ハイブリッド流浪記(凍結中)   作:安木ポン酢

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 後半です。あと、もう少し。



 更新日 2013/5/14


第七話 スタバレイセンとそれにより誘発された様々なカオスとあとなんか崖ライオン 後編

「――お茶が不味いわね。ここの使用人は無能なのかしら」

 

 とか何とか良く分からない事をごちゃごちゃと考えていると、不意に、なんかものっすごい壮絶な毒舌が何処からともなく飛んできたのが分かった。

 音も無く飛来したその猛毒は、正面に集中していたせいで横に対して大変無防備だった鈴仙の顔面にベチャリと張り付く。ガムのようにベットリと張り付いたソレは主に精神的な打撃を宿主に与え……その攻撃は、悪条件が重なって防御力が激減していた鈴仙に深々と突き刺さった。

 

 うん。

 崖ライオン崖ライオン。コレはどちらかと言うと核弾頭とかではなく、ウイルス兵器とかその辺りのアレコレだと思う。恐ろしい。

 と言うかコレ絶対私恨とか私恨とかあと私恨とかそんな感じの余計なブツが混ざってるだろ。崖ライオンとかそういうの抜きにしてもめっちゃ辛辣なんだけどコレ。

 崖ライオンと言うか最早谷ライオンじゃないんだろうか。良く分からない。

 

「――優曇華。一番良いのを持ってきなさい」

 

「……はい」

 

 凡そ数分に渡って続いた膠着状態を打ち破ったのは、やはりと言うべきか。色々な意味で弟子よりも立場の強い師匠の方であった。いや、その師匠の方も恐らく幽香の言葉によって覚醒したのだろうが、まあ、それは多分気にしてはいけない事なのだろう。

 何故なら、それはブーメランだからである。

 八意のその言葉に込められた様々な意図を汲み取ったのか。纏う雰囲気が相当にブルーになっていた鈴仙が必要最小限の僅かな言葉だけを残して立ち上がる。心なしか頭にくっ付いているウサミミも何時もより下に垂れているような……一体ソレはどういう仕組みになっているのだろうか。良く分からない。

 ともあれ。そんなこんなで素早くゆっくりと腰を上げた鈴仙はそそくさともとぼとぼとも取れぬ不思議な足取りで歩いていき、途中に有った沈黙地帯の脇を通り抜けるようにして進み、中央にでっかい穴の開いた襖をそのまま潜り抜ける事も無くわざわざきちんと開閉してから出ていった。

 

「あの子は――」

 

 数十秒経っただろうか。

 鈴仙が出ていってから続いていた重苦しい程の沈黙を破ったのは、今にも消えてしまいそうなくらいに微かな声。そう、もしかしたらその言葉は、声を出した本人にもきちんと聞こえてはいなかったのかも知れない。

 

 八意の言葉は故意か無意識か、途中でその勢いを失ってしまったように掻き消えてしまった。

 彼女が何を言おうとしたのか、何を思っていたのか。それを察する事は私には出来なかったが、少なくとも彼女の心が乱れているという事は凡そ正しいと言えた。

 

 そしてそれは、確かに確かで確かな一つの進歩では、確かにある。

 

 ――フウウゥゥゥゥーッ。

 

 思わず心中で一つ息を付いてしまった私も、まあ多分そんなに悪くはないだろうと思う。

 

 視線をズラし、左手の幽香を見、その後に右手の八意を見やる。そうして視界に写った二人のレディはそれぞれが同じように、自分にとっての標準装備の笑みを顏に張り付けている。

 しかしその性質は驚く程に、違う。

 

 更に視線をズラす。向かう先は当然、破れた襖と全体的にエレクトリックな卓袱台との間に形成された謎の沈黙空間。お互い漸く脳が活動を始めたのか今は身動ぎくらいはしているようだが、それでも全くと言って良い程に状況が改善されてはいないというのは変わらない。

 元々そういう関係だったという事。先程と現在との場の雰囲気の落差が激しいという事。そして、辿るべき過程を色々すっ飛ばしていきなり大胆な接触プレイへと持ち込んでしまったという事。

 こうなってしまった原因は幾つも有る。そしてそれは、私にも解決出来る代物である筈。

 ならば――

 

 足に力を入れようとして、止めた。

 幽香が立ち上がったからだ。

 

 ――動かないで。

 

 気のせいだろうか。

 

 彼女が立ち上がるその瞬間。私は不意に、幽香と目が合った。

 そうして見えた幽香の瞳は、その色の通りに明確な赤信号を表していたような、何となくそんな気がしたのだ。

 

 静かに立ち上がった幽香はやはり静かにゆっくりと歩みを進めていき、やがて、例の沈黙空間へと静かに足を踏み入れる。その行動には、例えば私が同じ事をすれば多少は感じる筈の躊躇等の感情が一切見られないように思えた。

 違う。

 

 そんな訳は無い。幽香だって感じている筈だ、この場の空気の尋常ではない質量を。

 この空気に気付けないのは余程神経が図太いか、でなければのうたりんだけである。幽香はどちらにも当て嵌まらない。

 何より、情けない事にこの私さえもが萎縮してしまっているのだ、この場の雰囲気に。私は相当に神経が図太くて、それなり程度にはのうたりんだというのにも関わらず。

 

 ……それとも、コレは私だけに特殊な補正が掛かってしまっているだけなのだろうか。

 

 ともすれば。

 そう、ともすれば。それは私の思い込みに過ぎないのかも知れない。

 

 魔の領域に足を踏み入れた幽香はそこで一旦立ち止まると、呆れを多分に含んだ溜め息のようなモノを一つ吐き出す。

 それにビクリと反応するのは妹紅。俯いていた顏を恐る恐るといった感じで上に向け……そして視界の中に幽香の姿を捉えたのか、ふふぉっと変な叫び声を上げて後ろに仰け反る。

 しかし崖ライオンはそんな妹紅には一切構わず、コレまた密かに驚きの感情を漏らしていた蓬莱山共々首根っこをひょいと摘み上げると、そのまま何事も無かったかのようにすました顔でこちらへと戻ってきた。

 

 親ライオンは子供を運ぶ時に首を咥えて持ち上げるという。ソレを知った時は、そんな事をして痛くないのかと、首に全体重が掛かっているけど色々大丈夫なのかと。何とはなしにそう思ったものだが、まあ、多分大丈夫なのだろう。

 ぶらぶらと宙に揺られながら背を丸めて縮こまり、何とも言えない微妙な表情を顏に浮かべている二人の姿を見ていると何故かそう思えてくる。一体何故なのかと数瞬の間思考し――

 

 ああ。

 なんだ。

 

 幽香は崖ライオンである以前に、親ライオンじゃないか。

 

 ぼすっ、という音。

 幽香が二人を畳に置いた音だ。投げ捨てられるようにして座らされた二人の蓬莱人は一瞬互いに顏を見合わせ、しかしそれは間に幽香が入った事によって中断される。

 或いは。彼女のその行動には有ったのかも知れない。迷える子羊二匹に暫しの猶予を与えるという目的が。

 

 果たして、それは私の思い込みに過ぎないのだろうか。

 

 こういう時、私は幽香には敵わないと素直に感じてしまう。

 何時だってそうだった。妹紅と、幽香と……そして、アイツ。支えになってきたのは、何時だって幽香だったから。

 

 幽香は私には無いモノを持っている。

 私はギャグ妖怪だ。もしくは時流妖怪とも言うが、そんなのは偽名みたいなモノ。私は大概の事象を自由自在に面白おかしく脚色する事が出来る。

 しかし、ギャクに。私にはそれしか出来ない。

 

 そして、悲しいかな。世の中には間違い無く、軽々しくギャグに変えてはならないモノだって存在しているのだ。或いは……変える事が出来ないモノも。

 そうだ。

 

 誰も彼もが馬鹿みたいに笑って過ごす。確かに、ソレも私の掲げる一つの理想には違いない。

 違いないが、それを実現するのは、まあ、少々難しいという事は、まあ……残念ながら、認めざるを得ない。

 

 加えて私は未だ未熟の身。どんな小さなシリアスでも、そこにちょっと「宿敵」が混ざるだけでたちまち浮き足立ってしまう。

 私の理想は、遠い。

 

 しかし、理想は易々と叶わないからこそ理想なのだ。

 易々と叶ってしまってはつまらない。強がりでも何でもなく、只、私はそうも思う。

 

 だからこそ。こういう時に限っては幽香には敵わないと、そういう風に思う事だって有るのだ。

 例えばそう、私に母親は致命的に向いていない。

 

 視線が交差したあの瞬間。幽香はきっと、彼女なりに私を気遣ってくれていたのだろう。

 適材適所。幽香が言いたかったのは恐らく、そういう事だった筈だから。

 

 だったら、少しくらい頼っても良いだろう。向こうが頼れと言ってきているのだから、何も問題は無い筈だ……いくらこちらが年上だろうとも。

 年齢を重ねてもどうにもならない事だって有る。或いは、重ねてもどうにもならない年齢だって有る。つまりはそういう事なのだろう。

 

 ならば、この場は幽香に任せてしまっても良いのではないか。

 

 ありがとう幽香。確かに私は少しばかり無理をしていたのかも知れない。

 無理をしていたから、私はこんな良く分からない思考をしてしまっているのだろう。

 きっとそうだ。そうに違いない。

 

 知らず下に向けていた顏を、ゆっくりと上げる。そうして視界に写った幽香の顏はやっぱり普段通りのモノで。

 私にはその姿が、まるで何とも思っていないようなその姿が、どうしようもない程に大きく見えた。

 

「ちょっと、狭いわ。もっと向こうに詰めなさい」

 

 幽香が言葉を発する。それは自分が窮屈である事を訴えるモノで、一見、今の状況にはまるで合致していない台詞であるかのように思える。

 いや、事実そうなのだ。彼女の言葉は現状に相応しいとは到底言えぬようなモノ。

 

 それを空気の読めない発言と取るか、反対に空気の読める発言と取るか。その如何によって幽香の人柄が大きく上下するのだろうが、少なくとも。

 少なくとも、幽香が月面に立っているという事は、それだけは凡そ間違いが無いと言えた。

 

 幽香のその言葉を受け、彼女の両端にくっ付くようにして座っていた妹紅と蓬莱山が慌てて距離を離す。それにより妹紅と私との間の距離が詰まったので、ぶつからないように私も少しだけ距離を取った。

 

「妹紅、もっと詰めなさい。もっと……もっとよ」

 

「い、いやそんなに要らないだろどう考えても――」

 

「いいから開けておきなさい」

 

 ぴしゃりと言い放つ。

 その言葉に妹紅は数瞬程硬直し――その後、そこはかとなくわざとらしさの漂う不満の声をぶつぶつと漏らしながら身体の位置をズラした。凡そ一人分程度のスペースを開けて。

 確かに、窮屈な訳である。この卓袱台は六人で座るには少々狭い。

 

 だが、それでも、全員で少しずつ詰めればちゃんと座れるのだ。

 

 妹紅のその動きに合わせ、私も更にポジションをズラしていく。そして、私のその姿を見てなのか何なのか。

 ちらと送った視線に対し、幽香はほんの少しだけ笑みを深くする事で返答を返してきたような気がした。

 

 やはり、幽香は何時だって月に立っている。

 たとえ同じ質量でも、重力が違えば重さはいくらでも変わる。そしてそれ故に、彼女はきっと向日葵のように……強い。

 そう。

 

 出来るならば、私もこうありたいものである――

 

 ガッ。

 

「ん?」

 

 とか何とか、そんな感じで考え事に耽っていたのがいけなかったのか。

 肘に感じる衝撃。どうやら考え事に集中するあまり注意力が疎かになり、そのせいで何かとぶつかってしまったらしかった。

 やれやれ。内側ばかり見ていて外側がお留守になってしまうとは。分かってはいたが、私もまだまだ未熟のようである。

 等と。

 

 反射的にそちらを向こうとして――止めた。

 

 代わりに幽香を見る。一体コレはどういう事だとそれなりに強い視線を向けてみれば、そこに有るのは人を食ったような笑顔が一つ。

 つまり、何時も通り。

 

 そんな彼女の左右に居るのは言わずもがな、妹紅と蓬莱山の二人。与えられた猶予を有効に活用しているのか、色々と考え込んでいるのが纏う雰囲気からも伝わってきている。

 うむ、良きかな良きかな。一人で悩むというのは大抵良くないものだが、コレは凡そ良い悩み方だと思う、多分。

 

 ふう。

 

 この場には隠密組を除けば約五名の人外が、居る。私の視界に写っているのは幽香、妹紅、蓬莱山の三名であるが、当然、私も含めれば四名となる。

 そして、五から四を引けば、まあ、一である。

 

 気合を入れて、振り向いた。

 

「おおぅ……」

 

「…………」

 

 オフゥッ。

 

 右を向き、果たして運が良いのか悪いのか。

 多分悪いんだろうが、多分って言うか絶対悪いんだろうが、いや絶対悪いが、悪いって言うかもうなんか最悪ってレヴェルじゃウオオオオオオォォォォ!!

 

 失礼。少々取り乱した。

 

 兎に角。大分混乱してしまったような気もするが、まあ、大体そんな感じである。大体ってどういう事だとか何とか思うかも知れないが、要するにそういう事なのである。

 そういう事ってどういう事だとか何とか思うかも知れないが、それはまあ、アレだ。

 

 ――ヤゴコロォォ!!

 

 交差した視線は刹那で逸らされる。それは向こうが逸らしたのか、それとも実は逸らしたのは私の方だったのか。

 最悪な事に、お互い運最悪ック最悪のタイミングで振り向いてしまった事で僕等の視線がジャストミート。自分でも何を言っているのか良く分からないが、もう何と言うか色々ヤバい。ちょっとでも気を抜くとたちまち精神崩壊してしまいそうな程の……。

 

 いや。落ち着け。そんな筈は無い。

 冷静になれ。別に何処もおかしくはない。何をこんなに動揺する必要が有る。

 

 簡単だ、只単に八意が隣に座っているというだけじゃないか。

 

 …………。

 

「あ、どうも」

 

「……ええ」

 

 再び顏を横へ。

 何故かジャストミート。

 

 状況を変えようと右にズラした視線は無残にも砕け散る。

 それはまるで、何か大いなる意思のような何某かがこちらへ向けてフワフワと。良く分からない超常的なパワーみたいなアレコレで、私と八意との仲に特殊な作用を働き掛けてきているかのようで。

 

 何とか絞り出した声は自分のモノとは思えない程に頼りなかった。そして、それに対する八意の返答も……私のそれと同じくらいには、頼りないように思えた。

 どうにか活路を見出そうとするも、半ば錯乱した頭ではどうにもならずに敢え無く失敗に終わる。ガンバレ時流妖怪ッ! と自分を鼓舞してもまるで上手くいく様子が無い。

 

 もう一度。今度はそれなりではなく最高に気合を乗せた視線を用い、正面で含み笑いをゆらゆら漂わせている幽香を見やる。

 彼女は何を考えているのか。先程は色々と余裕が無かった為に見逃してしまったが、現在はそこそこ程度には落ち着いているので問題は無い筈……。

 何? 含み笑い?

 

 …………。

 

 スマイリング幽香から目を離し、一旦情報を整理する為に視界を完全に閉ざす。が、考える程の情報も無いので一秒未満で結論が出る。

 しかしその結論を瞬時に分解するという訳には、いかない。どうやらコイツは燃えないゴミであったようだ。

 ならばプラズマをぶつけるのみ。曖昧にそう決意し、胸に手を当てスウハアスウハアと少々しつこいくらいに深呼吸を繰り返す……良し。

 

 そうして横を向くと、やはりと言うか何と言うか最早さっぱりであるが、兎に角。上手い具合……不味い具合に、八意と視線が融合する。

 しかし、今度はお互い目を逸らす事無く、示し合わせたように同時に溜め息を吐いた。

 

 ああ、もう、全く。

 幽香は本当に崖ライオンだと思う。




 コレで残りあと一話で序章が終わりとなります。
 が……どうも少し背伸びをし過ぎたような気がしないでもないです。プロットを見る度になけなしの自信が削り取られていく……。



 次回更新予定日 2013/5/20~22

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