只一言、ありがとうございました。
更新日 2013/5/20
「ちょっと、永琳狭い……狭いってば」
反発力という言葉が有る。その名の通り、複数の物体同士が互いに反発し合う力の事である。
有名なのは磁石云々だろうか。S極とN極がどーのこーのという、アレである。
即ち同族嫌悪。この世には同じ属性の者は相性が良くないという、何ともおかしな法則が存在しているらしいのだ。
ドラゴンにファイアが効きにくいのと同じ。不思議な事も有るものである。
しかし、それと同時に、類は友を呼ぶという言葉も有る。その名の通り、似た者同士は良く集まり易いというルールの事である。
有名なのは七並べ云々だろうか。ダイヤの七がどーのこーのという、アレである。
即ち連携ボーナス。この世には同種のエネルギーは親和性が非常に高いという、何ともおかしな法則が存在しているらしいのだ。
ドラゴンにファイアが効きにくいのと同じ。不思議な事も有るものである。
……ん?
「……妹紅。出来れば、もう少しそっちに詰めてくれないか?」
「いや、だから出来ないんだって」
えー。
勇気を振り絞って持ち掛けた私の提案は、存外に薄情だった妹紅によってすげなく却下される。そこを何とかと誠心誠意頼み込んでもまるで上手くいく気配が無い。
なんという欲深さ。ちょっとくらい、別に良いじゃないか。
とか何とか思っていたら、不意に。ずずい、という効果音が付いてきそうな勢いで妹紅が顏を近付けてくる。
何事かと妹紅に意識を向ければ、何やら彼女がごにょごにょと口を小さく動かしている事に気付いた。こちらも顏を近付ければ妹紅はなんか本当にごにょごにょ言っているだけだったのだが、良く見ると目線がこちらへ向いていない。
ならばと妹紅の視線を追っていくと、ああ、うん。そこには超然と佇むスマイリング・ゆうかりんの姿が……。
大体納得した。
「師匠、お茶が入りました」
そしてこのタイミングである。
コレは最早陰謀説を疑わざるを得ない。
破れた襖の向こうから、例によってわざわざ襖を開閉してから部屋に入ってくる鈴仙。もう色々と面倒だからそのまま潜ってきてはどうかと一瞬思ったが、まあ、すぐにそれは無いかと思い直す。
鈴仙は私と違って、相当に真面目である。
部屋に入ると、鈴仙は一瞬、立ち止まった後にゆっくりと卓袱台へ寄る。それに反応したのか、或いは。
先程までは横にスライドを繰り返すという、変な運動を執拗に反復するばかりであった八意がスッと居住まいを正す。顏を見ても、八意は何時もの微笑をたたえるのみ。そこから感情を読み取る事は出来そうになかった。
と言うか、一体何なのか。八意とか幽香とか、あとなんかカリスマ武装中の紫とか、そういうエレガンスタイプな連中に読心が効いた試しが無いんだが。
レジスト率高過ぎだろ常識的に考えて。どうでも良い。
鈴仙が盆に乗せられた湯呑みに手を伸ばす。蓬莱山から始まり、彼女は比較的冷静な様子で反時計回りに卓袱台へ湯呑みを並べていく。
差し出すようにして置かれたソレは少しも音を立てる事が無い。この僅かな間に最低限の修練を積んでくる辺り、そこには鈴仙という者の人格が良く表れているような気がした。
「ああ、私の分は要らん」
やや有って、私の横へとやってきた鈴仙を手で制する。すると鈴仙はこちらへ視線を向けてきたが、特に反応が無いのを確認したのか。湯呑みに伸ばし掛けていた手を戻し、私の横を素通りしていった。
まあ、アレである。崖ライオンは最後まで面倒を見ない事に定評が有るとか無いとか何とかかんとか。良く分からない。
「待ちなさい」
コト、と小さく音を鳴らして最後の湯呑みを置くと、早々に退室しようという魂胆が有ったのだろうか。素早く背を向け、鈴仙は襖の向こうに消えようとする。
それを呼び止める声が、突如卓袱台から発せられた。
発生源は当然、幽香。どうやら、ここまでは彼女の管轄に収まる範囲ではあるらしい。どうせなら最後まで面倒を見れば良いのにと一瞬思ったが、そう言えば幽香は鈴仙に文句を付けている。
成る程。確かに、いちゃもんを付けた張本人が味を見ないというのもおかしな話だ。
つまりノーリスク。自分で仕掛けておいて実害を被るのは私、というのも少々不公平だと思う。いや、まあ、仕方の無い事ではあるのだろうが。
それとも、まさか、幽香はコレを狙ってやっている――?
「…………」
幽香に呼び止められた鈴仙が無言で足を止める。そして、そわそわと如何にも落ち着かないといった様子で何度か右足を浮き沈みさせた後、結局、こちらへ振り向いた。
「なんでしょうか」
鈴仙が言葉を発する。が、彼女は幽香に対しても色々と思うところが有るのか、その声は幾分、硬い。
対照的に幽香は表情すら変えていない。何時も通り、余裕の有る笑みを顏に浮かべて……この辺りは年季の違いといったところだろう。
「品位に欠ける行いね。生憎、黒猫様式の私にセンサーは内蔵されていないわ」
言い、極自然な様子で笑みを深める幽香。優雅に端座し、ゆらりとした笑みを顏に浮かべるその姿は堂に入った美しいモノであったが、しかし幽香の笑顔が基本的に威嚇行為でしかない事を知っている私としてはあまり安心は出来なかった。
幽香のその言葉を受け、鈴仙はこちらに歩みを進め始める。様々な外的要因からか、彼女の足運びは速いとも遅いとも付かない半端なモノで……しかし、やはりと言うかソレはどちらかというと若干遅めのスピードであり。
そして、そこには隠し切れない迷いの感情やら何やら。様々複雑な感情が、極めて流動的によじれ合う事で混在しているような。
つーか黒猫様式って何ぞ。何? 紀元前?
分かるかアホ。妹紅なんか「黒猫……何?」みたいな顏してるから。全っ然伝わってないからソレ。
と言うかもう伝える気も無いだろソレ。普通分かんないからソレ。寧ろ逆に間違った意味とかで伝わっちゃうからソレ。
「座りなさい」
卓袱台のすぐ傍までやってきた鈴仙に対し、たった一言。有無を言わせない幽香の言葉には、その言葉以上の重みが込められているような、何となくそんな気がした。
そんな言葉を直接投げ掛けられた鈴仙は迷っているようであったが、八意が小さく頷いたのを見て踏ん切りを付けたのか。凡そ潔い様子で膝を曲げ、隙間……私にとっての唯一の逃げ道へと静かにその身を滑り込ませた。無念。
一瞬の空白。
後、幽香が湯呑みに手を伸ばす。
「…………」
一同の注目を一身に浴びつつ、しかし全く気にも留めていないといった様子で幽香はお茶に口を付ける。彼女はそのままゆっくりと湯呑みを傾けていき――
「あら、中々美味しいじゃない」
緊張が途切れる。張り詰めていた場の空気は幽香のその一言によって一気に弛緩する。
弛緩した後にそうと気付いた。部外者の私でさえこうなのだから、当事者である鈴仙は相当なプレッシャーを感じていたに違いない。
アレだし、色々真面目だし。良く分からない。
「……ホントだ。何コレ、すっげえ美味いんだけど。
え、いやホントに何コレ? 美味いって言うか普通に美味過ぎる……おおお後味来た後味!」
場の空気が弛んだ事によってか、精神的に大分自由になった妹紅が大きく声を上げる。湯呑みを手に持ち、わたわたと全身を揺り動かして味覚の幸福に浸っている。
……良いなあ。
「あ、あの――」
「何をぼさっとしているの。貴女が淹れたんだから、貴女もちゃんと飲みなさい」
「でも――」
「飲みなさい」
と、何か気になる事でも有ったのか。鈴仙が彼女にしては珍しく、少々ばかりの困惑を周りに漂わせながらおずおずと言葉を発する。
しかし悲しいかな、今の鈴仙は色々な意味で幽香に敵わない。誠に残念ながら、碌に反撃もしない内にぷちっと押し潰されてしまっていた。
「……飲みなさい」
そして、八意の声。それは命令ともお願いとも付かない、凡そ奇妙な声色だったように思う。
その言葉がトドメになったのか。盆に残った湯呑みと睨み合っていた鈴仙はそれを手に取ると、数瞬の逡巡の後、ゆっくりと縁に口を付けた。
「美味しい……」
ほう、という溜め息。微かな音と共に吐き出されたそれは静かに宙を泳ぎ、やがて現れた時と同じようにゆっくりと掻き消えていく。
しかしそれが完全に途切れる事は無い。すぐさまお茶を口に含んだと思ったら動きを停止させ、息を吐いたらまた口を付ける。
止められない、止まらない。多少強張っていた頬は心なし弛み、固く結ばれていた口元は小さく弧を描いている。余程美味しいモノであるのか、稀に手を休める事が有っても僅かな余韻を残すばかりであった。
いーなー。
「……そう言えば三〇〇年くらい飲んでなかったわねコレ。なんていうんだっけ、えっと……ヘロ茶?」
「陛龍茶よ」
なんか危なそうな名前じゃないですかそれ。
蓬莱山がふと漏らした疑問に八意が答えを返す。コレは問い掛けに即答出来る八意が凄いのか、それとも三〇〇年前に飲んだお茶の名前を大体覚えていた蓬莱山が凄いのか、或いは三〇〇年前に飲んだだけなのに未だ印象に残っているお茶の方が凄いのか。
何かが凄いというのは間違い無いが。どうでも良い。
「三〇〇年……どんだけ貴重なんだ」
目の前で行われていたやり取りを耳にしてか、凡そお茶に集中していた妹紅が二人の会話に割り込む。スケールと言うかレベルの違いに色々と圧倒されているのだろう、何処となく呆れに近いような感情を滲ませている。
大丈夫。世の中には三〇〇年どころか億年単位のモノも有るから。粒子レベルで消滅してそうな奴とかも結構有ったりするから。
もう三〇〇年なんて全然問題になんない。いっそ昨日の出来事って言っちゃっても良いくらい。いや嘘だけど。
イイナァ……。
「そうでもないわよ。月の都では……流石に量産とまではいかないけど、それでもそれなり程度には作られてたみたいだったし」
「……そりゃまた、随分嫌なところだったんだな」
「紅白と一緒にしないでよ……」
「ちょっと、人をお茶狂いみたいに言わないでくれる?」
妹紅の参戦を察知し、的確なタイミングで素早く身を引く八意。すると蓬莱山もその行動の意味に気付いたのだろう。彼女は一つ大きく息を吸うと、妹紅が零した呟きに返答を返した。
うむ。どうやら向こうは向こうで着実に前へと進んでいるようだ。
負けては、いられない。
「――八意」
「……、何かしら」
ええいままよ。
腹を決め、隣で静かにお茶を啜っている八意へと声を掛ける。
一拍程の空白、その後に八意が極めて無難な応答をこちらへ返してくる。それは今の八意が外面通りの心理状態でないという事実を曖昧に表していたが、普段とは違い、彼女のその様子に私は密かに安堵した。
何故なら、それは即ち――
「ところで――良い香りだな?」
「嫌よ」
一刀両断。どうやら最後まで喋らせて貰う事さえ許されないらしい。
最早斬り捨てるとかそういうレベルではない。バッサリである。
……お互い様とか思っていたけど別にそんな事は無かったようだ。
――イイィィイイナァアアアアァァァァァァーッッ!!
「ほ、ほらやるよコレ……」
「おお……ありがとう」
妹紅の優しさが身に沁みる今日この頃。
相当に微妙な顏をした妹紅が湯呑みを差し出してくる。どうしてそんな表情を浮かべているのかは敢えて探らないでおく事にして、ああ。
本当に優しいなあ妹紅君は。
「いや……今のは!?」
妹紅から渡された湯呑みを両の手で持ち、ゆっくりとその縁に口を近付けていく。すると湯呑みから立ち昇る芳しい香りがその分だけ強くなり、ゆるゆると溶かし込んでいくようにして私の嗅覚を刺激し始める。
圧倒的な濃度。最早、匂いだけで既に一つの食べ物のようですらある。
多少には収まらない程度の期待を胸に抱きつつ湯呑みを傾ける。途端に高まるお茶の存在感に何とも言えない心地好さを覚えながら、明るい天然色の緑をたっぷり五秒は掛けて口に含んでやった。
――成る、程。
……アンビリーバボー。まるで重戦車のようではないか。
押し流すような風味が臓腑に沁み渡る。濃厚で味わい深い緑のソースが舌に触れ、喉を通り、腹に留まり、そして全身を駆け巡っていく。身体の内側がカッと熱くなり、腹の底からふつふつと無限のエネルギーが湧き上がってくるような……。
コレは凄い。たった一口で全身に滾るような力が漲ってくる。確かに、幽香が素直に賞賛するだけはある代物なのだろう。
……とか何とかごちゃごちゃ考えてたら、突然。今まで大人しく座っているだけだった蓬莱山が突如として立ち上がり、割りと大きな音量で部屋に響くような謎の叫び声を上げたのだった。
「ん……? どうしたんだ蓬莱山。いきなりそんな大きな声を出して」
唐突な奇行に驚くでもなく。寧ろ奇行と言えば私の得意分野なので比較的冷静な態度で返答する。
するとその声に反応したのか。クワッという感じで蓬莱山がこちらに向き直り、何やら酷く錯綜した様子でおろおろと言葉を発し始める。
「どうしたもこうしたも、今! 今、なんか……なんか赤と白のコントラストみたいな奴が、奴が……。
……アレ?」
と、思ったら急に止まる。最近の若者は大分、情緒不安定だと思う。
「え……? いや、別に何も無いだろ……アレ?
……確かにさっき何か、言われてみればやっぱり何かが居た、ような。いやでも……アレ?」
フォローのつもりか妹紅が蓬莱山へと言葉を投げ掛ける。
が、案の定と言うのか何と言うのか。練りの甘かったその声は半ばで瓦解し、そのまま空に四散する。脳内で言いたい事を纏める前に喋り出してしまうという、ある意味では若さ故の弊害とも言える。
「…………」
「…………」
訪れる沈黙。二人して両手で頭を抱え、渋柿のようにうんうんと唸っている。時折言葉の断片のようなモノをポツリと零し、更に首を捻るという始末。彼女等が大いなる神秘に挑んでいるという事は想像に難くなかった。
今のとはどういう事なのか。赤と白のコントラストとは何なのか。
そしてお茶狂いとは一体……?
謎は尽きない。
「えっと、私のお茶が無くなってる事に関して一言」
「蒸発したんだろう」
数十秒程経っただろうか。遂に顏を上げた蓬莱山は開口一番、何とも言えない疑問をストレートに場へぶつけてくる。
が、当然そんな事は予測済み……どころか逆に遅いくらいであった為、時間的にも精神的にも十分に余裕の有った私は相当に完成度の高いカウンターを彼女に放った。
「ああ、そう……」
力無くそう答えた蓬莱山の姿は何処か煤けて見える。どうやら現状に対する処理能力のアレコレがキャパシティの容量を越えてしまったのか、色々と理解を放棄してしまったようだった。
あーあ、あともう少しだったのに。残念。
「ま、まあ良いわ。どうせ飲もうと思えば何時でも飲めるし……それより」
と、蓬莱山は仕切り直しのつもりなのか。煤を振り払うようにして一度ごほんと咳払いをすると、やや改まった態度でこちらに顏を向ける。
ならば、と私も態度をやや改める。実を言うとその前にぼそりと呟かれた言葉もちょっと、いやかなり気にはなったが、まあ些細な問題である。少なくとも私にとっては。
だから後日。お前が赤と白のコントラストにしつこく追い回される事が今この瞬間決まってしまったとしても、まあ、多分、些事ではある筈なのだ。良く分からない。
「んー、どうした? アレか、さっさと続きを話せって奴か?」
「その理解の早さをもっと別のところに生かせば良いのに……」
「分かってるじゃないか」
とは言え、蓬莱山の言いたい事は凡そ察せていたので先手を打ってしまう事にする。そうすると蓬莱山は呆れたように小さく呟きを漏らすが、確かにその通りである。何を隠そう、別のところに生かした結果こそが今の私だったりするのだから。
そう、例えば――
「いや、さっきは質問質問って言ってたけど、よくよく考えたらそんなに聞きたい事も無いのよね、実際」
「ほうほう」
「……なんか、アレよ。そしたらもう質問するより直接聞いちゃった方が早いような気がしてくるじゃない、何となく」
「ふむふむ」
うん。
「いや、まあ、続かないんだけどな」
「……えっ?」
おお、驚いてる驚いてる。まるで理解が追い付いていないようだ。
身体の動きを止め、目だけを何度も素早く瞬かせる蓬莱山。しかし数秒程そうやっていると、やがてその言葉の意味を脳に取り込んだのか徐々に表情を訝しげなモノへと変えていく。視線をズラせば、妹紅も凡そ同じようにして驚きを露わにしているのが見えた。
幽香や八意はこうなるのを予想していたのか反応は薄い。鈴仙については……まあ色々一杯一杯って事でここは一つ。
「えっ、いや……続かないってどういう事だよ」
再起動した妹紅が疑問の声を上げる。その顏には世にも不思議な表情が浮かんでいて……形容するなら聞きたくないのに聞いてしまう知りたくないのに確認してしまう本能的に罪深い人間の好奇心、みたいな。良く分からない。
「そのままの意味だ。実は続きを話す気なんて全然無かったりするんだな、コレが」
「衝撃のカミングアウトに驚きを隠せない」
極めて平坦な声。どうやら、妹紅は衝撃のカミングアウトに驚きを隠せないあまりに感情が一周してスタート地点へと戻ってきてしまったらしい。
うーむ。どうやって説明するべきか。
「……蓬莱山。お前は先程、分かり易く、かつ、面白く説明しろと私に言ったな?」
「え? 確かに言ったけど……」
「そうか。ならばもう分かるだろう?」
「分かんないわよ……」
言い、何と言うか色々な意味で脱力する蓬莱山。彼女には私の言わんとする事は上手く伝わってくれなかったようだ。
言葉って難しい。難しくしているのは私だが。
「まあアレだ。あまり難しく考えるな。簡単に言えば、時系列だけでは見えてこないモノだって有るという事だ。
話し手の私がそう言っているんだから、まあ、間違いは無い」
「そ、そう……」
私のその言葉を受けてなのだろう。微妙に納得出来ていないような表情を顏に浮かべつつも、蓬莱山は曖昧な様子で斜め四五度風に頷く。……なんかもう煙に巻いてる感じが半端無いような気もする訳だが、うん。まあ、そこら辺は気にしなくても良いだろう、多分。
ふむ。やはり、蓬莱山は断定形に弱いと見える。ふふふ。
「……で、本当のところは?」
「めんどくさい」
「おい」
とか何とかやっていると、流石に不死鳥の呼び名は伊達ではなかったのか。何某かの衝撃により、無慈悲にも振り出しへと飛ばされていた妹紅がこの場に舞い戻ってくる。
そしてついでとばかりに開幕ファイアを放ってきていたが、最早誤魔化すのもめんどくさいと思ったので正直にめんどくさい心情をめんどくさくなく吐露してしまった。めんどくさい。
勿論、嘘である。
…………。
「――あーあ。分かったよ、どうせもう何言ったって無駄なんだろ?」
或いは、彼女は私の空気の変化を敏感に読み取ったのかも知れない。
今にもこちらへ食って掛かりそうだった妹紅はその身を留め、更にはそれだけでなく、反対にこちらを擁護するような態度すら見せ始めたのだった。
「……分かってるじゃないか」
一瞬。図らずも虚を突かれた形になってしまった為に柄にも無く硬直してしまったが、即座に持ち直して無難に返答を返す。無駄に勘の良い連中だ、もしかしたらその事に気付かれてしまったかも知れないとも思ったが、気付かれていないとこちらで勝手に思う事にしておいた。
例えばの話だ。
何か複雑な理由が有って、デリケートな話題を公の場で扱わなければならない状況に追い込まれてしまったとする。
カット。
例えばの話だ。
何か複雑な理由が有って、爆弾の解体を要人の目の前で行わなければならない状況に追い込まれてしまったとする。しかもその爆弾には特殊なカスタムがこれでもかと施されており、通常の解体技術はあまり役に立たない。
当たり前だが、爆弾の処理に失敗すればその要人は勿論、自分だって一緒に昇天してしまう。かと言って解体せずに逃げれば要人は死に、自分は一生罪悪感に苦しむ事になる。
ではどうするか。
鍛え上げた勘で乗り切るしかない。
そして私の勘は、まだアレを話すべきではないと。時期尚早であると告げている。
続きを話さないとはそういう事である。
「――と、ちょっと! ちょっと……聞いてるの?」
「ん……? ああ聞いてる聞いてる。で、何の話だったっけ」
「……ナチュラルに聞いてなかったって事は取り敢えず置いておいて、まあ、話の話よ」
話の話とな。コレはまた妙なモノが出てきたものだ。
「何処から聞きたい?」
「話せるところから、よ」
言い、蓬莱山は割りと真剣な表情でこちらへ目を向ける。重過ぎず軽過ぎずといった感じのその視線は不思議と、軽薄な私の心にも良く響いた。
全く。さっきその台詞で失敗したのをもう忘れてしまったのか。本当に懲りない奴だと思う。
しかし懲りないという事は諦めが悪いという事だ。そして、諦めが悪いという事は前に進むという事でもある。
だったら、好い加減私も覚悟を決めなければならないのだろう。
逃げてばかりもいられない。誤魔化してばかりもいられない。向き合わなくてはならないのだ。
だが、さっきも言ったようにそれは今ではない。焦って全てを無に帰す訳には、いかない。
儘ならないものだ。
儘ならないからこそ、着実に前に進む。前に進んで、前に進んで、前に進んで空を見る。
雲が浮かんでいても問題は無い。確かに快晴というのも悪くはないが、大文字ばかりの記事は読みにくい。
雨が降るから、晴れも映える。障害は自分の、自分達の力で打ち勝つからこそ障害足り得る。元から存在しない障害は障害とは言わない。そんなモノは只の寒いギャグだ。
理想は易々と叶ってはつまらない。自らの手で掴むからこそ面白い。そして、だからこそ勇者は何時だって最弱で、しかしやがて魔王をも超えていくのだ。
笑い、笑われ、時に協力し合って障害を乗り越える。苦難の悉くを面白おかしくギャグに変え、そうしてまた、馬鹿みたいに笑い合う。
そんな世界が一つくらい有ったって、良いではないか。
ハイブリッド流浪記
序章 時流妖怪と愉快な仲間達
完
はい。以上で序章終了となります。そして、都合によりハイブリッド流浪記の連載もコレで終了となります。ここまでの閲覧ありがとうございました。
…………。
……詳細については活動報告に載せてあります。ここに書いてしまうと見たくないという人達に迷惑だと思うので。
あと、このハイブリッド流浪記の連載は終了ですが、いずれはきちんと改訂してから別作品として投稿し直すつもりです。もし待って下さっている方がいらっしゃる場合は今暫くお待ち下さい。
そして、只一言と言っておきながらもう一言、ごめんなさい……。
次回更新予定日 ――