ハイブリッド流浪記(凍結中)   作:安木ポン酢

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第四話です。かなり時間が飛んでいます。具体的には五億年くらい。
 あと今回一〇〇〇〇字ギリギリです。どのくらいギリギリかと言うと、九が三つ含まれている程度です。



 更新日 2013/5/03


第四話 既に終わった者達

「え……? いや、何この超展開」

 

 そんな蓬莱山(ほうらいさん)の小さな呟きが、この場に居る全員の総意を代弁しているような気がしないでもなかった。

 

 

 

「師匠、お茶が入りました」

 

「……、そう」

 

 語りをキリの良いところで切ってから数十秒程。心中より湧き上がる一仕事終えた感により、丁度思い出すようにして喉の渇きを覚え始めていたところで八意(やごころ)の弟子的な存在……を自称する鈴仙(れいせん)が人数分のお茶を持ってこの場に現れた。

 まるで計ったかのようにジャストなタイミング。完全にぴったりであるという訳ではない辺りが中々にそれっぽい。

 寧ろ怪しい、至極。何と言うか……アレだ、きっと襖の向こうで息を潜めて体育座りとかしながらずっとスタンバっていたに違いない、多分。

 

 それに対する八意の応答には何処か、ぎこちなさとも素っ気無さともばつの悪さとも知れないようなモノが漂っている。それは奴が思わずスタンバイレイセンを想像してしまった故の反応なのか、もしくは負い目のようなモノを感じている故の反応なのか、それとも自分でもどうしたら良いのか分からなくなってしまっている故の反応なのか。時流妖怪の私を以てしても、その如何を見通す事は出来そうになかった。

 鈴仙はそんな八意を気にする様子も無く、少なくとも外面には一切出さずにお茶を全員に配っていく。全体的にエレクトリックな卓袱台に湯呑みが置かれる度にコト、と小さく音が鳴った。

 

 まあ……要するに、給仕に限って咲夜(さくや)と比べるのは中々に酷だという事である。完璧で瀟洒なメイドは伊達でも飾りでもない。

 それに確か、コイツの本分は給仕ではなく戦闘だった筈だ。大丈夫、何も問題は無い。いや、結構な問題は有るが。

 

 全員分の湯呑みを配り終え、自分の仕事はこれで終わりとばかりの様子で足早に退室していく鈴仙。八意はそんな月兎にほんの一瞬だけ視線を向け、そしてすぐに正面へと戻した。

 それに気付いた蓬莱山はちらと八意を見やるが、外野の口出しするような事でもないと思ったのか同じように視線を前に戻す。

 そんな蓬莱山の様子をちらちらと観察していた妹紅(もこう)は慌てて視線を外し……と思ったらその妹紅の事を見守るようにしてじっと眺めていた幽香(ゆうか)と上手い具合に視線がぶつかり、二人とも殆ど同時にさっと顏を下へ向けた。

 

 なんだこの視線合戦。

 

 自然、この場の全員が宛ら予定調和の如く湯呑みに手を伸ばす。流れに置いていかれるのは何となく嫌だと思ったので私もお茶を口に含む。

 可も無く不可も無い、何処にでも有るような普通のお茶の味がした。どうやら、舌の方が大分肥えてしまっているらしい。

 まあ素材の方は悪くない、筈だ。多分。

 

 沈黙が降りる。場の雰囲気に呑まれているのか、或いはそんな事は全く気にしていないのか。黙々とお茶を啜る四人は誰も口を開こうとしない。

 斯く言う私も口を開く事は無い。何時もなら冗談の一つや二つは軽く飛ばしているところなのだが、今やっても明らかに滑りそうな予感がしたので止めておいた。

 

 ……で、お茶の残りが半分程度になってちょっと不味いかも知んないとか何とか思い始めていたところで冒頭の台詞である。静けさに耐え切れなくなったのかお茶が無くなったのか、蓬莱山が遂に根負けして言葉を発したのだった。

 

「あ、ああうん私もちょっとって言うかかなり全然訳が分からない」

 

「そうね。話の始まりとしては少し不適当だと思うわ」

 

 その言葉を皮切りに、妹紅と幽香も私に各々の疑問をぶつけてくる。各々と言うか二人……寧ろ隠密組も含めてこの場全員思っている事は大体一緒のような気もするが、この私が素直に分かり易く説明するとでも思ったかアホめ。

 とか言ったらほぼ確実に話がややこしくなりそうなので止める。いや、敢えて話をややこしくするのもアリと言えばアリだとは思うのだが、スケープゴート的な存在がこの場に妹紅くらいしか居なさそうだったので、そして今の幽香の機微を見る限り高確率で邪魔が入りそうだったので止めておく方が無難なのは凡そ確かだろう、多分。ついでに妹紅もなんか微妙にすっきりしないような顏をしているし……ああ、成る程。

 と言うかそもそも話せるところから話せと言ったのは向こうなのだから私に非は無い筈……話に誘ったのは私だが、向こうも聞きたそうにしていたし、うん。

 

「まあ、そこら辺は相殺という事で」

 

「四対一で相殺出来る訳無いでしょう」

 

「いや私のは近接強判定で――」

 

「発生前に刺さるのかしら」

 

 その発想は無かった。

 

 鳩尾を抉るようなカウンター。なあなあで誤魔化そうと無防備に口を開いたところへ幽香の鋭い指摘がグサリと突き刺さる。どうやら今の彼女はあまり乗り気ではないらしい。

 なんてこった。攻撃後の隙を突くのではなく、まさか攻撃前の隙を突いてくるとは。ぶっぱで勝てる程フラワーマスターは甘くなかったという事か。

 もしくは頑張ってワンフレームで撃ちまくるとか。アァタタタタタタみたいな。ボタン入力と同時に攻撃判定が出てくれるなら誰が相手でも勝てるような気がする。どうでも良い。

 

「いや、しかしなぁ。分かり易く話せと言っても、本当にそれだけでは相当に退屈だと思うんだが」

 

「貴女なら面白く出来るんじゃないの?」

 

 無茶苦茶な。

 

 蓬莱山の追撃。幽香のカウンターで無防備にノックバックしているところへ更に攻撃が加わる。

 二方面からの容赦無き攻めに対し最早成す術が無い。格ゲーで二対一はループコンボと同じくらいやっちゃいけないと思うぞバランス的に考えて。

 いや、その場合はそもそもゲーム自体が駄目なのか。良く分からない。

 

「と言うか、えっと……貴女の説明自体がそもそも良く分からないんだけど」

 

 言い、微妙に脱力しつつこちらに視線を投げ掛けてくる蓬莱の姫。何と言うか、最早色々な関心を隠す気も無いといった様子の蓬莱山が微笑ましい。

 とか、そういう事は別に全然無い。実際は故意か無意識か、結構辛辣に言われたせいでそれなり程度には凹んでいたりしない事も無いのである。

 嘘である。いや、勿論、嘘である。と見せ掛けてやはり嘘である。

 いや、しかし、でも……。

 

 嘘である。ややこしい。

 

 つまり蓬莱山は好奇心の塊であると。厄介な。

 横目で確認すれば妹紅はなんか色々複雑そうな顔をしているし、幽香は悠々と高見の見物を決め込んでいるし、八意は八意で何やら考え事に没頭しているっぽいし……アレ?

 

 もしかしてコレ、本気で気にしてるのって実はコイツだけなんじゃね?

 

 …………。

 

「……良し分かった。そんなに言うならもう少し前の方から話してやろう」

 

「え……? い、いや別に今のはそういう意味だった訳じゃ――」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――はいじゃあ今のところ入試問題解きます五分……三分有ればいけるよね受け取ったら各自始めて」

 

 え……待ってまだノート纏め終わってないからちょっと待って、それと正直今のところ完全に消化し切ってないって言うか三分で解ける訳ないだろ常識的に考えてどう見ても二〇問は有るぞコレ!

 やばいやばい取り敢えずノートは休み時間にでも回しておいて、ええとコレはb、コレはc、コレは……多分b、コレは……何この単語? え、生まれて初めて見たんだけど何コレ? ハングル文字? ああもう適当で良いやaで。

 さあ次は――

 

 ピピ……。

 

「はいじゃあ答え合わせ始めます今日は二三日だから田川」

 

「b」

 

「正解。訳して」

 

「えー、トムの意見は完全に間違っているという事を除けば概ね正しい」

 

「次、後ろ行って田中――」

 

 もう終わりかよ!

 く、くそ早過ぎる……。まだ後半とか全然終わってないのにどうしよう。あと六問……何とかいけるか、コレは、うーむ駄目だこの辺応用入ってるから良く考えて解かないと。ああもうこんな事ならちゃんと予習してくるんだったって何時も思うのにやっぱりそんな余裕が無い――

 

「――解。訳して」

 

 アレ? やばい今の答え聞いてなかった、何だここ正解どれ!? って言うかやばいどうしよう結局さっきから全然進んでないじゃないか! 集中出来ないから難易度高過ぎだから答え合わせしながら問題解くとか!

 

「はいじゃあ次横行って長谷川」

 

 っておいやばいぞコレこっち回ってきた! やばいやばいとかさっきまで言ってたやばいとはレベルが違うくらいにやばいぞコレ! まだ解き終わってないんだけどコレ!

 ああくそ落ち着け、今答えてるのも合わせると二人だからこの二問は飛ばしてって言うか何この単語!? しかも記述!? なんでここからなんだよ! あと一問後ろからでも良いだろ畜生オオオオオオォォォォーッッ!!

 やばい詰んだ! 基礎なら形である程度分かるけどコレはどうしようもないとか言う前に辞書開か……無い! ロッカーに置き忘れた! うわどうしよう……。

 いやいや落ち着け、解決案は必ず何処かに有る筈だ。思い出せ、俺。この単語は確か、そう確か……思い出した! コレは確か――

 

「中島……中島寝てるじゃあ田山代わりに」

 

 ウワァーッ!!

 

 ウワァーッ!! うわっ……ウワァーッ!!

 ホワァーッ!?

 

 おい、おい……おいおいおいおいどうすんだよコレ! どうすんだよコレ!

 もう一回言うけどどうすんだよコレ!!

 ズレちゃったよ! 何と言うかもう色々とズレちゃったよ! 計画が台無しだよこの野郎っ!!

 

 なんでだよ! なんで寝るんだよ! なんでそこで寝るんだよ!

 頑張れよ! 諦めんなよ! 諦めんなよ中島!

 

 あーもーヤバいよコレどうすんだよもう全然考える時間とかいやいやヤバいうわコレ終わったもう終わりだコレもうどうしようもないだろばばばばばばばばばばば――

 

「次、須藤」

 

「あ、すみませんまだ解き終わってないです」

 

「今解いて」

 

「……えっと、分かりません」

 

「黒岩」

 

「d」

 

「正解。訳して――」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――ない、って言ってるのになんで話すのよ! と言うか聞きたくないわよこんな生々しい話!」

 

 テンション高いな。

 

 蓬莱山(興奮)の卓袱台打ちによって私の話は中断される。バン、という音が出て台が揺れるが、爆発を予測して予め湯呑みを避難させていた私、爆発のタイミングを予測して予め湯呑みを避難させていた八意、爆発の瞬間に超反応を見せて湯呑みを避難させた幽香、そしてなにやら心ここに有らずといった様子の妹紅は反応が遅れてしまったが、奇跡的に湯呑みの中身が空だった事も有って大事には至らなかった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 らしくない行いをしているのに気付いたのか。蓬莱山(毒)は気まずそうに目を伏せると、半端に上げている状態だった腰をさっと下ろした。別にそんなのは誰も気にしないだろうとも思ったが、それに関しては自分で気付かないと意味が無いので軽くスルーする。

 大丈夫。お前ならきっと一月も有ればここに馴染めるさ。と、言うか……違う違う、アレだ。寧ろ逆に一月で染まる。朱に交わるとかそういう次元じゃなくて、完全に朱と入れ替わってしまう感じで。

 

 幻想郷は、そういうところだ。

 

 …………。

 

 ああ、もう。

 

「――因みに今のはさっき話した辺りから大体一月前くらいの……そう、丁度夏休みの課題が各々の教科から提示され始めた頃の話だな」

 

「カッツカツじゃない」

 

「そうだな、カッツカツだな。だが、間違い無く生きているとも言える」

 

「…………」

 

 その言葉に蓬莱山は押し黙る。なんかもうぼかした言い方をするのも面倒だと思ったので結構ストレートに言ってしまったが、案の定彼女は小さく俯き空の湯呑みをじっと見つめるだけになってしまっていた。

 ……あーあ、駄目だ。八意グループには自分を押し殺している奴が多過ぎる。なんでこんなに七面倒臭い状態になっているんだか。いくらなんでもコレは拗れ過ぎだろう、常識的に考えて。緩衝材一人ではどうしようもなかったのだろうか。

 

 いや、大分どうしようもないな。人数的にも立場的にも実力的にも……実力は違うか。萃香(すいか)に暫く付き纏われていたようだから弱いって事はないだろうし、どちらかと言うとモチベーション的な? 結局この場にも顏を出していないし、ああうん。まあ、アイツが何を考えて動いているのかは良く分からん。

 それか、察知出来ないだけで実は隠れ潜んでこちらの様子を窺っているとか。有りそうだけど、また、無さそうでもあるところがややこしい。紫(ゆかり)とかだったら察知は出来ずとも居るだろうっていうのは何となく分かるんだが、てゐ(てい)の場合は中途半端に胡散臭いせいでどうにも予測が付かない。

 何と言うか、アレだ。コンピューター相手ならパターン解析で完封出来るが対人だと途端に勝てなくなるような感じ。良く分からない。

 

 それに……。

 

「妹紅、妹紅、妹こ……ハゲェ」

 

「なんだよのうたりん。あと私ハゲてないから。白髪だけど別にハゲてるって訳じゃないから」

 

「そんな顏してると本当にハゲるわよ。あと、次のうたりんって言ったら潰す」

 

「……ハゲないし、潰れないんだけどな」

 

 どうやら、こっちはこっちでそれなり程度には拗れているようだ。さっきの話が原因なのか、それとも面子的なアレコレが影響してしまっているのか。或いはその両方によってなのか、大分昔に解決した筈の妹紅に関する問題が再発してしまっているらしい。

 いや、まあ、正直コレは持病みたいなモノだから仕方が無いと言えば仕方が無いとは思うんだが、それにしても今回のは特別酷いような気もする。妹紅の返答からは明らかに覇気というモノが抜け落ちてしまっている。

 

 それとも慣れてしまうよりは良いのかどうなのか。何とも思わなくなるより良いというのは間違い無いが、しかしある程度は慣れておかないと精神的にキツイというのも確かだし、うーむ。ここら辺は本人にしか理解出来ない部分だろうから迂闊に手を出すのも――

 

 バチーン。

 

「――ぐああああああぁぁぁぁッッ!!」

 

 ……と、思っていたら既に手を出されていた。

 至極イイ音がしたので何事かと視線を向けてみれば、妹紅が居た。但し顔面の面積と言うか寧ろ体積を一・二倍程度の大きさに膨張させた、という修飾が前の方に掛かってはいるが。

 

「いだっだあだだだだだだ幽香テメエ何してくれとんじゃああアアアアアアアアこののうたりんッ!!」

 

 ベチーン。

 

「ヌオオオオオオォォォォーッッ!!」

 

 頬を真っ赤に腫らした妹紅が怒りの叫び声を上げる。両腕で幽香の胸倉をむんずと掴み、ガックンガックンと前後に激しく揺さぶっている……と、思ったら興奮状態で判断力が低下していたのか例の禁句を口にしてしまい。宣言通り、幽香は二度目のアウトォ! を寛大な心で許す事も無く、再び妹紅の両頬へと無慈悲な平手打ちを放ったのだった。

 モロにそれを受けた妹紅は仰向けにドサリと床へ倒れ込むと、畳の上をぐるぐるごろごろと物凄い勢いで転がり回る。両側から両手の平で挟み込むようにして渾身のハイパーゆうかりんビンタを喰らった不死鳥は今にも焼き鳥化してしまいそうに見えた。主に摩擦熱とかで。

 

「痛えよボケが! 歯が! 奥歯がメキって鳴ったぞコレ! メキって!」

 

「だから言ったでしょう。次言ったら潰す、って」

 

「いや……その前は!?」

 

「それは、なんか叩きたくなったからよ」

 

「横暴だ!」

 

 まるで傍若無人を体現したかのような幽香のその言葉に、妹紅は両手で頭を抱えると背を仰け反らせ天に向けてうがァーっと絶叫する。膝を付き、ガックリと肩を落としたその後ろ姿には、何と言うか……アレだ、隠し切れない変な哀愁が漂っているような、微妙にそんな気がした。

 そうだ、それで良い。ちょっとと言うか大分色々とおかしいような気もするが、妹紅にはそういう雰囲気の方が良く似合っていると思う。

 

 やれやれ。どうやら、妹紅が親離れ出来るようになるのも随分先の話らしい。

 そして最低限それくらいはしておかないと……。

 

「ほら、蓬莱山。お茶が無いなら私のをやろう……飲み残しだが」

 

「な、何を言っているの……」

 

 私の声に反応してか、先程からずっと俯いて空の湯呑みを眺めていた蓬莱山が顏をこちらへと向ける。その顏には何が何だか分からないと言うか、何となくそんな感じの表情が浮かんでいた。

 その気持ちはまあ、分からない事も無い。相手にもよるが、私もいきなりこんな事を言われてしまえばそれなりに困惑はするだろう。

 加えて、少し前までのお前はまさに永遠そのものだった。永遠でしかなかった。そしてそれと気付いていながらも、蓬莱山。お前からは、お前の心からは自分で動こうという意思が殆ど消えてしまっていたのだ。

 

 お前は、永遠だった。

 

 何時からそうなった、なってしまったのかは私にも分からない。アレがそうだったのか、それとも別の何かなのか。もしかしたら、そう、実は元々そうだったのかも知れない。

 そんな事は無い。誰かにそう言われれば、きっとお前はそうやって否定するのだろう。否定して、その後になってからその事を後悔する。

 何故なら、自分でそれを分かっているから。分かっているのにそう言わない。そう言えない自分を疎ましく思ってしまうから。

 

 ある種のトラウマのようなモノ。自分の起こした行動が全て悪い方へ悪い方へと転んでしまうような、そしてそれを事実と錯覚してしまうような。

 

 ……もしかしたら、一人で解決するのはちょっと難しいのかも知れない。

 

「――ああ、そうか。お前は関節キスがどーのこーの云々を気にしているのか。馬鹿だなあ、女同士のはノーカンだ、ノーカン」

 

「キ、キスって……。な、なんでいきなりそういう話になるの……」

 

 おや。

 おやおやおやぁこれはこれは。

 

 暗い雰囲気を払拭しようと冗談交じりに言葉を発すれば、なんという事でしょう。先程の根暗っぽい態度とは一転、今度は明らかに挙動不審の動きを見せる蓬莱山。こちらが視線を合わせようと動けばあたふたと目を逸らそうとしているではありませんか。

 怪しい。

 

 一体どういう事なのか。なんだこの面白過ぎる反応は。

 ピュアか。ピュアなのか。恋なのか。ピュア恋なのか。

 

「……ふむ?」

 

 いや、違うな。コレは自分がどうこうというよりは寧ろ、他人がそうしているのを必要以上に意識して過敏な反応を見せている……という感じに近い、かも知れない。

 一体誰……どうでも良い。

 

 と言うかアレじゃないのか。お前は確か奈良時代辺りでは相当にぶいぶい言わせてたんじゃなかったのか。超巨大な一大逆ハーレムを築いたんじゃなかったのか。帝とかもあっさりと振ったんじゃなかったのか。

 なのにどうしてそんなに初心な反応をしているのだろうか。良く分からない。何と言うか、不思議な事も有るものである。

 

 閑話休題。

 

 視線を前に戻せば、蓬莱山は私の湯呑みと自分の空の湯呑みとをちらちらと何度も見比べている。時折助けを求めるようにして隣の八意へと視線を向けているようだが、それに気付いているのか気付いていないのか。一人考え事に没頭している八意は蓬莱山の救助信号に対し、何ら反応を見せる事も無かった。

 ふふふ残念だったな蓬莱山。今の八意は桁数がオーバーフローして処理落ちしてしまっているノートパソコンのような状態なのだ。そう簡単に意思疎通が図れると思ったら大間違い……あ、違うわコレ。気付いてて敢えて無視してんのかも知んないわこの感じは。

 

 いや、余裕が無いのは確かなんだろうが。手を出した私が言うのも何だがちょっとくらい助け舟を出してやれば良いのに。

 

「わ、分かったわよ……飲めば良いんでしょ飲めば」

 

 ああ飲んじゃった。

 

 一向に反応の無い八意の事をどう思ったのか。軽い冗談のつもりで差し出した私の湯呑みを蓬莱山は半ば引っ手繰るように手に取ると、そのまま勢いに任せるようにしてぐいと一息に飲み干してしまった。

 えー凄いなコイツ。本当に飲んじゃったよコイツ。飲むか飲まないかで言えば大体三対七くらいの比率だと思っていたのに飲んじゃったよコイツ。

 コレはノリが良いと判断すれば良いのか、それとも冗談が通じないと判断すれば良いのか。いや、引くに引けなくなった私の方も悪いと言えば悪いとは思うんだが。あとついでに私恨とか私恨とかその他私恨とか。

 

 まあ良い。

 

「……冷めてるじゃない」

 

「飲み残しだと言ったろう」

 

「……良い性格してるわね、貴女」

 

 苦虫を噛み潰したような渋い顔でそんな事をのたまひける蓬莱山。それに対して好い加減な返答を返してやれば、その雰囲気が伝わったのだろう。案の定渋い顔を更に渋くした蓬莱の姫は、何と言うか……宛ら渋柿を踏み潰したような声色で何とも言えない返答をこちらの方へと返してきた。

 甘い甘い。大人は子供と違って色々とズル賢いのさ。お前も我々億越えに比べればまだまだ随分若い。舌戦で年上に敵うとは思わない事だ。幽香には良く負けるけど、それはノーカンって事でここは一つ。

 

 ……因みにそのズル賢い奴の筆頭が紫とかだったりする訳だが、案外紫もアレはアレで子供っぽいところも有ったりするし、まあ、年寄り全員が老獪であるという訳でもないのでそこは勘違いしないように。

 因みに、年齢だけならその紫(※※※※※※※)もまだまだ子供である。具体的には二桁分くらい。アレだ、一歳と九九九歳的な。良く分からない。

 

「……温かくても、冷めていても、結局お茶はお茶。飲んでしまえば皆等しい」

 

「どういう事よ」

 

「そういう事だ」

 

 喉が渇いて困っているというのなら。流石に全部やる事は出来なくとも、残りの半分くらいだったら好きなだけくれてやろうではないか。

 飲み残しなんてつまらないモノはさっさと飲んでしまえば良い。そうすればきっと、今までは見えてこなかった「何か」だって掴める筈だ。

 

 ……何言ってんだ私。

 

 ああ恥ずかしい。なんで私がこんな面倒な事をやっているんだか。

 いや、誰もやろうとしないと言うよりは寧ろ、やる必要が無いという方が正解に近いのだが、まあ、アレだアレ。どうにもじれったいと言うか、見ていられないと言うか、放っておけないと言うか……何と言えば良いのか。

 しかも本来ならこういうのは親のやるべき事だろう……とは思うのだが、八意は八意でもっとややこしくて厄介そうなのを抱え込んでいるらしいから色々と仕方が無い、と言えない事も無い、かも知れない。

 

 あーあ。どう考えても損な役回りじゃないか、こんなの。こういうのは普通に柄じゃない。私のローブと同じくらい柄じゃないと思う。良く分からない。

 

 が、しかし。

 

「ズルいのね、貴女って」

 

「大人はズルいのさ」

 

「……本当に、ズルいのね」

 

 ――そういうところだ、幻想郷は。

 

 

 

「……輝夜(かぐや)。貴女、良い感じにはぐらかされているわよ」

 

「え……? あ、あっ! そう言えば!

 ね、ねえ貴女。結局どういう事なのか説明して頂戴よ……」

 

 …………。

 

 えー、何コレ? 何? 何この状況?

 えー、そう来るの? そう来ちゃうの? そう来ちゃうのコレ?

 

 えー。

 

 折角良い感じに纏まったのにそれは無いだろう。今のはどう考えても凡そ次に進む感じの雰囲気だっただろう。

 なんで崩すんだよ。なんで止めるんだよ。なんで蒸し返すんだよ。雑談は続くと最終的にグダグダになるんだから、区切りの良いところで切っておかないと後々大変な事になってしまうというのになんで蒸し返すんだよ。空気読めよアホ。

 

 そんな私の魂の叫びも、蓬莱山の興味津々といった風の視線によって惨たらしく掻き消されてしまう。こう……なんかグシャって感じで。どちらかと言うと熟したトマト的な。

 また、妹紅もそれなり以上にはその事が気になっているのか。こちらに向けられる彼女の視線には、何と言うかムズムズしい好奇心のようなモノが見え隠れしている。

 

 一縷の望みを掛けて幽香の方に視線を投げてみれば、ああ、そこにはスタングレネードのように眩しい笑顔が一つ。

 違うから、それ色々間違ってるから。それ味方に使うモノじゃないから。そういう使い方じゃないからそれ。

 

 周囲に意識を飛ばしてみると、先程からずっとこちらへと向けられていた視線も心なしその存在感が増しているような……ああもうそれ以上強くなったら気付かれるぞ。

 主に蓬莱山とかに。

 

 そして、諸悪の根源である月の賢者にどういう事だと視線をぶつけてみれば、ああ残念でした。外面も内面も、まるで感情を読み取れる様子が有りません。

 物凄いポーカーフェイスです。

 

 …………。

 

 

 

「――ハァ。分かった分かった、ちゃんと説明すれば良いんだろう?

 私の負けだ。聞きたい事が有るなら聞くと良い。答えられる事なら、まあ、答えてやらない事も無い」

 

 そう言うと、こちらに向けられていた視線の重みが少しだけ緩和された、ように感じられた。しかし油断しているとすぐに元に戻ってしまう、というのも凡そ目に見えている。こうなっては適当にはぐらかす事は最早叶わないと言えた。

 収束に向かいつつあった場の雰囲気は、残念ながら無事に復帰を遂げた八意の一言によって再び原点へと戻ってきてしまったのだった。あなや。

 




今回かなり無理が有ったと思います。特に妹紅と幽香のくだり。
 何と言うか、アレをギャグで済ませてしまっても良いのかどうか……そもそもアレはギャグなのか何なのか。



 次回更新予定日 2013/5/07

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