魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第22話:「査察官、現実と真実と結果と」

 

 ギンガは、母から戦いの技術(シューティングアーツ)を学んだ。

 妹のスバルが真面目にシューティングアーツを学びだしたのはつい最近であって、母からの直接の手ほどきで基礎を叩き込まれたのは、純粋な意味ではギンガだけだ。

 だから彼女は「母クイントの後継者」を自負していたし、捜査官資格もそのために取ったような物だ。

 

 

『忘れないでね、ギンガ。シューティングアーツにおける打撃系の真髄を――――』

 

 

 ――――そんな過去の記憶から戻った彼女を襲うのは、鋭利な痛み。

 視界に飛ぶ赤い霧のような水は、彼女自身の肌から吹き出る血液であった。

 姿形が変化しても能力まで写し取るわけでは無い、結局のところ敵の攻撃は爪で行われる。

 

 

 しかし戦闘機人だけあって敵、つまりドゥーエは体術もかなりのものだ。

 ギンガ自身が近接戦闘特化のスタイルであることも、相応の厳しさを生んでいる。

 要するに、ドゥーエの射程から出れば自分の攻撃も届かないのであるから。

 

 

「ふっ……!」

 

 

 それでも、何とかドゥーエの攻撃を掻い潜って反撃の踏み込みを行えば。

 

 

「ギンガ、母さんに手を上げるの?」

「……ッ」

 

 

 母は死んだ、もういない。

 頭でわかってはいても、心まではそうはいかない。

 それは彼女の心が「人間」であることの証左ではあるのかもしれないが、この場合はマイナスだった。

 

 

「あ……ッ!」

 

 

 悲鳴を噛み殺して息を詰める、「母」の言葉に攻撃の手を止めたギンガの両足から赤い血が噴き出した。

 両足の太腿に、3本線の傷が横に刻まれる。

 血自体はすぐに勢いを失って止まるが、しかし機動力を奪われたのは確かだった。

 シューティングアーツにとって、命とも言える足を。

 

 

 見れば、ギンガの受けている傷は両足に限らない。

 頬や右腕など、剥き出しの肌や装甲の薄い部分を狙われて切られている様子だった。

 傷口が鋭利な分、見た目は痛々しく流れる血は滑らかで。

 

 

「うふふ、素直な娘で嬉しいわ……私の「妹」達には、きっと劣るけれど」

 

 

 一瞬だけ声が変わるも、姿は変わらずクイントのまま。

 あんないやらしい笑みを浮かべた母は見たことが無いし、見させられていることにギンガは不快を感じていた。

 しかし、あの顔を攻撃することが出来ない。

 

 

(……母さん……)

 

 

 あの顔を見れば、ギンガは己の中の幼い部分を刺激されてしまう。

 それも、仕方が無いことだろう。

 戦闘機人の研究ラボから自分とスバルを助け、養子にして育ててくれた人なのだ。

 大好きだった、だからこそ追い詰められている。

 

 

(……でも、勝たなきゃ)

 

 

 わかってはいるのだ、打倒しなければならないのだと。

 自分が敗れればヴェロッサが危機に陥り、かつ彼がもたらすだろう情報を仲間に届けられないのだ。

 それは、作戦全体の成否に関わってくる。

 

 

 だが、仮初とは言えギンガにクイントを倒すことが出来るだろうか。

 出来ない、事実、ここまでの戦闘では出来ていないのだから。

 だが、やらなければならない。

 このジレンマを、ギンガは何とかして埋めなくてはならなかった。

 

 

『お前は、戦闘機人だ』

 

 

 その時、ギンガの脳裏にある青年の言葉が蘇った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

『戦闘機人・ギンガとして、これから付き合って行こう!』

 

 

 物語の王子様のように人間扱いするでもなく、ただ戦闘機人として受け入れた男。

 ある種、かなり珍しい部類に入る人間だろう。

 そして彼を思い出してしまったが故に、ギンガは気付いてしまったのだ。

 

 

 勝利、そのために自分がすべきことに気付いてしまった。

 そして気付いてしまえば、後は感情の問題だった。

 彼の言葉を、はたして自分がどれだけ理解して……否。

 受け入れられて、いるのか。

 

 

「……現実を、受け入れて」

 

 

 彼が好きそうな言葉を口にして、ギンガは微かに笑んだ。

 やるべきことは決まっている、昔からそうだ。

 だから、彼女も受け入れなくてはならないのだろう。

 自分自身の、現実を。

 

 

 戦闘機人として生まれ、人間として育てられていたギンガ。

 それは幸福で、しかし同時に恐怖を伴う枷でもあった。

 その枷を壊すのが怖くて、思えばギンガは今まで手加減して生きていたのかもしれない。

 

 

「さぁ、私には他にも仕事があるし……そろそろ、終わりにさせて貰うわね?」

 

 

 断るようにそう告げて、クイントの姿をしたドゥーエが飛び込んで来た。

 動きが早い、負傷を重ねた今のギンガには回避できない。

 だから彼女は、ドゥーエの爪を正面から受けなければならなくなった。

 そして、ギンガの左胸をめがけて寸分違わずに突き込まれて来た三本爪を。

 

 

「――――アァッ!!」

 

 

 受け止めた。

 左胸の甲冑を裂き、肌一枚を傷つけた所で突き込みが止まる。

 何事が生じたのかは、見た方が早いだろう。

 起こった事象そのものは、極めて単純なものなのだから。

 

 

「な……っ、ギ、ギンガ? 離しなさい、母さんの言うことが聞けないの?」

 

 

 右腕で、爪に触れないようにドゥーエの右手の手首を掴んで、力尽くで止めたのである。

 そしてドゥーエが猫なで声を立てても、その手はけして離されなかった。

 むしろ力が増し、ドゥーエの人口骨を軋ませて歪めてしまう。

 

 

 それ以上にドゥーエを驚愕させたのは、ギンガの動き。

 ゆっくりと左手を掲げ、『リボルバーナックル』を排熱させつつ打撃の体勢に入っていたのだ。

 この至近距離で戦闘機人の容赦ない一撃を浴びればどうなるか、ドゥーエは冷たい汗を背中に流す。

 

 

「ま、待ちなさいギン」

 

 

 最後まで言えなかった、聞くのも不快だとばかりに強制的に黙らされてしまった。

 ギンガの、ドゥーエの顔面を潰す頭突きによって。

 鈍い音が頬骨のあたりから響いて、ドゥーエが痛みに顔を顰めながら仰け反る。

 その時、ギンガの前髪の間から彼女の目が見えた。

 

 

 ――――金色の虹彩を放つ、特殊な瞳がそこにあった。

 

 

 ドゥーエにはわかる、わからないはずが無い、アレは「戦闘機人の瞳」なのだ。

 戦闘機人が戦闘モードに入る時、体内を駆けるエネルギーの熱があのような形で現れる。

 つまり、今のギンガは。

 

 

「『リボルバー……」

 

 

 目の前の敵を見据えて、自分の「人」の部分を殺してただ見据えて、ギンガは左拳を振り上げる。

 一撃必倒、身体に染み込んだ母の教えのままに――――母の姿をした者を打撃する。

 出力も、術式も、魔力も、防御も……新旧も関係なく、ただ打ち倒すための力がそこにはあった。

 彼女は今、敵を打ち倒すだけの兵器だった。

 

 

「……シュ――――ト』オォ――――ォッッ!!」

 

 

 戦闘機人・ギンガは、己の中に眠る戦闘機人としての全てのエネルギーでもって敵を殴打した。

 ドゥーエの左胸に縦に突き込まれた拳が、『リボルバーナックル』ごと横へと抉り込むように回転する。

 ドゥーエは己の中を貫いた力任せの一撃に身体をくの字に折り、息ばかりか全てのエネルギーを外へと強制排出されながら吹き飛ぶことになった。

 

 

 回転する視界、床の上を機材を破壊しつつ吹き飛ばされる打撃の感触、口の中に広がる鉄錆の味。

 きっちり3度床の上をバウンドした彼女の身体はいつしか元の姿に戻り、そして壁に激突する。

 壁がなければさらに数十メートル吹き飛ばされていただろう、その証拠に壁はドゥーエの身体のサイズそのままにヘコみ、そこからドゥーエの身体は落ちてこなかった。

 壁に磔にされているかのように、両腕を広げて意識を飛ばされていた。

 

 

「……っ、か、ぁ……は……!」

 

 

 そして、ギンガ自身もその場に崩れ落ちた。

 それまで魔力と気合いで押し留めていた流血が勢いを増し、床に両膝と両掌をつけて呼吸を乱した。

 瞳は、いつもの色合いに戻っていた。

 そして自身の母への未練を消すために発現させた戦闘機人の力は、どうやらかなりの負担を彼女に与えたらしい。

 

 

「ふ、ぅ……」

 

 

 それでも何とか呼吸を整えて顔を上げれば、ヴェロッサが気絶したドゥーエの頭に手を置いている所だった。

 何をしているのかと正直思うが、しかし事前に話を聞いているので困惑はしなかった。

 まぁ、役割分担と言う物である。

 

 

「……どう、ですか……?」

「ああ、ごめんね。これが済んだらすぐに手当てをするよ、大して戦闘の役に立てなくて申し訳……」

 

 

 ヴェロッサには、『無限の(ウンエントリヒ)猟犬(・ヤークト)』以外にもう一つの特殊技能があった。

 『思考捜査』と呼ばれるその技能は、名前の通りの能力である。

 対象の記憶や知識を探り、情報を得ると言う……条件は相手に直に触れること、なので握手などでも十分に効果を発揮するのだ。

 

 

 ある意味でヴェロッサを査察官たらしめている能力であり、知っている人間は極めて少ない。

 ここに突入する前に聞いていなければ、ギンガも俄かには信じられなかっただろう。

 そして途中で言葉を止めたヴェロッサに訝しげな視線を向ければ、ヴェロッサは珍しく真剣な表情を浮かべて。

 

 

「まさか……そんなことが可能なのか……?」

「ア、アコース査察官?」

「――――イオス君達に、知らせないと。下手を打てば、イオス君達は全滅することになる……!」

 

 

 ヴェロッサがドゥーエの脳から読み取った情報、それは。

 

 

「はやてを――――「助けてはいけない」! イオス君!!」

 

 

 ――――『夜天の書』の、恐るべき使用法だった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 その時、はやてが何事かを呟くのをイオスは聞いた。

 しかしその呟きを聞き咎めると言うことが、イオスには出来なかった。

 何故なら彼は次の瞬間、腹部に重い衝撃を喰らってしまってからである。

 彼の腹を打った物、それは剣十字の杖だった――――「紫色の」。

 

 

(何――――!?)

 

 

 イオスによって穴を開けられた巨大扉まで吹き飛ばされ、しかし激突はせず、空中で身体を回すようにして扉に着地する体勢をとった。

 そしてそのまま床へと降りるのだが、その際、たたらを踏むように2、3歩身体を傾けざるを得なかった。

 それだけ、重い一撃だったのである。

 

 

<危ない!>

 

 

 リインの声に顔を上げれば、見覚えのある射撃魔法が彼の前にまで迫っていた。

 血色の輝きを放つ21発の短剣、純粋な魔力で形成されたそれをイオスとリインは知っていた。

 だがそのことに考えを巡らすよりも先に、イオスは鎖での防御を選択しようとした。

 

 

「……あ?」

 

 

 しかし掲げた腕には、何も存在していなかった。

 何を言っているのか、わからないだろうか。

 ならば、より具体的に告げるとしよう。

 ――――『テミス』の鎖が、彼の両腕に無かったのである。

 

 

 その驚愕の――あまりにも現実離れした――事実を認識をすることも許されずに、イオスは短剣の群れの襲来を受けることになった。

 防御、回避、共に不可能のタイミングで、イオスはそれを受けることになった。

 短剣はそれ自体が魔力の塊であるため、着弾と同時に21本が全て爆発した。

 断続的に響く爆発は巨大扉の枠を破壊し、上から下へと砕けて崩れていった……。

 

 

「……ふふふ」

 

 

 形の良い唇から漏れるのは、どこか薄い笑い声だった。

 声の主は、19歳の茶髪の女性……のはずだが、どこかそうは思えないアクセントの声だった。

 そしてその顔に浮かぶ笑みも、どこか性別を異にしているようにも思える。

 

 

「チンクの真似をしてみたのだが、どうかね?」

「爆発の威力が足りないのでは無いかと」

「そうかね、では次はもっと力を込めてやってみるとしようか」

 

 

 傅くように追従するのはクアットロだ、そして彼女が追従する相手は1人しかいない。

 しかし想定されるその人物と目の前の女性とでは、容姿がまるで異なるのだった。

 クアットロの目の前で紫色の剣十字の杖を持つ女性は、自分の身体の感触を確かめるように細かな動作を繰り返している。

 

 

 茶色の髪と黒の瞳はそのままに、しかし衣装は杖も含めてまるで異なっている。

 直前までブラウスとタイトスカート姿だったその女性……「八神はやて」は、今や騎士甲冑姿だった。

 これも形は変わらないが、色合いや形状がやや異なる。

 金ラインのインナーは紫色であり、上着やスカートなども白や青から黒と濃い灰色へと変化している。

 共通項は、背中に浮く黒の6枚羽根くらいだろうか。

 

 

「その様子では転写は上手くいったようですね、ドクター?」

「うむ、問題は無いようだ。後は性転換措置が必要だがね……こちらも、問題は無いようだ」

 

 

 そして、普段の「八神はやて」との最大の違いはその両腕である。

 現在、彼女の両手には漆黒の鎖が巻き付いていた。

 それは細い腕にサイズ変更された篭手のような手甲と、黒光りする鋼の鎖……『テミス』だ。

 本来はイオスの腕にあるべきそれが、何故「八神はやて」の腕にあるのか。

 

 

「うふふ、良くお似合いですよ」

「そうかね? まぁ、私としても感傷の一つも……」

 

 

 不意に、2人は言葉を止める。

 その視線は真っ直ぐ、崩れた巨大扉の方へと向いている。

 そして瓦礫の一部が徐々に大きく揺れて、捲れ上がる。

 そこから現れた男に、彼女達は良く似た笑みを浮かべて見せた。

 まるで、親子のように。

 

 

「やぁ、初めましてだね……イオス・ティティア君」

 

 

 告げられた青年は、瓦礫を片手で押しのけながら「八神はやて」を。

 「八神はやて」の姿をした、ジェイル・スカリエッティを睨んだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 いったい、何事が生じたのか。

 イオスは、らしくも無く動揺に心が揺れていくのを感じていた。

 

 

「いったい、何が起こったのかと……きっとキミは混乱していることだろうね」

 

 

 そんなイオスの心を見透かすかのように、はやては――――スカリエッティは、鎖の先端を揺らしながらイオスを見た。

 先端のクリスタル部が、何かのデータを書き換えているかのように激しく明滅しているのが気がかりではあった。

 ……だが、イオスにとっては。

 

 

「このデバイスは、実は私が基礎構造を開発した品でね。元々は私の物として……ああ、正確にはオリジナルの私だね、とにかく使用するつもりだったのだが。最終的には別の品の方が利便性が高くなってしまってね、と言うのも実体の鎖よりも魔力構成の糸の方が暗器としての性能を持ち」

「そっちじゃねぇ……!」

「ふむ?」

 

 

 クアットロが「ドクター」と呼び、そしてはやての姿をした「ドクター」が「オリジナル」と言う。

 ここまで単語が揃い、かつ相手がかのドクター・スカリエッティ。

 そうなってくると、嫌な想像をしてしまうのも無理からぬことだろう。

 

 

「てめぇ……八神さんに、何をしやがった」

「人聞きが悪いねぇ」

「何をしたのかって……聞いてんだよ!」

「あら、こわーい」

 

 

 ふざけたことを言って、クアットロがはやての腕にしなだれかかる。

 はやて=スカリエッティはそれを嗜めるような目で見た後、改めてイオスを見た。

 イオス自身は先程の射撃魔法で負傷しているのか、バリアジャケットの袖から微かに血が流れているのが見える。

 そんな彼に対し、はやて=スカリエッティは胸を張るように笑みを浮かべて決定的な言葉を告げる。

 

 

「自己紹介をしようか。私はジェイル・スカリエッティ、しがない科学者だ」

 

 

 はやての身体で、そんなことを言う。

 その言葉にイオスは拳を握り、彼の中でリインは口元に両手を当てた。

 

 

「――――記憶の転写、かつてその分野に凄まじい執念を燃やした科学者がいてね」

「……プレシア・テスタロッサ」

「そうそう! あの『F』の遺産の作り主だね、彼女は亡き娘を蘇らせるためにいくつかの技術を開発したが、管理に興味を示さなかった。なので少々有効活用させて貰ったのさ」

 

 

 プレシア・テスタロッサ、彼女が失った娘を取り戻すためにとった手段は以下のものだ。

 クローン体の器を作り、そこに娘の記憶を転写する。

 記憶転写の技術は完璧だったが、クローン体に芽生えた自我との間に齟齬を生じて失敗した。

 プレシアはかつて、この記憶転写の理論をスカリエッティの持つクローニング技術「プロジェクト『F』」との交換材料に使ったことがある。

 

 

 そしてスカリエッティはこの技術をさらに進化させ、人間が使用していない未使用部分の脳内に記憶を転写して保存する、という方式を可能にした。

 これは言うなれば、1つの脳の中に2つの人格情報を刻むということである。

 1つはもちろん、身体の持ち主である「八神はやて」。

 そしてもう1つは、招かれざる人格「ジェイル・スカリエッティ」だ。

 

 

「とはいえ少し予想外のことも起こってね、元々は保険用の仕込みのつもりだったんだが……こうして、私の人格の方が主人格として表に出てしまっているのさ。脳の未使用部分の方が容量が大きいからかもしれないね、検証の必要があるだろう」

 

 

 その話が事実だとすれば、と、イオスは戦慄した。

 はやての人格は眠っているとして……そして今、スカリエッティの人格情報が主になっているとすれば、それはつまり。

 

 

<はやてちゃんの、肉体を……!>

(……奪いやがった、ってか?)

 

 

 そんなことが可能なのか、などという疑問は無意味だった。

 何しろ、目の前で起こっているのだから。

 目の前で起こっている以上、認める以外の方法をイオスは知らなかった。

 

 

 取り戻すにはどうすれば良いか、必死で脳細胞を回転させる。

 しかし生命工学になってくるとイオスは専門外であって、妙策は容易には思いつかない。

 ぎりり、と奥歯を噛み締めれば……出てくるのは、ある疑問だ。

 

 

「……どうして、八神さんだったんだ?」

「ふむ? たまたまという理由では納得できないかね?」

「吐かせ、わざわざ地上本部の会議室まで押しかけてご招待するような奴が、たまたまとか言ってんじゃねぇよ」

 

 

 とはいえ、思い当たる節は一つしかない。

 

 

<……『夜天の書』です?>

(だろうな、ただ……アレは永久封印されてるはずだ)

 

 

 イオスとリインの、というより管理局側の共通認識だ。

 はやてが拉致された時点で、『夜天の書』以外の可能性は想定し得ない。

 そして『夜天の書』の解封の意味する所は、やはり一つだ。

 それは、カリム・グラシアの『預言』でも示唆されていた事態。

 

 

「管理局、本局の大破壊(グレート・ディストラクション)が目的か!!」

 

 

 管理局システムの崩壊、それを計る上で本局の破壊ほど効率的な物は無いだろう。

 テロとしては、これ異常ないほど凶悪だ。

 しかし、イオスの耳に届くのはスカリエッティの肯定の言葉ではなくクアットロのクスクスという笑い声だけだった。

 

 

「もちろん、ドクターの夢、私達の望む世界のために管理局のお馬鹿さん達にはいなくなってもらうけどぉ~……でもぉ、ドクターと私達の狙いはそこじゃないの」

「んだと……」

「知っているかい、イオス・ティティア君」

 

 

 スカリエッティの声に視線を向ければ、彼は学校の教師のように人差し指を振って見せた。

 

 

「『夜天の書』には、非常に興味深い機能が付属している。そう、蒐集能力だ」

 

 

 知っている、何しろ『夜天の魔導書』はそのために造られたのだから。

 加えて言えば、イオス自身その蒐集能力にかかったことさえあるのだから。

 魔法や技術の、記録媒体。

 そしてスカリエッティが『夜天の書』のかなり詳しい部分までの情報を持っているらしいことには、イオスはもう驚かない。

 

 

「仮定の話をしよう、イオス・ティティア君。その蒐集能力が人格データにまで及ぶ物だったとして、転生機能を持つ『夜天の書』の中で永遠に保存され続けるとしたらどうだね? あるいは何らかの意思が、そう、アギト君やキミと融合している融合機のように管制・管理の機能を有していたとして……今、こうして私が八神はやて君の肉体に転写されて乗っ取っているように、その意思から権限を奪い取ることが出来たとしたら、何が起こると思うかね?」

 

 

 ……それは。

 それは、ぞっとするような想像だった。

 何故なら、彼の目的の一端が見えてしまったから。

 

 

 『夜天の書』に自らを蒐集させ、これを乗っ取ると言う……ジェイル・スカリエッティの計画が、見えてしまったからだ。

 彼はそれによって、永遠に近い時間と巨大な破壊の力を得るだろう。

 本局と地上本部を破壊して管理局の守護を喪失させることも不可能ではない、仮に『アルカンシェル』などで滅ぼされても――――転生機能があるのだから。

 

 

「お前、正気か……?」

「もちろん至って正常だとも。しかしね、私も人間として生み出された以上――――寿命と言う限界が設定されている」

 

 

 大真面目に頷くが、その瞳の中には明らかに狂気があった。

 自分に寄っているかのように腕を掲げ、何かを求めて歌うように言い募る。

 

 

「しかし私は永遠に探求したい! 素晴らしい作品達を造り出し続けたいのだよ! そして造るのさ、完璧な生命操作技術を! 何者にも邪魔されない、我々の自由な世界を! まぁ、最高評議会の手で培養槽の中で目覚めさせられて以来の、刷り込みにも似た願いだが……いずれにしても、人という枠に与えられた時間は余りにも儚く、そして短い」

 

 

 はやてを狙ったのは、はやて側から『夜天の書』の封印に干渉するため。

 そして封印が解除された暁には、そのマスターの肉体をもって『夜天の書』を統べる。

 肉体、器たるはやては『夜天の書』に呪い殺されるだろうが、スカリエッティの人格データは蒐集によって永遠に生き続ける。

 

 

 イオスには、いや誰にとってもそうだろうが、正気の沙汰とは思えなかった。

 だいたい、あの管制人格(リインフォース)がスカリエッティの計画通りに屈するとは思えない。

 そのためのはやての身体、マスター権限なのだろうが……『夜天の書』には謎が多い。

 それとも、スカリエッティはそれすらも飲み込んで探求できると言うのだろうか。

 それは、それは……。

 

 

「くくっ……そして今やこの身体は私の物だよ。八神はやて君の人格情報がどこに失せたのかは、もはや私にもわからない。ただ一つ言えるのは、『夜天の書』との繋がりを感じると言うことだね。どうやらまだ封印されているようだが……」

「でもぉ、大丈夫! この身体と『夜天の書』を中継する便利な子達がありますからー♪ 『夜天の書』から切り離されて、でも完全には切れていない――――守護騎士プログラム」

 

 

 クスクスと邪悪な笑みを浮かべながら、クアットロが楽しそうに言う。

 まるで、嘲弄し、嘲笑するかのように。

 嘲弄し、嘲笑しているのだろう。

 彼女は言う、守護騎士プログラムこそがはやてと『夜天の書』を繋ぐ強固な鎖なのだと。

 

 

「この身体の持ち主を守るために戦ってるのに……今は存在するだけでこの身体の持ち主を滅ぼす。何て美しい忠誠心! このクアットロ、感動しすぎて涙が出るほど笑っちゃいますねぇ? あははははははははははははははははははははははははははははははははははっっ!!」

 

 

 不快な声だと、思う。

 頭の中にガンガンと響いてくるような品の無い笑い声だ、非常に癇に障る。

 不快だった、話の内容からして不快だった。

 しかし、何よりも不快なのは。

 

 

「……やかましい」

「はい?」

「お前が……」

 

 

 はやての身体を勝手に使い、リインフォースを害し、破壊をもたらして自分達に都合の良い世界を作ろうとしていることが?

 もちろんそれもある、しかしそれ以上に気に入らないことがある。

 何よりも不快で、許し難く、今すぐにでもその口を閉ざしてやりたいと思う理由。

 それは。

 

 

「――――お前如きが、アイツらを語るんじゃねぇよ……!」

 

 

 守護騎士(ヴォルケンリッター)、その存在を。

 クアットロ如きに語られることが、何よりも気に入らなかった。

 そんなイオスの眼光に、しかしクアットロははやて=スカリエッティの腕に自分の胸を押し付けながら艶やかに笑むのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 永遠の探求、自由な世界、無限とも思える欲求の充足。

 とどのつまりは、それが目的。

 それがジェイル・スカリエッティの計画の全貌――八神はやてに対する――であって、もしかしたら他にも別の形での成就を狙っていたのかもしれない。

 

 

 それに対して、イオスが言えることはたった一つだった。

 いつだって、一つだった。

 それは、今や彼の座右の銘ですらあるかもしれない言葉だ。

 

 

「……現実見やがれよ、クソ野郎が……!!」

 

 

 ――――永遠など無い、自由と破壊は両立しない、欲求(ねがい)の全てが充足されることはあり得ない。

 それが、現実だ。

 10年前の『闇の書』事件に関わった全ての人間が知っていることを、目の前にいる科学者は知らない。

 

 

「生命操作技術の完成? 自由な世界ぃ? 笑わせんなよ……そんなのただの、世の中と折り合いのつけられない根暗な引き篭もりの屁理屈だろうが」

 

 

 ジェイル・スカリエッティは、結局、プレシア・テスタロッサと同じだ。

 科学者の性なのだろうか、本来は現実をより良くするための頭脳が己の欲望のために使用されると、どうしてこうも独善的な思想に染まってしまうのか。

 娘を求めてのことであろうと、自由を求めてのことであろうと。

 

 

「お前はただの、犯罪者だ……! それも超弩級の変態野郎だよ、19の女の身体を乗っ取るわ、造る戦闘機人は美人な女ばっかだわ、プレートやら映像やら自己顕示欲強ぇわ、あげくの果てにはロストロギアになりたいっつーボケたこと吐かすわ……それがお前の現実だ、クソ野郎」

「ふむ、才ある者は常に理解されないものねぇ」

「寂しい奴だな」

 

 

 何かに浸るように額に指先を当てて溜息を吐く相手に、イオスは吐き捨てた。

 

 

「そんな言葉でしか自分を正当化できないような奴が、才ある者なわけねぇだろ。ただ皆にわかってもらえなくて喚いてるガキと変わらねぇ、そんなお前が歴史上の悲運な偉人達と並んで語れるわけねぇだろが」

 

 

 スカリエッティの境遇を、イオスは本当の意味では知らない。

 そして知らないからこそ、彼にはスカリエッティの行為を客観的に見ることができる。

 

 

「現状を変えたいっつーのは、誰だってそうだよ。でも皆、他人に迷惑かけねぇ範囲でやってんだよ、それをお前は犯した。だからお前を人々はこう呼ぶだろうよ……犯罪者ってな」

 

 

 現状に不満を抱き、変えたいと願うのは普通なことだ。

 誰だって思っているし、思うことで毎日を生きているのだ。

 懸命に、努力して、少しずつ変えようと奮闘しているのだ。

 

 

 それなのに、目の前の犯罪者はそれを己の欲望のために台無しにしようとしている。

 現状の不満と戦うのは結構なことだ、だがそれによって他者を踏み躙って良い理由にはならない。

 絶対に、ならない。

 

 

「ご高説どぉもぉ、でも、それこそ現実は変わりませんねぇ」

 

 

 特に感銘を受けたでもなく、むしろつまらなそうにクアットロが応じる。

 

 

「守護騎士とのリンクを経由して、ドクターは『夜天の書』の封印を内側から排除する。オットーとディードは失敗したみたいだけれど、そんなのは関係無い……訪れるのは破壊と絶叫、そして私達の理想郷……!」

「言ったろ、クソ眼鏡。お前如きがアイツらを語るなよってなぁ……!」

 

 

 瓦礫の欠片を衣服から落としながら立ち上がって、イオスは目を閉じた。

 眉間に皺を寄せ、軽く唸るように力を込めれば……その身に立ち込めるのは魔力だ。

 流水の属性に違わず、涼やかでありながら力強さを感じる魔力にはやて=スカリエッティ達は目を細める。

 

 

(リイン……!)

<はいです……!>

 

 

 2つの異なる魔力が重なり、立ち上る魔力は冷たさと強固さを得ることになる。

 その魔力は、ある特定のラインを通って拡散していく……。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 そう言うことか、と、シグナムは動きを止めた。

 その瞬間を狙われて腹部にトーレの拳が突き刺さり、背面の壁に身体ごと突き刺さるハメになったが。

 しかしそこから立ち上がりつつ彼女が見たのは、目の前のトーレでは無く、施設の奥の方向だった。

 

 

「主はやて……今、必要なのは……そう、なのですね……」

 

 

 剣を杖代わりに立ちながら、シグナムははやてを想った。

 いつだって想ってきた、彼女のための剣たらんと常に自分を律してきた。

 だが、どうやら……今は、それが主の枷となっているようだった。

 それを理解してしまえば、シグナムははやてのためにすべきことをしなければならなかった。

 

 

「はやて……!」

 

 

 そして遥か廃棄都市区画、自分の内面を通じて伝わってきた混ざりモノの魔力によってヴィータは目を覚ました。

 傍についていたらしいアギトが驚いて引っ繰り返っていたが、ヴィータは仰向けに寝転んだまま空を見上げていた。

 眩い星が連なる、夜天の空を。

 

 

 驚きに満ちていた表情は、次の瞬間にはクシャリと歪む。

 それはどこか、宝物を手放す子供のそれに似ていた。

 事実として、ヴィータの目から涙が一雫零れ落ちる。

 

 

「……わかってる。それではやてを守れるのなら……私は、はやての騎士だから……」

 

 

 やや北方、ディエチの砲撃を捌いたシャマルは表情を消した。

 その牙によってガジェットの撃墜を繰り返しているザフィーラもそれは同じであって、彼は火を噴きながらも飛び続けるガジェットの翼の上で東の空を見た。

 

 

「これは、リインちゃんの魔力……?」

「それと――――奴だな。何故混ざっているのかは、わからないが」

 

 

 いずれにしても、必要なことは理解した。

 そんな視線を交わし合って、シャマルとザフィーラは目を閉じる。

 戦場で無防備を晒すと言う非常識な行動に、しかしディエチを含む戦闘機人達は動けなかった。

 

 

 それぞれの相手から、迸るような魔力が放たれたからだ。

 空を、夜天の空を目指すように立ち上るそれは光の柱のようだった。

 その夜、4色の魔力の柱がミッドチルダの夜を貫くのを人々は見た。

 

 

「何だ……?」

 

 

 異変は、時空管理局本局の第六技術部跡でも起こった。

 いや、異変と呼ぶには一瞬過ぎて、気付いたのは1人……クロノだけだった。

 そしてその彼でさえも、気のせいだと思った。

 しかし背を向けた彼の後ろで、その変化は確かに起こったのだ。

 氷結封印の中で、『夜天の書』が一瞬だけ黄金の輝きを剣十字から放つ――――。

 

 

「――――我ら、夜天の主の下に集いし騎士ッッ!!」

 

 

 ヴィータが叫ぶ、慟哭するように。

 

 

「――――主ある限り、我らの魂尽きること無しッッ!!」

 

 

 ザフィーラが叫ぶ、誓約するように。

 

 

「――――この身に命ある限り、我らは御身の下にありッッ!!」

 

 

 シャマルが叫ぶ、求めるように。

 

 

「――――我らが主、夜天の王、八神はやての名の下にッッ!!」

 

 

 シグナムが叫ぶ、大切な何かを守るために。

 

 

「「「「主よ」」」」

 

 

 今こそ。

 

 

「「「「我らは、今こそ貴女より自立する……ッッ!!」」」」

 

 

 繋がりを、断ち切る時。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ――――それがどういう事情で行われた物であったのか、トーレには判断がつかなかった。

 ただ、彼女が実感したのは敵の急激な弱体化であった。

 それまで自分と互角以上に渡り合っていた相手、その相手から受ける圧力(プレッシャー)が急速に薄れたのである。

 

 

「はあぁ……!」

 

 

 高速機動からの連撃、先程までは見事な剣戟によって捌かれていた攻撃が今は当たる。

 剣先を弾いて腹部に拳が突き刺さる、紫のインナー部にまで突き刺さるそれはベルトのバックル部を破壊して甲冑のガードスカートを脱落させた。

 そこからさらに高速機動に入り、身体をくの字に折った相手の背中を見下ろす位置に跳ぶ。

 

 

 その上で、重ねた両拳をその背中に叩き付けた。

 さらに小規模なクレーターを作る程の勢いで叩き付けられた相手の後頭部に着地の要領で蹴りを入れ、さらに重ねて床を顔で砕かせた。

 その際に黄色のリボンが千切れてポニーテールが解けるが、その髪が視界に舞う前にトーレは倒れる敵の脇腹に強烈な蹴りを入れて吹き飛ばす。

 

 

「……どうした、急速に動きが悪くなったぞ。以前の自分とは違う所を見せてくれるのでは無かったのか」

 

 

 まるでサンドバックである、足元に落ちたガードスカートの破片を踏み潰しながら鼻で笑う。

 一方で笑われた相手はと言えば、何も答えなかった。

 ただ壁に打ち付けられ床の上に横倒しになった身体を、剣先と腕で支えながら立たせようとするだけだ。

 その動きは、どこか生まれたての小鹿を連想させる。

 

 

 いや、ある意味では生まれたてと言う表現は間違ってはいない。

 先程までオーバーSランクに相応しい実力を示していた彼女、しかし今は異なる。

 トーレが疑問に思う圧力の減退は、そこにこそ起因しているのだから。

 

 

「……いや、すまないな……私、も、驚いている所なんだ……」

 

 

 足を震わせ、身を揺らし……立つその姿からは、普段の凛々しさなど欠片も窺えなかった。

 結びの解けた桃色の髪は背中に垂れて、頬に垂れる横髪が妙に艶かしく見える。

 彼女を覆う奇妙な弱々しさが、それを印象付けているのかもしれない。

 

 

「……てっきり、消えるかと思ったのだが」

 

 

 シグナムは自分の掌を見つめながら、そんなことを呟く。

 現在、彼女は主人であるはやてからの魔力供給を受けていない。

 守護騎士プログラムは使い魔システムと良く似ており、主との魔力のラインによって姿を保っているのだ。

 だが現在、彼女は自分と『夜天の書』の間にある旧来の繋がりを利用させないためにそれを切った。

 

 

 その意味では、彼女はもうはやてを「主」と呼ぶことは出来ない。

 シグナムは完全に自立した存在であって、はやてとの間にもはやプログラム的な繋がりは無い。

 だからこそ、彼女は自身の消滅をも予想したのだが……。

 

 

(……そういえば、シャマルが言っていたな。私達が変質していると)

 

 

 怪我はすぐに修復されず、主との魔力リンクが薄まるなど、守護騎士プログラムの特性を失いつつあった昨今。

 そして今、シグナムは完全な「個」を確立したのかもしれなかった。

 ただその代償として、オーバーSに相応しかった魔力の総量が急減してしまったようだった。

 今の彼女は、せいぜい良くてAAランク程度の力しか持たないだろう。

 

 

「……ッ!」

 

 

 思考の海に沈みかけたその時、シグナムは剣を立てた。

 顔の前に立てられたそれは紫のエネルギー刃を受け流し、首を飛ばされるのを防いだ。

 しかし飛び散る火花の中、シグナムは右の脇腹に鈍い痛みを覚えた。

 

 

 トーレの蹴りだ、左手側に飛ばされる、しかし回り込んだトーレはその勢いを殺すことなく肘を左の脇腹に突き刺した。

 呼気が全て体外に排出されて、シグナムは意識が2秒飛ぶのを自覚した。

 それでも剣を閃かせ、左胸に突き込まれたトーレのブレードを逸らしたのは流石と言うべきか。

 逸れた刃は軌道を変えて、シグナムの左肩を切り裂いた。

 

 

「ぐぁ……っ」

 

 

 噴き出す鮮血の中、ヨロめくようなステップでトーレから離れようとするシグナム。

 しかしトーレの連撃や止まない、致命傷を避けるので精一杯だった。

 管理局式の測定を行えばトーレの実力は空戦オーバーSに当たる、今のシグナムでは総合力で抗することが出来ない。

 

 

 桃色の髪が舞い、ガードスカートを失ったインナースカートが揺れる様はダンスのようにも見える。

 しかしそれは、死へと誘う舞踏だ。

 顔を打たれ胸を抉られ、腹を刺されて腕を切られる、足を撃たれて騎士甲冑の破片が赤い血と共に飛び散って扇形に広がる。

 形の良い唇からは小さな悲鳴が断続的に漏れて、鉄錆の味が溢れて咳き込みと同時に飛んだ。

 

 

「ぐ……ぁ、はっ……う……」

 

 

 たたらを踏むようにヨロめいて、前へ進むことも出来ず、後ろへ身体が倒れるのを足を伸ばして堪えるのが精一杯。

 そんな様相のシグナムに対して、トーレはつまらなそうな視線を投げる。

 

 

「ふん……いたぶる趣味は無い。すぐに楽にしてやる」

 

 

 ゴリ……ッ、と拳を鳴らして、トーレは自らの力を解放する。

 先程天井へと迸らせたシグナムの魔力程ではないが、強大な力が場を覆いつくす。

 そんな紫色の輝きを視界に――片目がすでに流血で閉じている――収めつつ、シグナムは乱れた呼吸を整えることも出来ずにいた。

 

 

 んぐっ、と飲み込む唾はほとんど血の味しかしない。

 顎は唇から漏れる血ですでに白い部分が無い、甲冑は半分近くが失われていて防御の体を成していない。

 それでも、その瞳からは光が失われてはいなかった。

 

 

(……たとえ、魔力の繋がりが無くとも……騎士としての、主従関係が失われようとも……)

 

 

 次の瞬間、輝きがシグナムの身体を覆った。

 さらに次の瞬間の後には、黒のインナー姿の――初めてはやてと出会った時の姿――身を晒していた。

 騎士甲冑を、解除したのだ。

 

 

「……甲冑を脱ぎ捨て、何のつもりだ?」

 

 

 トーレの問いに応じる元気ももはや無い、シグナムは黙って右腕で『レヴァンティン』を水平に構えた。

 そして、刃の先に魔力を集中する。

 刃の先にのみ、残った魔力の全てを集中させる。

 それこそ、甲冑の維持に必要な魔力まで含めて全てだ。

 

 

<Wahlen sie aktion!>

(……聞く必要があるか……?)

<……Nein!>

 

 

 深く……深く息を吐く、防御も回避もいらない、ただ全てを『レヴァンティン』の刃に注ぐ。

 見るべきは、前。

 他は見ない、それがシグナムの騎士としての道を示しているようでもあった。

 

 

「これで最後だ……『ライドインパルス』!!」

 

 

 トーレの姿が、消える。

 目で追わない、追えない、だから最初から追いかけない。

 次の瞬間、シグナムは背中に痛みと熱を感じた。

 

 

 袈裟懸けに切り下ろされたトーレのブレードが、シグナムの背中を斬ったのである。

 右肩、肩甲骨の上から左の脇腹にかけて。

 途上の髪が切れて散り、そして背中から噴き出た血が翼のように広がった。

 シグナムにとって、背中の傷はこれが初めてだった。

 

 

「ふ……」

 

 

 噴き出す血を頬や胸、腕で受けてトーレが笑みを浮かべた。

 勝利を確信した笑みであって、それは崩れ落ちかけたシグナムの身体を見てのことである。

 ――――だが、シグナムの膝は床につくことは無かった。

 

 

「お……!」

 

 

 何故ならそれは、身体の重心を傾けて身体を回すための物だったからだ。

 そしてそれは実現されて、シグナムは己の身を強引に回して背後へと振り向いた。

 笑みから驚愕へとトーレの表情が変わる、その一刹那。

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁっっ!!」

 

 

 右下から、左上へ。

 斬り上げられた『レヴァンティン』には、炎は纏われていなかった。

 しかし、熱線は確かにあった。

 刃の先、極小の範囲に限定されてはいたが――――そこに、シグナムの魔力の全てが凝縮されていた。

 

 

 圧縮されたAAの魔力が、漠然と広がっていたオーバーSの防護を切り裂く。

 光が一閃されたと、その認識に間違いは無いだろう。

 そして、青いスーツを引き裂きながら人工の血液が迸る。

 トーレの胸から溢れたそれは、シグナムのそれと混ざり合って飛び散った。

 

 

「な……」

 

 

 最後まで何が起こったのか理解し得ぬままに、トーレはその場に崩れ落ちた。

 2人分の血の海に沈み、動かなくなる。

 シグナムは、崩れ落ちなかった。

 ただその代わり、動くことも無かった。

 

 

 垂れた前髪は、俯いた表情を隠して見せてはくれない。

 剣を振り上げたままの体勢で固まり、シグナムは動かなかった。

 その身から血を流し続けながら、しかし倒れることも無く。

 ――――『レヴァンティン』のクリスタルが、叫びのように一際強く輝いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「おい、お前! そんなんでどこに行くつもりなんだよ!」

 

 

 アギトの叫びがその場に広がる、悲鳴のようなその声に応じる声は無い。

 だが、声の方向に人はいた。

 それは、言わずと知れて……ヴィータであった。

 

 

 目覚めたばかりの彼女は、ヨロめく身体を叱咤でもするかのように引き摺って歩いていた。

 その手には、ゼストやガジェットとの戦いで損傷を受けた『グラーフアイゼン』を握っている。

 しかしそれ以上に、ヴィータ自身のダメージの方が深刻だ。

 何しろ、オーバーSランクの力を持つ騎士のフルドライブでの一撃をモロに受けたのである。

 

 

「そんな身体で動いちゃダメだって! ったく、旦那と言いお前と言い、騎士ってのはこれだからよ……!」

 

 

 毒吐きながらもアギトがヴィータから離れることは無い、ゼストに頼まれたと言うこともあるが、同時にアギト自身の性格なのだろう。

 だがヴィータは制止の声を聞くことも無く、ビル屋上の手すりを乗り越えようとしてた。

 飛ぶつもりらしいが、そこまで力が戻っているのか甚だ疑問だった。

 

 

「無理だって! 大体、そんな様で何をしに行けるってんだよ!」

「……みん、な……が……」

「はぁ!? 皆がどうしたって?」

 

 

 うわ言のような声を聞き咎めれば、しかしヴィータ自身ははっきりとした意思を内包した強い瞳で続ける。

 

 

「皆が……はやてを助けるために、戦って、んだ……!」

 

 

 眠ってなどいられない、休んでなどいられない。

 感じるのだ、今でも。

 はやてを助けるために、命懸けで戦っている仲間達の姿を。

 隣にいるかのように感じることが出来るそれに、ヴィータは唇を噛み締める。

 

 

 身体の痛みを堪える、より大きな精神の痛みに耐えるために。

 一歩でも前へ、半歩でも前へ、たとえ身体を引き摺ってでも前へ。

 はやてが、仲間が……魂の家族が、待っているから。

 

 

「私、も……行くぞ、私も……!!」

 

 

 例え、以前ほどの力は無くとも。

 肉体を超越する苛烈な精神でもって、ヴィータは己の身体を動かしていた。

 そしてそんな苛烈な意思を前にして、アギトは動けなくなった。

 

 

 小さな顔が、何事かを考えるようにヴィータを見下ろしていた。

 何かに迷うその顔は、手すりを越えきれずにヴィータが床に倒れ、咳き込んだ段階で色を変えた。

 コップから水が溢れるように、彼女もまた苛烈な精神でもってヴィータの顔の傍へと身を飛ばした。

 そして彼女は、ある決断を行うことになる。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 最高評議会に生み出され、枷を嵌められて生きてきた。

 頼みもしないのに生み出され、何を頼まれるかと思えば自分達が禁じたはずの人造魔導師の製造。

 地上の平和を守るためには違法な手段を用いても構わないとする傲慢、轟然。

 

 

 しかし何よりも我慢がならなかったのは、縛られること。

 縛られ続けていては、己の探求への欲望を充足できない。

 だから彼は最高評議会を始めとする枷を取り払い、次元世界を秩序と言う名で停滞させている管理局体制を破壊し、誰にも咎められることの無い世界を創り上げる――――。

 

 

「そんなことはさせない、私達が許さない」

 

 

 スカリエッティから全ての話を聞きだした後にフェイトが彼に告げた言葉の大半は、もう片方で同じような状況に立っている義兄的存在が口にした言葉とほとんど変わりがなかった。

 なのはやはやてなど、他のメンバーに比して彼と時間を重ねていたいるフェイトだからこそかもしれない、影響を受けていると言う意味では。

 

 

「ふふふ、救い難い性だね。キミの所属する組織の所業の結果が私だというのに」

「そうかもしれない、でも管理局が完璧な組織には程遠いなんてことは皆わかっている」

 

 

 争いの無い、平和な世界を。

 そう理念に掲げる管理局の黒い部分が引き起こしたのが今回の事件だ、しかしそれでも新暦に入ってからの数十年の平和を維持してきたのも管理局なのである。

 人類は未だ完全には程遠い、しかし他により良い解を見出してもいない。

 

 

 つまり管理局とは、より悪くならないための次善の方策でしかないのだ。

 そこに不都合や不具合を見つけたからと言って、否定して良い理由にはならない。

 完璧ならざる、人なれば。

 まして、それを他者の人生を破壊する理由にして良いはずが無かった。

 

 

「――――現実を受け入れろ、ジェイル・スカリエッティ。お前はただの次元犯罪者だ、それも歴史上最悪の」

 

 

 義兄の言葉を意識して真似ながら、フェイトはそう断言した。

 自分を生み出した技術者をそう断じる金糸の髪の魔導師の姿を、スカリエッティは見上げた。

 その目は、どこか自分の作品の出来に満足する芸術家のそれに似ていた。

 そしてその精神のままに、彼は溜息を吐くように呟くのだった。

 

 

「……素晴らしい、ああ、残念だなぁ……」

 

 

 心の底から残念そうに、スカリエッティは言った。

 

 

「こんなにも素晴らしい物を、手放さなければならないとは」

「……!」

 

 

 その時、背後で響いた足音にフェイトは振り向いた。

 そしてそこに、彼女は質量兵器の銃口を見る。

 ややウェーブのかかった紫色の髪の女性が、拳銃を手に立っていた。

 

 

 フェイトが全てに対応するよりも先に、その銃口からは光が放たれた。

 ――――銃声が響く。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 だいたい、掃除できただろうか。

 なのはがそう思ったのは、作戦開始から数時間が経過した頃だった。

 その内に日の出が始まるだろう、出来ればそれまでには作戦を完了させたかった。

 

 

「エリオ! キャロ!」

「「はいっ」」

 

 

 ガジェットの新たな投入が止まったタイミングで、なのはは空から大地へと降り立った。

 これは戦闘開始から今までで初のことであって、それだけ余裕を示してもいた。

 とはいえ、彼女がいるのは『白天王』と『ヴォルテール』がぶつかりあい、かつ『地雷王』ごとルーテシアに『スターライトブレイカー』を撃ち込んだ爆心地である。

 

 

 周囲は緑豊かな自然で覆われていた森だったはずのその場所は、今や禿山と言っても過言ではない状況だった。

 森が削り取られて山の一部が崩れ、周囲には吹き飛んだ木々や舞い上げられた地面で酷い状態になっている。

 後で事後処理班が森林の再生に苦労するだろう、しかし今は作戦の完遂が優先だった。

 

 

「……ルーテシアちゃんは大丈夫?」

「あ、はい、気を失ってるだけです」

「そっか」

 

 

 フリードはすでに小さくなっている、術者であるキャロが魔力を極端に消耗したからである。

 そして実際、キャロは見た目こそ元気そうだが……その実、もう戦えるだけの魔力が残っていなかった。

 唯一エリオだけが余力を残していたのだが、キャロとルーテシアを抱えては動けないだろう。

 

 

「2人はこのまま、とりあえず108の保護下に入ってね。エリオはキャロとルーテシアを預けたらフェイト隊長の援護に行ってね、中と連絡が取れない状態だから気をつけて」

「はい!」

「あ、あの、私も……」

「キャロはルーテシアちゃんについててあげて、ね?」

 

 

 魔力切れ状態のキャロを前線には置けない、だからもっともらしい理由をつけて後方へと下げる。

 その意図がわかっているからか、はたまた本当に疲弊しているのか、キャロはそれ以上のことは言わなかった。

 ……内心は、フェイトの所に行きたいだろうが。

 

 

『高町の嬢ちゃん! こっちはもう良い、もう1個の方に向かってくれ!』

「ゲンヤさん!」

『あっちはこっち以上に戦力足りてねーだろーからな、こっちは上の連中と協力して何とかするからよ』

 

 

 ゲンヤからの通信に空を見上げれば、警戒するように飛び回る武装隊が見える。

 『アースラ』時代からの付き合いのある人達だ、彼らもゲンヤと同意見らしい。

 確かに現在、フェイトのことを除けばこちらの戦況は安定期に入っていると言える。

 むしろ戦闘機人の姿が見えない以上、向こうに出ていると考えるのが妥当だろう。

 

 

 イオス達が突入したポイントの方角を見据えて、なのはは目を細めた。

 胸の奥で意を決していて、後は行動あるのみ。

 そしてなのはは、己の意思に従って再び空へと飛んだ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 八神はやて――その肉体の持つ魔法の特性は、非常識な大魔力を活かした放射能力に真髄がある。

 要するに固定砲台であって、レアスキル『蒐集行使』と合わさって砲撃魔法に関しては管理局随一であるとさえ言われている。

 つまり過剰な表現を恐れずに言うのであれば、八神はやては中・遠距離制圧戦において管理局最強の魔導師の1人なのだ。

 

 

 弱点があるとすれば、魔力の高速運用の不得手から近距離戦・高速機動戦に適正が無いことであろうか。

 だからこそ彼女と戦って勝利を得たいのであれば、そこをついて沈黙させるしか無い。

 という話を、イオスはリインを始めとする関係者から聞いてはいた。

 しかし、である。

 

 

「どぅおおおおぉぉぁぁああ……!!」

 

 

 悲鳴とも唸り声とも取れる声を上げながら、イオスは広い空間を走り、そして飛んでいた。

 壁際や天井スレスレを移動する彼のすぐ背後、それこそ数ミリで直撃するという位置には大小様々な威力を持つ射撃・砲撃魔法が着弾を続けていた。

 その威力たるや凄まじく、直撃していないのに衝撃が空気を通じて肌を打つ程だ。

 

 

「……ちぃっ、ドカバカドコスカ撃ちやがって……!」

 

 

 制動をかけて床を蹴り、身体の真下で射撃と砲撃の波が通り過ぎるのを跳んで待った。

 もちろんやり過ごしたからと言って何がどうなるという物でもないが、必要なのは術式を組むための僅かな時間だ。

 そして通り過ぎた射撃の波が改めて自分に向く前に、イオスは自分の位置そのものを変えた。

 

 

 短距離転移によって、相手の背後に出現しての強襲。

 もはやイオスの定番の攻撃手段ではあるが、しかしはやて=スカリエッティには有効であろうと思われた。

 しかし、その予測はすぐさま裏切られることになる。

 

 

「げ……!?」

 

 

 実の所、イオスは他者に物理的に縛られるという経験を負ったことは無い。

 むしろそれが普通なのだが、例外は幼馴染や師に訓練でバインドされた程度だろうか。

 いずれにせよ、物理的な鎖で束縛されるという経験は初めてのことだった。

 

 

 いつかイオス自身が豪語したように、『テミス』は半自動で「敵」を捕らえる。

 この場合、はやて=スカリエッティの弱点を突きにきたイオスである。

 肩口から足先までガッチリと束縛されてしまえば、後は床に転がるばかりである。

 さらに引かれ、振り回されるように半回転した後に解放されて投げ飛ばされる。

 

 

(つーか、何で『テミス』のマスター権限奪られてんだよ……!?)

 

 

 壁と床に激突した体勢から、打ち付けた頭を振って身を起こすイオス。

 その顔には懸念の色が深い、何しろ魔導師のストレージデバイスの権限を奪うなど前代未聞だ。

 いや、それを言えば人間の身体を乗っ取っている段階で前代未聞だが。

 

 

<おそらく、第四技術部で作成されたのはハードの部分だけで、ソフトの部分の開発にはスカリエッティが関わっていたのでは無いかと思うです!>

(ああん? そんなことあり得るのか?)

<スカリッティが生み出した技術の一部は、管理局でも実用化されてるです。おそらく最高評議会がスカリエッティが手放した物を局内に流していたと思うです……筆頭は、無限書庫>

 

 

 無限書庫、ユーノが現れるまではまともに使えなかった部署だ。

 しかし調査隊が出されて情報の捜索が行われている事実から、有効な情報の発掘場所でもあった。

 そしてそれは、デバイスや航行艦に関する技術も含んでいる。

 

 

 だが、何故それだけ有用な部署がユーノが来るまで放置されていたのか。

 今にして思えば、放置しておいたほうが都合が良いと考えている存在がいたのかもしれない。

 情報の集積場、そして廃棄場として。

 『テミス』の基礎ソフトウェア情報もまた、そうした埋もれた情報の一つだったのかもしれない。

 

 

<たぶん、スカリエッティは自分の開発した製品に支配コードのような物を設定してるです。だから『テミス』のマスター権限も書き換えられて……>

「……どっちにしろ、最悪な話だぜ」

 

 

 『テミス』を失えば、イオスに残されている物は元々の才能と、ユニゾンしているリインしか残っていない。

 しかし相手は、遠距離殲滅に加えて『テミス』による近距離防御を手に入れている。

 正直な所、弱点を克服した無敵状態に見えてならない。

 

 

(そう言えば、クアットロとか言う奴が途中で消えたが……)

 

 

 本人だったのか幻術だったのかは不明だ、だが今はとにかくいない。

 しかしそちらを構っている余裕には、今のイオスには無い。

 はやて=スカリエッティを何とかしなければ、冗談でなく死ぬ。

 仮にここで死ななくても、復活した『夜天の書』によってミッドチルダごと吹き飛ばされるだろう、まさかはやて=スカリエッティが健全に制御するとは思えない。

 

 

「……おいおい」

 

 

 どこか呆れたような声音、視線は目前のはやて=スカリエッティに向けられたままだ。

 しかしその頭上に発生している闇色の塊に、イオスと……彼の中にいるリインは表情を引きつらせた。

 はやて=スカリエッティは、しかしそうした表情を楽しげにみやった後に。

 

 

「闇に、沈みたまえ」

 

 

 そう告げて、はやて=スカリエッティは腕を前に倒した。

 すると頭上の闇色の塊が急速に拡大し、空間全体を制圧にかかってきた。

 その魔法をイオスは知っている、その魔法の名前は――――。

 ――――『デアボリック・エミッション』。

 

 

「うぉっ……ぅおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

<きゃああああああああああああっ!?>

 

 

 次の瞬間、イオスは文字通り闇の中に沈んだ。

 それはバリア発生阻害能力付きの、純粋魔力空間作用型広域殲滅魔法だった。

 視界の全てを暗黒の中に沈ませるその一撃に飲まれて、イオスとリインは悲鳴を上げた。

 

 

 対してその力を行使した側は、唇を三日月の形に歪めて笑っていた。

 その笑みは黒の甲冑とあいまって酷く嗜虐的で、かつ邪悪なそれだった。

 なぜならばその笑みには、その者の本質を映していたから。

 ……すなわち、無限の(アンリミテッド)欲望(デザイア)をである。

 

 





最後までお読みいただきありがとうございます、竜華零です。
StS編も残すところあとわずか、思えばこの物語は最初から最後まで『闇の書』関係に力を入れて書いてきたような気がいたします。
しかしそれも、守護騎士がはやてさんからの魔力供給システムを断ったために、ほとんど終焉を迎えつつあるやもしれません。

さて、次回はイオスさんにさらにもう一段頑張って頂いて、決着といきましょう。
それでは、またお会いしましょう。

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