・もし登場ヒロインがマテリアル娘であれば、と言う想定のIF話です。
・原作ヒロイン組(なのは・フェイト・はやて等)は登場しません。
・時間軸は原作における「J.S事件」前後、ただし事件自体は起こっていません。
(つまりまさかの19歳verマテリアル娘)。
・要するに、イオスとマテリアル娘達が管理局員として働く話です。
(そしてまさかの幼馴染設定、なので『闇の書』は全く無関係)。
・本編とは全く関係がありません。
以上の点をご了解頂いた上で、どうぞお楽しみください。
ここの所、管理局所属の査察官、イオス・ティティアは凄まじく憂鬱だった。
ミッドチルダが春と呼ばれる季節に入ってすでに2ヶ月が過ぎており、いわゆる5月病が蔓延る時期も過ぎたそんな頃だ。
しかし、イオスはミッドチルダ地上本部の自分の執務室の扉の前で溜息を吐いていた。
それはもう、凄まじく憂鬱そうに。
それはもう、通りがかった女性職員がドン引きするくらいに。
彼は何故、5月病どころでなくそんなに憂鬱そうなのか。
それは、今日もきっと凄まじい疲労を勤務時間中に受けるだろうことを確信しているからである。
「……まぁ、目の前の現実から逃げても仕方ねぇしな……」
本来は次元犯罪者に向けて放たれそうな言葉を目の前の扉に向けて呟くイオス、凄まじく情けない様だった。
水色の髪にクシャリと手を突っ込んで2度掻いた後、制服の襟元を緩めた上で深呼吸。
そこまでやって初めて、イオスは目の前の扉をノックした。
返事も待たず、勝手知ったる何とやらで扉を開けると。
「うぃーっス、おはよーさん」
「はっ! 一番最後とはノロマな奴め、そんなことだから貴様はいつまで経っても雑用係なのだこの塵芥が。大体、貴様は我の下僕であると言う自覚が少々足りな――――」
イオスは扉を閉めた。
そして目を閉じて天を仰ぎ、何事かを呟いた後に記憶をリセットした。
つまり、現実から逃げた。
出勤直後に銀髪ショートヘアの女に罵倒されてなどいない、いないったらいない。
と言うわけで、彼はリテイクして扉を開けた。
「うぃーっス、おはよーさん」
「おーっ! おはようイオスおはようっ! あれっ、ボクって今おはようって2回言ったっけ? つまり今3回目? まぁ良いやっ、それよりイオス模擬戦しようよ模擬戦っ、ボク昨日物凄くカッコ良い必殺――――」
イオスは扉を閉めた。
そして目を閉じて天を仰ぎ、何事かを呟いた後に記憶をリセットした。
つまり、現実から逃げた。
出勤直後に青髪ツインテ-ルの女が職場でバリアジャケットになっている姿など見ていない、いないったらいない。
と言うわけで、彼はリテイクして扉を開けた。
「うぃーっス、おはよーさん」
「おはようございます、イオス。朝のお茶でも淹れましょうか」
「ああ、さんきゅ」
「いえ、砂糖とミルクを少し、でしたか?」
「たっぷりで」
「病気になりますよ」
入室と同時に茶色のショートヘアの女性がケトル片手に声をかけてくれて、イオスは一気に穏やかな心地になった。
軽く笑ってお茶を頼むと彼女は小さく頷いて、制服の裾を揺らしながら仕事部屋の備え付けの給湯コーナーでケトルと湯呑みを探し始めた。
窓から漏れる朝の太陽の光が部屋に注ぐのと相まって、実に温かな光景であ……。
「おいそこの塵芥、何を我のことを無視している? 雑兵ごときが我のことを無視するなど100年早いわ!!」
「そーだよそーだよ酷いよイオスっ、どーしていつもシュテルんばっかり構うのさー!? まぁ良いや、それより聞いてよボクの超カッコ良い最新の必殺技! もうホント凄いんだから!」
……もう少しだけ、現実から逃げて良いですか。
どこかの誰かに許可を取るように、イオスは窓の向こうを見つめながらそんなことを思った。
まぁ、自分に纏わり付いてくる2つの声の主はまったくそんなことを許してくれなそうだが。
イオス・ティティア、24歳、地上査察部所属。
この年ですでに、仕事に疲れ始めていた――――。
◆ ◆ ◆
イオス・ティティアには3人の異性の幼馴染がいる。
ミッドチルダ生まれのミッドチルダ育ち、幼馴染と言ってもそれぞれ4歳~5歳程度の差はあるので、どちらかと言うとイオスは後輩として見ている節がある。
近場に遊び場が無かったからか、子供の頃は良く引っ付いてきていたような気がする。
しかし、イオスがそれを「良い思い出」と捉えているかはかなり微妙である。
いや、「良い思い出」も確かにある、あるのだが……。
……こう、それ以上にいっぱいいっぱいだったというか。
一言で言えば、騒動の毎日だったとだけ言っておこう。
しかも魔法の才能だけは3人ともイオスの10倍はあったので、ますます大変だった。
「おい、聞いているのかイオ――――間違えた、塵芥」
「そこで何で言い直した? なぁオイ、マジでお前いつか泣かすぞ」
「生まれ直して魔力量を10倍にしてから来い、そうすれば下僕として歓迎してやらんでもないぞ?」
「生まれ変わったらそれ俺じゃなくね!?」
まず最初の1人、銀髪に明るいエメラルドの瞳を持つ女性だ。
名前はディアーチェ、実はイオスの幼馴染兼後輩の第一号であったりするのだが、今となっては全く関係が無い。
見ての通り、凄まじく口が悪い。
才能+上から目線+罵倒=嫌な奴の典型例であるが、悪い人間ではない……はずだ。
「だいじょーぶだよ、イオス! イオスが生まれ変わって誰だかわからなくなっても、ボクが超スピードで見つけてあげるよ! だから次は魔力量が10倍になってると良いね!」
「レヴィ、お前は……たまに何て言ったらいいかわからなくなるけど、とりあえずバリアジャケット脱いどけ、一応職場だぞここ」
「あははっ、イオスってばセクハラーッ!」
「ちげーよ、解除して制服になれってんだよ! むしろ今のお前の格好の方がセクハラだわ!」
そして2人目、レヴィ。
爽やかな長い青髪をツインテールにした、真紅の瞳に元気の塊を詰めたような女性だ。
レヴィのバリアジャケットは……何と言うか、20歳前の女性が着るには聊か露出が多かった。
レオタード調であるので、身体のラインが浮き出る形になっている。
しかもやけにメリハリの効いたスタイルなので、非常に目のやり場に困る。
「イオス、お茶です」
「お、おぉ……ありがとうな、シュテル」
「いえ、それより今日の予定なのですが」
そして最後の1人、イオスの机に緑茶(inミルク&砂糖)の入った湯呑みを置いてくれた女性。
名前をシュテルと良い、お盆を脇に挟んだ彼女は、スケジュールが記載されているらしい表示枠を開いて確認を始めた。
肩にかかる短い茶色の髪に、表情が乏しくも理知的で落ち着いた蒼玉の瞳。
抑揚の少ないのが気にはなるが、淡々とスケジュールを確認していくシュテルにイオスは頷いた。
「シュテル、お前だけが頼りだ」
「恐縮です」
「「ちょっと待てっ!!」」
部屋の中央で手を振り上げて立つレヴィとソファでふんぞり返っていたディアーチェ、2人が揃って抗議の声を上げた。
そして軽く首を傾けて会釈のような仕草をするシュテル、イオスはそんなシュテルにうんうんと何度も頷いていた。
「うん、やっぱりシュテルだけが頼りだわ」
「2回言った!? ボクと
「貴様! 我を愚弄するか!? 事と次第によらんでも許さんぞ!」
「いやだってお前ら、仕事の出来ない奴より仕事の出来る奴の方を頼りにするだろ、普通」
レヴィもディアーチェも、シュテルと比べて魔法の才能では遜色ない。
しかし、基本的に仕事はしない。
ディアーチェはそれでもデスクワークも文句を言いつつちゃんとするので良いのだが、何分口が悪く他の部署の人間との衝突が耐えない、大体イオスが謝りに行くことになる。
そしてデスクワークすらしない、超がつくほど行動派なレヴィはと言えば……。
「ボク、役に立つよ! 証明するから訓練室行こう! ボクのスーパーなカッコ良い所を六連発で見せてあげるから!」
「お前そう言って2日前にも訓練室破壊したじゃねぇか。ただでさえ地上は予算少ないんだから、やめてあげろよ」
「ちっ、過ぎたことをグチグチと……これだから童○は」
「おいコラそこ、今何かとてつも無い罵倒を俺に浴びせなかったか?」
こめかみに青筋を立てつつ睨むも、ディアーチェはますますソファの上でふんぞり返るばかり。
肯定差で言えばイオスが上のはずなのに、何故か物凄く見下げられているような気がしてならない。
それが、ディアーチェという女性の特徴なのかもしれなかった。
「だ、だいたいだなお前、俺だって女遊びの一つや二つ」
「――――あるのですか?」
「え?」
見れば、シュテルが静かな瞳でじっとイオスを見下ろしていた。
こちらは物理的にである、座るイオスの傍に立っているのだから当然と言えば当然だろう。
いや、それよりも問題なのは。
じっ……と、光の薄い蒼の瞳がイオスの目を真っ直ぐに見下ろしている。
逸らそうと思えば簡単に出来るはずだが、何故か出来ない、そんな力を持った瞳だ。
無表情、無感動、しかしそれ故に剥き出しの感情を感じるその瞳。
……イオスは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「……無いデス」
「そうですか、お茶のおかわりは?」
「……お願いシマス」
膝の上に掌を置いて震えるイオスの前から、空になった湯呑みが下げられていった。
不思議そうに首を傾げているレヴィはともかくとして、ニヤニヤしているディアーチェの存在がイオスの精神をガリガリと削っていた。
そして彼は、どさりと机に額を打ち付けて倒れたのだった。
この4人の関係性は、いつもこんなものである。
◆ ◆ ◆
「まったく……あの塵芥め、我が役立たずだと? 自分の仕事ぶりを見てから言えと言うのだ偉そうに、何様のつもりだ? 我がいなければ何も出来ぬ無能の分際で……そもそも奴には我の下僕としての自覚がだな……」
「ねぇねぇ王様ー、ブツブツ言ってないで早く行こうよー。ボクお腹空いちゃったよ」
「今朝我の部屋でちゃんと朝食を食わせてやったろうが! 何故昼前にもならんと言うのに空腹になる!?」
ビジネス関係の男女の姿がちらほらと見える午前中のミッドチルダ、銀行などの金融機関が比較的多い区画をディアーチェとレヴィが歩いていた。
レヴィは局員の制服に着替え、何やらひたすらイオスに対して文句を言っているらしいディアーチェの周りをウロウロと走り回っている。
歩きながらのことなので危ないことこの上無いが、持ち前のバランス感覚で人や物を避けているようだ。
「ええい、鬱陶しい、ウロウロするな!」
「はぁーい、王様」
ちなみに、レヴィは何故かディアーチェのことを「王様」と呼ぶ。
おそらく幼少期にディアーチェが言っていたことを真に受けているのだろうが、ディアーチェも訂正しないのでずっとそのままだろう。
ディアーチェはふんっと鼻を鳴らすと、シュテルから預かったメモを広げた。
「しかしお茶菓子の補充とは、子供の使いでもあるまいに。もっと我の能力を活かせる仕事は無いのか」
「ごめんね、ボクが食べちゃったから。前衛はカロリー消費激しくてさー」
「お前は……いや、もう良い」
溜息を吐いて、それでも真面目に仲間に頼まれた「おつかい」を真面目にこなそうとするディアーチェ。
こういう部分もまた、ディアーチェという女性を構成する要素なのだろう。
まぁ、それでも口の悪さはそのままなわけだが。
一方、こう言う部分をイオスの前で出せば良いのにと思うレヴィだったが、言えばかなり厳しい罵倒を受けそうな気がしたので黙っていた。
肝心な時に黙っている、それがレヴィクオリティというものだ。
何とも報われない2人である、シュテルの方がそのあたりは上手だった。
「む?」
角を曲がった際、ディアーチェは太腿のあたりに何か柔らかい物がぶつかってきたのを感じた。
特に危険は感じない、無害だとわかる。
何故ならぶつかってきたのは、金色の髪の可愛らしい女の子だったからだ。
年の頃は5歳ほどだろうか、ようやく1人で出歩けるようになった年頃。
だとしても、まぁ、1人で歩くには危ないだろう年頃でもある。
転びこそしないまでも、胸に何やら手提げ袋と貯金箱を持った女の子は不思議そうな顔でディアーチェを見上げていた。
ディアーチェはそんな女の子に対して、興味なさそうな顔を作って。
「ふん、ぶつかっておいて謝罪もできんとは躾のなっていない小娘だな。何だ貴様、ん? 随分と無様な置物なぞ持ちおって、何だそれは豚か? 貴様のような小娘にはお似合いの……むぶっ?」
「あーはいはい、どうしたのかなお嬢ちゃん? どこかに行きたいの?」
「ぎんこう……」
ディアーチェの頬を押しのけて女の子に優しい言葉をかけるレヴィ、実は子供好き。
精神性が近いのか、それとも優しい人だとわかったのか、女の子が行きたい先を告げる。
レヴィが「あっちだよ」と教えてあげると、ぺこりとレヴィにだけお辞儀をしてすぐ側の銀行の支店に駆け込んでいった。
おつかいか、それとも他の何かか……。
「……おい、いい加減に手をどけろ」
「あ、ごめん。もー、王様ってば子供に何を言ってるのさ、素直にその貯金箱可愛いねって言えば良いのに」
「なっ……ち、違う! 我はただ躾のなっていない小娘を叱り付けてやろうとしただけでだな……!」
「はーいはい、王様は素直じゃな」
――――爆発。
ディアーチェとレヴィが背を向けた直後、背後で小さいが深刻な爆発音が響いた。
オレンジの輝きと共に銀行の支店の扉や看板が後ろから吹き飛び、周囲の通行人が悲鳴を上げる。
2人の眼が鋭く細まったのは、この時だった。
◆ ◆ ◆
銀行強盗……いつの時代、そしてどこの次元世界にも存在する、ある意味でメジャーかつポピュラーな犯罪者だ。
しかし被害者である銀行や居合わせただけの客にとっては迷惑かつ恐怖の対象でしかなく、それは豚の貯金箱を持った女の子にとってもそうだった。
貯金箱を銀行に持ち込んでどうするのかと言う指摘はこの際置くとして、重要なのは彼女が銀行の支店に足を踏み入れたと直後に覆面をした男達が店内に乱入してきたのである。
正直、5歳や6歳の少女には対応できない事態だった。
あれよあれよと言う間に武器を持った男達がカウンター越しに銀行員を脅し、客を集めて人質に……と、状況が悪化していく。
「おらっ、お前も来るんだよ!」
「ふぇっ……!」
大柄な男に腕を掴まれた、痛い、そしてそれ以上の恐怖に身が竦んで動かなくなる。
それでも関節が抜けるのでは無いかと思える程に引っ張られて、目尻に涙が浮かぶ。
他の大人が何人か心配そうな顔はするものの、助けに現れる者はなく……。
――――否。
女の子が声を上げて泣こうとした直前、女の子は別の理由で身を竦ませることになる。
理由は、先程まで自分の腕を掴んでいた覆面の大男が目の前から消えたからだ。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
そしてさらに次の瞬間、カウンターを壊し、その奥の銀行員の仕事場を粉砕して壁に何か重いものが激突したような音が響き渡った。
「な……」
「あ……」
他の数名の銀行強盗達にも、何が起こったか理解できなかったらしい。
一箇所に集められ縛られかけていた銀行員や人質の客も、目を丸くしている。
まぁ、一番驚いているのは女の子自身だろうが……。
「ふん、下種が。我のモノに手を触れようなど1000年早いわ」
そこにいたのは、先程女の子がぶつかった女性だった。
銀色の髪を魔力で輝かせ、碧玉の瞳の中で魔力の炎を揺らめかせて――――ディアーチェは、そこに立っていた。
腕を組み、足を広げ、胸を張り、全身から相手を威圧し見下すかのような圧力を放っている。
彼女は自然色で統一された店内の様子を右から左へと流して見ると、いつものように鼻を鳴らした。
「な……何だぁ貴様ぁ!?」
「い、今のどうやって……ま、まさか管理局か!」
「ふん、貴様らのような塵芥以下の屑共に答えてやるのは癪だが答えてやろう。答えは「イエス」だとな、しかし我が貴様らに制裁を加えるのは管理局員だからでは無いぞ――――貴様らが、我のモノに手を触れたからよ、すなわちこれは……」
ディアーチェは言う、自分の手が触れた何もかもは全ては自分のものだとも。
食べ物も宝石も、水も服も、家も人も、イオスも、シュテルもレヴィも、自分が傍に侍らせる何かでしかなく、自分には所有者としてその全てを守る義務があるのだと。
故にこれは、管理局法による公開の刑ではなく。
「……私刑だ」
「ふ、ふざけやがってぇ!」
2人ほどがどこからか簡易デバイスのような物を取り出し、ディアーチェに向けて魔力弾を放って来た。
しかしディアーチェは姿勢を崩すことも無い、何をするでもなく立っている。
そして、ガラスを擦れ合わせるような甲高い音が響いた。
大人も子供も咄嗟に耳を塞ぐようなその音は、ディアーチェの顔の前で魔力弾が停止した音だ。
何かに塞き止められるように凌ぎを削るそれは、魔力弾側の敗北に終わった。
ガラスがたわむように空気が跳ね、魔力弾が虚しく霧散する。
「ほう、魔導師崩れか……しかし、このような貧弱な魔法では我を打ち倒すことなど出来ぬ。いや、そもそも我が直接手を下すのももったないわ」
「な、何だとぉ!」
動揺する強盗団に対し、ディアーチェは不敵な笑みを浮かべる。
右手の指先が弾いたのは、紫色の剣十字。
それが紫の十字杖となってその手に収まった時には、人質と強盗団の間に強固な魔力壁を展開した。
それに驚いた女の子が次に目を開いた時には、ディアーチェの衣装が変わっていた。
背中に浮かぶ3対6枚の黒翼、紫のインナーの上に金の装甲を持つ黒のガードスカートと上着。
騎士甲冑と、十字杖『エルシニアクロイツ』。
神々しさすら感じる
「――――レヴィッ!!」
「応よッ!!」
威勢よく応じたのは、すでにバリアジャケットを纏い戦斧『バルフィニカス』を構えたレヴィだ。
一瞬だけディアーチェの残像のような姿で現れた彼女は、次の瞬間にはその場にいる全員の視界から消えた。
その後に何が起こったのかは、もはや言うまでもない。
◆ ◆ ◆
イオスとシュテルが現場に現れた時には、すでに銀行強盗事件はほぼ収束していた。
何故2人がここに来れたのかと言えば、単純にディアーチェから突入前に連絡が来たからである。
こう言う所で配慮があるのがディアーチェと言う女性だが、しかし内容が「今から犯人潰してくる、せいぜい早く来て我の活躍を見守るが良いふはははははは」ではすでに配慮とは言えない。
まぁ、それはそれで個性として考えれば構わないとも思う。
付き合いも長いので、言葉の裏を読むことは不可能では無い。
ただ……。
「……………………」
「ふ、我の仕事のあまりの早さに言葉も無いか。無理もない、しかし我は今とても気分が良い。特別に我を褒め称え崇め奉る栄誉を授けてやっても良いぞ。さぁ我を褒めろ」
「……お前」
「うむ」
「……何やってんの?」
イオスの言葉に不思議そうに首を傾げるディアーチェ、その横では「大暴れ」出来て満足そうなレヴィがいる。
ただ彼女に対しては、周囲の男性職員がチラチラ見ているのでバリアジャケットを解除してほしいと思うばかりだった。
で、ディアーチェだが……。
「ふ、何……我の身から溢れ出るカリスマが小娘を1人魅了してしまったと言う、ただそれだけのことだ。気にする程のことでもあるまい」
自慢げに、鼻高々に顎先を上げて笑いディアーチェの足元には、金色の髪の小さな女の子がいた。
豚の貯金箱を持っている彼女は、救出した子供らしいが……今は、何故か妙にキラキラした瞳でディアーチェのことを見上げていた。
それはもう見るからに憧れに満ちた瞳であって、もはやディアーチェ以外を映してはいなかった。
ディアーチェがなんだかんだ言いつつ嬉しがっているのはわかる、イオスとしてもそこについては別に何も含む所は無い。
むしろ、胸を逸らしながらも頬をヒクヒク震わせて嬉しそうなディアーチェは可愛くもある。
まぁ、外見に関して文句をつけられたことは一度も無いだろう程の美貌ではあるが……今はそれよりも、だ。
「……強盗団を壊滅させたのは良いさ、迅速かつ確実な対応は流石だ。お前ら俺の200倍くらい強いしな」
「ふふん、そうであろうそうであろう、やっと理解したか塵芥め」
「へっへへへー♪」
イオスの言葉に嬉しそうに笑う2人、うん、良い光景である。
しかしである、その2人の後ろに見える銀行の支店は……何と言うか、原型を留めていなかった。
かつては街角の頼れる金庫だっただろうそこは、壁を失い窓を失い、店舗奥の金庫が外気に晒され、店舗内のカウンターやら椅子やらテーブルなどはもはや原型すらない。
まぁ、要するに良く言って「半壊」しているのである。
「予算無いって言ってんじゃんさ……! お前らもうちょっと淑やかに生きる努力をしようぜ……!」
任務中とは言え、過度かつ無意味に破壊行為に及べばペナルティがある。
そして今回のこれはまさにそのパターンであって、部署の責任者は名目上――メンバーがろくすっぽ制御できていないと言う意味で――イオスであって、つまり全ての負担が彼に来るわけである。
イオスは、その場に力なく崩れ落ちた。
「何だ塵芥、今度は金のことか? 器の小さい男だな貴様は、もう少し前のめりに生きてみたらどうなのだ、うん?」
「元気出せよー、イオス。そのうちきっと良いことあるよ! ボクがついてるよ!」
この世には絶望しかない、イオスがそう思った時だった。
そんな彼の肩に手を置く、無表情な女神がいた。
「大丈夫です、イオス。私も頑張りますから、何とか本部から予算を都合して貰いましょう」
「し、シュテル……!」
抑揚の無いその声に、今は無性に感動した。
自分は1人では無いと知った時、人はどこまでも強くなれるものである。
昔からそうだった、シュテルはその知能と知略でもってイオス達を助けてくれていた。
そのことに元気付けられたイオスは、面白くなさそうな顔で自分達のことを見つめているディアーチェの目をとりあえず無視してシュテルの手を取ろうと……。
「車が逃げたぞ――ッ!!」
その時、銀行視点の裏手から一台の黒いバンがイオス達のいる表通りへと突き抜けてきた。
どうやら裏の駐車場にまで仲間が潜んでいたらしい、車は猛スピードで包囲を突破し、規制のために車の無い道路を走り抜けようとしていた。
そしてイオスやディアーチェよりも早くそれに反応したのは、シュテルだった。
黒地のロングスカートのドレス、赤のラインに紫の胸元のリボン。
手にした杖は紫のクリスタルの赤の装甲の砲塔の杖、『ルシフェリオン』。
一瞬でバリアジャケットを展開したシュテルは、僅かの躊躇も無く杖先に膨大な魔力をチャージした。
それに慌てたのは、ディアーチェである。
「『ルシフェリオン――――」
「いかん! 全員退……!!」
「――――ブレイカー』」
全てを貫く焔が、タイムラグも無しに放たれた。
細心の制御が成されたらしいそれは、味方がいる付近では細く小さく火線を絞られ、目標の車両に到達すると同時に炸裂するように極太の砲撃魔法になった。
それは銀行強盗の仲間が乗っている大型の車を丸ごと飲み込み、ネジ一つ残さずに消滅させた。
抉られた道路の上に、非殺傷設定故に無傷だが魔力ダメージで完全ノックアウトされた強盗が2人伸びて倒れていた。
この場合、重要なのは強盗ではなく、公共の道路を深く抉り取ったと言う事実の方である。
つまり、先述の理由でイオスの負担が物凄く増えたことになる。
「……これは、また」
「あ、あはは……シュテルんてば手加減できないから」
流石に公共の道路を吹き飛ばすと言う真似をされては、さしものディアーチェとレヴィも呆然とした表情を浮かべている。
まぁ、イオス程ではないが。
そしてそんなイオスに対して、砲撃を終えたシュテルは片手の親指を無表情なままに立てて見せた。
「どうですかイオス、私は役に立ちますか?」
何故か、無表情の奥にドヤ顔を見た気がした。
イオスは、その場に再び崩れ落ちた。
それに対してシュテルは、「何故ですか!?」と憤慨していた。
そしてそんなシュテルの足元に、黒い毛並みの子猫が1匹歩み寄っていた。
子猫と目を合わせたイオスは、何だか気が遠くなっていくのを感じた。
イオスには、味方がいなかった……。
◆ ◆ ◆
――――。
――――――――。
――――――――――――。
「……ス? ……オス? …………イオス!!」
「うぇ?」
耳元で呼ばれて、イオスはかくんと掌の上から顎が落ちるのを感じた。
無意識の内にバランスを取り、目の前の机に顔面を叩きつけるような事態は避けることが出来た。
直後に意識を回復させれば、そこは見覚えのある……と言うか、機動六課の部隊長室だった。
再建されたばかりのそこで、どうやら誰かを待っている間にソファでうたた寝をしてしまったらしい。
「こんな所でうたた寝なんかしちゃダメですよ、イオスさん」
「もう、よだれまで……義兄さん、妹として恥ずかしいよ」
「あはは、まぁ、随分な時間待たせてしもたしなぁ」
聞こえてくる声、ぼんやりしていると口元を柔らかなハンカチで拭われる感触。
24にもなってそれは無い、と言うわけでフェイトの手からハンカチを奪い取って自分で拭いた。
眉根を寄せて困った顔のフェイトがそこにいて、一瞬イオスは驚いたような顔を見せる。
それに困惑したのは、むしろフェイトの方だった。
青などでは無い、いつも通りの金糸の髪がそこにあって……。
「……フェイ、ト?」
「え、うん……私だけど」
「本当にフェイト……だよな、執務官でハラオウンの」
「う、うん。どうしたのイオス、何か変だよ?」
首を傾げるフェイトに、ここでイオスは2つの事実を知る。
まず一つ、自分は仕事の話し合いのために再建された機動六課にいること。
そして、今までのアレはただの夢であったと言うこと。
イオスはほっとした、心の底からほっとした。
あまりにもほっとし過ぎて、もう何だか安堵するしかなかった。
現実は美しい、心の底からそう思った。
「そうか……そうか、夢か! だよなー、あり得ねぇ要素満載だったもんな、うん!」
「イ、イオス、本当にどうし……って、ひゃあっ!?」
あまりにも安堵し過ぎてそれが感激に変わったのか、イオスはフェイトをハグした。
つまり抱擁である、フェイトは肩と髪を立たせて驚いていたし、見ているなのはとはやてなどは一瞬何が起こったのかわからずぽかんとした表情を浮かべている。
何しろ、イオスの側から女性――フェイトも含めて――に対してスキンシップを図るということは、これまで無かったからだ。
「え、と……イオス、さん? な、何をしてるのかなーなんて、私、思っちゃってるんですけど……」
「おお、高町さん! お前もありがとう……実にありがとう! 高町さんでありがとう!」
「意味がわからない!?」
フェイトの柔らかな身体から身を離したイオスは、若干の警戒が先に立っているなのはの両手を掴むとぶんぶんと笑顔で上下に振りたくっていた。
同じように抱擁されるかと思ったらそうでもなく、拍子抜けしたような表情を浮かべている。
一方で解放されたフェイトは、驚愕が大きくて好悪云々どころでは無いらしい。
「イ、イオスさん? どしたん、ついに壊れた……って、あいたぁっ!? 何でデコピン!?」
「お前ら、マジで出来た後輩だ……! 3人共マジでありがとう!」
「意味わからんし……大体、抱擁で握手と来たらちゅーくらい来るか思ったやんか……」
はやてが何やらモゴモゴ言っているが、感激の余り涙を流しているイオスには聞こえていない。
そしてその間に落ち着いたのか、フェイトが跳ねた髪を撫で付けながら。
「イオス、本当どうしたの? と言うか今の、私達じゃなかったら普通にセクハラで訴えられてるよ?」
「あ、フェイトちゃんの中では私もOKな部類なんだ……まぁ、良いけど。うたた寝してたから、寝ぼけちゃったんですか?」
「怖い夢でも見たん? ホラーな感じの」
「あ、ああ、すまんすまん。いや別にホラーとかじゃなくて、何と言うか……お前らがお前らであってお前らじゃ無いみたいな感じの夢、だったかな?」
思い出しながら夢の内容を話すと、3人娘はそれぞれの角度に首を傾げた。
見るからに「?」を量産しているあたり、どうやら伝わっていないらしい。
なので、イオスはもう少し詳しく話すことにした。
――――後に、この判断をやめておけば良かったと後悔することになるとも知らずに。
「えーと、まずフェイトがだな。こう……頭弱い感じで、訓練室壊したりお茶菓子を独り占めしたりしてたかな。ああ、後バリアジャケットが前のデザインのままで、正直目のやり場に困った」
「………………へぇ」
何故かフェイトの目が細まった、若干ビビってイオスはなのはの方を向いた。
「えーと、高町さんはな、こう……一見クールで頼りになるんだけど、でもどっか抜けてると言うかズレてる感じだったな。こう、公共道路とか犯罪者ごと粉砕したり」
「………………へぇ」
何故かなのははフェイトと同じ音程の声を上げた、イオスはやや本気でビビってはやての方を向いた。
「や、八神さんはな、何と言うか…………変、だったな。他人を塵芥とか下僕とか言って、んでもってやっぱり銀行とか破壊した、り……」
「……へぇ、そうなんや~」
言葉は違うが音程は同じだった、そして気が付けばイオスはソファを背に3人に取り囲まれていた。
3人共、纏っている空気は重苦しい。
イオスは、生唾を飲み込んだ。
「イオスって、私達のことをそんな風に思ってたんだね」
「い、いや、だからこれはあくまで夢の話で」
「夢って、現実を映す鏡だって言いますよね」
「い、言うかもしれないけど夢は所詮夢で」
「殿方が言い訳って男らしくないと思うんよ、イオスさん」
「で、でも実際現実は全然違うわけだからして……」
「「「先輩?」」」
初めて「先輩」と呼ばれたが、全く嬉しくなかった。
ここに来て、イオスは己が直面している危機の大きさに気付き始めていた。
相手は機動六課……どころか管理局で最強かもしれない3人である、形勢は凄まじく不利だった。
そこで、彼は条件反射的に通信を開いた。
「と言うわけだクロノ、知恵を貸せ!!」
『どう言うわけかは知らないが、僕は今妻と母の喧嘩を仲裁するのに忙しい、またにしてくれ』
「随分と暇になったよなお前……!」
喜ばしいことのはずだが、今は妙に苛立った。
そしてイオス以上に苛立っているらしい3人は、イオスに対して綺麗な笑みを浮かべていた。
それはとても綺麗で、管理局の綺麗所が集まったと言われても違和感がなさそうだった。
ただ、目はまったく笑っていなかったが……。
――――結局。
その後、イオスは3人娘の細かいプロフィールについての話を聞かされまくることになった。
そのおかげか何かはわからないが、イオスは二度と夢の中の3人に出会うことが無かった。
それがイオスにとって寂しいことなのか、そうでないのかは……まぁ、言明はしないでおくとしよう。
最後までお読み頂きありがとうございます、竜華零です。
最初からいきなりIF話です、いえ、以前どこかでマテリアルをどうするかと言う話題があった気がするので補完することにしました。
はたしてキャラを掴みきれているのかどうか、非常に心配です。
次回はナンバーズ関連の話になるのではないかと思います、おそらくですが。
そしてお知らせです、明日から「とある魔術の禁書目録」の二次創作小説をここ「ハーメルン」で投稿します、中編小説、事件ひとつ分ほどの短めの連載になる予定です。
また「小説家になろう」でもオリジナル長編に挑戦する予定ですので、よければよろしくお願いいたします。
では、失礼いたします。