魔力流……周辺の空間に自身の魔力を流す行為だ。
極端に言えば自分の魔力を周囲に薄く広く伸ばすだけの行為で、通常時にやってもあまり意味は無い。
しかし今回に限って言えば、意味のある行為だと言えた。
『見つけたよっ!』
夜7時頃、海鳴市の市街地付近、オフィスビルが立ち並ぶその場所に光の柱が立ち上る。
別のビルからそれを見下ろしていた紅の獣―――アルフは、隣に立つ自らの主人にそう告げた。
魔力流を起こしている使い魔に頷きを一つ返すと、黒衣の少女が空を仰ぐ。
青白く輝きながら立ち上る光の柱は当然、『ジュエルシード』。
大体の場所は把握していたが、正確な場所が探れなかった。
だからアルフに魔力を流させて―――本当は自分でやるつもりだったが―――『ジュエルシード』を強制発動させた。
「……『バルディッシュ』、お願い」
<Thunder smasher>
右手に構えた漆黒の杖『バルディッシュ』の先端から、細い柱のような黄色い砲撃魔法が放たれる。
彼女の資質である「電気」の属性を持つその砲撃は、発動した『ジュエルシード』を違うことなく撃ち貫いた。
それは、着実に『ジュエルシード』に封印を施す。
「……『ジュエルシード』、封印」
<Sealing>
そして何の問題も無く、『ジュエルシード』は封印される。
それは力を失い、コトリと地面に落ちる。
少女はそれを確認すると、フワリと舞うようにビルから飛び下りた。
「これで、5つ目」
『さぁっすが私のご主人様♪』
アルフの賛辞に口元を綻ばせながら、少女が5つ目となる『ジュエルシード』を手に取った。
しっかりと封印処置が施された青く輝く宝石のようなロストロギア、それを『バルディッシュ』に収納しようとした、その時だった。
『……フェイトッ!!』
「……ッ」
それに気付いたのは、上から見下ろしていたアルフの方が一瞬早かった。
しかし『ジュエルシード』を手に入れて弛緩した少女は、反応が一瞬だけ遅れた。
その一瞬の次には、少女の視界一杯に月明かりを反射する銀の鎖が広がっていた。
少女を取り囲むように広がってたわんだ鎖が、急速に引き絞られる。
それはバリアジャケットに覆われた少女の小さな身体を縛り上げて、そして締め上げる。
鎖の擦れ合う音が耳朶を打ち、バリアジャケット越しとはいえ肌に鎖が食い込む感触に奥歯を噛む。
しかもただの鎖では無い、肩を、胴を、腕を、足に絡まるこの鎖は―――――。
「あっ……!」
鎖に締め上げられた拍子に手が開き、地面の上を『ジュエルシード』が転がった。
封印したばかりのそれは淡く輝きながら転がり――。
「……アルフの言っていた、魔導師……!」
「ご明察だな、その通りだよ」
結界が発動し、周囲の空間が現実世界から切り離される。
街灯の傍に蒼穹の色のバリアジャケットを纏った少年が立っており、彼は足元まで転がってきた『ジュエルシード』を蹴り上げて拾うと、告げる。
「時空管理局次元航行艦『アースラ』所属、執務官補佐のイオス・ティティアだ。お嬢さんとは初めましてだよな? ロストロギア不法所持の容疑で逮捕させてもらう」
『フェイト!』
「はぁい、動くなよ使い魔のおねーさん。動いたらお嬢さんの身体がぐるっと回って凄いことになるぞ」
少女―――――フェイトの傍に駆け寄ろうとしたアルフだが、イオスに牽制されて動けなくなる。
ギシ……と音を立てる程に『バルディッシュ』を握り締めながら、フェイトはイオスを睨む。
「……っ、いつの間に……!」
「そっちがサーチ出来てるんだから、俺達だってサーチ出来てて当然だろ? 今までとは逆のことをしただけさ……それに獲物が一番油断するのは、狩りが終わった直後だって師匠が言ってたんでね」
まぁ、今捕まえても拘束しておく場所が無いが。
しかし『ジュエルシード』を複数所持している以上、拘束できるならそうするつもりだった。
最悪、フェイトとアルフは逃がしても『ジュエルシード』だけは奪うつもりだった。
そして今、フェイトが封印したばかりの『ジュエルシード』を掠め取ることに成功している。
一方、フェイトも事態の打開のための方策を考えていた。
幸いにデバイスは失っていない、しかし目の前のこの局員が自分の魔法の発動を見逃すかどうか。
と言って、フェイトはこんな所で捕まるわけにはいかない。
(もし、ここで捕まってしまえば……!)
肌に食い込む鎖に痛みに顔を顰め、膝を折りそうになりながらも……瞳から闘志は消えていなかった。
むしろ逆に燃え上がり、思考が一か八かの賭けへと流れる。
そして、握り締めた拳に力を。
「フェイトちゃん!」
その時、もう1人の魔導師が到着した。
純白のバリアジャケットに身を包んだその少女は、鎖に縛られたフェイトを見て哀しそうな顔をした―――――。
◆ ◆ ◆
「イオスさん……!」
「おーう、お疲れ高町さん、ユーノ」
右腕の鎖でフェイトを縛ったまま、左手を振ってなのはを出迎えるイオス。
なのはの肩にはユーノも乗っており、そちらは視線を交わすだけで終える。
なのはは鎖で縛られたフェイトを見て、表情を歪めた。
それを見たイオスは、思った。
(あ、ヤバいかも)
なのはを民間協力者にする判断をしたのはイオスだ、それはもちろん『ジュエルシード』やフェイト達への対抗上と言う意味合いが大きい。
まぁ、もう1つは異常な魔法の才能を持つなのはを放置できなかったと言うのもあるが。
とにかく、『ジュエルシード』探しについてはイオスは満足する結果を得ていると思う。
以前の戦いでフェイト達に2つ持って行かれたとはいえ、なのはの存在のおかげで発見率は上がっている。
しかし、フェイト達への対抗と言う意味では少し疑問符がつく。
なのはから直接言われたわけではないし、イオスも現場を見たわけでは無いが……。
ユーノから聞いている話では、どうもなのははフェイトのことを気にしているらしいのだ。
有体に言えば、敵に情を持っている状態だ。
「あの……イオスさん」
「何だい高町さん、俺は今あの娘を犯罪者として捕縛するのに忙しいんだけども」
「えっと、フェイトちゃんとお話させて貰っても良いですか?」
冷静に状況を俯瞰した後に言ってほしい、イオスはそう思った。
しかしなのははイオスが「ダメ」と言っても押し通すだろう、ユーノ言う所の「自分の意思を曲げない」という性格がそうさせるのである。
そして実際、イオスが明確に許可する前にフェイトの前に駆け寄っている。
(どうするか……)
実際の所、イオスのここでの目的はフェイト達の捕縛では無い。
以前の戦いで彼がアルフに言った言葉を繰り返せば、「戦略目標と戦術目標」である。
当然、『ジュエルシード』の確保を優先する姿勢も変えていない。
しかしそれ以上に、イオスは今日、ちょっとした「釣り」をするつもりだった。
アルフ、そしてフェイト。
この2人は天才的な力を持った魔導師と使い魔だと思う、だが『ジュエルシード』を集める背景が見えないのである。
9歳の少女が黒幕になれる程、ロストロギア事件は簡単ではない。
そして子供の魔導師が前線に立つ場合、必ずと言って良い程それを利用する大人が存在するのが次元犯罪の常だった。
「あの……フェイトちゃん。えと、私、なのは。高町なのは、小学3年生」
「…………」
「えと、フェイトちゃんは話し合うだけじゃ無理だって言ったけど、でも……やっぱり、何も知らないで、何もわからないままにぶつかるのは、私、嫌だ」
なのはのその言葉を聞いた他の3者の反応は、様々だった。
アルフはなのはを睨みつけ、ユーノは神妙な顔をし(フェレット形態なためわかりにくいが)、そしてイオスは背中が痒くなる気分だった。
なのはの言葉は純粋そのもので、イオスのように管理局の仕事をして悪く言えば「汚れちまった」人間から知れば、奇妙な懐かしさと恥ずかしさを覚えるのである。
「私が『ジュエルシード』を集めるのは、ユーノ君のお手伝い。そしてこの街でまた被害を出すのが嫌だから、大事な人達を助けたいから……それが、私の理由」
「……」
「……フェイトちゃんは、どうして『ジュエルシード』を集めてるの? 話してくれれば、もしかしたら……何か、出来るかもしれないよ」
イオスと言う管理局員の前で、なかなか過激な発言をする娘である。
フェイトはそんななのはをじっと見つめていたが……黙っていた。
チャラ、と音を立てる鎖、当然イオスは離すつもりはない。
そして沈黙を破ったのは―――――。
『フェイト!!』
アルフだった。
そしてその声に反応するように―――――。
『バルディッシュ』が、『ジュエルシード』を一つ吐き出した。
◆ ◆ ◆
フェイトの取った行動によって、『テミス』の鎖がほとんど全て弾き飛ばされた。
いや鎖どころか結界まで崩壊し、ガラスが飛び散るような音が周囲に響き渡った。
世界が色を取り戻し、凄まじい暴風が吹き抜ける。
「うにゃああああああっ!?」
「な……何て無茶をするんだ、『ジュエルシード』を再発動させるだなんて……!」
なのはが悲鳴を上げて、ユーノがなのはの肩の上で相手の行動の無謀さを非難する。
展開した鎖のほぼ全てを吹き飛ばされたイオスも、片手で前髪を押さえるようにしながら爆風の中心点を見つめた。
その口元には、どこか苦笑めいた笑みが浮かんでいる。
「見た目に反して、随分とアグレッシブなお嬢さんだな!」
フェイトがやったことは『バルディッシュ』内に貯蔵していた『ジュエルシード』を外に出して掴み、 魔力を流して再度発動させ、『テミス』の鎖をその威力でもって吹き飛ばすことだった。
そして素早く『ジュエルシード』に再々封印を施し、次いで高速移動魔法でその場から退避。
最終的にアルフも連れて転移し、逃走した。
並の魔導師ではこうはいかない、見事な手際だったと思う。
しかし、アレ程の至近距離でロストロギアを起動させて無傷であるはずもない。
実際、爆風が収まった後にフェイトが立っていた場所に行けば……地面に、赤い水のような物が散っているのが確認できた。
「高町さん、ユーノ、大丈夫か?」
「は、はい……あ、イオスさん、ごめんなさい。私……」
「いや、良いよ。おかげでいろいろとわかったし」
「わかった?」
「いや、こっちの話。でも高町さん、民間協力者が管理局員の前で次元犯罪者を手伝う的な話をやるのはやめてくれ、思わず噴きかけちまった」
「ご、ごめんなさい……」
クロノだったらお小言1時間だな、などと思いながらイオスは小指の感触を確かめる。
その小指の先には、通常の10分の1の細さの鎖が……ほとんどネックレスのチェーンのようなそれが、微かな音を立てながら揺れていた。
その先はどこまでも伸びていて、肉眼では見えない。
しかし、確かに『繋がって』いる。
「さぁ、て、と……」
目を細めて、イオスはその先を見つめるのだった。
戦略目標の確保に、動くとしよう。
◆ ◆ ◆
何も、話す必要なんてない。
彼女らが拠点にしているマンションの一室に投げ出されながら、アルフはそう思った。
紅の獣は人間形態になると、家具に衝突した痛みを無視して主人を探した。
「フェイト! どこだい!?」
「……アル、フ……」
「フェイト!?」
いた、すぐ近くに。
赤髪の女性の姿になったアルフは、悲鳴を上げながら主人に駆け寄った。
自分が潰したテーブルを踏み越えながら駆け寄り、主人の少女の上に圧し掛かっていたソファを放り出す。
そうして助け出した少女は、酷い姿になっていた。
「フェイト、手が……!」
「だ、大丈夫……『ジュエルシード』は、離さなかったから……」
「そんなこと……どうでも良いだろう!? フェイトの方が大事だよ!」
気丈に『ジュエルシード』を見せて来るフェイトに、アルフは泣きそうになる。
両手で『ジュエルシード』を持つフェイトの左手を掴むと、その手はボロボロだった。
出撃前はあんなにも白くて細くて……綺麗な手だったのに。
それが今は掌が焼け爛れていて、赤黒く腫れてしまっていた。
バリアジャケットの防護が無ければ、手首ごと消し飛んでいただろう。
それ程、『ジュエルシード』が放った衝撃と熱量は強烈だった。
幸いフェイトの怪我その物は掌だけで―――魔法の治療でも、痕が残るかもしれないが―――他は、擦り傷や痣程度だった。
ただしフェイトの二の腕に残った鎖の痕を見た時、アルフの頬は怒りの赤に染まった。
(あの卑怯者、よくもフェイトにこんな……!)
こちらは犯罪者……アルフにはそんな十字架をフェイトに背負わせる気は無いが、ともかく向こうから すれば次元犯罪者だろう。
その犯罪者を捕縛するのに、管理局のあの男が容赦などするはずが無い。
それはわかっているが、それでもアルフは怒りを感じた。
どうしてフェイトが、こんな目に合わなければならないのかと言う想いがある。
こんなことになったのは、そもそも―――――。
「とにかく、手の怪我を治療しない、と……っ」
その時、アルフは気付いた。
自分が膝に抱えた少女の細い足に、ちゃんと食べているのかどうか不安になるくらいのその片足に、細いチェーンのような物が巻き付いていることに。
それは細い、しかし彼女の鋭敏な嗅覚はそれが何であるかを突き止めていた。
そのチェーン……鎖からは、あの魔導師の匂いが。
「フェイト!」
「……ッ」
アルフがそのチェーンを引き千切った次の瞬間、その鎖に繋がっていた空間が罅割れた。
転移魔法、追跡術式。
それに気付いたフェイトが起き上がり、緊張した面持ちで『バルディッシュ』を握り締めて起き上がる。
いつもなら多重転移で逃げるが、しかし今日はとっさの転移だったため、いつもに比べて転移魔法の術式が単純だった。
<Water spear>
「……ファイア!」
<Photon lancer multishot,fire>
現れた無数の水の槍を、電撃のスフィアで迎撃する。
それは寸分違わず水の槍を撃墜し、フェイトの能力の高さを証明する事になった。
水の槍が電撃に耐え切れず、白い蒸気を発しながら消し飛ぶ。
「そんなダメージで良くやるねぇ」
「……アンタッ、よくもフェイトを……!」
「悪いけど、犯罪者の言葉は『降伏します』『もうしません』以外は基本的に受け付けないんだわ、俺」
だって執務官補佐だし、と笑って蒸気の向こう側から現れたのは水色の髪の魔導師。
彼は両腕の鎖をジャラリと垂らすと、目を細めながら満身創痍のフェイトを見つめた。
「さて、まずは『ジュエルシード』を渡してもらおうか。そして……」
「…………」
片手に『ジュエルシード』を握り締めたまま、フェイトは油断無くイオスを睨む。
状況は不味い、拠点に踏み込まれたのだから。
しかもフェイトは消耗している、この街に来てからほとんど休息も取らずに『ジュエルシード』を探し続けて、魔力もほとんど使い果たしているのだ。
だからこそ、この状況を招いたとも言えるのだが。
いずれにせよ、『ジュエルシード』を渡すつもりはフェイトには無かった。
しかしこのままでは、非常に不味いことになりそうだった。
ならば逃げる他無い、そしてフェイトにとって自身を受け入れてくれるはずの逃げ場とは……。
「……お前らの後ろには、誰がいる?」
「……!」
知られた。
その焦りが、フェイトの行動をより過激な物にした。
もう、迷っている暇は無い。
「『バルディッシュ』―――――!!」
フェイトの身体が放電し、その威力の全てを。
―――――マンションの一室に、拡散させた。
◆ ◆ ◆
「な……何!?」
イオスについてマンションの側の空域に待機していたなのはは、突然の展開に驚愕していた。
このマンションを突き止められたのは、アルフによる魔力流による魔力特定と『レイジングハート』の エリアサーチ、そしてイオスの『テミス』の転移追跡に拠る所が大きい。
最初はなのはも一緒に入るつもりだったのだが、「今度は荒事になると思うから」と言うイオスの言葉に従って待機していたのである。
しかし、予定されていたようにフェイト達が外に逃げてくることは無かった。
むしろ、逆。
フェイト達がいたはずのマンンションの一室から、凄まじい放電と共に魔力による爆発が起こったのだ。
爆炎は真横に広がって夜の空気を熱し、他の部屋には被害が及んでいないことがわかる。
だがそれでも、マンション全体を揺らす爆発が起こったことには違いが無かった。
「ゆ、ユーノ君、これって……」
「たぶん、あの子達がイオスさんに抵抗したんだと思う」
「そんな……」
やはり、意味が無かったのだろうか。
自分は、あの女の子と心を通わせることは出来ないのだろうか。
なのはの胸に、どうしようも無い無力感と虚脱感が宿っていた。
『う、うおーい、高町さん、ユーノ! あいつら外に出たか!?』
「イオスさん? ううん、私達ここにいたけど、フェイトちゃん達は出てきてないと思う」
『そっか……ごめん、逃げられたかもしれない……俺の
「そんな! イオスさんは精一杯……!」
申し訳ないと謝るイオスに、ユーノは首を横に振って応じる。
しかしイオスにとっては、戦略・戦術目標を全て失うという完璧な失敗だった。
何より『ジュエルシード』を確保しきれなかったと言うのが、彼の失敗のレベルを上げていた。
『……悪いけど、俺はこの場の収拾をつけなくちゃいけない。他の部屋の一般の住人も出てくるだろうし、この事態をどうにか誤魔化さねーといけない』
「え、えっと、じゃあ私達は……」
『本当ごめん、こんなに協力してもらったのに……』
「い、いえ、そんな! 元はといえば私が……」
自分が、フェイトと話したいなどと言わなければ。
そんな気持ちが、なのはの胸を支配する。
しかしそれでも、なのはは後悔はしていなかった。
(フェイトちゃん……)
どこに消えてしまったのかは、わからない。
しかしそれでも、なのははまた会いたいと願うのだった。
あの、寂しげな瞳をした女の子に……。
◆ ◆ ◆
やっぱり、ダメだった。
自らの魔法に身を焦がしながら、フェイトはそう思った。
せっかく期待されていたのに、それに応えられなければ意味が無いのに。
「ぶはっ!?」
アルフはフェイトを両手で抱えたまま、固い地面に顔面から叩きつけられた。
歯が折れたんじゃないかと思える程の痛みと衝撃が顔に、そして次いで全身に伝わって行く。
しかしそれでも、腕に抱いた少女は離さなかった。
人間形態であれば自分の方が大きい、だから全身を主人のクッションとしてフェイトを庇ったのだった。
アルフは魔法生命体、主人さえ無事ならばいくら怪我を負ってもすぐに治してもらえる。
そしてそんな理性的な考えとは別に、何よりもフェイトが大事だったのだ。
だから自身を盾にした、それ以上の理由はアルフには必要無かった。
「ふ、フェイト、大丈夫かい……?」
「う、うん……ありがとう、アルフ……」
自爆同然に放った魔法で火傷を負った腕を擦りながら、フェイトは何とか身を起こした。
どこかで打ったのか片頬が擦り切れており、色素の薄い白磁のような肌に赤が滲む様は痛々しくすらあった。
心配そうなアルフとは対照的に、フェイトは自分の怪我のことは気にした様子が無かった。
むしろ、何か落ち込んでいる様子だった。
何故なら、あの時……イオスに追い込まれた時、フェイトは逃げの一手を打つことしかできなかったから。
『ジュエルシード』を全て集めなければならなかったのに、4つしか集めることが出来なかった。
今さら戻ったとしても、拠点も無い。
仮に拠点を無視したとしても、今度はより警戒されてしまっているだろう。
今の消耗しきった戦力では、どれだけの戦果を見込めるのかわからない。
「……やっぱり、私は……ダメな魔導師だね……」
「そ……そんなことは無いさ! フェイトは十分過ぎる程に頑張ったじゃないか! こんなになってまでしてさぁ!!」
「でも……」
落ち込むフェイトに、アルフは少女の薄い両手で肩を掴んで自分の方を向かせた。
「アンタは最高の魔導師だよ! なんたってこの私を造ったんだ!!」
「アルフ……」
使い魔を造ると言うことは、それだけで優秀な魔導師としてのステータスになる。
使い魔を持っていると言う時点で、フェイトは他の並の魔導師を上回る素質を示していると言えるのである。
「……ありがとう、アルフ」
「良いんだよ、私はフェイトの使い魔なんだから」
ようやく少しだけ笑みを取り戻してくれたフェイトに、アルフは鼻を掻くようにしながら笑う。
そしてその時になって初めて、フェイトとアルフは周囲を見る余裕を得ることができた。
そこは、不可思議な雰囲気を持つ建造物の中だった。
現実とは思えない、現実から何かが乖離したかのような……ぼんやりとした、虚ろうような空気。
先ほどまでいた「第97管理外世界」の建造物とは明らかに違う近未来的な様式に、至る所から感じる魔法的な気配。
見覚えのあるその場所に、フェイトは『バルディッシュ』の最終転移座標を確認した。
あの時は無我夢中で、ひたすらに逃げ込める場所を念じたのだ。
「…………騒がしいと思えば…………」
ビクッ、とフェイトの肩が震えた。
そのまま細かく震え続ける身体を動かして、フェイトは声のした方向を振り向いた。
するとそこには、人がいる。
普段はけして自室の外に出ない、籠り切りのはずの人間がそこにいた。
「あ……あの……っ」
「……まさかとは、思うけれど……」
形の良い唇が戦慄いて、明瞭な言葉が出てこない。
綺麗な瞳を揺らがせて、目尻の端に涙すら滲ませて、その人間を見上げる。
相手は傷だらけのフェイトと、ついでに自分を睨むアルフの様子を見て……嘆息。
「……逃げ帰って来たわけじゃあ、無いわよね……?」
ひっ、とフェイトの息が詰まる音が響く。
可憐なはずの肢体はカタカタと震え、白磁の肌は青ざめて畏れを表に表している。
冷たく自分を見下ろすその存在に、フェイトは何度も唾を飲み込みながら言葉を捻りだした。
「ご、ごめんなさい……っ、母さん……!」
「母さん」、そう呼ばれた女性は再び嘆息して……。
―――――フェイトに、手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
次元航行艦『アースラ』の艦橋は、緊張に包まれていた。
すでに艦内には第2戦闘配備の厳命が成されており、艦の速度自体も第2戦速と言う極めて厳の措置が取られている。
その事情はもちろん、次元干渉型ロストロギア『ジュエルシード』の回収を急ぎたいと言う理由がある。
しかしそれ以上に、観測班が遥か遠い管理外世界において小規模ながら次元震を観測したことによる焦りだった。
次元震、わかりやすく言えば次元空間に起こる地震のような物である。
これが大規模になると次元世界を巻き込んで崩壊する大災害に発展するため、神経質にならざるを得ない。
つまり管理局がロストロギアを管理する理由は、こうした「世界の危機」を未然に防ぐためと言う側面も持っている。
しかし、この次元震には思わぬ効能をも『アースラ』にもたらしていた。
「『ジュエルシード』の散逸世界と地域、カンペキに割り出しました!」
「ロストロギアによる小規模次元震が起これば、それはもう9割方当たりだからな」
艦橋に響き渡るエイミィの声に、すでにバリアジャケット姿のクロノが頷いた。
そう、彼らはすでに「第97管理外世界」に『ジュエルシード』が落ちていることは把握していた。
しかし細かい地域となると心もとなかったのだが、しかしそれも『ジュエルシード』によって引き起こされた小規模次元震によって解決した。
後手後手に回らざるを得ない所は苦しいが、しかし運も手伝って何とかギリギリ間に合った。
運が悪ければ、それこそ第97管理外世界は周辺の次元世界を巻き込んで消滅していただろうから。
「しかも……『テミス』のコア反応、キャッチしました!」
続けて発せられたエイミィの言葉に、艦橋が湧き立つ。
イオスのデバイスである『テミス』は、クロノの持つストレージデバイスと兄弟機である。
同じデバイスマイスターの頭脳と腕より生まれ、そのコアの発するパターンは非常に酷似している。
それ故に、『アースラ』のサーチに反応したのである。
しかも、それ以外にも興味深い魔力反応が第97管理外世界からは発せられているのだった。
「どうも、少なくとも2人の未登録魔導師が活動してるみたいです」
「次元犯罪者のデータベースには?」
「そっちにも該当者はいないよ。でも、何だか物凄い魔力の持ち主っぽいんだけど……」
計器を操作しながら、エイミィが自信無さげに首を傾げる。
流石に次元空間内からの計測では、限界があるらしい。
何しろ今到着したような物なのだ、イオスのデバイス反応を拾っただけでも行幸と言える。
何せ、それによって判断することができるのだから。
「クロノ、出られるかしら?」
「勿論です艦長、僕はそのためにここにいるんですから」
実母であり艦長であるリンディの方を向きながら、クロノは力強く頷く。
この20日間待ちに待たされたのだ、彼としてはいつでも所か今すぐにでも出撃したい所だった。
すでに彼のデバイスにはエイミィの調べた座標が入力されている、準備は万端だった。
指揮シートに座るリンディは、そんな息子の様子に微笑んで―――もっとも、すぐに消えるが―――腕を振って命じた。
「それではクロノ・ハラオウン執務官、現地時間明朝に現地入りし、ロストロギア捜索とスクライア側から捜査依頼が来ている少年の捜索、及び未登録魔導師2名の確保と事情聴取、そして……」
多岐に渡る命令、その一つ一つに頷くクロノに再び微笑みを浮かべて、リンディは告げる。
「……執務官補佐、イオス・ティティアをここへ連れて来なさい。詳細な報告を聞きたいから」
「……了解!」
威勢良く応じて、クロノがさっそく転移ポートに向かう。
先ほども言った通り、準備は万端なのである。
そんなクロノに向けて、リンディは懐から白いハンカチを取り出して見せた。
「気を付けてね~」
「は、はぁ……」
それに対して、クロノは苦笑した。
艦長としては下手な冗談だし、母親としては最悪の冗談だと思ったが……。
これが自分の母親だと、良い意味で諦めたのだった。
◆ ◆ ◆
「……はぁ」
翌朝、なのはは二重の意味で学校に行くような気分ではなかった。
一つには、昨夜の失敗が響いている。
フェイトとの対話(会話)は結局の所失敗し、マンションの一部屋をダメにしてしまった。
あれからイオスにはすぐに帰るように言われたが、イオス自身は残って作戦の後始末に追われていたのだろう。
そう考えると、申し訳なかった。
それに、今回の被害はフェイト達を除けば怪我人も出なかったが……脳裏に、先日の破壊された街の光景がよぎる。
一歩間違えれば、以前のような大災害に発展していたかもしれない。
何の根拠も無くフェイト達はそんなことをしないと思っていたが、追い詰められれば誰だって何かの行動を起こすのだ。
そう考えると、なのははますます憂鬱になっていくのだった。
「あ……」
通学用のバスに乗り込んだ時、はたと気付いてしまった。
いつもようにバスに乗り込んでしまったが、不意に昨日の放課後のことを思い出したのである。
実は、それがなのはのもう一つの「学校に行きにくい理由」だった。
と言うのも、昨日……。
「あ、なのはちゃん。おはよう」
「…………」
「お、おはよー……」
いつもの場所、最後尾の座席に2人はいた。
紫がかった黒髪の少女と、窓から漏れる太陽の光をキラキラと反射する金色の髪の少女。
すずかとアリサ、なのはが最も仲の良い友人2人がそこに座っていた。
すずかはいつも通りに挨拶してきたのだが、アリサはそっぽを向いたままなのはを見ようともしなかった。
……昨日の放課後、街に出てイオスと共にフェイトと対峙する前。
学校の終わりの時間に、なのははアリサと喧嘩をしたのだった。
喧嘩と言ってもお互いに言い合いになったりしたわけでは無く、『ジュエルシード』のことやフェイトのことで上の空だったなのはに、アリサが痺れを切らしたと言った方が正しい。
『私達と話すのが嫌なら、ずっと1人でいれば良いじゃない!』
最後はアリサにそう怒鳴られてしまって、なのはは俯くことしか出来なかった。
すずかは「気にしないで」と言っていたが、なのはは自分が悪いことを理解していた。
そして、アリサが怒っているのでは無く心配してくれているのだと言うことも。
なのはから相談してくれることを、ずっと待っているのだと言うことを。
だがなのはには話せない、何故ならなのはの悩みは「魔法」に関することなのだから……。
「あの……アリサ、ちゃん……」
「…………」
なのはが少し怯えながら近付いていくが、アリサはそっぽを向いたままだった。
嫌われてしまったのだろうか……と、なのはが顔を伏せた時。
不意に、すずかの横から少しだけズレて場所を開けた。
どうやら、座れと言うことらしい。
その頬が、微かに赤らんでいるように見える。
そんなアリサになのははポカンとした表情を浮かべて、すずかは苦笑いを浮かべていた。
アリサはそっぽを向いて窓の外を眺めているだけで、何も言わない。
しかし、纏っている雰囲気は……どこか柔らかかった。
「アリサちゃん……」
目尻に涙を浮かべて、なのははアリサとすずかの間に座る。
アリサはそっぽを向いたままだったが……その手だけは、なのはの横に置かれていた。
なのはがそっとその手の上に手を重ねると、ゆっくりと握り返してくる。
親友同士、手を握って。
……仲直り。
そんな2人の様子を、すずかは穏やかに微笑んで見守っていた。
◆ ◆ ◆
なのはが通学バスの中で親友と仲直りしている頃、イオスはユーノと共に『ジュエルシード』の探索を続けていた。
ユーノはなのはと共に高町家に戻って休んでいたのだが、イオスはマンションの一件の後始末とフェイト達の魔力サーチ―――どうやら、海鳴市にはいないらしい―――を続けていた。
実はすでに非常食も底をついて、ここ数日は海で魚を獲って凌いでいる。
しかし栄養やエネルギーのことを考えると、水と魚だけでは厳しくなってきていた。
幸い水は魔力がある限りいくらでも出せるので、真水と湯浴みには不自由しなかったが……。
(魔力変換資質がこんな所で役に立つとは思わなかったが……)
一応、生きるために能力を使っているわけだから、別段イオスは悪いとは思わない。
ただ、管理局には受けは良くないだろうと思う。
何しろ、サバイバルに使っているのだから。
ただいずれにしても、イオスの疲労と空腹はかなりのレベルに達していた。
多少の無茶を承知で昨日、フェイト達の拠点を強襲したのにはそう言う理由もあった。
これ以上はジリ貧になるのがわかっていたから、あえて賭けに出たのである。
残念ながら、その賭けは失敗に終わったようだが。
「あの、イオスさん」
「……おーう、何だユーノ」
そして今は、あと10個近く飛散している『ジュエルシード』の探索を続けている。
休まなければとも思うが、休んでいる間に『ジュエルシード』の暴走があった場合、目も当てられない。
なのはの協力があるとは言っても、なのはが動けない時間にはイオスが動かなければならない。
つまり、正規の戦力がどうしても足りない。
限界だった、いろいろな意味で。
「昨日のことなんですけど……あの、なのはを怒らないでくれませんか?」
「いや、別に怒ることなんて無いんだけど……実際、高町さんはよくやってくれてるし」
フェイトに対して何か思い入れがあるらしいが、それさえ除けば後輩として頼りになる人材だと思う。
魔力量も目標に対するひたむきさも、そして心根の正直さも真っ直ぐさも……イオスは好意を抱いていた。
むしろ魔法を学び始めて1ヶ月にも満たない人材が、前線で正規の魔導師をサポート出来ていることの方が出来過ぎなのだから。
その意味では、イオスはなのはに対して不満を抱きようが無かった。
「本当、高町さんも……それにユーノも、良くやってくれてるよ」
「なのはは凄いけど……僕は、全然何も出来てないです。僕のせいなのに……」
「んなことねーって。高町さんが頑張れるのは、たぶんお前のためってのもあるんだからさ」
それは、イオスにも確信に近い物があった。
なのはの頑張りの半分は、おそらくユーノのためにと言う物があるはずなのだ。
「そうかな……僕、役に立ててるかな……」
「もちろん。今だって俺の代わりにエリアサーチしてくれてるじゃん」
「……これくらいしか、出来ないですから」
同じように自信の無い回答、だが今度は幾分か気持ちが楽になっている様子がわかった。
肩に乗せたユーノから視界を動かすと、遠目に水平線が見える……海だ。
今は空を飛びながら、イオスとユーノは『ジュエルシード』を探している。
まぁ、あまり効率よく見つけられているとは言い難いが……。
「「……ッ!」」
しかしその時、付近にその反応を感じた。
『ジュエルシード』の反応、しかも極めて近い。
「イオスさん!」
「ああ!」
力強く頷くイオスだが、その実疲労の極みにあった。
空腹な上に魔力も十全では無い、しかしそれでも行かねばならなかった。
ジャラリと両腕の鎖を擦れ合わせながら、イオスは『ジュエルシード』の反応地点へと飛翔した。
行ってみれば、そこは海辺近くの公園だった。
木々が植えられていて緑豊かな公園で、時折吹き込んでくる海風が心地良いと評判の場所だ。
ジョギングや犬の散歩のコースにしている人間も多いが、今は時間的問題のためか公園に人通りは無い。
「ユーノ、結界頼む」
「はい!」
そしてその公園の中心に……いた。
それは、木の化物の姿をしていた。
とはいえ以前に街を破壊したもの程では無く、あくまでも植物に『ジュエルシード』が取り付いた程度の 物らしかった。
一本の木が生物のように動き、枝が腕のように、そして根が足のように蠢いていた。
含有魔力は大きいが実力的にはそれ程でも無い、イオスはそう判断した。
「縛れ、『テミス』!」
<Chain bind>
『テミス』の電子音声が響き、両腕の鎖が鋭角的に進みながら暴走体を捕える。
その鎖は一旦は暴走体を縛り上げたが、しかし……。
『ウオオオオオオオオオオオンッ』
「うおっ!?」
風を切るような音を立てて腕……つまり無数の枝を振り回して、暴走体は鎖を振り解いてしまった。
向こうの力が強いのか、もちろんそれもあるだろう。
しかし何よりも、消耗したイオスの魔法の威力が下がっていると言うのが大きかった。
暴走体から僅かに距離を取りながら、イオスはさてどうするかと思う。
(今の状態だと、大威力魔法は厳しいなぁ……)
元々、砲撃魔法などはイオスは得意では無い。
また出来たとしても、今の魔力の回復量では心もとない。
なのはを学校から呼ぶと言う手もあるが、出来ればそれはしたくない。
もちろん、最終的にはそうするかもしれないが。
大威力魔法以外となると、近接での封印が必要になる。
しかし見る限り、あの暴走体は枝や根を振り回していて近付くことも難しそうだ。
遠距離からジリジリ削るしか無いだろうが、しかし……。
「……イオスさん!」
その時、ユーノが緊迫した声で叫んだ。
暴走体が突っ込んできたのかと思ったが、違った。
むしろ逆だ、暴走体に魔法攻撃が加えられていたのだ。
青白い剣のような魔力刃が無数に暴走体に突き刺さり、枝や根を吹き飛ばしていた。
一定量が刺さったかと思った次の瞬間、爆散する。
空気……いや、結界に覆われた空間すら震わせる程の轟音が鳴り響く。
その時に発せられた魔力の波長に、イオスは覚えがあった。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」
聞き覚えのある声、そして魔力の気配。
さらに続けて放たれる青白い魔力刃、波状攻撃が終わったその後には。
「……どうしたイオス、あの程度に梃子摺るようじゃ執務官にはなれないぞ」
「は……うっせーよ」
感じていた疲労もどこかへ行って、イオスは笑みを浮かべた。
彼の視線の先には、小柄な少年が立っていた。
足元には萎れた木、その手には不思議な形をした杖と……『ジュエルシード』。
「……おせーよ、クロスケ」
「クロスケじゃない。だが、遅くなってすまない」
黒髪黒目、小柄だが頼りない雰囲気は出ていない体躯。
銀のラインが入った黒のコートの襟には役職を示す金の紋様、そして紺色のパンツと黒のブーツ。
イオスと同じようなデザインの銀の篭手そして両肩に特徴的な銀の棘のような物が添えられている。
漆黒のバリアジャケット、全身から滲み出る自信と気概。
彼は、柔和な眼差しで告げた。
「時空管理局次元航行艦『アースラ』所属、執務官のクロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を報告してほしい」
彼、クロノ・ハラオウンがそう告げると。
……イオスは、振りではなく大きく息を吐いた。
アースラと合流です、無印編は大人し目に展開して行くような気がします。
ただ原作と変えたい部分もいくつかあるので、それについてはいろいろと仕込みたい物です。
やはり魔導師を1人増やすので、少しずつですが日数的に短くなるかもしれません。
その意味では、後々の時間軸が少しずつ狂っていくかもしれませんね。
無印と二部の間の話についても、いろいろ作りたいですし。
ただ最終的にはやはり、本番は第二部な予感です。
では、失礼致します。