魔法少女リリカルなのは―流水の魔導師―   作:竜華零

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StS編第18話:「査察官、突入」

 

 深夜、ヴィヴィオはふと目が覚めた。

 原因は、眠る前までは確かにあった2つの温もりが失われていたことだ。

 何とも言えない寒さと寂しさが、小さな女の子の意識を覚醒させたのだと言える。

 

 

「なのはママ、フェイトママ……?」

 

 

 ベッドの上で身を起こし、ウサギのぬいぐるみ片手に目を擦りながら寝室を見渡すヴィヴィオ。

 色違いの瞳は眠たげに細められているが、しかしそれ以上に大好きなママが傍にいないことに不機嫌な様子だった。

 窓も無い小さな部屋に囲われた小さなお姫様は、とても寂しがり屋だった。

 

 

「ヴィヴィオ?」

 

 

 その時、真っ暗だった部屋に明かりが灯った。

 それは寝室の入り口に立つ薄い赤色の髪の少女が持っているランタンの明かりだ、ヴィヴィオが眩しそうな声を上げると光量が下げられた。

 代わりに10歳前後に見える少女がヴィヴィオの傍まで来て、困ったような笑みを見せた。

 

 

「何だ、起きちまったのかい?」

「……あるふ」

 

 

 アルフ、そう呼ばれた少女はヴィヴィオの髪を丁寧な仕草で撫でた。

 どことなく、毛づくろいでもしているように見えるから不思議だ。

 そんなアルフにベッドに寝かしつけられながら、ヴィヴィオは不満げに言った。

 

 

「ママは?」

「ごめんな、お仕事だってさ」

「……ヴィヴィオといっしょっていったのに」

「しょうがないだろ、ヴィヴィオのママ達は忙しいんだから」

 

 

 この状態の子供に理を解いても意味が無い、アルフはそれをエイミィの子育て支援でよく知っている。

 だから、ヴィヴィオが不機嫌そうに涙を浮かべて黙りこくっても特に何も思わなかった。

 反応としては、腰に手を当てて困ったように笑うだけだ。

 

 

 ……アルフは今、ヴィヴィオの護衛をフェイトから頼まれてここにいる。

 ヴィヴィオをなのはと2人で寝かしつけたフェイトは、眠るヴィヴィオの額にそれぞれキスを降らせた後、後事を託して出撃していった。

 そしてアルフとしては、どんな形であれフェイトに頼られたことは喜びだし、フェイトの娘であるヴィヴィオの面倒を見るのも楽しいのだった。

 

 

「なぁ、ヴィヴィオ? 実は私、もう寝る所だったんだけど……ヴィヴィオと一緒に寝ても良いかな?」

「…………」

「ヴィヴィオと一緒に寝たいなぁ~」

 

 

 不機嫌にシーツの中に潜っていたヴィヴィオは、(あれば)尻尾をフリフリしているだろうアルフの声に目から上だけ出てきた。

 そして、腕の中に抱いたウサギのぬいぐるみをやはり目から上の部分だけ出して。

 

 

「……うさぎさん」

「うん?」

「うさぎさんも、いっしょでもいいなら……あるふもいれてあげても、いいよ」

「うん! じゃあ一緒に寝よう!」

 

 

 もぞもぞと広いベッドの中に入り、ヴィヴィオの隣に寝転ぶアルフ。

 2人の間にはウサギのぬいぐるみがあり、アルフは身体を横にして自分の腕を枕にして、ヴィヴィオの胸のあたりをポンポンと一定のリズムで叩いた。

 

 

「さ、早く寝よう。朝になったらママ達もいるからな」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ。だから、ほら」

「うん」

 

 

 アルフの言葉に頷いて、ヴィヴィオは目を閉じる。

 しかししばらくすると眉間に可愛らしい皺を寄せて、ぱちりと目を開いてしまう。

 そして、気まずげにアルフの顔を見る。

 どうやら、目が冴えてしまったらしい。

 

 

「……ねむれない」

「そっか、それは大変だ。じゃあ、何かお話でもしようか?」

「うん」

 

 

 苦笑しつつ何が良いかと聞けば、ヴィヴィオは可愛らしくうーんと唸った後。

 

 

「……ママのお話が良い」

「そっか、じゃあー……なのはママとフェイトママが、ヴィヴィオよりもちょっとだけ大きかった頃の話をしようか」

「うん!」

 

 

 そうして、アルフはヴィヴィオに話し始める。

 不屈の少女達の、物語を。

 成長した不屈の少女達が、今回も無事に帰ってきてくれることを祈りながら。

 未来の新たな不屈の少女に、話して聞かせるのだった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ヴェロッサが発見したミッドチルダ東部のポイントは、実は同じ森林地帯に2つあった。

 9月19日未明、陸士108、104部隊が向かったのは森林の東側、山の麓側であった。

 地上での移動手段しか持たない陸士部隊がそちらに向かうのは、効率から言っても当然だった。

 

 

 ポイントから数キロの地点で、彼らは陸戦型のガジェットと遭遇した。

 さらには伏せてあったらしい森の各所から飛行タイプのガジェットが出没し、本格的な遭遇戦に発展した。

 洞窟を改造したらしいポイントからもガジェットが繰り出されるにあたって、彼らがまずしたことは。

 

 

「出たぞ! ブリキ缶だ!」

「手はず通りに撤退しろ、AMFの中じゃ俺達は何の役にも立てねぇ!」

「自慢じゃねぇが、ナカジマ捜査官との訓練で培った逃げ足は伊達じゃねぇぞ!」

「ほんっとに自慢じゃないわぁ!」

 

 

 そう口々に言って、一目散に撤退を始めるのである。

 彼らは一見、ただ逃げているように見える。

 しかし逆に、それは重要な役目を果たしてもいた。

 つまり、蜂の巣を突つくことだ。

 

 

「『レイジングハート』」

<All right. Accel shooter>

 

 

 そしてその全ての事態を見ている目が、空にあるのだ。

 それはガジェットを発見した瞬間に行動しなければならない、そういう宿命を持った部隊だ。

 なのはは、森林地帯の各所で起こっている同様の事態の全てを把握した上で。

 

 

「シュ――――トッ!」

 

 

 撃った。

 数十の桜色の弾丸が夜空を駆け、月明かりの下でまず空のガジェットの翼を貫いた。

 桜色の魔法弾は硬度と形状を維持したまま飛行型のガジェットを貫いた勢いのまま下降、森の中を失踪していた陸戦型のガジェットを脳天から貫いた。

 そして次の瞬間、空と森で無数のオレンジの爆発が連なって花開く。

 

 

「行くよ――――エリオ! キャロ!」

「「はいっ」」

 

 

 そして桜色の弾幕の中を、黒衣の魔導師と白い飛竜が飛ぶ。

 陸士部隊が引きずり出したガジェットを殲滅し、「巣」である洞窟内の地下空間を制圧、関係者を捕縛する。

 それが作戦の方針であり、同時に部隊長救出のために必要なプロセスだった。

 

 

「『ハーケンセイバー』……!」

「フリード、『ブラストレイ』!」

 

 

 電子音と咆哮、それが同時に響いてまず雷を伴った斬撃が飛ぶ。

 直後に桜色の火炎砲が直線に走り、斜線上にいたガジェットを薙ぎ払いつつ洞窟の入り口に着弾した。

 地響きと爆煙が巻き起こり、直後、陸士部隊の本隊が旧式の戦闘車両を伴って反転攻勢をかける。

 同時にステルスを解いて上空に姿を現したのは、2隻の次元航行艦だった。

 

 

『『クラウディア』艦長、クロノ・ハラオウンだ。哨戒任務として援護する』

『『テレジア』艦長ハロルド・リンスフォード、艦隊司令官に追随するよ』

「機動六課課長代理、高町なのは一等空尉であります。ご支援に感謝します」

 

 

 上空の艦は『クラウディア』と『テレジア』、この近辺の哨戒に当たっていた艦である。

 ミッドチルダ上空は定期的にこうした次元航行艦による哨戒があるが、今日このタイミングでこの2隻がここにいたのは優秀な人事・運用の担当者がいればこそだろう。

 守護騎士とフォワード4人の出向をもってランク制限を解除されたなのはは、桜色のシューターで周辺のガジェットを撃破しながら通信画面に敬礼してみせた。

 

 

「このまま一気に……!?」

 

 

 同じく制限を解除されたフェイトは、そのままの勢いでライトニング――今は分隊を解除されているが――を率いて洞窟内部に突入しようとしていた。

 しかし、その意図は一時的にしろ挫かれることになる。

 何故ならば、洞窟の入り口周辺に突如紫色の雷が発生したからだ。

 

 

「これは……っ」

 

 

 反応したのは、エリオと共にフリードの背に乗っていたキャロだ。

 当然だろう、何故ならばこの魔力の反応は。

 

 

「――――ルーテシアちゃんの、召喚です……!」

「何だって!?」

 

 

 エリオが驚くよりも一瞬早く、彼らの目の前に結果だけが残った。

 すなわち、紫の雷を放ちながら出現した巨大な甲虫の出現だ。

 大きい、小規模な土地区画程度はあるのではないかと思える程に巨体であり、事実山の一部を崩しかねないような衝撃を周囲に与えていた。

 

 

「……あそこ!」

 

 

 そしてキャロの指差した先に、彼女はいた。

 召喚された甲虫の頭、角の先に直立する紫の髪の女の子。

 召喚の暴風に小さなその身を晒しながら、彼女もまた上空の白い飛竜の存在に気付いた。

 自分を見つめる赤毛と桃色の髪の子供達の姿に気付いた後、しばしの間見つめあう。

 そして、やや陰りのある表情を見せた。

 

 

「……! 行こう、キャロ、フリード!」

「うん!」

 

 

 そのルーテシアの表情を見た瞬間、エリオはフリードの背を蹴って飛翔した。

 ルーテシアに向かって、キャロと共に。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ウーノという名の戦闘機人の女性は、最も長くジェイル・スカリエッティという「父」と時間を共有する「娘」だった。

 稼働時間は24年を数え、公的・私的問わず常に彼の行動を助けてきた。

 「父」の願望を情報面で支援し、局面においては代行すらした。

 自らを創った彼に自らの力を捧げることは、「作品」としての義務ですらあると自負している。

 

 

 軽くウェーブの入った紫の長い髪に、切れ長の金の瞳、「父」に似た白面の美貌と長身。

 白の上着とタイとスカートの制服にストッキングを合わせた彼女は、10人の異性が10人共に「美人」と評するのに十分な容貌を持っていたが……関心があるとは言い難い。

 彼女にとって、必要なのは能力だったからだ。

 

 

「ラボ内のガジェット・ドローンは実験機まで含めて全て投入、外の特記戦力はルーテシアお嬢様にお任せするとして……」

 

 

 彼女は今、自身の身体の周りに円環状の鍵盤のようなキーボードと表示枠を展開し、ラボ入り口付近の状況を逐一確認している様子だった。

 桜色の輝きを放つ魔導師や黒衣の魔導師、白き飛竜と周辺に展開する次元航行艦と陸士部隊の状況。

 その全てを、彼女の言う所の「ラボ」の最奥にいながらにして彼女は掌握していた。

 

 

 先天固有技能(インヒューレントスキル)不可蝕の秘書(フローレス・セクレタリー)

 高度な知能加速・情報処理能力を活用する技能であって、戦闘向きではない。

 しかしそれを補って余りある管制能力の基盤となり、ラボのCPUと直結している今は数百機のガジェットを同時に操作することすら造作も無い。

 

 

「クアットロ、そちらはどうなったかしら」

『はぁい、ウーノ姉様。転写は無事完了、ドクターもそっちにギリギリ転送~♪』

「ご機嫌ね」

『ええ、とぉっ……っても、楽しかったですからぁ♪』

 

 

 表示枠の向こう、クネクネと身体を揺らす「妹」はツヤツヤとした笑顔を浮かべていた。

 何が「楽しかった」のかは、本筋には関係の無いこととしてウーノは流す。

 というより、関心が無かった。

 しかし表示枠の向こう、クアットロ側の画面が微かに振動するのを確認した後はその限りではなかった。

 

 

「どうしたの?」

『ああ、いえ~。こっちにもお客様みたいですねぇ、うふふ、ゾロゾロと』

「対処は?」

『簡単です』

 

 

 画面の向こうで、「妹」は嗜虐的な笑みを浮かべて頷いた。

 

 

『ウーノ姉様やドゥーエ姉様のお手を煩わせるまでも無く……あんな子達の心を折るなんて、造作も無いことですから♪』

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「『ディバイン……バスタァ――――』ッ!!」

 

 

 明るい青の道を駆け抜けたスバルが、一見山肌にしか見えない岩盤に右の拳を叩きつける。

 しかし拳の先に直撃した感触は土のそれではなく、冷たく金属的な物だった。

 拳の先から飛び散る火花の熱を頬に感じながら、スバルはそこが当たりであると確信した。

 

 

 打ち付けた拳を回し、込めた魔法の威力を零距離で撃ち放つ。

 魔法の威力で削られた目前の土壁に円環状の罅が入り、次の瞬間には崩れて爆ぜた。

 しかし飛び散り崩れるはずの山肌は崩れず、代わりに山の「内側」へと鉄の塊が吹き飛んだ。

 それは、何らかのカムフラージュで山肌に偽装された鋼鉄の壁だった。

 

 

「……ティア! ドンピシャだよ!!」

「はいはい、見たらわかるわよ」

 

 

 興奮したようなスバルの声に嘆息しつつ応じるティアナ、このカムフラージュを見破ったのは彼女である。

 彼女は機動六課の中で最も幻術の類に詳しい、それ故にこうした魔力炉依存のカムフラージュを見破ることに関しては得意分野であった。

 

 

「ま、アコース査察官となのはさんのデータが無ければ見つけられなかったしね」

 

 

 廃棄都市区画で敵が見せた幻術の術式サンプルと、ヴェロッサの6日間の地道な捜査資料。

 そのどちらかが欠けていれば、ティアナがいかに努力しても突入口を見つけるのは不可能だっただろう。

 

 

「またまたぁ、ティアだってスゴ……って、うげ!?」

 

 

 女の子らしからぬ声を上げてスバルが目を見開く、その視線の先には山の内部に埋まったダンジョンのような空間が広がっていた。

 と言って遺跡のように古びておらず、つい最近まで人がいたのでは無いかと思える程に綺麗な通路だ。

 どことなく次元航行艦や本局の通路のそれに様式が似ているが、広さ、特に天井が高い。

 ちょっとした空中戦が可能に思えてしまうくらいには、高かった。

 

 

 しかしスバルが呻いたのはそんな理由からでは無く、そこに大挙して存在していたガジェットだった。

 しかもⅢ型、巡回でもしていたのかそれが十数機いた。

 壁をブチ抜いて侵入してきたスバル達を見て、オレンジのメインカメラが赤く輝く。

 見るからに臨戦態勢、スバルとティアナがそれぞれデバイスを構えたその時。

 

 

<Schlangeform!>

 

 

 炎を伴った刃が、2人の後ろからガジェットの群れへと殺到した。

 鎖とは異なる、しかし金属が擦れ合う乾いた音を立てながらガジェットの球体の胴体の中央を次々と貫いていく。

 そして動きが止まった、次の一刹那。

 

 

<Schwertform!>

 

 

 それらが一気に引き戻され、ガジェット達の傷口を塞いでいた物が失われる。

 そして引き抜かれた順番に爆発し、その場に鉄屑を転がすことになった。

 オレンジの爆発を視界に収めながらスバルとティアナが後ろを振り向くと、そこには騎士甲冑を纏った桃色の髪の騎士がいた。

 

 

「シグナム副隊長!」

「2人とも良くやった、先を急ごう……それで良いな?」

「構わねーよ、てかここで足を止める理由は無いしな」

「ですです、アコース査察官の探査によるとかなり奥があるです」

 

 

 さらにシグナムの後ろには、イオスとリインがいた。

 リインは前線の管制、そしてイオスは名目上シグナム達が出向している捜査本部の部長代行。

 この5人で、このポイントを制圧しなければならないのである。

 リミッターが解除されているとは言え、なかなかに厳しい作戦ではあった。

 

 

「でもコレ、どっちに行けば……」

 

 

 戸惑うように周囲を見渡していたスバルが、ふと動きを止める。

 と言うのも、左の通路の先にガジェットとは別の存在を見つめたからだ。

 その存在は奇襲するでもなく、広い、広大とすら言える通路の中央に立ってこちらを静かに見つめていた。

 

 

 ぎり、と剣の柄を握り締める力を強めたのは、シグナムだ。

 何故なら、そこに立っていた存在に見覚えがあったからだ。

 紫のショートカットに、青いスーツに包まれた鍛え上げられた長身の身体。

 首元に3番の数字を刻まれた女、戦闘機人――――トーレ。

 

 

「良く来た侵入者共、しかし残念ながらこちらに歓待の意思は無い。ただちにご退場願おう」

 

 

 ――先天固有技能(インヒューレントスキル)高速機動(ライドインパルス)――

 

 

「――――あ」

 

 

 声を漏らしたのはティアナだ、彼女は自分の頬に風がかかったことだけ知覚できた。

 同じ戦闘機人であるスバルですら、目で追うのが精一杯だった。

 それほどの速さで、敵が動いたのだ。

 気付いた時にはもう、手足に紫のエネルギー刃を発生させたトーレが2人の新人フォワードの間にいたのだ。

 

 

「――――消えろ」

 

 

 再びトーレの姿が視界から消える、それ程の速度での攻撃。

 しかしスバルとティアナには反応できない、身体がついていかない。

 だが、ついていける人間がいた。

 

 

「な……に?」

 

 

 エネルギーと金属が反発し弾き合う音が、響き渡った。

 トーレが両側の2人を払おうとしたまさにその時、彼女に向けて剣を振り下ろした騎士がいた。

 シグナムだ、彼女は両手で持った『レヴァンティン』を振り下ろし、トーレの両腕を防御に使わせることでスバルとティアナへの攻撃を防いだのだ。

 

 

「シグナム副隊長!」

「手を出すな!!」

 

 

 ティアナの声にそう応じる、鼻先で鍔迫り合いを演じる相手から視線を動かさずにだ。

 

 

「こいつの相手は、私がする……!」

 

 

 忘れもしない、目の前にいながら不意打ちなどに倒れたあの時のことを。

 そして同時に、新人達はトーレの動きについて来れていない。

 だから、むしろいない方良い。

 それがわからない程、ティアナは冷静さを捨ててはいなかった。

 それに……。

 

 

「任せるのは構わねぇが……」

 

 

 つい、とあっさり駆け出したのはイオスだ。

 それにティアナが同じように続き、それに慌てたスバルが後ろ髪を引かれるような顔で、しかしシグナムの睨みに身を竦めて駆け出した。

 

 

「戦略目標、忘れんなよ」

「無論だ……!」

 

 

 イオスの声に、シグナムはトーレから視線を外さないままに応じる。

 目の前では、エネルギーと剣の刃が凌ぎ合って火花を散らしている。

 その中にあって、シグナムはイオスの傍にいるリインを見つめた。

 

 

 振り向きながら飛ぶリインと目が合って、しかし会話は無かった。

 目の前に戦闘に集中しなければならなかったし、何より必要が無かった。

 それこそ、戦略目標、である。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 進めば進む程に、その施設は巨大な空間だと気付かされる。

 リインを通じて後方のロングアーチが解析を進めているはずだが、それを待つまでも無く、本局が保有するどの次元航行艦よりも遥かに巨大だ。

 だから、中枢部に到達するまで足で走っていては時間がかかり過ぎる。

 

 

(足でまといね……)

 

 

 被虐でも何でも無く、ティアナはその事実を認めた。

 空を飛べるイオスやリインはもちろん、『ウイングロード』の機動力があるスバルとも違い、ティアナは完全に自分の足で走らねばならなかった。

 しかし自分の足に合わせていたら、時間がいくらあっても足りないのだ。

 

 

 と言って、トーレの相手を担当しようとは思わなかった。

 おそらく瞬殺されるだろう、それくらい相性が悪かった。

 その程度の事実を飲み込めない程、ティアナは夢見がちではなかった。

 それでも客観的に見れば、魔力強化された彼女の脚力と持久力は並の魔導師を超えているのだが……。

 

 

「……何か来る!」

 

 

 戦闘を走るスバルが、後ろの3人に向けて注意を促す声を上げた。

 シグナムと別れてまだそれほど経っていないはずだが、もう次が来たらしい。

 そしてティアナが『クロスミラージュ』を構えるのと同時に、それは来た。

 

 

「シュート……!」

 

 

 そしてスバルの直感を信じているティアナは、引き金を引く時に迷わなかった。

 即座に銃を立て、引き金を引き、銃口からオレンジの魔力弾を放った。

 そしてそれは、前方左右斜めから飛来した2つの桜色の輝きに向けて放たれた物だった。

 くの字の形をしたそれは、一見するとブーメランのようにも見える。

 

 

「外した!?」

 

 

 直撃コースだったはずのそれは、標的に命中しなかった。

 何故なら標的の方が鋭角的な動きで軌道を変えたためで、ティアナのコントロールでは追いきれなかったのだ。

 それはスバルを超えて、たった今銃撃を放ったティアナへと向かってきて。

 

 

「ティア!」

「……っ!」

 

 

 前進していたスバルがローラーブレードにブレーキをかけて止まり、後ろを振り返る。

 しかし彼女がパートナーの助けに入るには、位置とタイミングが悪かった。

 

 

<Chain protection>

 

 

 ひゅばっ……と空気を裂くような音が響き、銀の鎖に取り囲まれる圧迫感をティアナは感じた。

 そしてその圧迫感は現実の物であって、両側から迫ったブーメランと鎖の衝突の衝撃でそれを嫌と言うほど感じることが出来た。

 直後、パートナーの少女の名を告げかけた唇を閉じて、スバルは前を向いた。

 

 

「タイプゼロ・セカンドオオオオォォッ!!」

 

 

 見覚えのある赤髪の戦闘機人の少女が、飛び蹴りのような体勢で突っ込んでくるのが見えたためだ。

 

 

「――――『マッハキャリバー』!」

<All right buddy>

 

 

 避ける選択肢は無い、フロントアタッカーは敵の突破を許してはならないからだ。

 右拳を構え、相棒のデバイスに全速を命じる。

 次の瞬間、相手……ノーヴェと激突する。

 

 

「タイプゼロ・セカンド……てめぇ、この間はよくも……!」

「私は――――そんな名前じゃ、無い!」

 

 

 右拳と両足、それぞれの獲物のスピナーの回転で激しい火花が散って互いの顔を照らす。

 金と青の瞳が目と鼻の先で交差して、互いの攻撃の威力に弾かれるように離れた。

 排熱しつつ右拳を構えれば、着地したノーヴェの横にピンクブロンドの髪の少女が姿を見せた。

 戦闘機人、セッテだ。

 最初の攻撃は、彼女の仕業だろう。

 

 

「もう片方は見覚えがねぇが……どっちにしろ、逮捕しなけりゃならないわけだが」

「……はい」

 

 

 頭を掻きながら鎖を巻き戻しているイオスの隣、スバルの背中を見ながらティアナが頷く。

 しかし実は、この時点でティアナは対応を決めていた。

 

 

「――――マップ来ました! あの2人の先です!」

 

 

 その時、管制に集中していたリインが声を上げた。

 それはこの施設の表層のマップを調査・予測するためであって、今一部が完成した所だった。

 だからティアナは念話でパートナーにある指示を飛ばした、その意を了解した――というより、信じた――スバルは、右拳を振り上げて迷うことなく床に叩き付けた。

 

 

「なっ!?」

「煙幕……」

 

 

 人がすっぽり入ってしまう程の高さの白煙がスバルのいる場所を基点に噴き出し、一陣の風と共にノーヴェ達の姿を覆った。

 もちろん、スバル達自身も同じことになっている。

 白煙の勢いに片目を閉じながら、ティアナは傍らのイオスとリインを振り仰いで。

 

 

「先に行ってください、ここは私とスバルで何とかします」

「でも……」

「大丈夫です、あの2人を何とかしたらすぐに後を追いますから」

 

 

 イオスとリインだけなら、高速飛行で奥に進める。

 それはティアナだけでなくリインにもわかっていて、それでも心配そうな顔をするリインにティアナは笑みを見せた。

 大丈夫と、そう安心してもらうために。

 

 

 そしてもう1人、イオスにも。

 ただしこちらには笑みを向けず、顎を上げてやや反抗的だが。

 彼女は口元に薄い笑みを作ると、言った。

 

 

「大丈夫です、出来ることしかしませんから」

「……たりめーだ、馬鹿」

 

 

 以前とは違う、苦笑するティアナの瞳が決意に染まる。

 白煙の僅かな揺らぎを捕らえた彼女は、イオスとリインに背を向けて叫んだ。

 

 

「行ってください!!」

 

 

 デバイスを胸の上で交差させ、周囲にオレンジの弾丸を作る。

 その作業を終えた後、ティアナは白煙の中へと駆けて行った。

 振り返ることなく、ただ前へと。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 シグナムにしろ、スバルにしろ、ティアナにしろ。

 置いて行く際に、イオスは特に引き止めなかった。

 むしろ率先して置いて行こうとしているようにも見えたし、リインの予測マップに従って広い空間を飛翔する今も後ろを振り返る様子は見えない。

 

 

(イオスさんは、皆が心配じゃ無いんでしょうか……?)

 

 

 イオスの肩に掴まりながら、リインはそんなことを思った。

 後ろに靡く銀の髪に片目を閉じつつ、イオスの横顔を見る。

 彼は前を見ていて、そこから視線が動くことは無かった。

 

 

 イオスがシグナムや……自分以外の守護騎士とそこまで仲が良くないのは、何となく知っている。

 家族は詳しいことを話してくれないが、彼女はユニゾンデバイスだ。

 知ろうと思えば、いくらでも知れる立場にいる。

 とはいえ、そんなことを理由にシグナムを置いて行ったりはしないと言う確信はある。

 その程度には、リインはイオスを知っているつもりだった。

 

 

「大丈夫だよ」

「え?」

 

 

 不意に声をかけられて、リインは顔を上げた。

 風の音の方が声よりも大きいが、魔法障壁で守られた中では関係が無い。

 

 

「ランスター二等陸士だって言ったろ、出来ないことはしないってよ。他の2人も一緒だって、だから何も心配はいらねーよ。特にシグナムはな」

「どうして、そう思うんですか?」

「あの女の保護観察期間はまだ十年単位で残ってる、それ残してやられるとかあり得ん」

 

 

 溜息混じりにそう告げるイオスの横顔を、リインはまじまじと見つめた。

 それは、酷く捻くれた言い方ではあるものの……。

 

 

「……シグナムのこと、信じてるですか?」

「ちげーし、刑期すませてから消えろってことだよ」

「……そうですかぁ」

 

 

 生まれた時から見ている青年は、やはり自分のイメージ通りの人間で。

 それが何だか嬉しくて、イオスの肩の上でリインは微笑んだ。

 その笑みがいつかのはやてに重なって、イオスは軽く舌打ちしながら視線を前へと戻した。

 

 

 だが先程言った通り、イオスは後ろの仲間達のことについては心配していなかった。

 彼が心配するとすれば、それは前。

 つまりは、相手の出方と言うことになるのだが……。

 

 

「ほーら、出やがった……」

 

 

 2つの通路を抜けた後に開けた広間のような空間に出た時、イオスはそう呟いた。

 そんな彼から見て上下、極めて高い空間には飛行型のガジェットが無数に浮いていた。

 そのいずれもが、通路から飛び出してきたイオスに気付いて臨戦態勢に入る。

 

 

「いちいち付き合ってらんねぇ、集中して行くぜ!」

「了解です!」

 

 

 そうして、2人もまた戦闘の渦中へと突入する。

 その先にあるものを、取り戻すために。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「あらあらぁ~、勝手に人の家を壊すなんて、いけない人達……っと」

 

 

 地下深く、遺跡ともダンジョンとも呼べる規模のその最奥部、「起動」していればコントロールルームと呼ばれていただろうその場所で、クアットロは1人クスクスと笑い声を上げていた。

 何が楽しいのか、と問われれば、彼女はこう答える他ない。

 力の無い者達が、何も出来ずにもがいて頑張る姿を眺めていることが楽しいと。

 言うなればそれは、無邪気な子供が悪戯心で昆虫の羽根をもぐ行為に似ている。

 

 

 赤と黄色の表示枠に囲まれた彼女は、自分がいる施設の内外で起こっている事態の全てを掌握していた。

 情報処理では一番上の「姉」には及ばないが、それでも彼女は諜報と精神の面で飛び抜けた能力を持っている。

 と言うより、それを必要とされて作り出されたのだから。

 

 

「うふふ……まぁ、たぶん玉座までは来れないでしょうし。よしんば来れたとしても……」

 

 

 ちら、と表示枠の一つを見て、唇を三日月の形に歪める。

 何かを思い出すように目を細めた後、ふるるっ、と身を震わせた。

 その顔は嗜虐の色に染まっており、これから起こる何事かを酷く楽しみにしているようだった。

 

 

「騎士ゼストとアギトちゃんはぁ、きっと1人で動いてるつもりなんでしょうねぇ」

 

 

 楽しい。

 

 

「オットーとディードは、私の言いつけ通りに動いてくれれば十分……と」

 

 

 楽しい。

 

 

「踊って踊って、皆で踊って、私を楽しませてねぇ♪ うふ、うふふ、うふふふふふ……」

 

 

 楽しくて仕方が無い、そんな嗜虐的な笑みを浮かべて作業を進めていく。

 そしてクアットロの指先が生み出すあらゆる事項は、彼女以外の人間にとっては災厄でしかない。

 敵にとっても、そして味方にとっても。

 当然だ。

 そうなるように、クアットロはしているのだから。

 

 

「ディエチちゃぁ~ん、そっちの調子はどうかしらぁ? そろそろだと思うんだけど?」

 

 

 そして、あらゆる場所で行われている戦闘の様子を映し出した表示枠の中から一枚を引っ張って、通信を繋げる。

 それはほぼ唯一、周辺とは異なる風景を映し出していた。

 のどかな自然が広がる場所、夜の空が綺麗に映るそこには……彼女の支持で外にいた唯一の「妹」がいる。

 

 

『……問題ないよ、クアットロ』

 

 

 返って来た言葉に、クアットロは笑みを深くするのだった。

 だってそれは、さらなる災厄を約束させる言葉だから。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 ディエチは、空にいた。

 と言っても、俄かに騒がしさを増している東部の空では無い。

 管理局の重要施設が揃う中央でもない、どちらかと言えば管理局の勢力が比較的弱いミッドチルダの極北部だ。

 

 

 ――――遠目に見えるのは、中央とは明らかに様式の異なる建造物群。

 自然と溶け合うように存在するは、外観上はもう何百年と変わらない物だ。

 そこは、ミッドチルダの二大勢力の一つ……。

 

 

「……ベルカ自治領、見えてきたよ」

 

 

 大型の飛行型ガジェットの翼の上に膝をつきながら、瞳内部の超望遠レンズを使ってディエチが確認する。

 彼女の周囲には、40機から成るガジェットの大編隊が展開されていた。

 しかもその全てが機械的な技術での光学迷彩とステルスを施されており、誰にも気付かれること無く飛行されている。

 

 

 それぞれが1トン以上の燃料式の質量兵器――要するに爆弾――を内部に抱える小型爆撃機であり、一部には数百発の小型爆弾を広範囲に炸裂させるクラスタータイプの物を抱えている機体もある。

 これを見れば、ディエチがクアットロから受けた任務は明白だった。

 

 

「聖王教会本部施設の爆撃と砲撃……か、正直、こう言うのは気が乗らないんだけどな」

『あらぁ、どうして?』

「たくさん人が死ぬよ、クアットロ」

 

 

 ディエチとしては、スカリエッティや「姉」達が進めている計画は良くわからない物だった。

 正直、何かを壊したり誰かを傷つけたりしてまでしなければならないことなのか、と。

 それくらいなら、あの『F』の遺産……フェイト・T・ハラオウンに対して、破壊された狙撃砲のお礼参りをするというくらいがわかりやすくて良い。

 

 

『大丈夫よぉ、ディエチちゃん。1人や2人どころか100万や200万くらい死んじゃっても、10年もすればむしろ逆に増えてるから』

「そう言う物なの?」

『違うの?』

 

 

 そう問い返されると、ディエチにはわからない。

 わからないから、彼女は首を横に振って。

 

 

「……とにかく、戦闘機人として任務は果たすよ」

『それで良いわぁ、じゃ、お願いね~』

「うん」

 

 

 通信が切れると、夜の冷たい空気をスーツ越しに感じながらディエチは長い髪を風に晒した。

 首元で縛られた髪の先が、尻尾のように煽られて揺れる。

 それは、どこか儚い物に見えた。

 ――――戦闘機人であるからには、とディエチは思う。

 

 

 フェイトに専用の武装を破壊されてしまったので、今手にしているのは予備の砲だ。

 彼女の力を十全に活かせる物では無いが、撃つ分には問題ない。

 この一撃を契機として、編隊を突入させるつもりだった。

 次の瞬間には火の海だろう、そんなことを思いながら。

 

 

(……あのマテリアルの子がどうなるかは、わからないけど)

 

 

 わからないことばかりだな、と自嘲気味に笑って。

 彼女は、引き金を引いた。

 次の瞬間、橙色の砲撃がまっすぐに夜の闇を引き裂いて――――消えた。

 

 

 防御魔法によって、防がれたのだ。

 ベルカ自治領の境界線ギリギリで張られたそれは、三角を基準にしたベルカ式魔方陣で構成されていた。

 色は薄緑、ディエチはそれを見たことがあった。

 再び瞳の奥から駆動音を響かせ、周囲をサーチして……見つけた。

 

 

「あれは……!」

 

 

 境界線上、その空に立つ1人と1匹。

 緑の騎士甲冑の女と、青い毛並みの狼。

 守護騎士(ヴォルケンリッター)の2柱、湖の騎士シャマルと盾の守護獣ザフィーラ。

 その2人が、静かにディエチの前に立ち塞がっていた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 動きがあったと確信したのは、北と東に魔力の震えを感じてからだった。

 廃棄都市区画のビルの上、1週間隠れ潜んだその場所で、動きがあればと映していた表示枠を消す。

 地平線の向こうの変化に中央が反応する気配を感じた時、彼は立ち上がった。

 

 

「旦那、動いちゃダメだ……!」

 

 

 ボロボロのコートを夜風にはためかせる彼を止めるのは、赤い気配を漂わせる妖精サイズの少女だった。

 アギトである、彼女がルーテシアのいるアジトに戻らずゼストと共にここに潜伏していたのには理由がある。

 それは、ゼストのコートの裾から滴り落ちる赤い液体の存在が言葉以上に物語っているだろう。

 

 

 彼女は、自身の魔力でもってゼストの傷を塞ごうとしていたのである。

 ただアギトは元々治癒系の技能は適正が少ない上に――むしろ燃焼・放射が得意分野だ――ゼストの傷は外傷と言うより内部からの物なので、彼女の力ではどうにも出来ない。

 正規の医療機関には行けず、さりとてスカリエッティの世話になるのは生理的に受け付けない。

 

 

「先日、目的を遂げられなかったからな……体調からして、今日が最後のチャンスだろう」

「旦那……」

「……問題ない、元々墓の下の人間が動いているだけなのだからな」

 

 

 ただ呼吸をするだけでも、それは掠れた音を立てる。

 今は意思の力だけで身体を動かしている、それがわかるからアギトは泣きそうな顔をする。

 どうすれば良いのかわからなくて、泣きそうになる。

 それでも何とかしたくて、アギトはゼストの肩のあたりにまで飛んで……。

 

 

 ――Schwalbefliegen――

 

 

 ……その時、冷えた夜の空気が熱を持ったように感じた。

 それは熱に敏感なアギトだから気付けたのか、それともただの直感なのかはわからない。

 しかし確実に言えるのは、アギトがゼストを守るように前に出て赤いフィールドを展開したことだ。

 得意ではない防御魔法、炎熱系のそれに正面から衝突したのは。

 

 

「……鉄球!?」

 

 

 意外な物質に、アギトが驚いたような声を上げる。

 しかしそこにあるのは確かに鉄球であり、赤い輝きを放っていた。

 防御魔法との間で鬩ぎ会うそれは、気を抜いた瞬間に抜かれそうな程の威力を持っていた。

 

 

「……っ、あ、旦那ぁ!」

「む……!」

 

 

 しかしそれ以上に不味いのは、アギトにそれ以上のアクションが出来ないこと。

 それ故に、それに反応できたのは槍型のデバイスを持ったゼストのみだった。

 

 

「『テートリヒ――――」

 

 

 そして、ゼストは見た。

 上空からゼストとアギトの後方に着地した赤いドレスの騎士が、足元を魔力で爆発させながら突貫してくる姿を。

 振り上げられたハンマーを迎え撃つように、いつもより緩慢な動きで槍を上げて……。

 

 

「――――シュラーク』ッッ!!」

 

 

 槍とハンマーが、衝突した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 足裏から伝わってくる振動が徐々に近付いてくる、そう感じた時、チンクは組んでいた腕を解いて目を開けた。

 彼女が寄りかかっていたのは巨大な門であり、横10メートル以上、縦30メートル以上の巨大な物だ。

 正直、人間が出入りするだけなら無駄な造りだとすら言える。

 

 

「……来るな」

「うぃっス。誰が来るっスかねぇ、出来ればあの鬼畜なお兄さんが良いんスけどね~」

「私は嫌だなアイツ、『ディープダイバー』効きにくいし……」

 

 

 傍にいるのはセインとウェンディだ、彼女らは対照的な表情を浮かべていた。

 ウェンディは楽しげな笑みを浮かべ、逆にセインはどこか嫌そうな表情を浮かべている。

 対照的な妹達に苦笑を浮かべて、チンクはコートの内側から6本の金属製ナイフを取り出した。

 

 

 誰が相手になるんせよ、彼女には不安は無い。

 何故なら敵の戦力は特記戦力である高町なのはやフェイト・T・ハラオウンを含めて姉妹全員で情報を共有している、長所から短所まで含めて全てだ。

 だから不安は無い、あるとすればそれは妹達が負傷しないかどうかだろう。

 

 

「お前達、あまり無茶はするなよ」

「わかったっス!」

「いや、そんな気合満点で返事すんなよ」

「ははは……む」

 

 

 軽く笑った後、チンクは視線を鋭くして通路の先へと向けた。

 両手の間にはすでにナイフを挟んでいる、ウェンディも獲物のボードを構えているし、セインはすでに片足を床の下へと沈めていた。

 会話の最中にも、彼女達は臨戦態勢を整えていたのだ。

 

 

 何故ならば彼女達は戦闘機人、戦うことに関しては専門だ。

 そしてそれぞれ瞳の奥から機械音を響かせ、センサーと望遠によって敵の姿を確認する。

 徐々に近付いてくるガジェットの物らしき爆発音、その中を抜けてくる魔力光の色に最初に反応したのはウェンディだ。

 疼くはずも無い首の痕、それを指先で撫でて笑みを深くする。

 

 

「良いじゃないっスか、もう3回目。そろそろ最後の決着ってのをつけても良いんじゃないかと思うっスよ……鬼畜で色男なお兄さん♪」

「……姉としては、凄まじく一言言ってやりたくなるような認識だな」

「いや、この場合はウェンディの認識に問題があるんだと思う」

 

 

 そして、来る。

 通路の先で起こった一際大きな爆発、その風がチンク達のいる場所まで吹いてくる。

 それぞれ髪やコートを揺らしながらも、しかし視線は動かない。

 

 

 飛行魔法を解除し、爆煙の中から姿を現したのは水色の髪の魔導師だ。

 肩に乗っている銀髪の妖精は、チンクやセインは直には初めて見るかもしれない。

 しかし、情報としては持っている――――夜天の王の融合機だ。

 魔導師はチンク達の姿を認めると、やや口元を歪めると。

 

 

「……んだよ、またお前らかよ」

「ああ、また私達だな」

 

 

 告げて、チンクが先頭でナイフを構えて彼ら……イオスとリインの前に立ち塞がる。

 そして彼女は、特に会話を楽しむでもなく。

 

 

「さぁ、お前達が求めるものは私達の後ろにある。しかしそこにあるのはさらなる絶望だ、だから私達は戦闘機人としての慈悲の心でもって――――お前達を、ここで止めよう」

「はっ、随分と口が回るじゃねぇの……回っちゃうじゃねぇの。なら俺も言おう、俺達は管理局員としてお前らをぶっ飛ばして――――」

 

 

 世界と秩序を守り、罪を犯した者を逮捕して。

 

 

「――――八神さんを、返して貰うぜ」

 

 

 告げて、始まる。

 セインとリインを除いて3度目の、そして「最後の」戦闘が。

 開始の宣言も無く、始まった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 今は遥かな旧暦の時代、次元世界を平定して現管理局体制の基礎を築いた者達がいた。

 正式な記録には残っていない、しかし確かにそれは存在していた。

 その姿は、歴史の闇に埋もれて今は誰も覚えていない。

 ――――「本人」達ですらも、覚えていないのだから。

 

 

『ジェイルめ……少々、お遊びが過ぎるようだな』

『うむ、ゆりかごの存在を露見させただけで無く、よもや『夜天の書』にまで手を伸ばすとは』

『このままではミッド地上どころか、本局を含む次元航行艦部隊までも壊滅してしまう……』

 

 

 薄いオレンジの明かりを放つ3つの存在が唯一の光源となっている、無数の機材に囲まれた空間。

 くぐもった電子音のような声が3つ、それが唯一の音源でもある。

 例外は、電子の輝きと水泡がいくつも弾けるような水の音だけだ。

 

 

『旧暦の時代から我らが見守って来た次元の海と管理局……手痛い損失ではあるが、ジェイルは切り捨てた方が良いかもしれぬ』

『貴重な固体ではあるが、やむを得まい。アレが『夜天の書』にでも到達しようものなら次元世界は終わる』

『聖王の複製技術と戦闘機人の製造ノウハウについてはすでに得ている、潮時かもしれぬな』

 

 

 熱心に話し合っているのは、外の世界で起こっている事態のようだった。

 中には外の局員達には知り得ないような情報も含まれており、彼らが異常に事情に精通していることは明白だった。

 そしてそんな彼らの話し合いに、割り込む存在があった。

 それは電子音とは無縁な肉声、それも鈴が転がるような可憐な声だった。

 

 

「ただいま戻りました、最高評議会の皆様」

 

 

 歩みに揺れるのは青のロングヘア、ピンと張った背筋に象徴されるようにたおやかでありながら芯の通った美貌、他者に対して「ネイル・ピアッシング」などと名乗った秘書官の女性がそこにいた。

 最高評議会と呼んだ3者の前に出た彼女は、人当たりの良さそうな笑みを美しい顔に貼り付かせていた。

 

 

『おお、戻ったか。レジアスとの連絡は取れたのか』

『彼奴はゼストの件で揺れているようだが、この際は事態の収拾に役立って貰わねばならぬ故な』

『ジェイルが地上本部の機能を破壊などしなければ、このような不便は不要だったのだが……』

 

 

 その言葉に、「ネイル」と名乗っていた女は笑みを浮かべた。

 目の前にいる3者は、彼女のことを知っている。

 そして彼女もまた、彼ら最高評議会のことを知っている。

 

 

 だから最高評議会の3者は、彼女が目の前で青髪の清楚な美女からくすんだ金髪の野生的な美女へと姿を変化させても驚かなかったし。

 そして彼女も、目の前の最高評議会の正体が……生体ポッドに保管されている「脳みそ」であったとしても、何も驚かなかった。

 唯一、彼らと彼女の間に認識の齟齬があったとすれば。

 

 

 ――――彼女の首についている首輪が、すでに切られていたことだろうか。

 

 


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