。

新しい弟は頼もしくてかっこいいのに最後の最後でちょっと情けなくて。

 

変なところで似ているなあと、少女も笑った。

 

 

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

(……ほう、見事なものよな。あの幼さであれだけの(つわもの)達と渡りあうとは)

 

夜番として警戒に当たっていた小次郎は、屋根の上に腰掛けながら他の三騎が見ている夢をラインを伝手に起きながらにして視る。

主たる少年の行いも感嘆すべきものだが、その武勇こそ小次郎の興を引く。

 

(奇術曲芸のごときものではあるが、多数の強者相手に生き残る手腕、これを幼少にして得ていること、まこと、興味深い)

 

さらに父と共に悪役らしき老爺を脅迫し、なにやら交渉の取っ掛かりを得ている様子。

どこまでも子供らしくない。

 

(さて、一体どのような鍛錬や試練を積んでいるのか…………む?)

 

世界が、変動する。

重複する。

 

(ふむ。こういった理は私には分からんが……姉と妹の両方の気配。はてさて、何が起こるのか)

 

神秘の理を知らず、扱う術も知らぬ小次郎はただ、訪れるものを受け入れる。

 

 

 

明滅する、二つの記憶。二つの夢。

 

ここから繋がるものは先ほどのものと連なるものなのだろうとは、小次郎も感じていた。

 

 

 

映る光景は、剣と、血。

 

 

 

......................................................

 

 

 

 

「シロウっっ!!?」

「……おにいちゃん…っ!?」

 

 

ぎちぎちと。

ギチギチと。

 

 

「……ああ……しまったな……ふたりとも、来ちゃったか……」

 

 

ギチギチ。

キチキチ。

ぎしぎし。

 

 

「なにこれ、なにこれ、シロウ、シロウッ!?」

「あぁ、やぁ、おにい、ちゃ…」

 

 

ぎちぎちぎちぎちぎちぎち。

ぎしぎしぎしぎしぎしぎし。

 

 

「っ…、だい、じょうぶ、なんとも、ないよ……だいじょうぶ」

 

 

刃音がする。

無数の刃が(こす)れる。

濡れた音がする。

液体が伝う。

 

 

「治、イヤ、なにこれ、やだぁっ! シロウ、シロウッ!」

「おにいちゃ、いたい、いたいよね、やだ、おにいちゃ」

 

 

ぎちぎち、と。

刃が。剣が。『ナカ』から出てくる。肉を切り開いて。

ぎしぎし、と。

刃達が蠢く。擦れ合う。血に濡れながら。

 

 

「いたくない、いたくないさ、だいじょうぶ、泣くなって…。すぐ、おわるから……」

 

 

 

 

無数の剣に内側から貫かれ、磔のようになりながら、衛宮嗣郎は、いつものように、笑う。

 

 

 

 

 


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